2014年05月13日(火)
暑い日こそ走ろう! [ランニング]
「明日の京都の最高気温は30℃を超えるでしょう。」
昨日の天気予報を聞いたとき、「明日は絶対に昼の暑いときに走ろう」と思った。
もちろん「一人沖縄平和ラン」対策。できるだけ日なたを選び、アスファルトの照り返しがきついところを走る。信号待ちで止まった場合も、絶対に日影に入らない。これで、12kmほど走りたい。
3時半ごろ自宅スタート。うちの辺は京都盆地の北の端なので、30℃までは行っていない。ただし、走り始めてすぐ息苦しくなった。ええぞー。これでこそ、仮想・沖縄。
国際会館前で2.7km。
突き当りを右折して白川通りへ。
松ヶ崎橋で4.8km、28分。
ここから北山通りを西へ西へ。
まっすぐな北山通りは飽きる。
でも、京都の中では沖縄の通りに一番近いかもしれない。
北山大橋東詰で7.6km、45分.
ここは7年前まで「京都キャロット」があったところ。今はきれいなブライダルショップになっている。
上堀川の北郵便局前で8.3km、49分。
この先も北山通りは続くのだが、これ以上いくとオーバーワーク。ここを右折すると、家まででちょうど12kmくらいになるはず。
御薗橋で9.1km、54分。あと3km。
さすがにかなりのどが渇いた。
「京都キャロット」前まで来ると、あと650m。
「きくちゃん!」
こちらに気づいたみたいだが、まず家まで。
「すぐ、お迎えに来るしなー。」
家到着、12.1km、1時間13分10秒。
これくらいでは耐暑ランの練習にはならんかな。
-----------------------------------------------------------------------------------
【今日のきく】
家に戻ってすぐ店へ。
きくは大喜び。
ところが、帰り道で「パンパーン!」(猿追いの脅しのピストル音。)
「腰抜けたー。」
ここから家まで帰るのがたいへんだった。
きくちゃんはパオパオといっしょ、ビビリンチョの弱虫やね。
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2014年05月12日(月)
翻弄される辺野古 [時事]
◎毎日新聞5月11日朝刊・ストーリー
翻弄される辺野古
―「成田闘争の二の舞い」警告
時折吹き抜ける風が香りを運ぶ。沖縄県名護市辺野古の中心部。幹線道路沿いに〈ようこそ辺野古商店街〉と書かれた看板が現れた。点在する店舗の多くは傷み、扉を閉ざしていた。
「昔はにぎやかだったんだよ」。辺野古商工会の会長を務める飯田昭弘さん(66)は独りごちた。4月下旬の昼下がり。すれ違う人はほとんどいない。そんな一角に沖縄防衛事務所の出先機関、名護防衛事務所はあった。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先とされる辺野古との連絡調整窓口として、国が2011年に開設した。
今年3月のことだった。飯田さんは地元商工会会長として事務所を訪ね、こう宣言したという。
「このまま辺野古区の要望に応えなければ、『成田闘争』の二の舞いになりますよ」。地域の自治会に当たる辺野古区は10年、基地受け入れについて「条件付き容認」を決議した。今年1月の市長選で稲嶺進市長(68)移設反対を訴えて再選された後、区は「条件を具体化し、各世帯への一時補償金などを防衛事務所に打診し始めた。それが「区の要望」だった。
「警告」のつもりで口をついて出たのが「成田闘争」だった。千葉県成田市の新東京国際空港(現成田空港)の建設をめぐり、計画を強行しようとする国に地元農民が激しく抵抗、過激派が加わったことで反体制運動の色彩を濃くしながら30年近く、地域は大混乱に陥った。
「今のところ辺野古の大半は『普天間移設容認』で、地元一丸となった反対闘争にはならない。けど、辺野古の意向を無視するなら、住民はこぞって反対に回ると伝えたかったんだ」。しかし、名護防衛事務所の担当官が首をたてに振ることはなかったという。
でまかせで戦後最大の社会的混乱の名前を出したわけではなかった。地殻変動を感じていたからだ。
移設が浮上して18年。飯田さんは「辺野古は翻弄され続けてきた。結果がこの有様だ」と閑散とした町並みを見た。怒り、悲しみ、いらだち・・・もろもろの感情が交じった表情だった。
名護の中の東西格差
「アメ」投入も町おこし遠く
「普天間移設の見返りは、この学校くらいです。でもね・・・」。沖縄県名護市辺野古。米軍普天間飛行場の移設予定地が見渡せるマンションの屋上で、辺野古商工会長の飯田昭弘さん(66)は、特徴的な円筒形の建物を指さした。国立沖縄工業高等専門学校だった。2004年に開校した沖縄県初の5年制の高専で、在学生は800人。
国が移設受け入れと引き換えの「アメ」として、辺野古の地に与えた目玉事業。約117億円が投じられた。飯田さんは高専を「地域おこしの起爆剤」ととらえ、8年前にマンション経営を始めた。けれども、その浮かない表情は、期待通りの展開でないことを物語っていた。
沖縄県北部に位置する名護市は、西と東の両方に海岸線を抱える。市の中心部は市役所が置かれた西海岸側。そして米軍基地キャンプシュワブのある辺野古は、反対側の東海岸だ。名護市の人口は約6万人。辺野古は1900人足らずだ。
国は1997年、普天間飛行場を受け入れてもらおうと、名護市を含む北部12市町村を対象とする北部振興策を打ち出した。「10年で1000億円」の約束で00年度に始まり、10年度以降も額を減らして継続されている。露骨な「見返り」だ。だが、辺野古に新しくできたものは高専、それに公民館・・・。
「石破さんが選挙で約束した500億円も、何だったんだろうとおもいますよ。またか、とね。」
普天間移設の是非が争点になった1月の市長選で自民党の石破幹事長が表明した「500億円の名護振興基金のことだった。飯田さんは移設推進派の新人候補を応援したが、現職の稲嶺進市長(68)に4000票以上の大差で敗れた。同時に「500億円」の話も消えた。
またか―。その嘆息は深い。96年の普天間飛行場返還合意から辺野古は翻弄され続けてきた。99年、名護市が条件付きで受け入れを表明しながら計画は足踏み状態に。民主党の鳩山政権が「最低でも県外移設」を唱え、混乱に拍車をかけた。曲折を経て13年末、沖縄県の仲井真弘多知事が辺野古沖埋め立てを承認。決着するかと思われた揚げ句の名護市長選だった。
「政治家がアメをちらつかせて、知事、市長が予算をぶんどる。でも、当の辺野古はすたれるばかりです。これまでに一体、国の金がいくら投じられたのか。反対、反対って言っておけばいいんだからね」
飯田さんの声は自嘲気味だ。
◇
戦前、辺野古は人口約750人の半農半漁の村だった。辺野古を抱える旧久志村は、占領米軍による土地の強制接収に対する「島ぐるみ闘争」が最高潮を迎えた56年、米軍と条件交渉するなかで土地提供に応じた。接収されるなら見返りがある方がいいという判断だったという。軍用地料で村は潤った。
辺野古区のホームページによると、48年ごろは140世帯643人だったのどかな集落は、65年には309世帯2139人に急増。それがピークだった。
70年、旧名護町などと合併し名護市が誕生。軍用地料について、市と辺野古区が6対4で分けることになった。13年度は市が3億1930万円、区が2億1290万円だった。しかし名護市街地と辺野古は車で約20分の距離。地域としての一体感はほとんどない。辺野古区行政委員の許田正儀さん(64)は言う。「辺野古はマイノリティー。声は届かない。大事なことは皆西側が決めてしまう」
地殻変動 自治組織から
4月27日の昼下がり。辺野古の中心にある辺野古区公民館では、年に一度の区民大会が非公開で開かれていた。住民自治組織「行政委員会」が活動方針などを報告する場だ。嘉陽宗克区長(61)は「辺野古には(飛行場受け入れについて)賛成も反対もいる。そういう現状を踏まえて、区民の財産と生活を保障するよう、国に要請した」などと話したという。従来通り条件付き容認か、それとも反対するのかあいまいな言い方に終始した。国に対し、4月14日付で申し入れたという、個人補償額なども明かされなかった。
出席者によると、配布された書類は出口で回収され、それと引き換えに5キロの米袋が渡された。ある住民によると、資料の外部流出を防ぐのと、「軍用地料」の分配の意味合いもあるという。米だけではない。1人当たり年5万円の生活支給金が支払われる。「軍用地料のバラまきだ」という声も聞かれる。
辺野古区には軍用地料として年間2億数千万円が入る。それらの金をどう使うのか、移設問題にどう対処していくのかについては、行政委員会が決定権を握る。委員は計18人。辺野古区に10ある班の代表に加え、区長約選出の市議、青年会長、老人会長などがメンバーだ。
実は、嘉陽氏は昨年3月、46年ぶりの区長選挙に挑み、初当選した。「住民の生命と財産の問題について、わずか18人で決めるのは荷が重すぎる」と問題提議し、内部改革に乗り出す姿勢を見せている。嘉陽氏の支援者、西川征夫さん(70)は「行政委員会はオープンな議論をしないまま、移設ありきで国との条件交渉を独善的に進めてきた。区長選挙後、そうした体質が変わってきている」と話した。
◇
4月26日夕。名護市の稲嶺市長の姿は沖縄市にあった。沖縄市長選で普天間移設反対を掲げる新人候補の応援だった。同市は嘉手納基地を抱える。支持者を前に「相手候補は『国とのパイプ』を強調するが、国が金で言うことを聞かせようとするのが実態だ」と訴えた。
取材に応じた稲嶺氏は「『金ありき』だから使うのに一生懸命になり、ハコモノばかり。新しい基地が来ると活性化すると言われるが、違う」と話した。国は10年度までに、名護市に普天間の移設に絡む振興策約400億円を投じた。しかし00年度からの10年で、市民1人当たりの所得は203万5000円から188万3000円に減少した。09年度の県平均(204万5000円)と比べてかなり低い。
稲嶺氏が支援した反対派候補は、与党系候補に敗れた。しかし稲嶺氏の姿勢は揺らがない。沖縄防衛局は4月11日、移設作業のための漁港の使用許可などを求める申請書類を名護市に提出したが、市は今月、突き返した。
再び辺野古。商工会長の飯田さんと会った。「稲嶺さんはまた4年間、突っ張るのかな。このまま反対を続けても何の補償もない」。飯田さんは危惧する。「西側は直接関わりないから・・・」
抜き差しならない不信感。名護市はシュワブ、そして普天間の移設先という負担を辺野古に背負わせる。本土と沖縄の関係と重なるように感じられた。
飯田さんの趣味は写真撮影。3年に一度の地域の伝統行事である「辺野古の大綱引き」の準備に励む住民たちの写真を見せてくれ、こう言った。「これが辺野古だよ。賛成も反対もない」
■今回のストーリーの取材は
上野央絵(政治部副部長) 1991年入社。水戸支局、政治部を経て2005〜07年、西部報道部で沖縄を取材。鳩山政権下の普天間問題の経緯をまとめた本の執筆に携わり、13年から現職。沖縄問題の取材をはじめて9年になる。写真は東京写真部の梅村直承が担当した。
------------------------------------------------------------------------------------
あー、ちゅかれた。
新聞記事はコピーさえできたら1分ですむ。ところが、今回はなぜかできなかった。
私のひらがな打ちで約3時間。ようがんばりました。たぶん、どっか変なところがあるはず。また、あとで見直すことにしよう。
毎日新聞は、辺野古の問題についてかなり掘り下げて取材している。ただ、今回は「名護の東西格差」という点に注目しているところが今までとちがう。「名護市民から抗議されるのでは?」と思われる部分もある。
記事を読んでいて、一つ頭に思い浮かんだことがある。去年の9月、名護市久志地区を走る「久志20kmロードレース」でのこと。
会場は統合で休校になった小学校。コース途中には、その地域の何校かを統合した立派な小中一貫校が建設されていた。
この景色は沖縄では見たことがない。私の中では、「沖縄=学校を死守する地域」だからだ。初めて訪れた鳩間小中、次に行った船浮小中、その次の平久保小も地域の人々が死守した学校と言える。こないだおじゃました国頭村の北国小もそうだ。それだけに、この地域に似合わない立派な校舎が異様に頭に残った。
今日の記事を読んで、「うーん、そうなのか」と納得するところがあった。「この地域は、ひょっとしたら懐柔策に弱いのかもしれない。」もしそこまで見透かして普天間の移設先を選んでいたとしたら、それはそれですごいこと・・・なのかな?
-----------------------------------------------------------------------------------
【今日のきく】
今さらですけど、何で私が犬が好きか分かった。
夜8時、大雨の中、散歩に行った。
きくは私の顔をチラチラ見る。
「ひょっとして、このあとお風呂に連れ込むんですかー」と私の心を探る。
ちょっと踏ん張って抵抗したりして・・・。
こんなふうに、ちら見しながら相手の心を探りあう。
これがおもしろいんですよねー。
ああ、犬はやめられん!
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2014年05月11日(日)
第36回鯖江つつじマラソン [ランニング・出張販売]
今日のトップ写真は、鯖江の有名人である速歩ランナーこと峯田芳則さん。
私のこのブログにも、たびたびコメントを入れてくださっている。
残念なことに、「XP」サポート終了に伴いパソコンともお別れということになったそうだ。せっかく「パオパオだより」のトップ写真に採用させてもらったのに・・・。いつかどこかでのぞいてみてくださいね。
5時10分に自宅出発。
順調に名神を走っていたら、「敦賀〜武生通行止め」の標示。
「なんでやねん! その分下の道走ったら、めっちゃおそなるがなー。」
ところが、米原から北陸道に入ると「敦賀〜武生夜間通行止め」という標示に変わる。
「あーよかった。朝6時までやったんや。」
7時すぎ、会場到着。
今年から、催しもの会場が芝生広場に変更。それを聞いていなかったので、今までと同じ場所に出店。
「お客さん、来てくれはるかなあ」と心配。
商品を全部出せたので、受付を済ませ、つつじをもらいにいった。
ヨメさんは、専門学校の小テスト惨敗以来知恵熱(?)が出て体調不良。
こんな状態でも休めないヨメさんはかわいそう。
「今日は熱があってしんどいし、レース中の写真は撮ってもらえへんわなあ」とお気楽なことを言っている私。
10時10分、最後から2番目の種目「男子3km」。
スタートして、「重てえー。」
1km、3分56秒。
「これは、なんとか3km11分台ギリギリちゅうとこかー。」
2km、8分01秒(4分05秒)。
「あっ、あかん。なんとか踏ん張らなくては・・・。」
ゴール、11分59秒(3分58秒)。
「おお、なんとか面目を保ったか。」
ところが記録証をもらうと、12分01秒。
「あーあ。」
順位も14位と入賞には遠かった。。
昨日今日と、久しぶりのソーティスーパーマジック5。
ゲルスカイライトと重さはほとんど変わらないのに、着地ごとに脳みそにズキンズキン来る。でも、勝負レースはやっぱりこれですね。
さあ、クーリングダウンを兼ねて知り合いの応援に。
まずは、私の勝手なライバル松本一之さん。
今日も、10km39分16秒で2位を1分以上引き離す圧勝。
「タイムが落ちない男」ですね。
京都走ろう会の堂本勲さん。
私を見つけて近づいてきてくださった。
「余裕じゃないですか。」
「ランナーズ9の会」の仲間、玉木さん。
「玉木さん、ランナーズ9の会のニックネームなんですか。」
「なんだっけ。忘れました。」
「そしたら、玉木さんのお名前で載せていいですか。」
「いいですよ。」
来ました、走友・林さん。
林さんは、さすが陸上競技をずっと続けてこられただけのことはある。私のポッコリお腹とはえらいちがい。「脱いだらすごいんです」タイプですね。
ところが先回りして競技場前で待っていると、林さんがヘロヘロ。
あとで聞くと、「最後の1kmは5分20秒くらいかかった」とのこと。
まあ、あの暑さでしたから・・・。
コースに戻ると速歩ランナーさん発見。
「しっかり走られてるじゃないですか。」
速歩ランナーさんがおっしゃるとおり、たしかに参加費の高い大会が多くなってきましたね。参加賞も何もいらないので、1000円とか1500円で出られる大会があればいいのにね。
おなじみ、「京都キャロット」の取引きメーカーのA社のRさん。
私は「背の高い白髪」で見つけています。
楽しそうに走っておられる姿が、すごくうらやましい。
これは、速歩ランナーさんからヨメさんにいただいたもの。
あと、たい焼きもいただきました。
ありがとうございました。
三重の林さんと記念写真。
「これもブログに載せときますわー。林さんのヘロヘロ写真だけではねえ。」
「やっぱり、フルマラソンに出た効果が出てますわ。短いのがはよう走れません。去年より30秒も遅くなりました。」
「効果って・・・。逆効果ってことですか。」
「林さんは、当分トラックのほうですか。」
「そうでもないんですけど・・・。体重増加を防ぐためにしっかり走ろうと思ってます。」
「そうですよね。ほんとうにしっかり走っていたら、体重は増えませんもんね。」
我々は太らんために走っているのか。いやいや、それは大事なことです。
10Km60歳以上の部の表彰。
堂本さんの説によると、「松本さんは走り始めはった歳が遅かったから、今でもタイムが落ちひんのとちゃいますか」とのこと。そうかも知れん。
もうちょっと落ちてくれんと、私との勝負にならんちゅうねん。
後片付けが早くできた。1時ちょうどに会場出発。
南条SAで昼食。出張販売のときに、1時すぎにお昼ご飯が食べられるのはめずらしい。
私は「福福セット(900円)」。越前そばはちょっと固めだがおいしかった。
廉も熱が出て、家で寝ている。
廉へのおみやげを買って家路に。
自宅到着、3時40分。朝早いのはしんどいが、早く帰ってこれると楽。
売り上げは毎度のごとく、前年比2割ほど減。もっと買っていただけるように工夫しなければ。
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 2 )
2014年05月10日(土)
なるほドリは役立つ鳥? [時事]
◎毎日新聞5月10日朝刊「なるほドリ・京都」より
「集団的自衛権」て、どんな意味?
考え方は「共同して一緒に戦う」
なるほドリ 5月3日の「憲法記念日」当日とその前後は、京都でもいろんな集会があったね。最近は、憲法にからんで、、「集団的自衛権」という言葉を耳にするけど、どんな意味なの?
記者 まず自衛権には、他国から自国が攻撃された場合に、自らが防衛権を行使する「個別的自衛権」があります。「集団的自衛権」はこれとは別で、同盟国など自国と密接な関係にある国が攻撃された場合、自国への攻撃とみなし、「共同して一緒に戦う」という考え方です。
Q 日本には憲法9条があるはずだけど、そんな権利が行使できるの?
A なるほドリ君も学校で習ったと思うけど、第二次世界大戦では国内外で多くの人が犠牲になった反省から、戦後の憲法9条で「戦争放棄と戦力不保持」を定めました。これからは「他国と戦争をしない」とはっきりと宣言したのです。
9条の考えを踏まえ、政府は1972年の参院提出資料で「他国に加えられた武力攻撃を阻止することを内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」と明示しました。更に81年の政府答弁書では「わが国が国際法上、集団的自衛権を有するのは当然」としたうえで、「憲法9条下で許容される自衛権の行使は、わが国輪防衛するために必要最小限の範囲にとどめるべきだ」と説明しました。しかし、「積極的平和主義」を唱え、米国などの同盟国への義務を果たすべきだと考える安倍首相は、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認しようとしています。
「米軍レーダー問題」府民にも影響
Q 集団的自衛権って大事な問題みたいだけど、身近には感じられないね。
A 京丹後市では、近畿地方初の米軍基地となる高性能レーダー「Xバンドレーダー」の配備計画が進んでいます。これは、日本や米国に向けて飛来する弾道ミサイルを追尾・探知するのが目的とされています。
レーダーが実際に利用されるような事態になれば日本が米国の戦争に巻き込まれれ、集団的自衛権講師につながるとの見方もあります。府民も無関係ではありません。
Q 集団的自衛権に反対している人は多いの?
A 賛否は分かれます。府内では、作家の瀬戸内寂聴さんや哲学者の鶴見俊輔さん、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんら著名人で作る「憲法9条京都の会」が、「解釈改憲」に反対の姿勢を示しています。集団的自衛権が行使されれば、遠く離れた国で日本が同盟国と一緒に戦う可能性も生まれます。戦後69年間の歴史が根本から変わることになり、じっくりと考える必要があります。
回答・松井豊
-------------------------------------------------------------------------------
毎日新聞の記者への質問コーナー「なるほドリ」は、時事問題を分かりやすく説明してくださっている。私にはすごく役立っている。
安倍さんをはじめ、どうしても戦争したいと思っている人がいる。それを理解せよと言われても、私はまったく理解できない。
そんな人たちには、イギリスの哲学者バートランド・ラッセルの言葉をかみしめてもらいたい。
「次に起こる戦争は片方の勝利に終わるのではなく、相互の全滅に終わる。」
私は、「相互の全滅」ではなく「地球の全滅」だと思いますが・・・。
どうしても戦争したい人たちにはその覚悟はあるのでしょうか。
-----------------------------------------------------------------------------------
【今日のきく】
「頭かくして尻かくさず」ではありません。
ピョンピョン飛ぶ虫を見つけ、草むらに顔を突っ込んでいるところです。
「逃げたられたー。」
-----------------------------------------------------------------------------------
【RUN】
レース前は1000m1本。
まずは3km、16分14秒。
1kmスロージョグのあと、1000m。
何とか3分50秒切りと思ってがんばったが、3分50秒8。
このまま3km行けたとして、11分32秒。そんなことあるはずないけどがんばろう。
ダウンジョグ1kmをプラスして、今日は6km。
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2014年05月09日(金)
第56回9の日平和ラン [ランニング]
寮の管理代行のバイトはヒマ。
いつも一週間分の朝日新聞を読んでいる。(たいてい2日分ほど抜けているが・・・。)
5月3日の新聞の真ん中に大きな意見広告。
◇
「殺すな」
未来への責任 9条実現
集団的自衛権は戦争への道
◇
分かりやすい。賛同者の名前を一面にちりばめたすばらしい意見広告だった。
「戦争=殺人」
これに尽きる。殺人をイヤと思う人は戦争に反対しよう。どんなことがあっても絶対に戦争はしないと決めた日本国憲法9条をまもっていこう。
ただ、それだけ。
今日は一畳部屋宿直あけなので、体がズドーンと重い。とても9kmはムリ。
まあこんなときは臨機応変。適当に走ったらよろしい。
今日は、いつも乗っている京都バスの路線どおりに走ってみることにした。
「地球研前」から「京都精華大前」を過ぎて「北稜高校前」。
さすがにキロ6分以上かかっている。
「一条山」→「幡枝(妙満寺)」→「長代南橋」→「宝ヶ池通」。
「国際会館駅前」で2.75km、17分00秒。
「しんどいし、もうかえろっと。」
同じ道を通って家まで。
2.78km、18分00秒。
今日は合計5.53km。ちゅーとはんぱやなあ。
でも、時間はちょうど35分。時計見てビックリ!
来月は「平和・憲法九条」ののぼりを背負って走ろうっと。
--------------------------------------------------------------------------------
【今日のきく】
今日の夕食時、きくの無呼吸症候群の話題になった。
「きくちゃん、寝てるときに突然いびきが止まって、何秒後かにまたいびきが始まるわ。あれは無呼吸症候群にちがいない」と廉。
「犬の無呼吸症候群なんてあるんかいな」とヨメさん。
「かあちゃんは自分もいびきかくさかい、きくのいびきか自分のいびきか分からへんにゃろ。あのいびきが止まるのはこわいで。」
このごろ「きくちゃん太ったね」とよく言われる。たぶん寝てばっかりがあかんのやと思う。
「緊張感もって生きろよー。」
「オッサンもなー。」
※ きくのお友だち犬(?)の西表島のクーちゃん。心配していたが、ブログ「クーの毎日」が復活。よかった、よかった。
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2014年05月08日(木)
早くも耐暑ラン [ランニング]
今日も泊りのバイト。午前中にひとっ走り。
次の目標は、6月23日「沖縄慰霊の日」の「一人沖縄平和ラン(那覇〜名護70km)」。
去年は、沖縄の海風を甘く見ていて大失敗に終わった。今年こそしっかり走らねば。
幸い(?)、今日は夏日。暑さに体を慣らしていくにはぴったりの条件だった。
毎回同じようなコースは飽きるので、鴨川方面へ。
途中「京都キャロット」に寄り、「ていきゅうび」の札をひっくり返しといた。
「柊野別れ」バス停で2km。だいたいキロ6分ペース。
この突き当りで鴨川河川敷へ。
御薗橋でちょうど3km。
たぶんまだ25℃くらいだと思うが、もっと暑く感じる。
北大路橋で5kmのつもりが、ちょっと足らん。けっきょく、通り過ぎて次の水道蛇口まで。
そうそう、ここは「鴨川ゆっくりラン」の会場。先日4月29日は、雨のため、参加者は50人くらいだったとか。あの程度の雨ならかえって走りやすいくらいだが、たぶんシューズかドロドロになるのがいやだったんでしょうね。私もその理由で不参加でした。
下りの5kmは28分51秒。
さあ折り返して同じ道を帰ろう。
カモの親子。見ていて飽きない。
鴨川河川敷に、ウッドチップのランニングコースを作ってほしいなあ。
なんに使われるのかよう分からん消費税。スポーツ用品にかかる消費税は、スポーツ関係に使ってほしい。例えば「京都キャロット」の売り上げを仮に3000万円とすると、消費税は240万円。ウッドチップロードなんか、すぐにでもできそう。ほんまに、何に使われてるかしらん。
京産大前を通ると、家まであと1km。
上り5kmは30分41秒。
暑い中をゆっくり走ると、減量効果あり。
家に入ると、「昼寝してピリッとも動かん中年のおばはん・・・」ではなくきくでした。
このあとお昼の弁当を買いに行って、帰ってきたらさっきから1mmも動いてへんかって、なおビックリ。
「そら、太る!」
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
【 過去の記事へ 】