2017年09月20日(水)
「コブのない駱駝」 [書評]
◎岩波書店ホームページより
コブのない駱駝
きたやまおさむ「心」の軌跡
ミュージシャン,作詞家,精神科医として活躍する著者の決定版自伝! 自らの人生と「心」の軌跡を振り返る.
・著者 きたやま おさむ著
・ジャンル 書籍 > 単行本 > 評論・エッセイ 日本十進分類 > 文学
・刊行日 2016/11/17
・ISBN 9784000611589
・Cコード 0095
・体裁 四六 ・ 並製 ・ 256頁
・定価 本体1,800円+税
・在庫 在庫あり
■内容
伝説の音楽グループ,フォーク・クルセダーズで活躍し,また作詞家として数々のヒット曲を手がけながらも,その後,マスコミの第一線から退き,精神科医となった著者の決定版自伝.父親との葛藤,マスコミ体験の苦悩,親友との別れ…….波乱に満ちた人生と「心」の軌跡を振り返りながら,しぶとく生き続けるヒントを探る.
■著者からのメッセージ
終わりなきショーを生き残るために
いまや芸能だけではなく,政治でも,職場でも,日常でも,空しく「ショー」が繰り返されている.例えば,表では生産的であった主人公が,裏では動物であったり,傷ついていたり…….そしてその正体が露呈すると表舞台を去っていかねばならない.それじゃ,「鶴の恩返し」の悲劇とおんなじだ.物語の繰り返しに,もう人々はうんざりしていることだろう.出口はあるのか? 物語は書き換えられるのか?
時は1967年暮れ.ひょんなことからデビューし,レコードは280万枚も売れたが,1年足らずで解散した“偉大なるアマチュア”フォーク・クルセダーズ.その当事者「きたやまおさむ」であり後に精神科医となった著者は,これを象徴的に捉え,精神分析の劇的観点を借り,人生物語の筋書きを読み,悲劇の背後にある「空しさ」の意味を掘り下げた.
本書は,この「ワンダーランド」からの出口を探すためもがき続けてきた,伝記的な自己分析の記録だが,終わりのない日常を生き残らねばならない現代人の深層心理の課題と十分に重なることだろう.もちろん,それでもショーは続けねばならない.
The show must go on!
■目次
はじめに――北山修による,きたやまおさむの「心」の分析
第1章 戦争が終わって,僕らが生まれた
第2章 「オラは死んじまっただ」の思春期
第3章 愛こそはすべてか?
第4章 天国から追い出されて
第5章 「私」とは誰なのか?
第6章 「心」をみつめて
第7章 潔く去っていかない
おわりに――コブのない駱駝のごとく
■著者
きたやま おさむ
1946年淡路島生まれ.精神科医,臨床心理士,作詞家,九州大学大学院教授を経て,現在白鷗大学副学長.1965年,京都府立医科大学在学中にフォーク・クルセダーズ結成に参加し,67年「帰って来たヨッパライ」でデビュー.68年解散後は作詞家として活動.71年「戦争を知らない子供たち」で日本レコード大賞作詞賞を受賞.その後,精神科医となり,現在も臨床活動を主な仕事とする.著書に『最後の授業』(みすず書房),『ビートルズを知らない子どもたちへ』(アルテスパブリッシング),『帰れないヨッパライたちへ』(NHK出版新書)など.
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今日は寮2(二条)17時間。
マイパソコン故障中のため、また読書三昧。
なかなかいい本だった。
もう遅いので、詳しくはのちほど。
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2017年09月19日(火)
S0、B5、B10+R3.3 [ランニング]
予定が狂ってしまった。
今日はスイム250m、バイク10km、ラン3.3kmを通しでやろうと計画していた。
車に自転車を積み、やまごえ温水プールへ。
駐車場の車から自転車を降ろしておき、プールサイドに時計を置いて250m。上がってすぐ時計を押し、下は水泳パンツのままで上だけ着て自転車へ。そこら辺を10km走って駐車場に戻りラン3.3kmへ。
こら本番を見すえたええ練習になるわー。
そう思いながらやまごえ温水プールへ。
到着して、ガーン!
「鉄扉、閉まっとるがなー。」
本当は月曜定休らしいが、昨日が祝日だったので火曜に振り替え。ああー。
仕方ないので、まず自転車。
こないだは細かいところをぐるぐる回ってしんどかった。本番は5kmコースを2周らしいので、それに近いコースを設定したい。
自宅から信号にかからないように裏道などを通り叡電・岩倉駅へ。ここまで2km。
帰りは大回りして一部ちがう道を通り2.5km。
足りない0.5kmは、うちの団地内で調整。
これでなんとかノンストップ5kmコースが取れた。叡電の踏切を2か所超えるのがちょっと不安だが。
最初コースを考えながら試走。サドルを高くするとこぎやすくなり、12分32秒で行けた。これは時速24kmということ。進化してますなあ。
しばらく休けいしてから、2週10kmに挑戦。
1周5km、12分37秒。
2周10km、25分03秒(12分26秒)。
2周めは踏切にかかりストップしたのに、そのあとがんばった。時速24kmキープ。(踏切待ち時間は時計をストップ。)
本番もこれくらいで行けたら、ゆうことなしなんですが・・・。
玄関先の木に自転車をもたれかけ、すぐにランスタート。
トランジションタイムは、限りなくゼロに近い。
いつもの3.3kmコースはあきてきたので、円通寺の裏の道へ。急坂の手前で折り返したら、3.3kmくらいになるはず。
自宅まで必死に走って3.34km、15分39秒。3.3km換算、15分27秒。
自転車からのトータルで40分30秒になる。
バイク+ランがこれくらいで行けると楽。スイム+そのあとのトラジションが12分くらいかかったとしても、全部で52分30秒。まあスイムフラフラのあと、同じように行けるのかと言われるとつらいが、当初の目標の55分よりは速く行けそう。
とにかく、3種目通しを早くやってみんとね。
今日は本当は水泳パンツ姿でバイク、ランと行きたかった。でもご近所では知り合いに会うことも多いので、それはできなかった。中には水泳パンツはいてるんでけどね。
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2017年09月18日(月)
マラソンに挑戦する会2017 [ランニング・出張販売]
心配された台風も日本海を通過。
8時のスタート時点では、もう雨の心配はなくなった。
私は一番短い12.195kmの部だったので、先頭に並ばさせてもらった。そこに現れし能登谷さん(金沢市幸町のイタリアン居酒屋「カーサ・ミア」マスター)。
一年に一度だけお会いする方なので、近くに並んでおられたランナーにお願いし、記念に写真を撮ってもらった。
犬つながりで知り合いになれた能登谷さん。プログラムで年齢を見てみると、一回り下。ひょっとしてひつじ年でしょうか。いりえゆかさんや下山利博さんと同じく。
ひつじのようにぽやーんと走りましょうよ、お互いに。
朝5時10分起床。
起きてすぐに窓を開け、雨の様子を調べる。その時はちょうどやんでいた。
ところがすぐに強い雨音。
「やっぱりかー」とガックリ。
去年までの会場である大豆田橋の横を通り、もっと下流の西部緑地公園へ。
「去年の会場で雨が降ったらどうしようもなかったけど、今年は陸上競技場やからなんとか雨はしのげるやろう」と思いながら・・・。
この大会を主管しておられる金沢中央走ろう会の野村会長さんが交渉してくださり、中のロビーで出店できることになった。
売り上げがどうこうという以前に、商品がぬれていたんでしまうことが防げる。これだけでも疲れの度合いがぐっとましになる。
すべて出し終わり落ち着いたので受付へ。
私が申し込んだ12.195kmの部は、一番はしっこ。
小学生ぽい子が受け付け係をしてくれていた。ひょっとして、野村さんの元教え子でしょうか。(野村さんは教職を退職されたばかり。)
心配になってきくを見に行くと、「なにか?」という表情。
いつもなら「はよ出してくれー」と訴えかけてくるのに、今日はリラックスして寝ていた。放送とか打ち上げ花火とかのない静かな大会なのがいいのかも。
7時40分から開会式。
「記録や順位にとらわれず、自分の体力に応じてゆっくり長く走る機会とする」という大会の趣旨をしっかりと説明されていた。
去年までのコースとほぼ同じところを使うが、河川敷に出るまで約1km走らなくてはならない。そこまでに信号が1か所だけあり、行きは交通規制するが、帰りは信号を守ること。(「赤信号にかかった場合、青になるまで待機する」という誰でも分かるルール。)
受付の時にはパラパラと降っていた雨もやみ、走るには絶好のコンディション。じゃじゃぶりの中のスタートを覚悟していたので、だいぶ気が楽になった。
この大会は定員800名。
そのほとんどが石川・富山・福井県民。そのせいか、台風接近という理由で来られなかった方は少なかったように感じた。
せめて2kmくらいはアップしようと、競技場の周りをジョギング。
1周回って展示場の方を走っていると、「今日は大会あるんですか」と話しかけてこられる男性あり。
「ありますよ。あと10分でスタートです。」
「受付行ってきます。」
「早く着替えないと。」
「だいじょうぶ。」
この大会の趣旨「とらわれず、ゆっくり」にピッタリのランナーに遭遇してしまった。
スタート前の様子を撮っておこうと構えていると、「写真撮りますよ」と声をかけてくださる方あり。なんと、スタート係と思われる役員さん。写真を撮ろうとして注意されたことは何回かありますが、役員さんから「撮りますよ」と言ってもらったのは初めてです。
このあと能登谷さんから声をかけてもらい、また記念写真。さすがにスタート時刻がせまっていたので、役員さんではなく近くのランナーにお願いした。
上の写真は、スタート直前にヨメさんが撮ってくれたもの。
今まで「撮りに来てやー」とお願いしても来てくれないことが多かったのに、雨の心配がなくなったので余裕ができたのかな。写真、ありがとう。
先頭に並ぼうとしている私のせりふ。
「ガーミン、捕捉してくれへんがなー。困ったなー。あっ、行けた行けた。よっしゃー。」
スタート直後は3番手。トラックを1周半ほどして外へ出て行くときも5番手くらい。
「ゆっくり長く走る」のが苦手な私は、その時々の目いっぱい走らなくては気がすまんのです。この大会には向いてないランナーですね。
公園を出たところの信号を渡ると雪吊橋。この橋を渡りきったところが1km地点。
ここで4分19秒。昨日の京都走ろう会例会5kmの最初の1kmとまったく同じ。
3km地点あたりに給水所。
この大会は給水所の評判がすごくいい。
みなさん長年走っておられる方ばかりなので、ランナーの気持ちがよくわかるんでしょうね。
「いつもおられるあの人は・・・」と探したりして。
暗い雲がまだ空一面にあったが、もう雨の心配はなさそう。
ただし、走ってみると少し蒸し暑い。熱中症、要注意!
去年までの犀川上流1km折り返し地点が、新5km折り返し地点になる。何回も往復するランナーは、ここが15、25、35km地点になるので分かりやすい。
私はここまで、4分19、4分28、4分37、4分41、4分41で22分48秒。
スタート前、特に目標は立てていなかったのだが、思っていたよりは速く走れている。
ふつうの車イスランナー・下山さんが出ておられたころ、難儀されていた上り坂。
ここを8回も上ってはったんですね。(下山さんは走路の細いところを通るのは迷惑をかけると言って、2.5kmを8往復されていた。)
9.5kmあたりの第2給水所。
5km往復コースに2か所給水所があれば、もうバッチリ。
下流側折り返し地点で10km。
上流折り返しと同じく、ここが20、30、40km地点になるので分かりやすい。
私は、4分41、4分47、4分51、4分46、4分57で46分52秒(24分02秒)。
ここで初めてゴールタイムを予想してみた。
「残り2.2kmやから、最後はがんばって10分くらいで行きたいねえ。ということは、ぎりぎり57分切りくらい?
10km折り返してあと1km走るとコースを外れるので、42.195の部に出ておられる能登谷さんとはもう会えないと思っていた。ところがわりと前の方を走っておられた。
元気そう。
9kmを50分くらい。サブ4ペースですね。
(あとでお聞きすると、軽い熱中症のようになり、半分くらいでやめられたそうだ。)
11km地点で雪つり橋に向かう。
すると、今まさに橋を渡りつつあるランナーが。
「追えー。残り1.2kmあれば、おいぬけるかも・・・。」
しかし無残なことに。
前のランナーは青信号。追う私は、青から青点滅、そして赤に。
「すいませんねえ」と役員さん。
「いえいえ、ルールですから。」
そう言いつつ、不運が悔しくて写真を撮るのを忘れてしまった。
ちょうど1分のロス。
それでも1分休けいしたので、青信号になってからスイスイ走れた。赤信号中に後ろから追いつかれたランナーも、あっという間に引き離すことができた。
競技場に入ってまた1周半ほど。
そして、ゴール。
やけど、人の気配がほとんどなくちょっとさびしすぎる。
でも、来てくれてました。ヨメさんが。
「放送とかないのに、なんでゴールが分かったん」とあとで聞いた。
「愛情やん!」とは言わんかったなあ。
ヨメさんが撮ってくれたゴール前の写真。
ちょっと並走して、ゴールの瞬間の写真も撮ってくれた。
こんな大サービス、めったにない。ありがとう。
最後は、4分51、5分16、0分40(160m)で57分41秒。
赤信号1分ロスがなければ、47分は切れたでしょう。
着順カードは「2」。
やっぱりなあ。前のランナーが1番やったんやなあ。
ゴールタイムより、「競技場内でのデッドヒート」ちゅうのんをやってみたかったなあ。
などとほざき、大会の趣旨からどんどん逸脱して行くパオパオでした。
完走賞渡し係は、受付をしてくれていた子たち。
こういうところに元気で明るい子がいてくれると、ほっとする。
この大会は今や珍しい手動計時。それでもかなり正確です。
私の腕時計でとったタイムと全く同じ。そのタイムを記録証に手書きで書いてくださいます。いい大会でしょ。
ゴールしても、まだ9時。
朝は、の家主さんが下さったパンしか食べてきていない。お腹ペコペコ。
朝来た時、近くにコンビニなどがないように見えた。それでもなにか食べないわけにはいかないので、ダウンがてら探しに行った。
公園から1kmほど、大通りを渡ったところにコンビニ発見。弁当やらパンやらバナナやらデザートまで、いっぱい買って帰った。
持って帰るのがかなり重たかったが、ヨメさんが喜んでくれてよかった。
さあ、次はきくのお散歩。
公園内はすごく広いので、いくらでも散歩するところがある。
「デゴイチ」も展示されていた。
だいぶ歩いたので、きくも納得。
競技場のゴール前を見に行くと、野村さんがあちこちに声をかけたりされていた。一日中動き回っておられたが、すごく目配り気配りのできる貴重な方だと思います。
競技は一応午後2時までなのだが、今日はヨメさんの学校があるので1時くらいから片付け出した。ちょうど2時前に片付け終わり。
さて、6時20分の1時間目に間に合うでしょうか。
2時過ぎの閉会式に、私も選手代表(?)として参加。
野村会長のごあいさつ。
「赤信号で文句を言ってきた人が○名、信号を無視して渡ってしまった人が○名。こんな人はランナーとは言えません。大会要項にきちっと書いてあり、開会式でも説明しているのに、それが守れないのなら出場はやめてほしい」というようなことを言われていた。
そういう人は撮影して、警告文でも送ればどうでしょう。少なくとも、「大会の趣旨が理解できず、ルールを守れないなら出場しないでください」とのメッセージは送るべきだと思います。
そうでもしないと、そんな不届きな一部の人のおかげで大会の存続自体も危ぶまれるということになってしまいます。
「こんないい大会なのに!」
さて、帰ろうかというときになって、「きくがちょっと走りたいらしいわ」と。
私が運転するキャラバンの前を、激走する偽シェパードと偽○○ちゃん。
けっこうなスピードで走ってたけど、だいじょうぶかー、両方とも。
でも楽しかったみたい、両方とも。
2時10分くらい、やっと本当に会場を出発。
(注)もうちょっとだけ、続きます。
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2017年09月17日(日)
尼御前から金沢民泊 [ランニング・出張販売]
うちの「きく御前」。
由緒正しき雑種一家の出だが、この気品漂う容姿のため、「きく御前」と呼ばれている。(いやいや、誰もそんなふうに呼んではいない。)
「御前」らしく家でゆったりと過ごさせてやりたいのだが、今回は金沢出張に同行。
「すまんなー、苦労かけるなー。」
きく連れのときは、小まめな休けいが必要。
名神に入って、早くも草津SAで1回目の休けい。
この後、車に積んできた簡易ハウスに入れてみると、30分ほどその中でおとなしく寝ていた。持ってきた値打ちがあった。
北陸道に入ってすぐの神田PAで2回目の休けい。
展望台に上がると、周りが囲ってあったので「勝手にドッグラン」。
もう涼しくなっているので、きくもハーハー言うことはない。
これだけでもちょっと安心。
石川県に入り、尼御前SAで3回目の休けい。
【尼御前サービスエリアの名前の由来】
尼御前の名称は、SAに隣接する「尼御前岬」から。「尼御前」は源義経の従女として義経一行の奥州行きに同行していたが、難所として知られていた安宅関超えに際して「女の私がいては足手まといになる」と身を案じてこの岬から身を投げたという伝説が残っている。新潟方面SAには岬への歩行者用の出入口があり、徒歩ですぐに行くことができる。(ウィキペディアより)
尼さんが海に身を投げたことは知っていたが、義経関連と走らなかった。ここらの伝説は、義経関連の話が多い。
一回ずつきくのお散歩をしているので、いつもよりは到着まで時間がかかる。
それでもきくの体調を考えると、こうせざるを得ない。
金沢西ICを出たのはちょうど6時。
とりあえず、明日の大会会場となる西武緑地公園競技場に向かった。すると、すごい車の数。広い駐車場から車があふれ、通路にもたくさん停まっていた。
そのときちょうどサッカーJ2の試合中。
大会役員さんが前日準備でもしておられるかもしれないと思って行ったのだが、とんでもなかった。たくさんのテントが出ていたが、これから台風が来るというのに撤去などだいじょうぶなのかと心配になった。
金沢にJ2のチームがあることすら知らなかった。
「ZWEIGEN KANAZAWA」って、読めへんがな。
「ツエーゲン (Zweigen) は、ドイツ語のツヴァイ (zwei=2) とゲーエン (gehen=進む) から、「チームとサポーターが共に進んでいく」を意味し、金沢弁で「強いんだっ!」 を意味する「つえーげん!」 の意味も有する。 エンブレムのデザインは石川県の県花であるクロユリをモチーフとしている。」(ウィキぺディアより)
大会役員さんが来られているはずもなく、そこから初めて予約した民泊へ。
6時40分ころ到着。
アパートの空き部屋を民泊として貸しておられるようだ。
犀川沿いの建物だったので、ヨメさんにきくの散歩行ってもらい、その間に私一人でアパートの様子を見に行った。
ここでトラブル発生!
数日前に「部屋はカギをかけていませんので、到着次第お入りください。部屋のテープルの上にカギを置いておきます」とメールが来ていた。ところがその部屋に入ろうとすると、カギがかかっている。横から見ると、部屋の電気もついている。「これはおかしい」と思い、すぐ貸主さんに電話。
すぐに出てもらえてよかった。今からこちらに向かうので10分ほど待っていてほしいとのこと。
アパート前からヨメさんに電話。すると、「サギや!」のひと言。
「個人の携帯番号まで教えて、その電話にもすぐ出てはんのに、サギではないやろう」と言っても「サギや!」の一点張り。
貸主さんが来られ、アパートの大家さんと話し合い。それでこのトラブルの原因が分かった。このアパートの別の部屋も民泊になっていて、その部屋に泊まる予定だった中国人一家が部屋をまちがえて入り、カギをして食事に行かれたようだ。
貸主さんも大家さんもずっとあやまりっぱなし。本来中国人一家が使う部屋が空いているので、私らがそこに入れば丸くおさまる。その部屋はテレビがないだけで、ほとんど同じ仕様の部屋だそうだ。
「今から連絡とって部屋を交換するのもたいへんやし、私ら空いてるとこでだいじょうぶですよ。」
これにて一件落着!
最初の予定では、このアパートから「カーサ・ミア」さんか「百萬」さんを予約して歩いていくつもりだった。ところが台風直撃で、予定がどう狂うか分からないので予約しなかった。民泊事件が片付いたあと、一応「カーサ・ミア」さんに電話したが、電話にも出られないくらいいそがしかったようだ。
仕方なく、灯りがたくさん光っている繁華街へ。
そこに「宇宙軒食堂」という庶民的な店があったので入ることにした。
ここの名物は「とんバラ定食」(680円)。
もちろん私はこれを注文。
他にも一品モノを3皿。
ビール大(850円)も。
お腹一杯になったのだが、ちょっと計算がおかしかった。
レシートがでないお店は要注意ですね。
それでも、歩いて行けるところにおいしいお店があってよかった。
店を出る頃には雨が降り出していると思っていたのに、全然。
台風18号、どうなってるんでしょうね。
アパートに戻ってビックリ。
ドアにお手紙が。
家主さんと貸主さんが相談されて、お詫びの商品券をくださったようだ。それもかなり高額の(クレジット決済した半額近く)。
何の文句も言わず、「全然だいじょうぶですよ」と言ったのがかえって不気味だったのだろうか。気の毒な感じがした。
世界最大の民泊組織と言われる「Airbnb」の名を汚さないようにがんばらはったんでしょうか。
これで、ずっと「サギや!」と言い続けていたヨメさんの評価は「すごいなー」に変更。ほんまに、すごいなー。
ヨメさんは、こんな時も「ちょっとは勉強せんなん」と言う。
私は先にお風呂に入らせてもらい、勝手に「かっかビール」。
そして先に寝させてもらった。台風が速く過ぎ去ってくれることを願いながら…。
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京都走ろう会例会〜KRC駅伝中止〜 [ランニング]
今日は午後から金沢行き。
午前中に時間が取れたので、京都走ろう会例会へ。
ほんとうはKRC駅伝の予定日だったが、台風接近のため中止。いつも通りの例会に変更。(ただし、9月なので10kmはなし。)
吉田出さんが80歳になられたので、そのお祝い。
今もきれいなフォームでスタートダッシュされる元気さは見習いたいところ。
会からお祝いの品を。
「京都キャロット」で注文していただいたランニングウェアです。
今日来られているメンバーの中に、松本一之さん発見。
「ブログには書かへんし、具合がどうやったんか教えてください。」
「いやいや・・・。」
とにかくお腹の痛みが大変だったらしい。まだ完全復活ではないが、走りに来られたとのこと。私は顔が見られただけでうれしかった。
今日駅伝だと、たぶん最後の4区に回されるのでどうしようと思っていた。家に帰るのが遅くなり、金沢への出発が遅れてしまう。今日の私にとっては、普通の例会で5kmまでしかないというのがかえってありがたかった。
5kmは15名ほどか。
予想通り、松本、北出、山越の3選手が飛び出す。
最初の1kmだけで20秒近く離されてしまった。
先週の「聖湖マラソン」の22分22秒よりは速くゴールしたいと思いながら・・・。
1km 4分19秒
2km 8分53秒(4分34秒)
3km 13分24秒(4分31秒)
4km 17分52秒(4分28秒)
5km 21分11秒(4分18秒)
3km付近で内田さんにも抜かれ、5番目でゴール。
でも、何とか「聖湖5km」よりはちょっとだけ速くゴールできた。
まだ少し時間の余裕があったので、いつものように仲間の応援へ。
私は走りだしたら、思っていたより蒸し暑く感じたが、みなさんはどうだったんでしょう。
心配していた松本さんは、それなりに速くゴールされた模様。全然後ろ姿も見えませんでしたから。
そろそろ帰ろうかというとき、内田彩子さんが話しかけてこられた。私が猫ガラのバッグを持っていっていたので、「かわいいですね」と。
そこから猫と犬の話になった。内田さんもうちと同じで、猫も犬も大好きでずっと飼ってられたようだ。「今は犬だけ」というところもうちと同じ。
「ボクは、雑種の猫とか犬とかを長生きさせて飼ってはるというだけで、その人を全面的に信頼してしまうんですよ。」
「うちもずっと雑種です。」
以前は内田さんも私といい勝負だったような気がするのだが、最近はさっぱり。それどころか、長い距離のレースに挑戦され私が目をむくくらいの結果を残されている。
「信頼すれども歯は立たず。」
今日はこんなかっこうで走りましたー。
はよう用意して、京都を出発せな。
台風はどうなっとるんじゃー。
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2017年09月16日(土)
栄光のヘルメット [家族]
「アスリートの血が騒ぐ」
と言っても、きくのことではありません。
昨日、廉からメール。
「トライアスロンの自転車やけど、レンタルか安いのを買うかどっちがいいかな。どちらもあんまり値段かわらんけど・・・。」
家から駅までの通勤に使っているクロスバイクで出るとばかり思っていたのに。廉も元アスリートのはしくれ、その血が騒ぐんかなあ・・・。
真樹から無理やりトライアスロン駅伝のメンバーにひきこまれたと思っていたのに。出るからにはそこそこの結果を残したいんでしょうね。その気持ち、すごくよく分かります。
真樹も、練習用にとスピードの出る自転車を買った。真樹も小学生の時はマラソンがすごく速かった。そのあとも続けていたら、けっこういいところまで行けただろうに。
真樹も元アスリートのはしくれ。初めは楽しく参加したいという気持ちで申し込んだと思うのだが、出るからにはそこそこの結果を残したい。そういう気持ち、うれしいねえ。
今日、いなかまでヘルメットを取りに帰った。
33年前(28歳)、トライアスロンを始めた時に買ったヘルメット。腐ってなかったので、まだ使えそう。
かぶり物を嫌がらないきくにかぶせてみると、けっこう似合う。
でももうボロボロなので、廉や真樹はこれでは嫌だろう。また、Bike Laboratoryさんにお願いしてレンタルさせてもらうか。
第5回天橋立トライアスロン(1990年)は、たぶん私が出た最後のトライアスロン大会です。当時34歳。
今度出る「ラブトライアスロン」は、27年ぶりのトライアスロンということになる。
「ボロボロやけど、パオパオにとっては栄光のヘルメット。これかぶって出るでー。」
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2017年09月15日(金)
パソコン、直りません [ブログ]
今日は寮2(出町)24時間。
ノートパソコン故障中のため、ブログ更新できません。
パソコン修理業者に修理依頼のメールを送ったが、4社中返事が返ってきたのは1社のみ。それも「お問い合わせいただきました機種ですが、現在は部品が入手できません。
そのため修理対応ができない状況です」と。去年新発売の機種やのに・・・。
すべて貯めていたポイントで買ったパソコンなので、買った時は1円も使っていない。買い替えるしかないんかなあ・・・。
【追加】
今さっき、もう1社から返事あり。
修理費22000円。
これが、なんかのポイントで払えたらいいんですけど・・・。
※ 寮のパソコンで更新。
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