パオパオだより

2017年12月03日(日)

大学クラス会2017 [学校]

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岡部君が送ってきてくれた写真

 ヨメさんにみんなの名前ゆうても覚えられへんし、それぞれの特徴でゆうてんねん。

 岡部君は、いっつも幹事をやってくれてるやつ。そやそや、こないだ店に電話してきてくれた時はすまんかったなあ。ヨメさんがえらい剣幕で「この店とは一切関係ありません」みたいにゆうたんやてなあ。いっつもあんな調子やねん。店には何の役にも立ってへんのは事実やけど。大学時代の友だちに怒ってもなあ・・・。

 飯沼さんは、クラス一のべっぴんさんてゆうてあるし。
 「それはありがとう。」
 でもな、前に「ちゃんと店の仕事もしなくちゃ」てゆわれたってヨメさんにもゆうといた。そしたら、ヨメさん喜んどったわ。私の気持ちをよう分かってくれてはるって。

 三上さんは、義理のお母さんの面倒を最後までずっと見やはったすごいえらい人ゆうてんねん。ボクらではとてもまねできんことやなあって。もちろん、ブログには個人情報はくわしくは書いてへんしね。

 岩元さんは、「100歳まで生きると言い張っている変人」ゆうたら、ヨメさんに叱られたわ。「ほんまにそう思ってはるんやから、茶化したりするようなこととちゃう」って。ボクは、100歳までなんてとても考えられへんにゃけど・・・。

 長谷川君は、「息子の廉が生まれたときに紙おむつ持ってきてくれたやつ」ですぐヨメさんも分かってくれるねん。
 「おまえとこ、夫婦の会話あるんか!?」
 「あるで、ふつうやで。」

 私が一番会いたかったとしさんは、体調不良で欠席。
 としさんはな、「死にかけてんのになかなか死なん人」ってヨメさんにゆうてんねん。ボクが死にかけ仲間に入ったことを喜んでたなあ。としさんと、「どっちが先死ぬか」の競争してんねん。
 「そら、おまえやろ」と長谷川君からすばやい突込み、ありがとう。

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 会場は、烏丸七条角のビル5階、「京都個室展望閣 平林亭 京都駅店」。

 参加者6名中、私も含めて4名が京都市内在住なのに、いつも大阪在住の岡部君に任せっきり。毎年いいところを予約してくれている。

 全員そろって、さあ注文。ところが、メニュー表には一品物ばかりでセットがない。担当のおねえさんは私より体格がよさそうな方だったので言いにくかったが、「セットメニューって、ないんですか」と聞いてみた。
 「それは予約だけ承っているんですが、できるかどうか聞いてきます。」
 しばらくして、「できますので、どれくらいの予算かお聞かせ願えますか。」
 「3000円!」
 私の独断で、これに決定。

 お豆腐の料理を中心に、けっこうな品数が出てきた。
 私は大満足だったが(予算的にも)、みんなはどうだったんでしょう。

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 同級生と言っても、年齢は61から65。
 まあ、この歳になったら4歳差なんて問題なし。
 
 そうそう、また「藤井君の奥さんは若いのよねー」の話題が出た。
 「若いも何も、50過ぎたらみないっしょ。」
 「そらそうや。」

 いつも話題の中心にいるとしさんが不在。
 しかし、岡部君が「ケイタイでテレビ電話できるでー、タダやし」と言って、としさんを呼び出してくれた。

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 良かったわ。盛り上がったわ。やっぱり、としさんがおらんとあかんわ。

 私も出にくい声を振り絞って、ぎょうさんしゃべらせてもらいました。「死にかけ仲間、がんばろう」とか。

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 2時過ぎに「平林亭」さんを出る。
 二次会はいつもの喫茶店。

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 ここは通りから少し入ったところなので、まあまあすいていた。
 中にはお勉強中の大学生(?)ばかり。

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 先に注文。

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 私はコーヒーとなんちゃら。
 「一番甘いのんください」と言ったら、これがおすすめだった。

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 ちっちゃいテーブルを3つ引っ付けてくださり、6人が座れるようにしてくださった。どうしようもなかったら外でもええかと言っていたのだが、やっぱり中が落ち着く。

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 主な話題は、みんなで山登りや旅行に行ったときのことなど。私だけ3回生から別のクラスに移ったのでその話に入れない。

 「藤井は、3回生から哲学に行ったんやなあ。」
 「そうや。」
 「何を研究したん?」
 「宗教。」
 「宗教?」
 「うん。哲学のクラスはな、理屈っぽいやつばっかりで、ボクの発表なんかボロクソに批判されたわ。」

 私の話題はここで打ち止め。「何の宗教?」とか、「宗教のどういうところを研究したん?」という話に発展しなくてよかった。ややこしいがな。
 「マルクスとフロイトとラッセルのキリスト教批判や」とか言っても、今の自分では何がなんやらちんぷんかんぷんやわ。

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 「100歳まで絶対に生きる」の岩元さん。
 「100歳超えて100m走に出て、世界新記録出してる人いやはるよ。」
 「えー、ほんなら100歳くらいではあかんわ。私は110歳まで生きて世界新記録出すわ。・・・なにわろてんの!」
 その視線の先は、私の苦笑い。来年会ったら、「120歳まで生きる―」ゆうんちゃうやろな。

 「どこが痛い、ここが痛いゆうてんのになあ」とあきれている長谷川君。
 ここにきているメンバーは、100歳と言わないが長生きしてほしい。

 3時過ぎに店を出る。 

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 私だけ、地下鉄で北上。
 京都駅入り口前でみんなとお別れ。

 「来年まで元気に生きてるか、もう死んでるかのどっちかやし。中途半端に生きているちゅうのはないと思うわ。」
 こんなお別れの言葉でよかったかな。
 家に帰ったら、今日のことをヨメさんに聞いてもらわんなん。うちは「夫婦の会話」あるでー。ほぼ私の一方的なもんやけどね。うーん・・・。

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 岡部君が入学式の日の写真を持ってきてくれた。

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 約44年前の写真。
 自分でもどこに写ってるか分からんかった。
 答えは下に。(女子はやめときます。)

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藤井

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岡部

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長谷川

※今回欠席だった「いとしのとしさん」は前列右端です。

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2017年04月07日(金)

[学校]

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 朝出発する前に記念撮影。
 ご主人は自称・大映スターと言われる男前だったが、病気のせいで人相まで変わってしまわれたそうだ。それでもお人柄は顔ににじみ出る。

 ダンナさんはお写真でしか知らなかったので、ちょっとこわい感じの方かと思っていた。ところが実際お会いしてみると、奥さん思いのやさしいダンナさん。
 「いい顔してくださいよー」という私のひと言で、3人とも本当にいい顔に撮れた。
 この写真は、ブログに載せてもいいとおっしゃってくださった。

 覚えていることを忘れないうちに書いておこう。
 昨日の喫茶店でのダンナさんの話
 「うちのがだいぶ若く見えるみたいでね、以前旅館に泊まった時、旅館の方がみんなそそくさとされてね。なんかおかしいなと思ったら、私が若い女の子と不倫の旅行をしているみたいに思われたみたいで・・・。」
 「そのことがあってから、その話ばっかりしてね」と真柴先生。
 分かります分かります。自分の奥さんが若いとかきれいとかかわいいと思われたら、ダンナは鼻高々ですよ。うちもそうですから。

 それともう一つ。
 今日の朝、「ダンナさんが奥さんにすごく優しいということが分かったのが一番の収穫です」と言ったときのこと。
 真柴先生が「でもね、今まで一回も名前を呼んでもらたことないのよ」と。
 「えー、大学2年からでしょ。55年間名前呼ばずって・・・、そらあかんでしょ。」
 「おいとかちょっととかですんでしまうんで、名前は呼びませんね」とダンナさん。
 それは心優しきダンナさんの照れなのかもしれません。うちも最初に「ますみちゃん」と呼びだしたので今も続いているけれど、最初に言えなかったら今も照れくさくて「ちょっと」とか言ってたでしょうね。
 それにしても55年、いつまで照れとんね―ちゅうとこです。

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 島原鉄道・森山駅まで送ってもらった。
 ちょうど離合の時で、私が乗る予定の電車が遠くからゆっくりゆっくりと近づいてきた。

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 2両編成の黄色のかわいい電車。
 7時56分発ということで、高校生で満員だった。しかしその高校生も、「幸」駅でみんな降りてしまった。

 今回の真柴先生宅訪問では、私の嫌いな「元気をもらった」ということはない。しかし、確実に「幸」なご夫婦を見せていただいた。これでまた、思い残すかもしれないという心配が一つ消えた。
 というより、できることならまたお言葉に甘えて、もう一度来てみたいと本気で思った。

 真柴先生、ダンナさん、ご家族の皆さん、本当にありがとうございました。

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2017年04月06日(木)

みよちゃん [学校]

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 どうしてももう一度会っておきたい人、真柴先生に会うことができた。
 先生が嫁がれた長崎県諫早市のお寺を、一目見させてもらって帰ろうと思っていた。しかし、ご都合をお聞きしようとお電話させてもらったとき、「うちに泊まっていきなさい」とありがたいお誘い。そんなお言葉を期待していなかったのに、「そうさせていただきます」とすんなりおこたえした。

 「ダンナさんの若い時の写真見せてください」とお願いすると、古いアルバムを4冊持ってきてくださった。
 その中の1枚にめっちゃかわいい少女が・・・。

 「この写真見てください。なんちゅうかわいらしい・・・。」
 「そーお・・・。」
 「ねえ、ダンナさん。めちゃくちゃかわいいですよね。」
 「ああ・・・。」

 おべんちゃらではなく、本当にそう思った。そういう私に、真柴先生もダンナさんもまんざらでもなさそうだった。

 これは、たぶん高3の時の写真らしい。大学受験に行ったとき、「高校受験会場はあっち」と言われたそうだ。高3なのに中3にまちがわれたと言っておられた。
 きっと、真柴先生が「みよちゃん」と呼ばれていたころの写真なんでしょうね。

 この写真の5年後くらいに、小学校新採教諭と小3の田舎のぼんとして出会うことになるのですが・・・。

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 緑寿庵清水 (りょくじゅあんしみず)の金平糖をおみやげに。今までのおみやげの中で一番高いもの。気合が入っています。

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 1月に関空〜長崎1990円が取れた。
 それでもう真柴先生のところにおじゃますることを決めた。

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 ピーチにしては超優秀、定刻に出発し、定刻に到着。
 那覇への行き帰りでこんなことは絶対にない。

 タラップを降りるとすぐ到着口。LCCで遠回りばかりさせられているので、これもよかった。

 長崎空港には、先生のダンナのさんの車でお迎え。
 ダンナさんの車は乗り心地抜群。運転も大好きとおっしゃっていて、眼鏡橋などいろいろなところを案内していただいた。

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 長崎はコーヒー伝来の地らしい。
 長崎産のコーヒー園があり、それに付属してコーヒーショップがあった。すごく楽しみにしていたのに、木曜定休。残念でした。

 その代わりに、ケーキのおいしい喫茶店に連れて行ってもらった。

 そこで、滋賀の走友・リュウさんから仕入れていたお話をさせてもらった。
 「私のマラソンの友だちに、西本願寺派のお寺の住職をされている人がいまして、その人から『冥福をお祈りいたします』と軽々しく言ってはいけないと教えてもらいました。」
 (くわしくは、ブログ「湖周ランニングでサブフォー」1月20日の「中陰法話」 を。)

 「そうですか。そんなお話をされましたか。」
 リュウさんから仕入れた知識のおかげで、一目置いてもらった。

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 大村市にある長崎空港から諫早市の教専寺まで、ふだんなら車で40分くらいだそうだ。私を送り届け、ご住職はすぐにお勤めに出かけられた。

 そのあと、真柴先生が本堂に案内してくださった。私が想像していたよりずっと立派なご仏壇だった。
 正面に阿弥陀如来、向かって右に親鸞聖人、左に蓮如上人。それに聖徳太子と・・・、あとは忘れてしまった。掛け軸には7名の師と仰ぐ方の像が。インドの方2名、中国の方3名、日本の方2名。これであってますよね。

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 そのあとの真柴先生の人生のお話が興味深かった。
 ものすごい個人情報になってしまうのでここには書けない。一通りのお話を聞いたあと、「真柴先生はあのほんわかとした感じのままで、ほんわかとした人生を歩まれていたとばかり思ってました」と感想を言わせてもらった。

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 「お医者さん(医学生?)とのお見合い話があってね、その人と結婚していたらほんわかのままの人生だったかもしれないね。でも私に好きな人がいるということを知っていたから、父がそのお話を断ってくれたのよ。」
 もちろん、その「好きな人」が今のダンナさん。
 この話を聞いていて、自分のことではないのにすごく幸せな気分になった。
 
 京都の大学で知り合い、大学2年から付き合い始め、大学卒業3年後に結婚され現在に至る。お付き合い55年、結婚50年ですか!

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 真柴先生は、私の母校・別所小学校で2年、北区のT小学校で1年教師をされたあと長崎へ。それで終わりだと思っていたら、1年あいただけで長崎の教員採用試験を受けられたそうだ。そして見事合格し、45歳まで勤められた。そのあとも、教育委員や民生委員や保護司などをされてきている。
 今まで持ち続けていた「かわいいかわいい真柴先生」のイメージが、今ごろですが更新できた。長崎のご自宅まで伺い、きちんとお会いしてお話ができて本当によかった。

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 ダンナさんがお勤めから帰って来られ、3人で夕食へ。
 お魚のおいしい「おにつか」さん。

 私とダンナさんはすぐに注文を決めたのだが、真柴先生が決められない。「前にメニューにあったにぎり寿司がなくなった・・・」と途方に暮れておられた。
 そんなときもダンナさんは、「これはどう、これにしたら」とやさしく付き合っておられた。
 「うちではそれは考えられませんわ。どっちが決められへんとしても、『はようせんかい!』てうなってますね。」

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 私はせっかく長崎に来たので「皿うどん」。
 みんなで食べるように「刺身の盛り合わせ」も注文してくださった。9割方私がいただきましたけど。

 これは書いてもいいかなあ・・・。
 ダンナさんはアルコールは一滴も飲めない。アルコール消毒するだけでその部分が赤く腫れたりするほど。
 「私の若い時もそうやったんです。ビールを1cm分くらい飲んだだけで顔が真っ赤になって、めちゃくちゃ眠たくなって。結婚してからヨメさんに鍛えられて、ビールだけは飲めるようになりました。さすがにアルコール度数の高い日本酒はあきませんわ。」
 「それは残念。私は熱燗いただきます。」
 おーっと、真柴先生。またまた「かわいいかわいい」イメージが・・・。
 ことアルコールに関しては、うちの夫婦に似ていますね。

 これも、あんまりくわしくは書かん方がいいかなあ・・・。
 ダンナさんとは主に病気の話。
 昨日「男の甲状腺低分化癌患者、出て来いやー!」と書いたが、さっそく同じ病気ではないが参考になる話がいっぱい聞けた。
 神さんが、私の不安をちょっとでも取り除けるようにと使者を送ってくれてはんのかな。いやいや、今日の場合は仏さんか。

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 やすませていただく前に、真柴先生にひと言。

 「今日一番よかったのは、ダンナさんがずっと先生に優しく話しかけておられるのが見られたことです。もうちょっと威張った感じの方かと思っていました。」
 「それはないね。いつもあんな感じよ。私に優しいのはいろいろと苦労してきているからかな。」
 「私がこんなこと言ってたって、ダンナさんに伝えてくださいね。」
 「はい、分かりました。」

 真柴先生とはお電話で長話をさせてもらったことはあるが、面と向かってお話しさせてもらうのは初めて。ダンナさんは今日初対面なのに、深い話もさせていただいた。

 「うちに泊まっていきなさい」というお言葉に甘えさせてもらって、本当によかった。
 今日の御恩、何かお返しできることを考えなくては・・・。

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2017年03月07日(火)

真柴先生、10+43+8+○=? [学校]

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 今日、長崎の真柴先生に電話した。
 「京都の別所小学校で教えてもらったふじいこうじです。」

 (別所小学校は左京区鞍馬から約10キロ北へ、標高760mの花背峠を越えた北側の斜面にある別所町の中心にあった。私、廉、真樹、私の父、姉、兄の母校。私の母の独身時代の赴任先。2007年3月閉校。真樹がただ一人の最後の卒業生。)

 真柴先生とは、2009年8月の「別所小学校閉校式」(真柴先生、43年ぶり! )以来8年ぶり。
 「去年の年賀状に『今年は必ず長崎に行きます』と書いていたのに行けませんでした。それで、4月6日に行かせてもらおうかなあと思ってるんですけど・・・。」
 「ぜひ来てください。空港まで迎えに行きますよ。うちに泊まってください。」

 ああ、ありがたいお言葉。
 真柴先生は私が小学校3、4年のときに音楽だけを教えてもらった先生。でも、子ども心に「ものすごくかわいいひと」という印象がずっと残っていた。

 上の写真はどこでしょうね。
 お城が写っているので、伏見桃山城でしょうか。
 真柴先生と青池校長と私の担任だった木村正二郎先生。私の大好きな写真です。かわいい真柴先生とダンディな青池校長、そして飄々としていつも絵描きさんみたいな帽子をかぶっておられた木村先生。タイムマシンがあれば、この場面に戻って見てみたい。

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 この写真は、京都東山にある大仏さんの足跡図の前で撮ってもらったもの。
 真ん中に真柴先生。右端が木村先生。左端のほうのちっこいアナグマみたいなんが小3の私です。

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 これは私が小4のとき。
 真柴先生と3、4年(複式学級)。
 ひときわちっさい私、すぐ分かりますよね。
 

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 1965年2月3日の節分の写真。豆をまいておられる真柴先生と、一人だけあさっての方向を見ている私。
 この1年後、真柴先生は別所小学校から出て行かれた。それは私が10歳の時。

 そして、その43年後「別所小学校閉校式」で再会。
 来月には、そのまた8年ぶりの再会となる。

 10+43+8+○=?

 真柴先生は新任でわが母校に来られたので、私が9歳の時に23歳?
 ということは、私より14歳上なので・・・???

 電話では、とてもそんなお歳とは思えないような張りのある力強い声だった。
 長崎のお寺に嫁がれた真柴先生。そのお寺でお会いできることを楽しみにしています。

 ヨメさんにそのことを言うと、「自分の好き放題してるような人間は、そうやすやすとは死なんはなあ」とあきれられた。そんな私はヨメさんにとっては迷惑なことばかりだろうが、私は私なりに自分を励ましてるんです。分かってはもらえんかなあ・・・。

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【RUN】

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 走らないと体重が増える。
 腰痛もあって、このごろ少ししか走れていない。これではいかん。

 今日は走りなれた仏大グランド往復10kmへ。
 5分26、5分11、5分28、5分34、5分32で27分13秒。
 4分51、5分15、5分01、5分10、5分21で52分54秒(25分40秒)。

 10km走ったら、ちょっとは体重減っているでしょう。

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【今日のきく】

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 今日の夜散歩は、幡枝の大きな公園まで。
 これは2kmコースで30分以上かかる。

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 「きくちゃん、もうダッシュでけへんのんちゃう?」と言ってダッシュしてみた。 
 きくはなんぼでもだいじょうぶ。短距離はまだ私より速い。
 ええ足持っとるなー。

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2016年12月04日(日)

大学クラス会2016 [学校]

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 「福島行ったんけ?」
 「アルバイト?」

 わしゃ、原発事故処理班かい!
 一般には、甲状腺癌=原発事故ちゅうことなんや。忘れてた。
 そらそうやろな。「藤井やったら、お金欲しさに福島くらい行くどー」てか。
 まあそういうイメージがあるんでしょうね、私は。
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  12月4日という日程、地下鉄・北山駅近くという会場。これはいつも世話をしてくれている岡部君が、私が参加しやすいように配慮してくれたのでしょう。ありがとう。

 最近のクラス会では最も多い8人の参加。
 滋賀で小学校教師をしていた中辻君が初参加。定年退職して都合がつけやすくなったのか、遠くから車で来てくれた。にぎやかになってよかった。

 8人が一つの話題に集中することはない。どうしても4・4になってしまう。
 私のとなりはだれとでも仲良くできる長谷川君。私の向かいはクラス一のべっぴんさんだった飯沼さん。そして私の対角線には、私が今までもこの先も絶対に頭が上がらないとしさん。私にとってこの3人は、願ってもないメンバーだった。

 なんかの話の続きで、としさんが「奥さん、私らのこと疑ってはらへん?」と言われてギクッときた。疑われるようなことは何もしていないのに、なぜか「ギクッ」。
 正直に言って、病気の大先輩ということだけではなく、いろいろな意味での大先輩としてとしさんを頼りにしている。それは疑われるようなことなのだろうか。

 家に帰って、ヨメさんが一番に言ったこと。
 「その人は元気やったん?」
 そう、ヨメさんも分かってくれてるんです。私がクラス会に参加するのは、としさんが元気かどうかを確かめに行っているということを。
 「なんかなあ、病気仲間ができたちゅう感じでうれしそうやったで。」
 「そうかー。そら、よかったやん。」

 余命宣告を受けたら、としさんと私との関係も世間に公表するつもりだった。(どんな関係やねん!) でも余命宣告が先延ばし。これで、もうちょっと「あやしい関係」が続けられそう。ひひひひひ・・・。

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 お昼のコースが5000円、私はビールを2杯飲んだのでプラス1000円。消費税を入れて6480円。ちょっと高かったけど、2時間半も粘ったので場所代と思ったら安い。

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 4時にお店を出たら、雨が降っていた。予報では夕方から降り出すということだったのに、少し早まったようだ。

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 歳取ったら、少しずつでもおいしいものを食べられたらいいですね。
 「開晴亭」さんは、創業105年だそうだ。ちょっと高めでも、めったに行けない店のほうがいい。

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 中辻君と飯沼さんは車で、残り6人は地下鉄。
 私だけ北行き、残り5人は南行き。
 「すんませんなあ、はるか私の縄張りまで来てもろて。」

 みんなの前で「沖縄100キロ完走宣言」をするつもりだったのに、そのいいタイミングなし。地下鉄に向かう時、長谷川君だけには言っておいた。
 「また娘のとこに泊めてもらうんか?」
 「そやで。病気になってかわいそうと思ってくれたんか、応援にも来てくれるんやでー。」
 「そうかー、よかったやんけ。」

 そうそう、前にも何回も宣伝したのに、私のブログを見てくれているのは今のところとしさんだけ。頼むし見てくれよー、沖縄100キロのことも書くしー。

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 バス停から家までの200mだけでずぶぬれ。
 頭付きのジャンバーを着て行ってよかった。頭は守らんとね。

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【今日のきく】

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2016年10月17日(月)

ダスティン・ホフマンに会えなかったよ [学校]

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高校同窓会 (ぼかし入り)

   ダスティン・ホフマンになれなかったよ   大塚博堂

 テレビの名画劇場で
 「ジョンとメリー」を見たよ

 ダスティン・ホフマンが主演の
 行きずりの恋のお話しさ

 まるであの日のふたりみたいで
 胸が熱くなって仕方がなかった

 君にもう 二人も子供がいるなんて
 ぼくのまわりだけ 時の流れが遅すぎる


 君と一緒に見に行った
 「卒業」をおぼえているかい

 花嫁を奪って逃げる 
 ラストシーンが心にしみたね
 
 なのにあの日ぼくは教会で 
 君を遠くからながめてるだけだった

 君にもう 二人も子供がいるなんて
 ぼくのまわりだけ 時の流れが遅すぎる

 ダスティン・ホフマンになれなかったよ
 ダスティン・ホフマンになれなかったよ

 ダスティン・ホフマンになれなかったよ
 ダスティン・ホフマンになれなかったよ
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 今日、洛北高校第23回卒業生同窓会掲示板に、先日の同窓会の写真が公開されていた。
 同窓生444名中、物故者18名、海外居住等で連絡不要の方3名、住所不明者64名と言うことだったので、350名ほどに案内を出してもらったことになる。そのうち参加者は約90名。すごいです。

 世話人をしてくださった河原君や寺元君、ありがとうございました。ご苦労様でした。終わった後もこんなふうに写真を公開してくださって、参加できなかった私も、これを見させてもらうだけでわくわくしました。(ぼかしを入れて、このブログに使わせていただきました。)

 同窓会開催日が10月8日。私の主治医から突然外泊許可が出たのが、その前日の10月7日。
 その日の午後、河原君にメール。
     ◇     ◇     ◇
河原君、ていねい迅速な対応ありがとうございます。

まさかまさかなんですが、今朝主治医から「外泊します?」といきなり言われ、今もう自宅に帰っています。明日の同窓会も行って行けないことはないのですが、今はその気力がわいてきません。あと4年がんばって、かっこいい64歳になってみなさんの前に登場したいと思います。

手術のほうは医師が想定しておられたより大きな腫瘍だったようですが、今のところうまくいっているようです。今日自宅、土曜病院、日曜自宅、月曜病院で火曜抜糸退院の予定です。ああ目まぐるしい。13年ぶりの入院で疲れました。

大道君の情報、何かわかればぜひ教えて ください。

みんなのためにいろいろとお世話をしてくださってありがとうございます。4年後の同窓会を楽しみにしています。
     ◇     ◇     ◇

 このときは手術が成功し、ほっとしていたところでした。
 そして、その4日後の10月11日。
 退院前の最後の診察室での「癌宣告」。

 「あと4年がんばって、かっこいい64歳になってみなさんの前に登場したいと思います。」が危うくなってきた。どうしましょう。

 掲示板にはクラスごとの写真もあり、3年1組には私の大好きだった坂井田君も古屋君も写っていた。高校卒業から40年以上もたって、ダスティン・ホフマン坂井田は普通のおっとこまえに、美少年ふう古屋はミュージシャンふうに変貌していた。名札も見えんかったけど、面影がありすぐ分かったけどね。

 大塚博堂の「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」は1976年6月のリリースやって。私20歳ですやん。今回の高校同窓会のことを思うたびにこの歌を思い出してたのに、この歌卒業後ですやん。記憶って、ええ加減なもんです。でも、歌詞に出てくる「ジョンとメリー」は1969年、「卒業」は1967年。これで坂井田君のことをダスティン・ホフマンと言っていたことも辻褄が合う。

 「♪ダスティン・ホフマンにあえなかったよー
   ダスティン・ホフマンにあえなかったよー♪」

 さて、4年後の同窓会は・・・。
 そんなお気楽なこと、今はゆってられませんね。

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3年1組 (ぼかし入り)

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