パオパオだより

2017年08月09日(水)

ラブトラ [家族]

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 トラブルちゃいまっせー、ラブトライアスロンの「ラブトラ」ですよ〜ん。

 ずっと前から、真樹は「トライアスロンに出てみたい」と言っていた。「まあ、ゆってるだけやろう」と思っていたら、最近水泳や自転車の練習をしているらしい。
 先月、「真樹でも出られるトライアスロンないかなあ」と相談された。
 私がトライアスロンをしていたのは、真樹が生まれる前どころか廉が生まれる前。25年以上たって、今トライアスロンがどうなっているのか全然知らない。

 「真樹でも出られそうなトライアスロン大会」をネットで探してみたが、残念ながら沖縄県内ではなさそう。いろいろ探しているうちに、10月1日に淡路島で開催される「ラブトライアスロン」というのが見つかった。(年によって開催地が変わり、淡路島では初開催。)
 ところが、その時点で個人の部は締め切り。あとは3人でリレーするEKIDENの部のみ参加可能だった。

 真樹にメール。
 「友だちも出たいってゆってたんやったら、あと2人誘って3人で出たら。」
 「友だちは個人の部で出たいらしい。」
 「そうか、それやったら無理か。」
 「あと1人見つかったらなあ・・・。」
 「あと1人って?」
 「真樹とパオパオと、あと1人。」
 「えっ、パオパオ初めからメンバーに入っとんのかい?」

 ああ知らなんだ知らなんだ。
 でも、こんなジジイを初めから勘定に入れてくれていてちょっとうれしい。

 「廉ちゃんに出られへんか聞いてみる」と真樹からメール。
 そのあと交渉して、なんとか廉を引き入れたようだ。
 廉は就職して以来、全然走っていないと言っていた。たまにはこんなんも入れたら、いい息抜きになるかも・・・。

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コースマップ (淡路島 国営明石海峡公園)

 トライアスロンのリレーと言うと、種目ごとに3人でリレーするものが多い。この大会ではそのタイプもあるのだが、真樹が申し込んだのは1人で3種目をこなしてそれを3人でリレーと言うもの。ただし、一人スイム250m、バイク10km、ラン3.3kmと短い。これくらいなら、真樹も廉も私も行けそうな気がする。(短いからと決して侮ってはいけないが。)

 真樹や廉はどうだか知らないが、私は水泳が大の苦手。「びわ湖トライアスロン」で3.8kmを泳ぎ切った経験もあるが、いまだに足のつかないところで泳ぐ恐怖感はすごい。
 その点、この大会では足のつく池(水深80〜90cm)で泳ぐらしいのでホッとした。まあそれでも、250mをしっかり泳ぐ練習をしておかないとね。

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 淡路島は、廉夫婦が住んでいる兵庫からすぐ。
 真樹は那覇から神戸空港に来て、廉のアパートに向かう予定。
 あとはいろいろと準備して・・・。
 いや、それよりかあちゃんにちゃんと話しとかんとあかん。真樹と廉にそれとなく「かあちゃんにゆっといて」とメールしたのだか、「怒られる」と言ってしり込み。

 しゃーないがな、一番弱い立場の私がこないだ話した。
 びくびくものだったが、「家族で出るって、おもしろそうやなあ」という反応。ああよかった。ヨメさんにも応援に来てもらいたいが、店の仕事や鍼灸の勉強で無理っぽい。もし来年も近くで開催されたら、パオパオの代わりに出る?

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 真樹がおもしろいことを考えてくれて、パオパオはうれしい。

 がんばって、制限時間(3時間)内に完走しような。

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【今日のきく】

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 廉ちゃんが帰ってきたよー。
 うれしいよー。

 夜12時前、寮の管理代行から帰ってくると、きくと廉は別々に。てっきり、なで続けられているものと思っていたのに。廉に聞くと、久しぶりにきくと会ったのに「ふつうやった」とのこと。真樹が帰ってくると、いつもきくは不思議そうにしているのに。どこがちがうんでしょうね。

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 久しぶりにお二階にも上がらせてもらいます。

 「オッサン、はよ上ってこいよー。」

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2017年08月08日(火)

墓そうじ2017 [雑用]

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 恒例、いなかの墓そうじ。

 自分が続けているものと言えば、26歳から始めたランニング。もう35年を超えた。
 しかし、もっと続いているものがあった。小学生の時から始まった「墓そうじ」。中学生から一人でするようになったから、そこからでももう50年近くになる。たぶんほとんど抜けずに続けているはずだが・・・。

 去年10月に「癌宣告」を受けたとき、「私が死んだら、誰が墓そうじするんやろう」と思った。それ以外には、私がいなくなって困ることが思いつかなかった。
 私はほとんど人の役に立たん人間だが、「墓そうじ」はご先祖さんも喜んではるやろうと思えるのでやりがいがある。今年も、兄の家から鎌や鍬を借りて福田寺の裏の墓へ向かった。

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 うち(勘六の隠居)の墓は、かなり上の方。
 手前にきれいな花が飾ってあるのは、うちではなく、上の町の三四郎さんとこ。(うちのいなかは60軒中40軒くらいが「藤井」。)

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 敷地が安定しておらず、うちの墓があちこち傾いている。これは仕方ないですね。土葬ですから。
 以前は1年ぶりに来てみると草ぼうぼうだったが、最近はほとんど生えていない。その分作業は楽なので、墓石磨きをがんばった。

 私が初めて墓そうじを一人で任されたとき、墓参りの当日に参りに来た母に「あほ」と言われた。私は墓の周りを完璧にきれいにしていたのだが、墓石はそのままにして帰った。墓そうじは周りより墓石をきれいにせんなあかんらしい。知らんかった。それ以来は、墓石の汚れをしっかり取るように気を付けている。

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 墓石をタワシでゴシゴシ磨く。一年分の汚れはそう簡単にはとれない。
 この作業には大量の水が必要。一番下まで下りて水を汲んで、まただいぶ上まで持って上がる。このくり返しがきつい。

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 うちは分家で、墓の数は少ないほう。
 曾祖父、曾祖母、祖父、祖母、若くして亡くなった父の姉、父の妹、それに母。
 母は別として、この中で一番なじみのあるのが祖母・ウメ。私が中1の時に亡くなった。いろいろな思い出があるので、一番力を込めて墓を磨いておいた。

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 これが母の仮のお墓。
 毎年見るとせつなくなる。
 「あんもちゃんの墓のほうが立派やし・・・。」

 もう亡くなって26年もたつ。
 父は、妻を亡くした夫として26年以上生きているということになる。父の生命力をあらためてすごいと思う。

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 お寺の付属施設であった「別所保育園」。
 閉鎖されて長いが、建物は何にも使われていない。この地区にしたら立派な建物なのに、もったいない気がする。
 多くの人が集まって楽しく過ごせる施設にしていけないものだろうか。

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【RUN】

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 墓そうじが終わって戻ってきたのが6時。
 せっかく涼しいいなかに帰ってきたので、花背峠往復8kmを走ることにした。

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 峠までの上り約4km、25分38秒。

 峠近くでは、6時半ころなのにまだ日が差しているところがあった。

 走りながら考えていたこと。
 2回目の甲状腺全摘手術後、喉の締め付け具合が一向によくならない。それをひとに説明するとき、「喉にぶっといゴムがはめられてる感じです」と言ってきた。特に走っているときはほんとうにきつい。
 でも、そう言うより「太いヘビに巻きつかれて、首をじんわり絞められてる感じです」と言ったほうがうけるかも・・・。この先もずっとこんな感じが続くんでしょうね。

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 峠では休まず、折り返し。

 下りは順調で、約4km19分54秒。

 往復8kmで45分ちょっと。
 気温は21℃、気持ちよく走れた。

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【今日のきく】

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 「こうじさんこうじさん、きくちゃんかわいいで、はよ見にきー」とヨメさんが呼ぶ。
 なにごとぞーと廉の部屋に行くと、きくが移動用ハウスに自主的に入っていた。こんなこと、初めて。

 今日「京都キャロット」に出勤中、店のドアが開けたままで、ヨメさんがメーカーとメールのやり取りに集中しているときにこっそりと出ていってしまったらしい。うちの店の前はけっこう車が通る大通り。もちろん、そのあとヨメさんにきつく叱られた。

 それでアピールしてたんですね。
 「私は、何も言われなくてもちゃんとハウスに入る賢い犬です」と。
 その日の失敗はその日のうちに挽回しようと思ってたんかな。

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2017年08月07日(月)

川内選手の中本評価 [マラソン評論]

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ゴール後、倒れ込んだ9位の川内優輝(右下)をねぎらう10位の中本健太郎(6日、ロンドン)=共同

◎スポーツナビ8月7日より

   川内優輝が示したマラソンの戦い方 万全の準備で「やりきった」ラストラン

 最初にゴールゲートをくぐったジョフリー・キルイ(ケニア)から遅れること3分52秒、日本代表のユニホームを着ては最後のマラソンと明言していた川内優輝(埼玉県庁)がゴールラインを越えた。タイムは2時間12分19秒。何度も2時間10分切りの「サブテン」をしている川内にとっては平凡なタイムだが、それ以上に意味のある結果となった。

 陸上の世界選手権第3日が現地時間6日、イギリス・ロンドンで行われ、男子マラソン決勝では、川内が日本勢としては最高位となる9位に入った。また中本健太郎(安川電機)は2時間12分41秒で10位、井上大仁(MHPS)は2時間16分54秒で26位に終わった。


■「この6年間、無駄ではなかった」

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苦しい表情でラストスパートをかける川内

 「もちろん、8位と7位が見えていたので、悔しいというのはあります。ただ、その悔しさとともに、ようやく自分の中ではやりきったなと。メダルが目標、入賞が最低限と言っていたのに9位で、最低にもいけなかったのですが、自分の中では出し切れた部分はありました。そういった意味で、この6年間、無駄ではなかったかなと」

 そう語る川内の表情はすがすがしく見えた。

 レース中には看板に激突し左脚に切り傷を負い、転倒もし、給水ミスも犯し、先頭集団から大きく離されるなど、「上手いレース」ではなかった。そして、ゴール後には倒れ込んで車いすで搬送。それほど最後の「猛追撃」で力を使い切っていた。それでも、今回の日本選手団の主将を務める責任感からか、すぐに回復して自力で記者が待つミックスゾーンへ訪れ、自身のレースを前述のように振り返った。

 中間点を過ぎたところで、優勝したキルイら3人が飛び出し、それを皮切りに、レースは5キロ14分台で進む“高速マラソン”さながらの展開となる。ここで先頭集団についていった井上が落ちていったのと同じタイミングで川内も下がってしまい、メダル争いはおろか、入賞もほぼ厳しい状態になった。

 この状況を身をもって体験した井上は「ペースアップというのは意識していましたが、前半の比じゃなかったです。足にも内臓にもきました。体が対応できなかったです」と、世界との力の差を痛感したと話す。

 しかし同じく遅れた川内はまったく違う印象を持っていた。

 「ペース変換がすごくあるのは分かっていて、私も過去2回の経験で、井上くんの位置だと揺さぶられて終盤に足がおかしくなると分かっていました。とにかく中本さんと一緒に走っていけば大丈夫と考えていました」

 「中本さんと一緒に走る」というのは、先頭集団を走るアフリカ勢のペースに惑わされず、離されても前が見える位置で冷静に判断するという走り方。代表のチームメートであり、ライバルでもある中本のような戦い方をすることが、今回のテーマでもあった。この走り方で中本自身は2012年ロンドン五輪、13年モスクワ世界陸上で入賞を果たしている。

 「それができれば、金メダルは無理でも銅メダルはいけるというのは、6年前から分かっていました」(川内)

 これが世界で戦ってきた経験則から導き出した1つの答えだった。


■暑さ対策は物理的な対応で万全に

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チームメートかつライバルの中本の走りに川内はひとつの光を見いだした

 ただ「私の実力不足で、中本さんに付き切れなかった」と、中間点以降の遅れを潔く認める。しかしここからの巻き返しが、川内の“真骨頂”だった。

 「沿道の家族に、『とにかく順位を教えてほしい』と頼んでいて、順位をずっと伝えてもらいました。それで『17位』と言われて、『また17位かよ!』と。そんな順位は嫌だというのがあって、1つでも上の順位に上げたいと、それだけでした」

 11年のテグ大会、13年のモスクワ大会ではともに18位。この結果もあり「夏マラソンからの卒業」を決めたのだが、このロンドンを最後の戦いに決めたのは、比較的涼しい気候だからこそ戦えるという計算もあった。

 昨年12月の福岡国際マラソンで日本人トップの3位に入り、世界選手権の切符に近づいた際、川内自身に手記を書いてもらった。その中で川内は、「(自己ベストが)世界記録と5分以上の差がある状況では、暑さを克服するための努力をしている余裕はない」と2つの“課題克服”を同時にこなすことは無理であると考えていた。ただ物理的な準備によって暑さ対策が立てやすいロンドンだからこそ、その準備を万全なものにすることで、暑さに対する不安を取り除いた。

 「(給水では)ボトルをしっかり2本用意して、中身も重いものにしませんでした。直射日光で暑くなるということだったので、日本陸連(陸上競技連盟)の方にしっかりボトルを冷やしてもらい、その冷やした水で首の部分、腕の部分、股関節の部分と冷やし、体温上昇を防ぎました。スペシャルドリンクも意識的に1口、2口、プラスアルファで飲んで、冷静に対応しました」


■脅威の粘りは積み重ねてきた距離の賜物

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いつものように力を出し切った川内はレース後、車イスで搬送される

 暑さ対策に心配がなくなることで、本来の粘り強い走りも生きてくる。

 その粘りの部分は、レース前々日に行われた記者会見でも述べていたように「トレーニングの質、量ともに今までを上回っている」と、絶対的な自信を持っていた。それはウルトラマラソン(100キロ)の挑戦だったり、50キロの距離走を取り入れたりと、フルマラソン以上の距離を積み重ねることで、自分の武器に磨きをかけていた。

 「過去の海外のレースの経験で、『絶対に前が落ちてくる』と思っていました。いったん10番以下に落ちてから、7番まで上がったこともあったので、必ず粘っていれば落ちてくると分かっていました。しかも気温が上がっていたので、自分は冷静にかけ水とかをやっていて、ほかにはそんな選手はいないだろうと思っていました」

 自分ができることを追求し、最善の策を練る。数多くのマラソンを走ってきたからこそ、それに合った戦い方ができるのが川内の強みだ。

 そして“予想通り”ほかの選手がペースを落とす中、30キロ以降、5キロ15分台のペースを刻んだ川内は、最後の最後で、足にきていた中本に先着し9位にまで順位を上げることに成功した。


■川内が望む、これからのマラソン人生

 結果としては入賞に届かなかった。しかし川内が見せた走りというのは、日本人が世界と戦うための、1つの可能性を示したことに間違いないだろう。

 「年末年始に自費で下見したことで、コースを把握している部分もあり、安心感がありました。そういった時に、実業団の批判はしたくないのですが、やっぱり実業団の選手では会社のお金や陸連の補助を期待してしまって、自分のお金でコース下見をしようとはならないと思います。それは、自分のためなのですから、やっぱり自分のお金を使ってでもコース下見をして、いいイメージを植えつけていくのが大事だと思います」

 言葉どおりに捉えると「実業団批判」と受け取られてしまいそうなコメント。しかしその真意を探るなら、「自分のために、自分の準備をした方が良い」という、これからの日本代表選手へのアドバイスでもあったのだろう。

 川内は決して長距離や、駅伝のエリート街道を歩いてきたわけでない。歩かなかったからこそ、「自分のやり方」を追求し、人任せなアスリート人生は送ってこなかった。

 今回でマラソン日本代表としての活動から退く川内だが、それはマラソンを止めるという意味ではない。「今後もマラソンはバンバン走っていきます。本当に夏の大会は苦しいし、日本代表はすごい責任が重いものなので。ただ、今回も(出場選手が)知り合いばっかりでした。そういう感じで、世界中で仲間やライバルがいますので、そういったライバルと戦っていければいいかなと思っています」

 「世界で戦う」という意味は、世界陸上や五輪で世界の強豪とメダルを争うという意味だけでなく、もしくは世界記録を競い合うというだけでもない。川内が話す「世界と戦う」は、世界中のマラソン大会で、世界の強豪と楽しみながら競り合うレースをするという意味も含まれている。

 日本代表としての戦いを終えた川内だが、これからもまた、川内らしい「マラソンの戦い方」を示してくれるだろう。

 (取材・文:尾柴広紀/スポーツナビ)
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 昨日、京都走ろう会例会での話。

 「夜中3時に起きて100m準決勝見てたから、寝不足であきませんわー。」
 「結果はどうやったんですか。」

 あれっ?
 夜中に起きてまで見る人は少ないとは思ったが、朝のニュースでもゆってたのに・・・。それさえ見んと来てはるんかー。

 「今日は男子マラソンと女子マラソン見んなんしね。」
 「えっ、何時からですか。」

 あれっ?
 めっちゃ日本向きのええ時間に中継があるのに、関心ないんかなあ・・・。

 普段よくしゃべらせてもらっている何人かの方に同じような話をし、同じような反応。
 「次は病気で見られへんかもしれんし、無理してでも見とこう」という私みたいな人はおられないようでした。話が合わなくて、残念。

 私の予想、だいたい当たりましたね。
 中本・入賞圏内→10位、惜しい。
 川内・入賞圏内、メダル無理→9位、入賞惜しい。
 井上・最初からバンバン行け→最初からバンバン行った、ようやった。
 女子・全滅→全滅。

 上に長々と引用させてもらいましたが、私が注目するところは一ヶ所。
 「揺さぶられない中本選手の走りをすれば、銅メダルはいける」という川内選手の言葉。私もずっと前からそう言い続けてきました(ただし、銅メダルはむずかしいと思う。うまく行って4〜6位か。)

 世界には2時間3〜4分台の選手がゴロゴロいるのに、2時間8分台の日本選手がメダルを取るのは無理。できるとすれば、速い選手を無視してマイペースで自己ベストを狙うような走りしかない。今回も優勝タイムが2時間8分台だったので、作戦さえうまくはまれば入賞は手の届くところにあったと思う。

 私は中本選手の地味な顔が大好き。
 引退後は、ぜひ「中本塾」を開いてもらいたい。

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 世界陸上・女子マラソンは、久しぶりにビール(第3のビール)を飲みながらテレビ観戦。
 「頂」は安くて(500cc、165円)、よう酔う(アルコール7%)。こういうのを、コストパフォーマンスに優れた商品というんでしょうね。
 久しぶりに飲んだのでようまわって、女子マラソンの35〜40kmあたりは寝たり起きたり。なんか、めっちゃアルコールに弱くなっている。ああ安上がり。

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【今日のきく】

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 今日は台風が近畿直撃。
 一日雨で、きくはトイレに閉じこもり。

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 それでも、お昼12時すぎと夜8時半ごろ、小やみになった時にお散歩に行けた。
 きくもあきらめかけていたみたいだが、行けてよかった。

 私は無理せず、今日のランはお休み。
 その代わり三線の練習を1時間。全然うまく弾けへんかったけど、明日も練習しようっと。

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2017年08月06日(日)

京都走ろう会例会〜走るよりおしゃべりが長い〜 [ランニング]

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 今日もヨメさんは「京都キャロット」に出勤のため、一人で例会へ。

 また下鴨側のコインパーキングに車を入れ、出雲路橋を渡って会場へ。
 橋の下のネコちゃん、やせていたけど元気でした。

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 今日は38℃まで上がる予報だったが、参加者は多い。

 とりあえず、1.4kmコースを使ってウォーミングアップ。
 賀茂川パートナーズさんの練習会参加者とたくさん対面。

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 一応みなさんには「おはようございます」とあいさつしておいた。

 1.4km、6分51秒。
 暑いのは暑いが、走れないほどの暑さではない。

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 いつも通り10時から、ごあいさつや連絡事項や諸注意、そして準備運動。

 ここでデジカメが固まって動かなくなってしまった。
 ここから先は、SDカードを取り出して内蔵メモリーを使って撮ったもの。

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 鴨川にいるのは、カワウでしょうか。

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 5kmは、私を含めて9名。
 私の今日の目標は、キロ4分半で行って22分30秒。

 スタート直後、山越さんと北出さんが飛び出し、私は3番手。
 暑さで息苦しくなるかと心配だったが、それはなかった。

 ただし、すごく喉が渇く。北大路橋手前の水道で給水している間に後ろのランナーに抜かれた。そのちょっと先の水道でも給水したので、3番目のランナーとはどんどん離れて行った。

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 4分17、4分31、4分51、4分46、4分31で22分57秒。
 (ただし、会の計測では23分00秒。)

 さて、ゴール後はいつも通り仲間の応援に。

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 みなさん、暑さに負けずしっかり走っておられた。

 本部に戻って日かげで涼んでいると、「藤井さん、声、ちゃんと出てますやん」と堂本さん(NO.871)が話しかけてこられた。
 「朝は割と調子いいんですけど、一日しゃべったら夜はかすれ声になったりします。『お前は黙っとれ!』ちゅうことですかね。」

 そのあと、堂本さんと長話になった。
 「萩往還ファイナル申し込みのクリック合戦に負けてしまった話」
 「富士登山競争が大渋滞で、5合目足切りに間に合わなかった話」
 「いつも抽選に外れるのに、金沢(10/29)・岡山(11/12)・大阪(11/25)と3大会とも出場権をゲットされた話」
 「萩往還の代わりにどのウルトラ大会を狙うかという話」

 などなど。
 一番興味深かったのは、「金沢か岡山で自己ベストを狙う発言」。
 堂本さんは、たしか私の3歳上。それなのに、去年3時間27分の自己ベストを出された。今年は、その記録更新を狙っておられる。

 これは、私にとってもすごい励みになる。
 私の後期自己ベストは、2012年2月の東京マラソンの3時間28分44秒。
 直近は、今年2月のおきなわマラソンの3時間42分50秒。
 今のところ3歳上の堂本さんに完璧に負けているが、追い付きたいという気持ちはある。今後も堂本さんの動向に注目です。

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 また、「いつもブログ見させてもらってます」と話しかけて来られた方もあった。
 今まであまりしゃべったことのない方だったが、主に私の病気のことについてお話しさせてもらった。私のブログを見て声をかけてくださる方は、その内容を好意的、肯定的に見てくださっている方なので話がしやすい。特に病気のことについてはなかなか話せる相手がないので、この話題を取り上げてくださる方は本当にありがたい。こんなことができるのも、このブログのおかげです。

 今日はデジカメのトラブルがあり、シューズを履き替える時間がなかった。そのせいで23分もかかったってことにしとこう。

 5km23分、応援12分、おしゃべり25分。
 「おしゃべりが一番長いやないかーい!」

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 今日は全身真っ黒のウェアで。
 強そうやねえ―、見かけだけは・・・。

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2017年08月05日(土)

タダ、見る! [陸上競技]

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◎産経ニュース8月5日より

   多田修平がボルトに一時先行 「うれしさ大きかった」 
           特殊な走り武器に3年後照準

 【ロンドン=坂井朝彦】隣を走る「伝説の男」を一時、置き去りにした。注目の男子100メートル。予選6組で世界記録保持者のボルトと同組となった多田修平(関学大)は10秒19の4着、全体17位で準決勝に進んだ。40メートル付近まで先頭を駆け、最後はかわされたが、「前半は1位で行けて良かった」と振り返った。

 第6レーンの多田の右隣は、今大会で現役を退くスーパースターのボルトで、「うれしさが一番大きかった」。スタート直後の加速が決まり、ただ一人抜け出した。大きな歩幅のボルトが追いかけ、ひとにらみする場面もあった。

 身長196センチ、体重94キロのボルトに対し、多田は176センチ、66キロ。長距離選手のような細身で華奢な体形は「欠点」と自覚する部分でもある。将来的に肉体改造していく計画だが、今回は「まだ、できていない体」で世界と渡り合った。

 自分にしかできない走り−その秘訣を「僕の走り方は特殊。あまり力を使わず、バネを使う」と説明する。地面からの反発力を最大限に利用する走法で、比較的狭い歩幅で脚の回転を速くする「ピッチ」に絶対の自信を持つ。

 号砲が鳴り、細身の体がグイッと前に出ると、低い前傾姿勢を保つ。中盤に向けて体を起こし、トップスピードへ。所属する関学大の林直也コーチは「(地面から得る)反発がかなり強い。あっという間に膝が高いところまでくる」と解説。このため、急速にピッチが上がり、素早く前へと進むことができる。

 大阪桐蔭高時代から高さの低い「ミニハードル」を使った練習で、脚をきれいに降ろす意識を磨いてきた。林コーチによると、「最初は(ハードルを)またいでいるだけだったが、脚を振り下ろすと、(地面からの反発力で)ぽーんと跳ね返ってくるような感じになった」という。

 約2カ月前までは「関西の有望株」の位置付けだったが、今や「日本が誇る1人」。3年後の東京五輪での決勝進出を目指し、「上半身(の筋力)がまだまだ足りていない。(体を)前傾にして、後半でも蹴る力をつけたい」と修正点を挙げる。

 その道半ばに位置する今回の世界選手権。目標は予選突破だったが、あっさりとクリアした。「かなり力んだが、そこを直せばベストの走りができると思う」。歩みを止めない21歳のスプリンターは、次なる高みを見据えた。

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 多田修平。
 東大阪市出身の関学生。
 小顔のおっとこまえ。
 こりゃ応援せな。

 夜中3時に目覚まし時計で起きようっと。

 となると、4時10分からの女子10000mも見なあかん。鈴木亜由子よ、スタートからバンバン行ってくれー。

 となると、5時45分からの男子100m決勝も見たい。

 そこまで起きて、また寝られるかな。
 明日は京都走ろう会の例会があるし。8時半には起きなあかん。
 とりあえず、12時から3時まで寝よう。

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【今日のきく】

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 今日、私は寮2(出町)から朝帰り。
 玄関を開けると、きくがしっぽブンブンで飛び出してきた。
 大歓迎してもらったので、お礼の朝散歩へ。
 涼しいうちにたくさん散歩ができてよかった。

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 夜は、私ら二人引きでお散歩へ。
 うれしいのか、スタスタスタスタ歩く。

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 公園でガウガウごっこ。
 12歳なのに、いつまでも子どもっぽいところのあるきくです。

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【RUN】

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 朝帰りからダラダラしていて走れなかった。
 そういう時は、夕食後に3km。

 9時すぎに家を出ると、お隣の家にネコちゃんがいた。

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 3km、17分04秒。

 夜は白っぽい服装のほうが安全なのだが、着替えるのがめんどくさくて着たままで走った。今日はお腹ゴロゴロはなし

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2017年08月04日(金)

5万年に1回 [雑感]

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狂犬病の予防注射を受ける犬

◎朝日新聞7月31日朝刊・ペットとともに

   狂犬病予防注射 どうあるべきか

■国内感染 60年間報告なし

 国内で最後の感染が報告されてから今年で60年が経つ狂犬病。狂犬病予防法では飼い犬の登録や年1回の予防注射が義務づけられているが、実は日本以外の狂犬病清浄国・地域(狂犬病の封じ込めに成功した国・地域)の大半は予防注射を義務づけていない。狂犬病予防はどうあるべきなのか。

■「3年ごと」や「接種義務なし」の国も

  輸出入検疫を管轄する農林水産相が指定する日本以外の清浄国・地域は現在、アイスランド、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー諸島、ハワイ、グアムの六つ。いずれも予防注射を一律に義務づけているところはない。

 1988年から発生報告がない香港では義務づけられているが、予防注射の頻度は3年に1度でいい。日本では有効期間1年のワクチンしか認可されていないが、世界的には3年有効のワクチンが主流だからだ。

 日本では50年に狂犬病予防法が施行された当初、年2回の予防注射が義務づけられていた。その後、犬や人への感染は急激に減少し、57年に猫で感染が見られたのを最後に国内での感染は報告されていない。このため85年に法改正が行われ、予防注射は年1回に「規制緩和」され、現在に至る。

 海外からの侵入リスクに対しては、高いレベルの検疫制度で対応している。清浄国・地域以外から日本に犬猫を入国させるには、180日前までに2回の狂犬病予防注射をしたうえで、抗体価が十分に得られているかどうかの検査などをする必要がある。

■現行制度なら リスク「5万年に1回」

 そんな中、今年1月、衝撃的な論文が発表された。

 現行の日本の検疫制度が守られている限り、狂犬病の国内への侵入は「4万9444年に1回」。仮に検疫制度に違反して入国させた犬猫が20%いたとしても、侵入リスクは「249年に1回」。従って、日本では狂犬病予防注射の義務づけは必要ない、という内容だった。

 東大大学院の杉浦勝明教授(獣医疫学)らの研究班が発表した。これまでの研究によると、万が一侵入を許したとして、予防注射が義務づけられていない状況だったとしても、最大で9・3匹の犬に感染するところまでしか広がらず、人間に感染する前に封じ込めることが可能だという。

 一方、狂犬病予防注射について自治体や飼い主などが負担する年間総コストは約180億円にのぼる。杉浦教授は、「日本で狂犬病の予防注射を義務づける必要はない。清浄国では、輸入の際の検疫の徹底と、仮に侵入を許した場合の早期発見、防疫対応こそが有効だ」と指摘する。

 予防注射義務づけの撤廃や、義務づけは維持しつつ3年に1度へのさらなる「規制緩和」などが、獣医師らの間で話題に上るようになっている。こうした状況のなか、杉浦教授らの研究は厚生労働省の補助金で実施された。

 厚労省結核感染症課は「大きなインパクトのある研究結果だ。一つの研究をもってすぐに判断はできないが、今後の狂犬病予防対策の参考にしていきたいと考えている」としている。(太田匡彦)


 《狂犬病予防法》 1950年に施行され、飼い犬の登録や予防注射を義務づけている。登録しなかったり予防注射を受けなかったりすると、20万円以下の罰金が科される。警察庁によると2016年、同法違反事件の検挙数は223件だった。ただし、犬の国内飼育数(ペットフード協会推計)と比べると登録率は6割程度にとどまり、登録犬のうち予防注射をしている割合も7割程度(厚労省調べ)に低迷している。

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嶋袋順栄さん (2014年4月22日)

 そうかー。
 名護の犬おじさんこと嶋袋順栄さんが言っておられた。
 「狂犬病の注射は大いなるムダ。」
 そんなことないやろうと思っていたが、その通りだったんですね。

 捨て犬の世話をしておられる嶋袋さんは、何十ぴきもいる犬に狂犬病の注射をしておられなかった。嶋袋さんが言っておられた通り、それはまったく意味のないことだったんですね。

 それほど意味のない計算をすると、年間180億×5万年で900兆ですか。
 そのムダなお金を、猫の保護活動をされているfukikoさんにまわしてくれー。

 今日は寮2(出町)で新聞チェック。なかなかいい記事を見つけることができた。
 嶋袋順栄さんに関しては、「名護からの電話」(2014年6月19日)を見てください。

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