2015年03月16日(月)
第1回なごうらマラソン・続き [ランニング]
23年前、廉が1歳になったばかりの時に出た「カントリーロード100km」。最後はコブラがえり起こりまくりで大変だったが、廉をかたぐるまして14時間49分28秒でゴール。あれから長かったなあ・・・。
今回完走できた理由はいろいろとある。でも、強いて一つあげるなら「あんもマグネット」かなあ。
73km地点近くの名護市辺野古。北山高校駅伝部を通じてお友だちになっていただいた玉城さんが、レース中にくださったもの。
コメントもいっしょにいただいていたのだが、そちらは見る余裕がなかった。今日思い出して見てみると、「100kmマラソン無事完走おめでとうございます」って。
73kmあたりは、少し走ると強烈なコブラがえりが襲いかかり、「これは最後まで行くのは無理かも」と思い始めていたころ。「完走おめでとう」先出しはあかんやろ。結果的に、コメントは見なくてよかったように思う。
地獄で私の来るのを待ち構えているはずのあんもが、応援してくれていると思い出しただけでもよかった。玉城さん、本当にありがとうございました。
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嘉陽小跡地前におられた大会役員さんが、「写真撮りましょうか」。
「お願いします。」
「でも、旗が見えないね。」
ここで、のぼりをつけたポールの先が折れていることに気づく。えらいこっちゃで応急処置。ポールが縮まないようにつけていたガムテープの一部を外し、ポールを補強。あとはタスキを持ってきていたので、つなぎの部分に包帯のようにしてまいた。
所要時間12分。大幅なロスタイム。
しかし、一日「平和・憲法九条」ののぼりを背負って走ると決めたのだから、身近にあるもので補修してなんとかしっかり走らねば。
このとき思いました。
「平和の旗を一日守るだけでも大変やのに、本当の平和を守ることは並大抵のことではない。」
つくづく。
2年前の「久志20km」のときに目をつけていたかわいいワンちゃん。
元気でよかった。
60km地点、8時間00分44秒(49分08秒・・ポール直し12分含む)。
ポールが折れるというアクシデントがあったが、残り40kmを7時間なら、よっぽどのことがない限りだいじょうぶだろうとうれしくなってきた。
きれいな花も咲いているし・・・。
なんとう餅屋さんも繁盛しているようだし・・・。
こんなかわいい琉球犬もほえまっくてたし・・・。
しかし、64kmあたりでふくらはぎに「ピピッ!」
大浦湾の新基地予定地のフロートが見えたあたりで、強烈なコブラかえりが両足を襲い動けなくなった。
「辺野古のたたりかー!」
街路樹にもたれかかり、痛みがましになるまでひたすらがまん。力を入れるとすぐ再発するので、そろりそうろりと歩く。
65km地点、8時間45分03秒(44分18秒)。
65.2kmのわんさか大浦パーク。
こんなん見ると、ちょっと心が癒される。
エイドを過ぎてコースに向かうと、ひどい向かい風。
また、ポールが外れてしまった。直すのに10分。
直すときにかがむと、またひどいコブラがえりがおこり二重苦に。
車の中から吠えまくって応援してくれる(?)ワンちゃん2ひき。
70km地点、9時間37分52秒(52分49秒・・ポール直し10分含む)。
コブラがえりで何回も立ち止まりつつも、ポール直しの時間を引けば5km42分。これからは、ポール直しとの戦いかー。なにしてるこっちゃら。
70.2km。辺野古地区空地エイド。
となりにいた方が、ボランティアさんにむかって「どこの大学生?」
「名桜大学です。」
「おおそうなん。うちの娘も名桜大学のもうすぐ3年。」
「いっしょです。」
「スポ健(スポーツ健康学部)やね。うちの子国際学群やし知らんかもやけど、写真撮らせて。」
やっと、辺野古の海が見えてきた。
もうちょっといいカメラなら、海の様子がはっきり見えたのに・・・、残念。
キャンプ・シュワブゲート前。
ゲート前にはたくさんのガードマン。同業者として何か声をかけたかったが、とてもそんな雰囲気ではなかった。
道の向かいから、私ののぼりを見つけた方たちからの大きな声援。
「がんばってください。」
「おまえもがんばれー。歩いてないで、走れー!」
無茶言いよる。
でも、ニュースや新聞で見るのとこの目で見るのとでは大ちがい。ウルトラレースで、こんなに考えさせられるコースが設定されているところはない。
そして、辺野古の集落へ。
だいぶ前に出ると言っただけで、事前に何の連絡もしていない。応援に来てもらえるのかなあ・・・。
おられましたー、玉城さん!
「あー、藤井さん。よかったー。」
「ありがとうございます。調子よく走ってたんですけど、65km手前でコブラがえりが起こって、それからだいぶ歩きました。それに、のぼりをつけているポールが折れてしまって・・・。辺野古の前だけでもしっかりのぼりを立てて走ろうと思って、なおすのにだいぶ時間がかかりました。」
「そうだったんですか。でも、完走できますね。」
「15時間やしね。よっぽどのことが起こらん限りはだいじょうぶやと思うんですけど・・・。ゆっくり行きますわ。」
玉城さんは私より10歳以上お若いのに、もうお孫さんがおられるおばあちゃん。そのお孫さんと、ちょっと離れたところで笑顔で見守って下さっていたダンナさん。応援ありがとうございました。
その時ちょっと考えたことがある。
辺野古の手前で私を追い抜いて行ったランナー。
「平和ののぼりを背負って、すごいですねえ。でも、辺野古の人たちがどうとらえられるか・・・。」
ゼッケンには「○○んちゅ」と書かれて、どこからの参加かすぐ分かるようになっている。私の場合は「京都んちゅ」。そのランナーは「沖縄んちゅ」だった。
「辺野古の人」というのは、ゲート前に座り込みをしている人たちではなく、辺野古地区住民という意味だろう。親戚や家族の中でも意見がちがい、大変なことになっているという実態をよく分かってられるのだと思う。そんな中を、嬉しそうにのぼりを背負って走っている私への批判の意味で言われたのかもしれない。
また、この先で名護の知り合いから「平和の旗を背負って走るって、どうかなあ」とも言われた。これは明らかに私への批判だった。「遠くから来て引っ掻き回すのはやめてくれ」というニュアンスを感じたのだが・・・。
「でも、これがやりたくて出たんですから。」
こんな私の姿を見て、不愉快に思われた方もあるだろう。ただし、いい加減な気持ちで「のぼりを背負って100km」は走れません。「平和・憲法九条」ののぼりを背負っていなかったら、もうとっくの昔にリタイヤしてました。辺野古や沖縄の人たちを応援するのに自分にできそうなことは、と真剣に考えた結果がこれなんですから。
そのあとも、何度も玉城さんのダンナさんの笑顔が頭に浮かんできた。「私のことをどう思っておられるんだろう。」いつか、しっかりとお話ししたいと思った。
さてそれからは風も弱まり、ポールの手直しをすることもなく順調。
ただし、ちょっと走ってはコブラがえりで歩きだし、ちょっと走っては歩きだしのくり返し。
またまた名桜生を発見で、パチリ。
75km地点、10時間28分36秒(50分44秒)。
だいぶ歩いたので、ついにキロ10分オーバー。
ここで計算。残り25kmをキロ10分ペースで行くと、250分(4時間10分)。あかん! ほぼ余裕なしや。これ以上落ちんことを祈る。
「いや、かわいいワンちゃん。」
「いやま、またかわいいワンちゃん。」
「あらま、こんどはかわいいねこちゃん。エリザベス付き。」
犬猫パワーをもらいながらも、相変わらずのコブラ帰り。歩く場面がさらに増えて行った。
76.1kmの久志公民館前エイドでのこと。
トップスピードがまだ一つ残っていたはず。もうのぼりを下ろす元気がなかったので、エイドにいた女子高校生にバックから取ってもらうことにした。
「黄色いちっちゃいゼリーみたいなんがあるはずやし、さがしてー。」
「すいません、見つかりません。」
「ほんなら、入ってんのん全部出して―。」
背中のバッグから全部探して出してもらったが、やっぱりトップスピードはなかった。どうも、ポール様に開けていた小さな穴から抜け落ちてしまったようだ。
「ガックリ! 600円がパー。」(そっちか!)
一生懸命探してくれた女子高校生さん、すみませんでした。
そのあとは、またまた延々と続く上り坂。これはいよいよやめ時が近づいてきたんかな。
しかしその時、峠から「ふじいさーん!」
「やー、ますみさーん。」
21世紀の森ランクラブの面々。クラブの仲間プラス私の応援に来てくださっていた。よく冷えたお水をいただき、エアーサロンパスとローションでふくらはぎのマッサージまでしていただいた。本当にありがたかった。
80km地点、11時間26分58秒(58分22秒)。
おお、ついにキロ12分ペース。
残り20kmをキロ12分で行くと、240分(4時間。)
あかんやん。また関門アウトやん。
しかしエアーサロンパスとローションとマッサージが効いたのか、81kmあたりで「スコン!」とコブラがえりがなくなった。それから、ゆっくりだが続けて走れるようになった。
85km地点、12時間10分24秒(43分25秒)。
復活しましたがなー。あと15km、キロ11分でだいじょうぶ。さっきからこんな計算ばっかり。
ところが、今度はポールが故障。
1回なおしたのにまたこわれ、もう今持っている道具だけでは補修は無理と判断。88km地点あたりから、手に持って走ることにした。ここから見た人は、「どうして釣竿を持って走ってるのか」と思われたでしょうね。
でも、抜きつ抜かれつだった方はみな「平和がんばれ!」と声をかけて行ってくださった。ありがたい、ありがたい。
ネコちゃんも応援してくれてるもんね。
90km地点、13時間03分55秒(53分30秒・・ポール直し16分含む)。
「ポール直し2回16分引いたら、5km37分半。これは行ける。もう絶対に行ける」と確信。
(注)もうちょっとだけ、続きます。
Posted by パオパオ トラックバック ( 0 ) コメント ( 2 )
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コメント
ももいろきりんさん、コメントありがとうございます。
何人もの方とお話させていただいたので、いったいどの方なのか・・・。ももいろのきりんさんねえ・・・、ヒント少ないですね。ひょっとして、「平和に抜かれた!」とおっしゃっていた方でしょうか。
私も4年ぶりなので初ウルトラみたいなもんです。「コースきつかった」とおっしゃる方が多かったですが、私はちゃんと走れているうちは何も感じませんでした。でも、コブラがえりブリブリになってからが地獄でした。65km〜85kmの間ですかね。それも治って、最後まで走れてほんとうによかったです。
初ウルトラが「なごうら」なんて、値打ちありますよ。
またどこかでお会いできましたら、ぜひ声をかけてくださいね。
お疲れさまでしたぁ。
私も走りました。途中でお話しもさせてもらいました。
抜いたり抜かされたり。けっこう長い間近くにいたと思います。
はじめに見たときびっくりしました!100キロではたを担ぐなんてすごいって!
それも平和って。う〜ん、ほんとにすごいって。
沖縄に、行くときにブログ見せてもらってたので。
今みて、えぇーあの旗のひとだったんだと、ちょっと感激。
コースきつかったですね。私初ウルトラだったので何度もめげそうになりましたが、
いろんな人の声援でなんとか完走。