パオパオだより

2018年01月24日(水)

「名護ハーフ」のあと [沖縄]

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 沢真君が撮ってくれた、真樹のゴール写真。
 最後に笑顔でゴールできたら最高。

 「笑顔で走り続けたい」といつも思っているのだが、なかなかうまくはできていない。
 せめて、「ゴールはいつも笑顔で」と思う。

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 これは私が撮った、真樹のゴール写真。
 この笑顔、見習いましょう。

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 マラソンのあとはお腹ペコペコ。
 名護市のお隣の宜野座村(阪神のキャンプで有名)で、食と文化のイベントがあるので行こうと約束していた。しかし、あんまりお腹がすきすぎていて、宜野座まで持たない。
 途中の道の駅・許田によって食べることにした。

 看板の写真を撮っていたら、偶然真樹が写っていた。

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 二人とも「アーサそば」。
 お腹が減っていたので、あっという間に食べ終わった。

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 「第1回 やんばる食×文化イベント やんばるの『食』フェス」

 「きっと、お客さんがパラパラとしかいやはらへんにゃろなあ」と真樹と話していた。ところが着くと、意外な人出。どこへ行っても真樹の知り合いとバッタリ。名護に住んで5年近くになる真樹は、顔が広い。

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 私らの興味は、「食」や「文化」より「犬」ですかね。

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 大きいほうがオスで小さいほうがメス。兄妹らしい。

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 ゆるキャラも登場したが、子どもが少なくて、ちょっと手もちぶたさ。
 「かあちゃんやったら、絶対にいっしよに写真撮っとるな。」

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 売り切れてしまったお店にいたのは、「こたろう・オス・5か月」。
 めちゃくちゃかわいかった。

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 午前中はあんなに暑かったのに、午後は涼しくなってきた。この会場は風がスース―通って寒いくらい。
 そこで、私はコーヒーとホットサンドイッチ。でも、真樹はフロートを注文。わかもんやねえ。

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 「寒い寒い」と言いながらも、ペロッと食べてしまった。
  ここまで出かけてきてよかった。けっこうおもしろかった。

 「今日は晩ごはん作るしな」と真樹。
 トイレのカバーや洗濯物干し用の突っ張り棒も買いたかったので名護の「ドン・キホーテ」へ。
 「ここで食材も買うわ」と。
 「えっ、ドンキに食べもん売ってんの?」
 名護は便利やわ。

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 真樹は、3回の朝ごはんとこの日の晩ごはんを作ってくれた。

 「かあちゃんがな、真樹が引っ越したんは、パオパオが気安く来られんようにやってゆうとったけど、そうなん?」
 「そんなことないでー。ホテルに泊まるお金はもったいないし、いくらでも来ていいでー。」

 ああよかった。前よりは来にくくなってしまったけれど、また泊めてもらおう。

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 今日は寮1(二条)17時間。 
 いつもコーヒーをおごってもらっているお掃除のKさんに、沖縄のおみやげを持って行った。(アメは自分用でそれ以外。)

 「こんなにたくさんもらっていいの。悪いねえ。」
 「いやいや、数が多いだけで、金額は知れてるんです。」

 たいそうなものではなく、こんなお手軽なおみやげがたくさんあるので、こちらも買うのが楽しい。京都のおみやげにも、こんなものがあるといいんですけどね。

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2017年12月20日(水)

ウルトラのあと(12/19) [沖縄]

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 「真樹がな、かあちゃん心配するし、家のことはゆわんといてなって」と私。
 「そんなたいへんなとこやったん?」とヨメさん。
 「まあな・・・。」

 都会が嫌いでいなかが好きなところは私に似たんでしょう。でも、不便な所でも暮らせるのはヨメさんに似たんじゃないでしょうか。
 
 「簡単にゆうとな、キャンプ生活みたいなもん。ボクはな、お風呂がないところにはよう住まん。」
 おっと、もうこれ以上書いたら真樹に叱られる。これ以上は内緒内緒。来年1月の「名護ハーフ」に来る時までに、なんとかしてくれるかなあ。
 

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2017年12月19日(火)

ウルトラのあと(12/18) [沖縄]

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 「あちこち写真を撮って帰ってください。うちの宣伝になりますので」と民宿・芭蕉布の奥さま。でも私はどうしてもネコちゃんのほうに目がいってしまう。

 土曜日には姿を見せてくれなかったモモちゃん。やっと顔を見せてくれた。
 今年の2月、チビの娘としてビビといっしょに生まれた子。こわがりで愛想がないらしいけど、かわいいネコちゃんじゃないですか。

 ネコが好きな人にはたまらない民宿。苦手なお客様には、絶対にネコ部屋(別棟)から出さないとのこと。そのへんは徹底されています。

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 2階の窓から見える景色は抜群。

 「あの橋を渡ったんやなあ・・・。」

 レース前日は、何やかやでけっきょく1時ごろまで寝られなかった。しかしレース後は背中が痛かっただけで、7時間以上ぐっすり寝られた。

 階段を下りるのが大変かもと心配していたが、普通に下りられた。

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 冬じゃなくて、夏にも来たいくらい。
 泳ぐところって、あったかな。

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 「丘の上の立派な建物はホテルですよね。」
 「いえ、あれはauの基地です。」
 「auの基地?」

 au、儲かってますね。

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 朝はトーストとコーヒー。
 しっかり寝られたせいか、バクバク食べることができた。

 荷物の整理に時間がかかり、10時ごろやっと下におりた。
 そこで、ネコちゃんたちのお見送り。

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 チビ、ビビ、モモ(3びきとも耳カット済み)、また来るから元気でね。
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 奥武島の公園にネコがいっぱいいたので、写真を撮りに行った。

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 このネコちゃんは、ビビとモモのお父さん?

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 おとなしくてかわいいネコちゃんばかり。
 堪能しましたわ。
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 さて、このあとは真樹のところへ。
 とは言っても、真樹は夜7時まで仕事なので時間をつぶさなくてはならない。
 いつもなら牧志の桜坂劇場へ映画を見に行くのだが、それには向かいの公園のネコちゃんかまいも含まれている。今日はもう奥武島でネコをいっぱい吸ってきたので、パス。

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 高速で名護まで。軽自動車は810円。
 いつも私を応援してくださっている玉城さんのお勤め先へ。お墓屋さんだと思っていたが、建設会社でした。

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 京菓子の「鼓月」さんの期間限定販売、その名は・・・「京あんも」。
 うちが飼っていたネコのうち、一番長生きしてくれた黒猫「あんも」ちゃん。このお菓子「京あんも」のように黒光りしていました。
 ネコの大好きな玉城さんは、私のブログのあんもの記事も読んでくださった。(「あんも、あんも・・・」2011年5月15日は、いまだに自分の書いた文に泣いてしまう。)玉城さんは、私の応援のときもあんも付きでしてくださっている。ありがたいことです。

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 玉城さんにコーヒーをいただいて、次は「理容・きゃん」さんへ。

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 「理容・きゃん」さんは、真樹のアパートのすぐ近く。
 しかし、真樹は11月末で引っ越してしまった。

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 私が入ると、「尚巴志マラソンでしたっけ?」と。初子オバアはマラソンにくわしいんです。
 「いや、尚巴志は11月です。与那原から糸満市役所往復の100kmマラソン走ってきました。何とかギリギリ制限時間内に完走出来ました。」 
 「それはよかったですね。」

 おっとこまえにしてもらって、次はお昼ごはん。

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 いつもの「きっと屋キッチン」に行くとお休み。
 そういう場合は「我部祖河食堂」へ。

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 ここでは、これ。中味汁定食(700円)。

 そのあと、着替えのTシャツを持ってくるのを忘れたのでサンエーに買いに行った。ウルトラ完走記念Tシャツがなかったので、その代わりのつもりで沖縄らしいのを買った(790円×2枚)。

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 そして、真樹のバイト先「あいあいファーム」へ。

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 直売所に真樹はいた。

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 いつもの笑顔でしっかり働いていた。

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 コーヒーともさもさするお菓子。
 Wifiが使えるので、ここでちょっとブログ書き。

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 真樹の引っ越し先にも行ってきた。
 まあ、たいへんな・・・。(くわしくは書けません。)

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 真樹が仕事から帰ってきて、二人で夕食へ。
 名護のサンエー為又店内にある「和風亭」へ。

 真樹は「漁師丼(1166円)」。

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 私は「ステーキ御膳(1717円)」。

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 デザートに「夫婦ぜんざい(2つで453円)」。

 そのあと、イオンへ。
 真樹が、私の誕生日プレゼントを買ってくれるらしい。

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 これは、私が買った沖縄らしいTシャツ。

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 こちらが、真樹が買ってくれたフリースジャケット。
 変わった柄やから、京都ではだれともかぶらんやろね。
 いいのを買ってくれてありがとう。
 今回は来るときが去年の誕プレのパーカー、帰りはこのフリースということになる。

 このあとは、真樹のつくった梅酒で長い長いゆんたく。
 酔っぱらって、写真撮るのん忘れてしまいましたわ。

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2017年09月08日(金)

「島の人よ」 池田卓  [沖縄]

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   「 島の人よ 」  池田 卓


生まれ島を離れ暮らす 島の人よ
覚えていますか 生まれ島の 祭り唄を

大きな夢を都会に描く 島の人よ
強く育てた あなたの島こそが 夢の島よ

島の人よ またいつの日か 祭り咲かせてみようじゃないか
島の人よ またあの海で サバニこいでみようじゃないか


島を離れ帰らぬ人よ 島の人よ
何処にいますか? 何してますか? お元気ですか?

都会で暮らし 手にしたものも 大切だけど
何々よりも大事にして欲しい 生まれ島を

島の人よ またいつの日か 故郷咲かせてみようじゃないか
島の人よ またあの海で サバニこいでみようじゃないか

島の人よ いついつの日か 祭り咲かせてみようじゃないか
島の人よ いついつまでも 生まれ島を忘れないで

生まれ島を忘れないで・・・

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■池田卓(いけだ すぐる)Suguru Ikeda

池田卓 沖縄県・西表島船浮出身。シンガーソングライター。

1979年5月24日、西表島にある人口41人(2017年8月現在)の船浮[ふなうき]という小さな集落で生まれ育つ。
学年が一人だった為、雨の日は楽器が友達替わり。小学5年生から八重山民謡を習い始める。
19歳の夏、島の芸能祭に参加したのをきっかけに本格的に音楽活動を開始。2000年10月10日、母の誕生日に「島の人よ」でCDデビュー。この曲が天気予報のBGMに起用され脚光を浴びる。2005年には「心色」で全国デビュー。
ベストアルバムや八重山民謡アルバムを含め、これまで11枚のCDを発表。
2007年より、故郷・船浮にて音楽イベント「船浮音祭り」を企画・プロデュース。2008年以降は中東や欧米、アジア地域での海外ライブにも出演、活動の幅をさらに広げている。
2011年、10周年と父の還暦を機に念願の里帰り。実家のふなうき荘やツアーガイド、米や珈琲などを育てながら、船浮を拠点にライブ・祭り・イベントと全国で活動する傍ら、ラジオパーソナリティーや講演活動、執筆、声優、俳優など、多方面で活躍中。

・竹富町観光大使(2014年より)
・東アジア文化交流使(2014年より)

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 昨日は三線教室5回目。
 またまた練習不足で、あせってあせって肩こりこり。
 しかし、その中でも一つすごくうれしいことがあった。

 練習曲として先生が出してこられた曲。
 あの西表島船浮出身の池田卓さんの「島の人よ」。

 11年前の6月、小6の真樹と初めて行った沖縄は「鳩間島」。
 そのときの鳩間小中の運動会に、船浮小中の先生が来られていた。
 運動会のマラソンで、私は船浮小中の入波平みさ乃先生に敗れ第3位(優勝は鳩間中生)。それが悔しくて、その年の10月、船浮小中の運動会にも行くことにした。

 舩浮は西表島の最西端。
 陸続きなのに船でしか行けないところ。
 その船の船長さんが池田卓さんのお父さんだった。

 入波平先生との再対決は実現しなかったが、沖縄県八重山郡竹富町の運動会に2回も参加することができた。小6の真樹にとっても、忘れられないいい思い出になったと思う。

 「島の人よ」が入っているアルバムも、買ったはずなのにどこに行ったか分からない。
 三線の先生が、「次に船浮に行くときは、『島の人よ』が弾けるようになって、池田卓さんといっしょに歌えればいいですね」とおっしゃった。
 ほんま、そうなりたいわ。
 手術後高い声はでーへんけど、せめて三線がしっかり弾けるようになりたいわ〜。

※ 過去、船浮に行ったのは三度。
  2006年10月、真樹と。
  2007年3月、廉と。
  2008年2月、眞寿美さんと。

 池田卓さんは「島の人よ」の歌詞通り、生まれ島を忘れないで船浮に帰ってこられたんですね。

 「都会で暮らし 手にしたものも 大切だけど
  何々よりも大事にして欲しい 生まれ島を」

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2017年09月04日(月)

自分の現実に向き合う勇気がない [沖縄]

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寮の管理人室のカレンダー

◎朝日新聞8月31日朝刊・論壇時評

   沖縄と本土   「自らの現実」はどこに

                  歴史社会学者 小熊 英二

 世上の沖縄論は「平和の島」「癒(いや)しの島」などの定型句が目立つ。かたやネット上には「基地で潤っている」「補助金泥棒」といった偏見もある。この種の沖縄論は、なぜかくも空疎なのか。

 理由の一つは、単なる知識不足だ。米軍基地の7割が集中する沖縄だが、県民総所得に占める基地関連収入は5%にすぎない。基地返還跡地を再開発した地区では、直接経済効果が返還前の平均28倍であり、基地はむしろ発展を阻害している〈1〉。国からの財政移転は都道府県中12位で、特段に高くはない〈2〉。

 一方で沖縄の貧困は深刻だ。1人当たり県民所得は最下位、非正規雇用は45%で全国一。沖縄に多いコールセンターや観光業、飲食業は一般に賃金が低い。本土労働者の典型像は「年収三〇〇万〜四〇〇万」の製造業従事者だが、沖縄のそれは「年収五五万〜九九万」の飲食・宿泊業だ〈3〉。沖縄在住の作家である仲村清司は、「子どもの貧困率が全国平均の2倍に達し、3人に1人が貧困状態」と述べ、貧困に起因する家庭内暴力や不登校、いじめの頻発を指摘する〈4〉。

 また沖縄戦で住民の4分の1が死に、1972年まで米軍の軍政下で基地が膨張した。多くの沖縄論は、これが単なる歴史ではなく、現在でも癒えない生傷であることを踏まえていない。

 新聞記者の木村司が2015年に取材した女性は、高校2年生の1984年に米兵3人に乱暴された〈5〉。「被害を家族にも話せなかった。事件を再現させられると聞き、警察に被害届も出せないまま、原因不明の体の痛みに耐えてきた」。95年に女子小学生が米兵に暴行された事件をニュースで知ったこの女性は、「明かりをつけるのも忘れ、真っ暗な部屋で泣き続けた」。そして「こんな幼い子が犠牲になったのは、私があのとき黙っていたから」と考え、抗議集会に参加した。

 木村はこのほか「人知れずアメリカ兵の子どもを産んだ知人がいる」「苦しみが癒えてきたと思う頃にまた事件が起きる。忘れたくても忘れられない」といった声も紹介している。こういう事例は沖縄では珍しくなく、「現場を歩けば、驚くほど、何らかの『経験』を身辺にもつ人に出会う」と木村はいう。こうした事情が、思想信条を超えた反基地感情の背景にあることは、いうまでもない。

     *

 だが一方で、沖縄の現実は、「平和の島」という定型句には収まらない。

 前述の仲村は、沖縄の若い世代の関心事は貧困問題なのに、年長論者は基地問題に傾斜しており、そのギャップが「沖縄問題を語る大人への無関心と無視」を招いているという。国仲瞬は、沖縄の若者にみられる基地容認論の背景に、形骸化した平和学習への反感があると指摘する〈6〉。もっとも仲村は、そうした世代間対立の背景は「莫大(ばくだい)な金と利権をばらまくことによって沖縄の不満を抑え込み、沖縄内に既得権益層とそうでない層の間に著しい経済格差を作りだしている政府の存在」だとも述べているのだが。

 外部の来訪者は、こうした状況に戸惑うことも多い。ネットニュース編集者の中川淳一郎は、沖縄の訪問体験を記している〈7〉。基地反対を明確に唱える人もいるが、「昔から基地のある生活が普通でした」と語る人もいる。本土から基地建設への抗議にくる人を「なんでナイチャー(本土の人間)が来て、混乱させているんだ」と否定的に見る人もいる。

 以前の中川はネット上の言説を読み、「沖縄に対しては右派的論調を取っていた」。それは単なる偏見だったが、「平和の島」というだけでもない。今では、「本土の人間は本当に沖縄のことを知らずに勝手なことを言っていた」「この問題は複雑すぎて生半可な気持ちでは取り組めない」と思うようになったという。

 定型の沖縄論の空疎さを脱しようとする姿勢は評価できる。だが、私は思う。沖縄の状況は複雑だろうか。

 考えてみよう。貧困、性暴力、平和学習の形骸化、迷惑施設をめぐる葛藤などは、各地でみられる現象だ。沖縄も自分と同じ生身の人間が生きている土地だと考えれば、理解可能なはずだ。それが複雑に見えるとすれば、沖縄に関する知識不足以前に、もともと社会の現実に向きあう姿勢が欠けているのではないか。

     *

 そもそも私たちは、沖縄以前に、「本土」や「東京」を知っているか。20代単身転入者の平均年収が241万円にすぎない豊島区や、地上戦の遺骨が何千も残る硫黄島も「東京」だ。東京を含む空襲被害者救済法も止まっている〈8〉。米軍基地も60年代より前は本土の方が多かった。沖縄まで行かずとも、類似の問題は「本土」や「東京」にすでにあるのだ。

 こうした問題以外でも、理不尽な抑圧や不本意な沈黙には、誰もが直面している。だが、自らの現実に向きあい、それを打開する努力を無意識に避けようとする人間は、他者の苦痛にも目を閉ざしたり、抑圧的にふるまったりするものだ。それこそ、沖縄の現実にも想像力が及ばず、定型句に流れる原因ではないか。

 親川志奈子は、沖縄問題が伝わらないのはなぜかと問い、「ひとえに『当事者性の欠如』だと考える」という〈9〉。自分の現実に向きあう勇気がないとき、人は他者を語ることに逃避し、安易な期待や勝手な偏見をその他者に投影する。それこそ、多くの沖縄論が空疎である最大の理由だ。まず、自らの現実の当事者になること。それが「沖縄」と「本土」の境界を壊すことにつながるはずだ。

     *

 〈1〉照屋剛志「欠かせない『基地依存』誤解の解消」(Journalism8月号)
 〈2〉「(よくある質問)沖縄振興予算について」(沖縄県庁ホームページから)
 〈3〉前泊博盛「四〇年にわたる政府の沖縄振興は何をもたらしたか」(世界2012年6月号)
 〈4〉仲村清司「埋めるべき溝、沖縄内部に」(Journalism8月号)
 〈5〉木村司「本土に広がる『沖縄疲れ』の空気」(同)
 〈6〉国仲瞬・インタビュー「修学旅行生と平和教育」(同)
 〈7〉中川淳一郎「『本土の人間』として反省を込めて思う」(同)
 〈8〉NHKスペシャル取材班『縮小ニッポンの衝撃』/栗原俊雄『遺骨』(15年5月刊)/記事「全国空襲連のつどい 救済法の早期実現を」(本紙8月15日〈都内版〉、http://digital.asahi.com/articles/ASK8G447PK8GUTIL018.html?rm=415#Continuation)
 〈9〉親川志奈子「植民地・沖縄を前に、日本人の選択は?」(Journalism8月号)

     ◇

 おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。近著『誰が何を論じているのか』は、本紙・論壇委員として2013年からの3年間に執筆した毎月の論壇メモと本紙コラムなどを収録。

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 今日はイレギュラーで、寮2(出町)24時間。
 恒例、朝日・日経チェック。

 「沖縄と本土」、ええこと書いてあるわ。
 「当事者性の欠如」、その通り。かく言う私も、真樹が「沖縄にずっと住みたい」と言っていなければたぶん同じようなことだったであろう。

 「自分の現実に向き合う勇気がないとき、人は他者を語ることに逃避し、安易な期待や勝手な偏見をその他者に投影する。」

 これって、ネトウヨのことちゃうん。
 ネトウヨにふさわしい代名詞は「身も心も腐りかけている人々」がいいと思っていたが、「自分の現実に向きあう勇気のない人々」のほうがいいね。
 私は、そんな人たちこそ一歩踏み越えてもらえば「9条の会」と手をつなげるのではないかと思ってるんですが・・・。
 「左右合作!」

 ヨメさんはゆうやろね、「自分の現実に向き合う勇気のないやつ・・・、アンタのことや!」

 そんなことより、斉藤由貴のキス事件のほうが気になるなあ。

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2017年06月25日(日)

ミニマンゴー [沖縄]

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 京都に帰ってきました。
 真樹のところを7時20分に出て、家に着いたのは4時10分。9時間近くかかりました。

 おみやげはミニマンゴー。
 名護市宮里の「JAファーマーズマーケット・はい菜!」で購入。何年か前に買って、小さいけど安くておいしかった。
 今年も買いに行くと、前よりは高くなっていた。それでも極小11個が1510円、小4個が1310円。これで前のようにおいしければいいんですが・・・。

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 真樹の出勤時間と私の乗るバスの時刻がうまい具合にぴったり。名護市役所前まで歩くと20分近くかかる。車で送ってもらえて助かった。

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 いつものやんばる急行バス。他のバスが2190円のところを1600円で行ってくれる。本数が少ないので時間合わせが大変だが、私はたいていこれで名護まで往復している。
 たいていはアジア系観光客でいっぱいなのだが、さすがに朝早い便はがらがらだった。

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 帰りの飛行機は、初めてのソラシドエア。
 緑っぽい機体の写真を撮ろうとしたが、バスがタラップ横付けで、近すぎて撮れなかった。代わりに搭乗券を。
 支払い時に使ったカードで搭乗手続きが簡単にできるので楽。

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 今までよく乗っていたピーチに比べ、座席間は若干広く感じた。私のお隣は把瑠都みたいな外人さんだったが、そんなに圧迫感はなかった。
 ピーチは確かに安いが、スカイマークやソラシドは座席指定がタダ。荷物の重さも気にしなくていい。神戸発着にも慣れてきたので、次に沖縄に行くときもこっちにしようと思う。

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 雨が降っていたので、「京都キャロット」までヨメさんときくをお迎え。
 私が沖縄から帰ってくると、いつも「知らん、知らん」というきくだが、いつものシエンタで迎えに行ったのがよかったようだ。今日はブルブル震えることはなかった。

 これで、きくが食べられるようなおみやげがあればゆうことなしなんですが・・・。

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【今日のきく】

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 お散歩のときは、もうすっかり思い出してくれていた。
 いつもなら逃げ回るのに。
 しっぽ、ピンと上がってるでしょ。

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 散歩の大好きなきくは、ペットショップのおねえさんに預けてもだいじょうぶかもしれない。遠くの出張販売に連れて行くよりはましなような・・・。 

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 いつもこんないいお顔でお散歩してくれたらいいんやけど、前はよくほかの犬にいちゃもんつけに行ってたし・・・。このごろかしこいけど。

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 ヨメさんが晩ごはんはいらないというので、いきなり一人晩ごはん。もうお腹の調子もいいので、何でも食べられる。

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 私が食べているときに、きくは足の上にアゴをのせるサービス。こんなことも初めて。
 私がいない間、おもしろいことがなかったんかな。
 きくがしゃべれたらいいのに・・・。

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