2011年04月06日(水)
3・5・10シュミレーションラン [ランニング]
「伊江島マラソン」まであと3日。
日程どおりに3km5km10kmを走る「シュミレーションラン」をしなくては。
今回も、京都走ろう会例会の3.1km5km10kmコースを使用。
午後2時過ぎ、近くのコインパークに車を置き出雲路橋へ。
出雲路橋へ向かう途中、ネコちゃんに遭遇。
「どうせ、近づいたら逃げてしまうんやろな」と思ったけど、思いなおして引返した。カメラを向けても逃げない。いいネコちゃんらでした。
「これで、今日もしっかり走れるわい!」
今日の目標は、3km13分、5km22分、10km45分。
まずは1kmウォーミングアップ。
お昼はヨメさんがラーメンを作ってくれた。そのあとトーストを1枚。食べ過ぎたかなあ・・・。
2時半になったので、3kmスタート。
同じコースはあきるので、今日は例会とは反対回りに走ってみた。
食後2時間足らずではやっぱりダメ。体がすごく重い。おまけに風がきつく、砂ぼこりが舞って走りにくい。風は南風で、下流に向かって走るときはかなりきつい。
けっきょく3.1km、13分49秒(3km換算13分22秒)。一応、去年の3位(13分30秒)クリア。
3kmゴール後、次の5kmスタートまで37分ほどある。じっと待っているわけにもいかないし、ウォーキングでつなぐことにした。2km20分ほど。
それでもまだ時間が余っていたので0.5kmジョグ。3分くらい。そのあとぶらぶらして、やっと3時20分。
5kmスタート。
時折目に入る砂ぼこりにもめげず、しっかり走ることができた。
21分46秒。
去年の3位21分27秒には届かなかったが、ここできばりすぎると10kmが走れなくなってしまう。これで良しとしよう。どうか、速い人がたくさん出ませんように!
5kmゴールから10kmのスタートまでは28分。
つなぎはさっきといっしょ。2km20分ウォーキング+0.5km3分ジョグ。
4時10分、10kmスタート。
丸太町橋 11分14秒
出雲路橋 22分35秒(11分20秒)
御薗橋 34分33秒(11分58秒)
出雲路橋 45分55秒(11分21秒)
去年の3位46分44秒クリア。
1+3.1+2.5+5+2.5+10+1で、合計25.1km。最後の10kmのゴール前1kmはふらふらになった。気絶寸前?
まあ、今日のシュミレーションランはうまくいったということで・・・。
ただ、当日の気象条件とか、コースの高低などによって思い通りにはいかない。もっと心配なのは、距離が正確かどうか。折り返しコースの大会はたいて正確だが、ぐるっとまわるコースは距離が短すぎたり長すぎたり。(伊江島マラソン」は全種目周回。)
2年前の「とかしき島マラソン」10kmは、優勝めざして2位。去年の「とかしき島マラソン」は、再び優勝をめざして3位。(「とかしき島マラソン」は1位のみ表彰。)
さあ、今度こそ!
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2011年04月05日(火)
うれしいニュース [雑感]
このごろずっと悲しいニュースが続いている。
うれしいニュースといえば、長い間気仙沼市沖で漂流していたらしいワンちゃんが助け出され、飼い主さんのもとへ戻れたことくらいでしょうか。
うれしいニュースが少なすぎる。
うちのご近所で、3月18日から行方不明になっていたチャロちゃん。
私がポスターを見た3月19日に、そっくりなネコちゃんに会った。近づいても逃げないネコちゃんだったので、よーく確かめてから連絡しようと思い写真を撮って帰った。
それをヨメさんに見てもらうと、あっさりと「別ネコ」の判定。ヨメさんはネコ観察に関しては達人といえるので、これはまちがいない。あわてて電話しなくてよかった。
それから、きくの散歩のたびに気にしながら歩いてはいたのだが・・・。
昨日、こんなうれしいお知らせが郵便受けに。
よかった!
こないだのロンちゃん(ご近所犬)といい、今回のチャロちゃんといい、迷い犬や迷いネコを見つけて連絡してくださるこの地域は本当に暮らしやすいいいところです。
久しぶりのうれしいニュースでした。
ついでにもう一つうれしいニュース。
このブログに時々コメントを入れてくれる私の最後の教え子・ちいちゃん。そのちいちゃんのことが新聞に載りました。題は「タヌキ」。
読んだあとすぐに「新聞見たでー」とメール。ちいちゃんからのその返事に、「全市の発表のとき、うちのお父さんが・・・(以下、非公開)」。ここはほろっと来たなあ。つい先日お会いしたお父さんのかわいい(?)顔が、ぱーっと頭に浮かんできた。
ちいちゃんにも会いたいし、お父さんにもまた会いたいと思った。
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2011年04月04日(月)
第1回なにわ淀川ハーフマラソン・続き [ランニング・出張販売]
「おー、もう帰ってきたやん・・・。写真撮るでー!」
ゴールまで残り500mほどの鉄橋下で待ち構えていると、ばっちり見つけました。私が勝手に「京都ランナーズの錦戸亮」と呼んでいる中村智明さん。
ハーフと10kmが混じっていてよく分からなかったが、6位入賞はビミョーなところか。
最後のL字カーブを近道し、中村智明さんのフォーム分析へ。
安定したきれいな腕の振り。
ぐーんと伸びるきれいなストライド。
そして、私が声をかけたときにピースサインを返してくれた余裕。(残念ながら、そのシャッターチャンスは逃してしまった。)
今ちょうどうちの廉といい勝負だと思う。同じレースで対決させてもらいたいなあ・・・。
あっ、あれは村本みのるさん?
森脇健児さんが、ランナーに声をかけながら戻ってこられた。
時間がたつほど、ランナーが固まりになって帰って来る。
あーあーあー、あれは長居わーわーずの「めぐちゃん」。
森脇健児さんとハイタッチ。
最後まで息の合ったペアだった。
かなりのスピードに感じましたけど・・・。
朝うちのテントにごあいさつに来てくださった、亀岡の快速ランナー・松本一之さんとこのブログの常連・三宅文彦さんは写真を撮りたかったのだが見つけられず。参加者の多い大会では、よっぽど目立つ格好でもしてもらわないと見つけられない。残念。
表彰式のあとで、また森脇健児さんと松竹芸能の若手とのからみ。
私は、これから応援する予定の藤井日菜子さんのアップを撮っておいた。満足。
最後に中村智明さん発見。手にはしっかり賞状が。
よかったー、入賞おめでとうございます。
今度お会いしたら、この写真渡しますね。
私は前日の滋賀マスターズの練習会が充実していたせいか、レースに出られないもどかしさはあまり感じなかった。
「何でもかんでもレース」と思っていたころに比べて、今はちょっと成長したのかな。
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2011年04月03日(日)
第1回なにわ淀川ハーフマラソン [ランニング・出張販売]
「あっ、先週長居で会った人・・・。」
スタート地点で、こないだの日曜の「伴走教室」でお会いしたお二人を発見。何か話しかけなくては・・・。
「すいません、こないだ長居わーわーずの・・・」
「(私は耳が聞こえません)」の手振り。
そうやそうや、男性は盲ろうのかたで、付き添っておられる女性も聴覚障害の方だった。男性は、その時積極的に質問されていたうちのお一人。女性は、その質問を指点字から手話に高速翻訳されていた方。
うーん、何とかコミュニケーションがとれないものか。
そや、字を書いてそれを読んでもらおう。
パワージェルのパッケージの裏にメモ。
「ブログにお写真をのせたいので、
とらせてもらっていいですか。
お名前も教えてください。
藤井」
付き添いの女性が読んでくださり、それを男性に伝えてくださり・・・。横で待っている間は不安で不安で。少し時間がかかったが、OKが出た。
シャッターを押すタイミングをどう伝えようか迷った。でもけっきょく、普通に左手を上げて合図して撮らせてもらった。
うまく撮れていますよね。
お名前も教えてくださってありがとうございます。
必ずまたお会いしましょう。そのときは、もう少しうまくコミュニケーションがとれるようにしたいです。
今日は申し込みしめ切りを忘れていてレースには参加できなかったが、西村さん湊さんにお会いできて「値打ち!」
朝4時半起き。
名神吹田ICから会場までが、思っていたより離れていた。それでも着いたのはちょうど6時。
7時から受付だったが、7時になってもほとんど人影なし。最寄りの駅から歩いてすぐなので、みなさんわりとゆっくりめに来ておられたようだ。その分、こちらもあわてずしっかりと開店の準備ができた。
開会式では、森脇健児さんが松竹芸能の若手をたくさん連れてきておられた。
その中でも、「森脇健児陸上部」の女子部に注目!
若手、若手、と来て最後に紹介されたのが、「ふじいひなこ、37歳」。(会場からどっとどよめきが・・・。)
テントに戻ってすぐ、ヨメさんのスマートフォンに音声入力検索をしてもらった。
「ふじいひなこ、しょうちく。」
おー、出た出た。スマートフォンは便利やなあ。
うんうん、わりとかわいい人やん。名字もうちといっしょの「藤井」やし、「日菜子」ちゃんて名前もかわいいし。これから応援しよっと。
関西の大会は、マラソンランナーをゲストに呼ぶよりお笑い系(走れる人)を呼んだ方が絶対に受けると思う。
ハーフ申込は、3300人とか。
スタート地点はまあまあ広かったが、途中はどうなんやろう。レースに申し込んでいたら、そのへんもしっかり見てくるところだったが・・・。
土曜日、京都は20℃を超えた。今日は気温が下がるとの予報だったが、予報以上に下がったようだ。暑がりの私でも指先が冷たい。
パラパラと「京都キャロット」のテントに来られるお客様も、手袋やアームウォーマーを求めての方がほとんどだった。4月にこういうものが売れるなんて、よっぽど寒いんですね。
ランニング用品関係の出店は、うちを含めて3店。(「京都キャロット」は3店の真ん中。)
ただし、会場が広すぎてうちの出店に気付かれないまま帰ってしまわれた方も多そうだ。
スタート地点では、森脇健児さんがみんなを盛り上げてくださっていた。
9時30分にハーフがスタート(約3300名)。
10時10分に10kmがスタート(約1400名)。ともに上流に向かってのスタートなので、途中で混雑する可能性大。
10時40分ごろ両種目のトップが帰ってくるはずと思い、そのちょっと前にゴール地点で待っていた。
先に帰ってきたのは、ハーフの1位。ダントツです。
2番手は、10kmの1位。こちらもダントツ。
さあ、あとは知り合いを見つけて、しっかり写真を撮らなくては…。
(注)後半に続きます。
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2011年04月02日(土)
滋賀マスターズ交流練習会 [ランニング]
「太田さんの色仕掛けに負けて来てしまいましたー。」
「・・・(シラー)」
「キャロットって、あの有名な・・・。」
「そそそ、そうです。店長が美人で有名な。」
「・・・(シラー)」
「今日の練習会、どうでした。」
「いやー、もうバッチリ。今日1日でめっちゃ強なりましたわー。もう、敵なしやね。」
「・・・(シラー)」
昨日滋賀マスターズの登録の手続きをし、今日はさっそく野洲川運動公園の練習会へ。我が家から41km、車で55分(途中越えで)。近いもんです。
きちっとした指導者から、トラックを使った練習を指導してもらえるなんてこの歳ではなかなかありません。
ただ、滋賀の人は京都とちがってみなさんマジメ。私が連発したジョークの数々はすべて不発に終わってしまった。嫌われてへんかなー。ちと心配。
◎今日のメニュー。
各自ウォーミングアップのジョグ。
私は1歳下の若者(?)と、トラックの外側6周。約3km。
300m流し×3本(100mつなぎ)
私は67秒前後で。
3000m×3本(600mつなぎ)
1本目12分27秒(4分03、4分10、4分13)
2本目12分38秒(4分09、4分15、4分13)
3本目12分34秒(4分08、4分13、4分12)
私はかなり後ろのほう。
300m流し×3本(100mつなぎ)
私は70〜75秒。もう、バテバテ。
私の同い年最強女子・太田君子さんは、故障中のため別メニュー。
やはり、篠山は1kmで痛みが出だし、6.8kmで待機していたバスで帰ってこられたそうだ。(そんなとこにバス待ってんにゃ。)
今日は軽いジョグと、お友だちの8000mペース走のラップ取りをしておられた。
私らのメニューがすべて終わったところで、私と二人しゃべりながらダウンのジョグ。大回り3周、約1.5km。
私が次の土曜日に1日3レース入賞をねらっていると話したらあきれてはった。
「歳を考えなさいよー。あんまり無理したらダメよー。」
「いやいやいや、ボクはひとのせんことをしたいんですわー。」
「京都の人も大歓迎なんで、滋賀マスターズのことを宣伝しといてくださいね。」
「はーい。」
けっきょく全部でなんぼ走ったんやろう。
3+1.2+10.8+1.2+1.5で、合計17,7km。いい練習になりました。
毎月第1土曜が交流練習会。それ以外の土曜も、毎週ほとんど練習会をされているらしい。
午前10時からです。みなさんも、いかがですか。
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2011年04月01日(金)
1991 [昔話]
1991年4月1日。
ふーん、あれからちょうど20年か。
今日、新聞を見て思い出した。「エイプリルフール」のことではない。毎年この日に新聞発表される「京都の教職員異動」。ちょうど20年前の今日、私の小学校教員退職が新聞に載った。
この事実を知れば嘆くであろう唯一の人、私の母はこの3ヶ月前に亡くなっていた。話せば分かってくれる父には、この前の日(3月31日)に説明に行った。父は、私の予想通りの反応だった。
文部省と京都市教育委員会の圧力に、ただの一人も抵抗することのなかった京都市小中学校の校長。あんな「成れの果て」のような人間だけにはなりたくない。
私が話し終わり帰りかけるころ、父はひと言だけ私に言った。
「だいじょうぶか。」
「へへへー」
私はいつもどおりヘラヘラしながら帰っていった。
そのとき、ヨメさんは(当時「ヨメさん」なんて言っていたのだろうか)妊娠6ヶ月。お腹の中に4ヶ月後に生まれてくる廉がいた。ヨメさんは当時も今も同じ。私の行動に対してゴチャゴチャ言ったことがない。
ヨメさんには、「生まれてくる子どもに、胸をはれる父親でありたい」というようなことを言ったつもりだったが、それは夢の中のことであったかもしれない。
「多種多様な意見が無視され、みんなが同じことしか言えない世界は恐ろしい」というようなことは言ったような気がする。なにしろ20年も前のことですから・・・。
4月に上賀茂東後藤町に引越し、そこで「京都キャロット」開店(現在の通販事務所)。犬1ぴき(エリ)、猫8ひき(キャロちゃん、チョンちゃん、ルビコ、パティコ、チビンタ、ネーモちゃん、コメちゃん、あんも)もいっしょに引越し。
引越し用のダンボール箱に空気穴だけを開けて、そこにネコちゃんらを詰め込み移動。新しい家に着いたら、中からバリバリ破って出てきたなあ。1つの箱に何びきかずつ入れていたので、パニックにはならなかったようだ。でも、箱の中はムーと暑くなっていた。ああ、なつかし。
エリちゃんは死に、猫8ぴき中7ひきも死んでしまった。その中で残っているのは、もうすぐ22歳になる黒猫あんもちゃんだけ。
当時ヨメさんのお腹にいた廉は、この8月で20歳。3年後に生まれた真樹も、8月には17歳。
私は35歳から55歳に。ヨメさんも20代後半から40代後半に。
この20年間にいろいろありました。
さて、これから・・・。
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