2015年10月17日(土)
「なんでヤクルトファン?」 [ガードマン]
今まで土曜日は必ずと言っていいほど○ナートだったのに、なぜか東本願寺。
週間天気予報では雨だったが、朝は晴天。前日深夜帰りの早朝出発はしんどいが、この晴天で心も晴れる。
今日も増員で6名。
東本願寺の改修はゆっくりゆっくりで、今年で11年目だそうだ。しかしゴールが見えてきて、やっとスパートをかけてきたという感じでしょうか。
土曜日は360円弁当がない。仕方ないので近くのコンビニへ。弁当399円+お茶129円で528円。ちょっとのことやけど痛い。
休み時間に新聞を読んでいると、ガードマン仲間とクライマックスシリーズの話になった。
「実はボク、ヤクルトファンですねん。」
「ヤクルトファン? また、なんで。」
「めずらしいでしょ、京都でヤクルトファンって。」
「聞いたことないなあ。」
「とにかく昔弱すぎて、それから好きになりました。ボクが小学生のとき(1967年)、巨人に3勝23敗という年があって、それからはまってしまいましたねえ。」
「・・・。」
みなさんの私を見る目が・・・。よろしい、よろしい。気にすな、気にすな。
帰りはまたまたネコちゃんウォッチ。
どうなってますのん。
家に帰って、ヤクルト対巨人をテレビで。投手リレー、見事に決まりましたね。
13年も辛抱していたので、喜びもひとしお。冥土の土産に、日本シリーズを福岡まで見に行きますかね。
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【RUN】
夕方バイトから帰ってから5kmコースへ。
今日はちょっと速く走りたかったので、まずは1kmアップジョグ。
「さあ、行けー!」
4分50、4分49、4分49、4分49、5分03で24分22秒。
最後の上り以外は見事な平均ペース。こういうふうに走ると楽。
明日の京都走ろう会例会は、21分くらいで走れそう。
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【今日のきく】
すべり台しゅるしゅるしゅる・・・。
いい写真が撮れた。
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2015年10月16日(金)
「藤井さん、さがしてたのにー・・・」 [雑感]
今日は寮の管理代行のバイト。
寮長寮母さんは2年半で3代目。ところが、掃除のおばちゃんはずっといっしょ。その分仲良くなっています。
「藤井さん、○ナートのガードマンにいってんにゃてー。こないだの日曜○ナート行ったし、藤井さんさがしてたのに見つからへんかったわ。」
「いやすいません。○ナートには行ってたんですけど、場所交代があって一ヶ所にいるんとちゃうんですわー。次きやはる時は電話してください。」
そこまでするもんでもないけど、「さがしてたのにー」なんて言ってもらったらうれしいです。
話は変わって・・・。
寮の北隣りに建設中だったホテルがほぼ完成。しかし敷地いっぱいっぱいに建てられたので、寮の廊下からホテルの中が丸見え。「近すぎるやろー」と思いますが、儲けを出すためにはこれも仕方ないのでしょうか。寮生も、廊下を通るたびにホテルのほうを気にするでしょうね。困ったもんです。
ガードマンは、夕方5時に翌日の派遣先を電話で聞く。明日は○ナートにちがいないと思って、掃除のおばちゃんに「絶対来てくださいね」と言っていた。ところが、まさかの東本願寺。
掃除のおばちゃん、「絶対行くわー」と言ってはったのに・・・。探さはるやろなー。すいません。
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2015年10月15日(木)
「笑ってたん?」 [ガードマン]
今日は○ナート。
朝からまたうれしいことがあった。
私は最初は南出口。車の出口の東隣りに人の出入口がある。お昼前、そこから小さな赤ちゃん(男の子)を抱っこしたお母さんが出てこられた。抱っこは普通対面型だと思うが、そのお母さんは並列型(赤ちゃんの顔がこっち向き)で抱っこされていた。
またその赤ちゃんがモデルもできそうなくらいかわいい顔で、思わず見とれてしまいました。するとその子がこっちを向いて「にこっ!」
「いやー、かわいらしい。わらってくれんのん」と思わず話しかけた。
するとお母さんがその子に向かって「笑ってたん?」
そしたらその子が、もっともっと笑って・・・。
また私のほうも向いてくれて、笑って笑って・・・。
これでもう一日いい気分。単純だけれど、こんなちょっとしたことで幸せ気分が味わえる私はお得。
夜19時から20時まで、川端搬入口の暗い中で車の誘導。
気がつくと20mほど前の車道の真ん中に、黒い人影。こぶしを上げた大男が立ちすくんでいる。
「車にひかれるがな。不審者かー。警察に通報せんなんがなー。」
そう思っていると、「ふじいさ〜ん」と。「さっきからずっと手ー振ってたのに・・・。」
目を凝らすと、19時仕事上がりのS水さんが私に手を振ってくれていたのだ。不審者やと思ってすいません。私より17も歳下のS水さんに、友だちのように思ってもらっていたんですね。ああ、ありがたい。
夜ヨメさんにお灸してもらうとき、「立ちっぱなしの仕事ばっかりしてるし、お尻が冷たくなってるわ」と言われた。そんなもんなんですかね。
今日も足がパンパンになったけど、初めと終わりにいいことがあったので、心は全然疲れてません。
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【RUN】
今日は家を10時に出ればよかったので、9時からひとっ走り。
2.2kmアップのあと、久しぶりの2000m全力。叡電・木野1号踏切から岩倉駅前往復。せめて8分半は切りたいと思ってスタートしたが、体が重い。まあタイムよりフォーム重視で。
案の定8分36秒。でも、これが今の私の実力です。
1.2kmダウンジョグして、今日は5.4km。
こんなゆるい練習ではあかん。次はもっと自分に厳しく!
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【今日のきく】
昨日のこと。
きくの夜の散歩に出かけると、そこにちょうど廉が帰ってきた。
「きく、廉ちゃん、廉ちゃん」と教えたのに無視。
きくは目も鼻も悪いんかなあ。それともわざと知らんぷり?
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2015年10月14日(水)
バラバラでいっしょ [ガードマン]
◎「百寺巡礼」より
浄土真宗・・法然の弟子の親鸞が創始した浄土教の一派。阿弥陀仏の力で救われる絶対他力を主張し、信心だけで往生できるとする。親鸞は初め比叡山で天台宗を学び、のち法然の専修念仏の門に入る。法然の思想をさらに徹底させ、絶対他力による極楽往生を説き、悪人正機を唱えた。
◇ ◇ ◇
本願寺派の分裂・・親鸞の没後、娘覚信尼は、廟を京都大谷の地に造り、その留守職として、門弟たちから援助をうけつつ、親鸞の墓所を守った。留守職は、親鸞の子孫へと受け継がれていったが、しだいに力を持ち、門弟たちの保護管理から独立の気運を見せ、本願寺と称した。とくに第八代蓮如の時代には、北陸方面を主として各地に布教を行ない、強大な教団を築き、大名にも匹敵するほどの勢力をもち、各地に一向一揆が勃発して、城主達を悩ませた。
最後の戦いは、石山本願寺(大阪城の近く)が紀州雑賀の門徒を中心とし、織田信長と戦った石山合戦であった。長年続いた戦も、朝廷の斡旋によって信長と和解したが、第十一代門主顕如と長子教如とは、和睦をめぐって対立し、顕如が天正八年(1580)四月退城したのちも、教如は石山に籠っていたが同年七月ついに退城した。これにより、父顕如は長子教如を義絶する。
顕如が文禄元年(1592)に没すると、その室如春尼は、顕如の遺書により門主の地位を第三子准如に継がせることを主張した。この譲状の真偽が紛争の元になった。豊臣秀吉は、第十二代の門主の地位を准如に継がせた。
のちに徳川家康が、教如に対し、京都鳥丸六条の地に寺地を与え独立させる。
ここに、本願寺教団は准如の本願寺派に対し、教如の大谷派と二分された。
◇ ◇ ◇
西本願寺 正式名称「龍谷山 本願寺」(浄土真宗本願寺派) 龍谷大学
東本願寺 正式名称「真宗本廟」(真宗大谷派) 大谷大学
今日は東本願寺。
今まで気付かなかったのだが、烏丸通りの東側に東本願寺の看板が。
「バラバラでいっしょ」
何のことかよく理解できなかったが、帰ってから調べると「バラバラでいっしょ 差異をみとめる世界の発見」というのが東本願寺のテーマだそうだ。いいね! (やなせたかしさんのテーマ「バイキン的なものとの共生」とも似ている。)
さしずめこの私に当てはめると、「ネトウヨと呼ばれる人たちも排除せず、すべての人が幸せに暮らせる平和な世界の構築を目指す」ってとこでしょうか。
ついでに言っとくと、「そんなに戦争したいならお前が行け」も絶対言ってはならない言葉。どんな人であっても、戦争で殺し殺されてはならない。腹が立つからと言って、簡単に「戦争に行け」なんて言うのはやめましょう。
今日も足場解体の警備。
ここの改修は10年以上かかっているそうだが、もうすぐ完成のようですね。
「あっ、こんなところに『きく』のガウガウ!」
「ちゃうって。」
今日は、ここの系列の石川県の高校生が団体で訪れていた。
いつもと雰囲気がちがい、その子らの様子を見ていておもしろかった。
足場解体はこんな感じ。
ふるえあがりますなあ。
クレーンで吊り上げ、さらに細かく解体して外へ搬出。
大規模な足場なので、一日かかっても少ししか解体できない。まあその分、ガードマンの仕事が確保できていいんですけど・・・。
帰りのお楽しみは、ネコちゃんウォッチング。
いつも近づいてきてくれるネコちゃんは、避妊手術済みの耳カットがしてあった。ちょっと安心。
お寺にネコちゃんはよく似合う。
いつまでも長生きしてねー。
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2015年10月13日(火)
行ってみたいな西の果て [ランニング]
今日は一日お休み。
今後のレースの予定を考えてみた。
現在申し込み済みの大会は、以下の通り。
10月30日 全日本マスターズ3000mSC
11月 3日 京都丹波ロードレース3km
8日 南紀日置川ロードレース5km
12月 6日 京都亀岡ハーフマラソン・ハーフ
ここまでで50代は終わり。
12月14日に60歳の誕生日を向かえ、そのあとはいよいよ松本一之さんへの挑戦がはじまる。初対決は、1月31日の「くみやまマラソン10km」でしょうか。
さて、毎年楽しみにしている沖縄シリーズ。
去年の秋から今年の春にかけては、10月宮古島、12月国頭トレイル、2月名護、3月NAGOURA100km、4月伊江島と5レースに参加。過去には、9月久志、11月中部トリム、12月NAHA、2月とかしき島、2月竹富町、2月おきなわ、3月南部トリム、4月あやはしの各大会に参加経験がある。
今シーズンは、9月の「久志」が「聖湖」と重なって出場できず。12月の「国頭」は翌日が「びわ湖クロカン」なので今年は参加断念。3月の「NAGOURA」は絶対に出たかったのだが、今年は「篠山」と重なり断念。
2月の「名護」もなぜか今年は1月開催で出場が危うかったが、「くみやま」が第5日曜になったため何とか出られる。(「名護」は1月24日。)あとは4月の「伊江島」だけかーとさびしくなる。
ずっと前から行ってみたいと思っていた、日本最西端の「与那国島一周マラソン」。毎年11月の第2土曜開催のため「南紀日置川」と重なっていた。ところが今年は第2土曜が14日ということで「日置川」と重ならない。
申し込み締め切りが1ヶ月延長で9月末になった。真樹といっしょに行けたらいいなと思い誘ってみたが、今回はふられてしまった。でも、とりあえず私の申し込みだけしておいた。飛行機と宿泊が安く取れたら行ってみたいなあ、と。
しかし、9月末時点で宿泊施設は満杯。飛行機もレース直前直後はキャンセル待ち状態だった。これはあきらめるべきか。ただし、また11月14日開催になるのは5年後くらいだろう。5年後って、私もう死んでるかも・・・。
今日、与那国観光協会に電話してみた。
「宿泊施設はもういっぱいですが、マラソン参加者は体育館などで泊まってもらえるようにする予定です。」
だだっ広いところで男女別に雑魚寝になるようだが、それはそれで楽しいかも。たぶん、体育館なら超格安で泊まれるんでしょうね。あと、飛行機が安く取れたら行こうかなあ・・・。
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【今日のきく】
今日の午前中、廉が洗濯物を干してくれているとき、またきくを庭に出していた。
すると、「ぎゃわぐぉんきゃん!」という声が。あわてて廉が見に行くと、きくと黒子猫がバトル。さすがに相手は子猫なのできくが勝ったらしい。
「きくちゃん、生涯初勝利ですか?」
自分のおざぶを取られてむかついていたとはいえ、子猫相手に本気ガウガウは大人気ない。あのかわいい黒猫ちゃん、ケガしてへんかったらいいんやけど・・・。
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2015年10月12日(月)
第33回京都鴨川ゆっくりラン [ランニング]
◎私のアピール
みなさん、おはようございます。ランニング用品専門店・京都キャロットの藤井です。この大会に何度も参加させていただいて、ブログに大会の様子をレポートしていますので、ご存知の方も多いかと思います。今日は店の宣伝ではなくて、みなさんに聞いていただきいことがありまして、太田実行委員長にお願いして3分だけお時間をいただきました。
みなさんは、フルマラソン完走能力があるのに東京マラソンや京都マラソンの抽選にも参加させてもらえないランナーが存在することをご存知でしょうか。それは、東京の下山利博さんという車イスのランナーです。
下山さんは現在47歳なのですが、29歳のときに追突事故に会われ、それ以来車イス生活を送っておられます。私と知り合ったのは7年前、金沢中央走ろう会主催の「マラソンに挑戦する会」のレース中です。そのとき下山さんは、競技用ではなく日常生活用の車イスでフルマラソンに挑戦されていました。この年は車イスのタイヤがパンクしてしまい、残念ながらリタイヤでした。しかし、翌年から3年連続で4時間40分前後で完走されています。
そのときに下山さんに「競技用の車イスを使おうとは思われないんですか」と聞いたことがあります。すると下山さんは「私は競技者ではなく市民ランナーですから、日常生活に使っているふつうの車イスでフルマラソンに出たいんです」ということでした。下山さんは「ふつう」にこだわっておられるようで、決してぜいたくせず、その大会にも東京から金沢まで夜行バスで来られ夜行バスで帰るという徹底振りでした。
その実績を作った後、東京マラソンなどのシティフルマラソンへの出場を交渉されたのですが、ふつうの車イスではマラソン大会に応募すらできないんです。。『他のランナーとの接触があると危険だから』というのが主な理由です。
私はこの大会で下山さんと知り合って、全国のシティフルマラソン大会にふつうの車イスで出場できないか問い合わせてみました。すると、すべての大会で不可でした。私の地元の「京都マラソン」も第1回大会から交渉し続けていますが、門前払いという状態が続いています。それでもあきらめずに、今後も大会への働きかけをしていくつもりです。
下山さんはその後胃がんになられ、マラソンもされていなかったのですが、今年の3月の「かつしかふれあいランフェスタ」のハーフで復活されました。この大会も車イスは1kmの部のみ参加が認められていたのですが、ガードランナーを2名つけ、スタートを10分遅らせるという条件で特別にハーフへの参加が実現しました。何でもかんでも頭ごなしにダメと決め付けるのではなく、どうすれば参加が可能かを検討していただけた大会があり、少しだけこの先の希望がわいてきました。
私も、下山さんの夢であるシティフルマラソン完走実現を目指してがんばって行こうと思っています。今日は、「かつしかハーフ」のときの写真をのぼりにしたものを持ってきました。今日は10kmを走ったあと、こののぼりを持って少しだけアピールランをさせてもらおうと思っています。みなさんのじゃまにならないように走らさせてもらいます。どうか応援よろしくお願いします。
去年の体育の日以来の「京都鴨川ゆっくりラン」。
4月10月12月の3回のうち、毎年この10月が一番参加者が多いらしい。今年も大盛況。
ヨメさんと大きなブルーシートに荷物を置きに行くと、「藤井さん!」と呼びかける人あり。
「ああ・・・。」
私の大好きなちひろさんじゃないですか。と言っても、今は新婚さんです。
「今日ね、開会式のときにスピーチさしてもらうんです」と言って、スピーチ原稿を見てもらった。
「視覚障害者のマラソン参加も、最初は全然相手にしてもらえなかったようですよ」とちひろさん。
そのあと、ダンナさんから今までのいきさつなどをくわしくお聞きした。
「粘り強く働きかけて、何年もかけてやっと出場を認められたということです。」
大勢のみなさんの前でうまく話せるか心配だったのだが、朝一番にちひろさんご夫妻とお話ができてよかった。
指名していただいた後、壇上へ。
協力委員の水戸さんのお孫さんのかほちゃんを秘書に指名。のぼり持ちをしてもらった。
まあまあ落ち着いてお話できたんじゃないでしょうか。
昨日の夜、太田実行委員長に電話。急な提案をさせてもらったのに快諾。太田さん、ありがとうございました。手伝ってくれたかほちゃんもありがとう。
さて、参加者のみなさんにどこまで私の思いが届いたでしょうか。
今日は、あーちゃん(真樹の中学時代の同級生)とあーちゃんのお母さんも来てくださった。あーちゃんのお母さんは、今日がマラソンデビュー戦。3km(実測約3.2km)をうちのヨメさんとゆっくり走るらしい。
10時、3km以外のランナーが一斉スタート。
私とあーちゃんもここ。
水戸さんの「10、9、8、・・・」という口でスタート。
私はいつも通りスタートダッシュ。腰痛も関係なし。
気がつけば3番目くらいを走っていた。
南折り返しには、いつも通り塚本さん。
いつもいつもご苦労さんです。
ちひろさんご夫妻。
楽しそうに走ってられて、いい感じ。
常連・梅田さん。
もうすぐ80歳だそうです。
いつもお世話になっています。
京都走ろう会の岩田さん。
スタート地点に戻って約3.2km、14分17秒。
「いや、かわいいワンちゃん。写真撮らせてください。お名前は?」
「ココアです。」
京都走ろう会の中島さん。
休みにくいお仕事とお聞きしていましたが、今日はだいじょうぶだったようですね。
太田実行委員長が巡回視察。
責任ある立場の方はゆっくりしてられませんなあ。
ランニング会の錦戸亮こと中村智明さんが快調な走り。
昨日の「あざいお市マラソン」は、ちょっと残念な結果だったそうです。
北折り返しは約6.5km、29分50秒(15分32秒)。
「あっ、あーちゃん!」
いい笑顔。
楽しく走れている感じ。またおっちゃんといっしょに、大会で入賞ねらおうぜ。
またまた、太田さん。
「今日はありがとうな。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。」
中島徹・寛子さんご夫妻。
いっつも笑顔で、なんかこちらまでうれしくなってしまいます。
もう一回、ちひろさんご夫妻。
もう一回、岩田さん。
岩田さんにはいつも写真をお願いしているので、これはお返し。
私の10kmゴールは、44分43秒(14分53秒)。
実測は9.7kmなので、10km46分くらい。腰痛の割にはがんばりました。
ゴールしてしばらくすると、南からヨメさんらが。
「ダウンジョグしてんの?」と聞くと、「今ゴールやわ」とのこと。
二人とも余裕たっぷりのゴール。
正確なタイムは分からないが、私らより20分ほど遅くスタートしたので25分くらい。3.2kmを3km換算で24分弱ですかね。
私は3分ほど休けいしたあと、アピールののぼりを持って2周目へ。
南行きはよかったが、上流に向かったとたんに川側から強風。これはこたえた。
それでも多くの方が声をかけてくださって、それがはげみになった。また、私のこのブログを呼んでくださっている方が多いようで、何人もの方から「腰はだいじょうぶですか」と声をかけていただいた。ああ、ありがたい。
つらくなったら、「下山さんはもっともっとつらいことを乗り越えてきてはる」と思いながらがんばった。
のぼりを持って走っているものだから、鴨川に散歩に来られている方からも声をかけてもらった。短時間でうまく説明できたかどうか分からないが、何もしないよりはましでしょう。粘り強く、ね。
しんどいときに、帰路につくあーちゃんとあーちゃんのお母さんに遭遇。
写真撮ってもらいました。
2周目はちょうど1時間。
足がつりそうになるくらいだったが、1時間で走れたら上等です。
いつもはゴールしても何もいただかないのに、今日は腹ペコ。バナナ2切れと梅干2つをいただいた。
「ありがとうございました、帰ります」と、協力委員の矢瀧さんにごあいさつ。
「えー、もう終わりですか。」
「もう無理、ヘロヘロで走れません。」
今日は10+10で20km。ヘロヘロになったけど、久しぶりにしっかり走った感じがした。大会関係者のみなさん、どうもありがとうございました。またよろしくお願いします。
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