パオパオだより

2018年03月23日(金)

身元引受人? [病院]

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 「みき江ねえさんがな、『アホな弟でごめんな』って言ってはったわ」と前にヨメさんが言っていた。その姉からのひと言で、私への積もり積もった怒りがだいぶ静まったらしい。

 私が入院するたびにお見舞いに来てくれるのは、みき江あねだけ。今回は義兄の弘さんもいっしょに来てくれた。

 3月生まれの姉は、敬老乗車証をもらってきたそうだ。私の8歳上なので、もうそんな年になっていたんですね。

 その話から年金の話になった。
 私が「試算してもらったら、65歳からで年41万、前倒しですぐもらったら34万くらい」と言ったらびっくりしていた。姉はたぶん35年くらい、義兄は40年以上会社勤めをしていたので、こんな少額ではないのだろう。
 まあ私のようにまじめに働いてこなかったら、老後にえらい目に合うということなんでしょうね。

 ヒマなので、また年金のことを調べてみた。
 76歳以上生きる人は、年金を65歳からもらったら元が取れるらしい。でもそこまで生きられない人は損になるとか。その可能性の高い人は前倒ししてもらうべし。私はその可能性がかなり高い。5年生存率が50%台ですから。
 それでも今すぐもらうと月28000円くらいなので、せめて30000円になる今年の誕生日までは待とうかと思っている。(2年前倒しの63歳から。)

 私に何かあった時、身元引受人になってくれるのはみき江あねくらいと思っていたが、この歳になって甘えていたらあかんね。自分で自分の始末を考えなければ。

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 今日の朝食は五分がゆ。
 食べ終わったあと、「シャワー使われますか」と聞きに来られた。お願いすると、「一番に入ってください」と。
 なんと、朝8時15分からシャワー。
 シャワーのあと体重を測りに行くと、55.3kg。ついに、実質54kg台に。
 昨日はお腹が減って、パソコンで食べ物の通販ばかり見ていた。それが逆効果で、さらに体重が減ったんでしょうか。

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 お昼はやっと普通のおかゆ。
 おかずがお肉だったので、この組み合わせは変。
 もう白ごはんを食べてもいいような気がするんですが・・・。

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 姉が見舞いに来てくれた時、「今朝も寒かったやろ」が第一声だったが、病室にいると何も感じない。
 この5、6日の間に、桜もだいぶ咲いたんでしょうか。

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 夕食の焼き魚とちっちゃいエビがおいしかった。

 明日の朝には退院。
 さあ、体重戻し計画を立てなければ。

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※身元引受人とは・・・ 刑事事件での身元引受人(みもとひきうけにん)とは、逮捕によって身柄を拘束された被疑者(被告人)の監督を行う人の事を言います。 刑事事件で身近な方が逮捕されてしまった場合は、この身元引受人がいることで早期の釈放を望めることもあります。
     ◇     ◇     ◇

 「身元引受人」て、主に警察とかで使う言葉やったんや。一般によく使うのは「身元保証人」のほうですね。私は誰も「引受」も「保証」もしてもらえんけど・・・。

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2018年03月22日(木)

「洗濯のりは食べられん!」 [病院]

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 京都五山の送り火のことを「大文字焼き」と言う人がいる。
 「今川焼き」や「人形焼き」じゃあるまいし、どこにもあんこ入ってませんよー。

 大文字(左京区)
 松ヶ崎妙法(左京区)
 舟形万灯籠(北区)
 左大文字(北区)
 鳥居形松明(右京区)

 これで五山。
 この中で一番マイナーなのは、やっぱり北区西賀茂の「舟形」かなあ。
 先日、東京の下山さんに「舟形」の洋菓子をおみやげとして持って行った。一応そこで説明したのだが、「舟形」と言われてもたぶんご存じなかったと思う。御薗橋より北の河原に出ると、火傷しそうなくらい近くに見えるのだけれど。
 「大文字」に飽きた人にはお勧めです。ぜひ、8月16日には見に来てください。

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 今日で入院4日目。
 今回の入院は、体は元気なので退屈。
 朝食もまた「おもゆ」。

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 昼食から「五分がゆ」と予定表に書いてあったので楽しみに待っていた。
 ところが運ばれて来たお椀を開けて、「ガーン!」

 「おもゆやないかーい!」

 すぐに言いに行った。

 「ちょっと待ってくださいね」としばらく放置。
 だいぶたってから謝りに来られた。「これしかないので、お昼はしんぼうしてください」と。

 お隣さんは一週間の絶食で、今日のお昼、私と同じ「おもゆ」で食事復活。
 看護師さんが「食べられましたか」と聞きに来られた。
 「洗濯のりは一口も喉を通りませんでした。」
 「うまい!」
 心の中でそう叫んだ。

 たしかにあれは洗濯のりやね。白い洗濯のりと、ちょっと色のついた甘い洗濯のり。どちらも気持悪い。
 それでもお腹が減っているのと、きちんと謝りに来られたのとで、いただくことにした。例の洗濯のりを。

 このあと、石田ゆり子似医師が病室に来られた。お隣さんも担当のようでいろいろとお話されていた。
 「全然食べられなかったので、売店に行って何か買ってきていいですか。」
 「そうですね。プリントとかヨーグルトとか、あとはすぐ消化できるお菓子類ならいいですよ。」

 よっしゃよっしゃええがなええがな、私も同じようにゆってみよう。
 「五分がゆのつもりでいたので、おもゆでは全然お腹がふくれなくて。売店に行って何か買ってきていいですか。」
 「ダメです。病院が出したもの以外は食べないでください。(キッパリ)」

 なんでやねん!
 こんな元気で腹すかしてんのに・・・。
 第一、五分がゆ出さへんかったんは病院のミスじゃろが。

 しかし、相手が石田ゆり子似医師なので、しんぼうしんぼう。
 気持ち悪い「おもゆ」を飲んだあと、体重を測ると55.7kg(実質55.2kgくらい)。
 これでは、いつまでたっても体重は戻らんどー。

 このあと、栄養士のIさんも来られた。
 「T先生(石田ゆり子似医師)のお話を聞いていると、直前に食べたものと胆のう炎の発作はそんなに関係ないみたいですね。たまたま、その時期になったって感じみたいですね。」
 「そうかもしれません。先生がおっしゃるように、これを食べたからこうなると決まったものはありませんから。できれば避けた方がいいと言っている食品も、避けてばかりいると栄養が偏りますし。今藤井さんは筋肉が落ちている状態ですから、いろいろなものを少しずつまんべんなく食べられたらいいと思います。」
 「ヨメさんがすぐ『あれはあかん、これはあかん』てゆうんですわ。」
 「T先生や私がだいじょうぶと言ってたと伝えてください。」
 「はい、そう言います。」

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 夜にやっと「五分がゆ」と形のあるおかず。
 あー、うまうま。

 ヨメさんも来てくれてしゃべっていると、やっとお腹も気分も落ち着いてきた。

 ほんま、食べもんの恨みはこわいでー。
 早く体重を戻したーい。

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2018年03月21日(水)

55.6 [病院]

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 昨日の手術後の記憶がほとんどない。
 毎度のことながら、内視鏡による手術では麻酔は使わない。「眠くなりますよー」という鎮痛剤を使われる。
 この鎮痛剤は人によって効き方にかなり差があるらしいが、私はほぼ麻酔並みに効く。昨日もあっという間に眠ってしまった。喉から内視鏡を入れてゴソゴソするとかなりの痛みのはずなのに、目覚めることはなかった。手術が終わり起こされたときに、時間を確認した記憶だけしか残っていない。
 そのあとストレッチャーで7階の病室まで運んでもらい、ベッドに移してもらったはずだが、まったく覚えていない。

 6時半ごろに、手術もしてくださった石田ゆり子似医師が病室に来てくださった。その時に「ステントも胆石もすでになくなっていました」というお話をお聞きした。
 「それで(手術が)早く終わったんです。」衝撃でしたねえ。まだ夢の続きかしらんと思ってしまいましたねえ。

 とりあえず、結果をヨメさんにメール。
 そのメールをそのままブログにアップ。
 絶食なのですることもなく、早めに就寝。

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 寝ていた時間は長かったのだが、起きたら腰が「いててのて」。すぐには起き上がれないくらいの痛さ。どうも、寝返りが全然できていなかったみたい。

 「ちょっとそこらを歩いて、体をほぐそう」と思ったが、一応今日は「トイレ以外の歩行禁止」。安静にしとかなあかんらしい。
 トイレは私の病室の真ん前で、私は病室の一番廊下側なのでトイレまで歩いて10歩くらい。往復で20歩。これでは体はほぐれません。

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 朝食は抜きで、お昼にやっと流動食。
 予想通り「食」ではなく「汁」三種。
 「おもゆ」と「具のないすまし」とも一つはなんやねん、この甘い汁は? 気持ち悪いちゅうねん!

 唯一よかったのは、アップルジュースではなくグレープジュースだったこと。
 ああ、腹ふくれん。

 シャワーのあと勝手に体重測定。
 「55.6kg」

 パジャマを着たままでこれなので、実質は55.1kgくらいでしょうか。
 もうじき54kg台に突入やがな。

 ヨメさんが着替えや新聞を持って来てくれた。ちょっと腰などをマッサージしてもらおうと思っていたのだが、「点滴をつないでいるからダメ」。つらいなあ。

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 夜はさらに貧相な食事。
 「おもゆ」と、なんかわからん白いドロドロ。これだけですかー。
 えたいの知れんもんを食べるのは気持悪い。何か教えてほしいわ。

 オレンジゼリーとアップルジュースを噛みしめて・・・。噛めへん、噛めへん!

 明日の朝もまた「おもゆ」。
 もう確実に、体重55kg切るでしょうね。

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2018年03月20日(火)

喪失 [病院]

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 ヨメさんへのメール。
     ◇     ◇     ◇
 手術は4時10分ごろから40分ほどで終了。予定より短かったは、ステントも結石もすでなくなっていたから。
 3月10日に苦しんだときに出て行ったと思われるとのこと。
 今日は胆管の出口を拡げただけだそうです。出口を拡げたので、胆石は詰まりにくくはなるそうです。
 水分を取っていいとのことなので、さっそく水筒が役に立ちました。
 いろいろとありがとうございました。

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2018年03月19日(月)

愛人襲来 [病院]

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 「あっ、いた、いた。」
 「えっ、なんで、ここにいるのが分かりましたん?」
 「なんでも分かるんよ。」
 「こわいわー。」

 鞍馬口医療センター7階のロビーで、入院関連書類を記入しているところに、かもなす由美さん登場。
 「下で聞こうかなと思ったけど、ややこしいし直接上がってきたんえ。」
 「ボクの匂いしましたか。」
 「そうそう。」

 しゃべりながらも書類に記入。緊急連絡先を3名書く欄があった。私は、ヨメさん、みき江姉、廉の電話番号を書いておいた。
 「なんで私を書かへんのん?」
 「続柄なんて書くんですかー。『愛人』とは書けへんでしょう。」
 「かまへんやん、そう書いといたら。」

 今回の入院は、胆管出口に入っているステント(管)を抜き、胆管内に一個残っている胆石を砕く手術のため。前回のように苦しんで入院したわけではないので、淡々とした日々を送る予定だった。

 しかし、いきなりの「愛人襲来」。
 この先、また予想外の波乱があるのかもしれない。

 由美さんの帰り際のせりふ。
 「入院を楽しみや。」
 奥が深すぎて、なかなかついていけない。
 どこをどう楽しんだらいいんでしょうかねえ・・・。
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 朝、きくちゃん付きで送ってもらった。
 きくには何回も言ったので、しばらくオッサンがおらんことは分かったようだ。オバシャンとなかよくしてね。

 7階のナースステーションにおられたのは、前回ピカイチだったS看護師さん。とにかく落ち付いた雰囲気を持っておられるのがいい。
 そこでホッとしていたら、「愛人」が急襲。
 おっとっとという感じだった。

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 今日退院の方がゆっくりされていたようで、ロビーで1時間以上待たされた。
 その間に、先日東京の岩波ホールで見た「花咲くころ」のパンフレットや、ほかの映画のチラシなどを見ていた。
 岩波ホールはほんまにいい。今年はこの後もジョージアの映画をガンガンやる予定らしい。4月から廉が東京勤務になるので、廉のところに泊めてもらって、岩波ホールに行こうか知らん。

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 ロビーで足止めを食らっていたので、病室に入ってしばらくするとお昼ごはん。

 「ガーン!」

 なんで手術前やのにおかゆなん?
 今日の夕食後から絶食になるというのに・・・。
 もうちょいお腹にズシンとくるものを食べたかったなあ。

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 食後は、中央階段のところに行ってプリント屋さんに電話。兄から頼まれているものを発注するために。

 「病院内は携帯電話禁止。かけたい人は中央階段で」となっているのに、誰一人として守っていない。看護師さんも黙認。それはあかんと思いますけどねえ。

 午後は退屈。
 ちょっと本を読み始めたが、なかなかいいペースにはまらない。
 ほとんど何もせず、夕方になってしまった。

 6時過ぎ、やっと石田ゆり子似医師が病室に来てくださった。もう夕食が来そうな時間に。
 「お変わりありませんでしたか」と聞いてくださったので、3月10日の「お刺身定食事件」を報告した。
 「どうしてでしょうね。でも、同じことをしたからと言って同じ結果になるとは限らないですから」とのお返事。
 「ほなら、あれはなんやったんですか」と問うてみたかったが、深く追求しないのが私のいいところ。たぶん、胆のう摘出手術を受けるまでに、もう1、2回、似たようなことをやらかしそうです。

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 さあ、最後の晩餐。(「最後」が何回あるねん!)

 おかゆじゃなくて普通のごはんやったら、そこそこいい夕食やったのに・・・。
 それにまた、アップルジュースが出とるやないかーい!

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 家からコーヒーパックを持ってくるのを忘れたので、地下の自販機へ。
 200円は痛い。

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 しっかりしっかり味わって・・・。

 明日は丸一日絶飲食。
 手術は午後。手術後は歩行不可。

 あさっての採血結果がよければ、お昼から流動食。
 どうせまた、「おもゆ」でしょ。あんなもん、「食」とちゃうって。
 あー、干し柿とシュークリームが食べたーい!

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2018年03月07日(水)

5年生存率 [病院]

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◎毎日新聞3月5日朝刊

   がん5年生存率、国際比較 
            肺・食道がん、日本トップ

 世界71カ国・地域のがん5年生存率を比較した結果を国際研究グループがまとめ、英医学誌ランセットに発表した。日本は肺がんと食道がんの生存率が調べた中で最も高かったが、血液がんは欧米に比べ低かった。

 ロンドン大を中心に研究機関が参加し、各国のがん登録データベースに基づき2000〜14年の15年間に診断された約3750万件を分析した。
 北米、北欧、オーストラリアなどは多くのがんで生存率が高く、日本も10〜14年の食道がん(36%)、肺がん(32・9%)は最も高かった。胃がんや乳がん、子宮頸(けい)がんも上位グループだった。一方、白血病や悪性リンパ腫などの成人の血液がんや皮膚の悪性黒色腫は低かった。血液のがんは欧米と日本でタイプが違う可能性があるという。
 研究に参加した国立がん研究センターの松田智大・全国がん登録室長は「食道がんは薬物療法や内視鏡手術が進歩し、乳がんはがんのタイプに合わせた治療が浸透したことが、生存率の向上に貢献したと考えられる」と分析する。【高野聡】
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(クリックで拡大)

【医療ニュースPickUp 2016年7月22日】
「がんの5年相対生存率」データを公表 国立がん研究センター

2016年7月22日、国立がん研究センター(理事長:中釜斉、所在地:東京都中央区、略称:国がん)がん対策情報センター(センター長:若尾文彦)を中心とする厚生労働科学研究費補助金「都道府県がん登録データの全国集計と既存がん統計の資料の活用によるがん及びがん診療動向把握の研究」研究班(研究代表者:がん対策情報センター がん登録センター 松田智大)は、「地域がん登録」データを活用して「がんの5年相対生存率」を公表した。

■ 21県の644,407症例の集計

「地域がん登録」のデータは、これまでにも何度か活用されており、地域がん登録事業実施全県への呼びかけにより行われた統計では、2011年2月に「2000年〜2002年の診断症例」から集計されたものが公開され、2013年には「2003年〜2005年の診断症例」から集計されたものが公開された。今回で3回目になる。

今回は21県の644,407症例(参加は27県)について、全部位と部位別、臨床進行度別、年齢階級別で、5年相対生存率の集計が行われた。

□全部位での5年生存率

今回の集計結果では、男性59.1%、女性66.0%、男女計62.1%となり、前回よりも3ポイント以上向上している。しかし、その背景には、前立腺がんや乳がんなど予後のよいがんが増えたことの影響も考えられるという。

□部位別5年相対生存率

男性:前立腺、皮膚、甲状腺、膀胱、喉頭、結腸、腎・尿路(膀胱除く)などが高く(70-100%)、白血病、多発性骨髄腫、食道、肝および肝内胆管、脳・中枢神経系、肺、胆のう・胆管、膵臓が低かった(0-39%)

女性:甲状腺、皮膚、乳房、子宮体部、喉頭、子宮頸部、直腸などが高く、脳・中枢神経系、多発性骨髄腫、肝および肝内胆管、胆のう・胆管、膵臓が低かった

□年齢階級別生存率

加齢とともに生存率が低くなる傾向があるものの、若年者より高齢者の生存率が高い部位や、年齢と生存率との相関が明確ではない部位もあった

また、部位に関わらず、臨床進行度が高いほど生存率は低下、逆に早期で診断されると生存率が良好であることが分かった。

「地域がん登録」は、1950年代よりスタートしているが、2012年診断症例で初めて47全都道府県の登録データが揃い、今回の集計対象診断年(2006〜2008年)では、前回集計の7県から21県に大幅に増加している。しかし日本のがん登録は、がん登録の標準化、データの精度が未だ十分ではなく、罹患数・率や生存率をそのまま他県と比較するためには、まだまだ課題があると指摘されている。


参考資料

日本のがん生存率の最新全国推計公表
全部位5年相対生存率62.1%(2006-2008年診断症例)
http://www.ncc.go.jp/jp/information/press_release_20160722.html

がん情報サービス 「全国がん罹患モニタリング集計 2006-2008年生存率報告」(7月22日更新)
報告書
http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/brochure/monitoring.html

同上 最新がん統計
http://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html
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(2017年8月発表)

◎はじめてのがん保険より

■がんの5年生存率・5年相対生存率とは

がんは診断から5年間再発しなければ、その後再発する可能性が低くなり、治療後5年たっても再発が見られなければ、そのがんについては治癒したと判断されます。(進行が遅い乳がんや甲状腺がんの場合は10年)
そういった意味で、がんにおいては「5年」という基準が重要視され、TVドラマなどで「5年生存率」という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。

5年生存率とは、5年後に生きている確率や、がんが治る確率として捉えられることが多いですが、人によって微妙に捉え方が異なります。


1.がんの治療開始から5年後に生きている人の割合
2.がん治療が終わってから5年後に生きている人の割合
3.がんと診断されてから5年後に生きている人の割合
4.がんの治療開始から5年間再発せずに生きている人の割合
5.がん治療が終わってから5年間再発せずに生きている人の割合
6.がんと診断されてから5年間再発せずに生きている人の割合

国立がん研究センターや色々ながんの専門サイトを見てみると、正確には1番の「治療開始から5年後に生きている人の割合」が正しいようです。この場合、5年後に再発していても生きていれば生存とみなされます。
冒頭で述べたように、がんにおいては、治療が終わってから5年後に再発なく生存した状態を完治(治癒)したと判断しますが、5年生存率という言葉には、再発して生きている人も含まれている可能性があります。

医療の専門家ではないので、医療機関で5年生存率という言葉が、どういった意味合いで使われているのかが分かりませんが、少なくとも単純に、がんが治る確率や、5年後にその人が生きている確率という意味ではありませんので、注意しましょう。

■5年相対生存率とは

がんのデータとして、「5年相対生存率」という指標が用いられることがありますが、5年相対生存率とは、がんと診断された人のうち5年後に生きている人の割合(5年生存率)が、日本人全体の5年後に生存している人の割合と比べてどれくらい低いかを表したものです。
性別や年齢が同じ人で、がんになった人とならかった人の5年後の生存率を比較したものという事になります。
5年相対生存率が100%であれば、がんに罹っていない人と5年後の生存率に違いがないという事になりますので、治療で治るがんという事になります。0%に近い場合には、治療で救えないがんという事になります。
KapWebというサイトで、「年齢・性別・臓器・ステージ別の相対生存率データ」が見られるようになっています。
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 今日は寮1(二条)17時間。
 寮生は2月末にほとんど出て行ってしまって、現在18名。そのうち4名が外泊中なので、今日はわずか14名。ひっそりしてました。

 退寮するときに、地元のお菓子を持って来てくださるご家族が多い。そのお菓子は私らにもわたってくる。どうも北陸地方が多いようだ。

 今日は私の最大の関心事「あとどれだけ生きられるか」について調べてみた。(がんに関心のない人には退屈な引用記事ばかりで申し訳ありません。)

 がんは「5年生存率」いう言葉でよく説明される。私もその言葉は耳にしたことはあったが、ほとんど関心がなかった。母を胃がんで亡くしているというのに。

 ちなみに、母が亡くなったのは1991年1月11日。母は1925年3月生まれなので、享年65。
 癌宣告を受けたのがいつかははっきりと覚えてはいないが、たぶんその3、4年前だったと思う。
 私が癌宣告を受けたのが60歳、そこから母の歳まで生きたら「5年生存」、生きられなかったら「残念でした」ということになる。癌の部位はちがうのだか、スケジュール的には母と同じ道を歩んでいるんでしょうか。

 残念ながら、「主ながん」の中に甲状腺がんは入っていない。絶対数が少なく、治療法の研究も進んでいない。癌に関するデータ発表のときも、「甲状腺がん」が省かれていることが多い。
 (2017年がん罹患数予測によると、甲状腺がんは男性4000、女性14200の計19200人。男性は胃がん90400人、女性乳がん89100人が最高。男女合計では大腸がん149500人が最高。―国立がんセンター・がん情報サービスより―)

 上から2番目の引用記事を見てみると、甲状腺がんの5年生存率は部位別で見ても最高に近い。(男性の3位、女性の1位。)ただし、これは甲状腺がんすべてに対しての値である。私の甲状腺「低分化」がんは悪性度が高く、私が調べたところでは5年生存率50%台となっているところが多かった。

 これ、どっからカウントしたらいいんでしょうね。
 甲状腺に大きな腫瘍が見つかったのは、2016年8月18日。そこからだと、もうすぐ1年7か月。
 「甲状腺低分化癌」と診断され、癌宣告を受けたのは同年10月11日。そこからだと、1年5か月。
 とにかく、あと3年半後くらいに、私がこの世にいる確率は50%と覚悟しといたらいいんでしょうか。

 ただこの確率ちゅうのんがええかげんなもんで・・・。死ぬ人にとったら0%、生きる人にとったら100%とも考えられる。

 治療方法の研究も大事やけど、「あとどれくらい生きられるか」を正確に判定できる方法というのも研究してもらいたいものだ。早かれ遅かれ人は皆死ぬのだから、ほとんどの人は死ぬ前にしておきたいことがあると思う。まだ生きられると思っていて、それよりずっと早く死を迎えることになったらショックが大きい。

 私は癌宣告を受けたとき、勝手に「あと2年」と思っていた。それやと、今から半年後にもうおらんちゅうこと。あっという間やねえ・・・。
 今のところまあまあ治療がうまくいっているらしいので、半年よりは長く生きられそうだが、あと3年半はどうでしょう。「全身転移」ということになったら、先は分からんでー。

 「甲状腺低分化癌」の5年生存率アップに貢献できるよう、ねばろ。

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