パオパオだより

2017年09月08日(金)

「島の人よ」 池田卓  [沖縄]

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   「 島の人よ 」  池田 卓


生まれ島を離れ暮らす 島の人よ
覚えていますか 生まれ島の 祭り唄を

大きな夢を都会に描く 島の人よ
強く育てた あなたの島こそが 夢の島よ

島の人よ またいつの日か 祭り咲かせてみようじゃないか
島の人よ またあの海で サバニこいでみようじゃないか


島を離れ帰らぬ人よ 島の人よ
何処にいますか? 何してますか? お元気ですか?

都会で暮らし 手にしたものも 大切だけど
何々よりも大事にして欲しい 生まれ島を

島の人よ またいつの日か 故郷咲かせてみようじゃないか
島の人よ またあの海で サバニこいでみようじゃないか

島の人よ いついつの日か 祭り咲かせてみようじゃないか
島の人よ いついつまでも 生まれ島を忘れないで

生まれ島を忘れないで・・・

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■池田卓(いけだ すぐる)Suguru Ikeda

池田卓 沖縄県・西表島船浮出身。シンガーソングライター。

1979年5月24日、西表島にある人口41人(2017年8月現在)の船浮[ふなうき]という小さな集落で生まれ育つ。
学年が一人だった為、雨の日は楽器が友達替わり。小学5年生から八重山民謡を習い始める。
19歳の夏、島の芸能祭に参加したのをきっかけに本格的に音楽活動を開始。2000年10月10日、母の誕生日に「島の人よ」でCDデビュー。この曲が天気予報のBGMに起用され脚光を浴びる。2005年には「心色」で全国デビュー。
ベストアルバムや八重山民謡アルバムを含め、これまで11枚のCDを発表。
2007年より、故郷・船浮にて音楽イベント「船浮音祭り」を企画・プロデュース。2008年以降は中東や欧米、アジア地域での海外ライブにも出演、活動の幅をさらに広げている。
2011年、10周年と父の還暦を機に念願の里帰り。実家のふなうき荘やツアーガイド、米や珈琲などを育てながら、船浮を拠点にライブ・祭り・イベントと全国で活動する傍ら、ラジオパーソナリティーや講演活動、執筆、声優、俳優など、多方面で活躍中。

・竹富町観光大使(2014年より)
・東アジア文化交流使(2014年より)

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 昨日は三線教室5回目。
 またまた練習不足で、あせってあせって肩こりこり。
 しかし、その中でも一つすごくうれしいことがあった。

 練習曲として先生が出してこられた曲。
 あの西表島船浮出身の池田卓さんの「島の人よ」。

 11年前の6月、小6の真樹と初めて行った沖縄は「鳩間島」。
 そのときの鳩間小中の運動会に、船浮小中の先生が来られていた。
 運動会のマラソンで、私は船浮小中の入波平みさ乃先生に敗れ第3位(優勝は鳩間中生)。それが悔しくて、その年の10月、船浮小中の運動会にも行くことにした。

 舩浮は西表島の最西端。
 陸続きなのに船でしか行けないところ。
 その船の船長さんが池田卓さんのお父さんだった。

 入波平先生との再対決は実現しなかったが、沖縄県八重山郡竹富町の運動会に2回も参加することができた。小6の真樹にとっても、忘れられないいい思い出になったと思う。

 「島の人よ」が入っているアルバムも、買ったはずなのにどこに行ったか分からない。
 三線の先生が、「次に船浮に行くときは、『島の人よ』が弾けるようになって、池田卓さんといっしょに歌えればいいですね」とおっしゃった。
 ほんま、そうなりたいわ。
 手術後高い声はでーへんけど、せめて三線がしっかり弾けるようになりたいわ〜。

※ 過去、船浮に行ったのは三度。
  2006年10月、真樹と。
  2007年3月、廉と。
  2008年2月、眞寿美さんと。

 池田卓さんは「島の人よ」の歌詞通り、生まれ島を忘れないで船浮に帰ってこられたんですね。

 「都会で暮らし 手にしたものも 大切だけど
  何々よりも大事にして欲しい 生まれ島を」

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2017年09月04日(月)

自分の現実に向き合う勇気がない [沖縄]

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寮の管理人室のカレンダー

◎朝日新聞8月31日朝刊・論壇時評

   沖縄と本土   「自らの現実」はどこに

                  歴史社会学者 小熊 英二

 世上の沖縄論は「平和の島」「癒(いや)しの島」などの定型句が目立つ。かたやネット上には「基地で潤っている」「補助金泥棒」といった偏見もある。この種の沖縄論は、なぜかくも空疎なのか。

 理由の一つは、単なる知識不足だ。米軍基地の7割が集中する沖縄だが、県民総所得に占める基地関連収入は5%にすぎない。基地返還跡地を再開発した地区では、直接経済効果が返還前の平均28倍であり、基地はむしろ発展を阻害している〈1〉。国からの財政移転は都道府県中12位で、特段に高くはない〈2〉。

 一方で沖縄の貧困は深刻だ。1人当たり県民所得は最下位、非正規雇用は45%で全国一。沖縄に多いコールセンターや観光業、飲食業は一般に賃金が低い。本土労働者の典型像は「年収三〇〇万〜四〇〇万」の製造業従事者だが、沖縄のそれは「年収五五万〜九九万」の飲食・宿泊業だ〈3〉。沖縄在住の作家である仲村清司は、「子どもの貧困率が全国平均の2倍に達し、3人に1人が貧困状態」と述べ、貧困に起因する家庭内暴力や不登校、いじめの頻発を指摘する〈4〉。

 また沖縄戦で住民の4分の1が死に、1972年まで米軍の軍政下で基地が膨張した。多くの沖縄論は、これが単なる歴史ではなく、現在でも癒えない生傷であることを踏まえていない。

 新聞記者の木村司が2015年に取材した女性は、高校2年生の1984年に米兵3人に乱暴された〈5〉。「被害を家族にも話せなかった。事件を再現させられると聞き、警察に被害届も出せないまま、原因不明の体の痛みに耐えてきた」。95年に女子小学生が米兵に暴行された事件をニュースで知ったこの女性は、「明かりをつけるのも忘れ、真っ暗な部屋で泣き続けた」。そして「こんな幼い子が犠牲になったのは、私があのとき黙っていたから」と考え、抗議集会に参加した。

 木村はこのほか「人知れずアメリカ兵の子どもを産んだ知人がいる」「苦しみが癒えてきたと思う頃にまた事件が起きる。忘れたくても忘れられない」といった声も紹介している。こういう事例は沖縄では珍しくなく、「現場を歩けば、驚くほど、何らかの『経験』を身辺にもつ人に出会う」と木村はいう。こうした事情が、思想信条を超えた反基地感情の背景にあることは、いうまでもない。

     *

 だが一方で、沖縄の現実は、「平和の島」という定型句には収まらない。

 前述の仲村は、沖縄の若い世代の関心事は貧困問題なのに、年長論者は基地問題に傾斜しており、そのギャップが「沖縄問題を語る大人への無関心と無視」を招いているという。国仲瞬は、沖縄の若者にみられる基地容認論の背景に、形骸化した平和学習への反感があると指摘する〈6〉。もっとも仲村は、そうした世代間対立の背景は「莫大(ばくだい)な金と利権をばらまくことによって沖縄の不満を抑え込み、沖縄内に既得権益層とそうでない層の間に著しい経済格差を作りだしている政府の存在」だとも述べているのだが。

 外部の来訪者は、こうした状況に戸惑うことも多い。ネットニュース編集者の中川淳一郎は、沖縄の訪問体験を記している〈7〉。基地反対を明確に唱える人もいるが、「昔から基地のある生活が普通でした」と語る人もいる。本土から基地建設への抗議にくる人を「なんでナイチャー(本土の人間)が来て、混乱させているんだ」と否定的に見る人もいる。

 以前の中川はネット上の言説を読み、「沖縄に対しては右派的論調を取っていた」。それは単なる偏見だったが、「平和の島」というだけでもない。今では、「本土の人間は本当に沖縄のことを知らずに勝手なことを言っていた」「この問題は複雑すぎて生半可な気持ちでは取り組めない」と思うようになったという。

 定型の沖縄論の空疎さを脱しようとする姿勢は評価できる。だが、私は思う。沖縄の状況は複雑だろうか。

 考えてみよう。貧困、性暴力、平和学習の形骸化、迷惑施設をめぐる葛藤などは、各地でみられる現象だ。沖縄も自分と同じ生身の人間が生きている土地だと考えれば、理解可能なはずだ。それが複雑に見えるとすれば、沖縄に関する知識不足以前に、もともと社会の現実に向きあう姿勢が欠けているのではないか。

     *

 そもそも私たちは、沖縄以前に、「本土」や「東京」を知っているか。20代単身転入者の平均年収が241万円にすぎない豊島区や、地上戦の遺骨が何千も残る硫黄島も「東京」だ。東京を含む空襲被害者救済法も止まっている〈8〉。米軍基地も60年代より前は本土の方が多かった。沖縄まで行かずとも、類似の問題は「本土」や「東京」にすでにあるのだ。

 こうした問題以外でも、理不尽な抑圧や不本意な沈黙には、誰もが直面している。だが、自らの現実に向きあい、それを打開する努力を無意識に避けようとする人間は、他者の苦痛にも目を閉ざしたり、抑圧的にふるまったりするものだ。それこそ、沖縄の現実にも想像力が及ばず、定型句に流れる原因ではないか。

 親川志奈子は、沖縄問題が伝わらないのはなぜかと問い、「ひとえに『当事者性の欠如』だと考える」という〈9〉。自分の現実に向きあう勇気がないとき、人は他者を語ることに逃避し、安易な期待や勝手な偏見をその他者に投影する。それこそ、多くの沖縄論が空疎である最大の理由だ。まず、自らの現実の当事者になること。それが「沖縄」と「本土」の境界を壊すことにつながるはずだ。

     *

 〈1〉照屋剛志「欠かせない『基地依存』誤解の解消」(Journalism8月号)
 〈2〉「(よくある質問)沖縄振興予算について」(沖縄県庁ホームページから)
 〈3〉前泊博盛「四〇年にわたる政府の沖縄振興は何をもたらしたか」(世界2012年6月号)
 〈4〉仲村清司「埋めるべき溝、沖縄内部に」(Journalism8月号)
 〈5〉木村司「本土に広がる『沖縄疲れ』の空気」(同)
 〈6〉国仲瞬・インタビュー「修学旅行生と平和教育」(同)
 〈7〉中川淳一郎「『本土の人間』として反省を込めて思う」(同)
 〈8〉NHKスペシャル取材班『縮小ニッポンの衝撃』/栗原俊雄『遺骨』(15年5月刊)/記事「全国空襲連のつどい 救済法の早期実現を」(本紙8月15日〈都内版〉、http://digital.asahi.com/articles/ASK8G447PK8GUTIL018.html?rm=415#Continuation)
 〈9〉親川志奈子「植民地・沖縄を前に、日本人の選択は?」(Journalism8月号)

     ◇

 おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。近著『誰が何を論じているのか』は、本紙・論壇委員として2013年からの3年間に執筆した毎月の論壇メモと本紙コラムなどを収録。

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 今日はイレギュラーで、寮2(出町)24時間。
 恒例、朝日・日経チェック。

 「沖縄と本土」、ええこと書いてあるわ。
 「当事者性の欠如」、その通り。かく言う私も、真樹が「沖縄にずっと住みたい」と言っていなければたぶん同じようなことだったであろう。

 「自分の現実に向き合う勇気がないとき、人は他者を語ることに逃避し、安易な期待や勝手な偏見をその他者に投影する。」

 これって、ネトウヨのことちゃうん。
 ネトウヨにふさわしい代名詞は「身も心も腐りかけている人々」がいいと思っていたが、「自分の現実に向きあう勇気のない人々」のほうがいいね。
 私は、そんな人たちこそ一歩踏み越えてもらえば「9条の会」と手をつなげるのではないかと思ってるんですが・・・。
 「左右合作!」

 ヨメさんはゆうやろね、「自分の現実に向き合う勇気のないやつ・・・、アンタのことや!」

 そんなことより、斉藤由貴のキス事件のほうが気になるなあ。

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2017年06月25日(日)

ミニマンゴー [沖縄]

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 京都に帰ってきました。
 真樹のところを7時20分に出て、家に着いたのは4時10分。9時間近くかかりました。

 おみやげはミニマンゴー。
 名護市宮里の「JAファーマーズマーケット・はい菜!」で購入。何年か前に買って、小さいけど安くておいしかった。
 今年も買いに行くと、前よりは高くなっていた。それでも極小11個が1510円、小4個が1310円。これで前のようにおいしければいいんですが・・・。

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 真樹の出勤時間と私の乗るバスの時刻がうまい具合にぴったり。名護市役所前まで歩くと20分近くかかる。車で送ってもらえて助かった。

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 いつものやんばる急行バス。他のバスが2190円のところを1600円で行ってくれる。本数が少ないので時間合わせが大変だが、私はたいていこれで名護まで往復している。
 たいていはアジア系観光客でいっぱいなのだが、さすがに朝早い便はがらがらだった。

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 帰りの飛行機は、初めてのソラシドエア。
 緑っぽい機体の写真を撮ろうとしたが、バスがタラップ横付けで、近すぎて撮れなかった。代わりに搭乗券を。
 支払い時に使ったカードで搭乗手続きが簡単にできるので楽。

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 今までよく乗っていたピーチに比べ、座席間は若干広く感じた。私のお隣は把瑠都みたいな外人さんだったが、そんなに圧迫感はなかった。
 ピーチは確かに安いが、スカイマークやソラシドは座席指定がタダ。荷物の重さも気にしなくていい。神戸発着にも慣れてきたので、次に沖縄に行くときもこっちにしようと思う。

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 雨が降っていたので、「京都キャロット」までヨメさんときくをお迎え。
 私が沖縄から帰ってくると、いつも「知らん、知らん」というきくだが、いつものシエンタで迎えに行ったのがよかったようだ。今日はブルブル震えることはなかった。

 これで、きくが食べられるようなおみやげがあればゆうことなしなんですが・・・。

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【今日のきく】

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 お散歩のときは、もうすっかり思い出してくれていた。
 いつもなら逃げ回るのに。
 しっぽ、ピンと上がってるでしょ。

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 散歩の大好きなきくは、ペットショップのおねえさんに預けてもだいじょうぶかもしれない。遠くの出張販売に連れて行くよりはましなような・・・。 

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 いつもこんないいお顔でお散歩してくれたらいいんやけど、前はよくほかの犬にいちゃもんつけに行ってたし・・・。このごろかしこいけど。

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 ヨメさんが晩ごはんはいらないというので、いきなり一人晩ごはん。もうお腹の調子もいいので、何でも食べられる。

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 私が食べているときに、きくは足の上にアゴをのせるサービス。こんなことも初めて。
 私がいない間、おもしろいことがなかったんかな。
 きくがしゃべれたらいいのに・・・。

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2017年06月22日(木)

ダブルブッキング [沖縄]

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 「ダブルブッキングで、娘のとこに泊まれんようになったんですわー。」

 なんて言われても、なんのこっちゃですよね。
 毎年「一人沖縄平和ラン」の前日は那覇に泊まっていた。しかし今年は沖縄市スタートにしたので、前日は真樹の所に泊まらせてもらい、朝にバスで沖縄市に行くつもりだった。真樹にもその辺を説明していたつもりだったが、通じていなかった。

 真樹の所には、遠くから来てくれた友だち2人がお泊りに。そんなところにジジイが割り込む余地はない。昨日の夜、急きょホテルを探して予約。名護市役所から西に歩いて10分の「センチュリオンホテル」。宿泊費は痛いが、明日の「あいあいファーム」が従業員割引で安くなったのでこれで良しとしよう。

 書きたいことはいっぱいあるが、もう寝なあかん。
 今日のホテルはパソコンが使えてよかったけど、明日の「あいあいファーム」はパソコン使えへんにゃろなあ・・・。
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 19時18分古島駅前発のやんばる急行バスは、20時30分名護市役所前着。
 1時間ちょっと苦しみ続けて、やっとバスから降りることができた。
 降りたすぐの公園のトイレに駆け込み、「ゲゲゲのゲー」。
 なんと、これでまたあんなに痛かったお腹がましになってきた。

 「センチュリオンホテル」に到着し、真樹からのメールを確認。すると、玉城さんからメールが来ていた。
 「渡したいものがあってバス停で待っていたのですが、見つけられませんでした。真樹さんの所の前で待っています。」
 あかんがな。今日は真樹のところには泊まれへんがな。
 「事情があって、今日はホテル泊まりです」とメールすると、こちらまで来てくださった。

 いつもおみやげを持って行ったりしているので、お返しのおみやげを持ってきてくださったのだ。明日は応援に行けないからということで。
 ホテルのフロント前で歓談。いろいろな話の中で「元カレ」の話が一番興味深かった。

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 着替えてちょっと落ち着いたので、真樹のところまでジョグ。
 晩ごはんを食べる予定でいたのだが、このお腹では無理。せっかくちょっとましになったのが、また痛くなったら元も子もない。

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 ホテルを出たすぐのところにかわいいネコちゃん。
 上等系入ってますね。

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 真樹の所に置いてあるポールとタオルとサプリ系を持って帰る。

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 すぐ近くの「かねひで」でお買い物。
 入口にはちっちゃいワンちゃんがかしこう待っていた。

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 薬屋さんで胃薬も買った。
 今日食べられそうなんは、なんとう餅とゼリーかな。
 そして明日の朝に、バナナ、ヨーグルト、アミノバリューやね。
 これで何とか乗り切ろう。

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 ホテルに戻ってテレビをつけると、大竹しのぶさんが中島みゆきの「ファイト!」をえらい顔して歌っていた。

 ファイト! 闘う君の唄を
 闘わない奴等が笑うだろう

 ファイト! 冷たい水の中を 
 ふるえながらのぼってゆけ

 私自身は絶対に闘わない。しかし、私のことを笑う人はたくさんいるだろう。(「奴等」なんて下品な表現はしません。)

 ファイト! 走ってる君の唄を
 走らない人らが笑うだろう

 ファイト! 炎天熱風の中を
 ふらつきながら走ってゆけ

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ポケットWifi忘れたー [沖縄]

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 沖縄到着。
 「さあパソコン見よか」となって、ポケットWifiを寮に忘れてきたことに気付いた。
 現在、桜坂劇場内で「NAHA CITY FREE Wifi」を使って、ブログ更新試行中。

 あっ、映画が始まる。
 続きはあとで。
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 家を8時半に出て、11時25分神戸発、13時30分那覇着のスカイマークで沖縄入り。スカイマークは荷物の重量制限を気にしなくていいから気楽。

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 まずはゆいレールで牧志へ。
 いつもは名護の「理容きゃん」さんで散髪してもらっているのだが、今回は時間の都合で牧志で。桜坂劇場に一番近くて安いのが「美容プラージュ国際通り店」。

 「はやい、やすい、うまい」の三拍子がそろっていた。
 税込み1620円でサッパリ。

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 そのあと桜坂劇場へ。

 映画館の真ん前でかわいいワンちゃん発見。

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 「ジャッキー・オス・まだ若いよー」

 「何歳ですか?」と聞いたのだが、とにかく若いらしい。
 人なれしていて、さわっても全然だいじょうぶだった。
 このご近所の方らしいので、映画を見に来た時にまた会えるかも。

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 チケットを購入し、大きい荷物を預かってもらった。

 「さあ、遅い昼ごはん・・・」と思ったが、ここまで来たら先にネコ遊び。

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 トラ、白、黒、ミケ・・・。

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 「なでてくれー」とさそうネコちゃんもいる。

 よーく見ると、不妊手術のしるしの耳カットがしてあった。

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 こっちは、興味はあるけどちょっと警戒という感じかな。

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 なかなか芸術的な配色のミケ。

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 「ネコは涼しいところをよく知っている」というが、ほんま。
 気持ちよさそうに眠っている。

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 この公園から平和通り商店街へ。

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 沖縄料理の「花笠食堂」さんへ。

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 昨日お腹が痛くなってしまったので、今日は軽く「ヘチマのみそ炒め定食」。
 ごはんが白と玄米、汁も5種類から、もずくかぜんざいも選べる。この組み合わせは、2×5×2で20通りですか。すばらしい。
 私は、「白ごはん・中味汁・もずく」をチョイス。
 ヘチマのみそ炒めにたまごが入っていたので、上手に分けて食べるようにした。ヘチマも中味汁ももずくもすごくおいしかった。

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 従業員さんは東南アジア系の女性。国際色豊かです。ただし、お客様は中国・韓国系の方が多そうだった。

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 食べ終わってもまだ映画まで時間があったので、またネコ公園へ。

 このネコちゃんもえらいなついてくれて、私のカバンにすりすり。
 このネコにも耳カット。
 オスなのでタマがついていたのだが、スコスコになっていたようだ。

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 この公園はネコちゃんの宝庫です。
 また来るからねー。みんな元気でねー。

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 映画館に入る前、パソコンがつながらないかとトライ。
 すると、無料のWifiが見つかった。
 「なーんや、もっとはよう試してみたらよかった。」

 映画館前で写真だけアップ。
 4時半から上映なので4時開場。

 (映画については、また別に書く予定。)

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 上映後、ロジャー・パルバース監督の舞台挨拶があった。
 50年前から日本で過ごし、「戦場のメリークリスマス」(1983)の助監督をされた方。ベトナム戦争をきっかけにアメリカ国籍を捨てオーストラリア国籍に。

 多くのことを語られたが、私が一番印象に残ったのはこれ。
 「戦争と平和というふうによく対にして使われるが、私はそういう言い方は好きではない。戦争の反対は非暴力です。」
 翌日「平和・憲法九条」ののぼりを背負って走る予定の私には、この言葉はちょっとこたえた。「非暴力」ののぼりでもいいのだが、インパクトに欠ける。アピールの表現方法も難しい。

 「ぜひ、パンフレットも買ってください。サインさせてもらいますから。」
 買いましたがなー。

 「監督はおいくつなんですか。」
 「私は73歳です。」
 「えー、お若く見えますね。」
 「あなたはおいくつですか。」
 「私は61歳です。監督の12歳下です。」
 「おー、ということはさる年ですか。」
 「えっ・・・。ひつじ年です。誕生日が来たら62なんで・・・。」

 まさか、パルバース監督と干支の話になるとは思わなかった。

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 名護行きのバスまでまだ時間があったので、またまたネコ公園へ。
 公演の入り口には、さっきは見なかったふてぶてしい顔のネコちゃんもいた。

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 公園内で、あんもちゃんそっくりな黒猫を発見。
 後ろからそーっとさわったら、「ファー」といって引っかかれた。傷は浅かったが、カッターで切ったみたいに血が止まらなかった。
 勝手にさわってごめんね。「さわってもええか」ゆうのん忘れてた。反省!

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 ゆいレール「牧志」から「古島」へ。
 ここにやんばる急行バスが来る。

 バス停に着いたのはちょうど7時くらい。
 実は映画の終わりかけくらいからお腹が痛くなってきていた。この時点で、もう立ってられないくらい痛くなっていた。
 昨日お腹いたで苦しんだので、今日は気を付けていたつもりなのに。「ヘチマのみそ炒め」に少し入っていたたまごに反応したのだろうか。あんなちょっとで?

 ひょっとしたら胆石が砕けて管に詰まってる?
 まさかね。そうなると七転八倒するくらい痛いらしい。
 いやいや何事にも鈍感な私のことだから、案外そんな状況なのかもしれない。

 「2日連続腹痛の翌日に、炎天下60km走は可能か」

 ここまで来たら、なんとしてでもやる!

 

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2017年06月21日(水)

誰かのためでなく自分のために [沖縄]

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平和祈念公園(2006年6月、真樹11歳)

◎京都新聞6月21日朝刊

   凡語

 今月12日に92歳で亡くなった元沖縄県知事の大田昌秀さんは、選挙でたすきを使わなかった。「出征兵士の行進を思い出す」がその理由だった▼米軍の沖縄上陸直前、「鉄血勤皇隊」に動員され死地をさまよった。「沖縄戦の経験が私の生き方を規定した」と1972年の著書「沖縄のこころ」に書く▼瀕(ひん)死だがまだ息がある子どもを埋めようとする親。幼子と母親を避難壕(ごう)から銃火の下に追い出した日本兵。「敵味方が入り乱れて殺戮(りく)の限りを尽く」した戦争の実像を伝える▼知事時代、基地問題で国と鋭く対立したのは、県民の3分の1を失った沖縄戦の体験があったからだ。95年の米兵による少女暴行事件に際し「少女の尊厳を守れなかった」と深くわびた。このときも救えなかった多くの命が念頭にあったという▼著書で大田さんは過度に悲惨な戦争の描写は控えたと書いたうえで「戦争を甘くみることがないよう望む」と添えている。戦争を知らない世代が勇ましく軍事や改憲を語る時代を見越していたのだろう▼23日は沖縄戦で組織的戦闘が終結したとされる日。大田さんが建立に力を尽くした「平和の礎(いしじ)」には、沖縄の戦いで亡くなったすべての人の名前が刻まれている。その中には、京都府出身者2545人、滋賀県出身者1691人も含まれる。

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平和の礎(私の父のいとこ・藤井勘六氏)

◎朝日新聞6月21日朝刊

   (後藤正文の朝からロック)沖縄の戦没者は基地望むか

 ツアーで沖縄へ行く機会があると、僕は南部戦跡を巡るようにしている。
 那覇市内で原付き自転車を借りて、湿度の高い風を感じながら、ゆっくりと南に向かう。

 沖縄本島の南端近くの平和祈念公園には必ず立ち寄って手を合わせる。メインの広場には、戦没者たちの名前が刻まれた石碑が東の海に向かって本を開くように立ち、ひとつひとつの名前から何かを静かに問うような眼差(まなざ)しを感じる。

 那覇まで戻って、北に向かうと宜野湾市。米軍普天間飛行場が街の真ん中に鎮座している。周囲は想像以上にのどかだ。

 さらに北へ行けば嘉手納町。隣接する市町にまたがる東アジア最大級の米空軍基地がある。テロが頻発する世界情勢にあっても、道路を挟んだ道の駅から戦闘機の離着陸を見物できる。「隠すことはない」とでも言いたいような風景に唖然(あぜん)とする。

 「国民の代表」という言葉を僕たちはよく使う。その場合の「国民」に含まれるのは、今を生きる僕たちだけだろうか。

 平和祈念公園の石碑に刻まれた、戦没者たち。彼らは基地を望んだだろうか。

 「国民」には、この国に生きてきた死者も含まれるのではないかと思う。その声を想像することも、「国民の代表」が行うべきことだろう。

 6月23日の沖縄慰霊の日に寄せて。

 (ミュージシャン)
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 今日は寮1(二条)17時間。
 朝ごはんに温泉たまごが付いており、お昼は朝の残りをいただいているのでまた温泉たまご。胆のう炎に一番悪いのはたまごの黄身というのをすっかり忘れていた。

 さすがに2個投入はえぐかった。
 (写真まで撮ってんのに、なんで気付かんかったかなあ。)
 今回はまちがいなく胆のう炎。午後3時ごろから痛み出し、それから延々と・・・。

 「ぐ・る・じ・い・・・。」

 昨日義兄さんが言っていた。「前と同じようにしていても、2回目の手術がよっぽどきつかって、それがこたえてるんとちゃうか。」
 最近こんなに頭痛や腹痛が続くのは、そうなのかも知れん。

 こんなことでは、6月27日から始まる「ヨード制限食」+「胆のう炎制限食」なんかどうなるんでしょう。あー、いやいや。

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 いよいよ6月23日の「一人沖縄平和ラン」に向けて、明日沖縄入り。
 私の行きつけの映画館・桜坂劇場では、「STAR SANDー星砂物語ー」という映画が上映されている。今日明日の2日間限定で。
 この映画を見てから名護へ。名護に泊まって、翌朝バスで沖縄市。そこから「平和・憲法九条」ののぼりを背負い、真樹の働く「あいあいファーム」を目指す。
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(6月9日の記事を再掲載)

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 朝5時すぎに起き、名護市役所6時のやんばる急行バスに乗る。
 6時44分、池武当で降車。7時、「一人沖縄平和ラン」スタート。
 国道330号から329号へ。

 石川警察署10.1km、8時40分〜9時。(キロ10分から12分)
 金武町役場21.6km、10時40分〜11時20分。
 宜野座球場28.0km、11時50分〜12時40分。
 キャンプシュワブ38.0km、13時30分〜14時40分。
 世冨慶47.0km、15時10分〜16時40分。
 呉我54.5km、16時30分〜18時00分。
 湧川59.0km、17時20分〜18時50分。

 これで、明るいうちに「あいあいファーム」にゴール。
 こう書いていると、楽々行けそうな気がするんですけどねえ・・・。
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 「誰のためにもなってへん、ただの自己満足なんやからな。人に迷惑かけんように、よう考えて行動しいや。」

 昨日の夜、そうヨメさんから言われた。
 それは重々承知しています。
 誰かのために走っているわけではない。全部自分のため。
 特に今年は2回の大手術のあとで、もうすぐ監禁部屋が控えている。自分で自分を励ますというか・・・、とにかく何もせずに腐るのはいや。

 今までクラクションを鳴らして応援してくださった人、遠くから手を思い切り振ってくださった人、飲み物やお金を渡してくださった人、いっしょに走ってくださった人などなど・・・。
 6月23日に炎天下の沖縄を走ることは、誰のためになっていなくてもいい。私が真剣に沖縄の平和について考えられる日であればいい。

 去年の「一人沖縄平和ラン」の記事はトラブルで消えてしまったけれど、4年目にして初めて真樹が応援に来てくれた。「21世紀の森ランクラブ」の方も大勢来てくださったし・・・。

 今年もすでに、名護の玉城さんからお手紙と魔除けをいただいている。今日は、「おっとこまえ」の宮里さんからメールをいただいた。

 今年は今までで一番遅いペースに徹し、元気にゴールできるようにがんばります。

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2017年06月15日(木)

いくぜ三線教室 [沖縄]

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 今日は午後に三線教室一日体験。
 JEUGIAカルチャーセンター・イオンモール京都五条へ。

 二回目の手術で声がほとんど出なくなり、今出せる音階としてはドレミファまでが精一杯(ソから上は出ない)。もう歌を歌うのは無理。今まで楽器を触ったこともなかったが、今からでもなんかでけんもんかと思った。
 そんな時にひらめいたのが三線。指先は不器用だが、線が三本しかないんやったら何とかなるかーと思えてきた。

 ちょっと遠いけど西大路五条。でも、西京極のグランドには何回も行っているのでなじみのある場所。これから正式に入会すれば、三線の練習のあとサブトラックをぶっ飛ばすとかもできる。文武両道?

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 自宅から12kmほど、車で35分。
 本当は13時30分からだが、一日体験希望者は13時から。私のほかに中年女性がお二人来ておられた。

 先生は40歳前後に見える男性。沖縄県人ぽく見えたが、京都の人らしい。
 先生からいきなり三線を渡され、「きらきら星」の練習。
 楽譜の代わりに「四四工工五五工○尺尺中中上上四○・・・」(○は休み)
 こらおもろい。

 ゆっくりなら何とかできる。
 繰り返し繰り返し練習しているうちに、「きらきら星」が最後まで弾けるようになった。

 13時30分から正会員さんがお二人来られた。こちらも女性。もう1年以上前から来られているらしく、あの「島々静しゃ」などを歌いながら弾いておられた。

 「きらきら星」の次は「ちょうちょう」。そしてそのあとに「なだそうそう」の初めの部分。
 私は一日体験3名の中では一番ましで、他の方が追い付いてこられるまで待つ余裕があった。お二人の女性は半分パニック状態になっておられるようで、何もできずに茫然とされている時間がけっこうあった。

 でも先生はえらい。
 「最初からすぐに弾けるようになる人もおられるし、あとからどんどん弾けるようになって前の人を追い抜く方もありますし」と励ましておられた。

 一日体験は1時間くらいのものかと思っていたら、なんと3時間。正会員さんが15時30分に帰られたあとも居残りで16時まで。値打ちありました。

 練習用に、今日使わせてもらった三線を家に持って帰ってもいいとのこと(レンタル代、月2000円)。今日来た3人とも、7月から正会員になる申し込みをし、三線持ち帰り。
 三線のセットも安くあっせんしてくださるようで、これから続けていくのなら買ったほうが良い(人工皮23000円、本皮30000円くらい)。お一人はもう注文されていた。

 月2回(第1・3木曜)で受講料5400円。
 行くぜ三線教室。
 集中力欠如の私には、それを高めるいい機会です。

画像(141x188)

 入会手続きをしているとき、後ろを先生が通られた。
 受付の方が、「今から着替えて、合気道教室に行かれるんです。」
 「えっ? 三線と合気道?」

 先生いったい何者。
 人としてもおもしろそう。
 今度いっぱいしゃべらせてもらおう。
 いろいろと楽しみ!

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【今日のきく】

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 高山牧場の娘さんが私のブログを見てくださっている。 
 それはたぶん、この「今日のきく」コーナーでしょう。
 きくは生まれてから40日ほど高山牧場にいた。あの時、あの娘さんは何歳だったのだろう。ちっちゃちっちゃかったきくのことを、ずっと覚えてくれていたのだろうか。

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 ワンパターンじゃなく、いい写真を載せなくてはね。

 今日はロープ2本つなぎ。
 きくはちょっととまどっていたけど、まあまあ喜んでいた。

画像(240x320)・拡大画像(480x640)

 夜のバス停お迎えも、2本つなぎロープで。
 ぎょうさん動けてええなあ。

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