パオパオだより

2017年01月04日(水)

「遠くの存在に感じない」 [私の好きな人]

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 今日は、寮の管理代行の2017年の初仕事。寮1(二条)17時間。
 この時期、心身ともに変調をきたす者が出てくる。今まで真剣に生きてこなかった私には、そんな若者らにアドバイスできることは何もない。ただ一つだけ言いたいのは「思い詰めないで」ということ。まだまだ先は長いのだから。

 今日の休けい時間に、今年来た年賀状の整理をした。
 うちには住所が4つあり、それが全部生きているからややこしい。一つは市原の自宅(借家)。次に京産大前の店舗。そして柊野の旧事務所。この3つはみな近所なので、車で回ればすぐ年賀状が回収できる。
 問題なのは花背別所町のいなかの家。もうそこを離れて10年になるのだが、いまだにそちらに年賀状が届く。これはなかなか回収に行けない。あて名を印刷している人は、相手の住所が変わっていてもあんまり気にならないようです。

 一応前記3か所に1月3日までに届いた年賀状は130枚ほど。出したのが200枚ほどで、いなかに届いている分と今日以降に届く分を合わせれば、かなりの回収率ということになる。ありがたい、ありがたい。
 
 2年前まで「年賀状大賞」というのを選んでいたのだが、けっきょく自分の好きな人から来たものばっかり選んでしまうのでやめた。
 でも、今年は秀逸なものが多かった。みなさんひと言コメントを書いてくださっているのだが、今年は私の病気を心配してくださっているコメントが多かった。「パオパオだより」をしっかり読んでくださってるんですね。ありがたい、ありがたい。

 その中でも、この人からのひと言は「うっ」と来た。
 「ブログ、拝見しています。あまり遠くの存在に感じません。」
 やられました。まいりました。

 ずいぶん前の「北軽井沢マラソン」で、乳母車に娘さんを乗せて走っておられたみったんさん。その時、娘さんは眠ってしまったようで、手に持っていたアイスキャンディーが溶けていた。それがすごく印象的で、思わず声をかけさせてもらった。
 ただそれだけの関係なのに、なぜかいつの間にか私のブログにコメントを入れてくださるという関係になった。

 「病気に負けないで」という直接的な応援もうれしいが、「遠くの存在に感じません」という言葉はそれ以上にうれしい。「遠く離れていて、会って話すわけでもないけれど、いつもすぐ近くにいるように感じてますよー」と言われたら、何か胸の奥のほうから熱いものがこみ上げてくる。

 ヨメさんに話すとき「みったん」では通じないので、「乳母車の子のアイスキャンディーが溶けていた・・・」というと話が早い。
 人間て不思議です。ちょっとした一つの出来事で、そのあとずーっとその人のことを忘れない。私とみったんさんはそういう関係なんでしょうね。

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2016年12月29日(木)

ジンパチッ! [私の好きな人]

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◎デイリースポーツ 12/29(木) 20:37配信

   根津甚八さん死去 うつ病、死亡事故、目の病気で手術…孤独とも闘った晩年

 2010年に俳優を引退した根津甚八=本名・根津透=さんが29日、都内の病院で亡くなった。69歳。かねて病気療養中だった。所属事務所は報道各社にあてたFAXで、死因が深部静脈血栓症及び肺塞栓症による肺炎のためと説明した。葬儀については、故人の遺志により近親者のみの密葬を執り行うという。

 根津さんは1978年、大河ドラマ「黄金の日日」で脚光を浴び、82年の映画「さらば愛しき大地」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞。ほかに「吉原炎上」などでも存在感が光った。黒澤明監督の映画「影武者」や「乱」などにも出演。憂いのある色気は男女問わず、多くのファンを魅了した。演技同様に寡黙な人柄だった。

 根津さんは01年秋ごろからうつ病を患っていた。04年7月には、自宅近くの交差点で交通事故を起こし、被害者が死亡。心に深い傷を負い、俳優活動をしばらく休止した。晩年は持病のヘルニアや目の病気など、けがや病気との闘いの連続だった。

 94年3月に15歳年下の仁香さん(54)と結婚。96年には長男が誕生。順風満帆に思われた家庭生活だったが、01年に右目下直筋肥大という病気を患った。右目の下まぶたが垂れ下がり、物が二重に見える「複視」という症状が出て、日常生活が不自由となったため、下まぶたを整形する手術を受けた。

 視界は改善されたが、顔の左右のバランスが崩れてしまい、その後何度も整形手術を受けた。しかし、元の顔に戻らず、「これではテレビには出られない」と大きなショックを受けたという。

 妻・仁香さんによると、同じころに最愛の母をなくし、金銭トラブルにも見舞われ、心身ともにダメージを負った。10年9月。俳優引退を発表した。
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 今年亡くなった方のいっちゃんは、吉本のタツジーかジョージかと思っていたが、最後の最後にえらい人が・・・。

 根津甚八。
 実は、私が一番好きな俳優なんです。
 もし私が女なら、根津甚八に迫られたらたぶん体が溶けてしまう。

 根津甚八の映画もテレビドラマもほとんど見たことがない。でも、中島みゆきの「ピエロ」を歌う根津甚八は最高。
     ◇     ◇     ◇
 思い出の部屋に 住んでちゃいけない
 古くなるほど 酒は甘くなる
 えらそうに俺が 言うことでもないけど
 出て来いよさあ 飲みに行こうぜ

 かまれた傷には 麻酔が必要
 俺でも少しは 抱いててやれるぜ

 思い出の船を お前は降りない
 肩にかくれて 誰のために泣く
 まるで時計か ゆりかごみたいに
 ひとりで俺は さわぎ続ける

 飲んでりゃおまえも 嘘だと思うか
 指から鍵を奪って 海に放り投げても

 飲んでりゃおまえも 嘘だと思うか
 指から鍵を奪って 海に放り投げても
     ◇     ◇     ◇
 仲代達矢、根津甚八、水谷豊、このライン好きですねえ。
 共通するのは狂気の匂いかな。
 最近、おっとこまえの阿部寛に凝っていた。でも、私の本質はやっぱり狂気の匂いがする根津甚八でしたね。

(注)もうちょっと、続きます。

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2016年12月25日(日)

サンタ襲来 [私の好きな人]

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 まさかまさかのサンタ襲来。
 「サンタさん、来てください」って、ゆうてみるもんですねえ。

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 今日から、「京都キャロット」の店内セール。
 出張販売用としてキャラバンに乗せていた商品を、全部おろして整理。ふだんは店の在庫がかなり少なくなっているが、今ならいろいろと選べます。

 今日は高校駅伝の日。
 最近はずっと沖縄・今帰仁村の北山高校の応援をしていたのだが、今年は男女とも県大会で敗れてしまった。男子はコザ、女子は那覇西が出場している。今年はテレビ観戦です。

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 午後2時半すぎ、サンタクロースがプレゼントをいっぱい持って登場。味噌やら米やら塩やらもちむぎ麺やら大麻やら・・・。どうもありがとうございました。さっそく吸わせていただきました・・・、ってウソウソ。

 私が兵庫・ゆめさき舎を突然訪問したことへの「仕返し」。きっと松本さんも突然訪問してびっくりさせたかったと思うが、私はいつどこにおるかよう分からんやつやから困ったでしょう。ちゃんと予告ありの訪問でした。

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 ヨメさんも追試から帰ってきて、サンタさんを挟んで3ショット。
 サンタさんから後光がさしていて、撮影に難儀した。

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 短い時間だったが、いろんな話をした。

 高校駅伝の話。
 「兵庫の1区の田中のぞみちゃん、ラストがしゅしゅしゅーでしたね。」
 「去年より悪かったみたいですね。」
 「最後のスパートに食らいついていくんかと思ってたのに・・・。」

 「大阪の2区の高松ムセンビ妹は、『やったんで系』やね。あんなちっこいのに、前にいた9人全員抜きましたやん。」
 「ほんま、すごい。ところで姉ちゃんはどこの大学に行ったん?」
 「それがね、このごろ話題に上らへんしおかしいなあと思って調べてみたんですよ。そしたら、今オレゴンですわ。サラザールがやってるナイキなんとかクラブ。あそこで大迫君やらといっしょに練習してるみたいですよ。」

 田中希美選手ともムセンビ姉妹とも知り合いではないが、関西のオッサンの乗りで、「ちょっとでもかすったら、みな応援」ちゅうやつです。

 「かりいほ」の話。
 「昨日、4チャンの報道特集で『かりいほ』っていう障害者施設のことやってましたわ。栃木県の大田原市にあるんですけど、知ってはります?」
 「聞いたことはるけど、よくは知りません。」
 「一番印象的やったんは大好きな職員さんを、興奮したら噛んでしまう子。大好きで大好きでごはん食べるときもいつも横に来て食べるような子やのに、ほかの子からからかわれてカッとしたら、その職員さんを嚙んでしまうって・・・。なんでなんやろうね。」
     ◇     ◇     ◇

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12/24 18:15 TBSテレビ 【報道特集】
<特集>異色の施設「かりいほ」の挑戦

栃木・大田原市・知的障害者視線施設「かりいほ」。
民間の社会福祉法人が運営。
男女約30人が入所。
周囲を山に囲われているが、塀もフェンスもない。
職員と農作業を中心とした生活を送っている。
かりいほ・石川恒施設長が言い続けているのは「本人の本当の姿を知ろう」。
銀杏をイチョウの実から取り出す作業を行っていた男性は、東京の親元からかりいほに来て9年。
軽度の知的障害とADHD・注意欠陥多動性障害と診断されている。
かりいほに来た理由は自転車泥棒、万引き、置き引きなど衝動的な盗みが抑えられないため。
男性は小学3年生くらいから両親や友達の家から財布を盗む行動が始まった。
東京に戻るために都内の作業所で短期間の実習を行ったが、職員の目が届かない時に小銭入れを見つけ盗み、自転車も盗んでしまった。
問題行動を変えることは簡単ではない。
暮らし続けられる場所を作るのが福祉の本来の場所を作るのが福祉の本来の役割だと石川施設長は考えている。
Google earth提供
父親のコメント。
グループホームについて言及あり。
     ◇     ◇     ◇

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 「藤井さん、お客さんにいろいろと言いたくなりませんか。」
 「全然ありませんね。自分の興味のない商品は、よう勧めません。」

 シューズに関して言うと、今興味のあるのは、アディゼロタクミ・レンとセン、ターサージールTSとターサージャパンくらい。あとはふだん履きならいいけれど、とてもレース用には使いたくない。こんなことでは、店員としては失格ですね。

 病気のことも聞いてくださったのだが、自分自身でよく分かっていない。うまくは説明できなかったが、とりあえずはもうちょっとは生きられるらしいと言っておいた。

 また「仕返し」の「仕返し」に行かなあかんなあ。
 次はどっかから走って行こう。「平和・憲法九条」ののぼりを背負って。

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 クリスマスというのにクリスマスケーキなし。さびしー。
 その代わりでもないが、オードブルセットが半額になっていたので買ってきた。
 ブリとカキのお鍋とこのオードブルで、ちょっとだけクリスマス気分。
 でも、ケーキ食べたかったなあ・・・。

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【今日のきく】

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 ストーブの前に入り浸っているきく。
 そんな近くで暑ないんかいな。

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2016年12月21日(水)

ゆりやん [私の好きな人]

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◎毎日新聞12月19日朝刊・学校と私

   受け入れてくれた友達=お笑い芸人・ゆりやんレトリィバァさん

 1学年12人。先生が一人一人の良いところを伸ばしてくれるような田舎の小学校に通いました。中学に進むと、生徒は増えました。「イケてる子」「おとなしい子」のグループがあり、私はイケてるほうに入りたくて背伸びをしていました。元々太い眉毛を親に内緒で細くそったりして。

 それが突然、中学3年で自分がいじめられることになったのです。女子には悪口を言われ、仲間外れにされ、男子には机の中の物を窓から投げられたりもしました。当時の私には中学しか世界がなく、いじめられたら終わり。本当に毎日が嫌でした。

 でも、いじめる子たちに人生を変えられたくはなかった。芸人になるのが夢だったので「絶対に芸人になって『あの時、友達やったよな?』と近づいてきても無視してやろう」と思っていました。家では毎晩、父の食事の時にその日の出来事を話す習慣があり、相談に乗ってもらったことも助けになりました。

 実は、自分がいじめられるまで私もいじめっ子の側で、一緒におとなしい子たちの悪口を言ったりしていたのです。居場所がなくなり、私はその子たちに仲間に入れてほしいと頼みました。すると本当にいい子たちで「いいよ」と受け入れてくれたのです。

 それまでは悪口で笑っていたけれど変わった。「銀座」が仲間内の流行語になると、田舎で誰も銀座に行ったことすらないのに「その可愛い筆箱どこで買ったん?」「銀座」「うそやん」と何かにつけて口にしては笑いました。そんな面白さを知り、高校では背伸びせず自分が一緒にいたい人といようと決めました。

 高校で仲の良かった友達は、一緒にいると自然と面白いことを言え、突っ込みを入れてくれたり。かつては苦手なタイプの子をライバル視したのですが、無理に対抗せず冷静に接するようにもなりました。私をいじめたようなタイプの子を一歩引いて見る感覚も養われた気がします。

 そうやって出会った友達をまねすることで、ネタをやれています。いじめられた経験から、いい友達に巡り合う方法を知ることもできた。だから、もっと違う中学時代だったらなとは全然思いません。【聞き手・念佛明奈、写真・梅田麻衣子】

■人物略歴

 1990年、奈良県吉野町生まれ。2013年に吉本総合芸能学院(NSC)大阪校を首席で卒業。ピン芸人日本一決定戦の「R−1ぐらんぷり」では、2年連続で決勝に進出した。
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 今日は寮2(二条)17時間。
 沖縄に行っている間にたまっていた新聞を寮に持っていき全部読んだ。
 今日はやわらかい話題を。 

 私のお笑い芸人一押し、「ゆりやんレトリィバァ」。
 複雑なもの(コンプレックスの本来の意味)を秘めた、ちょっとぽっちゃり女性。
 これはやられてしまいます。とても他人とは思えない。
 どこかで見たような・・・。うちのヨメさんの短大時代の写真がこんな感じだったような・・・。(バシッ、ボコッ、ドスッ! びしゃたたき!)

 NSC主席と言われてもねえ。「それがどしてん!」レベルです。
 そんで、なんでレトリィバァなん?
  
 なんかやっぱり、うちのヨメさんと似たようなにおいがしますにゃわ。

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2016年12月09日(金)

今日はともやさんの誕生日 [私の好きな人]

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2002年の宵々山コンサートについて語る永六輔さんと高石ともや=佐々木泰造撮影

◎毎日新聞11月29日夕刊・寄稿

   私の永六輔、私のボブ・ディラン
          2人のホメロスに乾杯=高石ともや(フォーク歌手)

 今年の7月7日、七夕に永六輔は星になった。京都・祇園祭の宵々山(よいよいやま)に八坂神社傍らの円山公園音楽堂で僕らはコンサートを30回やり続けた。僕やきたやまおさむらのフォーク歌手勢と永さんが連れて来るゲスト勢の芸が火花を散らすチャーミングな音楽フェスだった。初回は渥美清さん。そして黒柳徹子さん、三波春夫さん。永さんが連れて来るゲストはいつも強者(つわもの)だった。作詞家として有名な永さんなのに40年以上続けたTBSラジオの番組で自作の曲は一度もかけたことがないと自慢するほどに自ら作品を誇ることが少なかった。

   ■  ■

 少年少女合唱団とステージで「上を向いて歩こう」を歌った時のこと。「高石君、なぜ皆はこの歌を明るく笑いながら歌うの」。隣の僕に聞いてきた。「この歌の詩は12歳の少年がつらくて涙が止まらない、思春期の悲しい詩なのに」。信州に疎開していた時の体験だという。「ともや! 君が歌う時は涙をボロボロ流しながら歌いなさい」。耳元での静かな命令にハイと返事をして自分の心にしまい込んでいた。

 相方の作曲家、中村八大さんに男の赤ちゃんが生まれて喜びのあまり、「こんにちは赤ちゃん、オレがおやじだ」と何度も叫びかける姿に感動して作詞した歌が、レコードが完成すると「私がママよ」に変わっていた。

 「京都、大原三千院……」。永さんを乗せて大原あたりを通過する時、運転していた友人が大声で歌った。「やめなさい! そんな変な歌」「『女ひとり』は名歌じゃないですかあ」。僕が褒めると「地名を入れればどんな名所の歌でも作れます。ともや、君は京都暮らしなのだから、地名の入らない京都の歌を作りなさい」。永さんの晩年、テレビ番組「遠くへ行きたい」で京都を巡った時、地名のない京の歌「街」を歌った。「いい歌だね」。そっと褒めてくださった。

 1970年代初めに永さんは「作詞家辞めます」宣言をしている。「宵々山コンサートで、きたやまおさむや高石らのフォーク歌手と仕事をして気がついたんだ。歌は自分で作って自分で歌うのが一番自然なんだ」。著作『大往生』がベストセラーになった62歳の夏、永さんは死をテーマに自分が作詞した「生きるものの歌」を野外ステージでひとりで歌いあげた。

   ■  ■

 その年一年を僕がふり返る「年忘れコンサート」を続けて40年になる。今年は永さんに捧(ささ)げる曲をともくろんでいたら「ノーベル文学賞ボブ・ディラン」。現実離れした知らせにほこりをかぶった『ボブ・ディラン全詩302篇』を開いてギターを弾く。「時代は変わる」「戦争の親玉」「炭鉱町のブルース」「神が味方」。そうさ、ボブ・ディランは僕らのヒーローだったのさ。胸にハーモニカを構え、ギターを弾きながら、ただ一人で立ち、世界に向ってメッセージを発する。彼の歌い方そのものが新しい時代の始まりだった。

 彼のLPを買い集め、彼の詩を日本語に直訳して、限りある音符の中に言葉を詰め込み、速射砲のように新しい時代に向け撃ち放つ。そんなフォークソングとのやりとりを始めて僕も、もう50年が過ぎた。

 ノーベル賞の事務局長は僕らのヒーローを古代ギリシャの詩人、ホメロスに例えて偉大な詩人と称賛した。そうか、永六輔も最後に自作を歌って吟遊詩人になったんだ。

 12月9日は私の75歳の誕生日、その翌日の授賞式に同じ75歳のボブ・ディランは欠席らしい。星を見ながら2人のホメロスに乾杯だ。そして50年歌い続けた自分にも……。(たかいし・ともや)
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 今日12月9日は、高石ともやさんの誕生日。
 私と同じ12月、それも「9の日」とはうれしいねえ。

 本当なら「9の日平和ラン」をする日なので、それプラス「ともやさん誕生日おめでとうラン」にしたかった。しかし、今日は寮2(出町)24時間。走る時間がありません。

 メールアドレスを知らないのでFAXで「おめでとう」を送ろうかとも思ったが、家を出るのが早朝6時ずぎなのでやめときました。
 でも前に「ウルトラ用のシューズのことを、もっとブログに書いてください」とおっしゃっていたので、たぶんこのブログを見てくださっているんでしょう。だから、ここに書いておきます。
     ◇     ◇     ◇
 「高石ともやさん、75歳のお誕生日おめでとうございます。いつまでもいつまでもいい歌を歌って、私たちを楽しませてください。また、体力の続く限りこの先も走り続けてください。」
     ◇     ◇     ◇
 ボブ・ディランにノーベル文学賞が決まった時、「日本やったらきたやまおさむかなあ」と言っていましたが、高石ともやさんを忘れていました。
 でも私がともやさんに一番望んでいるのは、東京オリンピック聖火ランナーの最終走者です。その時、78歳8か月になっておられますが、それくらいのこと全然平気ですよね。
 
 あさってのホノルルマラソンは、40回連続出場。もうそれだけでも、「最終走者」の資格十分です。
     ◇     ◇     ◇
 (ウィキペディアより)
 ランナーとしても活躍し、国内外のマラソンやトライアスロンの大会にも数多く参加している。ホノルルマラソンには、第5回の1977年(36歳)の初参加以来、毎年連続出場している。
 また、日本初のトライアスロン大会(第一回全日本トライアスロン皆生大会)にて優勝を飾っているほか、トランス・アメリカフットレース(アメリカ大陸横断レース)の第二回大会に参加し日本人初の完走者となっている。
     ◇     ◇     ◇
 今日はホノルルのホテルで「2016ホノルルマラソン 陽気に走ろう! 宵々パーテー」をされるんですね。いいお誕生日になりそうです。

 めざせ、東京五輪聖火最終走者!
 いや、「股のぞきの研究」で有名になった「イグ・ノーベル賞」でもいいですよ。

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2016年11月28日(月)

「私のために生きて!」 [私の好きな人]

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 「これからは私のために生きて!」
 「えっ?」
 「死んだらあかん、生きといて、私のために。」
 「はっ、はい・・・。」

 今日も午後7時に「京都キャロット」店舗が終了。晩ごはんのおかずがないということで、ヨメさんときく連れで食材調達。御園橋西詰の「フレスコ」に行くつもりが、ボーとしていて通過。戻るのも大変なので、左折して生協へ。 
 そこで「あー」と声をかけてくる女性あり。なんとまあ、めったにお会いすることのない「かもなす・由美さん」。ほんまにほんまに奇遇です。

 「やっと『パオパオだより』見られるようになってなあ。病気、たいしたことなくてよかったやん。」
 「いえいえ、まだどうなるか分からへんのですけど・・・。」
 「死んだらあかん、生きといて、私のために。」

 かもなす・由美さんとは、特別深い関係というわけでもない。でも、今までずっとずっと私のことを応援してきてくださった。こんないいかげんな私なのに・・・。
 たぶん由美さんは私の上の姉と同い年。そして、弟さんもおられる。私の姉が、どうしょうもない弟をかわいがっているのと同じような感覚なのかも。

 今日は生協の入り口で、ふたり「沖縄話」で盛り上がりましたねえ。
 「私のために生きる」、これはかなり難しいかもしれないけれど、生きている限りは人を楽しませて生きていきたい。やりますよ、この先も。「またなにアホなことをしてんにゃな」っていうことをね。期待してくださいね、由美さん。

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【今日のきく】

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 今日は朝から、昨日の雨でぬれたテントやブルーシートを干さなければならなかった。その数、全部で8枚。「京都キャロット」店舗のフェンスに並べて行った。ぬれていると重くて、かなりしんどい作業だった。

 それが終わり家に帰ると、きくの「鼻グイグイ」。
 通訳すると、「オッサンヒマそうにしとるんやったら、お散歩に連れて行かんかい、こんなかわいい私を!」

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 大きい公園で「きくの石垣ジャンプ」写真に挑戦。
 なかなかむずかしい。空中を跳んでいるところを撮りたいのになあ。

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 きくちゃん、今日はちょっとお腹の調子がよくなかったみたい。

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 丘の上から下界を見下ろすきく。

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 ここもいつまでも建物が立たへんかったらええんやけど・・・。

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 「シェパードアングル」の写真。 
 これはええのん撮れました。

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 夜の散歩も行きましたよ〜ん。

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 きくが近づきすぎた失敗写真。

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 ネコちゃんがいないか探しています。

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 すべり台は好きやけど、ここのすべり台は高すぎて無理!
 でも、いっぺんきくを抱っこして滑ったろかしらん。

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【RUN】

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 明日はまた寮の管理代行のバイトなので、今日少しでも走っておかなくては。
 明るいうちに走りたかったが、なんやかんやで夕方6時。もちろん暗くはなっていたが、寒さはましだった。いつもの岩倉・十王堂橋往復5km。
 5分40、5分40、5分47、5分28、5分35で28分12秒。
 ゆったりペースで走ることができた。(キロ5分40秒は、フルだと4時間ペース。)

 今日は、横断歩道上でバイクのおねえさんにひかれかけた。顔がこっち向いていたので止まってくれると思い込み、そのまま進んだらドンピシャ。向こうもこっちが止まると思っていたみたい。
 「横断歩道上で止まるかい!」

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 もうひとつ。
 うちらの辺は歩道が広いのはいいのだが、車道側に傾斜している部分がやたら多い。車の出入りのためにそうしてあるようだが、車優先ではなく人優先ならこれは必要ない。今時シャコタン車に乗っている人もいないだろうし、車は段差のあるところを通らせたらどうだろうか。
 「歩道は傾斜をつけずに平坦」というのを守ってほしい。普通の車いすランナーの下山さんも、この傾斜のあるところを走るのは大変とおっしゃっていた。
 視覚障害ランナーの伴走も、伴走者が左に付いた場合は視覚障害ランナーに右の傾斜地を走ってもらうことになってしまう。これはまずい。
 それを反対にすると、視覚障害ランナーが「ボコボコ」音のする溝蓋の上を走らなければならない。そうなると、「車道を走った方がましか」ということになってしまう。

 歩道は人のためのもの。そこを横切る車は多少の衝撃や不具合はがまんしてもらいましょう。

 「傾斜をなくし、だれもが通りやすい歩道に!」

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