2019年05月10日(金)
島唄 [沖縄]
THE BOOM - 島唄(SIMA UTA)
でいごの花が咲き風を呼び嵐が来た
でいごが咲き乱れ風を呼び嵐が来た
くり返す悲しみは島渡る波のよう
ウージの森であなたと出会い
ウージの下で千代にさよなら
島唄よ風に乗り鳥とともに海を渡れ
島唄よ風に乗り届けておくれ私の涙
でいごの花も散りさざ波がゆれるだけ
ささやかな幸せはうたかたの波の花
ウージの森で歌った友よ
ウージの下で八千代の別れ
島唄よ風に乗り鳥とともに海を渡れ
島唄よ風に乗り届けておくれ私の愛を
海よ宇宙よ神よいのちよこのまま永遠に夕凪を
島唄よ風に乗り鳥とともに海を渡れ
島唄よ風に乗り届けておくれ私の涙
島唄よ風に乗り鳥とともに海を渡れ
島唄よ風に乗り届けておくれ私の愛を…
ララララララララ…
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昨日は三線教室。
頼りにしている私と同レベルのYさんが休まれたものだから、冷や汗タラタラ。
それでも、なんとか2時間気絶することなく持ちこたえた。
今日は初めて、ザ・ブームの「島唄」を練習した。
最近むずかしい曲が続いて難儀していたが、この曲は親しみもあって練習のし甲斐があった。
三線教室のI先生は、必ずその歌詞の意味を解説してくださる。
「島唄」は恋の歌だと思っていたが、ちがった。
「デイゴの花が咲く」4月に、「風を呼び嵐が来た」とは米軍が沖縄に侵攻してきたということ。
「ウージ(さとうきび)の下で八千代の別れ」とは、戦火に倒れたり、ガマで自決したこと。
宮沢和史さんはえらい。
山梨県甲府市出身なのに、こんな沖縄に寄り添った歌がつくれる。
私も京都から出たことのない視野の狭い人間だが、いつも沖縄の役に立つことをしたいと思い続けている。
I先生に「6月の2回目の練習日、欠席します。沖縄に行きますので」というと、「平和の旗を持って走られるんですよね」と。前にちょっと話しただけなのに、よく覚えていてくださっていた。
6月23日の沖縄慰霊の日に、「平和・憲法九条」ののぼりを背負って走り出して今年で7年目。少しは沖縄の人たちに喜んでいただけているでしょうか。
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2019年04月15日(月)
やっぱり7時間半 [沖縄]
朝8時、ぐっすり眠っている真樹を起こさないようにそっと家を出る。
はんちゃんのそのボースはなんじゃろな。
はん、ぺん、さいなら。
次は6月の沖縄慰霊の日やでー。
昨日買って取り付けた自転車のライト。
これで、トライアスロンの練習をしっかりね。
空港行きのバスはけっこういいバスと思ったら、これじゃなかった。
8時15分、名護バスターミナル発。
10時、那覇空港着。
飛行機は11時05分発なので、今回はだいぶ余裕があった。
ソラシドエアはちょっとだけ遅れて出発。
神戸空港には、予定の13時05分にほとんど遅れずに到着。
ポートライナー、阪急電車、京都市地下鉄、京都バスを乗り継いで家へ。
家に着いたのは、午後3時35分。
名護の真樹のアパートを出て7時間半。
一日仕事やねえ。
家に入ると、4日ぶりなのにきくちゃん大喜び。
散歩に出たら猛ダッシュ。
走って、走って・・・。
店に着いたら固まってしまった。
今日は出社拒否をしたため、ばつが悪いらしい。
「今日はオッサンが帰ってくる日やし、家で待っとく」ってゆうてたんやなあ。
これでまた、いつもの野菜自販機帰りのお散歩もあり。
もう一回のオッサンの夜のお散歩もありですよー。
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2019年04月14日(日)
「緑茶」から「のり」 [沖縄]
真樹が命名、ご近所猫の「緑茶」。
どこにも緑は入ってへんけど、なぜか「緑茶」。
でもそう言われれば、「緑茶」かなと思えてくる。
真樹は命名のセンスがある。パオパオといっしょや。
近くのコンビニでお弁当調達。
税込み398円やから安上がり。
今日は洗濯2回。
真樹のお世話になっている分、少しは家の仕事をしなくては。
真樹が命名、ご近所猫の「のり」。
こっちは真っ黒けやから、「のり」という名前はピッタリ。
なでてたら、キックパンチあまがみの連続。
かわいすぎる。
京都に連れて帰りたいくらい。
次に来る時まで、元気でね。
真樹はほんとうに命名のセンスあり。
自分に赤ちゃんができたときも、きっとかわいい名前を思いつくんでしょうね。その日が楽しみ。
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2019年04月12日(金)
2019年04月11日(木)
きくからはんぺん [沖縄]
今日も、きくの大きなあくびから・・・。
「オッサン、見送ったり」というヨメさんのひと言で、きくはいつもは来ない助手席へ。だいたい、ヨメさんや私のゆうことは理解している。
「しゃーないなー。今日からオバサンとふたりで、仲良くしていかなあかんなー」とでも思っているんでしょうか。
10時ごろ家を出たので、バスでで行こうと思っていた時刻より30分以上余裕ができた。
13時40分神戸空港発ソラシドエアは、定刻の15時50分那覇空港着。空港からゆいレールで牧志駅へ。そこから歩いて10分の桜坂劇場へ。
その途中にかわいいネコちゃん。
こっちをじっと見ていたね。
桜坂劇場に着くと、真樹が先に到着していた。
真樹の車を停めたお向かいの車に、またかわいいネコちゃん。この車の運転手さんがネコ嫌いじゃありませんように。
ほかの車の真ん前にもかわいいネコちゃん。
ひかれんように、きーつけやー。
二人とも早く着いたので、劇場内の喫茶店で休けい。
真樹は昨日の夜12時まで働いて、そのままバイト先の友だちと海に行って徹夜。朝帰りでお昼過ぎまで寝て、今日は何も食べていないとのこと。ホットサンドセットをおいしそうに食べていた。
17時10分から、「ねことじいちゃん」。
この時間に見られる映画として選んだので、内容はほとんど知らずに見た。
志の輔さんがもひとつな感じだったが、小林薫と銀粉蝶さんがよかった。それに、口げんかばかりしているおばあさん二人(田根楽子、小林トシ江)もよかった。若先生(柄本佑)も郵便局員(葉山奨之)もよかった。高校生カップルもよかったし・・・。
「なんやねん! もっと、猫を見んかい!」と叱られそう。
映画のエンドロールで、ロケ地が「佐久島」と表示。
真樹とふたり、顔を見合わせた。
「マラソン走りに行ったとこやん。」
第6回佐久島年代別マラソン2011.6.26
意外なところで自分たちとのつながりが見つかっておもしろかった。また、佐久島行ってみたいなあ。
7時すぎ、桜坂劇場を出発。
恒例、映画のあとの寿司!
古島駅前のくら寿司。
テーブル席はいっぱいで、カウンター席へ。
真樹はなぜか担々麺を注文。
ビッくらポンも当たったしよかった。
これも恒例、東江のかねひででお買い物をして真樹のアパートへ。
はんぺんはやっぱり逃げ惑う。
写真を撮ろうとしたら、近すぎて大アップになってしまった。
「ベッドの下から出てきてくれー。」
そのうちぺんちゃんは出てきたが、慎重なはんちゃんはこもったまま。
仲良くしたいのにねえ。
おふろ上がりに二人でゆんたく。
2か月前に食べたいちごがすごくおいしかったので、また今回も買ってしまった。鹿児島産だったが、期待通りにおいしかった。
すぐ捕まってしまうぺんちゃん。
私も抱っこさせてもらいましたよ〜ん。
はんちゃんはどこ?
京都に帰るまでに仲良くしてねー。
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2019年03月21日(木)
ジュゴン [沖縄]
◎三上智恵さん(ジャーナリスト、映画監督、 ドキュメンタリー映像作家)のfacebookより
■3月19日
このツイート映像を見てしばし固まる
古宇利島のジュゴンを何度か撮影した
あの子なんだな
10年近く前、子供と泳いでいたのが
確認されてるから
そのお母さんなんだろうな
人間と同じくらい生きるから
子育て後10年で死ぬということは
天寿ではなかったのだろうな
ごめんね
なんか、ごめんねごめんねと
繰り返している自分がいる
こんな沖縄にして、ごめんね
この地域のジュゴンは
海神祭の主役の神を
乗せてニライカナイからくると
大宜味村謝名城の神歌に唄われる
沖縄の中でも
神々しい伝説に彩られた
天国の使いとしてのジュゴンです
いつもあなたがいる海だと思って
今帰仁や屋我地から
この海を眺めていたけど
この地域にいる
最後の一頭だったのだから
もう、ザンの海ではなくなったのか
ぽっかり穴が空いたこの胸を
どうしたらいいのか
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■3月20日
島袋ヨシさんが天に召されました
105歳です
命を守る会の
立ち上げからのメンバーで
彼女を手本に
初期の辺野古の女性たちは
頑張ってきたと言っても
過言ではなかった
最高齢で
誰より強い意志を持った
毅然としたおばあで
いまの文子おばぁのように
象徴的な存在でした
2004年の海にヤグラが立った
あの厳しい闘争の時は90歳
私が海に入って人柱になります
そう言って毎日テントに通い
防衛局の人たちには
お茶を出しながら
心を込めて話をされていた
その模様は私がQAB時代にディレクターを務めた番組
「海にすわる」に記録されている
こちらの、一部のみ
ネットにあった動画の
4分40秒あたり
7分40秒あたり
上がっているうちにみてください
この時代にいた人々の心の中には
ヨシさんの姿は焼き付いて離れない
おばあたちを海に入れさせる前に
私たちがやれることがあるはずだと
辺野古にたくさんの人たちが
集まってきたのだ
辺野古でずっと取材をしていても
95歳を超えてからのヨシさんは
私の顔と名前をもう
あまり思い出せなくなり
お見かけしても
声をかけるのを控えるようになり
病院にいる時間が長いと聞いて
もう、前のようにお話しすることは
ないのかも知らないと
寂しく思いつつ
それでも堂々たる長寿で
まだ健在でいてくださること
どこか守り神のように
思っていました
辺野古はもう
断念させましたよ
自由の海になりましたよ
という瞬間を待ち望んで
命を永らえていらしたのではないかと思う
また、その瞬間を
見せてあげられずに
巨星を見送るだけのわたしたち
涙を絞り出すくらいの
力しかないわたし
せめて、この数年の
見苦しい護岸と埋め立ての様子を
こんな残酷な風景を見ないで
宜野座の病院で穏やかに
目を閉じたものだと思いたい
ジュゴンも
そのまま海に沈んで行かずに
私たちの住む入り江に
身体を寄せてくれたのだ
私たちはここにいたんですよ
共に生きていたんですよと
亡骸で人間にメッセージを伝えつつ
沖縄から消えていった
ヨシさんもまた
辺野古と海の大切さを
毎日毎日みんなに訴えて
私たちが行くべき先を
毅然と示してくださった
ついにヨシさんを見送る日が
来てしまったのか
今日の沖縄の空は青く
海は輝いていて
守ってくれる大事な存在が
どんどん消えていって
しまってることになど
気づいてもいないような
断末魔のような晴れ
https://youtu.be/bMA5D9zvnW8
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辺野古と今帰仁漁港は、直線距離は近いが海づたいで行くと遠い。(150km以上。)
だから、名護市東部の辺野古埋め立てと北部を回遊していた個体Bの死とは直接は関係ないのかもしれない。
しかし、名護市西部の安和から辺戸岬をまわって辺野古へと、土砂運搬船がひっきりなしに通っている。それは今までなかったことなので、今回のジュゴンの死と大いに関係があるように思われる。
名護市安和の近くには、真樹がいつもお世話になっている比嘉さんの会社があり、何度も行ったことがある。今帰仁漁港の近くには、リゾートホテル・ベルパライソがあり、何度も泊まったことがある。辺戸岬も5年前だが一度だけ行った。辺野古のキャンプ・シュワブ前は、毎年行っている。
私は京都の人間だが、このあたりの距離感はよく分かっているつもり。
沖縄に住まわれている三上智恵さんの言葉は重い。
「沖縄のジュゴンが1匹死んだらしい。そら、いつか死ぬやろ」としか言えない人とはえらいちがい。
◇ ◇ ◇
ジュゴンも
そのまま海に沈んで行かずに
私たちの住む入り江に
身体を寄せてくれたのだ
◇ ◇ ◇
私もそう思います。
このジュゴンが、何かを訴えているように見えませんか。
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