2011年07月04日(月)
7月4日に生まれて [わんこ・にゃんこ]
西表島の名犬・クーちゃんが子犬を産んだのが、3年前の7月4日。
その年の7月30日、私と真樹はクーちゃん親子を訪ねて、はるばる京都から西表島へ。
上の黒いのがチャーチャで、右の黒いのがキラかな。左の白のどちらかがスーでしょうね。
水を飲んでいる途中でコックリコックリと寝てしまった子犬たち。
たぶん、真樹はそのとき、それまで見たものの中でその子犬たちが一番かわいいと思ったにちがいない。
▽ ▽ ▽
そして、2009年2月9日。
子犬たちは生まれて7ヶ月。
スーはお母さんのクーと同居。
チャーチゃーは近所の「カズにい」のところへ。
キラも近所の「ノージさん」のところへ。
クーちゃんファミリー4ひきは、西表島で元気いっぱいに暮らしていた。
▽ ▽ ▽
そこから1年半がたち、2010年7月27日。
子犬たちは2歳。
あれから1年がたった。
私のブログのお手本にさせてもらっている「クーの毎日」だが、3月11日の大震災の日から更新されていない。心配だ。
クーファミリーの元気な写真が見てみたいなあ。
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2011年05月31日(火)
きくの仕事 [わんこ・にゃんこ]
【5月25日のきくの仕事】
真樹のお見送り。
う○○。
真樹のお見送り。
【5月26日のきくの仕事】
笑う。
へっへっへー。
真樹の自転車の警備。
付近の警戒。
真樹の警護。
真樹の先導、または真樹のじゃま。
【5月30日のきくの仕事】
うたた寝。
夜の散歩。
家に入るのをいやがる。
ということで、きくはええ仕事(?)してまっせー。
【おまけ・鴨川荒神橋西詰のワンちゃん】
【おまけ・うちの近所のネコちゃん】
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2011年05月26日(木)
あんも、出ました! [わんこ・にゃんこ]
もう、あんものことは書かないでおこうと思っていた。
でも、出たんです。夢の中に。
今日はすごく疲れていて、しんどくなってしまったので昼寝をさせてもらった。その時・・・。
階段から「ニャー、トントントン」と下りてくる足音。まさかね。
「いやー、あんもちゃん。帰ってきたん? でもきっとさわったら消えてしまうんやろ。」
それに若返ってるし。若返ってるというより、ヨメさんが拾ってきたときのあんもちゃんやし。子猫よりちょっと大きいくらいの。
ということは、ここは前の家?
「あんもちゃん」と言ってだっこしたら、あんもは逃げずにだっこされた。消えもしなかった。
でも、そこで目が覚めた。
夢の中であんもに会えて、ただ単純にうれしかった。
また出てきてね。
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2011年05月24日(火)
ハゲきく [わんこ・にゃんこ]
今日私は早朝バイトの日なので、朝のきくの散歩はヨメさんのはずだった。ところが、朝は雨がきつかったので真樹を車で送っていったようで、きくは待ちぼうけ。
まだまだ帰ってきそうになかったので、散歩に出かけた。
家に戻ると、ちょうどヨメさんが走りに出かけるところ。
「これ、なに?」
きくの脳天にハゲ発見。
「これはかいかい系やな。」
「・・・あらわなしゃーないな。」
ということで、風呂場へGO!
ここで事件が。
ヨメさんのポケットに入っていたスマートフォンが、つるりと滑って水没。まだ買って3ヶ月ほどなのに、水没はもう2回目。
ああ、このケイタイの運命やいかに・・・。
きくのハゲのせいで・・・。
って、きくのせいにしたらあかんな。
「はよう、ハゲなおったらええのにな。」
「おまえこそがんばれよ。」(かげのきくの声。)
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2011年05月17日(火)
あんじる [わんこ・にゃんこ]
またまた、あんものことですいません。
あんもがうちに来たころの写真がないかとさがしてみた。ところが、写真はほとんどいなかの家に持って帰っているのでそのころのものはなかった。
上の写真は、2歳になるちょっと前。引越しする1ヶ月前なので、ここは上賀茂馬ノ目町の家。
先輩ネコにいじめられ、ほとんどエサがあたらなかったはずなのによう肥えている。
そっかー、私が小学校教師を辞めてまだ1週間の時。先のことなーんにも考えずに、お気楽にネコちゃんの写真を撮ってたわけですね。
あんもはみんなにいじめられてたけど、いつもボーとしていた「チビンタ」とは仲がよかったみたい。
キャロちゃんファミリー7ひきのなかに、後から入ってきたんやから苦労したやろうな。いつも目立たんように、すみっこにおったなあ。
20年前の私。
抱っこしてるのは、4年前の3月に死んだネーモちゃん(だと思う)。
ネーモちゃんが死に、最高8ひきいたネコちゃんがあんも1ぴきだけになってしまった。
さて、ここからが本題。
私は自分勝手な人間。このころの前もあとも、人のために何かをしたということがない。ましてや、人の身を「案じた」という経験もない。
母がもう長く生きられないと兄から聞かされたのは、亡くなる前の日のことだった。結果的に、母の身を案じる隙もなかった。
あんもにはまいった。
金曜の夕方、あんもを動物病院にあずけたあと・・・。もう、ずっとドキドキしぱなっし。
次の日は、早朝から鳥取へ出張販売。強風と黄砂のせいもあったが、頭がガンガンしてフラフラになってしまった。いつもお気楽な私らしくなく・・・。
生まれて初めて、人の身を案じたのかも・・・。(いや、あんもは人じゃなかったね。)
あんもが具合悪くなった時、自分で動物病院に連れて行った。死んじゃったあとも、家族の写真を入れたり、一晩いっしょに寝たり・・・。
「今まで何もしてこんかったくせに、あんもだけ特別扱いかー?」とヨメさんに言われた。
どうなんやろう。
毎日毎日見てるうちに情が移ったんかな。
それとも、自分が歳をとってきて気弱になってきたんかな。
心当たりは、「水曜日の奇跡」。
先週の火曜日に一挙に弱ってしまって、水曜日はもうあかんのかと思っていたら復活。私を追って階段を下りてきた時は、ほんとうにわが耳とわが目を疑った。そのあと私が店のパソコンでブログを書いている間、私のヒザの上でスヤスヤと眠っていた。「寝ションベン」のおまけまで付けてくれて・・・。
それまでの私とあんもとの関係を考えると、あれこそ奇跡。私が勝手な夢でも見てたんやろうかとも思ったが、ちゃんと写真も残ってるし・・・。
それから、動物病院に迎えにいった時。
寝たきりやったネコが立とうとするかー。あのあんものひたむきな姿が目に焼きついて、私は死ぬまで忘れられんと思う。
そんな話、人からはよく聞いていたが偶然だと思っていた。でも、連れて帰って30分ももたなかったことから考えても、最後の力を振り絞ったとしか思えん。
ほんまに、まいった。
今まで、ネコの世話も犬の世話も全部ヨメさんがやってきた。私は写真を撮ったりして、勝手に楽しんでいただけ。ネコや犬の具合が悪くなっても、ほとんど「身を案じる」ということがなかったように思う。
これではあかんね。
でも、「身を案じる」ちゅうのはしんどい。
今までしたことないことをしたからやね。
私はもう初老の域に入りつつあるけど、今からでもちょっとでも成長せなあかんね。
※ 20年前、20代のますみさんとエリ(2004年没)。取り壊される前の私のいなかの実家の前で。太ってるのではなく、おなかの中に廉がいます。
(この写真は本人に無断で掲載したので、消去される可能性があります。)
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2011年05月16日(月)
再見、あんも! [わんこ・にゃんこ]
「きくもあんもに 『さいなら』 ゆうたって。」
「くぉーん。この黒いのん、どっかで見たことあるなー。くぉーん。でも、何で全然動かへんのかなあ。くぉーん・・・」
いつか撮りたいと思っていた「きくとあんものツーショット」。こんな形になるとは・・・。
「あんもなあ、夢に出てこーへんかったわ」と私。
「そらそうや。そうやすやすと出てくるかいな」とヨメさん。
「でもな、夜中にあんもがカタカタ、カタカタと動いて目が覚めたわ。」
「なんでやねん!」
そう、たぶんあれは私が寝返り打ってあんもが入っているケースに当たっただけなんやろうなあ。
寝る前、カチカチになった体をなでていると涙が止まらないので、まだグルグルと動くしっぽばっかりさわっていた。
昨日の夜、家族みんなであんもにお別れをした。
真樹はあんもちゃんへの手紙も書いてくれた。
廉も夜遅く帰ってきたのだが、ちゃんとお別れを言いに来てくれた。
なんてったって、廉より2歳も年上の先輩なんやから。
これで、家族みんなの写真をあんもちゃんに入れて上げられる。
自転車通学の真樹を見送り・・・。
と思ったら、きくがダッシュ!
これからのきくの一番大事な仕事は、「長生きすること」。
きくとの散歩が終わったら、いよいよあんもの旅立ち。
家族の写真を持たせて・・・。
東映団地を出るとき、かしこそうなネコちゃんが私たちを見送ってくれた。
「よかったな、あんもちゃん。見送ってくれてはるでー。」
まずはいなかの父の家へ。
「おじいさん、スコップやら貸してー。ずっと長生きしとったネコが死んでしもてん。」
「おう。おんなじとこに埋めんのか。」
「うん。これでネコはおしまい。」
「何年生きてん?」
「もうちょっで22歳やったんや。」
「ほー、そんな長生きのネコ、聞いたことないなあ。」
そのとき、父は少しうれしそうな顔をしたように見えた。年老いた動物が大事にされることが人間の世界にも通じるような・・・。
「あこらのまわりな、猪が暴れまわっておどいことになっとるど。」
「えっ、ほなら、墓のとこも・・・。」
「いや、あこはちゃんと石が敷いてあるさけ、だいじょうぶや。」
「あーよかった。」
うちの田んぼの一番はしにあるネコさんやエリちゃん(犬)の墓は、整然としていた。よかった。
できるだけひっついていたほうがいいので、一番手前を掘ることにした。
深さ50cmくらいは掘れたので、いっしょに入れる花を探しに行った。
すると、坂の下から杖をついた父がゆっくりと歩いてくる。ここに来るなんてひと言も言ってなかったのに・・・。
父も今年の誕生日で90歳。
ネコさんらの墓の前で、ずいぶん長い間立ち話をした。
最後の最後にあんもと仲良くなれたように、いつか父とも普通にしゃべれるようになれるのだろうか。私はこの歳になっても、「父=威厳」。いや、ずっとそのままでもいいのかも・・・。
いよいよほんとうのお別れ。
あんものおもちゃを入れてやった。
一番のお気に入りは、ピンクの舌を出しているポケモンの「ベロリンガ」。朝見るごとに「ベロリンガ」の場所が変っていておもしろかったなあ。
花をさがしたが、椿とタンポポくらいしかなかった。
黒猫ガラのひざ掛けは、あんもの形見として私がもらう。
その代わりでもないのだが、私の「走」Tシャツを上に。あんもには、夢の中でも走っていてほしい。
「再見、あんも!」
1989年の中国・天安門事件のあたりに生まれたはずなので「あんも」と命名。そんなあんもには、「さよなら」ではなく「再見」やね。
この上に土を。
さすがにここで涙があふれてきた。
でも、まだ父がそばにいたのでちょっとひっこんでくれた。
上に平べったい大きな石を置き、あとは「あんも石」さがし。
川に黒くてあんもの顔みたいな石発見。これを一番上に置いて、しっかり拝んで終了。
お墓のあるところは、家からちょっと離れている。殺風景なところなので、花でも植えたらいいのかなあ。
最近はお墓まいりもほとんどしていないので、また行かなくては。
廉や真樹が生まれるずっと前から、私たち夫婦を楽しくしてくれたネコちゃんやワンちゃんなんやから。
夜、ヨメさんがうちのお客様からいただいた花束を持って帰ってきた。
「あんもちゃん やすらかに・・・ パオパオのファンより」
ほんとうにすいません。ありがとうございます。
今は力が抜けてしまって、走る気がわいてきません。
ゆっくりと長い時間をかけて、いろいろなことを思い出しながら走ってみたい。そうなると、5kmじゃなくてウルトラになるんですよねえ・・・。
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