パオパオだより

2011年07月31日(日)

避暑地の花火 [家族]

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 今、いなかに帰っています。
 百均の花火をしました。

(注) ヨメさんの携帯からアップしました。

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2011年07月29日(金)

こま爺とおウメ婆 [家族]

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 毎年恒例の墓そうじ。
 うちは分家なので墓の数は少ない。曽祖父、曾祖母、祖父、祖母、伯母と叔母。そして、ちゃんとした墓石がまだない私の母。母が亡くなってもう20年。ちゃんとした墓石を作らないのは、父が亡くなったときにいっしよにするつもりだからだ。

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 お墓そうじに行ってビックリした。ほとんど草が生えていない。墓の後ろの土が崩れていたので、鍬で整地。そのあとはひたすら墓石磨き。

 墓石を磨きながら、祖父と祖母の命日を確認した。
 祖父・駒夫、昭和45年9月10日。
 祖母・ウメ、昭和53年7月25日。

 おばあさんが亡くなった日のことはよく覚えている。洗濯ものを干している時に倒れ、長い間寝たきりになっていた。でもそれが中1の夏休みだったとは意外だった。私の記憶では、冬であったと思っていた。毎週毎週あるご詠歌が、寒い中で行われていたという記憶があった。実際は真夏だったのか・・・。記憶っていいかげんなもんですね。

 おじいさんが亡くなったときの記憶はほとんどない。おふとんのすそで、おばあさんが泣いていたシーンだけ鮮明に覚えている。計算すると、私は4歳9ヶ月。5歳くらいなら、もうちょっと覚えていてもいいようなものだが・・・。やっぱり、あんまりかしこなかったか・・・。
 おじいさんは、田んぼの水を見に行ってその場で倒れてしまったと聞いていた。でも、9月で田んぼの水っておかしいな。今やったら稲刈りの季節やで。父に聞いてみた。
 「別所は寒いさけ、そのころでも水はっとったんやろ。」

 おじいさんは田んぼの脇でうつ伏せのまま息を引き取った。検死の必要があったので、甚六のおっさん(親戚)がうちのおじいさんの横でおまわりさんを待ってくれていたそうだ。
 その日、父はなんかの集金日で千本四条まで出て来ていた。帰ってきたら、「おとうさん、死なはったで」と言われ、びっくりしたそうだ。出かける前、元気にしゃべっていたはずなのに・・・。心臓マヒだったんでしょうか。

 おじいさんについては、その生前の記憶もほとんどない。いつもニコニコしいた顔しか覚えていない。
 うちの母に言わせると、「こま爺は争いが嫌いで、何でも賛成するし『賛成党』と言われていた」らしい。母にとっては、いい舅だったんじゃないでしょうか。私もその血を受け継いで行きたいと思っている。

 父は、祖父の命日だけでなく、祖母の命日も正確に覚えていた。
 昭和53年7月25日は、花背二中のグランドで消防団の査察があったらしい。当時、私の父は花背消防分団の分団長。責任ある仕事をずっと担っていた。

 今日、父と話していて思った。「父はボケてはいない!」

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 私が死んでも、ここには埋めんといてね。あくまで石像ということで・・・。
 ますみちゃんは、その石像の鼻の穴の中にでも入っとく?
 「バシッ、ドコッ、ボスッ!」
 おー、久しぶりの効果音。

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 おウメばあさんの写真を撮ってきた。
 この写真ではも一つだが、実物はほんまに天皇陛下にそっくり。顔も似ているが、そのしぐさがめっちゃ似ていた。
 今日、父にその話をしたら大笑いをしていた。でも、まんざらでもなさそうな気配もあった。
 「おっきゃ(屋号・おけや)の顔は、皇族系かーい。」

 「おばさーん! おう、こま爺の写真とって来るのん忘れたー!」

 (うちの家では、おばあさんことを「おばさん」と呼んでいた。「おばさん」は、「お」ではなく「ば」にアクセント。)

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2011年07月28日(木)

おウメばあさん? [家族]

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◎毎日新聞 7月27日(水)20時2分配信

 <天皇、皇后両陛下>那須で福島からの被災者らにお見舞い

 天皇、皇后両陛下は27日、栃木県那須町のホテルを訪れ、東日本大震災で福島県から避難している被災者らを見舞った。両陛下は26日から静養のため那須御用邸に滞在しているが、同町長らから話を聴くなど被災状況の把握に努めている。

 ホテルでは14世帯27人と懇談。天皇陛下は、浪江町から避難している八橋清美さん(38)の長女で那須町立那須小4年、美優さん(10)に「お友達はできましたか」と問いかけ、美優さんは「はい」と小さな声で答えた。

 美優さんは4月に同町に避難してから2度小学校を替わり、9月には福島市内の小学校に転校するという。清美さんは「娘もやっと落ち着くと思います。両陛下に声をかけられて勇気づけられました」と話した。

 両陛下は時には被災者の手を握りながら見舞った。天皇陛下はホテルを去り際に「いい方向に向かうといいですね。みなさん、どうぞ、お元気でね」と被災者を励ました。
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 テレビでこのニュースを見た時、ドキッとした。天皇陛下が、うちのおばあさんにそっくりだったから。
 うちのおばあさんは、正真正銘、花背別称町の生まれ。中の町の「おけや」の出。私が12歳の時(43年前)亡くなった。まあ、天皇家とは何の関係もない。でも、似すぎてるんですよねえ。

 私のふるさと京都市左京区花背別所町は、鞍馬から標高765mの花背峠を越えたところ。鞍馬から約10km山奥に入ったところである。この村がどのようにしてできていったのか、諸説あって定かではない。冬には1m以上の雪が積もり、どの作物を育てるのにも適さないこのような土地に、あえて住もうとした最初の人はどんな人だったのだろう。比叡山のお坊さんという説が有力だと聞いたことがあるが、比叡山は確か天台宗。うちのいなかは禅宗の曹洞宗だし・・・。
 天皇家ゆかりの方が、わけあってうちのいなかに来られ・・・、というようなことは考えられないのだろうか。このあたりは、ブログ「晴徨雨読」を書いておられる物知り・じょんのび村村長さんに聞いてみよう。
 まあ、日本中に天皇家の末裔伝説があるらしいので、いろいろ勝手に想像しても悪くはないですよね。

 今、手元におばあさんの写真がないのが残念。今度いなかに帰ったら、さがしてこようっと。
 代わりに、このブログの2009年8月15日の記事に使った写真を載せておきます。

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 真ん中の写真の一番右がおウメばあさん。と言っても小さすぎて分かりませんね。その息子(つまり私の父)も皇族ぽく見えません?

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2011年07月13日(水)

「うちはしあわせな・・・」 [家族]

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 「パオパオー。」
 「ん?」

 お昼を食べて家ヘ帰る途中、交差点で信号待ちをしている時、後部座席の真樹が私を呼んだ。

 「空、きれいやなあ。」
 「あっ、ほんまや。きれいやなあ。」

 昨日の夜、真樹が「うちはしあわせな家族やでー」と言っていたのはこんな小さなことも入るのかも知れない。同じ空を見て、ただ「きれいやなあ」というようなこと・・・。

 昨日の夜、真樹と私とヨメさんがテレビを見ているとき、何の話からかは忘れたが、真樹が「うちはしあわせな家族やでー。」
 「ほれ、ますみちゃん。よう聞きやー。真樹はええことゆうなあ。」
 「・・・。」

 ヨメさんに言わせると、うちの家族崩壊を食い止めているのは、ひとえにヨメさんのしんぼうのおかげであるらしい。それをまた、みんなが気づいてないのが悲しいとのこと。
 まあそうであっても、娘に「しあわせな家族」と言ってもらえたら母親冥利に尽きるのでは・・・。

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 昨日まで1学期の期末テスト。それがやっと終わって、今日から半ドン。一番暑い時間に自転車で帰って来るのはかわいそうだったので、今日は迎えに行った。
 眞寿美店長は、メーカーの展示会で大阪に出張。そのため、お昼は私と真樹とで外食。下鴨の「かごの屋」さんへ。
 私は「かごの屋弁当」、真樹は「小さなちらし寿司セット」。キンキンに冷えたおうどんがすごくおいしかった。

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 食べながら、期末テスト反省会(?)。
 期末テストで1科目でも70点以上が取れたらごほうびということだったが、今日返してもらったのは69点、66点・・・。「惜しい!」
 でも、今回はひとに頼らず自分でだいぶ勉強していたようなので値打ちがちがう。この調子なら、70点が楽々取れる日も近いでしょう。今年3月の沖縄関連問題の「社会」の91点という実績もあることだし。

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 ばんごはんはごはんが炊いてあったので、お弁当屋さんのおかずだけを買って来て3人で食べた。もしかあちゃんが家出してしもたら・・・、こんなことは続かんわなあ。しみじみ。

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 夜10時半、地下鉄・国際会館前に着いたヨメさんから電話。お迎えに。
 こんなに遅くまでご苦労さまでした。
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【RUN】

 今日、滋賀マスターズの太田君子さんからメールをいただいた。話題は、こないだの練習会のことなど。
 夕方、廉からもメール。「これから走りに行くので、ばんごはんは先に食べといて」。

 こんなことがあると、「今日もちょっとだけでも走ろっか」という気分になる。
 昨日と同じ3kmコース。昨日より体が重い感じがした。
 けっきょく18分05秒。昨日とほとんど同じ。これくらいの短い距離をゆっくりだと、足は痛くはならない。
 当分、これやね。「短い距離をゆっくりと」。

 この後も昨日と同じ、団地内をゆっくりジョグ1km。
 これで今日も合計4km。
 「これで十分!」

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2011年06月28日(火)

ヨメ帰る [家族]

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 「きくちゃん、オバサンもうじき帰ってくるでー。」
 「ファーン・・・(どこ、どこ)」

 夜8時過ぎ、地下鉄・国際会館前までヨメさんを迎えにいった。

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 「フェーン(見つからん)」
 「もうすぐやって・・・。」

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 「フェンフェンフェンフェン・・・(オバサン、オバサン、オバサン、オバサン・・・)」
 「いやー、きくちゃんえらいなー。自分で見つけられたん。忘れてへんかったん。」

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 うちの「サロマ」の一番の話題は、きくが5日間でヨメさんを忘れてしまわないかということ。
 「忘れてへんかったなー。」

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 ヨメさんは、腰が痛いと言っていたわりにしっかり歩いていた。

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 きくから、完走おめでとうの「チュッ!」

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 ヨメさんの一番のみやげ話。

 「スタート地点で龍二君(中野勇人さんの次男)見つけたし、大きな声で『りゅうじく〜ん』て呼んだらすべって、土手を落ちてしもた。それで、スタート前に手袋泥だらけ。腰もきつー打って、それがこたえた。」

 でも、ここでヨメさんは変なりきみが抜けたのか、50kmを7時間13分で完走。
 一方、スタート前に、公衆の面前で変なハデなオバサンから大声で名前を呼ばれた龍二君は・・・。

(注)私には、これ以上はとても書けません。ヨメさんが自分のブログにくわしく書くかも知れませんので、そちらをご覧ください。

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2011年06月24日(金)

サロマへの暴走 [家族]

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 「このまま男と逃げて、帰ってこーへんかもしれんし・・・」と言い残し、毒嫁は旅立って行った。

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 お昼過ぎ、きくを引きつれ京都駅までお見送り。

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 今日、北見市のホテル入り。
 明日からはレンタカーを使って、一人で行動するらしい。

 「さあ、毒嫁の暴走が始まる」と言いたいところだが、この先はどうなるか不明。

 ウルトラ15回連続関門収容の私には、ゴール写真がない。
 「めざせ、ゴール写真!」

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 「オバサンの留守中、かしこうしとこな」ときくと誓う。

 かしこうしとったら、ちゃんと帰って来てくれるかな・・・。

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