2010年09月28日(火)
ゼファー750さん [私の好きな人]
まず初めに、ゼファー750さんのブログ「田舎に暮らしたい!」の今日の記事、「臓器移植」を読んでください。(渾身の力作と言ってもいいと思います。)
実は、私はゼファー750さんと会ったのは、去年の7月11日の一回きり。「神奈川反核平和マラソン」のAコース37.2kmを一緒に走らせてもらっただけである。
あらためて去年のその記事を読み返してみた。若い美人ランナーお二人のことばかり書いてあって、ゼファー750さんがどこにも出てこない。われながら、「なんちゅうやっちゃ」とあきれかえる。
常に私たちのグループの先頭に立ち、張りのあるよく通る声で「反核平和マラソン実施中でーす。核のない世界を目指して走ってまーす・・・」と元気に訴え続けられている方がおられた。
私はその姿を後ろから見ながら、「自分もいつかはあんなふうになりたい」と思ったものだ。そのときも、ただ後ろから指をくわえて見ていただけ。
ゴール地点で、「せっかく遠く京都から参加していただいたのでひと言どうぞ」と言われ、私なりの平和に対する思いを述べさせてもらった。そのあいさつが終わったあとに、つつつーと私に近づいてこられたのがゼファー750さんである。
私もちょっとしたことですぐ人を好きになってしまうタイプだが、その時のゼファー750さんの笑顔はきっとそれと似たような状態であったのだろう。
ゼファー750さんは、「ランナーズ9の会」の会員さんである。その時点で、私がゼファー750さんについて知っていたのはそれだけ。お名前も年齢も職業も、何もかも知らなかった。ただお互いにブログを書いていることだけは分かった。
それ以来、ゼファー750さんは欠かさず私の「パオパオだより」を見てくださっているようだ。それに反して、私はゼファー750さんのブログ「田舎に暮らしたい!」はほとんど見ていなかった。(「お気に入り」にすら入れていなかった。)
なんと言ってもカテゴリーが、「薬害・医療」「蝶」「音楽」「ジョギング」「バイク」「バンジョー」「グループサウンズ」「日本のフォーク−歌謡曲まで」「アマチュア無線」「イレギュラー」ですよ。私がついていけそうなのは、「ジョギング」と「日本のフォーク−歌謡曲まで」くらいですか。
でも、私が8月30日に書いた「臓器移植とあんもちゃん」にコメントを入れてもらって以来、新たな展開が生まれてきた。かなり窮地に陥りかけていた私を救ってくれたのは、ほかならぬゼファー750さんだった。
ゼファー750さんの今までのブログの記事のうち、せめて「薬害・医療」の部分は全部読もうと心に決めたのはこの日から。今ぼちぼちと、むずかしい言葉を調べながら読んでいます。
今書いているこの記事のカテゴリーは「私の好きな人」ですが、ゼファー750さんに関しては、「じわじわ好きになりつつある人」あるいは「今後まだまだ好きになりそうな人」と言ったほうがいいのかもしれません。
※ちなみに、今も私はぜファー750さんのお名前を知りません。年齢は私と同い年。職業は、文面から判断してお医者さんかなあ・・・。
あっ、それから、「ゼファー750」とはカワサキのバイクの名前らしい。わたしゃ、最初は医学用語かと思ってましたわ。
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2010年09月27日(月)
お地蔵さんのお供え物のぬしっと(盗人) [家族]
昨日、アルペンスキーの皆川さんとスキーモーグルの上村さんの結婚披露パーティーがあった。その中で、出会ったきっかけなどを再現ドラマ仕立てにして会場に流したそうだ。
ほー、うちの場合はどうやったんやろう。もう、25年以上も前の話やなあ。
そのころ、私が一人で住んでいた家の前にお地蔵さんがあった。地域の人たちは、そのお地蔵さんをいつもきれいにし、お供え物を切らすこともなかった。
そして、そんなある日。そのお地蔵さんのお供え物をすばやく奪っていくものが・・・。
「ぬしっと!」
あれは何者?人のようにも見え、猫のようにも見えた。それから私は「困ってんにゃったら、うち来たらええのに」と言いながら、毎日お地蔵さんにお供え物をしていた。
そしてそして・・・。
そのあと、「こうじさんのとこに来ました」と言ってうちに来たのが今のヨメさん。それから25年以上、いろいろ文句を言いながらも一度もどこへも行かずずっとうちにいる。
あの時、お地蔵さんのお供え物をぬしっとしていたのは本当にネコちゃんだったのだろうか。そして、そのあとうちを訪れたのはネコの化身?
結婚した当初、変なことがあった。
ヨメさんが突然、「二人でいたら弁慶やなあ」と言ったのだ。これは、「二人でいたら便利やなあ」のまちがい。でも、ふつう「便利」と「弁慶」とまちがえますか。これは、ネコが急いで日本語の勉強をしたためのまちがいだと思われる。でも、その時の私は深くは追求しなかった。
あー、あれからもう25年。
うちのヨメさんは、あの時のネコちゃんなんでしょうか。
(注)あまり真剣に読まないでください。
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2010年09月26日(日)
第28回駒ヶ根高原マラソン [ランニング・出張販売]
6時7分、東の山に朝日が昇った。
朝の光は池にも映り、すがすがしい空気の中で今日一日の仕事が始められる。
朝日が当たる西の山にはロープウェイが見える。
今日は、ヨメさんが6kmの部に出場。11月のハーフに向けてレースにも出ておいたほうがいいだろうと思い、私が勝手に申し込んだ。「勝手なことすんな!」と最初はすごく怒っていたが、思い直して出場までこぎつけた。
うちのテントからゴール前の池半周が見える。この間店はヒマなので、カメラを構え帰ってくるランナーを目を凝らして見ていた。
「腰の落ちた女性ランナーは」っと・・・。
「写真撮れたかー。写真撮れたかー・・・。」
カメラを構える私の背後でヨメさんの声が。
「あぁん、もう帰ってきたん?」
「帰ってきたわな。」
「ずっと池のほう見て、腰の落ちてるランナー探してたんやけど、分からんかったわ。」
「もうなあ、そんなフォームとちゃうねん。毎日走っとるから。」
「そっかー。」
わずか6kmだが、アップダウンがけっこうあるのでハードなコース。それでも、体の奥のほうにあった毒素が汗と一緒に出て行ったようですっきりとした表情だった。
ただし、タイムは10年ほど前に入賞した時と比べちょうど10分遅れ。6kmで10分遅くなるとは・・・。再び、入賞の賞品である「木彫りの雷鳥」をゲットする日は来るのでしょうか。
うちのテントの向こう側に、なしとりんごの販売所。ここのテントの方とも10数年来の顔なじみである。
いつも買いそびれてしまうので、ヨメさんにちょっと早めに買いに行ってもらった。いっぱいおまけをいただいたらしい。
そういえば、昨日もいいものをいただいた。
京都キャロット通販のお客様、地元駒ヶ根の矢澤さんがご家族でうちのテントをのぞきに来てくださった。矢澤さんは1ヵ月半前にこの会場近くをジョギング中につまづかれ、足を故障されたそうだ。だからまだしばらくは走れそうもないのに、わざわざお買い物に来てくださったのだ。
そして、その時にぶどうを持って来てくださった。いつも買っていただいているのはこっちのほうなのに、こんなおみやげまでいただいて・・・。いつもいつも、ありがとうございます。
ヨメさんの髪飾りがかわいかったので、一枚パチリ!
せっかくなんで、もう一枚。
「かわいいヨメさんやと、ええわー。」
「わけ分からんわ!」と言いながら、口元がニヤッ!
その「ニヤッ!」がますみちゃんのええとこなんですわ。
10時スタートの15kmも12時で終了。そこから後片づけを始め、いつもならも2時間はかからない。
ところが、後片づけをしている途中からヨメさんの動きが鈍ってきた。「ちゅかれたー・・・。」
アップダウンのあるコースを走ったのは久しぶりで、それがだんだんとこたえてきたようだ。でも、今の自分の実力が確認できてよかったのかも。
今日のアヘアへペース(?)で21km押し切らないと、11月のハーフの制限時間、2時間50分はクリアできない。これはえらいことです。
帰りは駒ケ岳SAで昼食。
私は「ねばとろ丼(900円)」を注文。ふだんなら汁系のものを注文するのだが、走っていないから何でも食べれます。おいしかった。(食べてる途中の写真ですいません。)
渋滞も少しあったが、事故渋滞ではなく自然渋滞だったのでまし。行きしより30分ほど多くかかっただけで済んだ。
家に着けば、こんなかわいいきくちゃんのお出迎え。それにしても、この大股開きの意味は?
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2010年09月25日(土)
第28回駒ヶ根高原マラソン・前日受付 [ランニング・出張販売]
前夜祭で、招待選手の大島めぐみさんのごあいさつがあった。
司会者から紹介された大島さんは、しばらくつまり、それからとつとつと話し始められた。そのお声はかわいらしく、つまりながらも本当にご自分で考えられたいいごあいさつだった。
「こら、写真撮りに行かなあかん!」
私は店をほっといて、急いで坂を駆け上がった。
うちの出店テントは池のほとり。大会会場のグランドからは一段下になる。
人ごみをかき分けかき分け一番前へ。大島めぐみさんのすぐ前まで行くことができた。
大島めぐみさんのダンナさん・健太さんは、高知・「くろしお通信」時代、京都キャロットの通販で何度か買っていただいたことがある。健太さんはおぼえておられるだろうか。
うちのテントへ戻ってひと言。
「大島めぐみさんて、ごく普通のきれいな人やったわ。」 あんな穏やかな表情でいられる人が、世界のトップをめざしてられるなんて・・・。かっこよすぎる。
私の大好きな馬杉裕子さんが、あるところにこんなことを書かれていた。
走るようになってから気をつけていることは初対面の人に「まさか?!あなたが250km走るなんて!」と言ってもらえるような女性でいようということだ。走り出してから男勝りな行動を起こしてしまうことが多いので意識して女性として生まれたことも楽しみ、表現したいと思っている。
(馬杉さんすいません。勝手に引用させていただきました。)
お泊りはいつもの「馬目塚旅館」さん。
おとなりで食事をされていた男性が、「前にここに泊まったら料理がよくて、それからずっとここに泊まっています」とおっしゃっていた。旅館冥利に尽きますね。
めずらしい葉っぱの天ぷらが出たので、ヨメさんが従業員さんに聞いてみた。
「のり菜」といって、海の海苔の味がするものらしい。そう言われるとそんな感じも・・・。
明日はヨメさんが6kmの部に出場。楽しみじゃー。
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2010年09月24日(金)
ドミノ倒しコンクール優勝 [学校]
今日、真樹の高校で文化祭のコンクールの成績発表があった。
1年の「ドミノ倒しコンクール」は、真樹のクラスが見事優勝。この夏、連日の猛暑の中、「来てくれる人が少ない」と嘆きながらもがんばった甲斐があったね。
この喜びを忘れることなく、次に・・・。
※ 今日24日は「勝手に国労応援ラン」の日ですが、「駒ヶ根高原マラソン」への出張販売の準備のため、走る時間がありません。よって、29日(水)に延期します。
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2010年09月23日(木)
第10回丹後100kmウルトラマラソン?「逆タイタン?」 [ランニング]
※ ゆっくり記事を書くヒマがありません。とりあえず、結果をご報告。「87km地点収容」です。
一応自己最高記録ですが、今年は自分なりにしっかり練習を積み、本気で完走をめざしていただけに残念です。応援してくださったみなさん、本当にめんぼくないです。
さて、これからどうするか・・・。
(注)9月30日、この記事を書きあげましたが上の文はそのまま残しておきます。
さて、後半。
実際は残り44kmなので半分ではないのだが、一度このコースを走った人ならみな感じているでしょう。「ここからが長い!」
弥栄庁舎のエイドは種類が豊富。ここで腹ごしらえをしていかなくてはいけないのだが、私はこのときもう物がのどを通らない状態になっていた。体は元気なんやけどなあ。
「あっ、藤井さん、はい、アーンして・・・」
という写真に見えなくもない。
実は、毎年ここらあたりから疲労による幻覚症状が出てくる。この写真も、エイドのスタッフさん側から写真を撮っている私を見つけて驚いているだけのこと。
幻覚「アーンして」のお相手は、私のブログ最多登場の京美人・伊藤さん。うちのヨメさん公認の、女性の走友ってとこですかね。(勝手なこと書いてすいません。)
「せっかくやし、ふたりいっしょの写真、撮ってもらいましょ。」
「そうですね。」
近くにおられた女性にお願いし、一枚撮っていただいた。
「ちゃんと撮れてますか。確認してくださいね」と心配してくださるその人。
「あっ、バッチリです。しっかりハゲかけた頭で写ってます。」
「いえいえ、そんなことないですよ。」
わざわざ頼んで撮ってもらった人を困らすようなことを、何ゆうとんねんって感じです。
「ほな、先行って待ってますわ。」
もう少ししゃべっていたかったけど、ここで物がのどを通らないというのがいやーな予感になって・・・。とりあえず、少しでも前へ。
60km地点、7時間42分。
弥栄庁舎で11分休けいしたとはいえ、この10kmが1時間37分。このあたりはまだ平坦地なのに、確実にペースが落ちている。
エイドでも、もう水しか飲めない。(スポーツドリンクも気持ち悪くなってきた。)
なんやかや言いながら、私に追いついてきた龍馬さんは元気そう。
背後から「藤井さーん」と呼ぶ声。
「あー、もう伊藤さんに追いつかれてしもたー。」
伊藤さんは意外と元気そうで、けっこうな上り坂なのにスタスタと上っていく。
「あっ、そうや。8月の第1日曜に、京都走ろう会の例会の帰り、賀茂川パートナーズの人が手を振ってくれてたんやけど、あれひょっとして伊藤さん?」
「そうですよ。」
「いやー、ごめん。ボク近眼なもんで、遠くの人見分けられへんねん。うちのヨメさんが『アンタの好きな人ちゃうん』ってゆうてたんやけど、『伊藤さんはあんな髪の毛長ないでー』ってゆったんですわ。そしたら、『なんであんなに手振り返してたん』て聞かれて・・・。『賀茂川パートナーズはみんな友だちみたいなもやからええねん』てゆうときました。」
伊藤さんのいいところは、私のようないいかげんなオッサンのアドバイスにも「はい」って聞いてくれはるとこやろうね。でも、よう考えたら最近立場逆転してるし。アドバイスしてもらわんならんのはこっちのほうやし。
上り坂での私の失速は強烈で、龍馬さんにもスーと抜かれる始末。
「こらー、龍馬、何余裕かましとんじゃい!」と言いたくなりますよねー。こんな楽しそうな場面を見せ付けられたら。
このあと、私のケイタイにメール着信。ヨメさんから!
「コメント入ってました
がんばれ!!(^^♪
ほれっ!!
100kmってわたしは・・・(略)」
3人の方から応援メッセージ。これはうれしかった。
ただし、最初の3行はヨメさんの言葉だとかんちがいして喜んでしまった。「あんなに、『どうでもええ』って言ってたのに、『がんばれ』ってゆうてくれとるやん。鬼嫁の目にもなんたらゆうやつか・・・。」
あとで確認してガックリ。ヨメさんからは事務的な最初の1行だけ。あとの2行は、長いコメントを送ってくれた走友・ゼファー750さんの頭の部分だった。
ちゃんと間あけーちゅうねん。うれしなってしもたちゅうねん。ぬか喜びしてしもたちゅうねん。
私が走れなくなって歩き出したころ、ゆっくりではあるが着実に進んでいかれる女性あり。その人の背中には「やんちゃ村」の文字が。先行される龍馬さんを追う奥様だった。少しだけだったがお話させてもらえてよかった。
本当に感じのいい、「龍馬の妻」さんだった。
私のブログには今回初登場でしたが、またよろしくお願いします。
70kmの計測地点。
計測スタッフさんだと思っていたのだが、わざわざ「キャロットさん、がんばってください」と言ってくださる方が。あとでよく考えたのだが、あの方は主催のランナーズウェルネスのスタッフさんだろう。
70km、9時間34分。
この10kmに1時間52分もかかった。キロ11分て、なんぼ大方歩いたにせよかかりすぎ。
ここらは、風力発電の風車でも見て心を紛らせて・・・。
峠から碇高原も走ったり歩いたり。結局最大55分あった貯金も3分ポッキリに減ってしまった。
イスにすわり5本指ソックスをはきかえていると、顔なじみの・・・。
「松田さん! 松田さんて!」
「わー、藤井さん。」
「あっ、どうでした、関門。」
「なんとか15秒前にすべりこみました。」
「いやー、よかったですやん。」
「でも、私、ここでやめます。」
「なんでー!」
「この足の状態では、ここからの下りは無理。」
「あらま、もったいない。」
「藤井さんは行ってくださいね。」
「当然やん。行きまっせー。どんなことがあろうと、とめられるまではやめへんでー。」
松田さんは、去年13時間10分で軽々完走されたランナーである。その松田さんが今年はここで終了。理由をお聞きすると、ひと言「練習不足」。
松田さんは、いつも会うたびに「藤井さんやったら絶対完走できるはずやって」と太鼓判を押してくださる。そんなありがたい応援の声にもこたえなければ。
ここから、シューズも「サロマレーサーST」から「NB・Mr967R」へはきかえ。はきかえてまず感じたこと。「ガバガバやがなー。」
26.5cmのEEワイズだったので、ウルトラ後半にはきかえる時はかなりきついかもと心配していた。しかし、全然だいじょうぶ。足全体にやさしくていい感じ。
再スタートしようとしたら、さっきからずっと近くを走ってられた男性ランナーのご家族が目に入った。
「さっきからオッちゃんも応援してくれてありがとね。記念に写真撮らしてー・・・。」
「初ウルトラです」と言っておられた、あのすごくお若く見えたお父さんは完走できたのでしょうか。
ここのエイドでも取れたのは水だけ。サロマニアンブルーメンバーである中野勇人さんお勧めのゼリー「即攻元気」も、せっかく用意していたのに食べるのを忘れてしまった。もうかなり頭をやられているようだ。
下りは想像していた以上につらかった。
一番つらかったのは、前後に人を見かけなかったこと。ランナーはもちろん、人家もないので一般の人とも顔を会わせない。だんだん三途の川を歩いているような・・・。
ただ一度だけ正気に戻ったのは、おサルさんの団体の大移動を見たとき。私の少し前を20ぴきくらいの大グループが横断していった。(残念ながら、カメラは間に合わず。)
エイドでその話をすると、「そんなに少なかったですか。だいたいいつもは50ぴきくらいで動いてますよ」とのこと。それを聞いてズッコケました。
平地に下りるとやっと人家が。
こんなかわいいワンちゃんも応援してくれていた。
このさびしい下り坂を解消するための私からの提案。
久美浜スタートの60kmのコースを変更して100kmと同じコースを走らせる。そうすると、あのさびしい下り坂を走る人数が増え心強くなる。第11回目からはそんなコースはどうでしょう。(たぶん、「60kmの部」が78kmくらいになるのかな。)
歩道がない道路を一人ポツンと走るのはこわい。体がふらついたら車にひかれる可能性もある。
80kmの計測地点。
70kmのところにもおられた同じ方が、また「キャロットさん、まだまだだいじょうぶ」とか言って励ましてくださった。あの方はいったい・・・。
80km地点、11時間24分。この10kmが1時間50分。この時点で借金12分。絶望的!
でも、こんな状態でも、「いっしょに走りましょ」といっていくれる人がいたら、脅威の回復をし関門通過も可能性0ではない。ところが、前後どこまで目をこらしてもランナーの影見当たらず。
トンネルの前に若い走路員さんがおられた。
「すいませーん。もういつ収容車が来てもおかしくないんで、記念の一枚撮ってください。」
その若者(高校生?)は、笑顔でシャッターを押してくれた。
トンネルの中はすごい音。少し恐怖感をおぼえる。
しかし、この幻想的なフンイキはけっこう好き。
トンネルを抜けると、私の今までの最高到達地点・85kmのエイドが見えた。
そこに5、6人のランナーがたまっていたので、「行けるとこまでいっしょに行きませんか」と誘ってみたが反応なし。みなさん、「ここは切りがいいので・・・」というような表情だった。
85km地点、12時間20分。
この時点で、丹後庁舎(87.2km)の最終関門を12分オーバー。でも、収容車が来る気配がなかったので、「行けるところまで、一歩でも前へ!」
丹後庁舎にもうすぐ着くというころ、「最終バスが出てしまうので車に乗ってください」というスタッフさんからの指示が。「あと200m行きたいなあ」とも思ったが、ここは主催者さんにご迷惑をおかけするわけにはいきません。
およそ87km地点。12時間40分にわたる私の長い長いレースは、ここでおしまい。
「あー、逆タイタン! 」
丹後庁舎に着き、収容バスの中からヨメさんにメール。
「終わりますた」 17時18分
今、バスに収容されました。
87キロ地点です。 残念!
迷惑かけて、ありがとう。
(解説) 題の「終わりますた」は私が大好きだったブログ、「離島漁師犬ブログ」からパクらせていただきました。(本当にブログが終わってしまいました。)
最後の「迷惑かけて、ありがとう。」は、これも私の大好きなたこ八郎さんの名言です。いただきました。
ゴール会場に着くと、もうゴール関門45分前。
これくらいの時間から知り合いがいっぱいゴールするはず。いつもはそんなところも見ずに帰っていたが、あと少しなら見て帰ろう。
「いやー、藤井さん、ゴールしやはったん?」
「しましたがなー、バスで。(ああ、くやし。)」
先に帰っておられた松田さんが、60kmの部を走り終えられた土井さんと一緒にゴールシーンを見ておられた。
預けてあった荷物を取りに行き、ゴール前に戻ってしばらく見ていたが知り合いは帰ってこない。ゴール300mほど手前まで行き、すいているところでじっくり観察することにした。
6時を過ぎると薄暗い。
向こうから伴走者つきのランナーが。これは賀茂川パートナーズのランナーにちがいないと思ったが、暗くて識別できない。ぐっと近づいた時、「あっ、斎藤さん・・・」。でも、声が出なかった。私は人の応援がヘタ。
残り時間15分のところで、野武士・・・いやいや龍馬さんが帰還。落ち武者ぽくなってないかと心配だったが、全然だいじょうぶ。笑顔です。立派というより、「かっこいい!」
残り9分で、京美人・伊藤さんが・・・。
いい「見返り美人」さんの写真が撮れました。
この粘りと精神力、それに加えてきっちり帰ってこられる計算力には脱帽です。もうこれから、絶対にえらそうなことは言えません。
「ウルトラの師匠と呼ばせてください!」
制限時間内の最後のランナーまで見て、浅茂川温泉へ。
温泉から上がり、ちょっとゴロンと。
横では、バイオリンとエレクトーンの演奏会(?)。いい子守唄になった。
ここの売店で、地元産の新米10kg(4200円)を購入。
「去年買って帰ったら、すごくおいしかったんで・・・。」
「ありがとうございます。さっき精米したてで、まだラベルもはってないんですよ。」
みなさん、このお米の味は私が自信を持ってお勧めします。
最後の仕上げは、例年通り「ラーメン・藤」。
ウルトラのあとは何も食べたくないのだが、ここのラーメンだけは別。
「さっき、『今年は遅いなあ』って話してたんですよ。」
人懐っこい笑顔で、大将が近づいてこられた。
「いつもより遅いから、完走できたのかなあって・・・。」
「残念ながら、87kmでアウトです。」
「87km? あと13kmやねえ。また、来年!」
「はい!」
おっとっと、「はい」ゆうてしもた。もう今年で終わりにしようと思っていたのに・・・。
ここ何年か、「丹後ウルトラ」の帰りは「ラーメン・藤」のラーメンを食べて帰っている。それで私の顔を覚えてくださったのか、私がお店に入ると必ず大将が「どうでした?」と聞いてくださる。
実は、今日のレース途中、完走できるかもと思ったときに、もしできたら一番に報告したいと思ったのがここの大将である。赤の他人なのに気にしてもらえたら、こんなうれしいことはない。思わず「来年も」と言ってしまったのは、そのあたりが理由である。
来年ねえ・・・。
完走できてもできなくても、第10回の今年で終わりにしようと思っていた。でも、まだまだ「逆タイタン」な自分を分析してみたい気持ちもある。
ヨメさんによると、「アンタがウルトラ完走でけへんのは、楽しみすぎ。まったく真剣さが伝わってこん。正真正銘のアホ」とのこと。なかなかいい分析です。
ねえ・・・、来年ねえ・・・。
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