2010年10月10日(日)
2010(第20回)あざいお市マラソン [ランニング]
京都府立大学・京都工芸繊維大学陸上部のメンバーの写真を撮ってくださっているのは・・・。
「うっ、うまそうなおにぎり・・・、じゃなかった、失礼しました!」
私のブログに載せてもいいとおっしゃってくださったので、さっそく採用です。
このおいしそうな・・・じゃなくて、このやさしい男性は、廉が日ごろお世話になっているM先輩のお父さんです。
私的には、今日の主役は断然「Mパパ」さんです。
「Mパパ」さんは、娘さんの応援だけでなく、自ら10kmの部に出場。
私は今まで廉の仲間のお父さんとしゃべったこともなく、初めての経験でうれしかったです。
それもマラソン大会に出ておられるお父さんなんて、なかなかお目にかかれません。
私よりだいぶ大きく立派な体格の方なので、見るからに健康そう。ぜひマラソンは続けていってくださいね。
ゴール前の写真も撮らせてもらおうと思っていたのですが、残念ながらスタート直後の写真しか撮れませんでした。
ぜひまたどこかの大会でお会いしましょう。
息子・廉ともども、これからもよろしくお願いします。
(それにしても、廉が、「パオパオー、M先輩のお父さんやし」と紹介してくれたのにはビックリ。あんなに人前で「パオパオ」と呼ぶのを嫌がっていたのに・・・。なんで?)
さて、今日も私のむさくるしい足から始まります。
昨日の夜寝る前、シップをしようと思ったが見つからず。しゃーないのでサロンパスベタベタ。こんな足で・・・。
私は廉を乗せて、名神から北陸道・長浜ICへ。そこから会場まで10分くらい。家からはトータルで1時間半くらい。近いもんです。
今年は久しぶりに「京都キャロット」の出店もお願いしてみたのだが、いろいろと事情があってかなわなかった。別の2店舗が出店しておられた。
心配されていた雨も夜中にあがり、曇り空。このままの感じで行ってくれると一番走りやすいコンディションになるのだが・・・。
「ひこにゃん」に続け、あざいのゆるきゃら。
この会場には大型遊具がたくさんあり、廉や真樹を連れて出店させてもらっていたときはそこでよく遊んだものだ。
選手宣誓。
招待選手は、エリック・ワイナイナさんと、昨年度ハーフマラソン優勝者(男女)。
「廉よ、パオパオの写真撮って。今日は真剣に走るし。」
「えー。それはゴールの写真撮れってことか。」
「なんでえ。スタートしてすぐこの前通るやん。その時撮ってくれたらええんやけど。」
3kmのレースで、カメラ持って景色とか撮りながら走ってたら、ちょっとヒンシュクやろなあ。まあ、ええ判断でしょう。
廉は、ブツブツ言いながらも上手に撮ってくれていました。ありがとね。
最初の10時スタートは、私らの3kmと小学生の2km。
来る途中のSAで、トイレに行くのにも足を引きずっていた私。こんな足で・・・と思ったが、ふだん絶対にしないウォーミングアップをしてみた。そうすると、だんだん痛みが和らいでいくようで。
ここのコースは行きしがゆるやかな上り。折り返せばゆるやかな下り。そう思いながら、今の自分が出せる最大の力を出して走った。
残り1kmで8分33秒。これはギリギリ13分を切れるペース。
そう思って走っていると、「がんばってください!」とかわいい声の応援。京都府立大陸上部が誇る美人トリオ。(かわいい声をかけてくれたのは、3人のうちのだれだったんだろう。私がしげしげと見つめた時、3人ともニコニコしていた。)
そのすぐ後には、美人ハイジャンパーさんも。これは豪華な応援団。
ターボエンジン全開。下りをうまく利用した効率のいい走り。トラックに入る手前で、私を抜きにかかる中学生あり。
「オッちゃんは負けへんでー!」
最後の100mはそうとうなスピードで突っ走った。二人のひじがぶつかる。ゴール1m手前で抜き返す。
このレースはいったい、ナニ! あの足の激痛は何処へ!
記録は12分40秒、20位。最後の1kmは、4分7秒で走れたことになる。
記録証をもらいに行ったころ、大雨が。
記録証発行テントに避難させてもらい、10時30分スタートのハーフのランナーを眺めていた。
大雨はやっとやんだが、下はびちゃびちゃ。
11時からの10kmには、廉をはじめ京都府立大陸上部のメンバーが大勢出場する。
この大会は、今年の出場申し込みが去年の2.2倍になったそうだ。中でもこの10kmは、330人→1029人と3倍以上。入賞をねらうには、まず前に並ぶこと。
1000人がスタートを待つ緊張の一瞬。
「ワワワワワーン!」
「おー、あいかちゃんやんかー。」
あいかちゃんは、ご主人様が走るのを見ると興奮してほえてしまうらしい。残念ながら、「スタート近くから離れてください」と役員さんに促され退場処分になってしまった。私は、スタートをワンちゃんが見送るというのもほのぼのとしていいなあと思うのですが・・・。
スタート直後、廉は見つけられなかった。
やっぱり、「ごめんやす、ごめんやす」ゆうて前行くのはようせんかったんかなあ。
トラックを1周して・・・。
「おったおったー!」
全体の10番目くらいかな。
「頼むで、8番以内に帰って来てやー。」
私が3kmをゴールした時、ドリンク渡しのところでなつかしい人に会った。この大会の役員もしておられる多賀さん。
「多賀さん、お久しぶりです。」
「やー、キャロットさん。今日は、奥さんは?」
「今日は息子と走りに来ましてん。ヨメさんは、家で仕事です。」
「息子さんは・・・。」
「もう大学生で、陸上部に入ったんです。」
「えー、あの子が大学生! 僕が初めて見たときは、車の中でスヤスヤ寝てたくらいのちっちゃい子やったのにね。」
「そうでしょ。あれがもう大学生で、下の子が高1ですわ。」
多賀さんは、小1の娘さんと2kmファミリーを走り、今度は10kmに出場。中1の息子さんは、私と同じ3kmに出ていた。ひょっとして、ひじぶつけ合った相手だったりして・・・。
廉は雨が好きなのに、10kmがスタートするころから晴れ間が出てきた。
気温、上らんといてくれ。
10kmのトップが帰ってきた。
2位以下をグーンと離していた。
さあ、廉は何番目に・・・。
来たー、6番目!
ちょっと、しんどそう。
残り500m。
34分台をめざしていただろうが、タイムはあまり期待はできない。このときだけ晴れてしまったからね。
36分10秒、6位。
ようがんばった。
目標タイムは、次の楽しみに。
さて、このあとは京都府立大陸上部のメンバーを中心に、写真をバチバチ撮るぞー。
「玉木さーん!」
「あっ、ありがとう!」
「ランナーズ9の会」の玉木さん。おととしの滋賀反核平和マラソン以来、2年ぶりにお会いできました。
背が高くハンサムな多賀さん。そして、いつも私らに声をかけてくださる心優しい方です。
私の大好きな中島さんご夫婦。
どこが好きかって、そのかわいらしさです。
ねっ、かわいいご夫婦でしょ。
参加賞のお米1.5kgと長そでTシャツをもらって駐車場に向かうと、細井さんにバッタリ。細井さんともいつ以来でしょう。超久しぶり。
今日は、ハーフを走られたそうです。
またもや嵐のような大雨で、廉の表彰式には間に合わず。
(写真は、私のブログのリンク集・「京都府立大学陸上競技部」へ→)
私が到着した時は、女子10kmの表彰だった。
3位4位8位が京都府立大。これはすごい!
最後に、みんなそろってパチリ!
(雨のしずくがレンズについて、少しぼけた写真になってしまいました。)
今日は、「Mパパ」さんの写真をいっぱい撮ろうと画策していたのに失敗。どうも、同じ時間帯に私の知り合いが次々と帰ってきて紛れてしまったようです。
走るほうより、写真の腕のほうを上げたいなあ。
明日は「京都鴨川ゆっくりラン」。
私は左足絶不調なので、またもやごまかしラン。
ヨメさんが10km走るらしいので、腕によりをかけてかわいい写真を撮ろう。
♪〜それが私の生き延びる道〜♪
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2010年10月09日(土)
第13回9の日平和ラン [ランニング]
【お昼バージョン】
「9の日平和ラン」も丸1年が過ぎ、ややマンネリ。
今日は朝から雨。
足の具合もかんばしくなく・・・。
とても走る気は湧いてこないが、やはり9日に走らなければ意味がない。足の状態も確かめたかったし・・・。
自宅から比叡山側に1.5kmを折り返す3kmコース。明日の「あざいお市マラソン・3km」の練習に最適。
長代川の土手にはまだ彼岸花が咲いている。
比叡山は、雨のため霧にかすんでいる。
1kmも走らないうちに、左足ふくらはぎに強烈な痛み。左足が足首からもげそうな感覚。
「こりゃ、いかん!」
1.5kmの折り返しが7分46秒。下りをまあまあ飛ばしたつもりだったのに、やっぱり左足がボケている。もともと右足が勝ちすぎていると言われているのに。これでは、ますます体のいろいろなところに歪みが出てきそう。
自宅前到着。
3km、15分37秒。「おそー。」「足、やっばー。」
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【夜バージョン】
足の状態がよくないので、今日はお昼の3kmでやめとこうかなーと思ったが・・・。
8月の「9の日平和ラン」は、軟弱にも3kmで終わってしまった。しかし、その記事を読んでくださった走友・みったんさんからコメント。
「9の日ランは、昨日の私の走行距離が6キロですので、パオパオさんの3キロと足して9キロというのはいかがでしょうか(笑)私も、遠くから参加させていただきます。」
このコメントはうれしかった。
自分のできることをその範囲の中でやっているだけでも、何もしないよりはまし。その時いただいたコメントは、私を勇気付けてくれるものだった。
今日は甘えない。
ばんごはん前に、もう6km。お昼の3kmと合わせて9kmにしよう。
先に散歩に行ったヨメさんときくの写真を撮ろうと待っていたが、なかなか戻ってこず。その間に家の近辺を約1kmジョギング。
戻ってきたきくを貸してもらって、またジョギングへ。
きくと走っていたら、足の痛みも和らいでくる。
1kmほどジョギングして、きくはお役ごめん。付き合ってくれて、ありがとね。
今度は、再び3kmコースへ。
自分では飛ばしたつもりだったが、7分12秒+7分45秒で14分57秒。「全然、速くなーい!」
このあと団地近辺を1kmジョギング。
これで、3+1+1+3+1で合計9km。これでこそ、「9の日平和ラン」です。
でも、「左足、グダグダ。」
明日の「あざいお市マラソン・3km」は、悪くとも12分台を目標にと思っていたが、とんでもない。これ以上足が悪化しないことだけを考えて走ろうっと。
※密かに対決を楽しみにしていた府立大のアーリー先輩は、「あざいお市マラソン」にはエントリーしていなかったらしい。残念!
でも、私のブログは見てくれているようだ。私が疑問に思っていた「400mは呼吸なしで、体がもつのか」に答えてくれた。
「呼吸は何回かしているが、酸素を体に取り入れるのはほとんどできていない」とのこと。ほぼ、呼吸をしていないのと同じですね。
それを聞いて、「いっぺん400mも走ってみたい」と思った。私が走ったら、どれくらいかかるのか知らん。呼吸をしたとして、酸素は取り入れられるのだろうか。(途中で倒れたりして・・・。)
アーリー先輩、またいろいろ教えてくださいね。
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2010年10月08日(金)
こんな足で、四万十? [ランニング]
10月17日は、高知で「四万十川ウルトラマラソン」。
ここは抽選制なので、まさか2年連続当選するとは思っていなかった。
私の予定では、「第10回丹後ウルトラ」を完走して、「四万十」は回避・・・、とはいかなんだなあ。結局、丹後10連敗、ほかも合わせて現在100kmウルトラ14連敗中。
まっ、いいか。丹後は四万十の練習やったとゆうことにしとこ。去年はこれと同じローテーションで、丹後56km→四万十71,5km。この流れから行くと、丹後87kmの次は四万十100km完走・・・。(甘い、甘い!)
今年の丹後のあとは、今まで毎年出ていた唇の荒れもなく、慢性の痛み以外はどこも痛まなかった。若いときのように、次の日に立ち上がれないくらいの疲れというのはない。ああ、何かもの足らんなあ。
まあ、本番(四万十)の4週前に87km走(丹後)ができているのだからそれでよしとしよう。あとは、ちょろちょろと調整のジョギングでつないで、っと思っていたんですが・・・。
10月3日の京都走ろう会例会で10km走った後から、左足が変。翌日は50mも走れなくなってしまった。どうしましょう。
「あいおわ治療院」の高橋大輔似の先生に相談したら。左足グルグル。
そのあとおとなしくしていたので、ちょっとはまし。
でも、あと1週間で100km走れる足に戻るんでしょうか。
今回初めて、ウルトラの関門の時刻を確認した。(過去、一度も真剣に確認したことはなかった。)
四万十もゴール14時間制限なので、10km84分(1時間24分)、1km8分24秒で行かなくてはいけない。しかし7つある関門は、それぞれその平均ペースより少しおまけがしてあった。つまり、関門ギリギリで通過では14時間でゴールできない。これは関門時刻を無視して、8分24秒ペースより落ちない走りを心がけたほうがよい。
今日、10kmごとの目標通過タイムを書き出してみた。数字だけ見ていたら、楽々行けそうなんやけど・・・。
あさっては、「あざいお市マラソン」の3km。
ここは出張販売の予定だったのだが、残念ながら入れてもらえなかった。3kmは最初から半分遊びのつもりで申し込んでいたのだが、走り出したらがんばってしまうんやろなあ。
それより、廉や府立大学の陸上部の子らが10kmに出場するので、しっかり写真を撮らなくては。400mが専門のアーリー先輩は、私と同じ3kmに出るらしい。私が本調子なら、けっこういい勝負になったかも・・・。
「あざい」の翌日は、毎回楽しみにしている「京都鴨川ゆっくりラン」。今回は、四万十への調整として、30kmをそれこそゆっくり走らせてもらおうと思っていたが、今の足の状態では無理。
あー、どうしょー。
私のむさくるしい足の写真ばかりですいませんでした。お口直し(?)に、かわいいきくちゃんの写真を。
廉が買って来てくれた敷物を枕にしているきくちゃん。きくは、廉のベッドの下が一番落ち着くようです。
ここでまったく話題が変りますが・・・。
こないだの真樹との会話。
真樹「国勢調査って、もう出したん?」
ヨメ「うん、出したで。」
真樹「どんなこと聞かはったん?」
パオ「あー、それはな・・・。夫婦仲良くしてはりますかーとか、娘さんはちゃんと宿題やってはりますかーとか・・・」
真樹「ホンマ?」
ヨメ「そんなこと、聞かはるはずないやろ。」
うちの子は、こんなしょーもない親のジョーダンも信じてしまうくらい素直な良い子です。
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2010年10月07日(木)
「ジャーマンシェパードの子犬ですよね」 [雑感]
昨日は、いろいろあった一日でした。
昨日は朝から長めの散歩。
長代川の土手には、今ごろ彼岸花。
午前中に京都シネマで、「ビルマVJ 消された革命」。
午後は、イオンモールKYOTOの「T・ジョイ京都」へ。見たい映画があった。「君が踊る、夏」。
実は見たい映画というより、好きな女優さんが主演。「木南晴夏」さん。あのあやしいフンイキが大好き。
できればあまりメジャーにならず、いつまでもマイナーな女優さんでいてほしい。
早めにチケットを買っておこうと思って入ってみると・・・。
「君と踊る、夏」14時35分 6日のみ休止・・・。
「どっひゃーん!」
映画の時間を、昨日の夕刊で確認してきたのが失敗だった。今日の朝刊を見ないと。
夕方からもう1回あったが、今日の夜は廉と外食の予定だったので見るのは断念した。この映画とはご縁がなかったんですね。パンフレットだけ買って出てきた。
お昼はフードコートでカレー。
2種類の選べるカレーとナンのセットで850円。手軽に食べれておいしかったです。
注文を聞いてくださるおねえさんが、とってもかわいい人でよかった(たぶんインド人)。
時間が余ってしまったので、別館の3階のスポーツ用品店を見てみることにした。
広くて商品も豊富なのだが、お客さんがほとんどおられなくていづらかった。
地下鉄で家に帰るので、京都駅八条口の近鉄名店街を通る。
「せんとくんのアイスカフェラッテ」、おしいそうだった。
家に戻ると、きくがすねていた。
今日は、ヨメさんが出かけてしまってお留守番。
「きくちゃん、宝ヶ池でもいこか?」
「ふぁ〜い!」
宝ヶ池にはがあがあちゃんもいるし、かももいっぱいいるし。
でも、きくはいろいろなにおいが気になって気になって・・・。
ときどき会うワンちゃんにも関心なし。いつもなら自分から吠えかかっていくくせに。
「あっ、あれはついさっきも見たワンちゃん・・・。」
「こんにちは」
「こんにちは。・・・ジャーマンシェパードの子犬ですよね。」
「そう見えるでしょう。よく言われるんですよ。でも、実は正真正銘の雑種なんですよ。」
「わー、そうなんですかー。」
「そちらのワンちゃんは?」
「うちも雑種です。」
「シェパードの子犬ですか」とはよく言われるのだが、その上に「ジャーマン」がついたのは初めて。さすが、お目が高い。
若くてきれいな外国人の娘さんが散歩させておられたワンちゃんは、「ピッポちゃん・メス・1歳」でした。
きくは、このピッポちゃんにもいちゃもんをつけに行かなかった。お友だちになれるかも。
比叡山をバックに一枚。
なんとりりしいお姿。
においが気になるみたいやけど、またここに来ような。
夜は、わら天神の「さと」で夕食。
ヨメさんと真樹が新京極に出かけているので、廉と二人。
二人とも、まったけ系の料理にした。
お店に入って注文し、食べ終わって出てくるまでわずか25分。
早食い親子か〜い!
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2010年10月06日(水)
「ビルマVJ 消された革命」 [映画]
◎公式サイト・解説より
2007年9月、世界中のトップニュースがビルマ(ミャンマー)の反政府デモの様子を報じた。
それまで沈黙を続けていた約2000人の僧侶たちが立ち上がると、やがて路上は10万人の人々で埋め尽くされた。
地を揺るがす民衆の興奮―― “革命”の予感がした――
世界はその瞬間、この国の未来を信じた。
軍事政権による独裁が続くビルマ。民主化運動の指導者 アウンサンスーチー氏は、いまなお自宅軟禁中のままだ。苛烈な情報統制によって外国人ジャーナリストの入国が厳しく制限されているため、私たちがビルマ国内で何が起こっているのかを知ることは困難を極める。しかし、それにも関わらず、世界中のニュースが2007年9月の大規模な反政府デモの様子を報じることができたのはなぜか? その陰には、拷問や投獄のリスクをかえりみず、情報を発信し続ける〈ビルマ民主の声〉[※1]のVJたちの活動があった。隠し撮りされた映像は密かに国外へ送られ、無償で国際的なメディアに配信される。豪雨の中、アウンサンスーチー氏を訪ねるデモ隊の姿や、国軍兵士によって日本人ジャーナリスト長井健司氏が故意に射殺される瞬間を世界中に配信したのも彼らである。映像の力によって閉ざされた自国の未来を切り開こうとする若者たち。ジャーナリズムの精神を体現する彼らの活動は、いまこの瞬間も続いている。
デンマーク人映画監督 アンダース・オステルガルドは、VJたちが撮影した断片的なニュース映像を再構築し[※2]、彼らの文字通り命がけの体験そのものを私たちに伝えようと試みた。そして、膨大な映像がはじめて一編の大きな物語へと紡がれたのだ。私たちは、主人公、自ら“ジョシュア”と名乗る若きVJと「心のレンズ」を共有し、彼が感じた恐怖や怒り、そして希望とともに、ビルマという国の現状を理解してゆく。矢継ぎ早に飛び込んでくる最新情報。走りながら撮影されたスリリングな映像は、画面全体が大きく揺れ、現場の緊張と恐怖を私たちに体感させる。アカデミー賞では惜しくも『ザ・コーヴ』に敗れたものの、ベルリン、サンダンスほか150の映画祭で上映され、40以上もの国際的な賞を受賞。ビースティー・ボーイズが米国での配給に名乗りをあげ、ジェーン・バーキンやリチャード・ギアなど多くの著名人から賛辞が寄せられている。
[※1]・・・<ビルマ民主の声> 英語公式名称はThe Democratic Voice of Burma(DVB)。ノルウェーのオスロに本部を置く在外ビルマ人活動家による民主化支援メディア。1992年からビルマに向け短波放送を開始し、2005年から衛星を使ったテレビ放送を実施している。
[※2]・・・本作は、その映像の多くが現地に潜入したVJたちによって実際に撮影された素材によって構成されている。また、いくつかの再現映像も使用されている。なぜなら、実名や地名、実際に起きた出来事の詳細を公表することは、関係者たちの身に危険を及ぼすことになりかねないからである。それらの再現映像は、実際の現場を直接体験した当事者たちとの緊密な協力関係によって撮影されたものである。
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「おー、今日は京都シネマにしたらたくさん入っているほうやなあ。さすが、いい映画やから・・・。」
と思っていたのはかんちがい。「シネマ3」は62席。やっぱり30人も入っていなかった。
前からずっと不思議だった。
ビルマは軍事政権が成立し、国の名前まで無理やり「ミャンマー」に変えてしまった。この映画の中でそれが40年前と言っていたので、今の若い人は「ビルマ」という国の名前さえ知らないのかもしれない。(私自身もそんなになるとは思ってもみなかった。)
京都の公立高校の研修旅行も、何の意味もないシンガポールやマレーシアはやめて、ビルマにしたらいいのに。こんな近くに軍隊が民衆を制圧している国があるというのに。
(なんぼなんでも外国から来た高校生に銃を向けることはないでしょう。)
「ビルマ」は、アウンサンスーチーさんが何十年も軟禁させられている国です。
「ビルマ」は、3年前、日本人ジャーナリスト・長井健司さんが軍によって至近距離から射殺された国です。
国連は何しとんねん!
世界の警察と自負しているアメリカは何しとんねん!
「ミャンマー」という国名しか使わない日本は何しとんねん!
その答えは、この映画の中にはなかった。
軍政府の弾圧により、この映画に関わったVJ(ビデオジャーナリスト)は拘束され、続編を撮ることは困難らしい。
私たちにできることは、「ビルマ民主の声」のVJを支援するチャリティーTシャツを購入することくらいしかないのだろうか。
何でこの映画が、「ザ、コーブ」に負けるねん!
「ハートロッカー」の受賞の時も首をかしげたけど、これでアカデミー賞自体がますます信用できんようになった。
みなさん、ぜひこの映画を見てください。
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2010年10月05日(火)
再見! たろちゃん [わんこ・にゃんこ]
10月2日の午後、廉が一人で家にいるとお客様が訪ねてこられた。女性がお一人。廉が見知らぬ方。
「近所に住んでいました・・・、『たろ』の飼い主です。」
それを聞いて、廉も分かったらしい。
「たろ」ちゃんのおねえさんが、引越しのごあいさつに来られたのだ。
まったく予想外の出来事だった。うちの近所に引っ越して来られてちょうど1年。たいていの犬にいちゃもんをつけに行くうちのきくが、めずらしく気に入っていた「たろ」ちゃん。夏の間は暑いので表に出しておられなかったのだが、やっと涼しくなってきたのでまた会えると思っていたのに・・・。
最後にもう一度会いたかったなあ。
でも、ごあいさつに来られたときにハンカチとお手紙をくださった。
「・・・
きくちゃんご一家のおかげで、たろもこちらで早くなじんで安心して過ごすことができました。本当にありがとうございました。
・・・」
あっ、やっぱり「たろうちゃん」じゃなくて、「たろちゃん」でよかったんか。それとも、私のブログを読んでくださって私らの呼び方に合わせてくれはったんかな。
「きくちゃんご一家」って、うれしいな。あんなじゃじゃ馬娘をうちの代表みたいにゆってくれはって・・・。
ヨメさんが勝手に犬小屋を置いてきた時は、「安心」じゃなくてビビらはったやろね。
少しの間だけやったけど、きくと仲良くしてくれて、こちらこそほんとにありがとうございました。
お手紙の最後には、転居先のご住所とお電話番号も書かれていた。これは、今まで勝手に撮らせてもらったたろちゃんの写真を送らなあかん。
以下、私のブログに登場してもらったたろちゃんのおもな写真です。
たろちゃんは引っ越してきたときが9歳。だから、今10歳のはず。
引っ越したとは言っても、北区の賀茂川の近くのようだし。あのへんを走っていたら、きっとまた会えるね。
「再見! たろちゃん。」
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