パオパオだより

2011年12月25日(日)

第30回あのつ越年マラソン [ランニング]

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 ハーフ1時間半切りへの足がかり、それにはキロ4分15秒ペースを続けること。
 10kmレースで42分30秒を超えているようでは話にならない。

 去年、5km20分切りをめざそうと思いついたきっかけとなった「あのつ越年マラソン」。去年はこの大会の5kmの部で、21分15秒だった。
 今年は10kmにエントリー。どんなコースかよく分からないが、最低でも42分30秒以内。できれば42分を切りたい。

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 朝6時15分起き。
 家を6時45分に出たのたが、またもウェアを忘れてとんぼ返り。10分ほどロスしてしまった。
 名神・新名神・伊勢自動車道を通り芸濃IC。
 8時25分に、そこから10kmほど先の会場に着いた。まあ、うちから1時間半ほどで来れるということ。

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 ウォーミングアップをしていると、かわいいワンちゃん発見。
 ところが、私を怖がって逃げ惑う。

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 写真を撮ろうとしても、全然こっちを向いてくれない。

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 飼い主さん(女性)が落ち着かせてくださって、やっと顔の写真が撮れた。

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 「バム・メス・4歳」

 そんなにこわがらんでもいいのに・・・。

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 けっきょく、流しも含めて3kmほど。
 これだけやっておけば、息が切れるということはないだろう。

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 10kmの部のスタートは9時半。
 気がつけば、もう20分もなかった。
 近くにおられた方にお願いし、横断幕の前で記念写真。急いで着替えてスタート地点へ。
 そのときの気温は2℃。風もビュンビュンふいていたので、今日は長ソデの上にランシャツ重ね。

 10kmは179名のエントリー。
 しかしのんびりした大会で、スタートしたとき、まだこちらに向かって歩いているランナーが何人もおられた。
 みなさん「寒いのでぎりぎりまで」という気持ちも分かりますが、せめて5分前にはスタートラインに並びましょう。

 スタート直後は下り。しばらくして右折。そこからは追い風のようで楽に走りだすことができた。
 ところが、しばらくすると急な上り坂。ここはしんぼう。
次は長い下り坂。その先の2km地点くらいのところが折り返し。
 今度は長い上り坂と少しの下り坂。下り坂は向かい風のため思うほどスピードが出ない。
 河芸支所前に戻って4kmくらいか。ここで17分。
 ここから細かいアップダウン。まともな向かい風。全然進まん。
 「中間点」の標識前で、21分35秒。
 「ゲゲゲ、これは42分どころか43分も超えてしまう・・・。でももうすぐ左折、左折で追い風になるはず。」そう期待しながらあきらめずに走った。
 最初から、ちょうど競えるくらいの女性ランナーが次々と現れ、その人たちに負けまいと思いながら走ったのがよかったようだ。

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 ゴールは・・・、42分01秒。
 いやま、うれしいようなくやしいような・・・。
 後半、追い風とはいえ20分26秒ですか。
 風の力がなくてもこれくらいで走れるようにならんとあかんね。

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 ダウンジョグをしていると、去年のこの大会で写真を撮らせてもらったワンちゃん発見。
 「すいませーん、去年も写真撮らせてもらったものですけど、また撮らせてください。」
 またもや逃げ惑う怖がりワンちゃん。

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 今度も飼い主さんが落ち着かせてくださって、ワンちゃんの顔がしっかりと撮れた。

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 「ケン・オス・10歳」

 去年のブログを見てみると、「カイ・オス・8歳」と聞いてるんですけど・・・。
 まあ、今年のが正解ということで・・・。

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 1kmジョグしても、まだ10時半前。
 さぶいけど、津市役所河芸支所前で記念撮影。
 このとき、まだ6℃。暑がりの私でも、今日は長ソデで走ってよかった。

 10時40分ころ会場を出発。家に帰ったのは12時20分。高校駅伝の男子が、まだスタートする前だった。新名神ができてから、三重は近い。

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 1週間後の元旦に、亀岡で登録の部の10kmに出る。
 あと6日間みっちり練習し、痛めている右ひざと左のおしり(太もも裏)を悪化させないようにし、めざすは41分半。できれば41分切り。
 それと、せめてそれまでに体重を1kg落として62kg台に。

 「やるでー。」

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2011年12月24日(土)

クリスマスの前の日 [雑感]

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 朝起きたら、うっすらと雪が。
 きくは大喜び。

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 なんで、犬は雪がこんなに好きなんやろう。
 きくは寒がりのくせに、いなかに住んでいたときも雪の上を走るのが大好きだった。

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 綾部のじょんのび村のじょん君もいっしょらしい。
 次は、雪がいっぱいあるときにじょんのび村に行って、じょん君と遊びたいな。

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 真樹が自分のブログ「にょんにっき」に書いていた。
 「冬休み明けの体育のために、きくちゃんと走る練習をすることが目標です」
 さっそく、今日から実行。

 ブログに目標を書くのはいいと思う。
 私もブログにレースの目標を書いていると、「きょうの目標は○○なんですよね」と声をかけてくださる方もある。これはうれしい。自分の力にプラスアルファの力が加わる気がする。

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 真樹とヨメさんときく、このメンバーでどれくらい走ってきたのだろう。
 寒いと外には出にくいが、これで3人(2人と1ぴき)の運動不足解消にもなる。続けられたらいいのにね。

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 なぜか、牛の人形を背負わされているきく。

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 きくはかぶり物系を全然嫌がらないめずらしい犬です。

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 ずっと首にはさんだまま・・・。

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 ずっとずっと首にはさんだまま、むにゃむにゃむにゃ・・・。

 夜、廉はおでかけ。( デート?)

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 私らは、家でクリスマスイブらしいお料理をいただき・・・。

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 ケーキも3人で。

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 真樹は今、高2。
 「みんなでケーキを食べるのも、来年が最後か・・・。」
 そんなこと言わんと、大学生になっても帰ってきたらいいのに。いや、そら大学で彼氏ができたら、そうゆうわけにもいかんか。

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2011年12月23日(金)

2011万博クロスカントリー [ランニング・出張販売]

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 「あさひさーん!」
 「もうちょっとやね。」

 10kmの部のだいぶ後ろのほう、やっと朝日さんが帰ってこられた。朝日さんは地元も地元。吹田市のご自宅からすぐ近くのこの大会には毎年出場しておられる。
 私は今年は5kmの部に出場したので、10kmの部の朝日さんの応援がたっぷりとできた。

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 朝5時半過ぎ、自宅発。
 天気予報では雪の可能性があったが、意外とそんなに寒くはなかった。

 会場に着いたのは6時45分ころ。まだ薄暗い。

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 今日は廉がついてきてくれたので、出店準備もスムーズにできた。

 朝からごあいさつに来てくださったのは、「ランナーズ9の会」のかわせみさん、「淀川ランナーズ」の朝日啓介さん、それにお母さんが「パオパオだより」ファンとおっしゃってくださっているムセンビさんご一家。

 9時25分。
 この大会のハイライト(?)、箕面自由学園のチアリーディングを見に行かなくては。

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 このすばらしい演技を見てしまうと、もう大会の半分以上が終わってしまったようで・・・。
 いやいや、ここから。
 今日は、舗装、芝生、石畳と走りにくい5kmだが、キロ4分15秒ペースをめざしてがんばろう。

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 店はヨメさんとミズノの社員さんに任せ、私と廉はウォーミングアップに(廉は10kmに出場)。

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 2km以上ジョギング。
 「京都キャロット」の出店場所はちょうど日陰で、風がピューピュー。ところが、日の当たっているところを走ると意外と暖かい。
 これで、ウェアを長ソデから半ソデに変更。

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 ヨメさんは、今日はサンタバージョン。
 と言うより、だるまさん?

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 「かあちゃん、やめてやめて」の世界かな。

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 10、5、3のすべてのコースが、陸上競技場をスタートして、連絡橋を渡り、万博公園の中を走り戻ってくる。

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 中学生女子のトップは、高松望ムセンビさん。
 3分前にスタートしている高校生女子を次々と抜いてゴールへ。速すぎて、写真を撮るのもたいへん。
 今日の朝1年ぶりにごあいさつしたのだが、一段とかわいくなっていた。もちろんランニングフォームもすばらしいし。走っている姿を眺めているだけで、なぜか胸がすっとする。

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 「いやー、かわいらしいワンちゃん。」
 「ワン、ワン。」
 「お名前は?」 
 「ワン、ワン。」
 「ミルです。」
 「ミルちゃん、メスですね。」
 「ワン、ワン。」
 「そうです。」
 「歳は?」 
 「ワン、ワン。」
 「11歳です。」
 「いやー、わこ見えますやん。」
 「ワン、ワン。」
 「そうですかー。」

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 「ちょっとさわらしてもらおっかなー。」
 「ワン、ワン。」
 「なにおこってんのー。」
 「ワン、ワン。」
 「種類はなんですか。」
 「ワン、ワン。」
 「さー、何でしょうね。ミックスやから・・・。」
 「ワン、ワン。」

 ずっとほえられっぱなしでした。

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 11時、いよいよ5kmのスタート。
 今日の目標もキロ4分15秒ペース。ということは、ゴール21分15秒。

 今日はあわてていて家に時計を忘れてきてしまった。時計がないと、段取りがうまくいかなくて困る。

 スタートより1km地点で横を走っている人に聞いた。
 「何分ですか。」
 「4分ちょうどです。」
 おー、けっこうがんばってるやん。

 中間点でも横を走っている人に聞いてみる。
 「今、どれくらいですか。」
 「10分半です。」
 おー、キロ4分15秒を切っている。
 21分15秒、行けるかも・・・。

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 そのまま途中経過も分からないままゴール。
 さあ、これはタイムが楽しみ・・・。

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 もらった記録証は・・・。
 「22分19秒? 後半11分49秒もかかったん?」
 キロ4分15秒ペースは、またもや幻に。
 でも、40歳以上男子の部で19位やから、そこそこがんばったと言えるかな。

 後で調べたら、2年前の10kmが53分18秒もかかっていた(去年はレース不出場)。2で割ったら26分39秒やもんね。そう思ったら、やっぱり今年はスピードアップできている。

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 今日はランシャツランパンも忘れてしまい、ウルトラを走るときのようなウェアで。
 「ミズノ杯」と冠がついているので、それに敬意を表し、ゲイターとソックスはミズノ製で。

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 次は10kmの写真撮影。
 ウォーミングアップ中のかわせみさんに出くわしたので、1枚パチリ。

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 こちらも恒例のサンタバンド。
 メンバーのの中に子どものような小さな人がいてびっくり。いったいどこから来られているんでしょう。

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 競技場を出たところで、廉の写真を撮ろうとスタンバイ。

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 先頭争いをしているのは、廉の練習仲間・京都工繊大の久本君。
 そして、ムセンビさん。ムセンビさんは、招待選手だった。
 「第3回長野マラソンの優勝者で、5000m13分47秒7、マラソン2時間12分12秒・・・」

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 固まってきたので、けっきょく廉は見つからなかった。

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 後ろのほうに朝日さん発見。
 とっさにシャッターを押した。何とか後姿を撮ることができた。

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 10kmトップは・・・。
 「優勝を狙う」と宣言していたらしい久本君。

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 ステルス戦闘機のような独特のランニングフォーム。
 これで、ダントツで帰ってくるのだから不思議。

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 5、6番目くらいで、ムセンビさん。
 「ムセンビさーん!」と声をかけると、ニッコリとして手を振ってくださった。

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 そこからだいぶ離れて廉。

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 今日はあまり調子はよくなかったらしい。

 35分24秒で18位。
 これでも去年より1分ほどタイムを縮めているはず。

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 朝日さんの応援に公園の入り口まで。

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 いつも思うのだが、朝日さんはフォームがきれいで力強い。「いいお手本」とはこのこと。

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 後片付けが終わり、近くの「スシロー」へ。
 もう4時近く。すっごい遅い昼ごはん。中途半端な時間だったので、がらがらだった。

 ヨメさんが最初に取ったのは、「牛塩カルビ」。
 廉に、「それ、おすしちゃうやろう」と突っ込まれていた。
 さすが、肉食系女子です。

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 一人留守番している真樹におすしのおみやげ。

 またみんなで「いらっしゃい」(出張販売)に行けたらいいね。

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2011年12月22日(木)

まっちゃんのお兄さんのお味噌は日本一 [私の好きな人]

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 兵庫「ゆめさき舎」のまっちゃんが、お味噌と絵馬を送ってきてくださった。
 まっちゃんとは、「ランナーズ9の会」を通して知り合った。最初に声をかけてくれたのはまっちゃんから。そのとき、知的障害者の共同作業所を運営されていることを知った。それ以来、何度か「ゆめさき舎」におじゃまさせもらっている。
 先日は、共通点の多い仕事をされている沖縄の智君との仲を取り持つこともできた。私の生きる道はこれやね。自分自身は空っぽな人間やけど、いろいろな引き出しを持っていて、いざとなればいろんな物(人)を出すことができる。これで行こう!

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 まっちゃんにお礼の電話をした。
 いっぱいしゃべったが主なものは以下のとおり。

?まっちゃんお兄さん特製のの日本一うまいお味噌のこと。
 ほんまにうまいんです、このお味噌。このお味噌に出会うまでは「たたらぎダム湖マラソン」で売っているお味噌が一番おいしいと思っていた。でも、このお味噌は「たたらぎ」を超えた。
 ただしうちの毒嫁によると、「こうじさんのお母さんが作ってたお味噌に似てるだけとちゃうん。」
 ふーん、そうなんやろか。20年前に亡くなった母の料理の記憶などほとんどない。茶碗蒸しがおいしかったことくらいか。自分の記憶にもない味噌の味を、いまだに舌が覚えているとしたらすごい。

?「ゆめさき舎」の現況。
 今年は一度も「ゆめさき舎」に訪問させてもらっていない。『ゆめさき舎」のやっている日を聞いてみると、12月は29日まで。月8日の休みと決まっているらしく、正月4日休むとあとは4日しか休めない。本当に大変な仕事だ。
 メンバーを聞いて見ると、1年前と同じだった。年内は難しいかもしれませんが、必ずまたおじゃまします。
 今日は忘年会やったってねー。参加したかったなー。

?まっちゃんのランニングライフについて。
 首の調子が悪いままらしい。「何の根拠もないけど、来年サブスリー達成します。」
 単なるアホですね、まっちゃんは。

?まっちゃんのいとこの子、神奈川大の赤松宏樹選手のこと。
 箱根駅伝特集の雑誌によると、赤松選手は1年なのに1区に起用される予想。すごいじゃないですか。「将来のエース候補」とも書いてあった。
 まっちゃんのお父さんの弟の孫だそうです。いとこの子に負けてられんでー。まっちゃんもきばらんかい。

?私のランニングライフについて。
 「ボクもサブスリーめざしてがんばるし、藤井さんもハーフ1時間半切り達成してくださいね。」
 「あー・・・。速くなるような練習してたらええんやけど、毎日5kmほどちんたらと走ってるだけやしねえ・・・。」

?ブログ「パオパオだより」について
 まっちゃんは、必ず「パオパオだより」の直近の記事について感想を言ってくださる。これはありがたい。今回は、12月14日の「90歳の野心」と12月20日の「きづな?」。

 「きづな?」について。
 「語源までさかのぼって考えるって、なかなか思いつかないですねえ」とまっちゃん。
 「何でもかんでもはやりですわ。そこで、『ほんまにこれでいいんですか』と言ってくくれる人もおらんかったら、みんな大阪になってしまいますやん」と私。 
 「ほんま、ほんま。」
 
 日本中が大阪化してしまったら、ほんまにおしまいです。

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 まっちゃん。
 体は小さいけど、心は太平洋。
 うちの中では「ちっちゃいオッサン」でとおってるけど、私は信頼し敬服しています。
 うちの毒嫁はいつも言っています。
 「口ばっかりで何の役にも立ってへんアンタとちがって、まっちゃんは体をはって弱い立場の人のためにがんばってはんなあ。」
 「そのとーり!」

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2011年12月21日(水)

「えー、そんなんできるんですか」 [家族]

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「かごの屋」での昼食

 「2学期の通知簿な、1学期より11教科合計で10ポイント上がったわ」と真樹。
 「えー、そんなんできるんですか」と私。 ( ここは、吉本新喜劇の内場君ふうに。)
 「さすがかあちゃんに似てかしこい子やなあ」とヨメさん。
 「また、私一人で生んで私一人で育てた子やゆうんか」と私。

 今日は2学期最終日。( 真樹の高校は3学期制。)
 5段階の成績発表をメモして帰ってきた。1学期はちょっとさびしい結果だったが、2月期は一挙に平均1ポイントもアップ。「5」も2教科でゲット!
 すごい!
 ほんまに、「こんなことできるんですか」の世界です。
 これだけ上げるとさらにというのは難しいが、3学期もしっかり!

 ついでなんでおもしろい昔話を。
 私は、中学まで学年10数人のいなかの学校。通知簿はほとんど5で4が2つほど。つまり、平均4.8くらい。自分のことを天才少年だと思い込んでいた。
 高校は京都府立洛北高校。初めてもらった通知簿は、ほとんど3で2が2つ。つまり、平均2.8。一挙に平均2ポイントダウン。
 「なんやー、天才どころか普通以下かーい!」
 これは笑うしかなかった。
 
 このあとちょっとは盛り返したが、高校卒業まで通知簿の平均が3.5を超えることはなかった。特に、それまでずっと得意だった数学が高校では最後まで2だった。これはきつかったなあ。
 そんな父親から、数学が超得意な廉が生まれたり、5をぺロっと取ってしまう真樹が生まれたということは、ヨメさんが言うように「私一人で生んで私一人で育てた」のはほんまかも。

 なんにしても、楽しそうな真樹の姿を見ているとこっちまでうれしくなる。
 塾や家庭教師の力をまったく借りずに、一人でようがんばったね。
 「ええぞー、その調子で行けー。」

 三人でお昼を食べたあと、おばあちゃん(ヨメさんのお母さん)のお見舞いに。
 入院直後は集中治療室で酸素吸入器をつけていたとのこと。かなり大変だったららしい。今日でちょうど入院10日目。
 病室に入ると、やっぱり元気がなかった。しかし、徐々に本来の元気が復活。娘が見舞いに来てくれるとうれしいんですよねー。おばあちゃんの目がキラキラしていたのでだいじょうぶ。
 でも、私たちが病室を去るときはさすがにさびしそうだった。
 「また、来ますね。」

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【RUN】

 上がらない左足をかばって変な走り方をしていたのか、右足のヒザの内側が痛くなってきた。特に、日曜の「」びわ湖クロスカントリー」で悪化。月、火とランニングは休養した。

 今日はゆっくりと5kmコース。
 走り始めは痛かったが、しばらくすると痛みがましになった。
 行き14分42秒、帰り14分25秒で29分07秒。
 ゆっくりでも走れたのでいい。これからは右足ヒザと左足の付け根の両方を気づかいながら走らなくてはならない。
 「うーん・・・。」  

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※ テスト期間中休眠状態だった真樹の「にょんにっき」が、久々の更新。見てやってください。

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2011年12月20日(火)

きづな? [時事]

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=梅田麻衣子撮影

◎毎日新聞12月11日朝刊 「時代の風」より

時代の風:「絆」連呼に違和感=精神科医・斎藤環

 ◇自由な個人の連帯こそ

 3月の震災以降、しきりに連呼されるようになった言葉に「絆」がある。「3・11」「帰宅難民」「風評被害」「こだまでしょうか」といった震災関連の言葉とともに、今年の流行語大賞にも入賞を果たした。

 確かに私たちは被災経験を通じて、絆の大切さを改めて思い知らされたはずだった。昨年は流行語大賞に「無縁社会」がノミネートされたことを考え合わせるなら、震災が人々のつながりを取り戻すきっかけになった、と希望的に考えてみたくもなる。

 しかし、疑問もないわけではない。広辞苑によれば「絆」には「(1)馬・犬・鷹(たか)など、動物をつなぎとめる綱(2)断つにしのびない恩愛。離れがたい情実。ほだし。係累。繋縛(けいばく)」という二つの意味がある。

 語源として(1)があり、そこから(2)の意味が派生したというのが通説のようだ。だから「絆」のもう一つの読みである「ほだし」になると、はっきり「人の身体の自由を束縛するもの」(基本古語辞典、大修館)という意味になる。

 訓詁学(くんこがく)的な話がしたいわけではない。しかし被災後に流行する言葉として、「縁」や「連帯」ではなく「絆」が無意識に選ばれたことには、なにかしら象徴的な意味があるように思われるのだ。

 おそらく「絆」には、二つのとらえ方がある。家族や友人を失い、家を失い、あるいはお墓や慣れ親しんだ風景を失って、それでもなお去りがたい思いによって人を故郷につなぎとめるもの。個人がそうした「いとおしい束縛」に対して抱く感情を「絆」と呼ぶのなら、これほど大切な言葉もない。

 しかし「ピンチはチャンス」とばかりに大声で連呼される「絆を深めよう」については、少なからず違和感を覚えてしまう。絆はがんばって強めたり深めたりできるものではない。それは「気がついたら結ばれ深まっていた」という形で、常に後から気付かれるものではなかったか。

 つながりとしての絆は優しく温かい。利害や対立を越えて、絆は人々をひとつに包み込むだろう。しかし、しがらみとしての絆はどうか。それはしばしばわずらわしく、うっとうしい「空気」のように個人を束縛し支配する。たとえばひきこもりや家庭内暴力は、そうした絆の副産物だ。

 もちろん危機に際して第一に頼りになるものは絆である。その点に異論はない。しかし人々の気分が絆に向かいすぎることの問題もあるのではないか。

 絆は基本的にプライベートな「人」や「場所」などとの関係性を意味しており、パブリックな関係をそう呼ぶことは少ない。つまり絆に注目しすぎると、「世間」は見えても「社会」は見えにくくなる、という認知バイアスが生じやすくなるのだ。これを仮に「絆バイアス」と名付けよう。

 絆バイアスのもとで、人々はいっそう自助努力に励むだろう。たとえ社会やシステムに不満があっても、「社会とはそういうものだ」という諦観が、絆をいっそう深めてくれる。そう、私には絆という言葉が、どうしようもない社会を前提とした自衛ネットワークにしか思えないのだ。

 それは現場で黙々と復興にいそしむ人々を強力に支えるだろう。しかし社会やシステムに対して異議申し立てをしようという声は、絆の中で抑え込まれてしまう。対抗運動のための連帯は、そこからは生まれようがない。

 なかでも最大の問題は「弱者保護」である。絆という言葉にもっとも危惧を感じるとすれば、本来は政府の仕事である弱者救済までもが「家族の絆」にゆだねられてしまいかねない点だ。

 かつて精神障害者は私宅監置にゆだねられ、高齢者の介護が全面的に家族に任された。いま高年齢化する「ひきこもり」もまた、高齢化した両親との絆に依存せざるを得ない状況がある。そして被災した人々もまた。

 さらに問題の射程を広げてみよう。

 カナダ人ジャーナリスト、ナオミ・クラインが提唱する「ショック・ドクトリン」という言葉がある。災害便乗資本主義、などと訳されるが、要するに大惨事につけ込んでなされる過激な市場原理主義改革のことだ。日本では阪神淡路大震災以降になされた橋本(龍太郎)構造改革がこれにあたるとされ、さきごろ大阪市長選で当選した橋下徹氏の政策も、そのように呼ばれることがある。

 人々が絆によって結ばれる状況は、この種の改革とたいへん相性が良い。政府が公的サービスを民営化にゆだね、あらゆる領域で自由競争を強化し、弱者保護を顧みようとしない時、人々は絆によっておとなしく助け合い、絆バイアスのもとで問題は透明化され、対抗運動は吸収される。

 もはやこれ以上の絆の連呼はいらない。批評家の東浩紀氏が言うように、本当は絆など、とうにばらばらになってしまっていたという現実を受け入れるべきなのだ。その上で私は、束縛としての絆から解放された、自由な個人の「連帯」のほうに、未来を賭けてみたいと考えている。=毎週日曜日に掲載
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 「絆」という言葉がよく使われるようになった時、自分なりに語源を考えてみた。「傷をなめあう仲」から来たんかなと思ったり・・・。それほど、「きずな」と「きず」は近い関係にあるのだと勝手に思い込んでいた。その「きずな」という言葉を聞くたびに「きず」を連想してしまって、痛い感じがしてあまり好きな言葉ではなかった。

 話はぐーんとそれるが、小柳ゆきの名曲「あなたのキスを数えましょう」を知っておられますか。私は、「キス」のところをずっと「きず」だと思い込んで口ずさんでいました。「あなたのキズをかぞえましょう・・・、ああなんて痛々しい名曲なんやろう」と感慨にふけりながら・・・。アホでしょ。

 でも、「絆」は辞書によると「動物をつなぎとめる綱」からきた言葉だそうだ。そうか、「木につなぐ綱」なんか。(それなら、もともとは読み仮名は「きづな」だったのだろうか。)そういう意味やったから、この言葉が好きになれへんにゃね。

 20000パーセントの強制はまっぴらごめん。
 私は協調性0パーセントに近い人間です。

 「絆、絆」と言う人は、綱につながれたまま死んでいった動物のことも思い出してほしい。

 

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