2014年03月31日(月)
「パオパオだより」復旧 [ブログ]
3月28日(金)午後10時ごろにダウンしたブログ「パオパオだより」がやっと復旧しました。今日(3/31)のお昼12時過ぎにはまだ見られなかったので、復旧は12時40分ころでしょうか。ダウン、復旧の理由は前の2回と同じようです。ただ今回は土日が挟まったので、復旧までだいぶ時間がかかりました。(当然のことながら、土日のアクセス数は0です。)
さあ、これから金土日3日分の記事を思い出して書くことにしましょうかねえ〜。よろしければ、またのぞいてくださいね。
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【RUN】
朝に、「あいおわ治療院」の高橋大輔似の先生にテープをはってもらった。足の土踏まずからヒザの内側にかけて。すると、あーらフシギ。私の言う「背中の後ろから大型ホッチキスでとめられたような痛み」がスーっと消えた。
3月2日の篠山マラソンの日からほぼまる1ヶ月。なんぼなんでももう治らんとね。
3日ぶりに私のブログも復旧。気分をよくして夕方ランへ。
店往復1.3kmを2回。ほとんど腰の痛みを感じない。
3kmコースを速めに。14分11秒。いい感じ。
さあ、超久しぶりの1000mタイムトライアル。故障再発を恐れ、シューズのソールの厚いもの、ソックスも足底部分の暑いものを使用。
スタートして、体は重いが足はそこそこ動いている。ギリギリ4分は切れた感触でゴール。タイムは3分55秒。
「ああ、やっとここまで走れるようになった!」
いろいろな動きを取り入れながら2kmのダウンジョグ。腰の痛みはほとんど感じない。これからどんどん回復ということになればいいのだが・・・。
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【今日のきく】
天気のいい日は「京都キャロット」の出入り口付近で警備。
ただし、「危険、かみます!」の注意書き付き。
ふだんは、こんなにかわいくておだやかなきくちゃんやのにねえ・・・。
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2014年03月30日(日)
腰痛は続くよどこまでも [雑感]
鎮痛剤も使い果たし、シップももう残り少ない。
3月2日から発症した腰痛がもうすぐ1ヶ月。動くこともできなかった最悪期は脱したが、いつまでたっても元に戻らない。ランニングもそろりそろりしかできないし・・・。こんなこと初めて。
亀岡の快速ランナー・松本一之さんを目標に、2年後私が60歳のときに勝利して引退を夢見ていたのですが・・・。きちっとしたトレーニングの知識もないのに、ちょっと追い込みすぎたんでしょうか。
4月5日の「なにわ淀川」は、やはり出店場所が見つからなかった。廉に「売りに行けへんようになってしもたけど、走る?」と聞いてみた。「練習してへんし、ジョギングペースでしか走れへんけどな」と言いつつ、付き合ってくれるらしい。
なんとか土曜日までに腰痛が治らんもんかな。無理っぽいなあ。
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【RUN】
店往復1.3kmのあと、やや速く走ることを意識して5km。25分02秒。これが今の限界か。
1kmダウンジョグをプラスして、今日は7.3km。
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2014年03月29日(土)
第51回勝手に国労応援ラン [ランニング]
今月はJR南草津駅からスタートのはずだったが、腰痛で遠くに出かける気になれない。なんとか近場で・・・。
おりしも京都府知事選真っ最中。憲法をしっかり守ってくださる尾崎望候補を応援することも、国労応援につながるのでは? ちょっとごり押し過ぎます? 気にすな、気にすな。
自宅から荒神口の尾崎選挙事務所まで。荒神口は真樹が通学していた鴨沂高校のすぐそば。車で送っていったとき、だいたい7kmくらいだった。
最短コースを通り荒神口へ。スタート時は「いらんちゃ 米軍基地!」ヤッケを着ていたのだが、暑くなり「ランナーズ9の会」Tシャツに。赤信号に3回もかかったが、約6.5km37分15秒。まずまず。
選挙事務所で、わずかだがカンパ。少しお話をして帰路に。
帰りはちょっと遠回り。鴨川の桜もそろそろ開いてきた。
行きしは下鴨中通を走ったのだが、帰りは車の多い下鴨本通を。
深泥池の姉夫婦の家に寄る。
二人はちょうど尾崎候補の演説会に出かけるところ。
帰りは姉夫婦としゃべったりしたので、約6.8km44分24秒。
自分では尾崎候補アピールランのつもりだったが、なんということもなかったね。腰痛回復促進ランといったほうがよかったかも・・・。
元国労の中野勇人さんは、国会前アピールラン行動を続けておられます。
1月28日(火)
2月27日(木)
3月14日(金)
私が行きやすい水曜日がないですねー。
4月はいつなんでしょうね。予定をツイッターに書いてもらえるとありがたいんですけど・・・。次はLCCで行こうかなあ。
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2014年03月28日(金)
1m違えば話が違う [平和]
4月からほとんどすべてのものが3%値上げ。新聞代も3925円から4037円になる。うちは、「毎日」「京都」と2紙取っているので7850円から8074円になる。
1紙に減らせと言われているが、これはなんとしても阻止したい。新聞は、私にとって「文化」との唯一の接点といってもいい。これが半分に減らされると、もう本当に棺おけに片足突っ込んだ人間扱いのような気がする。
ニュースはパソコンでも見られるというが、YAHOOニュースのアクセスランキングの1位は、毎日毎日韓国の悪口ばかり。もうこれだけでも見る気がしなくなる。ゆっくりパラパラと新聞紙をめくりながら見るほうが私には合っている。
私がほかの人より安上がりなもの・・・。
私は2ヶ月に1回の散髪。それも1000円か1500円。1ヶ月当たりにすると500〜750円。この節約した分で新聞1ヶ月分にはならんでしょうか。
それはさておき・・・。
とっている新聞が無駄にならないように、新聞を整理するときもう一度読み直している。そして、心に残った記事は切り取ってスクラップしている。
次に紹介する記事はもう2ヶ月も前の古い記事。(もう終わった)講演会の案内が主な内容なので、今読んでも価値はない。ただし、その講演会で話される海江田登美子さんの言葉がよかった。
「1m違えば話が違う」
当たり前のようで忘れがちなこと。この言葉は、すぐ回りの人も自分といっしょと思いこんでしまう人に聞いてもらいたい。
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◎京都新聞1月29日朝刊
沖縄戦の悲劇知って
70年前の戦禍生き延びた 那覇出身・海江田さん
1944年(昭和19)年に始まった沖縄戦から70年を迎え、戦禍を生き延びた那覇市出身の女性が2月2日、京都市内で自らの体験を語る。家族と一緒に山中へ逃げ、米軍の捕虜になるまで草やカタツムリを食べて命をつないだといい、「今なお鮮明な記憶をたどり、次世代に平和の尊さを伝えたい」と願う。
沖縄戦70年の節目に生の戦争体験を聞く機会をつくろうと、「京都平和遺族会」(事務局・南丹市園部町)が講演会を企画した。女性は大阪市福島区の海江田登美子さん(76)で、6〜7歳にかけて沖縄戦を体験し、奇跡的に助かった。
44年10月10日、米軍機の空襲によって沖縄戦が始まり、当時6歳だった登美子さんは那覇市内の自宅を離れ、安全とされた「やんばる」(沖縄本島北部)を目指し、祖母と兄と一緒に、40日間140キロに渡って逃避行した。
その後、焼け野原になった那覇市に戻ったが、45年4月、米軍が沖縄本島に上陸し、激戦を極めたため、再び北部へ避難した。「家族4人で山中に行きを潜めた。物心ついた時から、鬼畜米英と教え込まれていたので、米軍が来たと聞き、怖くて仕方なかった」
一方で、味方であるはずの日本兵も恐怖の対象だった。「投降する」と口にすれば、スパイ容疑で即座に銃殺されたからだ。6月25日に組織的な戦闘が終結した後も、なおも山中を逃げ続けた県民が多かったという。
登美子さんの一家は8月8日に米軍の捕虜となった。「収容所で米兵からガムをもらって食べた時、本当に甘いと思い、そのまま飲み込んだ。逃げていた4ヶ月間、ひとことも発しなかった。沖縄戦の体験は1メートル違えば、話が違う。いろんな話を聞き、まずは今の人がしっかり受け止めてほしい」と話す。
体験談を交えた講演は午後2時中京区土手町通夷川上ルの職員会館かもがわで行う。入場無料。京都平和遺族会の事務局は0771(62)1263。
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「沖縄戦の体験は1メートル違えば、話が違う。いろんな話を聞き、まずは今の人がしっかり受け止めてほしい」
この言葉を読んだとき、一番に頭に浮かんだのが「従軍慰安婦問題」。「沖縄戦」を「従軍慰安婦」に変えて読んでもらいたい。いろんな話を聞く気のない橋下大阪市長と籾井NHK会長に。
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【RUN】
この時期にしては非常に暖かく、今年初めてのTシャツでラン。
5km、27分51秒。
腰がもう一歩というところでよくならない。
早く、ビューンと走りたいなあ。
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2014年03月27日(木)
心が和む静原ラン [ランニング]
今日も、午後は寮の管理代行のバイト。
朝起きたとき、腰の具合がましだった。(日によって全然痛さがちがうんです。)これは午前中に走らなければ。
こんなときは静原。
静原までは、行きが上り帰りが下りなので気分的に楽。
走りなれたコースは心が和む。
静原の里のポールが立っているところで約5km。28分57秒。
この時点でフラフラなので5分ほど休けい。
もし行けそうだったら江文峠まで行きたかったのだけれど・・・。またこんど。
帰りは下りなので、ふらつかずしっかり走れた。
真樹がお世話になった市原野保育園は、門の前を広くされて車がとめやすくなった。
うちの近くの長代川沿いの道。新しく街灯もついたようだ。
ここまでくればあと300m。
帰りの5kmは28分00秒。
今日もダブルGPSに挑戦してみたが、古いほうは衛星捕捉が最後までできなかった。もうあかんね。
1kmダウンジョグをプラスして、今日は11km。
眞寿美さんは、朝からスーツを着てお出かけ。
棺おけに片足を突っ込みそうな私とちがい、眞寿美さんにはしっかりとした今後の計画があるらしい。いずれまた、自分で語り始めるでしょう。
さて・・・。
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2014年03月26日(水)
真樹の家族感 [家族]
今日の朝、真樹が沖縄に帰っていった。
朝に家族4人と1ぴきの写真を撮ろうと思ったが、あいにくの雨。残念!
真樹は、きくの誕プレの新きゅっきゅっちゃんだけを残し帰っていった。
真樹にとって、この家族はどうなのだろう。ヨメさんの話によると、真樹は「いい家族」と思っているらしいとのこと。
「そんなことゆうて、今度帰ってきたときパオパオがシュシュシューとおらんようになってても(家族のメンバーからはずされていたとしても)、『やっぱり』とかですますんとちゃうやろなー。」
今年はゴールデンウィークには帰らないという。ということは、次に帰ってくるのは4ヶ月半先の8月。私も、去年のようにたびたび沖縄に行くこともできないし・・・(お金がない)。
さびしいけど仕方ないねえ。まあ、それだけ娘が成長したってことやね。
きくが沖縄に行けたらいいのにね。
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【RUN】
先週の金曜「淀川国際」の10kmを走ったあと、土日は出張で走れず。
月曜は5km。たったの5kmなのに、最後のほうはフラフラ。「あいおわ治療院」の高橋大輔似の先生が、「しばらく運動しないと、あっという間に体力筋力が落ちますよ」とのこと。あきません。腰に負担のかからない運動をしなくてはいけないのかも。
昨日も走れず。
今日は最終水曜なので、「勝手に国労応援ラン」をする日だが雨。腰の具合も悪いし無理しない。今度の土日は何もないし、ころあいを見計らって走るとしよう。
それよりも、4月5日の「なにわ淀川」。第1回大会からずっと出店させていただいていたので、今回も問題なく出店させていただけるものと思っていた。ところが3店舗中「京都キャロット」だけがはずされる羽目に。ヨメさんいわく、「うち、なんか悪いことしました?」
予定していただけに痛い。大会会場近辺で出店場所をお借りできるところがないか探しに行った。しかし新大阪に近い都会なので、空き地っぽいところはなかった。ガレージが借りられたらと思ったが、めぼしをつけたところはお留守。明日電話して交渉してみよう。
借りられたらいいのになあ。むずかしいやろうなあ。
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