2008年08月07日(木)
8.6滋賀反核平和マラソン (つづき) [ランニング]
このマラソンに参加しようと思ったわけ。
?先日の京都ランナーズ合宿で、びわこランナーズの星さんからこのマラソンのチラシをいただいた。
?真夏に走れる大会はなかなかない。走る距離も74kmまで自由に選べる。
?人類史上初、民間人大量殺戮の目的で広島に投下された原爆。その日を忘れないために何かをしたい。
朝早いのはにが手なので、ゴールに照準を合わせ逆算して30kmくらいを走ろう。近江八幡駅からゴール滋賀県庁までが30.9km。よし、これで。
実行委員会に何度も電話したが、留守電ばかり。当日飛び入り参加でもなんとかなるか。コース予定ルートに、ランシャツランパン姿で立ってたら、気づいてもらえるやろ。
とりあえず、近江八幡駅へ。
駅に着くと、駅前が北と南の2箇所あることに気づいた。ランナーは、市役所方面から走ってくる。バスを待っていた女子高校生がいたので、「市役所はどっちですか」と聞いてみた。
「地元の者じゃないんで・・・。」と言われたが、しばらくして「わかりました。」携帯で市役所の位置を調べてくれていた。ありがとう、助かりました。
急いで北口へ、GO!
北口で待っていると一人のランナーが。心細かったので、ホッとした。「この大会だけ走ってます。」って、えらい。8.6を忘れないためにかな?
予定時刻を5分以上過ぎたころ、やっと伴走車が。あれっ、武内さんやん。
ランナー集団は、駅前交差点を右折。はよ、追いかけなー。でも、なかなか追いつけん。
やっと追いついたら、先頭を引っ張る長身の女性発見。紫のランスカ、かっこいい。
給水地点で一時ストップ。ああ、やっぱり久保田奈津美さんや。向こうから気づいてくれて、お腹の前らへんで小さな手の振り。あのー、それって若い女の子どうしのあいさつじゃないんですか。こんなおっちゃんである私も、そのお仲間に入れてもらえたんかな?
篠原駅前までの4.1km。気持ちよく走れたと思ったら、「車に乗ってください。」
次の野洲市役所のセレモニー予定時刻に間に合わないので、中抜き。
要請文は以下の通り。
1.住民のいのちと安全、生活をまもる立場から、戦争へのいかなる協力もおこなわないこと。日本政府からの有事法制に基く戦争協力の以来に対して、拒否することを宣言されること。
2.戦争放棄をうたった平和憲法を守り、憲法9条改悪に反対していただくこと。
3.住民の願いにこたえる平和行政を実施していただくこと。
4.沖縄の米軍基地移設に反対し、米軍基地撤去と海兵隊の撤退を、日米両国政府にはたらきかけていただくこと。
5.日米地位協定の見直しをするよう日本政府に働きかけていただくこと。
6.日米安全保障条約を廃棄し、米軍基地を全面撤去するよう日米両国政府に働きかけていただくこと。
野洲市役所からほとんどの人が再び車へ。
私は走り足りなかったので、選抜チームに入りランへ。この選抜チームが、時間が足りないということでキロ4分半ペース。そんな無茶な。私は付いて行けなくなり、途中で車に収容。
かなり時間設定に無理がある。要項に「キロ6分ペースで走ります」と書いてあったから参加したのに・・・。これではちょっと・・・。
守山市役所でも、同じようにセレモニー。
その最中、私の携帯にメール着信。「またヨメさんからの怒りメールか。」と思ったらちがった。
中1の時共に学んだ明美ちゃんから。
「暑いですね、いかがお過ごしですか?もうすぐオリンピックですね。応援に行かれると聞いていたのでメールしました。暑いので体には気を付けて行って来て下さい。私、日本より応援してます。コウチャンファイト」
その返信。
「メールありがとう。今、滋賀県の反核平和マラソンを走っている最中です。くわしくはブログで。」
ここで、なつかしい人に出会った。
玉木昌美さん。
ずいぶん前だが、家族でホノルルマラソンを走られるということで、京都キャロットでおそろいのウェアを注文してくださった方だ。
あれはもう12年も前のこと。
その時小4だったおねえちゃんは、現在22歳。今は競歩をやってられるそうだ。小2だった弟君も、現在20歳。時の経つのは早いものです。
でも、小4と小2でよくがんばったねえ。
そうそう、あのめっちゃ早い女性ランナー松見輝子さんもここから参加。こら、しゃべらしてもらわななあ。
(注)もうちょっと続きますが、今日はここまで。
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2008年08月06日(水)
8.6滋賀反核平和マラソン [ランニング]
今回は、ゴールから逆に掲載しました。
最後は、嵐のような暴風雨の中のゴールとなりました。全員ずぶぬれのゴール。でも、これはこれでいい思い出として残るでしょう。
最後のアピール文を読まれたのは、びわこランナーズの女子エース的存在である松見輝子さん。その後、少しだけお話させていただきました。
「松見さんの写真、うちのブログに載せます。」
「ありがとうございます。わたしもブログ書いてるんで、載せさせてもらっていいですか。」
「はい、ぜひ載せてください。私のブログ、すごくいいブログですから。」
「・・・(キョトン)」
「(あっ、この人はマジメな人。じょうだんは、ほどほどに。) なんていうブログなんですか。」
「グーブログでね、『これもトレーニング』っていうんです。M見という名前で書いてます。」
うーん。また新しい展開が。これは、楽しみ。
(注)このマラソンの詳細は、明日へ。
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2008年08月05日(火)
しっかり! 三鷹高校・土肥校長 [学校]
◎毎日新聞 2008年8月4日
「都立三鷹高:挙手禁止通知で校長が公開討論を要求」
東京都教育委員会が職員会議で教職員による挙手や採決を全面禁止した問題で、通知の撤回を求めている都立三鷹高の土肥信雄校長(59)や教育評論家の尾木直樹さんらが4日、都教委との公開討論を求めて都庁で記者会見した。「お互いの意見を述べ合って都民、国民に判断してもらいたい」と訴えており、都教委に20日までの回答を求めている。
都教委の通知は06年4月に都立校向けに出されたが、土肥校長は校長会などで「教員の言論の自由を奪う」と撤回を求めてきた。先月10日、都教委に公開討論を申し入れたが拒否されたため、尾木さんや漫画家の石坂啓さんら4人の識者とともに会見に踏み切った。
会見で土肥校長は「生徒に民主主義を教えるのが学校なので、教員組織も民主的にならなければ」と主張。尾木さんは「職員会議で挙手を求めることは校長の決定権を何ら侵害しない。職員の意向を知らなければ実践は成り立たない」、石坂さんは「萎縮(いしゅく)した大人たちに囲まれていると、子供たちが損をしている気がする」と訴えた。
一方、都教委都立学校教育部の担当者は「通知は職員会議で教職員が意見を言ったり、議論することまで禁止したわけではなく、公開討論をする内容ではない」と否定的。土肥校長らは都教委が公開討論に応じなければ、さらに撤回要求に向けた活動を強めていくという。【木村健二】
6月2日のブログ「こんな校長先生がおられたら・・・」の続きです。
今の私ができることは、正々堂々正論を述べている人たちにエールをおくること。この人たちを無視して何も答えられないとしたら、それはうまく答えられないからか、へんに答えてしまうと自分たちの都合が悪くなるからです。
私は何もできませんが、土肥校長、しっかり信念を貫いてください。
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2008年08月04日(月)
サッカー部合宿はスキー部合宿の10分の1 [家族]
廉が、4日間のサッカー部合宿から帰ってきた。
合宿先は、去年と同じ「縄文真脇温泉」(石川県能都町)。近くに芝のサッカー専用グランドがあり、練習環境は抜群。
部員が約60名、先生2名、OB2名、女子マネージャー5名、総勢70名ほどの大集団だったそうだ。そのため、去年は1台だったパスが2台に。(1年だけで30名を越えており、1台占拠していたらしい。)
やっと3年が引退で、廉にもチャンスがまわってくるかと思ったら、下がこの多さでは・・・。1年に圧倒されるな!
私と真樹が沖縄に旅立った日(7/30)の夜、友達のライブを見に四条に出かけ、12時前に注意を受けたらしい。。夜に、家にも電話がかかってきたとのこと。その後あっさりとかえされたそうだが、家に着いたのは夜中の1時半。まあ、高校生らしいと言えば高校生らしいかな。まさか、「父は沖縄で遊びほうけています」とばらしてへんやろなあ。
ヨメさんも一人で心細かったやろ、と思ったら大まちがい。いなか育ちの私とちがい、シティガールだった眞寿美さんはウラの世界の専門家(?)
それでも、いまや二児の立派な母やから、以外と「きくちゃん、どうしょ」とか言って心配してたんかな。
この事件の2日後から、合宿へ。
私たちが沖縄から帰ってきた時、「キュンキュン」いって喜んでくれると思っていたきくちゃんは肩すかし。廉の時はどうかと思ったら、またまた肩すかし。なーんでかな。
廉は中学の時クロカンスキーをやっていて、光華中高の合宿に参加させてもらい、気絶するまで練習した経験がある。あれに比べれば、サッカー部の合宿は10分の1くらいのしんどさだそうです。(ほー)
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2008年08月03日(日)
京都走ろう会例会(8月第1日曜) [ランニング]
走り終わりエノキの木陰で休んでいると、声をかけられた。
「ブログ、見せてもらってます。ずっと続けておられるんですね。」
ピンときた。
「もしや、最初のブログにコメントしてくれはった『お〜じ〜』さんでは?」
「そうです。」
「ありがとうございます。初めてのブログに、すぐコメントしていただいて、ものすご喜んでたんですよ。あのー、お名前は?」
「大西です。」
「失礼ですが、お歳は?」
「67です。」
「へー、やっぱり走ってる人はわこ見えますねえ。走ろう会は、いつごろから?」
「4、5年前くらいですか。もともと京都なんですけど、ずっと仕事で茨城のつくばにいまして、定年で京都に戻ってきたんです。」
「そうなんですか。おうちは、どこらへんですか。」
「上賀茂です。」
「と言うことは、練習は鴨川ですか。」
「そうですね。しも(下流)に行ったり、かみ(上流)に上がったり、いつも15kmくらい走ってます。月に、350から400くらいですかね。」
「すげぇー。」
「6月の『サロマ』に、初挑戦で完走できました。去年の『丹後』に挑戦して、60kmでリタイヤしてね。それから、がんばりました。」
「すごいですやん。私なんか、15年くらい前に『サロマ』2年連続アウト。『丹後』は第1回から7年連続アウトです。」
「それは、関門で?」
「そうなんです。去年は85kmまで行ったんですけどね。やっぱり、練習なしで100km完走は無理ですかねえ。」
いつものように、ここらで話が尻すぼみ・・・。
さて、話は元に戻り・・・。
真夏のクラブの例会には、今までほとんど参加したことがない。
この暑さやもん。(沖縄より京都のほうがよっぽど暑い。)「たぶん10人も来やはらへんにゃろなあ」と思って出雲路橋西詰めを見ると、なにやらにぎやか。
役員さんも入れると、30人以上?
津田昌子会長さんのごあいさつの後、いつもの八田努さんの準備運動。今日こそしっかりやっとかんと倒れます。みなさん真剣。この体操だけでもけっこうな汗。
今日は、前会長の中村彦四郎さん、前々会長の玉木知男さんもご参加。5月に取材させていただいた、会員番号「1」の佐藤光一さん。暑さに負けず、参加されています。
今日は、意外と豪華メンバーです。
安全ピンを忘れたので受付あたりで探していると、役員の村瀬洋子さんが、自分のキーホルダーにつけてあったものを取って貸してくださった。このへんが、京都走ろう会のいいところ。
私の大好きなランナー松山健治さんは、今日は役員さんでなく3.1kmに参加される模様。頭のタオルがいやに似合う(松山さんについては、1/27のブログ参照)。
7・8・9月は、10kmは無し。そのため、5kmが10人以上。
2月17日のブログに登場していただいた猪飼さんがおられたので、声をかけた。
「今日こそ、負けそうですね。どれくらいで行かれる予定ですか。」
「いやー、2ヶ月のブランクがあって、最近また走り始めたところですから・・・。」
スタートして、びっくり。猪飼さんが、飛ばしていく。ついていこうとしたが、無理。
葵橋を渡り北向きになったところで、さらに二人に抜かれる。(後で分かったことだが、このうちの一人が大西さんだった。)
北山大橋を渡り下りに入れば少しは追いつけるかと思ったが、前のランナーは小さくなっていくばかり。
あれっ!
これって、「お〜じ〜」さんの私のブログのコメントそのまま?
(「黄色のランシャツがだんだん小さくなっていく」・・・ )
2月と8月、季節が正反対になったら、立場も正反対になってしまった。ここは、しんぼう。また、私の好きな冬が来たらリベンジしよう。
前々会長玉木さんも、3.1km余裕のゴール。ご本人にとっては不本意なタイムだったようですが、この暑さの中走れる健康な体を持っているだけでありがたいですやん。
私も、死ぬまで走り続けられる健康体でありたいと思う。見習いたい。
先にゴールしていた猪飼さん。タイムは、22分15秒。それって、冬のタイムでも通用しますよ。
知らん間に腕上げましたね。
真夏の5kmでやられるとは。ちょっと、くやしい。
猪飼さん、いい笑顔です。くやしいけど、いい顔なんで、勝手にパチリ。
私は、24分07秒でした。この暑さなら、まあまあやと思うんですけど・・・。
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2008年08月02日(土)
美ら海水族館 [沖縄]
沖縄旅行の最終日は、美ら海水族館。
私は、去年の3月廉と行った。春休みだったので、すごい人だった。特に、売店とレストランの混雑はすごかった。
今回は朝早めに出たせいか、前よりすいているような感じだった。
大きな水槽は、さすがダイナミック。ジンベイザメも楽しそうに泳いでいる。下から見上げられるところもあったのだが、そこもゆっくり見られてよかった。
ただ、昨日海にもぐり、魚に手渡しでえさをやっているので、それに比べると・・・。逆やったらよかったのかも。
どうしても見たかった、イルカのフジ。
尾びれがくさり、人工のゴムの尾びれをつけているイルカだ。
フジは、水族館の一番はしにいた。
水槽の一番底で、静かに動かずじっとしていた。同じ水槽にいた2頭のイルカがビュンビュン泳いでいたので、フジがかわいそうに見えた。
それに、よく見ると、フジは人工の尾びれをつけていない。また何か不具合が生じたのかもしれない。
がんばれって言ったらもっとかわいそうなんかもしれんけど、心の中で言ってしまった。
「がんばれ!」
フジを見に行く時、新しいイルカ用の水槽の増設工事がされていた。
その塀の前で、お父さんが3歳くらいの男の子を肩車していた。この猛暑の中である。お父さんは、子どもになにやら解説していた。
フジを見て帰ってくると、その親子がまだ工事現場を肩車で見ていた。すごい。お父さん、倒れんなよー。
水族館はちょっと期待はずれだったが、楽しそうな親子が見られて、よかった。
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