2018年07月19日(木)
「焼肉ドラゴン」 [映画]
◎シネマトゥデイより
■見どころ
『愛を乞うひと』などの脚本家としても知られる鄭義信が、数々の演劇賞に輝いた自身の舞台を映画化。1970年を舞台に、関西で小さな焼肉店を営む一家が、たくましく生きる姿を描く。3姉妹に『さよなら渓谷』などの真木よう子、『八日目の蝉』などの井上真央、『最後の忠臣蔵』などの桜庭ななみ、長女の幼なじみに『探偵はBARにいる』シリーズなどの大泉洋、父親に『隻眼の虎』などのキム・サンホ、母親にイ・ジョンウンがふんする。
■あらすじ
日本万国博覧会が開催された高度経済成長期の1970年、関西地方で焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む龍吉(キム・サンホ)と妻・英順(イ・ジョンウン)は、娘3人と息子と共に暮らしていた。戦争で故郷と左腕を奪われながらも、前向きで人情味あふれる龍吉の周りには常に人が集まってくる。
■キャスト
真木よう子(静花)
井上真央(梨花)
大泉洋(哲男)
桜庭ななみ(美花)
大谷亮平(長谷川豊)
ハン・ドンギュ(尹大樹)
イム・ヒチョル(呉日白)
大江晋平(時生)
宇野祥平(呉信吉)
根岸季衣(長谷川美根子)
イ・ジョンウン(英順)
キム・サンホ(龍吉)
■スタッフ
原作・脚本・監督
鄭義信
■映画詳細データ
製作国 日本
配給 KADOKAWA
ファントム・フィルム
製作「焼肉ドラゴン」製作委員会
カラー
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私の退院予定日は、一番早くて17日(火)、遅くて19日(木)ということだった。
ヨメさんは私が早く帰ってこられたらうっとおしいようで、「木曜にし」と何度も言っていた。でも、私は「京都キャロット」の定休日である水曜に退院したかった。それは、ヨメさんといっしょに映画を見て、晩ごはんを食べたかったから。一応胆のう摘出手術がうまくいけばこの件は終わりなので、祝ってもらえたらなあと思って。
私の思惑通りになり、晴れて水曜に退院。
この日の午後に見られる映画で、いいのはないかなあ・・・。
あった! ビビ二条の「焼肉ドラゴン」。
見終わったあと、ヨメさんが言った。
「右翼の人らにこの映画見てほしいわ。『韓国朝鮮人は帰れ!』ゆうて、帰るとこあらへんやん。日本のせいで。そんなこと分かってゆうてんのかなあと思うわ。」
よかった。
ヨメさんを誘うときは、いつでも「気に入ってもらえるかなあ」と心配。でも、今回は高評価だった。「ほっ!」
◇ ◇ ◇
私は映画全体より、心に残るシーンがあったかどうかで評価するようなところがある。
美花と結婚したいと言ってきた長谷川さんに、オッパーが「昔の話をしてもええか」と聞くところから始まるシーンは最高。
その中で、「はたらいたー、はたらいた」という言葉が何度も繰り返される。「働いて、働いて」じゃなく。あの時のオッパーの顔は忘れられない。
オモニがだれかを慰めていた時に、「ボンカレーでも食べ」と言う。「あっ、もう食べてしもた。買ってこー。」あのシーンもよかったなあ。
鄭義信監督は姫路出身で、私の2歳下。ほぼ同世代。
私の洛北高校時代の同級生には、林(りん)君や孫さんがいてクラスの人気者だった。(孫さんとは、去年40数年ぶりに出会った。「ある精肉店のはなし」(2017.6.30))
末っ子の時生(万博のちょっと前に中学生)が鄭義信監督の分身かと思ったが、当時の姫路あたりはあんなにひどかったのだろうか。
私自身は、私が若かった頃より今のほうが韓国朝鮮人差別がひどくなっているように感じる。
この映画を一本見て、えらそうにどうこう言うのもおかしいだろうが、差別を考えるヒントには十分なると思う。
配役が全部うまくはまっていて、見ていておもしろかった。両親よし、長女次女もよし、李哲男もよし。そんなベテラン陣の中にあって、三女・桜庭ななみさんもよくがんばっていたように感じた。
見る価値あると思いますけど・・・。
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2018年07月18日(水)
胆のう炎終結 [病院]
今日の午前10時、無事退院いたしました。
今日の題を「胆のう炎卒業」にしようかと思ったが、学校に行っていたわけじゃあるまいし、何でもかんでも「卒業」はやめましょう。「終結」で十分。
手術してくださったN医師も、「心配することは何もない」と太鼓判。一時はどうなるかと心配だったが、すべてが順調に進んでよかった。約2年にわたった胆のう炎も、これにて終結ということでいいでしょう。(あと1回は外科で診てもらわんなんのですけど。)
ちょうどヨメさんの親友・くーちゃんが京都に来ており、これから二人でモーニングサービスに行くということで、私の退院をお祝いに来てくれました。
そのあとお支払をし(実費587700円→支払64040円)、部屋の片づけをしてからナースステーションへ。今回は看護師さんとあまりしゃべれなかった。ただお一人だけ、「3月にも入院してられましたよね」と声をかけてくださった方があった。私は優良患者だったんでしょうか、なんて思ったりして・・・。
けっこう楽しませてもらった隣のじいさんに声をかけたかったが、また「にいさん、あまいもんくれー」と言われそうだったのでやめておいた。(あくまでフィクションです。)
ヨメさんが病院まで乗って来てくれた車に乗って家まで。
「外は暑い、暑い」とみんなからビビらされていたが、これが京都の夏ですやん。何もビビることはなかった。ただし、今晩ぐっすり寝られるかなあと心配。
11時ごろ家に到着。
きくは、廉の部屋の板間にべったり寝込んでいた。
「きくちゃん、オッサン帰ってきたでー。」
「オッサンて、だれ?」
不審者を見る目でしたね。
「きくちゃん、オッサンと写真撮ろう。」
「気やすう、さわってくれるなー。」
とりあえず、きくは自分の身を守る体制を崩さなかった。
「早う、思い出してくれー。」
入院中に病院からネット注文していた作務衣が、昨日届いていた。
さっそく着てみたら、似合いますやん。
これを着て「峨山道トレイルラン73km」を走る予定。禅宗の僧侶に見えるかな。
早くお腹の痛みがなくなって、走れるようになったらいいのになあ。
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2018年07月17日(火)
「あまいもんくれー」 [病院]
(注) 以下の記事はあくまでフィクションとしてお読みください。現存する病院とは一切関係ありません・・・か?
「寝られますか」と看護師さんが横を指さしながら気を使って聞いてくださる。
「気にしないようにしてますので」とお答えすると、ほっとした表情になられる。
「だいじょうぶ?」とヨメさんも私に聞く。
「数年後の自分やと思ったら、腹も立たんわ。」
「そやなー。」
お隣のじいさんは、もう入院3週間目になるらしい。
私が入院した日から、ナースコールを使わず「おーい、あまいもんくれー」の連発。「そうか、あまいもん中毒患者で、今禁断症状が出てるんやな」と理解していた。(そんな中毒あるんかいな。)
中毒患者につきもの幻覚症状もあるようだ。
私のスペースとの間には仕切りのカーテンがあるだけで、ベッドどうしは10cmほどしか離れていない。そこに魔の手が忍び寄る。
昼間はどうってことないのだが、寝ているときにその魔の手が越境してくる。私の体に当たったり、私のベッドの横枠をトントンと叩かれたり。もちろん私は目が覚める。
こないだなんか気配を感じて夜中目を覚ましたら、仕切りのカーテンが20cmほど開き、じいさんの寝顔が見えた。こわいちゅうねん。もう寝られへんちゅうねん。でも、その顔が数年後の自分に見えた。よけいこわいちゅうねん。
このじいさんが人を呼ぶときは二通りのみ。「ねえさん」か「にいさん」。現在看護師さんは全員女性なで「ねえさん」。医師は全員男性なので「にいさん」。
私もお箸を洗うときにじいさん前を通る。
「にいさん、あまいもんくれー。」
あかん、目に留まってしまった。どう対応していいのやら。どうしようもないので、黙って自分のスペースに戻る。
ところが、じいさんの向かいのじいさんの対応がすばらしかった。
「あまいもんくれー。」
「ない!」
このじいさんも入院されて長いようで、声が出にくいようだが的確な対応。勉強になりますねえ。
ずっとこの「あまいもんくれー」が続いていたのだが、昨日なぜか「あまいもんちょうだい」というのがあって笑ってしまった。「じいさん、弱気になっとるがな」とちょっと心配になったりして・・・。
もっともっと笑い転げそうなこともあったのだが、いくらフィクション仕立てと言ってもこれ以上は書けない。
まあ、退屈な病院生活も人間観察していたらそこそこおもしろいということ。
明日退院予定です。
昨日は一日痛み止めの薬なしで行けると思っていたら、夜に横になってから下腹が痛みだした。11時15分、耐えられなくなって薬をもらって飲んだ。30分後くらいから効きだして、12時半くらいには眠りにつけたと思う。
今日も昼間はしんぼうしたが、夜寝れないと困るので痛み止めの薬をもらった。今のこの痛みは、「ボディブロー」を受けたような痛みでしょうか。体の中心がじわじわー、じわじわー・・・。
甲状腺を切った時は息苦しかっただけで、退院してすぐに走り出したけど、今度は無理やわ。腹切っとるからなあ。あーあ。
今日の朝食。
パンが暖かくておいしかった。
スープが欲しいところですね。
今日の昼食。
なすびのケチャップ煮かな。
なすびの色が悪く、おいしくなかった。
そのせいかどうか分からないが、食後3時間くらいにお腹ゴロゴロ。
今日の夕食。
味付け海苔、おいしかったなあ。もうすぐヨード制限食開始で、海のもんが食べられんようになる。
ここの病院食はだいたいおいしいのだが、めったに汁が出て来ない。毎食汁系が欲しい私にとっては、「あまいもんくれー」じゃなくて「おつゆくれー」ですね。
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罰走には殺人罪適用を [時事]
◎京都新聞7月14日朝刊
部活で罰走「校舎80周」
大津・南郷中教諭 2年男子救急搬送
大津市の南郷中で、ソフトテニス部2年の男子生徒が部活動中に「校舎周囲を80周走れ」と顧問の教諭から指示され、途中で倒れて救急搬送されていたことが13日、同中や市教委への取材で分かった。生徒は熱中症と診断され、同中は「行き過ぎた指導だった」と謝罪した。
同中と市教委によると、生徒は12日午後の部活動中、練習中にミスが目立ったことなどを理由に、30代の男性顧問から「校舎周囲を80周走ってこい」と命じられた。午後5時10分ごろ、生徒が倒れているのを校内で作業をしていた工事業者が見つけた。生徒は救急搬送され、その日の夜に退院し、13日は学校を休んで静養したという。
生徒が走らされた校舎外周は1周約230メートルで、80周で18キロ超になる。生徒が倒れたのは9周目だったという。気象庁によると、大津市の12日午後5時の気温は30・1度だった。
同中は、13日夜に保護者説明会を開き、経緯を説明した。平松靖之教頭は「行き過ぎた不適切な指導で、保護者におわびする。すでに顧問を指導した。今後は、安心した学校生活が送れるよう努めていく」とコメントした。(辻智也)
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◎毎日新聞7月15日朝刊
「罰」走80周途中 中2男子熱中症 大津
大津市教委は、市立南郷中のソフトテニス部に所属する2年生の男子生徒(14)が今月12日に、練習ミスの罰として「校舎外周を80周走れ」と顧問の男性教諭(31)から指示され、途中で倒れて救急搬送されたと14日、発表した。生徒は熱中症と診断され、現在は快方に向かっている。市教委は「生死に関わる許されない行為。申し訳ない」としている。彦根地方気象台によると、大津市の12日午後4時の気温は30・1度だった。
市教委によると、生徒は12日午後4時過ぎから始めた練習でミスが目立ち、教諭が校舎の外周(約230メートル)を走るよう指示。その際、教諭は何周走るか生徒に尋ねたが、「4周」という答えを不満に思い、「80周」と命じたという。
生徒は同4時半ごろから走り始め、9周目に入った同5時10分ごろ、工事関係者が倒れているのを発見した。意識はあったが、ぐったりした様子で、13日は学校を休んだ。
14日の記者会見で校長は「理不尽な指導で苦しい状況に追い込んだ」と陳謝。越直美市長は臨時の総合教育会議を同日開き「認識の甘さ以前の問題がある。事実関係を調査し、検証してほしい」と述べた。【成松秋穂】
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◎京都新聞7月15日朝刊
「体罰の範囲超える」
大津の中学罰走「80周」市教育長謝罪
大津市の南郷中で、ソフトテニス部2年の男子生徒(14)が部活動中のミスを理由に、顧問の教諭から過度なランニングを強いられ熱中症で倒れた問題で、市教委の舩見順教育長は14日、市役所で記者会見し「体罰の範囲を超える許されざる行為として重く受け止めている」と謝罪した。
市教委は再発防止に向けて16日に緊急の小中学校長会を開き、生徒への体罰防止や部活動指導の在り方を徹底するとともに、熱中症予防について周知を図る。同中に1学期が終わる20日までスクールカウンセラー1人を配置し、全校生徒の心のケアにも当たる。
市教委によると、男子生徒は12日夕の部活動中に、サーブのミスが続いたため顧問の男性教諭(31)から「校舎周囲(1周約230メートル)を80周走れ」と命じられた。生徒は9周目に倒れ、校内で作業していた工事業者が見つけたという。
舩見教育長は「適切な指導としては技術的指導をするべきだった」と述べ、男性教諭の処分について状況を調査した上で県教委と協議する考えを示した。
市は14日、越直美市長を交えた総合教育会議を開き、市内全域で部活動指導の実態を把握し、今後の在り方を検討する方針を確認した。(広中孝至)
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今日、久しぶりに新しい新聞を読んだ。
うれしいわ。ネットのニュースだけではねえ。深読みちゅうのができんわねえ。
エアコンが効いた病院にいると、38℃を超えている外の暑さは分からない。
そんな時に、「またかー」とガックリ来る記事が目に留まった。私が最も嫌う、「罰として走らせる」事件。
部活のサーブのミスが続いて、何で罰を受けるのかがまず理解できない。
そして、その罰が炎天下を長時間一人で走らせること。この教諭は何の権限でこんなことを命じたのか。
熱中症でたくさんの方が救急搬送され、亡くなっておられる方もあることくらいは誰でも知っておられますよね。そのまま続けさせれば死ぬかもしれないと分かって強制した場合、「未必の故意」というのが成立するはず。
私がその中2男子の親なら、顧問、中学校、大津市を相手取って殺人未遂罪で告訴します。法律的にどうなのかは素人なのでさっぱり分からないが、謝罪だけで済まされる問題ではない。このままにしておくと、また同じことが繰り返されるのはまちがいない。
市教育長の「体罰の範囲を超える許されざる行為」という言葉にビックリ。大津市はある範囲までは体罰容認と受け取られる発言です。「一般社会常識や日々の社会状況(気象状況を含む)に無関心な教員を作り出してしまった責任」をなぜ感じられないのかが不思議。
市長のコメントは最悪。
「実態を把握し、今後の在り方を検討する方針」って、なんですかー。まったく中身のない言い古されたフレーズ。こんなコメントのあとに改善されたものなど何一つない。
前にも同じようなことを書いたが、ミスの多い子を一人で長時間走らせても実るものは何もない。せめて先生いっしよに走れよ。走ってる間ずっとその子の話を聞いたれよ。それなら、炎天下で走るのも少しは値打ちがあるのかも。
このニュースで唯一ホッとするところは、工事関係者が倒れた中学生を見つけてくれたところ。それがジジイガードマンやったら、私はさらに嬉しいんですけどね。
炎天下に中学生を一人で走らせて、倒れていても気づかんなんて・・・。その学校関係者全員クビでも気が済まん。
ランニングを愛する人たちの願いはみな同じだと思う。
「どうか、走ることを『罰』に使わないでください。本来はすごく楽しいことなのだから。」
私にいい考えがあます。
マラソン大会などで熱中症で死にかけたランナーはごまんといる。ぜひそのランナーを招いて、教職員研修をしましょう。実習付きがよろしいねえ。それそれ、サーブミスするたんびに教育委員会の建物1周走るとかねえ・・・。自分らのやってることのアホらしさ(というより罪深さ)が、よく実感できると思います。
私もその研修の講師したってもええけど、熱中症で死にかけた経験がない。炎天下を長時間走り続けた経験は豊富だが、根がお気楽なため体もお気楽にできているのか倒れない。ただし、それは「癌に負けない」とか「娘にええかっこ見せる」とかという立派な(?)目標があるからかもしれない。理不尽な罰として走らせされていたら、たぶん早々に倒れてますね。
まあそれでも口から出まかせが得意な私ですから、1時間や2時間の「無意味な罰走を経験してみる」という講演ならやれますよ〜ん。どっかの教育委員会、私をどうですかー。講師料、安うしときまっせー。
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2018年07月16日(月)
お世話になり過ぎ [病院]
肩の痛みはだいぶ治まり、お腹の切ったところの痛みも薬なしで耐えられるくらいになってきた。
ただし、相変わらず歩くのはトボトボ。お腹に力が入ると、まだかなり痛い。走るのは当分無理ですね。何とか、7月29日の「大文字ランニング」で復活できればいいんですけど・・・。ちょっと無理かも。
今日もほとんどすることなし。古い新聞を何回も読み返したりして。
夕食を食べた後、BSで「DeNA対ヤクルト」をやっていたのでそれを見ていた。テレビカードが残り少なく、CMのたんびに消したりつけたりしながら。
そこにひょっこり現れし姉夫婦。
「あれ、今回は入院するってゆってへんのに・・・。」
「まきこさんから聞いてん。」
「そうかー、まきこさん、ボクのブログ見てくれてはるんやったなあ。」
まきこさんは姉夫婦の次男・まなぶちゃんの奥さん。まあ、私が選ぶ「親族一同の中のピカイチ美人」です。
姉にはいつも心配かけてばかりなので、今年になってからの入院の保証人には廉になってもらっている。今回も知らせてなかったのに、また心配して顔を見に来てくれた。ありがとうございます。
そして、またまたお見舞い金をもらった。
「知らんかったことにしときな」と固辞したが、「カンパ、カンパ」と笑って言いながら帰って行った。ほんまににすんません。正直言って、すごく助かります。
8歳上の姉には、私が小さい時から世話になってばっかり。何のお返しもできていない。
ずっと共働きだった姉が、長男が風邪をひいて保育所を休んだ時に一回か二回だけ面倒を見に行ったことがある。私が高校生の時のこと。45年ほど前のことなのに、それをいつまでもいつまでも感謝してくれている。
ええ姉でしょ。
私にできることは、ほかの兄弟に出来ないようなマラソンとかに行って、楽しいみやげ話をすることくらいでしょうか。父はそんな話を喜んで聞いてくれていたけれど、姉や兄はどうなんでしょうね。興味ないかもねえ。せめて、おいしいおみやげを買うてこんとあかんね。
今日の朝食に、出ましたー!
たまごとマヨネーズ!
胆のう炎に最も悪いとされている食品の1位2位。
いやいやいや、もう胆のうあらへんやん。
食べてもだいじょうぶやん。
お昼にはスイカ。
うれしいねえ。
それに、ここから普通のごはん。
おかゆよ、さらば。
夜のメニュー、ついこないだとまったく同じような気がするんですが・・・。
まあ、気にすなってことですかね。
いつも姉といっしょにお見舞いに来てくれる、弘にいさん、ありがとうございます。
お見舞いに来てもらったおかげか、8回裏まで0−1で負けていて9連敗を覚悟していたのに、ヤクルト逆転勝ちしましたわ。
もう広島はほっときましょ。弘にいさんのファンの巨人と私のヤクルトとで2位争いしときましょ。
対広島には二線級のピッチャー出しといて、他の4チーム相手とは必死に戦うという手もあるねえ。これ、どうですか。きたないかなあ。
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2018年07月15日(日)
肩ガチガチ、お腹ブヨンブヨン [病院]
入院4日目、手術後2日目。
手術当日は麻酔や薬などが効いていたようで、痛いことは痛いがこんこんなものかと観念していた。
ところが昨日朝起きると、お腹はもちろん痛いが、それ以上に左肩がちぎれるかと思われるほどの痛み。「痛い時はすぐに言ってください」とおっしゃってくださっていたので、すぐに痛み止めをもらいに行った。
寝ているのはしんどいので、ロビーのイスに座り、自分で左肩付近をもんでいた。
すると1時間もたたないうちに、肩の痛みもお腹の痛みも治まってきた。痛み止めの薬って、こわいほど効くんですねえ。
昼間はまあまあ楽だったのだが、また夜になると肩もお腹も痛み出してきた。また痛み止めの薬をもらい、1時間もせずうちに効果あり。夜もよく眠れた。
そして今日の朝。
「また、肩がちぎれそう!」
いつの間にか、切ったお腹より肩の痛みのほうがひどくなっている。
「この肩の痛みはなんじゃいな。」
看護師さんに言ってみても、「手術やそのあとの寝ている姿勢が悪かったんですかねえ」と。そうかもしれんけど、痛みがきつすぎて、またしつこすぎる。
昨日の朝とまったく同じ。痛み止めの薬をもらって、自分で肩をもんでいたら次第にましになってきた。
9時過ぎにはヨメさんも来てくれたので、入念にマッサージをしてもらった。ヨメさんはプロですから、自分でもむより10倍くらい効き目がある。ありがとうございました。楽になりました。
でも、この変な痛みが続くようだと早期退院は無理かもねえ。
今日の朝食。
出ました、リンゴジュース。なんで、ほかの味のジュースを出してくれんかなあ。
今日の昼食。
私より早く食べ終わる人(年上)がいてビックリ。
今日の夕食。
これで、食事再開後5連続おかゆ。
入院中はずっとおかゆなんかなあ。
久しぶりのお腹ブヨンブヨン。
「手術のところが腫れてるんですか」と看護師さんにお聞きすると、「それはない」とのこと。ということは、おかゆで太ったんかー。
今年に入って60kgを超えたことはほとんどなく、お腹ブヨンブヨンも見たことがなかった。いったい何が入っているんでしょうね。
今日体重測定の日で、服を着たままで58.7kg。全然太ってへんがなー。おかしいなあ・・・。
こりゃ当分走れへんし、ブヨンブヨンは戻らんぞ。悲しい。
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※今日することもなかったので、放置されていたブログの記事を埋めました。
「第6回一人沖縄平和ラン・前半」 6月23日
「第6回一人沖縄平和ラン・後半」 6月24日
「今帰仁でまったり」 6月24日
豪華(?)三部作、よろしければ見てください。
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2018年07月14日(土)
今までで一番痛い [病院]
昨日は朝9時から12時まで手術。
12時過ぎに病室に戻され、そこから夜の12時までほとんど動くことなくベッドで寝ていた。眠いのだが、お腹が痛くて10分おきくらいに目が覚める。全然寝た感じがしなかった。
夜12時に看護師さんが見回りに来られた時、「寝がえりしてもいいですか」と聞いてみた。「お手伝いします」とのお返事。横に寝がえりしたあと、肩や腰もマッサージしてくださった。こんなことなら、もっと早く言えばよかった。
今日の朝、あんまり痛いので痛み止めの薬をもらった。
そしたら、10分おきに起きるということなく眠ることができた。
そのすやすや眠っている最中に、お見舞いに来てくださった方がある。メモを置いて行ってくださった。すいません、ありがとうございました。
朝食は抜きで、今日の昼食が一日半ぶりの食事。
味わっていただきました。
午後3時ごろ、廉とヨメさんが来てくれた。
廉は東京単身赴任でしんどい目にあっているのに、すまんなあ。
夜も、夕食を食べたくらいから痛みが増してきた。たぶん、朝の痛み止めの薬が切れてきたんでしょう。また同じ薬をもらいに行った。
体全体はそんなにしんどくないのだが、とにかくお腹が痛い。そら、腹切ったんやからね。
走るなんてとんでもない。トイレまでの10mほどをとぼとぼと歩くだけでもたいへん。
早く、痛みがなくなったらいいのになあ。
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