パオパオだより

2019年11月29日(金)

走ってみたい [マラソン評論]

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◎日本経済新聞11月26日朝刊・とことん調査隊

   マラソン 日本発祥地はどこ?

 神戸市役所の近くに「日本マラソン発祥の地」の記念碑が立つ。インターネットで調べると、同じような石碑が群馬県にあることが分かった。日本のマラソンの父、金栗四三が走った日本初の五輪予選会も古そうだ。発祥の地を名乗れるのはどこだろうか。

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 JR三ノ宮駅から南へ徒歩8分。5人のランナーをくりぬいたデザインの記念碑が目に入る。台座には「1909年3月21日 AM11:30」との刻印がある。由来について表記がなかった。神戸マラソン実行委員会事務局を訪ねると、川中徹事務局長が「マラソンという呼称を用いたのが全国初」と教えてくれた。

 名称は「マラソン大競争」。神戸市の湊川埋め立て地を出発点に、大阪市の淀川に架かっていた西成大橋の東端までの32キロメートルがコースだったという。当時の水上浩躬・神戸市長が午前11時半にスタートを合図。記念碑は2011年の第1回神戸マラソンを記念し、民間から寄贈された。

 発祥の地を主張するのは他にもある。群馬県安中市だ。JR信越本線の安中駅から車で約7分の場所に発祥の碑を見つけた。「安中藩主板倉勝明公が藩士の心身鍛練(たんれん)を目的として50歳以下の藩士98人を数隊に分け走らせた」とある。1855年5〜6月の実施だ。
 市教育委員会の体育課を訪ねた。佐藤康弘課長補佐は「『安政遠足(とおあし)』と呼ばれる史実が基で内容や着順を示す古文書が見つかっている」と話す。コースは安中城から碓氷峠の熊野神社まで約30キロメートル。高低差は約1000メートルと険しい。

 安政遠足にちなみ、市は1975年から「侍マラソン」を開催。日本民俗学が専門の日本工業大学の板橋春夫教授は「原型が『遠足』という和製マラソンであるところが歴史的に貴重だ」と話す。今年2月には英映画監督が俳優・佐藤健の主演で「サムライマラソン」として映画化した。

 ただ、両市とも走る距離が現在のマラソンの42.195キロメートルに満たない。初の公式マラソンは一体いつなのか。
日本が初参加する五輪となった12年のストックホルム大会に向け、11年に東京で国内予選会が開かれた。NHK大河ドラマ「いだてん」主人公、金栗四三も参加している。
ゆかりの地、熊本県玉名市に聞くと「予選会では2時間32分45秒の世界記録で優勝し、12年のストックホルム五輪への出場を決めた」(金栗四三PR推進室)。ただ距離は約40キロメートルだったという。国際基準の予選会でも距離の条件を満たさないのはなぜか。

 1896年、近代五輪最初のアテネ大会のマラソンは約40キロメートル。1924年の第8回パリ大会から42.195キロメートルに固まった。それ以前は40キロメートル程度で定まらず、五輪ごとに距離が異なったという。

 スポーツ史に詳しい神戸商科大学(現兵庫県立大学)の棚田真輔名誉教授は「当時マラソンと言えば五輪で実施する40キロメートル程度の長距離走を意味した」と説明する。つまりマラソンは精密な距離が問題ではなかった。神戸と東京は両方正しい。ただ、神戸が一歩早かったようだ。

 棚田名誉教授は「神戸では体格試験や予選会で参加者を絞り込むなど本格的だった。大会では医師を配備。マラソン開催の先駆けで、発祥地の名にふさわしい」とみる。

 安中はマラソンの概念が生まれる前の実話に基づき、発祥の地ともいえる。発祥地を2都市が名乗る現状に、安中市教委の佐藤課長補佐は「走って競争した点では安中がマラソンの始め」と話す。

 神戸マラソン実行委の川中事務局長は「対抗するつもりはなく一緒に盛り上げたい」と、むしろ喜ぶ。両市がひとつになり、マラソン文化発展のトップランナーとして走り続けてほしいと感じた。(沖永翔也)
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 今日は寮2の24時間バイト。
 また朝日・日経のチェック。

 日経に興味深い記事があった。
 それは、「日本のマラソン発祥の地はどこ?」というもの。

 マラソンランナーはみな、群馬県安中市の「安政遠足」だと知っておられる。関東の方なら、一度は出てあられる方も多いのではないだろうか。

 私も佐藤健の「サムライマラソン」を見て、いつかは絶対に走ってみたいと思った。ただし、出張販売と重なる日(鯖江つつじマラソン)のため、いままで行けなかったんですよねー。

 「いつか走ってみたい」の「いつか」がだんだん少なくなっていく。早うせんと、体力も落ちていくし。第一、群馬まで行く気力が残ってるかちゅう問題や。

 いつか行けたらいいのになあ・・・。
 「いつか」なんか、ない!

【追加】

 じょんのびかあさんのおっしゃってる懐かしい記事は、
 「キクしにまさる」ーブログ「晴徨雨読」2011年10月9日ー

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