2008年10月08日(水)
石井義彦氏 [石井慧選手関連]
昨日、石井慧選手の記者会見があった。
スポーツ新聞1面に大きく出た「石井、プロ格闘家へ」は、一応否定。「今は、とにかく大学卒業を第一に。その後のことはゆっくり考える。」という趣旨だった。
ただ、4年後のロンドンオリンピックはおろか、来年の世界選手権も目指すつもりはないという感じでもあった。
それを見ていて思い出したのが、石井慧選手の父・義彦氏のことだ。
今回の北京オリンピックでは、私は石井慧選手の母・美智子さんを通して応援ツアーに付け加えてもらった。しかし、実際にツアーのいろいろな手配などをされていたのは義彦氏のようであった。
ツアー中も、参加者が楽しめるよう、しんどくならないよう、いろいろと気を使われていた。
そして、ツアーの最後の方に言われた言葉、「また、みんなで行こうや」。
私は柔道に関してはまったくの門外漢だが、お金さえなんとかなるものならまた来たい、と本気で思った。
関空でお別れするときも、義彦氏のほうから私に近づいて来られお礼のごあいさつをされた。迷惑ばっかりかけていたのに、恐縮しました。
ちょっと見かけが恐いっぽい顔(すいません!)で、しゃべり方もぶっきらぼうなので、初対面ではちょっと心配だった。しかし、時おりニコッとされる顔がなんとも人なつっこく、ワンパクぼうずがそのまま大きくなったようにも見えた。気を使って、私にもよく話しかけてきてくださった。
さまざまなおもしろいお話をしてくださったのだが、残念ながらここには書けません。(石井義彦氏も、奥様と同じく現役の高校の体育の先生です。)
奥様の美智子さんにお聞きした話。これは公開してもいいでしょう。
お二人のなれそめは・・・。
お二人は同じ大学の先輩後輩で、同じお好み焼き屋さんに(別々に)よく行っていたらしい。そこのお店おばちゃんが美智子さんに、「いい人知ってるし、紹介するわー。」と言われて会ったのが初めだそうだ。
石井義彦氏は、じょうだんめかして全然ちがうなれそめを話してくださったが、「これはよそでゆうたらあかんでー。」
ツアーの3日間ごいっしょさせてもらっただけですが、本当に仲よしの、いいご夫婦に見えました。
だから、「石井、プロ格闘家へ」というニュースは、よけいショックでした。昨日のブログで、「お父さんお母さんは、どう思っておられるのかな。」と書いたのは、お二人が決してプロになることを望んでおられないと思ったからです。
石井義彦氏は、石井慧選手が金メダルを取った直後も、世界の選手の分析をされていました。済んでしまったことより、次の試合に目を向けておられたからだと思います。世界選手権やロンドンオリンピックのことも話題に上っていました。
石井慧選手の北京柔道金メダルを一番確信されていたのが、父の義彦氏。そして、4年後のロンドンオリンピックも当然目指すものと思っておられたにちがいない。
そして、今日。
石井義彦氏が、フジテレビの朝の「とくダネ」のインタビューに答えておられた。
ヒゲをきれいに剃られ頭も丸められ、北京ツアーの時に比べると少し疲れておられるような表情だった。
話の内容は・・・。
本人と直接話していないので、一連の報道の内容についてはよく理解していない。しかし、本当に本人がプロに行くことを希望しているなら、大学を卒業してからよく考えて決めさせたい。
少しふりしぼるような言い方にも見えた。親の心子知らずというような感じでもあった。
親を喜ばすために柔道を続けてきたわけではないだろうけれど・・・、石井慧君、お父さんお母さんとはきっちり話をしてね。
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2008年10月07日(火)
石井慧選手記者会見 [石井慧選手関連]
■毎日新聞 2008年10月7日 11時16分(最終更新 10月7日 11時59分)
柔道:石井慧選手「プロ格闘家転向、ゆっくり考えたい」
北京五輪柔道男子100キロ超級金メダルの石井慧(さとし)選手(21)=国士舘大4年=が7日、東京都内の国士舘大柔道部寮で記者会見し、「総合格闘技に関しては将来行ってみたいという興味はあるが、今は卒業のことで頭がいっぱい。これから振り出しに戻って考えていきたい」と述べ、柔道を続けるかプロ格闘家に転向するか迷っていることを明らかにした。
結論を出す時期については「焦ってもよくないのでゆっくり考えたい」と区切らず、全日本柔道連盟の強化指定選手の辞退届を近日中に出す考えはないことを明言。仮に転向する場合でも「(時期は)30(歳)で行くかもしれないし、それは全然分からない」と述べた。一方で「指導者として柔道界に残るのはないと思う」と、将来的に転向する可能性が高いことも示した。
石井選手は5日に吉村和郎・全日本柔道連盟強化委員長に「将来、(プロ格闘技に)行ってみたい」と伝えたことも明かした。吉村委員長は6日に「向こう(プロ格闘界)へ行きたいのだろう。次のロンドン五輪は考えられない」と、強化選手から排除する意向を示していた。【来住哲司】
◎どうも腑に落ちない。
北京オリンピックの石井慧選手応援ツアーのかえり、石井慧選手の父・義彦氏が、「来年の世界選手権(オランダ)も、また、ツアー組んで行こかー。」とおっしゃっていたのに。
「わし、ツアコン(ツアーコンダクター)できるやろう。」ともおっしゃっていて、ノリノリの感じだったのに。(北京ツアーは、石井義彦氏が計画し手配の指示などもされていたようだ。おかげさまで、私たちは格安で楽しい旅行を味わわせてもらった。)
それが今日の記者会見だと、すぐプロに行くわけではないが、来年の世界選手権は目指さないというニュアンスであったようだ。
なんでー。北京の応援ツアーの参加者はこのツアーが楽しかったので、次もけっこう期待してたのに。ツアーのお金どうしょとか、私もまたたくらんでたのに。
まっ、これは本人の将来とは関係ないか。応援ツアーのメンバーのために柔道がんばっていたわけやないもんね。
お父さんお母さんは、どう思っておられるのかな。
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2008年10月06日(月)
きく、へん顔 [わんこ・にゃんこ]
昨日の夜から、きくがまた元気がなくなった。
今日の朝、いつものように散歩に行こうとしたら動かない。あんな散歩の好きなきくちゃんやのに・・・。
顔がへん。目の下にくまができているようにも見える。
きくの前に飼っていたエリちゃんも、へんな顔になって、そのあとけっきょく手術になってしまった。きくちゃーん!
11時ごろになって、やっと散歩に行く気になったみたい。草が茂っている空き地まで来て、「きくちゃん、草ぬれてるし、かえろっか。」と言ったら、「こっちのアスファルト道、行かせてもらいまっさー。」とのこと。よかった。元気出てきたんやー。
ヨメさんに言わせると、犬に話しかけたらあかんらしい。常に命令口調でないといけないらしい。犬は順位が下のほうが楽に生きていけるそうだ。
夜帰ってきたら、きくの調子がだいぶ戻っていた。よかったー。ガウガウもゆうてくれはる。これでないとね。
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2008年10月05日(日)
京都走ろう会例会(10月第1日曜) [ランニング]
今日、京都走ろう会の井上さんから声をかけられた。
「木彫りの展覧会があるし、よかったら来て。この入場券で入れるし。」
井上さんといえば、ハンコ屋さん。そのお仕事も、70歳を区切りに去年やめられたそうだ。以前は、愛犬ルルちゃんを連れて来ておられたが、最近はお一人で役員さんのお仕事に来られている。
その井上さんが、木彫りを趣味にしておられるとは知りませんでした。私も、若い時木彫りが好きでちょっとだけやっていた。そのにおいがして、わざわざ声をかけてくださったのかな。
井上さんの作品は、3点出品されるそうだ。
ぜひ、行かせてもらおう。
「第15回 キツツキ会木彫工芸展」
とき 平成20年11月6日(木)〜10日(月)
午前10時〜午後5時、但し10日は午後3時まで。
ところ 相国寺 承天閣美術館 2F
京都市上京区今出川通烏丸東入
電話 075-241-0423
朝、いつものようにビブレの駐車場に車を置き出雲路橋へ。
鴨川を見ると、ビブスをつけて走っている若き男女が。一人もランシャツランパンではないが、けっこう速い。どうも駅伝をやっているようだ。
後で聞いて分かったが、京都のスキー部の交流駅伝だった。そういえば、うちの廉も、中3の時オープン参加で出してもらった。(廉は、花背第一中スキー部のクロカン選手で全国大会に何度も出ています。)
その後ろからは、視覚障害者のランナーと賀茂川パートナーズの二人連れ。
前から思ってるんやけど、バイクを入れんなとか、バーベキューすんなとかというしょーもない鴨川条例。何でもかんでも禁止にしたらいいちゅうもんちゃうで。
「視覚障害者のランナーのみなさんが、気持ちよく走れる鴨川にしましょう。」くらい条例に入れられんか。
府会議員さん、一度日曜日に鴨川を走ってみてください。いろいろなものが見え、認識を新たにしますよ。
今日は朝から雨模様。
ヨメさんが、「今日は、走ろう会、行かへんの?」
「行くにきまってるやん。走りに行くというよりもしゃべりに行くねん。走ろう会の人はええ人ばっかりやから。なんかなあ、温泉につかってるみたいやでー。」
「そうやろなー。」
さて、温泉のようなランニングクラブとはいったい・・・。興味のある方は、ぜひ一度来てみてください。
今日は7、8、9月とお休みだった10kmが再開。
私は、昨日の大阪城5時間走で45km走ったので足がメロメロ。でもせっかくなので10kmを走ることにした。ゆっくりランナーの松若さんも走られることだし。
「みんなでゆっくり10km走りましよう。」と呼びかけたら、初めは私と松若さんだけだった10kmの参加者がちょびちょび増えていった。
走り出すと、やっばり足が重い。足に重りをつけて走っているみたい。今日は、1時間切ったら良しとするか。
加茂大橋西詰に大勢の人だかり。何かと思えば、「京都鴨川おこしやすマラソン」。雨だというのにすごい人数だ。
丸太町橋を折り返し戻ってくると、またスキー部の団体に出会った。かなりの人数だった。マラソンに直接関係ないクラブでも、こうして駅伝を楽しんでもらえたらうれしいことだ。
いろんな人がいろんな目的で走る。中にははっきりとした目的もなく走っている人もいる。それはそれでいいでしょう。人それぞれですから。
出雲路橋に戻ったころ(4.8km地点)は、3人グループに。先頭梅村さん、2番手阿加井さん、3番手私。
この時点で、27分13秒。これは10km55分越えるかも。
御薗橋の折り返しは、いつもの塚本さん。
スタート前の話。
「昨日なー、西京極で小学生の陸上競技大会があってなー。朝8時から夕方6時までびっちりや。監察でな。しんどかったわー。女の子は少ないんかなと思たら、このごろは女の子も男の子とおんなじだけ出とるな。そんでまた、親が必死で。西京極の客席にあんなぎょうさん人がおんのん初めて見たわ。」
今日も私の大好きな平田邦子さんが来ておられた。
スタート前、「ボクの一番好きなランナーは平田邦子さんです。」と告白した。
「いやー、ありがとうございます。でもね、8年前に母が倒れてからほんんど走ってないの。どうしてもそんな気になれなくて。」
「でも、こういう場に顔を出してはるってゆうことはいいことですよ。また、走りたくなるかもしれませんやん。」
平田さんのダイナミックなランニングフォーム、また見てみたいなあ。
松若さんとすれちがうたびに、「松若さん、にっこり!」と掛け声をかけた。見事、成功。
松若さんだけでなく、平田さんやそのほかの人たちもにっこりしてくれはった。ええやんねえ、このふんいき。
さて、レースのほうは・・・。
阿加井さんはなんとかかわすことができたが、梅村さんは二度追いつきまた離されてしまった。特に御薗橋(7.4km地点)の折り返しのあと、すごいスピードで、あっと言う間に背中がどんどん小さくなってしまった。
けっきょく、ゴール地点では200mくらいの差。やられてもたー。
私のゴールタイムは、54分44秒くらい。1時間切れたらいいと思ってたので、まあいいか。
梅村さんは53分台。やりましたねー。
さあ、最終ランナーの松若さんの応援に行かねば。
「来たー!」
京都走ろう会名物、最終ランナーといっしょにワッショイワッショイ。
私も、一回はこれを経験してみたい。
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2008年10月04日(土)
2008-秋-大阪城公園5時間走 [ランニング]
トップの写真は、いつも悩む。
マラソン大会のレポートでは、本来、ランナーの写真をトップに使うといい思う。しかし、私はあまり使わない。もっと印象に残ることがあるからだ。
今日のトップは、「クロとソックス」。もう少しで殺処分になるところをもらってこられたそうだ。「クロ」はうちのきくに似ている。「ソックス」は目ん目がかわいい。
両方4歳だそうだ。(ひょっとして、兄弟かな?)
ご夫婦で自転車に乗って散歩に来られていた。すごく大事にされてるようでよかった。
この2ひきのワンちゃんが、今日のマラソン大会の一番の収穫だった。性別を聞くのを忘れたが、両方メスのような気がする。
今日も、「わんこにゃんこにかまけて、ええかげんな走り」になりそう。
スタート地点の噴水前に向かうと、ベンチの下にきれいなねこちゃん。人なつっこく上品なねこちゃん。
今日は、ワンちゃんよりねこちゃんの日なんかな。
8月の3時間走の時、一般道を通ったため渋滞に巻き込まれ遅れてしまった。その轍を踏まないために、今日は家を早めに出た。今日はバッチリ、スタート1時間前に到着。余裕を持ってゆっくり歩いていたので、こんなかわいいねこちゃんにも会えた。
今日は、3月の4時間走と同じ1.25km周回コース。
みんなで200人弱か。今日は、3月の時のような子どもの参加はなさそうだ。5時間はちょっと長すぎるのかも。
ざっと見回してみても、みなさんバリバリ走れそうな人ばかり。
9時前だというのに、もう暑い。時間がたつにつれ、もっともっと気温は上がっていくだろう。
スタート前、着替えている時、近くの人から話しかけられた。
「キャロットさんですよね。私も近所なんです。くみやまマラソンの時、いつもシューズを買わせてもらってます。」
「ありがとうございます。」
ナンバカード175、名簿で確認すると「松山茂」さんという方でした。
9時スタート。
さあ、これから5時間。行く手には何が待っている? (何も待ってへんてー。一人つっこみ。)
でも、3月の4時間走の時には、ワンコニャンコにいっぱい会ったし。今日も期待しよう。
スタートから300mほど行ったところ。そうそうここには猫の巣(?)がある。
いました!
ひょっとして、あなたは3月にもいたニャンコちゃんでしょうか。
前はもっと家族(?)がいたのに。ほかのメンバーは、お出かけ中ですか。
ニャンコちゃんは、何を話しかけてもこわがってどっかへ行ってしまうだけ。「おっちゃんは、あんたらの味方やから。」と言っても知らんぷり。
あれっ?
反対側から、梅田さん。
梅田さんは、雑誌の広告で長らくお世話になった方。ものすごく久しぶり。まだ元気に走ってはるんや。
私たちとは別の練習会に参加されているようだ。
ワンコニャンコだけではありません。ここ大阪城公園では、長らくお会いしてなかったランナーにも会えます。
何周目か忘れたが、追い抜きざま(と言うより追い抜かれざま)に声を掛けてくれるランナーあり。
「おはようございます。がんばってください。」
あらー、田中ちひろさん。走ってはったんやー。
それにしても速いこと。写真を撮らせてもらおうと思ったが、見る見るうちに遠ざかってしまった。
あれは、かかとにバネ入っとんね。
例えるならば、「大人のバンビちゃん???」
お堀の横を走っていると、うれしそうにステップを踏みながらこちらに向かってくるワンちゃんあり。ロープにはつないでありません。まあ口の黒い雑種やから、かんにんしたろか。(口の黒い雑種に、悪いやつはいない。)
名前は「マー君」、5歳です。
「ああ、楽天の。」と思ったけど、マー君ブームは5年も前とちがうなあ。
噴水の少し向こう、時計台の近くに、「武庫川スポーツクラブ」ののぼり。そののぼりに、「大阪城天守閣マラソン」と書いてあった。
また梅田さんに会ったので、走りながら少し聞いてみた。この練習会は、毎月第一土曜にここで開催されている。武庫川スポーツクラブの中の個人の方が主催されているそうだ。参加費は無料。距離もスタートも、各自の目標に合わせて。
これが、今のランニング界の新しい流れやね。
梅田さんは時間がかかるので8時スタート。6時間かけてフルの距離を走られます。
往復3kmのコースを14往復、最後に噴水をぐるっとまわったらフルの距離になるそうです。
「今日は、予想してたより暑くなりますね。」
「そうですね。でも、ここは木陰もあるからましです。武庫川だと、まったく日かげがありませんから。 私ももう71ですねん。6時間切れるかどうか。」
「いやー、でもさっきから見せてもらってたら、いい走りですよ。ゆっくり行きましょ。」
「廉君も大きくならはったでしょ。」
「はい、もう高2です。下の妹が中2になりました。」
「へー、もうそんななってはりますかー。」
「二人とも陸上部ちゃいますねん。上がサッカーで、下がバスケですわ。なんか、団体競技がしたかったみたいで。」 「はー、そうなんですか。」
さっきから、何回も何回も、ランウォークスタイルの店長さんに抜かれている。
小柄だが筋骨隆々。安定したフォーム。これは、明らかに競技経験者ですね。私らチンタラランナーとは、ちとちがう。
しょっちゅう抜かれている感覚なので、私の1.5倍くらい距離を走っておられるのだろうか。
3月の4時間走(3/22)の時のブログにも書いたが、この大会はエイドがすごい。
主催の田中ご夫妻が、バリバリの現役ランナーなので、ランナーがほしい物をよく分かっておられる。
それに加えて、田中ちひろさんのセンスのよさ。エイドにならべてあるものは、見ているだけできれい。
すべてのものが小さく切ってあるので、いろいろな種類を少しずつ食べられ、体にもいい。
私が一番うれしかったのは、みかんの缶詰を凍らしたもの。これはのど越しが気持ちよかった。
ちひろさん手作りのレーズン入りケーキもおいしかったし、炊飯器ごと登場しその場で握ってもらえる炊き込みご飯のおにぎりも食べやすかった。
梨の皮むきもその場でやっておられました。これらのほとんどを田中ちひろさんお一人でやっておられた。
どっかのテレビ、取材に来てくれんかな。すごいパフォーマンスですよ。
さて、私は5時間で・・・。
3月の4時間走で42.5km行けたので、5時間でそれより少ないとはずかしい。今日の目標は、最低45kmでできるだけ50kmにせまる。
結果は、最低目標ぎりぎりの45km。その代わり、ワンコニャンコのほかなつかしい人にまで会えた。
田中ちひろさんとも少しだけしゃべれた。
凍らしたみかん缶詰がすごくおいしかったこと。終盤は梨のような水分の多いものがエイドにあるとありがたいこと。走路の一部に砂利道があるが、私個人はコースに変化があってよかったと思ったこと。などなど。
ほんとうに充実した5時間走だった。関係者のみなさん、どうもありがとうございました。
ぜひ、来年の3月の4時間走も参加したいです。
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2008年10月03日(金)
中学校体育祭・続き [学校]
午後は、黄・緑・赤の3色が、「展示」・「大縄」・「応援」に分かれて競い合う。
まず最初は展示発表。1コマ1cm四方を色分けしていき、1枚の大きな絵に仕上げる。全校650人を3色に分けたそのまた3分の1なので、70人がかりで製作したことになる。
その大きな絵をタイヤ付のフェンスに掲示し、場内を一周する。その間、展示発表のリーダーが本部前からマイクで説明。なぜこの図案になったのかや、製作中に苦労したところなどを説明してくれていた。
ここで、めっちゃむかつくことがあった。
保護者席のしゃべり声が大きく、リーダーの説明がよく聞こえない。聞いていないから、説明が終わった後の拍手もまばら。
「バカモン! 子どもらが一生懸命発表しとんのに、聞かんか―。しゃべりたいもんは、遠くでしゃべれー。」って言いたかったけど、根が気弱なもんで・・・。
家にかえってヨメさんに最初に言ったこと。
「ますみちゃん、来年なー、保護者席前を『静かに』って書いたプラカード持って歩くわ。子どもらの方がずっと聞く態度よかったで。気弱いしよう注意はせんけど、プラカード持ちやったらできるしー。」「勝手にしー。」
次は大縄跳び。
見とれてしまって写真を撮るのを忘れた。
この大縄跳びは、黄組がダントツ。黄組は、他の競技の時からずっとよく応援の声が出ていた。この大縄跳びの時も、リーダーらしき女の子を中心に、「イチ、ニィ、サン、…」の掛け声が一番よくそろっていた。
そう言えば、去年も黄組の女の子のリーダーが声をからしてみんなをまとめてたっけ。
真樹の友だちのおねえちゃんのI・Sちゃん。真樹もあんな子を目指してくれたらなあと思ったもんや。
発表の最後は、真樹も出る応援パフォーマンス。
黄色の最後尾に力いっぱい表現している子を見つけた。保育園で真樹といっしょだったU・Cちゃん。ふだんは育成学級なので見かけることは少ないが、元気ハツラツ学校を楽しんでるね。よかった。
U・Cちゃんのお母さんは、私の小学校教師時代の最後の赴任地・雲ヶ畑小学校の同僚だった。うちのヨメさんとは(お互い知らなかったのだが)、同じ短大の同級生。何かとご縁がある。(当時独身だったU先生は、私の10倍くらいしっかりされていました。)
こうして、Cちゃんが目の前で元気いっぱいニコニコ笑顔を見せてくれると、こっちまでうれしくなる。卒業まで、真樹となかよくしてね。
緑組の最後の「人間掛け橋(?)」もすばらしかった。
この応援パフォーマンスも70人くらいいて、その半分が男子。去年初めて見せてもらった時も思ったが、男の子らがそんなに恥ずかしがらずに踊っている。男女ごちゃまぜの人間掛け橋は抵抗なかったんかなあ。
うちのヨメさんの説。「先生にやらされてるんじゃなくて、子どもらが話し合って何でも決めてるんちゃう。」そうか、そやしはずかしないんや。胸張って踊れるんや。
トリは赤組。
真樹を探すが見つからない。たぶん、保護者席から一番遠いポジション。「80m走」も「色々リレー」も写真が撮れなかったので、せめて最後の出番「応援パフォ」の写真をと思ったが、夢ははかなく破れてしまった。
でも、この赤組が3組の中で一番まとまっていたような気がした。
最後の色別対抗リレーが終わり、閉会式。
総合優勝は、緑。わずか3点差で真樹の赤組は2位。
発表の部は、展示が赤、大縄が黄、応援パフォが赤の優勝だった。
去年、この学校祭を一生懸命に取り組み、真樹は人間として一回り大きくなったように感じた。
さて、今年はどうだろう。なんでもいい。どんな小さなことでもいい。何かいいこと見つけてくれたかな。
(後日談・その1) 「やっちまったなー。」
音楽コンクールの後に出てこられぼやかれていた先生、韓国舞踊鑑賞の前に「早くすわらんかー」とちょっといらついておられた先生、体育祭で大声で指示を出しておられた先生。
私はこの3人が同一人物だと思い込んでいた。しかし、どうもちがうようだ。
真樹が、「○○先生は、カンニング竹山にそっくり」 と言うもんやから、そのふんいきを持った先生はみな同じに見えてしまった。
すいません。たまにしか学校に顔を出さない保護者ってこんなもんです。だから保護者の先生評価はあまり気にしないでください。
でも、真樹の、「○○先生はちゃんとあやまらはる」というひと言で、決めつけはいけないと反省しました。これからは、ちゃんとメガネをかけて学校に行き、広い心でしっかり学校を見せていただこうと思います。
(教訓その1・世の中には、カンニング竹山みたいな怒ってばっかりの先生はたくさんいる。それでも、私はいいとこ見つけてほめたんぞー。)
(後日談・その2) 「えー、うそやー。」
私が体育祭の中で一番好きな「部活動対抗リレー」。
3年間休まず続けた人へのごほうびとして、みんなの前でラストランをさせてもらえるセレモニーだと思っていた。(勝負度外視、パフォーマンス重視。)
「試合にはあんまり出してもらえへんかったけど、ちっちゃい体で3年間よう休まんとがんばったね。」
来年の体育祭では、保護者席で涙をボロボロ流しながらそう言おうと思っていたのに・・・。
真樹の話によると、「絶対、無理!」
走れるのは各クラブ4人だけ。バスケ部は真樹の学年だけ異常に多く、たくさんやめたのにまだ15人ほどいる。足の速さやったら可能性がゼロとは言えないが、バスケの実力では上位4番目まではきつい。
「来年の体育祭の部活リレーまで、やめんと頑張りや。」と励まそうと思っていたのも夢と消えてしまった。
ああ、これからなんて言って励まそう・・・。
(教訓その2・世の中には、がんばってもがんばってもそれを認めてもらえないこともある。でも、その現実を我が子に納得させるのは、つらい。)
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