2020年01月30日(木)
大いなるものを失って [家族]
1月29日午後3時半、父・藤井善一が亡くなりました。
私の母・俊子が亡くなったのが、1991年1月11日。それから29年、よくひとりでがんばったものです。
私は4人兄弟(姉・兄・姉)の末っ子で、お母さん子だと思いこんでいた。でも、そうでもないのかもしれない。
母が亡くなったのが私が35歳の時、父は私が64歳の時なので付き合った長さがちがう。ほんとうに大きなものを失った。
もう私のバックにはだれもいない。
今夜がお通夜。
明日がお葬式。
父がほめてくれた私の記事を載せておきます。
ぜひ見てください。
「1945年8月15日 」
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2020年01月29日(水)
時代錯誤の下品な広告 [時事]
1月26日の京都新聞を見てビックリ。
「タイムスリップしたか?」
ビラでは似たような内容のものを見たことはあるが、新聞広告でこんなんを見たのは人生初ですね。
悪代官が「金にもの言わす」というか、いったいいくらかかっているんでしょうね。良識ある京都市民が、この下品な広告をどう判断されるか・・・。
私も現京都市長も60歳代。「反共は戦争前夜の声」という言葉を知っている世代なのに、そのリスクを分かった上での博打広告でしょうか。
私を左翼(共産党系?)と勘違いしている人もおられるようだが、それは大まちがい。なんの関わりもありません。私が一番好きなのは、沖縄の喜屋武真栄元参議院議員のような「革新統一候補」。(ああ、これも死語ですね。)
過去の記憶をどんどん忘れてしまっている私が、この広告をきっかけに鮮明に思い出したことがある。
過去を辿ること40年。
私がやっとのことで小学校教諭になったころ。最初に赴任したのは大原小学校百井分校。そこで児童1人の担任に。でも、へき地校(別所小学校)出身の私にとっては、お隣の百井分校に赴任を命じられたのは名誉なことと思っていた。
「労働組合は、困っている人、弱いものを助ける組織です」と説明され、すぐに仲間に入れてもらった。いざ入ってみると、一番力を入れているのが「授業研究」。ええ加減なルートをたどってギリギリ採用された私にとっては、こんな「ためになる」ありがたいことはなかった。
そんなある日、組合のへき地部が教育委員会に待遇改善要求する会合に出席することになった。
京都市役所内の京都市教育委員会に出向き、へき地校で困っていることを要求させてもらった。その要求のほとんどが、自分たちの待遇ではなく子どもたちに関わることだった。
ところがその答弁に立っているのが、並み居るお偉いさんではなく20代の一係員。「何から何までペラペラと答えてるけど、中身はゼロ回答やん」「お偉いさんたちは言ったことをあとで追及されると困るから、こんな下っ端に答えさせて、あとは責任逃れしようとしてるんやなあ」と思っていた。
その中で、へき地校出身者である私が一番腹が立ったこと。
社会見学に出て行こうにも交通費が莫大にかかる。わずかな補助が出てはいたのだが、それを増額してほしいと言ったときのこと。
「へき地には豊富な自然環境があるわけですから、それを生かした授業に力を入れてもらって、わざわざ街に出てくることにこだわる必要はないのではないかと思います。」
「はあ? 田舎者は田舎に引っ込んどれちゅうこと?」
もちろん新採の私がそんな発言をできるわけがなかったが、へき地校の児童がバカにされたようではらわたは煮えくり返っていた。
その時答弁を一手に引き受けていたのが、当時教育委員会の一係員だった「かどかわ」さんです。
今も40年前も同じ、人を小バカにしたような答弁で活躍した一係員は、のちに教育長に上り詰め、そこで終わらず市長にまで。
これは選挙妨害でもなんでもない。私自身が目の前で見た光景です。40年たって細部は正確さを欠くかもしれないが、同じような証言をしてくれるであろう仲間はいっぱいいます。(昔の仲間がボケていなければ・・・。)
私の父の教えは、「最初に顔を見たら、その人がどんな人かだいたいわかる。のちにその評価が覆ることはほとんどない」。
申し訳ないけど、私の40年前の最初の評価は覆ることなく今も続いている。
(ひとさまのことをほめるにしてもけなすにしても、憶測ではなく、こういうふうに自分の目で見たことをもとにして話してほしいと思う。)
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◎五十嵐仁(法政大学大原社会問題研究所)の転成仁語より
4月29日(金) 再びかみしめるべき..
〔以下の論攷は、『六町だより』第25号、2016年4月号、に掲載されたものです。〕
「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」
これは、マルティン・ニーメラー牧師の有名な詩です。今また、これと似たような状況が生まれつつあります。再び「反共は戦争前夜の声」という言葉をかみしめなければなりません。
安倍政権は閣議決定した答弁書によって、共産党が破壊(活動)防止法の適用対象だと回答しました。普通に活動して多くの支持を得ている天下の公党に対するこのような攻撃は古色蒼然たるもので荒唐無稽ですが、まさに「ナチスの手口」に学んだものでもあります。
戦前の日本もドイツも、戦争準備の過程で頑強な反対勢力であった共産党を弾圧しました。やがてその弾圧は自由主義者やカトリックへと拡大していきます。同じように、安倍政権は共産党を狙い撃ちにして、戦争する国づくりをすすめようとしているわけです。
悪質なデマまで使って攻撃するのは、野党共闘の強力な推進力となった共産党を排除できなくなったからです。その力を恐れているからこそ目の敵にしているわけで、共産党が手ごわい政敵になったと自民党が太鼓判を押したようなものです。
これは安倍政権の弱さと焦りの現れでもあります。市民から大きな声を上げて糾弾しなければなりません。「最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった」という間違いを繰り返さないために。そして、後になって「私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」という状況を生まないためにも……。
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2020年01月28日(火)
第121回勝手に国労応援ラン [ランニング]
今回はJR沿線ではなく、左京区役所へ。
ちょうど京都市長選挙の期日前投票ができるので。
午後4時半過ぎ、自宅出発。
「身はいやしくも 心は高くありなん」
そのとおりやね。
心までいやしくなったら人生終わり。
地下鉄・北山駅まで3km。
このまま進んで府立大の手前を左折。(北泉通というらしい。)
下鴨本通との交差点角にペットの美容室。
上等な白いワンちゃんが待機していたので、撮らせてもらった。これはなんちゅう種類かな。きれいにしてもらったあとかなあ。
左京区役所まで4.39km、27分05秒。
期日前投票の部屋はガラガラだった。
「お車ですか。」
「いえ、走ってきました。」
毎回、こう言うのが楽しみ。
国労をつぶしにかかった勢力とは反対の立場であると思われる候補に1票。
あまり迷わずに投票できた。
「さあ、父の病院によって帰ろう」と思って区役所を出ると、雨がザーザー。ついさっきまで降ってへんかったのにー。
お見舞は中止で、高野川沿いを北上して帰ることに。
例の「ムダ橋」、まだできてへんのやねえ。これも現市長の失策やと思いますが・・・。
橋の名前はもう決まってんのかなあ。もし公募があったら、私は絶対「ムダ橋」。橋の名前ってなかなか覚えられへんけど、これならバッチリ。
こないだでっかいおにいさんにお世話になったドコモショップ。
地下鉄・国際会館駅前で区役所から3.2kmほど。
ますます雨がきつくなり、もう全身びちょぴちょ。
いつもの叡電沿線に沿って家まで。
やっと着きました、5.77km、37分20秒。
これで全部で10kmをちょっとだけ超えた。
雨の日は走りたくはないが、今日は用事の帰りに降ったのでどうしようもない。かえっていい練習になった。
すぐに着替えて、体を温めなければ。カゼひいたらえらいこっちゃし。
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いつも今が一番 [わんこ・にゃんこ]
今日「京都キャロット」のお客様が早く来られるということで、私がきくの朝の散歩に連れて行った。(いつもは、朝はヨメさん。)
最近夜は町内の公園ばかりなので、前によく行っていた長代川沿いの散歩道へ。そこでリードを外すと、少し下の田んぼへスタスタと歩いて行った。
刈り取られたあとの田んぼやから、犬が入ってもいいでしょう。この田んぼの持ち主さんは、私やきくのこともよく知ってくださっているし。
きくは田んぼに入ると、しっぽがピーン!
なんぼでもなんぼでも歩き回る。うれしかったみたい。
いつもなら頭を下げて、元気なく歩いているのに。
稲の切り株が伸びてちょうど顔の高さで、それが刺激になって顔を上げて歩いているのかもしれない。
まるで、ソフィア・ローレンの「ひまわり」みたいやん。
去年の11月の「南紀日置川マラソン」で、急激に弱って歩けなくなったきくを見て涙が止まらなかった。「もう絶対に1年も生きられへん」と思った。
でも「アンタが死んでも、きくと私はしっかり生きていく」というますみさんが、鍼灸とか食べ物とか考え付くことをいろいろやってくれて元気になってきた。
今は、ゆっくりしか歩けないきくを見ても悲しくはない。
「いっぱい歩けてよかったなあ」とうれしくなる。
子犬しかかわいいと思えない人はかわいそう。
もちろん、きくは子犬の時からかわいかった。でも、元気が有り余ってひとさまに迷惑をかけまくっていた時もかわいかったし、年老いて目だれが気になる今もかわいい。
そのうちのどの時期のきくが一番かわいいかと聞かれたら、迷わず「今日」と答える。
そうでしょう。
余談ですが、ますみさんも若い時からかわいかったし、子育てが大変な時もかわいかったし、子どもらが離れてしまった今もかわいい。
そのうちのどの時期ますみさんが・・・(以下、同文)。
そうでしょう。
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2020年01月27日(月)
雨でも走らんかい [ランニング]
今日は一日雨。
小雨なら走りに行くが、そこそこ降っていた。
「ついに、『バイト日以外は全部走る』が途絶えてしまうのかー。」
そう思っていたら、夜9時過ぎにやっと小降りになった。
「晩ごはんが消化できてへんけど、走りに行くかー。」
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今日の夜、ヨメさんはお出かけだったので一人晩ごはん。作るのはめんどくさかったので食べに行った。
キャラバンが停められそうなところは、MKバイキングくらい。
560円のチケットを買って中に入ると、ビックリするほどガラガラ。
これだけいただきました。
みそ汁は3杯。それだけでも値打ちがあったかな。
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さあ、食べてから1時間後に走ってだいじょうぶなんでしょうか。
また町内1kmコースを3周。18分39秒。
この程度なら、お腹ゴロゴロもだいじょうぶでした。
これからは、雨でも、晩ごはんを食べたあとでも走るようにせんとあかんね。
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2020年01月26日(日)
第30回くみやまマラソン [ランニング・出張販売]
今日のブログの記事のタイトルは、「そんなそうへいにだまされて」にしようかと思っていた。でも、そんなあやしいタイトルだとアクセス数が減ってしまう。
この写真、見てください。
これだけでもかなりあやしいのに、さらにあやしいタイトルまでつけてキャッチするつもりはありません。
でも、とにかくだまされました。
ハーフに出られるそうへいさんに予想タイムを聞くと、「1時間50分くらいかかりそう」と。私は今日もレースには出ないので、そうへいさんのゴール写真を撮りに行った。
「なんぼなんでも1時間50分はかからんやろう。1時間40分くらいから行ったらええな。」
そう思ってゴール前でカメラを構えて待ち受けていた。ところが全然見当たらん。1時間52分くらいまで待って、あきらめて帰ってきた。
そのあとそうへいさんがご来店。
「1時間35分台でゴールしました。」
「えらい話がちがうがな。」
まあアイツはそうゆうやっちゃ。
そのあと知り合いの方に記録証を見てもらっていたときの顔は、まるで子ども。腹も立たん。
年の差はだいぶあるけど、これからも「良識あるヘンタイ仲間」としてよろしくね。
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5時45分起きで、お茶漬けさらさら。
6時15分に出発して、大会会場には7時前に着。
週間予報ではずっと雨だったが、朝の最新予報ではほとんど雨はだいじょうぶになっていた。
今年は5年ごとの記念大会で、ハーフがある。これで少しは売上増になるのではと目論んでいた。
商品数が少なくなったため、開店準備も1時間かからず。
8時前には並び終えたのだが、お客様はしばらく全然来られなかった。
この大会恒例の前年大会の写真サービス。
去年は走ったので写っていないかと探したがなかった。
地元の大会なので、以前は知り合いの方もたくさん出ておられた。ところが、今日は少なかった。
お隣のテントのたこ焼き、そのまたお隣のテントのみたらし団子を食べてちょっとあったまった。
空は曇っていたが、風はほとんどなかったので、走るには絶好のコンディションと言える。
10時半、ハーフの部がスタート。
スタートから500mくらいの地点で待機。知り合いでは、しげちゃんパパと植木屋そうへいさんが出ておられる。
しげちゃんパパ、ゲット。
ナイキのシューズの具合はどうでしょう。
植木屋そうへいさん、ゲット。
あちこち痛いとおっしゃっていた割には元気そう。
堤防に上る道のところまで走って行き、またここで待機。
トップ争いは洛南対桃山かな。
しげちゃんパパは、かなり前の方。
そうへいさんは、団子状態の左端。
なんとか撮れました。
堤防の上にも上がって、パチリ。
ここからずっと堤防上を走ることになる。
単調なので、私には向いていないコースと言える。
今度は11時スタートの5kmの部を見に行った。
先頭集団には洛南高校がいっぱい。
5kmの最後尾は、いつもの永田さんではなかった。
しかし、この方も95歳とアナウンスがあった方だと思う。
「しっかり走ってくださいね」と声をかけておいた。
5km男子トップが帰ってきた。
5km女子トップ。
この応援犬ちゃんは、「クック・6〜7歳・オス」。
まあまあ人懐っこいワンちゃんだった。
しばらくすると、ハーフの選手が国道をくぐって来た。
たぶんここらで残り5km。
しげちゃんパパ、快走。
「しっかり!」と声をかけると、「はい!」と返ってきた。
こちらは、たぶんハーフ女子のトップ。
えーと、こちらは・・・。忘れました。
そうへいさんを見つけたのだが、あちらも私が分かったようで大柄なランナーの後ろに隠れていた。そして、直前でひょっこり。なにしてんだか。
いったん京都キャロットのテントに戻り、今度はゴール写真を撮りに。
1時間15分くらいから待機していたのだが、間もなくしげちゃんパパ帰還。
ラストスパート。
1時間20分くらいだったと思うのだが、この結果はご本人にとってはどうだったんでしょうか。
ハーフ以外のランナーがほとんど豚汁を食べ終わり、ハーフのランナーがまだあまり帰ってきていないこの時間が一番すいている。ヨメさんも、ほとんど並ばずゲットしてきた。
食べもんとヨメさんは、ほんまよう似合います。
丸いたこ焼き、丸いみたらし団子、丸いうつわの豚汁。丸い顔に映えますねえ。
そうへいさんが帰ってこられた。
「全然1時間50分とちゃうやん」と言っても、「へへへ」という感じ。
朝に差し入れてくださった「抗がん剤」という名のビールとお菓子。(毎年ありがとうございます。)それらを持って記念撮影。これだけでもここに来た値打ちがありました。
心配していた天気はまったくだいじょうぶだった。しかし、レースの後にゆっくり見ていかれるお客様は少なかった。
またもや、売上げ最低記録を更新。ハーフもあったのに、残念過ぎる。
この先もう出張販売も行けないかもしれないという話をすると、そうへいさんがすごく残念がってくださっていた。なんとか、私一人でも行けるようにできたらいいんですけどねえ。無理ですかねえ。
2時25分くらいに会場出発。
ちょうど「大阪国際女子マラソン」のトップがゴールしそうな時間になっていた。外の駐車場に車を止めて、車についているテレビで観戦。
松田瑞生選手が、NBのシューズで優勝。2時間21分47秒。
おめでとうございます。鍼灸師であるお母さんのケアがよかったんでしょうか。
ただし、まだ「名古屋」が残っている。たぶん「名古屋」では、今までナイキのシューズを履いてなかった選手がイチかバチかに賭けてくる。もう最後の最後やから、四の五のゆうとられん。
わたし的には、ニイヤに出てほしいんですが・・・。しつこいか。
毎年「くみやま」の帰りはラーメン。
会場から近い「来来亭」へ。
ラーメン(700円)、手羽先から揚げ3本(410円)。
ヨメさんに支払いを任せて車に戻ろうとしたら、「こうじさん、お金が足らん。カード使えへん。」
今時カードが使えへんチェーン店があるんですね。
家に着いたのはちょうど4時。
留守中にきくが何かに絡んで動けなくなっていないか心配だったが、ちゃんとまんまるになって寝ていた。かしこー。
いったん起きたが、まだ寝ぼけている。
お散歩モードに切り替えるのに時間がかかる。これは仕方ない。
夜は、そうへいさんからいただいた本物のビールで乾杯。
そうへいさんは「宇治川」も「篠山」も申し込んでいないとのこと。そうなると、「香住」とか「みかた」とかで会えるのなら私も行きたい。
さて、どうなることやら・・・。
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2020年01月25日(土)
ギャランドゥ? がらんどう [ランニング・出張販売]
明日の「くみやまマラソン」に向けて、商品の積み込み。
以前は車に積んであるものは積んだままだったのだが、今は商品が少なくなってしまい、いちいち積んだり降ろしたり。
午後4時半から積み始め、終わったのは7時。在庫表を書き直しながら積んでいるので時間がかかる。
店のものを積んでしまうと、店はギャランドゥ。いやいや、がらんどう。
秀樹の「ギャランドゥ」も「がらんどう」も今や死語ですかね。
明日もレースには出ない。
「京都キャロット」の販売に専念だが、雨が降りそう。
「ああ、やめてやめて!」
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【RUN】
京都精華大生殺害事件(2007年1月15日)から13年。
また新しい花が増えていた。
私にできることは、RUNの途中で手を合わせることくらい。ほぼ毎週、多い時は週に2、3回通るときもある。その時は必ず手を合わせて拝んでいる。
それにしても、犯人見つかりませんねえ。
今日は岩倉実相院往復。
実相院まで3.33km、18分39秒。
帰りは3.36km、17分47秒。
6.7kmでは少ないと思い、ダウンジョグ3.3km。
これで10km。
やっぱり、1日10kmくらいは走らなあかんね。
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【今日のきく】
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