パオパオだより

2017年09月09日(土)

第96回9の日平和ラン [ランニング]

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 今日は9月9日。
 当初「ランナーズ9の会」では、今日全国から会員が集まり平和アピールランをする予定だった。しかし土曜では遠くの会員さんが来にくいということで、来年に先送り。来年の9月9日は日曜らしい。

 久しぶりに「ランナーズ9の会」ののぼりを出してきて、「9月9日」の記念撮影。

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 本来はこののぼりを背負って走りたいところだったが、左腰の具合がまだよくなっていないのでやめておいた。
 それに、「ラブトライアスロンの自転車どうすんねん」問題が解決していない。今日ネットで調べたら、北大路駅の近くに自転車をレンタルしてくれる店が見つかったので、話を聞いてみることにした。

 うちから北大路駅までは5km弱。往復したら9km台になるじゃないですか。

 4時半に家をスタート。

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 上賀茂神社で3km弱、17分ちょっと。

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 北山大橋で4km、24分。

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 “北大路VIVREから北大路通り沿いに大またで100歩ほど東にある青い看板のパン屋さんとラーメン屋さんの間の通りを少し北に上がった左手” (お店のホームページより)

 私は北側から来たので、パン屋さんもラーメン屋さんも見ることはなかった。でも、すぐに見つかりました「BIKE LABORATORY」さん。
 ここまで4.76km、28分57秒。

 30年以上前に本格的なトライアスロンレースに出ていたこと。娘の発案で、家族3人でミニトライアスロン駅伝に出ることになったこと。スピードの出る自転車を持っていないことなどをお話しした。

 店長さんはすごく親身になって相談に乗ってくださった。
 実は、お店のホームページに飼っておられるネコちゃんの写真が載っていた。
 私は、「雑種犬猫を飼っている」という一条件でその人を信用・信頼してしまうというところがある。もちろんその写真のネコちゃんたちも雑種だった。
 店長さんは、私が思っていた通りの信用・信頼できる方だった。

 結論から言うと、私が希望していたロードレーサーのレンタルはなかった。しかし、今のMTBやクロスバイクはかなり軽量化されているので、そこそこスピードが出るらしい。一番大事なのことは、ライダーの体にフィットしているかどうか。それと、その自転車になじむように練習を重ねること。「そのためにこちらのできることはすべて協力します」と言ってくださった。
 ロードレーサー以外は想定していなかったのだが、店長さんの説明してくださったことがすべて納得のいくことだった。この方に相談に乗ってもらってほんとうによかったと思った。「自転車どうすんねん」問題も光が見えてきた。

 このあとにまた提案できる車種があるかもしれないということで、今日は一旦帰って検討するということになった。かなり長話になったが、充実した話し合いであった。お聞きしたことを、廉や真樹にも伝えなくては。

 5時半すぎ、家に向かって再スタート。

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 帰りは鴨川河川敷に下りた。

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 柊野交番前で、京都ランナーズの粟津さんご夫妻と遭遇。
 東北部クリーンセンター前までジョギングに来られたそうだ。
 粟津さんは特別支援学校にお勤めされていたので、先日の「罰ラン」事件の話もしてみたかった。でもお互いに走っている途中なんで、長話はムリでした。

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 京都産業大学前を通過すると、家まであと1km。

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 「京都キャロット」前通過。
 今日は土曜日で、ますみ店長もぴっちり待機なので、お客様は来てくださっただろうか。

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 帰りは4.90km、33分09秒。

 往復で9.66km。
 左腰はあまり痛まなかったが、左足の裏が痛かった。
 次々といろいろなところが痛みますねえ。

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【今日のきく】

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 今日は寮2(出町)24時間からの朝帰り。
 ヨメさんは夜3時くらいまで勉強をしていたらしく、私が帰ってきた7時ごろはまだぐっすり寝ていた。
 きくの朝お散歩はまかしとき。

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 何の写真かよう分からんでしょう。
 朝日をあびてまどろむネコちゃん2ひきです。

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 このごろ私の朝帰り散歩が続いているので、きくもちょっと期待しているみたい。

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 また、ネコちゃん。

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 またまた・・・、これってうちに住み着いてたネコちゃんちゃうん。
 今日はおらんと思ったら、こんなとこに遠征してたか。

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 なんか分からんと思いますが、黒猫2ひきです。

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 きくは、堂々としているネコはこわい。
 見て見ぬふりをすることも多い。

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 ネコちゃんにたくさん会うと疲れるんでしょうか。

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 やっぱり疲れたみたい。

 牛のぬいぐるみにそっくり。

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2017年09月08日(金)

「島の人よ」 池田卓  [沖縄]

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   「 島の人よ 」  池田 卓


生まれ島を離れ暮らす 島の人よ
覚えていますか 生まれ島の 祭り唄を

大きな夢を都会に描く 島の人よ
強く育てた あなたの島こそが 夢の島よ

島の人よ またいつの日か 祭り咲かせてみようじゃないか
島の人よ またあの海で サバニこいでみようじゃないか


島を離れ帰らぬ人よ 島の人よ
何処にいますか? 何してますか? お元気ですか?

都会で暮らし 手にしたものも 大切だけど
何々よりも大事にして欲しい 生まれ島を

島の人よ またいつの日か 故郷咲かせてみようじゃないか
島の人よ またあの海で サバニこいでみようじゃないか

島の人よ いついつの日か 祭り咲かせてみようじゃないか
島の人よ いついつまでも 生まれ島を忘れないで

生まれ島を忘れないで・・・

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■池田卓(いけだ すぐる)Suguru Ikeda

池田卓 沖縄県・西表島船浮出身。シンガーソングライター。

1979年5月24日、西表島にある人口41人(2017年8月現在)の船浮[ふなうき]という小さな集落で生まれ育つ。
学年が一人だった為、雨の日は楽器が友達替わり。小学5年生から八重山民謡を習い始める。
19歳の夏、島の芸能祭に参加したのをきっかけに本格的に音楽活動を開始。2000年10月10日、母の誕生日に「島の人よ」でCDデビュー。この曲が天気予報のBGMに起用され脚光を浴びる。2005年には「心色」で全国デビュー。
ベストアルバムや八重山民謡アルバムを含め、これまで11枚のCDを発表。
2007年より、故郷・船浮にて音楽イベント「船浮音祭り」を企画・プロデュース。2008年以降は中東や欧米、アジア地域での海外ライブにも出演、活動の幅をさらに広げている。
2011年、10周年と父の還暦を機に念願の里帰り。実家のふなうき荘やツアーガイド、米や珈琲などを育てながら、船浮を拠点にライブ・祭り・イベントと全国で活動する傍ら、ラジオパーソナリティーや講演活動、執筆、声優、俳優など、多方面で活躍中。

・竹富町観光大使(2014年より)
・東アジア文化交流使(2014年より)

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 昨日は三線教室5回目。
 またまた練習不足で、あせってあせって肩こりこり。
 しかし、その中でも一つすごくうれしいことがあった。

 練習曲として先生が出してこられた曲。
 あの西表島船浮出身の池田卓さんの「島の人よ」。

 11年前の6月、小6の真樹と初めて行った沖縄は「鳩間島」。
 そのときの鳩間小中の運動会に、船浮小中の先生が来られていた。
 運動会のマラソンで、私は船浮小中の入波平みさ乃先生に敗れ第3位(優勝は鳩間中生)。それが悔しくて、その年の10月、船浮小中の運動会にも行くことにした。

 舩浮は西表島の最西端。
 陸続きなのに船でしか行けないところ。
 その船の船長さんが池田卓さんのお父さんだった。

 入波平先生との再対決は実現しなかったが、沖縄県八重山郡竹富町の運動会に2回も参加することができた。小6の真樹にとっても、忘れられないいい思い出になったと思う。

 「島の人よ」が入っているアルバムも、買ったはずなのにどこに行ったか分からない。
 三線の先生が、「次に船浮に行くときは、『島の人よ』が弾けるようになって、池田卓さんといっしょに歌えればいいですね」とおっしゃった。
 ほんま、そうなりたいわ。
 手術後高い声はでーへんけど、せめて三線がしっかり弾けるようになりたいわ〜。

※ 過去、船浮に行ったのは三度。
  2006年10月、真樹と。
  2007年3月、廉と。
  2008年2月、眞寿美さんと。

 池田卓さんは「島の人よ」の歌詞通り、生まれ島を忘れないで船浮に帰ってこられたんですね。

 「都会で暮らし 手にしたものも 大切だけど
  何々よりも大事にして欲しい 生まれ島を」

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2017年09月07日(木)

「うちにネコ住んどる」 [わんこ・にゃんこ]

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 先日の「聖湖マラソン」のとき、廉にきくの世話をしてもらった。
 その時、廉から写真付きのメール。
 「うちにネコ住んどる。」
 きくがいるのに、ネコが住み着いているのに驚いたようだ。

 今日の朝、炊事場から外を見るとそのネコちゃんと目が合った。

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 fukikoさんが保護されている「銀ちゃん」に似てますねー。
 銀ちゃん、里親募集しているのに問い合わせなしらしいねー。かわいいのにねー。

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 これだけくつろいでもらえたら、うれしいねー。

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 オスでしょうか、メスでしょうか。
 この顔はオスかなあ・・・。

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 お昼前もう一度見てみると、まだいましたわー。

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 ラーメン作るのにガチャガチャしていたら、こっちを向いてくれた。

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 でもこのあと、あんまりうるさくしていたせいかどこかへ行ってしまった。

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 夜同じ場所を見てみると、帰ってましたわー。

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 暗がりで撮ったから、ネコちゃんが真ん中になっとらんがなー。

 うちに住み着いてくれるのなら、避妊手術をせなあかんなー。
 fukikoさんに相談やね。

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【今日のきく】

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 お風呂場あたりで、何やらガリガリひっかくような音。
 しばらくすると、その音の正体が分かった。きくがお風呂前のマットを引きずり出してきた音だった。

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 そんなもんこっちまで持ってきてどうするのかと観察していると・・・。
 きれいに敷いて、チョコンと丸まった。
 かっわいー。

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【RUN】

 月火水と走らず。(月と水はバイトで走る時間なし。)
 左腰の具合もましになったような気がしたので、少しだけでも走りたかった。

 しかし、今日は三線教室。夕方に帰ってきたら、雨。
 けっきょく、夜のきくの散歩のあと、9時半くらいから走りに出た。

 最初に団地内を1kmゆっくりジョグ。痛み出ず。
 次に新3.3kmコース、19分23秒(5分48秒ペース)。痛み出ず。
 最後に2kmゆっくりジョグ。ここで痛みが出てきた。ゆっくりゆっくり走ったので、それほどひどくはならなかったけど。

 まだ、5km以上の距離はムリやね。

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2017年09月06日(水)

フェリーで行きたかった沖縄 [雑用]

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マルエーフェリーの琉球エキスプレス

 9月1日の「ロードレーサーがほしい」の続き。

 「真樹はこの先もトライアスロンをやりたいみたいなことゆうとったし、ロードレーサーを買って10月1日に使ったあと、沖縄に送れたらええんやけどなあ。それやったら買う値打ちもあるけど、沖縄への送料ってめちゃくちゃ高いもんなあ・・・」と私。
 「いくらくらいするん?」とヨメさん。
 「寮にいた子が富山の実家に(ばらさずに)送って、5000円以上かかっとったで。ばらして小さくしても、沖縄やったら1万円くらいかかるんちゃうん。」
 「そらあかんな。」

 「一つ思ったんやけど、フェリーで行ったら自転車の料金は安いで。ただし、めちゃくちゃ時間かかるけど。」
 「そうしー。アンタはヒマやから、なんぼ時間かかってもかまへんやん。」


 おお、ヨメさんが私の沖縄行きを後押ししてくれたことなどかつてなかったことだ。これはラッキーと、沖縄行きフェリ―についてネットで調べてみた。

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 沖縄行きのフェリーは二種類。神戸・大阪発と鹿児島発。
 うちからなら大阪南港まで自転車に乗って行って、そこから乗船というパターンやね。これで神戸港から乗るより5時間少なく、43時間から38時間に減らせる。(京都市左京区から大阪南港まで自転車ちゅうのも、ジジイにはたいへんやが。)

 まず料金。
 2等で1万9330円。自転車が3960円。合わせて23290円。
 38時間も乗せてもらってこれなら、安いと言っていい。

 次に便数。
 平均月に2便。
 「えー、そんなに少ないんかーい!」

 (↑この部分、勘違いしていました。訂正します。月に6便でした。
   8月2(水)、8(火)、12(土)、19(土)、23(水)、29(火)
   9月2(土)、6(水)、12(火)、16(土)、20(水)、27(水)
  10月3(火)、7(土)・・・)
  

 10月7日(土)・・・。
 その先はないんかなあとよく見てみると、ガーン!

 「阪神航路の旅客フェリーは10/10から休止し、10/11からR0R0型貨物船が就航する予定となっておりますので、お客様の乗船はできません」とただしがき。

 なんでこの時期やねん。
 死ぬまでに一回は船で沖縄に行けたらええなあと思ってたのに。
 いつも厳しいヨメさんが「行ったらええやん」みたいにゆってくれてたのに。

 この計画はパー。
 鹿児島からのフェリーはまだ続いていくらしいが、鹿児島まで自転車で行く馬力はない。鹿児島まで新幹線や飛行機で行くのは意味がないし。そんなことなら、関空か神戸からLCCで受託手荷物として持って行った方が確実に安い。でもそうなると、しっかりした輪行バッグ(かなり高額)が必要になる。

 いろいろと大変。
 やっぱりこの計画はパー。
 甘かった。

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【今日のきく】

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 今日は寮1(二条)17時間。

 朝6時前に家を出ていくときに、きくのお見送りはなかった。
 でも夜12時前に帰ってきたときは、しっぽブンブンでお迎えしてくれた。

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 そんなんしてくれたら、ちょっとでもお散歩行かなあかんね。
 真夜中の団地内をちょっとだけお散歩。
 きくちゃん、喜んでくれたかな。

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2017年09月05日(火)

りんごくばり [雑用]

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 おととい、聖湖マラソンの会場で買ってきた「芸北りんご」。広島のりんごは、おみやげで持って行くとみんなめずらしがって喜んでくれる。

 私の病気は「全快」というのがない。死ぬまで治療が続く可能性が高い。それでも、病院に見舞いに来てくれた姉兄たちには「快気祝い」的なことをしなくてはならない。
 かなり安上がりだが、このめずらしいりんごを「快気祝い」代わりに持って行くことにした。

 そのついでに、小谷屋のおばさんと介老施設に入っている父にもおみやげを持って行った。

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 市原野小学校の北の踏切で、ちょうど叡電が通過。
 今日はハデな柄の車両に当たり!

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 こちらから行くと、父が入っている施設やターコ姉や兄の家より小谷屋さんが先。
 勝手に戸を開け、「おばさーん、かんろくのいんきょのこうじですー」と呼びかけたが反応なし。テレビの音は聞こえているのに・・・。たぶん、テレビを見ながら寝てしまわはったんでしょう。
 手術後大きな声が出せんようになっているので、私の声が届かなかったようだ。
 いったん出直し。

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 家に寄って、自転車のヘルメットを取ってこようと思っていたのに完璧に忘れていた。

 このあと、姉、兄の家に行くが両方留守。仕方ないので姉の家の前のテントのところにりんごを置いて来た。

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 次は父のところ。
 またいつものように、うつらうつらとしていた。

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 習字がはってあったので、写真に撮らせてもらった。
 父は字がすごくきれいで、それが私ら家族の自慢だった。今はえらいこじんまりとした字になってしもたんやね。

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 父がいつも仲良くしてもらっているおイトさんの姿が見えなかった。(おイトさんは、私の初恋の琴ちゃんのお母さん。)
 「おイトさんの姿が見えんなあ」と父に言ったのだか、その返事はなかった。

 先月廉といっしょにいっしょに行った時はものすごく元気だったのに、今日は元気がなかった。私がだれかも分かってなかったかもしれない。

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 このあと、もう一度小谷屋にチャレンジ。
 声を振り絞って呼びかけたら、やっとオバサンが出てきてくれた。

 「こんなおばーのとこに誰が来たんやろうとおもたら、こうじさんかいな。」
 「おばさん、いっつも6月におみやげ持ってきてたのに、今年は忘れてしもて・・・。今ごろ来ましたわ。」
 「おみやげて・・・。すんませんなあ。よう気にかけてくれて。うちのよりさだ(私の同級生)も、こないだ桃を送ってきてくれたんやわ。」
 「それはよかったですやん。よりちゃんも気にかけてはりますやん。」
 「そや。」

 その時のおばさんの笑顔のきれいやったこと。
 それから30分以上話し込んでしまった。父と話していた時間より長いがな。

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ニャーちゃん (2017.6.19)

 いったん家に戻り、そのあとは深泥池のみき江姉夫婦のところへ。
 ここだけ、広島りんごに義兄さんが好きな「ず」のあるきゅうりのおまけつき。

 8月10日に死んじゃったニャーちゃんの話ばかりになってしまった。2か月前(上の写真)は、こんなきれいで元気そうやったのにね。
 最後はほんまにかわいそうやったけど、ちゃんと看取れてよかったと言っていた。

 姉から、「先日おイトさんが亡くなった」と聞いた。そうやったんや。おとちゃん、またさびしくなるね。

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 小谷屋のおばさんにもらった山椒昆布と、姉にもらったじゃことで、晩ごはんが豪華になった。もちろん、ヨメさんが作って行ってくれたチンジャオロースが一番おいしかったけど・・・。

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【今日のきく】

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 今日は夕方から雨が降り出し、なかなかきくのお散歩に行けなかった。
 ヨメさんが帰ってくる10時半すぎ、やっと小降りになってきたので散歩がてら、バス停までお迎えに行った。

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 昨日の夜からずっと出ていなかった○ンコ。
 ほぼ24時間後の10時45分、やっと出ました。よかったね。
 雨の時に散歩に行くと、必ず「帰るのいやいや」をするのに、今日はかしこく帰ってきたきくちゃんでした。

 私は走る時間はあったのだが、腰の具合がよくならないのでランは休養。
 2日走らなかっただけなのに、体重は60.5kg。7月以降の最高体重更新。
 明日もバイトで走れへんし、もっと増えるかも。えらいこっちゃ。

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2017年09月04日(月)

自分の現実に向き合う勇気がない [沖縄]

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寮の管理人室のカレンダー

◎朝日新聞8月31日朝刊・論壇時評

   沖縄と本土   「自らの現実」はどこに

                  歴史社会学者 小熊 英二

 世上の沖縄論は「平和の島」「癒(いや)しの島」などの定型句が目立つ。かたやネット上には「基地で潤っている」「補助金泥棒」といった偏見もある。この種の沖縄論は、なぜかくも空疎なのか。

 理由の一つは、単なる知識不足だ。米軍基地の7割が集中する沖縄だが、県民総所得に占める基地関連収入は5%にすぎない。基地返還跡地を再開発した地区では、直接経済効果が返還前の平均28倍であり、基地はむしろ発展を阻害している〈1〉。国からの財政移転は都道府県中12位で、特段に高くはない〈2〉。

 一方で沖縄の貧困は深刻だ。1人当たり県民所得は最下位、非正規雇用は45%で全国一。沖縄に多いコールセンターや観光業、飲食業は一般に賃金が低い。本土労働者の典型像は「年収三〇〇万〜四〇〇万」の製造業従事者だが、沖縄のそれは「年収五五万〜九九万」の飲食・宿泊業だ〈3〉。沖縄在住の作家である仲村清司は、「子どもの貧困率が全国平均の2倍に達し、3人に1人が貧困状態」と述べ、貧困に起因する家庭内暴力や不登校、いじめの頻発を指摘する〈4〉。

 また沖縄戦で住民の4分の1が死に、1972年まで米軍の軍政下で基地が膨張した。多くの沖縄論は、これが単なる歴史ではなく、現在でも癒えない生傷であることを踏まえていない。

 新聞記者の木村司が2015年に取材した女性は、高校2年生の1984年に米兵3人に乱暴された〈5〉。「被害を家族にも話せなかった。事件を再現させられると聞き、警察に被害届も出せないまま、原因不明の体の痛みに耐えてきた」。95年に女子小学生が米兵に暴行された事件をニュースで知ったこの女性は、「明かりをつけるのも忘れ、真っ暗な部屋で泣き続けた」。そして「こんな幼い子が犠牲になったのは、私があのとき黙っていたから」と考え、抗議集会に参加した。

 木村はこのほか「人知れずアメリカ兵の子どもを産んだ知人がいる」「苦しみが癒えてきたと思う頃にまた事件が起きる。忘れたくても忘れられない」といった声も紹介している。こういう事例は沖縄では珍しくなく、「現場を歩けば、驚くほど、何らかの『経験』を身辺にもつ人に出会う」と木村はいう。こうした事情が、思想信条を超えた反基地感情の背景にあることは、いうまでもない。

     *

 だが一方で、沖縄の現実は、「平和の島」という定型句には収まらない。

 前述の仲村は、沖縄の若い世代の関心事は貧困問題なのに、年長論者は基地問題に傾斜しており、そのギャップが「沖縄問題を語る大人への無関心と無視」を招いているという。国仲瞬は、沖縄の若者にみられる基地容認論の背景に、形骸化した平和学習への反感があると指摘する〈6〉。もっとも仲村は、そうした世代間対立の背景は「莫大(ばくだい)な金と利権をばらまくことによって沖縄の不満を抑え込み、沖縄内に既得権益層とそうでない層の間に著しい経済格差を作りだしている政府の存在」だとも述べているのだが。

 外部の来訪者は、こうした状況に戸惑うことも多い。ネットニュース編集者の中川淳一郎は、沖縄の訪問体験を記している〈7〉。基地反対を明確に唱える人もいるが、「昔から基地のある生活が普通でした」と語る人もいる。本土から基地建設への抗議にくる人を「なんでナイチャー(本土の人間)が来て、混乱させているんだ」と否定的に見る人もいる。

 以前の中川はネット上の言説を読み、「沖縄に対しては右派的論調を取っていた」。それは単なる偏見だったが、「平和の島」というだけでもない。今では、「本土の人間は本当に沖縄のことを知らずに勝手なことを言っていた」「この問題は複雑すぎて生半可な気持ちでは取り組めない」と思うようになったという。

 定型の沖縄論の空疎さを脱しようとする姿勢は評価できる。だが、私は思う。沖縄の状況は複雑だろうか。

 考えてみよう。貧困、性暴力、平和学習の形骸化、迷惑施設をめぐる葛藤などは、各地でみられる現象だ。沖縄も自分と同じ生身の人間が生きている土地だと考えれば、理解可能なはずだ。それが複雑に見えるとすれば、沖縄に関する知識不足以前に、もともと社会の現実に向きあう姿勢が欠けているのではないか。

     *

 そもそも私たちは、沖縄以前に、「本土」や「東京」を知っているか。20代単身転入者の平均年収が241万円にすぎない豊島区や、地上戦の遺骨が何千も残る硫黄島も「東京」だ。東京を含む空襲被害者救済法も止まっている〈8〉。米軍基地も60年代より前は本土の方が多かった。沖縄まで行かずとも、類似の問題は「本土」や「東京」にすでにあるのだ。

 こうした問題以外でも、理不尽な抑圧や不本意な沈黙には、誰もが直面している。だが、自らの現実に向きあい、それを打開する努力を無意識に避けようとする人間は、他者の苦痛にも目を閉ざしたり、抑圧的にふるまったりするものだ。それこそ、沖縄の現実にも想像力が及ばず、定型句に流れる原因ではないか。

 親川志奈子は、沖縄問題が伝わらないのはなぜかと問い、「ひとえに『当事者性の欠如』だと考える」という〈9〉。自分の現実に向きあう勇気がないとき、人は他者を語ることに逃避し、安易な期待や勝手な偏見をその他者に投影する。それこそ、多くの沖縄論が空疎である最大の理由だ。まず、自らの現実の当事者になること。それが「沖縄」と「本土」の境界を壊すことにつながるはずだ。

     *

 〈1〉照屋剛志「欠かせない『基地依存』誤解の解消」(Journalism8月号)
 〈2〉「(よくある質問)沖縄振興予算について」(沖縄県庁ホームページから)
 〈3〉前泊博盛「四〇年にわたる政府の沖縄振興は何をもたらしたか」(世界2012年6月号)
 〈4〉仲村清司「埋めるべき溝、沖縄内部に」(Journalism8月号)
 〈5〉木村司「本土に広がる『沖縄疲れ』の空気」(同)
 〈6〉国仲瞬・インタビュー「修学旅行生と平和教育」(同)
 〈7〉中川淳一郎「『本土の人間』として反省を込めて思う」(同)
 〈8〉NHKスペシャル取材班『縮小ニッポンの衝撃』/栗原俊雄『遺骨』(15年5月刊)/記事「全国空襲連のつどい 救済法の早期実現を」(本紙8月15日〈都内版〉、http://digital.asahi.com/articles/ASK8G447PK8GUTIL018.html?rm=415#Continuation)
 〈9〉親川志奈子「植民地・沖縄を前に、日本人の選択は?」(Journalism8月号)

     ◇

 おぐま・えいじ 1962年生まれ。慶応大学教授。近著『誰が何を論じているのか』は、本紙・論壇委員として2013年からの3年間に執筆した毎月の論壇メモと本紙コラムなどを収録。

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 今日はイレギュラーで、寮2(出町)24時間。
 恒例、朝日・日経チェック。

 「沖縄と本土」、ええこと書いてあるわ。
 「当事者性の欠如」、その通り。かく言う私も、真樹が「沖縄にずっと住みたい」と言っていなければたぶん同じようなことだったであろう。

 「自分の現実に向き合う勇気がないとき、人は他者を語ることに逃避し、安易な期待や勝手な偏見をその他者に投影する。」

 これって、ネトウヨのことちゃうん。
 ネトウヨにふさわしい代名詞は「身も心も腐りかけている人々」がいいと思っていたが、「自分の現実に向きあう勇気のない人々」のほうがいいね。
 私は、そんな人たちこそ一歩踏み越えてもらえば「9条の会」と手をつなげるのではないかと思ってるんですが・・・。
 「左右合作!」

 ヨメさんはゆうやろね、「自分の現実に向き合う勇気のないやつ・・・、アンタのことや!」

 そんなことより、斉藤由貴のキス事件のほうが気になるなあ。

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