2010年02月23日(火)
あんもいじめたらアカン! [わんこ・にゃんこ]
あんもは、20歳。(天安門事件の年にひろってきた。)
人間でゆうたら何歳なんやろう。うちのおじいさん(88歳)とおんなじくらいかなあ。
あんもは、8ひきいたネコのうち1ぴきだけよそもん。そのせいか、いつもいじめられて小さくなっていた。ところが、ほかの7ひきが死んでしまってからのびのびと暮らしている。以前より元気に見えるくらい。
私がちょっかいを出すと、目にもとまらぬくらいの速さの「必殺ネコパンチ!」 これを何べんくらって、手から血が出たか分からん。
とても近寄れんフンイキなのだが、大好きな「ツルリン」を食べている時だけは例外。頭や背中をなでたり、しっぽを引っぱってもだいじょうぶ。
こないだ、まさかなあとは思いながら首をつかんで引っぱってみた。これがこれが、なんとなすがまま。
あのこっわいこっわい顔で「シャー」という時のあんもからは考えられん。なんぼ引っぱってもだいじょうぶ。こんなこともあるんやなあ。
家に帰ってヨメさんに写真を見せた。「あんもの奇跡の一枚、撮れたでー」。
「なんちゅうことすんにゃなー。年寄りいじめたら、アカン! ネコの首って、引っぱったらアカンらしいで。あんもは年とって、もう感覚とかないのんかも知れん。」
そっかー。もう引っぱるのはやめー。これからはナデナデだけにしとこっと。
まだまだ長生きしてもらわんとね。
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2010年02月22日(月)
沖縄から応援メッセージ [沖縄]
今日、沖縄渡嘉敷島のa.kさんから真樹への応援メッセージが届いた。
a.kさんは、先日の「とかしき島マラソン」で、お仲間とともにTシャツやアクセサリーを販売されていた。その時に京都出身であることが分かり、少しだけお話をさせていただいた。
Tシャツだけでなく色紙にも文を書いておられることが分かったので、うちのヨメさんが真樹にも書いてほしいとお願いした。なにしろ、もうすぐ高校受験日ですから。
本当は書いてもらうのに、今現在1ヶ月待ちらしい。でも、うちの特別な事情を考慮してくださり、無理して早くしてくださったようだ。
a.kさん、ほんとうにありがとうございました。
真樹は、(たぶん)、ひとの話を聞くのが苦手。でも、こんな文を読むのは大好き。今日も、私ら夫婦の前で大きな声で朗読してくれた。
色紙の中には、真樹の好きなひまわりの花も入っているし・・・。
送ってきていただいた封書の表書きも、うなっちゃいます。
郵便屋さんも、絶対うなったにちがいない。
こんな名刺やったら、かっこええやろなあ。
こんなこまやかな配慮ができるa.kさんは、実は小さなお子さんがおられるヤングママ。毎日更新しておられるブログ「オカ〜ン時々★遊書人日記」も、なかなか味わい深い。
さっき、私のブログのリンク集に入れさせてもらっていいかをメールでお聞きしたら、OKが出た。(ぜひ、見てください。→)
私のブログのリンク集の10番目までは、ブログの師匠(沖縄系)2、家族2、お母さんランナー5、大会スタッフ1とまとまっていた。
ところが、11番目が「中野勇人さん」。
そして、12番目が「オカ〜ン、ことa.kさん」。
ますます世界が広がってきた。
「オカ〜ン」のブログは、いつも前向き。私の歳のちょうど半分だが、書かれている内容は本当にしっかりしている。若い人に対してはすぐ「えらそうに・・・」と思いがち。でも、「オカ〜ン」はなぜか私の心にスッと入ってくる。
「なーんでか!」
なんかよう分からんけど、毎日チェックしてしまうブログになってしまいました。
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2010年02月21日(日)
京都走ろう会例会・2月第3日曜 [ランニング]
「おっ、また来てる。」
12月の例会に来ていた小柄な中3の女の子。
あの時はすごくしんどそうだったので、また来てくれるか心配だった。こうしてまた来てくれたということは、そんなにいやじゃなかったんやね。よかった。
今日はすごく天気がよく風もなかったので、この時期としては抜群のコンディションと言えた。
この中3の女の子とは、今日は北大路橋をだいぶ過ぎたところですれちがった。前回が橋のすぐ上流だったことを考えると、今日は無理せずセーブして走っているようだ。
ゴール後、話かけてみると「今日は前回よりだいぶ遅かった」とのこと。でも、こんな気持ちのいい天気のもとで5kmをしっかり走れたのだから、言うことなしです。
お母さんは、前回の私のブログも読んでくださったそうだ。ありがとうございます。
「これからもまた、走りに来てね!」
今日は朝からポカポカ陽気。
ビブレの駐車場から出雲路橋までの約1kmを軽く走っただけで汗が出てきた。
今日の私の目標は、10km43分台。
この例会コースでは、しばらくそんなタイムは出ていないはず。今日を足がかりにして、来年の2月までに40分台に迫る勢いをつけたい。(そして、「とかしき島マラソン」で優勝をめざす。)
10kmは、私を含めて9人。
暑がりの私は、迷わずランシャツランパン姿に。(京都では、今年初めての軽装。)
今日はタイムトライアルぽく走りたかったので、カメラは持ったができるだけ撮らないようにした。
丸太町橋 10分17秒
出雲路橋 21分23秒(11分06秒)
御薗橋 33分16秒(11分53秒)
出雲路橋 44分14秒(10分57秒)
残念ながら、43分台に一歩及ばず。後半ちょっとバテました。
自分のゴール後は、あとに続くランナーの写真撮影。今日は、下からのアングルで撮ってみました。
堂本勲さんは、来週いよいよ東京マラソン。京都走ろう会からは堂本さんただ一人のようです。楽しんできてくださいね。
今日も、「賀茂川パートナーズ」のメンバーが大勢走っておられた。ほんとに気持ちのいいお天気でよかったです。
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2010年02月20日(土)
9日早いハッピーバースディ [家族]
去年は「5日遅れのハッピーバースディ」、今年は「9日早いハッピーバースデイ」。
(眞寿美さんの本当の誕生日は、3月1日です。)
このケーキは、真樹がかあちゃんに教えてもらいながら作ったもの。
今日は、真剣。
出来上がるまで少し時間がかかるということで、その間、私は走りに出かけた。
戻ってきたら、ご立派なケーキの出来上がり。
ぺロリンと指をなめている人が・・・。
これが、おいしいんだー。
今日は、廉も真樹も時間をもてあましていた。廉は自動車教習所の予約が取れず、真樹は受験勉強をする気になれず。
そこで、大津市堅田の「しまむら」に行くことにした。うちから車で40分くらい。道路も混まないので、意外と近い。
廉も真樹も自分のほしいものを選んだあと、自然と「かあちゃんの服」を選ぶ流れになった。真樹がほとんど主導権を握っていたのだが、ふだん口出ししない廉も嫌がらずに選んでいた。その光景は、なかなかいいものだった。
眞寿美さんが一人の力で育てた子どもらは、ほんまによい子に育っています。
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2010年02月19日(金)
真樹へ [家族]
真樹へ
「真樹」という名前は、「真っすぐな木」のように育ってほしくてつけました。
ずっと真っすぐにとはいかなかったけれど、たくさんの人の力をお借りして、やっと中学校卒業の日を迎えることができたね。
これから先も、どんなことがあってもくさるな!
自分が決めた目標に向かって、少しずつでも進んでいこう。
ひとまかせではなく、楽しいことは自分の力で見つけよう。
真樹はそれができる。ぜったいできる。
そう信じています。
冬の沖縄にひっそりと咲いていたひまわりのように、人々の心をほっこりさせてくれる存在であってほしい。いつまでも。
2010年2月
父より
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今日、生まれてから今までの写真といっしょに、「親からおくる言葉」を学校に持って行った。
私には書くなと言っていたが、真樹が寝ている間に写真の横に忍ばせておいた。
このごろ真樹は私のこのブログも読んでいないようだし、当日あけてビックリになったらいいのになあ。
※「冬の沖縄のひまわり」
去年2月7日、真樹といっしょに行った「とかしき島マラソン」で真樹が見つけた。
「ひまわりが咲いてる!」
それは会場である渡嘉敷小中学校のグランドの片隅に、背は低く花の部分も小さかったがしっかりと咲いていた。花に気付き、それがきれいと思える気持ちがあるのならだいじょうぶ。そのあとの3kmもしっかり走ったし・・・。
今年1年ぶりに訪れた渡嘉敷小中学校には、またその元気なひまわりが咲いていた。
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2010年02月18日(木)
中野勇人さん、ご来店 [私の好きな人]
「赤胴鈴之助・・・、さるとびエッちゃん・・・、クレクレタコラ・・・、レインボーマン・・・」
1962年、寅年生まれの二人の話ははずんだ。
私が勝手に「世界一すごい人」と呼んでいる中野勇人さん。東京でのJR不採用問題解決への「2・16中央集会」の帰りに、京都に寄ってくださった。私のお勧めシューズ「サロマレーサーST」を、「京都キャロット」までお買い求めに来てくださったのだ。
中野さんは、以前「サロマLSD9」を買われたのだが、硬い感じがして使えなかったそうだ。それ以来、柔らかい感じがするアディダスのシューズを愛用しておられた。しかし、私のブログの記事を見られて、「サロマレーサーST」をはいてみようと思われたそうだ。
「こんな遠くまで来ていただいて、ありがとうございます。」 (このシューズが足に合えばいいのですが・・・。)
せっかく来ていただいたので、お昼をいっしょに食べに行った。
上賀茂橋東詰上ルの「きらきらひかる」。
オーナーさんが大原で作られた野菜を使った定食を注文。
まあ京都らしい、お皿にちょびっとだけ。
たぶん、中野さんはもの足らんかったやろうね。
ええかげん人間である私の爆笑ギャグ(?)は、まじめな中野さんにはすべて不発に終わった。
?店に遅れてヨメさんがかけつけた時。
「あっ、これがうちのかわいいヨメです。何のおもてなしもできませんけど、このかわいい顔でかんべんしてください。」
「・・・」 (ここ、つっこむとこやろー。)
?「この人が走りに行って夜遅くまで帰ってこーへんときは、ポックリ死んでくれてたらうれしいのになあと何べんおもたことか」とヨメさん。
「でも、25年ちかくいっしょにいるということは、何か一つ二ついいところがあるから・・・」 (そんなまじめにフォローしてもろたら、かえってつらくないかい。)
?「うちのヨメさんね、ボクの口から出まかせの、財産がいっぱいあるという言葉に目がくらんで結婚したんですわ。そんで、結婚したら財産なんてないことがわかってガックリ。」
これは真顔で聞いておられて、絶句。 (これこそ爆笑パターンなんですけど・・・。)
なんと、くしくも、中野さんは工業高校電気科卒。うちのヨメさんといっしょ。
女子はクラスで1人だけだった。これもヨメさんといっしょ。
クラブは剣道部だったそうだ。うちのヨメさんはフェンシング部。似ている。
それぞれの父親が亡くなった時期もほぼ同じであった。
北海道と京都。共通点は少ないと思っていたのにけっこうあった。同じ歳というだけで親近感がわくが、それ以上に話が合うという感じ。
意外なところから意外な話題が広がっていく。きっと、ヨメさんも話していて楽しかっただろう。
私が初めて「サロマ100kmウルトラ」に出た年(17年前、寒い雨の大会)、中野さんも出ておられた。中野さんは、マラソン大会への出場経験もなくいきなり「サロマ」に出られたそうだ。それで11時間ちょっとで完走。ほんまに、「どうなっとんじゃー」と言いたい。
お昼を食べたあと少し時間があったので、元美人バスガイド(?)こと、うちのヨメさんが大原を案内した。(私は用事があっていっしよに行けず。)
しかし、ここでの写真は中野さんからNGが出た。「遊んでいるように思われるので・・・」
あっ、このこと自体書いたらまずかったのかな。
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