2009年12月17日(木)
「国会前54日連続フルマラソンアピール行動」・46日目・続き [ランニング]
中野さんといっしょに走りたいと思った理由。
?国鉄民営化が1987年。この年は、中野さんにとって人生の大きな転換点であったと思う。京都の小中学校の卒業式に「日の丸・君が代」が強制されたのが1986年。この年は私にとっての人生の転換点だった。同じような時期に大きな節目を迎えたところが共通点であるような・・・。
?中野さんのこの「54日連続フルマラソン」の報告の中に、根津公子さんが応援に来られていた記事を見つけた。お知り合いやったんやー。
根津さんは、卒業式で「君が代」斉唱を拒否して着席しただけで停職を何回も食らっている東京都立の中学校の先生。私ができなかったことを、堂々と、信念を貫いて実行されている方である。中野さんの生き方とも共通する根津さんの話も聞いてみたいと思った。
?この「54日連続フルマラソン」のことを知ってからあまりいろいろなことを調べる時間がなかったが、一つだけ心にビビビッと来た言葉を見つけた。
うちのヨメさんが言った。「もう世の中から忘れ去られようとしていることを、一生懸命に訴えてる人ってどうなんやろう。」
その答えがこれですね。(「このアピール行動をウイニングランへ・・・」から)
結びにチェ・ゲバラの言葉を掲載し決意とします。これは、はじめから無理だと諦めて、何ひとつ行動しようとしないのに偉そうなことを言っている人たちをこき下ろしたゲバラの言葉です。
「もし我々が空想家のようだと言われるならば、救いがたい理想主義者だと言われるならば、出来もしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、そのとおりだ、と。」
理想主義者を貫けず、現実主義者にも成り下がれず、ただ何もせず生きているだけの私にはこの言葉は強烈でした。
中野さんにお会いするまでは、「54日間連続フルマラソンをやってみようと思う中野さんて、いったいどんな人なんやろう」と不安な面が大きかった。
しかし、お会いして一番に感じたのは、「普通の人」。
やられていることはとてつもないことなのだが、お話している限りでは何も特別な人ではない。「組合バリバリ」といった感じもまったくない。
「紳士」であることはまちがいないが、「真摯な人」というのが一番あっているような気がする。
4人目の参加者・阿美さんが来られて記念撮影。
阿美さんも38歳。体重82kgの巨漢です。
これで30代が2人(阿美さんと池田さん)、40代が1人(中野さん)、50代が1人(私)、70代が1人(久下さん)となった。あと60代が来てくださったらまんべんなくなってよかったのに・・・。(自転車で伴走してくださった方は60代だったようです。)
5人で走るとなると、やっぱりにぎやかな感じ。特に、巨漢・阿美さんが要人警護のSPみたいで、注目の的。
スタート地点にも、いろいろな方が入れ替わり応援に来てくださっていた。
力強い走りを見せてくださっていた久下さんは、11周で終了。今度の日曜日、地元の駅伝のメンバーとして5km走られるらしい。そのため、無理をせずここでやめておかれた。
お手本にできるような無駄のないいいフォームを見せていただきました。
久下さんにも、「ゆめさき舎」特製「寅の絵馬」をもらっていただいた。
久下さんは、今もいろいろな大会に出ておられるらしい。また、どこかでお会いしましょう。
私のブログの話題。
「今ね、私のブログ、一日3000近くアクセスがあるんです。」
「すごいですね。どんな方が見られてるんでしょう。」
「ヨメさんの説によると・・・。
私のブログ、『京都キャロット』のホームページ内にあるんです。だから、うちのホームページを見られたお客様が、『なにか、お得な商品情報でも書いてあるのかなあ』と思って見てしまうんやろって。でも、それだけでは一日3000アクセスは行きませんよね。
私のブログね、いろいろなこと書いてますけど、ジャンルに分けたら『恐妻ブログ』やと思うんです。だから、全国の恐妻家が『ああ、こんなこと、あるある』と思いながら見てくれてはんのかなあという気がします。」
走っている途中で、私たちのスタート地点のちょっと手前で座り込みをしている女性を見つけた。
沖縄普天間基地の辺野古移設反対を訴える座り込みだった。
一人座り込みを続けられていたのは、「人権を考える会・パイザ」の服部さんという方だった。
細かいことはよく分からないが、座り込み2068日続けられることがすごい。約6年ですもんね。
この「54日連続フルマラソン」のスタートゴール地点は、実は国会議事堂の裏側。
空に気球がプカプカ。「城西大学」の宣伝のようでした。
「これだけ毎日走り続けていると、顔見知りの議員さんや秘書さんもできて、声をかけてくださる方もふえてきました」と中野さん。
「微力ではあるで無力ではない」、そのとおりですね。
そんな私たちに対して、国会議事堂から出てくる車は容赦なし。一旦停止もせず、急発進。
警備に当たっている警官も、「車優先、歩行者はひいてもよろしい」という感じ。人通りが少ないとは言え、それはないでしょう。
約5km7本目までは、だいたい35分ほど走って5分ほど休けいというパターンだった。
そして、いよいよ最後の8本目。
ここで、また中野さんと私の2人になってしまった。
こんな時まで、35kmの壁。急に足が重くなってきた。
2か所ある信号も最後のほうになって、なぜか青ばかり。全然休めません。
残り2周で、頭がボーとなってきた。
「藤井さん、足と手を何とか動かしていたらゴールにたどりつけますよ」と中野さん。
あかん!(はげまされてる!)
私がここに来たのは、中野さんから元気をもらうためではない。中野さんに元気をあげなくては・・・。
私はしんどい時でも笑うことができる。(苦笑いかも?)
何とか笑顔を作って前に進んだ。45日も走り続けている中野さんに弱音は見せられない。
中野さんは何も言わず、何度も何度も私のほうを振り返り、私のヨレヨレのペースに合わそうとしてくださっていた。面目ない!
ゴールテープを持って下さっている方を写真に撮ろうと思ったが、もうヨレヨレでブレブレ。
中野さんと手をつなぎバンザイのゴール。
これは私の生涯で初めてのこと。今まで走ったどのレースよりも大きな感動をもらいました。
元気づけるために来たはずなのに・・・。
でもちょっとだけでも喜んでもらえたかな。
スタートからゴールまで、およそ5時間30分。
私は、後は帰ってフロに入って寝るだけ。
中野さんは、明日も朝9時にここに来て、またフルマラソン。いやいや、明日だけでなくあと8日間・・・。
本当に頭がさがります。
「がんばって」とは言いません。あなたが今までしてこられたように、一歩一歩着実に「しっかりと」前に進んで行ってください。
地下鉄・国会議事堂前でお別れするときに言った言葉。
「こんな企画がまたあってはいけないと思います。不当解雇された国労の方たちの問題が一日も早く解決することを願います。
でも、万一、また走る企画をされたら知らせてくださいね。」(私は「テヘッ!」といつもの笑顔。)
東京駅の新幹線改札口付近で遅い昼食。
的士飯セット(1250円)と生ビール大(800円)。的士飯(タクシーハン)とは、忙しい香港のタクシー運転手が焼き飯に煮物をかけて食べたことからこの名がついたそうだ。
疲れていてラーメン系しか食べられないかなと思ったが、意外とぺロリと全部食べられた。おいしかった。
3時40分東京駅発の「のぞみ」に乗車。
6時、京都駅着。
地下鉄で「国際会館前」へ。
そこからバスで我が家へ。家に着いたのは、6時48分。早いもんや。
家に着くと、真樹からちょっと遅れた誕プレ。赤ピンク系のおしゃれなフリースジャンバーだった。これがまたあったかくて・・・。
これで、体中の痛みと疲れが吹っ飛びました。
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2009年12月16日(水)
「国会前54日連続フルマラソンアピール行動」・46日目 [ランニング]
「昨日ね、私のブログに『今日本で一番すごい人』って、中野さんのことを紹介しときました。」
「あー、それはそれは。でも、『日本で一番変な人』のほうがあたってるかもしれませんよ。そんな私といっしょに走るために京都から夜行バスで来た藤井さんは、もっと変な人かも・・・。」
「うまい!」
うれしいじゃないですか。私は自分への評価で、「変な人」とか「変わってる」と言われるのが一番気に入っています。
やっぱり、変な人?
9年ぶりの夜行バス。
京都駅前11時50分発だったので、地下鉄「国際会館前」まではヨメさんときくに送ってもらった。
東京に行くことは、ぎりぎりまで黙っていた。また、ヨメさんに怒られそうだったので・・・。
でも、何をしに行くかをきちんと説明したら、最後は気持ちよく送り出してくれた。
最初の休けい場所、土山SA。
バスから降りるとすごい冷え込み。
バスの座席は一番前だったので寝やすいだろうと思っていたが、タイヤの真上のようで振動がモロに感じられた。
寝られたんか寝られてへんのか。知らん間に時間がたっていたので、少しは寝られたんでしょう。
夜中に、「静岡付近、工事による渋滞のため、国道に迂回します」のアナウンス。「東京到着は、予定より40分遅れる予定です。」
あらま、「喫茶店でモーニングサービスのトーストとコーヒーをゆっくりと」と思っていたのに・・・。
東京霞が関に着いたのは、8時5分前。
バスの運転手さんにお聞きすると、国会議事堂は見えているとのこと。教えてもらった方向に歩き出した。
坂を上っていくとはっきりと見えました、国会議事堂。
しかし、喫茶店どころかコンビニも一軒もなし。こんなところだとは思ってもみなかった。
国会議事堂のお向かいに、イスを並べたり幕を張っておられる人発見。
「京都の藤井です。昨日の夜、中野さんにお電話させていただきました。」
その方は、この「アピール行動」を支えるスタッフの方だった。
そのスタッフさんに一番近いコンビニを聞くと、「少し先の自民党本部の横」とのこと。急いで食料の買い出しに行った。
国会開会中ではないせいか、人影まばら。官庁街にお店はないと聞いてはいたが、ここまでひどいとは・・・。
中野さんとは、まったくの初対面。
しかし、前の晩にお電話させてもらってピーンと来た。「この人とは、きっといろんなことが話せるはず。」
心配だったのは、中野さんがこの時点で45日連続フルマラソンを走っておられること。ゲッソリとしておられたらどうしよう。
しかし、それは案ずることはなかった。私がごあいさつすると、元気な笑顔が返ってきた。
「わざわざ仕事を休んで来てくださったんですか。」
「いえ、うち『京都キャロット』というランニング用品店をヨメさんがやってまして、水曜が定休日なんです。私はそこの雑用係ということで・・・、はっきり言って、ヨメさんに食わしてもらっている身です。」
まっ、いきなりからこんな話です。
忘れる前にと思い、店からこそっと持って来たゼリーやドリンク類、それと「ゆめさき舎」特製「寅の絵馬」を渡した。
「私、寅年なんです」と中野さん。ちょうどよかった。喜んでもらえて。(うちのヨメさんと同じえとですね。)
国会の周囲約1.33kmを32周する(約42.56km)。ただし、4周(約5.32km)ごとに休けいを入れる。
「5kmを8本走ると思ってください」と、中野さん。
9時スタートの予定だったが、7分ほど前にスタート。そのせいか、最初は中野さんと私の2人だけだった。
空は曇り空。気温は5度くらいだろうか。
中野さんは、最初は暖かめのスタイルでスタートされた。私は暑がりなので、半そで。下はさすがにロングタイツにしておいた。珍しく手ぶくろをはめてスタートしたが、それもすぐ暑くなり2周目ではずした。
1周走って戻ってくると、もうおひとり待機されていた。
久下さん、国労OBの方らしい。新幹線の関係の職場におられたようだ。
年齢をお聞きしてびっくり。70歳だそうだ。すごく若々しい走りだった。
何周目が忘れてしまったが、もうおひとり。
池田さん、38歳。なんと、サブスリーランナー。
私たちのペースが遅すぎるのか、「寒い、寒い」を連発しておられた。私は暑くて仕方なかったのに・・・。
前日は、最初から最後まで中野さんおひとりで走られたようだ。やっぱり、こういったアピール行動は人数が多いほうがいい。
途中で4人の記念撮影。
私とほかの3人が向いている方向がちがいますよね。これは2台のカメラで同時に撮っているから。私だけ、私がお願いした自分のカメラのほうを向いています。
ここは、第1コーナーを曲がった下り坂、「ぐみ坂」。
北向きなのか、前から冷たい風。しかし、下り坂なので足はスッスッと出る。
国会議事堂の周りは警備の方がいっぱい。
日の丸といっしょに、緑の見たこともないような旗があちこちに飾られていた。どこかの国のえらい方が来られているのだろうか。
第1コーナーから第2コーナーにかけてはゆるやかな下り。そこから第3コーナーにかけてゆるやかな上り。そして、第4コーナーまではややきつい上り。
初めはこの坂も気にならなかったのだが、後半はボディブローのようにきいてきた。
(注)後半に続く。
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2009年12月15日(火)
今日本で一番すごい人 [平和]
国労北見闘争団・中野勇人さん。
今、「国会前54日間連続フルマラソンアピール行動」実行中。
これは、1987年、国鉄民営化の時に不当に解雇された「国労」の仲間の「解雇撤回・JR復帰」をアピールする行動である。
11月1日から12月24までの54日間連続のフルマラソン。なぜ54日間かというと、ギネスの記録が51日間だったことからこの行動を考え付かれたのと、闘い半ばで亡くなられた方が54名だったから。(記録が目的ではないのでギネス登録はしていない。また、このアピール行動中にも4名の仲間がお亡くなりになり58名にまで増えている。)
この「アピール行動」も、残すところあとわずか。
どうしてもいっしょに走りたいので、今日の夜行バスで東京に行きます。
夜行バスは、今まで一度だけ乗ったことがある(正確には、東京往復なので2回)。
私と廉とで東京に行った。今日廉に聞くと、「たぶん、小3のとき」と言っていたので、9年前。
主な目的は、年に一度の「レゴ」のセール。ついでに東京ディズニーランドにも行ってきた。バスは「東京ディズニーランド行き」だったので、そこから「レゴ」の会場へ。お昼過ぎに「東京ディズニーランド」にとんぼがえり。夜のパレードを見て、また夜行バスで京都へ。めっちゃしんどかった。
一番の思い出は、帰りのバスの中で家とまちがって「プー」をしてしまったこと。ねぼけてました。
今日はそんなことにならないように・・・。
明日はさすがに疲れていると思うので、帰りは新幹線にしました。
最近だんだん「ただ走る」のがつらくなってきた。なにか「走る理由」がないと・・・。゜
明日は、45日間ずっと走っておられる中野さんをちょっとでも応援したい。
「こちらが元気をもらいました」とは絶対に言いません。
「ちょっとでも、中野さんを元気にするぞー!」
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2009年12月14日(月)
54歳! [家族]
今日は、私の54歳の誕生日。立派なジジィです。
朝起きたら、廉が「誕生日おめでとう」。
おおめずらしと思ったら、眞寿美さんのさしがねでした。でも、なんでヨメさんおぼえてたんかなあ。「心、入れ替えたん?」
今日は用事があって、久しぶりにいなかの家にも帰った。
玄関横にはった「門さん悦ちゃんポスター」がはがれてへんか心配やったけど、1か月以上たつのにしっかりへばりついていた。よかった。
ヨメさんが、ちっちゃいアイスのケーキを買ってきてくれた。
こないだの父の米寿のお祝いの「88」ろうそくがとってあったので、流用。
「ハッピバースディでも歌わんかい。」と言ったが、無視。
「これでええんか、フー。」一瞬の間にセレモニーは終わり。
夕方気がついたのだが、今朝の6時18分に、ナリケン(真樹の元同級生)から、「誕生日おめでとうございます」のメールが来ていた。捨てる神あれば拾う神ありですね。
「ナリケン、ありがとね。」
きくちゃんも、ちょっとだけアイスをペロペロ。
「きくちゃん、これからもよろしくお願いします。」
今日は、兵庫のまっちゃんから大量の「寅の絵馬」が届いた。それはヨメさんが注文していたものである。
これをあちこちに配って、まっちゃんの作業所を応援してくださる人が増えたらいいな。(2000円を出して、「ゆめさき舎」後援会に入りましょう!)
ちなみに、12月14日生まれの有名人は・・・。
ノストラダムス(1503年)
勝間和代(1968年)
中野美奈子(1979年)
しょぼいなあ。
1955年4月から1956年3月生まれは・・・。
かの有名な(?)「新御三家」。
西城秀樹(4月)、郷みろみ(10月)、野口五郎(2月)。
スポーツ部門は、すごい。
プロ野球の掛布(5月)と江川(5月)。
大相撲の千代の富士(6月)。
プロボクシングの具志堅用高(6月)。
競輪の中野浩一(11月)。
「新御三家」以外の歌手も、すごい。
アグネス・チャン(8月)。
松山千春(12月)。
桑田佳祐(2月)。
お笑い界では・・・。
さんま(7月)、小堺(1月)、紳助(3月)。
ついでに、田中裕子(4月)、浅田美代子(2月)。
こんな人も同い年です。「ビル・ゲイツ!(10月)」。
1955年12月14日。このまったく同じ日に生まれたのは、世良公則。と言っても、若い人には分かりませんよね。
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2009年12月13日(日)
2009全日本びわ湖クロスカントリー [ランニング・出張販売]
朝、出店の準備がやっとできたころ、「パオパオさんですよね。」
「はい、えーっと・・・」
「kazu-rinです。」
「あっ、ああー・・・」
kazu-rinさんとは初対面。
私との接点は、ともに、ブログ「これもトレーニング」のファンであること。
「M見ちゃんとは、ブログで知り会わはったんですか。」
「いえ、大阪女子でいっしょになったりして・・・」
「えー、そんなん出てはるんですかー。」
この前、M見ちゃんのブログ「これもトレーニング」に、kazu-rinさんのブログ「kazu-rinだいありぃ♪」がリンクしてあることに気づいた。
M見ちゃんのお知り合いなので、てっきり滋賀の方だと思っていた。しかし、実際は京都のど真ん中にお住まいで、ブログも京都弁です。
今日はご本人は走られず、小6の息子さんの応援に来られたとのこと。
トップの写真は、私の8000mレースのゴール手前でのkazu-rinさんからの応援。(ありがとうございます。)
今日はカメラを持たずに走ろうかと思っていたのだが、持っててよかった。
私が写真を撮らせてもらった後、「写真、撮りましょか?」と言ってくださったのにはまいった。ゴール手前でそんなんしてたら、ヒンシュクもんでしょうね。この大会は、競技性の高い大会ですもんね。私がヒンシュクをかうのはなれているのでどうってことないけど、ひと様まで巻き込んだらあきません。
例年この大会での出店は、うちだけ。しかし、今年は、サングラス屋さんと食べ物系・おみやげ系のお店も出店されていた。にぎやかになっていいと思う。
今日はちょっと冷え込んだが、それでも例年に比べるとまし。なんちゅうたって、雪が30cmほど積もって中止になった年もあったんやから。
一番最初のスタートは、私の出場する「男子2部A・8000m」。以前はゆっくりランナーも大勢出ておられたが、今は競技者がほとんど。私ら、場ちがいな感じがして・・・。
今日の目標は・・・。
まずは、後ろから10番以内に入らないこと。
次は、去年なみの36分台をめざす。
最初の折り返しで、1枚パチリ!(左手の指が映ってしまった。)
このあともいっぱい写真を撮りながら走ろうと思ったが、余裕なし。
1周目(4000m)、18分30秒。まあまあ。
ところが2周目は、19分30秒。ゴールはあわせて、38分ちょうど。去年より1分半も遅くなってしまった。
でも、出場97名中82位やったから、いいんじやないでしょうか。まだ後ろに15人もいるし・・・。
でも、タイムとかはどうでもよい。ふだん走れないようなところが走れるだけで満足。
今日は、kazu-rinさんにも応援の声をかけてもらったし。
その少しあと、たまたまゴール付近を通ると高校女子の1位がインタビューを受けていた。すごく感じのいいかわいい選手だった(立命館宇治所属)。
応援しようっと。
kazu-rinさんに応援してもらったお返しと言うわけでもないが、息子さんの応援に。
12時35分スタート、4部(小学生)男子1000m。
スタートからいきなり、すごいスピード。
来ましたー。ナンバーカード19。
トップ争いに見えますが、残念ながらこの前にもう一人。
けっきょく、長野からの刺客に4秒差で敗れ2位。でもタイムは、3分18秒。立派です。
まっ、イケメン度では1位ということで・・・。
いつまでも走るのが大好きな子でいてね。
おっちゃんも応援するから。
もう一つ、書いておかなくてはいけないこと。
私の大好きな君ちゃん(太田君子さん)が、わざわざおせんべいとアップルケーキを持ってきてくださった。その上、大量にうちの商品を買って行ってくださった。
ほんま、すんませーん。
アップルケーキもおせんべいも、めっちゃうまかったです。本当にありがとうございました。(ケーキの写真を撮るのを忘れていて、食べ終わるころ気づきました。)
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2009年12月12日(土)
北区教育懇談会 「高校入試どうなってるの?」 [学校]
千本北大路のライトハウスで、新日本婦人の会北支部主催の教育懇談会が行われた。京都市教職員組合の先生に協力してもらって、どんどんややこしくなっている京都の高校入試について話し合う会だった。
この懇談会が行われることは、日本共産党市会議員・玉本なるみさんの議会報告「こんにちは 玉本なるみです」の「アンテナ」というコーナーに告知されていた。
以下の通り
「高校入試どうなってるの?」
最近、高校入試の制度がどんどんややこしくなってきています。そもそも、1つの高校に1類、2類、3類と進学や特進コースなど、学力的に分けて入試をします。しかも、2類は進学コースでどこの学校でも受験できるが、1類は、総合選抜で、バス停方式と言われる近くの高校を受験します。ただ、1類の中には、20%枠という推薦枠があり、これは希望の高校を受験できたり、今年から特色選抜と言って1類の10%は学校独自の裁量で実施される枠もできています。しかし、合否の判定が不明瞭で、よくわかりません。行きたい学校を受験したいという思いもわかりますが、制度が複雑になっています。
そこで、京都市教職員組合の先生と、私も加入している新日本婦人の会北支部で、高校入試をテーマにした教育懇談会を計画しています。
●12月12日(土)1時半〜、ライトハウス(千本北大路下がる西側)です。興味のある方、ぜひご参加ください。
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これは絶対に行かなあかん。
会場に着き、まず参加者名簿に記入。名前と連絡先はすぐに書けたが、「所属」の欄は悩んだ。ヨメさんに食わしてもらっている私には、何にも書くことがない。
「ランナーズ9の会」とでも書こうかなと思ったが、なんのこっちゃ分からんわな。「中3の娘がいる父」と書けばよかったかな。(そんなん、「所属」って言えるんかな。)
大きく変わった京都の高校入試制度を、北区の中3担任の先生がくわしく説明してくださった。そのあと質問タイム。
待ってました!すかさず手を上げた。
「個人的な話で申し訳ないんですが・・・。」
うちの子はいろいろ事情があって、すぐ近くの高校には行きたくない。いろいろ見学してみて、自分に合いそうな高校を見つけてきた。
その高校がいいと思った理由は、
?7時間授業がない。(ほかの学校は、どこも7時間の曜日がある。)
?研修旅行が外国ではなく沖縄。(ほかの学校は、どこも外国。)
?部活がギラギラしていない。(ほかの学校の部活は、どこもしんどそう。)
「私らから見ても、その高校は学校案内の内容がすごくいい感じがする。いい先生が集まっておられるのかなあと思います。」
ここで、注釈が必要だった。一般に、高校のいい先生とは、大学受験対策にたけた先生を言うことが多い。
でも、うちで言ういい先生とは、楽しい学校生活をおくらせてくれる先生のこと。学校の中に、自分の居場所を見つける手助けをしてくださる先生のことです。
ここの学校に何とか入れないかという話をしていた時、「特色選抜」の問題点が浮き上がってきた。「特色選抜」は、各学校の定員の10%。20名から30名程度である。それに対して、応募は4、5倍。ほとんどの子が落ちると思っていい。
「『ほとんどの子が落ちる』と何度説明していても、落ちた子のショックは大きい。ふだんたいていのことにケロッとしているような子でも、大泣きしていることもある。
生まれて初めての試験に落ちるということの重大さを、教育委員会も分かっていない。今、この制度をなくすように運動しているところです。」
ほんまや。この話、聞いといてよかった。真樹は、「特色選抜」絶対ダメ!
何かほかの方法を考えよう。
2時間の話し合いが終わり、玉本なるみさんとちょっとしゃべった。
話の中身は、うちの子のことと玉本さんの中2の男の子のこと。(個人情報バリバリの内容なので、ここには書けません。)
ひとつ、おもしろかったこと。
玉本さんが、上の女の子と下の男の子を比べるような言い方をされていたので、「兄弟は、絶対に比べたらあきませんよ」と私が言った。でも、それをほとんど無視されたかのように話し続けておられた。おもしろいね。あんなしっかりされている方でも、わが子のことになると必死・・・。でも逆に、ほっとした面もある。
生きづらいこの世の中にわが子を送り出さんなん親は、みんなたいへんですにゃー。
この教育懇談会は、定期的に行われているそうだ。こんないい企画なんやから、もっと宣伝せなあかんね。おいそがしい先生方に来ていただいているんやから、10名程度の参加者ではもったいない。
次にあるときは、私のブログでも宣伝さしてもらいますね。
◎今日のおまけ・その1
玉本さんと話していたら、「今日の午前中は、惠藤さんとずっといっしょやったんですよ」とのこと。惠藤さんとは、私の姉・みき江のこと。いっしょに何してたんかなあ。
おまけ・その2
京都市会議員・せのお直樹さん。(うちの店のお客様でもあります。)
12月6日の「NAHAマラソン」に挑戦しておられた。ブログにその結果が書いてなかったので玉本さんに聞いてみると、「30kmあたりの関門は突破できたのだが、そこまでをがんばりすぎてそこでダウン」とのこと。
それで十分ですって。マラソン大会に出られる議員さんというだけで、私らは敬意を払います。
これに懲りず、またフルマラソンに挑戦してくださいね。
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