2024年08月19日(月)
高石ともやさんの笑顔 [私の好きな人]
◎HTB北海道ニュース 8/19(月) 15:58配信
北海道雨竜町出身のフォーク歌手 高石ともやさん死去 82歳
「受験生ブルース」など日本フォーク界けん引
北海道・雨竜町出身のフォーク歌手、高石ともやさんが病気のため亡くなりました。82歳でした。
所属事務所は病気で入院治療中のフォーク歌手高石ともやさんが17日に82歳で亡くなったことを発表しました。高石さんは北海道の雨竜町出身で1966年にデビュー。2年後にリリースしたレコード「受験生ブルース」が大ヒットし日本フォーク界をけん引する存在となりました。
また、札幌市立西園小学校やクラーク記念国際高校などの校歌の作詞や作曲を手がけ、音楽活動の傍ら国内外のマラソンやトライアスロンの大会で好成績を残すなど多岐にわたる分野で活躍しました。
---------------------------------------------------------------------------------
◎パオパオだより2008年6月8日「第16回みかた残酷マラソン全国大会」より
このレースに、私ははっきりとしたテーマを持っていた。
ガンと長く付き合っておられる高石てるえさん(ともやさんの奥様)と三宅誠孝さん(ともやさんのマネージャー、元京都市会議員)を励ます。そして、このお二人を励ますことによって高石ともやさんも励ます。
でも、迷惑かもしれないので、出場チームの紹介をされていたともやさんのところへことわりに行った。
「迷惑じゃないですか。」
「いやあ、ぜんぜん。」
よかった。これでお二人への応援メッセージを書いたのぼりをはためかせ走り続けることができる。
メッセージは次のとおり。
「ガンに負けるな高石てるえさん(三宅誠孝さん)」
「陽気にいこう高石てるえさん(三宅誠孝さん)」
今まで何百回レースに出たかわからないが、こんなんつけて(背負って)レースに出るのは初めて。さて、どうなることやら。
-----------------------------------------------------------------------------------
「みかた残酷のコンサートを休まはるって、よっぽど体の具合が悪いんやろうなあ」とうちの夫婦で話し合っていた。でも、まさかこんなことになるとは・・・。
高石ともやさんとはいろいろな思い出があるのだが、一番はこの「パオパオだより」を見ていてくださったこと。
特に私のシューズレポートはしっかり読んでくださっていたようで、お会いするたびに「あのシューズは・・・」とご自分から話しかけてきてくださった。
ますみさんは「ええかげんなアンタのレポートなんか、信用ならん」とよく言っていたが、高石ともやさんは私を信用していてくださったように思う。
まあそういう意味では「めずらしい人」でした。
2008年の「みかた残酷」の記事を読み直して、「私の『のぼりラン』はここが原点だったのか」とあらためて思った。
あれも少しは喜んでもらえたのかなあ。
高石ともやさんのモットーは「陽気に行こう」。
いつも笑顔でおられた高石ともやさんはすごい。
また、「いくつになっても日々成長」と言い続けられていた。
私もそうでありたい。
ちょっとだけでもまねができたら・・・。
Posted by パオパオ トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
トラックバック
トラックバックURL
http://blog.kyoto-carrot.com/tb.php?ID=6545