パオパオだより

2019年11月02日(土)

きょうだいを代表して [家族]

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 昨日、みき江姉がお見舞いを持って来てくれた。
 私の大好きな干し柿、みょうが、黒豆付きで。
 毎度毎度、申し訳ない。

 「甲状腺低分化癌は全快ということはないし、快気祝でお返しとはならないんです」とヨメさんが言うと、「こうじがきょうだいを代表して病気になってくれてるんやと思ってるし、気にせんといて」と。

 私は4人きょうだいの末っ子。恥ずかしい方の代表には何回もなっているだろうが、いい方の代表になったことはない。一番上の姉のこの言葉には救われる。ヨメさんも、「さすがみき江ねえさんやなあ」と感心していた。

 病気の代表じゃなくて、もっといいきょうだいの代表になりたいなあ。
 とかゆうてる間に、死んでしまうがな。
 はよせな。

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【RUN】

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 今日のお昼は、お好み焼きと紅芋の豚汁。
 ヨメさんが作って行ってくれた。
 毎日しっかり食べさせてもらっているので、体重オーバー継続。お腹ポッコリであきません。

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 レース前日の1000m全力1本。
 シューズはアディゼロタクミ・レンブースト。

 2kmのウォーミングアップのあと、いつものコースで。
 なんとか3分57秒。
 明日の10kmは期待できる。

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【今日のきく】

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 今日、きくは出勤。
 私は5時ころから、明日の出店に向けて商品の積み込み。

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 以前は商品が多かったので、厳選して積むのがたいへんだった。ところが今は商品が少なく、私の担当のシューズを積みこむのに1時間ちょっと。ヨメさん担当のウェアを積みこむのにまだ時間がかかるので、私ときくだけ先に帰らせてもらった。

 きくは「なんでオバサンも帰らへんのかなあ」と何回も振り返っていたけれど・・・。

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2019年11月01日(金)

東京札幌両方しー [時事]

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五輪とほぼ同じコースで行われた9月のMGC

 「オリンピックのマラソンなあ、東京も札幌も両方やったらええのに。なんで、誰もそうゆう案を出さへんのかなあ」と私。
 「はあ?」とヨメさん。
 「2つ会場があって、選手が選べたらええやん。いや、希望者がいたら両方走らしたるちゅうのもええかもしれん。市民ランナーやったら、2週連続どころか2日連続なんてなんぼでもおるからなあ。」
 「アンタみたいなそんなええかげんなこと考えてるもんはおらんて。」

 さらに考えたのは、選手が分散すると数的にさびしくなるので、各国6人まで代表が出せるちゅうんはどうでしょう。東京に3人、札幌に3人ね。
 マラソンのメダリストが6人になってしまうけど、急に会場を変えることに比べたら、こんなことたいしたことでもない。東京オリンピックマラソン・東京コース金メダルと、札幌コース金メダルの2人がいてもいんじゃないでしょうか。

 一つだけ大事なことゆうとこ。
 「ドーハ世界陸上のマラソン完走率が・・・」という話はまったく無意味。
 市民マラソンじゃあるまいし、オリンピックのマラソンの完走率を気にしてどーする。ある意味プロのマラソンランナーたちの目標は、「メダル」。悪くても「8位入賞」。ひどいタイムで完走することには、何の意味もない。
 例えば、ドーハマラソン参加費数万円とかで日本からツアー組んでみ。その人らの目標は、「あのドーハのマラソンコースを完走してきたでー」と知り合いに自慢すること。だからどんなに暑くとも、たぶん完走率は100%近くなる。そうゆうもんでっせー。

 オリンピックであろうとなんであろうと、暑いところはそれなりに対策して走る。ダメと判断した時は、スパッと途中棄権する。それがプロでしょう。

 さてー、私は東京と札幌、どっちを目指しますかね。
 暑さに強いから、やっぱり東京コースですかね。
 あっ、わしゃプロとちごた。

※宍戸開さんのツイッターには笑った。

 レース終了後に東京に向かうなら、新千歳空港をゴールにしてコースを組めば良いんでない!

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【RUN】

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 水曜の朝から頭痛。
 バイト先の寮にあったバッファリンを飲んだがまったく効かず。おかしいなあ。こうゆうのってよく効くほうやと思ってたのに。
 昨日の朝、ロキソニンを飲んでみた。すると、30分後くらいにあんなにズキズキと痛かった右こめかみがスッキリ。
 今回の頭痛は、バッファリンが効かず、ロキソニンが効く頭痛だったようだ。

 そういうことで、昨日は走る時間があったのに走らず。今日はほとんど頭痛が気にならなくなったので、走りに行くことにした。

 今度の日曜は、「京都丹波ロードレース」。今まで3kmや5kmに出ていたのだか、今年は10km。これは翌週の「与那国島一周マラソン(25km)」に向けての対策。

 去年も、「京都丹波ロードレース」の2日前に宝が池コンクリトラックで5000mを走った。今年もこれしよう。

 まずは家から宝ヶ池コンクリトラックまで。3.1km、17分半。
 そこから約430mのコンクリトラックを12周。
 4:18 4:32 4:25 4:32 4:29で5km、22分17秒。
 去年は22分44秒やったから、そこそこ走れてるやん。
 帰りはちょっと遠回りして4.5km、34分半。

 あさっての10km、43分台は無理かなあ。

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【今日のきく】

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2019年10月31日(木)

ああ首里城 [沖縄]

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2012年11月19日

 朝から「首里城炎上」という悲しいニュース。
 いろいろな方の言葉を聞いたが、ツイッターで見つけた「さかみちぐーりぐり」さんの言葉が心に響いた。
     ◇     ◇     ◇

さかみちぐーりぐり 
@sakamichigooori

わたし個人的には、首里城は「世界遺産」だからショックなのではなく、「沖縄戦で失ったものを復活させた」ひとつの”象徴”だからショックなのです。
王の住居として見る臣民の気持ちは無いけども、戦争の時もああやって焼け落ちるのを見たのかなって思いながら、映像を見て重ねている。
     ◇     ◇     ◇

 私が首里城を訪れたのは三度。
 2006年6月、真樹(小6)とヨメさんと。
 2007年3月、廉(中3)と。
 2012年11月、真樹(高3)と。

 三度目に真樹と訪れたときには、「那覇市街角ガイド」の金城さんにいろいろと説明していただいた。
     ◇     ◇     ◇

 私が聞いて覚えていること。
 1.首里城の各部分は次々と建て増しした経緯があり、どの部分が何年に建設されたかはっきりしないところが多い。
 2.各地の豪族を首里に取り込み、地元に帰さず謀反を起こさせないようにした。
 3.首里城の下働きの者には大事な仕事はさせない。それは、派閥ができたり不満を持つ者が出てこないようにするためだったらしい。
 4.首里城は西向き。普通は南向きに建てるものだが、中国に対して背を向ける形になるので西向きになった。それと、王が東から上がる太陽の光を浴びて神々しくみえるようにという配慮もあったようだ(てぃーだ信仰)。
 5.琉球王国の尚王朝は一度途切れているが、後継の王も「尚」を名乗った。現在も尚家は続いているが、一般人としてひっそり暮らしておられるらしい。
 6.首里城は戦火で全焼したが、写真を元に復元。そのとき残っていた土台を更地にせず残し、その上にかさ上げして再建築したため世界遺産として認められた。
 7.世界遺産に認められてから、障害者のための手すりやスロープがつけられなくなってしまった。
 8.ハワイのハイビスカスは、沖縄からの移民がアカバナを持っていって広がっていった。
     ◇     ◇     ◇

 首里城は、悲惨な沖縄戦からの復興のシンボルだったんですね。
 前の炎上時は、戦中で多くの人が亡くなったと思う。しかし今回は、誰も亡くなっていない。
 生きていれば、必ず復興できる。
 そう信じて、みなさん、しっかり!

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2019年10月30日(水)

メロディーレーン [雑感]

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菊花賞に出走する小柄な牝馬メロディーレーン(左)。併走相手のダイメイサツキとの体重差は150キロ超

◎スポーツ報知10月18日

   【菊花賞】前走338キロJRA最軽量勝利のメロディーレーンが抽選突破!

 ◆第80回菊花賞・G1(10月20日・芝3000メートル、京都競馬場)
 小さな紅一点が抽選を突破して菊の舞台へ向かう。追加登録料の200万円を払って、メロディーレーンはエントリー。9月28日の阪神・芝2600メートルの1勝クラスをレコード勝ちしたが、当時の馬体重338キロはJRAの最軽量勝利記録。自身が2走前に未勝利Vの体重を2キロ更新した。

 森田調教師は「3分の2の抽選なので、それほど緊張はせず、入るだろうなという感じはあった」と冷静。引き続き大柄な牡馬が相手だが、「体は小さいけど、完歩が大きくてピッチ走法ではない。呼吸循環器系が優れている。ディープインパクトとまでは言わないけど、飛んでいるような感じ」と頼もしく思っていた。

 菊花賞の最少体重勝利は80年のノースガストの422キロ。平成の30年間では300キロ台での出走すらなかった(最軽量は07年ドリームジャーニーの412キロ)「2勝馬なので胸を借りるつもりでいきたい。相手は強いけど、3コーナーからまくるという自分の競馬に徹するだけ」と森田師。11年の3冠馬オルフェーヴルの娘が、大仕事を成し遂げるか。(内尾 篤嗣)
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 私にとって「菊花賞」と言えば、第37回菊花賞(1976(昭和51)年11月14日)。
 当時私は20歳で大学3年。もちろんテレビ観戦だが、手に汗握る名勝負だった。
     ◇     ◇     ◇

■遅れてきた青年
 神戸新聞杯、京都新聞杯を連勝した皐月賞馬トウショウボーイ、ダービー馬クライムカイザー、復活した関西の期待テンポイントが上位人気を独占した。
 テンポイントがトウショウボーイをかわし遂に一冠奪取かと思われたところへ、内ラチ沿いを忍者のように走っていたグリーングラスが伸びて優勝。
 抽選で辛うじて出走権を得たグリーングラスは、12番人気。単勝配当5250円と大波乱となった。
     ◇     ◇     ◇

 あれから43年。
 今年の菊花賞にすごい馬がチャレンジして来た。

 「ますみちゃん、菊花賞にJRA最軽量勝利記録を出した牝馬が出るんやて―。メロディーレーンゆうて、338kgしかないねんで。」
 「オッサンは、そうゆうちっちゃくてかわいいヤツにコロッとやられるなあ。」
 「やられるなあ。」
 「菊花賞って、距離が長いんちゃうん?」
 「そうや、3000mや。でもな、このメロディーレーンは前走で2600mのコースレコード出したんやて。」
 「長いの得意なんや。」
 「そや、優勝は無理やろうけど5位までに入ったら賞金出るし・・・。」

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大外8番・青帽子がメロディーレーン

 10月20日は「花脊トレイルラン」。
 私がゴールしたのが午後2時20分ごろだったので、菊花賞に間にあう。車に戻ってテレビをつけてみたが、残念ながら山間なので受信できず。
 あとでニュースで「メロディーレーン5着」を知った。
 やったね。

 今日あらためてユーチューブで見てみると、スタート直後は18頭中15位。そのあともずっと16位。最後の直線でやっと上がってきて、鋭い末脚を発揮して5位に滑り込み。
 5位の賞金1150万円をゲット!
 よかったねー。
 (ちなみに、1位1億1500万、2位4600万、3位2900万、4位1700万。)

 今の競馬にはまったく興味がないが、メロディーレーンの馬券やったら買ってみたい。
 「やられとる。」

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【今日のきく】

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 今日は水曜、17時間バイト。
 帰ってからの深夜お散歩はもうないかなあと思っていたが、きくがガバッと起き上がってくれた。
 「きくちゃんは、これでないとねー。」

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2019年10月29日(火)

第118回勝手に国労応援ラン+父お見舞い [ランニング]

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 もう10月も終わりに近づいた。
 「勝手に国労応援ラン」も遠出する元気もなく、今月もJR京都駅から。
 今日は帰りに「京都博愛会病院」に寄り、父の顔を見てくることにしよう。
 (それにしても、お腹ポッコリがひどい。)

 午後3時45分ころ、自宅出発。
 いつもなら地下鉄国際会館駅まで走って行って、そこから京都駅まで行っているのだが、今日はその分もバスで。日が暮れるのが早くなっているので、できるだけ明るいうちに京都駅をスタートしなくては。

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 4時35分に駅前スタート。
 今日は天気があまり良くなかったので、人通りも少なめだった。

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 ハロウィンはあさってですか。
 京都駅前がにぎやかになるんでしようか。

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 いつも似たようなコース取りでおもしろくない。
 今日はどこを通って帰りましょうかねえ。

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 鴨川にかかるJRの橋の上には、必ず列車が停まっている。
 車庫代わり? 時間調整?

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 塩小路橋から鴨川河川敷に下りるといつもと同じ。
 今日は川端通の歩道を走ることにした。

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 歩道はずっと石畳。
 けっこう走りにくい。
 それに、人とほとんど会わない。

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 でも初めて走る道なので、初めて発見するものもたくさんあった。
 周りをキョロキョロしながら走れるスピードで走るのもいい。

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 全然人に会わないので、自撮り。
 上に着てきたジャンバーは、体があったまってすぐに脱いだ。

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 川端四条の「南座」前。
 京都駅より2.7km、18分半。

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 やっと石畳ではなくなり、走りやすくなった。
 でも、人にはほとんど会わないんですよね。

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 荒神橋まで来て左折。
 橋を渡って河原町通りへ。

 河原町荒神口でちょうど5km、34分35秒。
 赤信号の時も時計を止めていないので、けっこう時間がかかっている。

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 河原町通りに入ると、さすがに人通りが多くなった。

 「京都府立医科大学 永守記念最先端がん治療研究センター」。
 こんなきれいなとこに入院したいなあ。

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 葵橋を渡る。
 京都走ろう会の5kmコースでいつも渡っている橋。

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 そのまま下鴨本通りを北上。
 まだ5時半にもなっていないのに、真っ暗。

 こんな立派な動物病院ができたんですね。

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 ノートルダム学園前で左折し、地下鉄北山駅前へ。
 ここを右折すると、京都博愛会病院まであとわずか。

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 めっちゃ細い歩道を通り、病院前へ。

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 京都駅より9.92km、1時間06分53秒。
 今回は前半は人がまばら、後半はまあまあ。
 コース取りをよく考えねば。

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 父の病室に行くと名札がない。
 ナースステーションでお聞きすると、「A棟からB棟に移られました。」
 B棟に行くと、「こちらではなくC棟ですね。」
 ぐるっと一周してしまいました。

 「おじいさん、こうじです!」と大きな声をかけ、肩をゆすぶってみたが、全然起きない。
 そのうちに夕食の時間になった。

 看護師さんが「藤井さん、ごはんです。起きてー」と言っても起きない。
 仕方なくスブーンを口に近づけると、やっと反応。口を開けるようになったが、目はつむったままだった。

 よくよく見てみると、おかゆの時は口が小さく、ミカンゼリーの時は大きな口。匂いとか食感で、何を食べているのかがわかるんかなあ。
 時間はかかったが、完食。これでひと安心。

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 何度も呼び掛けてみたのだが、ほとんど反応がなかった。前に来た時は、なんやらかんやらよくしゃべっていたのに。

 「おじいさん、帰るわな。また来るし。さいなら」と言ったときだけ、大きな声で「はいっ!」
 これだけでもこたえてもらってよかったね。

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 病院から自宅まで2.16km、14分22秒。
 もっと寒いかと思っていたが、それほどでもなくてよかった。

※元国労・中野勇人さんは10月生まれ。今年で57歳かなあ。
 また「とてつもないことを計画している」とのことだったが、それはいつのどんなことなんでしょうね。楽しみにしています。

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【今日のきく】

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 廉のベッドに上るのがしんどくなったのか、このごろよく床で寝ている。
 ヨメさんがまあるいのんを敷いてくれたが、ちょっとサイズが・・・。

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 夜のお散歩もタッタと歩くことが少なくなった。
 でも、今日はましなほうだった。
 タッタッタッ・・・。

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2019年10月28日(月)

長山夢芽選手 [マラソン評論]

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ユリカモメウルトラにて(2019.5.3)

 昨日「諏訪湖マラソン」の出張販売から帰って、「全日本大学女子駅伝」の録画を見た。私お目当ては、大阪芸術大4年の長山夢芽選手。長山選手は、全6区間のうちの最長区間である第5区(9.2km)だった。

 長山選手は、今年2月の「おきなわマラソン」で2時間42分15秒の沖縄県新記録。続いて8月の「北海道マラソン」で2時間36分41秒と自身の持つ県記録を更新。この大会の最長区間の5区でも期待できる。

 長距離運転で帰ってきたので眠かったが、長山選手の力走を(録画だが)応援した。ガッツあふれる力強いフォームで、前を走る8位の京産大をかわしてシード圏内の8位へ。ところが終盤2選手に抜かれて10位でタスキリレー。悔しかったでしょうね。

 あとで区間順位を調べると、長山選手は7位。がんばったやん。それやのに、チーム順位は9位から10位へとは・・・。
 最終6区もあと一歩及ばず、大阪芸術大は9位でゴール。8位以内のシード権獲得が大命題だっただけに、残念!

 でも、まだ12月30日の「富士山女子駅伝」がある。
 長山選手は、最長区間である5区(10.5km)だろうか。
 たぶん大学最後のレースになると思うので、悔いの残らない走りに期待したい。

 「区間賞、狙え―!」

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