2017年04月07日(金)
森きらら・海きらら [雑感]
私の中学校時代の相棒・林幸博君と、2012年の春に長崎旅行をする予定だった。新幹線往復の予約を取り、泊めていただく予定だった中学校時代の恩師のお宅までのタクシーも予約した。そして例によって例のごとく、私は細かい旅行日程を組んでいた。もちろんその中に、「森きらら・海きらら」も入れてあった。
しかし、幸博君のお兄さんからの突然の電話。
「癌で入院して、そのまま出てこらへん。」
それから約3か月後の6月26日、幸博君は亡くなった。(「ありがとう、幸博君」)
今回の長崎行きの一番の目的は「真柴先生」だが、ずっと心に引っかかったままの「森きらら・海きらら」も見ておきたいというのもあった。
(注)まだまだ、続きます。
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幸 [学校]
朝出発する前に記念撮影。
ご主人は自称・大映スターと言われる男前だったが、病気のせいで人相まで変わってしまわれたそうだ。それでもお人柄は顔ににじみ出る。
ダンナさんはお写真でしか知らなかったので、ちょっとこわい感じの方かと思っていた。ところが実際お会いしてみると、奥さん思いのやさしいダンナさん。
「いい顔してくださいよー」という私のひと言で、3人とも本当にいい顔に撮れた。
この写真は、ブログに載せてもいいとおっしゃってくださった。
覚えていることを忘れないうちに書いておこう。
昨日の喫茶店でのダンナさんの話
「うちのがだいぶ若く見えるみたいでね、以前旅館に泊まった時、旅館の方がみんなそそくさとされてね。なんかおかしいなと思ったら、私が若い女の子と不倫の旅行をしているみたいに思われたみたいで・・・。」
「そのことがあってから、その話ばっかりしてね」と真柴先生。
分かります分かります。自分の奥さんが若いとかきれいとかかわいいと思われたら、ダンナは鼻高々ですよ。うちもそうですから。
それともう一つ。
今日の朝、「ダンナさんが奥さんにすごく優しいということが分かったのが一番の収穫です」と言ったときのこと。
真柴先生が「でもね、今まで一回も名前を呼んでもらたことないのよ」と。
「えー、大学2年からでしょ。55年間名前呼ばずって・・・、そらあかんでしょ。」
「おいとかちょっととかですんでしまうんで、名前は呼びませんね」とダンナさん。
それは心優しきダンナさんの照れなのかもしれません。うちも最初に「ますみちゃん」と呼びだしたので今も続いているけれど、最初に言えなかったら今も照れくさくて「ちょっと」とか言ってたでしょうね。
それにしても55年、いつまで照れとんね―ちゅうとこです。
島原鉄道・森山駅まで送ってもらった。
ちょうど離合の時で、私が乗る予定の電車が遠くからゆっくりゆっくりと近づいてきた。
2両編成の黄色のかわいい電車。
7時56分発ということで、高校生で満員だった。しかしその高校生も、「幸」駅でみんな降りてしまった。
今回の真柴先生宅訪問では、私の嫌いな「元気をもらった」ということはない。しかし、確実に「幸」なご夫婦を見せていただいた。これでまた、思い残すかもしれないという心配が一つ消えた。
というより、できることならまたお言葉に甘えて、もう一度来てみたいと本気で思った。
真柴先生、ダンナさん、ご家族の皆さん、本当にありがとうございました。
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2017年04月06日(木)
みよちゃん [学校]
どうしてももう一度会っておきたい人、真柴先生に会うことができた。
先生が嫁がれた長崎県諫早市のお寺を、一目見させてもらって帰ろうと思っていた。しかし、ご都合をお聞きしようとお電話させてもらったとき、「うちに泊まっていきなさい」とありがたいお誘い。そんなお言葉を期待していなかったのに、「そうさせていただきます」とすんなりおこたえした。
「ダンナさんの若い時の写真見せてください」とお願いすると、古いアルバムを4冊持ってきてくださった。
その中の1枚にめっちゃかわいい少女が・・・。
「この写真見てください。なんちゅうかわいらしい・・・。」
「そーお・・・。」
「ねえ、ダンナさん。めちゃくちゃかわいいですよね。」
「ああ・・・。」
おべんちゃらではなく、本当にそう思った。そういう私に、真柴先生もダンナさんもまんざらでもなさそうだった。
これは、たぶん高3の時の写真らしい。大学受験に行ったとき、「高校受験会場はあっち」と言われたそうだ。高3なのに中3にまちがわれたと言っておられた。
きっと、真柴先生が「みよちゃん」と呼ばれていたころの写真なんでしょうね。
この写真の5年後くらいに、小学校新採教諭と小3の田舎のぼんとして出会うことになるのですが・・・。
緑寿庵清水 (りょくじゅあんしみず)の金平糖をおみやげに。今までのおみやげの中で一番高いもの。気合が入っています。
1月に関空〜長崎1990円が取れた。
それでもう真柴先生のところにおじゃますることを決めた。
ピーチにしては超優秀、定刻に出発し、定刻に到着。
那覇への行き帰りでこんなことは絶対にない。
タラップを降りるとすぐ到着口。LCCで遠回りばかりさせられているので、これもよかった。
長崎空港には、先生のダンナのさんの車でお迎え。
ダンナさんの車は乗り心地抜群。運転も大好きとおっしゃっていて、眼鏡橋などいろいろなところを案内していただいた。
長崎はコーヒー伝来の地らしい。
長崎産のコーヒー園があり、それに付属してコーヒーショップがあった。すごく楽しみにしていたのに、木曜定休。残念でした。
その代わりに、ケーキのおいしい喫茶店に連れて行ってもらった。
そこで、滋賀の走友・リュウさんから仕入れていたお話をさせてもらった。
「私のマラソンの友だちに、西本願寺派のお寺の住職をされている人がいまして、その人から『冥福をお祈りいたします』と軽々しく言ってはいけないと教えてもらいました。」
(くわしくは、ブログ「湖周ランニングでサブフォー」1月20日の「中陰法話」 を。)
「そうですか。そんなお話をされましたか。」
リュウさんから仕入れた知識のおかげで、一目置いてもらった。
大村市にある長崎空港から諫早市の教専寺まで、ふだんなら車で40分くらいだそうだ。私を送り届け、ご住職はすぐにお勤めに出かけられた。
そのあと、真柴先生が本堂に案内してくださった。私が想像していたよりずっと立派なご仏壇だった。
正面に阿弥陀如来、向かって右に親鸞聖人、左に蓮如上人。それに聖徳太子と・・・、あとは忘れてしまった。掛け軸には7名の師と仰ぐ方の像が。インドの方2名、中国の方3名、日本の方2名。これであってますよね。
そのあとの真柴先生の人生のお話が興味深かった。
ものすごい個人情報になってしまうのでここには書けない。一通りのお話を聞いたあと、「真柴先生はあのほんわかとした感じのままで、ほんわかとした人生を歩まれていたとばかり思ってました」と感想を言わせてもらった。
「お医者さん(医学生?)とのお見合い話があってね、その人と結婚していたらほんわかのままの人生だったかもしれないね。でも私に好きな人がいるということを知っていたから、父がそのお話を断ってくれたのよ。」
もちろん、その「好きな人」が今のダンナさん。
この話を聞いていて、自分のことではないのにすごく幸せな気分になった。
京都の大学で知り合い、大学2年から付き合い始め、大学卒業3年後に結婚され現在に至る。お付き合い55年、結婚50年ですか!
真柴先生は、私の母校・別所小学校で2年、北区のT小学校で1年教師をされたあと長崎へ。それで終わりだと思っていたら、1年あいただけで長崎の教員採用試験を受けられたそうだ。そして見事合格し、45歳まで勤められた。そのあとも、教育委員や民生委員や保護司などをされてきている。
今まで持ち続けていた「かわいいかわいい真柴先生」のイメージが、今ごろですが更新できた。長崎のご自宅まで伺い、きちんとお会いしてお話ができて本当によかった。
ダンナさんがお勤めから帰って来られ、3人で夕食へ。
お魚のおいしい「おにつか」さん。
私とダンナさんはすぐに注文を決めたのだが、真柴先生が決められない。「前にメニューにあったにぎり寿司がなくなった・・・」と途方に暮れておられた。
そんなときもダンナさんは、「これはどう、これにしたら」とやさしく付き合っておられた。
「うちではそれは考えられませんわ。どっちが決められへんとしても、『はようせんかい!』てうなってますね。」
私はせっかく長崎に来たので「皿うどん」。
みんなで食べるように「刺身の盛り合わせ」も注文してくださった。9割方私がいただきましたけど。
これは書いてもいいかなあ・・・。
ダンナさんはアルコールは一滴も飲めない。アルコール消毒するだけでその部分が赤く腫れたりするほど。
「私の若い時もそうやったんです。ビールを1cm分くらい飲んだだけで顔が真っ赤になって、めちゃくちゃ眠たくなって。結婚してからヨメさんに鍛えられて、ビールだけは飲めるようになりました。さすがにアルコール度数の高い日本酒はあきませんわ。」
「それは残念。私は熱燗いただきます。」
おーっと、真柴先生。またまた「かわいいかわいい」イメージが・・・。
ことアルコールに関しては、うちの夫婦に似ていますね。
これも、あんまりくわしくは書かん方がいいかなあ・・・。
ダンナさんとは主に病気の話。
昨日「男の甲状腺低分化癌患者、出て来いやー!」と書いたが、さっそく同じ病気ではないが参考になる話がいっぱい聞けた。
神さんが、私の不安をちょっとでも取り除けるようにと使者を送ってくれてはんのかな。いやいや、今日の場合は仏さんか。
やすませていただく前に、真柴先生にひと言。
「今日一番よかったのは、ダンナさんがずっと先生に優しく話しかけておられるのが見られたことです。もうちょっと威張った感じの方かと思っていました。」
「それはないね。いつもあんな感じよ。私に優しいのはいろいろと苦労してきているからかな。」
「私がこんなこと言ってたって、ダンナさんに伝えてくださいね。」
「はい、分かりました。」
真柴先生とはお電話で長話をさせてもらったことはあるが、面と向かってお話しさせてもらうのは初めて。ダンナさんは今日初対面なのに、深い話もさせていただいた。
「うちに泊まっていきなさい」というお言葉に甘えさせてもらって、本当によかった。
今日の御恩、何かお返しできることを考えなくては・・・。
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2017年04月05日(水)
いい情報そうでもない情報 [雑感]
今日は寮1(二条)17時間。
やっと本来の勤務体制に戻った。
いつまでたっても朝は寒い。今日も6時で6℃。それが昼過ぎには20℃を超えるのだから、体の調子がおかしくなる。こういう体調を整えるのに、甲状腺は役に立っているらしい。
寮生が入れ替わり、おもしろいことだらけ。でも、これは職務上知りえた情報ということになるのでブログには書けない。私のような経験をしている人は少ないと思うので、そんな話が何かの役に立つこともあると思うのだが、・・・残念やわ。
先日、身近なある人から「私も20年ほど前に甲状腺全摘手術して、アイソトープ治療したんですよ。それからずっと〇〇〇〇〇〇(薬の名前)を飲み続けてます」と告げられた。
まさかまさかのカミングアウト。ある人に私の病気のことを話し、それを聞いたその奥様がわざわざ私に話しかけてこられたのだ。
「あなたのような方を探していました」と言いたかった。本当にありがたかった。
その感情をあらわにしたわけではなかったが、「えっ、そうなんですか」と言った時の私の表情を見て、その喜びと安堵感は察していただけたと思う。
「甲状腺低分化癌で甲状腺全摘手術して、コンブやらを食事制限した後に、監禁部屋で放射性ヨード治療せんならんのです」とか言っても、みんなちんぷんかんぷん。そらそうや。自分がこうならなかったとして、ほかの人から同じことを言われてもちんぷんかんぷんや。「癌て、患部を切り取ってしまう手術と抗癌剤と放射線の外照射治療とちゃうんかい」くらいしか知識がない。
いろいろな経験がある方々が、自分の経験上の話をしてくださる。それは私のことを心配して言ってくださっているのだが、正直なんの役にも立たん。そんな人たちには悪いけれど、聞いていてちょっとイライラしてしまったりもする。このあたりが病気の「ビョーキ」たるところですね。(なんのこっちゃ!)
カミングアウトしてくださった方は、厳密に言うと私と同じ病気ではない。しかし、治療法や手術、その予後についてはほぼ同じ。
「今まで20年間薬を飲み続けてきやはって、平均寿命から行くとあと30年以上飲み続けなあかん。それだけでもすごいわー」と思ってしまった。
身近な方なので、またなんでも気楽に聞いたりできる。ほんとうにいい病気の先輩が見つかった。
専門知識のある医師や看護師は、治療する経験は豊富でも治療される側の経験には乏しい。「私ならこうする」と言われても、それはあくまでも仮定の話。ゆうて悪いけど、「ほんまに患者の気持ち、分かっとんかいな」と思ってしまう。医療従事者がいくらがんばろうと、実際に病気になられた方の体験談を超えることはできないと思う。
大学時代の同級生のとしさんといい、今回の方といい、私は「病気の先輩」に恵まれている。ただ惜しむらくは、お二人とも男性ではなく女性であること。
「男の甲状腺低分化癌患者、出て来いやー」、今はそんな気持ちです。
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2017年04月04日(火)
3・5・10練習2回目 [ランニング]
伊江島マラソンに向けて、3・5・10練習2回目。
本番と同じ日程で練習したかったが、頭痛などがあり出遅れてしまった。
まずは出雲路橋下のネコちゃんにごあいさつ。
おとといの京都走ろう会の5kmは、21分07秒で走れた。これで5kmはだいじょうぶ。今日の課題は3kmを速く走ること。
飛ばして飛ばして飛ばして・・・。
4分08、4分15、4分04で12分29秒。
まあまあです。本番は12分は切れるでしょう。これを11分半まで持っていきたい。
本番は25分ほど休けいできるのだが、時間がもったいないので10分後に5kmスタート。
4分36、4分41、4分36、4分28、4分18で22分39秒。
本番は21分切らんとね。
ここも25分休けいできるのだが、15分後に10kmスタート。
4分45
4分41
4分57
4分53
4分49 24分09秒
4分47
4分44
4分54
4分45
4分30 47分53秒(23分44秒)
もう、ヘロヘロ。
でも10kmはおまけみたいなもんなので、走り切れたらそれでよし。
御薗橋の下も、今日は通れた。
そうそう、走っている途中で「ふじいせんせい」の声。
「やあー」とだけ言ってすれちがった。
私のことをいまだに「せんせい」なんて呼ぶのは・・・、ここ10数年お会いしてなかった元同僚の橋本さん。彼女は以前はよく走っていたのに、長らく見かけることがなかった。何かのきっかけでまた走り始められたようだ。ということは、またどこかでお会いできるでしょう。その時にゆっくりお話ししましょう。
本番は10km45分くらいで走りたいのだが、今年はちょっと無理っぽい。
ちなみに去年の成績は・・・。
3km11分50秒(1位)、5km20分59秒(1位)、10km47分23秒(2位)だった。
速い人が参加すれば順位はコロッと変わってしまう。とりあえずは、去年のタイムを目標としてがんばりたい。
4月8日の「伊江島マラソン」は、3km1位、5km3位以内、10kmはあわよくば3位をめざす。
さて、どうなるかねえー。
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2017年04月03日(月)
ザ・管理人 [雑用]
今日は寮1(二条)。
イレギュラーで、8時半から17時。
新しい寮生への対応の仕事なので、私の正装。
これぞ「ザ・管理人」でしょ。
実は、これはガードマン会社から室内用の制服としていただいたもの。本来の制服はすべて登録されているので、管理が大変。ガードマンを辞めるときには会社に返さなくてはならない。
しかし、これは別。会社名も何も入っていないので、他に流用しても問題はない。4月の管理代行業務はこれで行きましょう。
現在病気療養中(?)のため、「ザ・ガードマン」の仕事は休止中。去年の8月31日以来行っていないので、もう休みが7か月を超えた。病状についてはM課長にメールしているのだが、最近進展もないのでそのメールも滞っている。
暖かくなってきたのでまた〇ナートへ行きたいけど、次の甲状腺全摘手術のあとはもっと声が出にくくなる可能性が高いらしい。もう、ガードマンの仕事はでけへんのかなあ・・・。
ほとんど仕事をしてないように思われるが、月に17時間を4日、24時間を3日行くと、これで合計140時間。これを8時間で割ると17日半。もうすぐ年金がもらえる歳でこれだけ働けてたら、上等と思ったほうがいいのかもしれない。
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【RUN】
今日からヨメさんは、留年3年生の授業。午前の部から夜の部へ移籍したので、これから1年間ずっと晩ごはんは別々ということになる。
昨日買っておいたサバの干物と昨日のお鍋の残り。魚焼くのに水を入れるとは知らんかった。シッポのほうはよう焼けていたが、頭に近い分厚いところはちょっと生焼け。やったことないし、知らんがな。
晩ごはん前にひとっ走り。7時過ぎてから、すきっ腹でスタートってどうなんやろう。
いつもの十王堂橋往復5km。26分07秒。速いがな。
すきっ腹で走る方がええんかな。ちょっと、クラッとなりそうやったけど・・・。
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【今日のきく】
夕方5時にヨメさんが店から帰るときが、最後のきくの散歩になってしまう。
今日はヨメさんを国際会館まで迎えに行き、そのあとちょっとだけ時間に余裕があったので二人できくの散歩に行った。
きくは、シッポがピーンとたって大喜び。
「今日はたまたま早く帰って来れたし散歩行けたけど、これからはもうないと思っといてやー。」
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2017年04月02日(日)
京都走ろう会例会〜新年度総会〜 [ランニング]
4月第1日曜は、本来なら「なにわ淀川マラソン」に出張販売の予定だったが、諸般の事情により断念。
今年は、京都走ろう会の定時総会と例会に参加させてもらうことにした。
どうせ行くなら「京都キャロット」の宣伝も兼ねて、プチ出店させてもらうことにした。
シエンタに積めるだけの量なので、並べるのもすぐ。
10時まで少し時間があったので、1.4kmコースを使ってアップ。走り出したら、体が重くて動かない。6分17秒もかかってしまった。
準備運動は八田さん。
背筋がピンとしていてうらやましい。
これで少しは体がほぐれた気がした。
今日は総会があるので、時間がかかる10kmは行われないはずだった。しかし、総会が早く終了し天気もすごくよかったので、会長さんの判断で10kmも行われることになった。
私は元々5kmしか走るつもりがなかったので、すんなりと5kmのスタート地点へ。ところが、急きょ実行されることになった10kmにも10人ほどの方が参加されることになった。
ヨメさんが走る3.1kmコースも10人くらい。
5kmは私を含めて9人。
宿敵・中嶋さんも「5kmのつもりで来たので10kmはやめときます。」
今日の私の体の重さから行くと、「今日こそやられる覚悟」です。とにかく最初から逃げて逃げて、その作戦しかない。
作戦通り、葵橋までの最初の1kmはトップ。しかし橋を渡って河川敷に下りたところで、後ろからヒタヒタと近寄る足音。ただヒタヒタというよりバタバタという感じだったので、振り向かずとも中嶋さんでないと分かった。案の定、その足音はコーツさんだった。
コーツさんにあっさりと抜かれ、しばらく必死について行ったが、また違う足音が後ろから。これも中嶋さんではないと思った。中嶋さんはほとんど音を立てませんから。
この若手の方(遠藤さん)にも抜かれ、3番手を追走。でも見える範囲に目標があって走りやすかった。あとは「くノ一」のように背後に迫る中嶋さんだけ要注意。
4分06、4分18、4分20、4分16、4分07で21分07秒。
アップの時の体の重さからは考えられない好タイムでゴールできた。
やっぱり、私の後ろに中嶋さん。
あとでお聞きすると、北山通あたりで一番詰まっていたらしい。私が終盤よく盛り返したということでしょうか。
塚本副会長は、ゴール前のゼッケン読み上げ。
ご苦労様です。
ダウンジョグを兼ねて、またいつもの仲間の応援に。
保坂さんはかなり参加回数が多いのに、なぜか仮ゼッケン。会員になってくれはったらいいのになあ。
松山会長も応援に出ておられた。
おっと、鴨川常連犬のランちゃん。
もう目も見えず耳も聞こえないらしい。皮膚病がひどいのだが、副作用が心配で薬も使われていないとのこと。こんな高齢犬で鴨川が散歩できたら、ゆうことなしですやん。
「ランちゃん、また会おうね。」
「ワシ、ひとりになってしもたー。食べるもんが大変や」と嘆いておられた塚本さん。亡くなったうちのヨメさんのオトンにそっくりやそうです。
「また走りましょうよ」と誘うと、「アホかいな、無理やー」と言われてしまいました。
今日はポカポカ陽気で、参加者も多かったのに、プチ出店のほうはさっぱりだった。例会参加メンバーがほぼ固定してしまってますからねえ。新しい会員さんがもっと増えるといいのに。
急いで帰って、ヨメさんは「京都キャロット・産大前店」を開店。
私はスーパーへお弁当を買いに。
きくちゃんには悪いけど、一人でおいしくいただきました。
走り足りない感じがしたので、夕方1000m全力1本。 4分02秒もかかってしまった。
切れがない・・・。
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