2008年05月03日(土)
第27回マラソンに挑戦する会 [ランニング・出張販売]
毎年5月3日、金沢の犀川河川敷を使ってこの大会が開催されている。うちの出店も、子どもが生まれる前からなので20年近くになるだろう。
主催は、「金沢中央走ろう会」。
このクラブも歴史が長く、メンバーにベテランさんが多い。大会運営も手慣れたもので、走らせてもらうほうの安心感、満足感も高い。
大豆田大橋東詰め南側を拠点に、上流1km、下流4kmを往復するコースである。
スタート地点の500m下流に第1エイド、3km下流に第2エイドがある。そこには、「金沢中央走ろう会」のきれいどころが配置されており、そこでひと言ふた言しゃべるのがいい気分転換になる。
河川敷がコースなので、本部前以外では応援はまったくない。その代わり車の心配は不要で、同じ所を何回も往復するためいろいろなランナーに出会える。景色の変化はとぼしいが、ランナーを観察していると案外あきない。
「うーん、似ている。」
そう、4日前走ったばかりの「京都鴨川ゆっくりラン」。
そういえば、「ゆっくりラン」の実行委員長・太田さん、以前何回かこの大会に出ておられた。きっと、この大会のいい所を吸収されたのであろう。
無理せず、自分のペースを守り、楽しく走り続ける。この二つの大会には、忘れてしまいがちなランニングの原点が守られている。
さて、私のレースは・・・。
朝5時起き。コンビニに行く時間がもったいないので、前日買っておいた「クリームデニッシュ」と「コーラ」。おにぎりを食べずに、フルマラソンを走りきれるか。
今回のフルの目標は、3時間50分切りである。達成したら、15年ぶりくらい? (て調子に乗ってたら、とんでもない結果が・・・。)
いつものように、荷物置き場テントの横で出店の準備。広い場所を使わせてもらえるので、店は広げ放題。
この仕事を始めたころは、どの大会もこうだった。以後徐々にマネをする業者が増え、この大会のようにうち1店だけで販売できる大会は数えるほどに減ってしまった。今では、もともとから入っていたうちが撤退している大会もある。ああ、様変わり。
店の準備がすべてできたのが7時半。スタートまで後30分。急いで着替えて、さあトイレ、と思ったらすごい行列。これはあきらめて、2km走った後でもええかと思っていたら、スタート3分前に空いた。よかった。
朝早い割には、余裕を持ってスタートラインに立てたほうかな。
確かこの大会、前は7時スタートやったよな。朝の1時間は大きい。
朝から、カンカン照り。
しかし、風が少しあり、「ムッ」とした感じがない。
「ペースさえしっかり守れば、目標達成できるかもね。」スタートして500mくらいでこんなお気楽なこと考えてる私は・・・。
これから、先が長い。私がフルを走っている間、ヨメさんは、店に付きっ切り。「戻ったら、またなんかおこられんにゃろなあ。」と心配もちょっとしながら、走っている人を観察。
第1折り返しからこちらに向かってくるランナーを見てびっくり。
先頭は、30kmに挑戦の香川の松本さん。その後ろに、フル挑戦の大阪の蔵本さん。この二人のスピードは、すごい。記録を狙った走りであることが感じられる。
私が走っている近くには、たくさんの子どもがいた。名簿で見ると、最年少は4歳。みんな家族といっしょに走っている。いい顔してるなあ。
本部前(2km)を通り過ぎると、草むらに夢の雑種3頭立て。飼い主のおっちゃんの話。
「こっちのちょっと大きいのんが、子ども4つ産んで、2つはもらってもらって2つ残って、今3びき。」
1ぴきはちょっと知らんぷりだったが、2ひきが私の痛めている右ヒザをペロペロなめてくれた。
これは今日も、スタートから縁起がいい。写真を撮ったつもりが、喜びすぎてちゃんと撮れていなかった。
残念!
私のペースは・・・、最初の5kmは、26分36秒。
10km、53分12秒(スプリットタイム26分36秒)。
15km、1時間19分00秒(25分48秒)。
20km、1時間44分58秒(25分57秒)。
25km、2時間11分04秒(26分05秒)。
30km、2時間39分02秒(27分58秒)。
35km、3時間06分58秒(27分56秒)。
40km、3時間35分40秒(28分41秒)。
ゴールは・・・、やったね、3時間48分05秒。
みごと、目標達成。
途中、オレンジを一切れずつ3回取っただけ。パン一個でフルマラソン完走できた。
いったい何がよかったんやろ。
実は、去年のこの大会で10年ぶりくらいのサブ4を達成している。(3時間55分20秒) そして、今年はそのタイムを7分更新。
一番よかったのは、ローテーションかな。4月29日に鴨川ゆっくりラン20km、5月3日にフル。これは、競馬の水曜追い切り、日曜レースのローテーションに似ている。みなさんも一回試されては?
また、何人かの方に声をかけていただいたのも力になった。なかでも一番うれしかったのは、「いつも、ブログ楽しく見せてもらってます。」と声をかけてくださった、30kmの女性スピードランナー。ゴール後、石川の折戸小百合さんだとわかった。(早すぎて写真が撮れなかった。)
そして、もう一人。フルの女性で、前半追いつきそうで追いつけない気になる人がいた。かっこいい人だったので写真を撮らせてもらい、「ブログに載せてもいいですか」と声もかけておいた。
結局、私の35km地点(むこうの37km地点)で最後にすれちがったので、ゴールは15分くらいの差か。
ゴール後、びっくり。「高村まゆみさん!」
うちの通販のお客さんです。あんな美人な方だとは知りませんでした。(来年は、負けへんでー。)
40km過ぎた時、うちのテントにいたヨメさんに、「写真撮ってやー、12分後くらいに来るしー」と声をかけた。
ヨメさんは、めっちゃいやがっていたけど、ちゃんと撮ってくれた。前の日に、おいしい甘えび食べたからね。
今日は、ゴールした後もほとんど小言を言われへんかった。
ダメージも少なく、主催者さんからいただいたお弁当もぺろりと食べられた。店の後片付けだけは、しっかりできたと思う。
ミズノ・ウェーブLSDも、これくらいの時間でフルを走るランナーにはぴったりだ。
1kmごとの表示がしっかりしてあったので、自分のペースがつかみやすく、走りやすかった。心配していた天気も、思ったほど気温が上昇せず、倒れる人もなかったようだ。(以前、気温が30℃を越えたことがあり、その翌年より50kmがなくなった。)
「無理せず、自分のペースを守り、楽しく走り続ける」
私も、この原点を忘れず、また来年のこの大会に挑戦したい。
来年は、○○年ぶりの3時間30分台?
◎翌日の新聞を見て、びっくり。
5月3日の最高気温、京都30.7℃、金沢22.0℃。
だから、いいタイムで走れたんや。京都やったら、完走もあぶなかったな。日ごろの行いがよかったんでしょうか。
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2008年04月30日(水)
石井慧選手 [石井慧選手関連]
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石井、大逆転切符…柔道全日本選手権
◆柔道全日本選手権(29日、日本武道館) 体重無差別の日本一を狙う決勝は、3年連続で同じ顔合わせになり石井慧(21)=国士大=が、アテネ五輪100キロ超級金メダリストで北京五輪100キロ級代表の鈴木桂治(27)=平成管財=に優勢勝ちし、2年ぶり2度目の優勝を飾った。直前の故障で五輪代表争いから“脱落”しかけたが、瀬戸際で踏みとどまり、大逆転で日本の重量級最年少代表となった。一歩リードしていた昨年の世界選手権無差別級王者・棟田康幸(27)=警視庁=は準決勝で石井に敗れ、落選した。
若い石井が、勝負に徹して五輪キップをもぎ取った。決勝戦、序盤にポイントを大きくリードすると、あとの約4分半は、指導をもらおうが、警告を受けようが、とにかく守りに守って、逃げ切った。終了のブザーが鳴ると、顔をクシャクシャにして、涙を流した。
「ホッとした気持ちと悔しい気持ちと2つある。握力も続かないし、足が動かなかった。練習が足らなかった」不本意な勝ち方だが、なりふりかまっていられなかった。3月25日の練習中に左大殿筋を断裂し、代表選考会の5、6日の全日本選抜体重別を欠場。代表争い脱落寸前のがけっぷちから逆転するには、勝つしかなかった。
ライバルを研究した。全日本男子の斉藤仁監督が「勝つにはあの戦い方しかない」と評した準決勝。小さな棟田から間合いを取り、懐にもぐり込ませず、焦りを誘った。決勝戦の大内刈りは、大外刈りと見せかけ同じように技に入る鈴木桂治用の秘策。そこからの崩れ上四方固めでは、講道館ルールの今回は惜しくも2秒足りなかったが、国際ルールなら一本に相当する28秒間も抑え込んだ。「心が半分折れてたけど、最後まであきらめないでよかった」最激戦区の階級で、勝利への執念でライバル全員を上回った。
昨秋に100キロ超級に転向して以来、国内外で負けなし。選考委員会でも、この“全勝”が大きく評価された。量は人の2倍といわれる練習の虫だが、国士大の山内直人監督は「最近は休むこともおぼえた」という。ガムシャラなだけではなく、勝つためにするべきことを身につけてきた石井。「もう一回りも二回りも強くなって、金を取って来たい」細い目を決意でさらに細めて、きっぱりと宣言した。
◆石井 慧(いしい・さとし)1986年12月19日、大阪・茨木市生まれ。21歳。国士大。06年の全日本選手権で19歳4か月の史上最年少優勝。07年夏に100キロ超級へ転向、嘉納杯東京国際、オーストリア国際などを制した。181センチ、110キロ。
◆最高の親孝行 ○…会場で観戦した石井の父・義彦さん(49)が「これ以上の親孝行はありません」と喜んだ。義彦さんは大阪・島本高教諭で、大阪高体連の柔道普及強化部にも所属。京都・鳥羽高教諭の母・美智子さん(48)はハンドボールを教え、東女体大2年の妹・愛さん(19)は水球部というバリバリの体育会一家。日の丸を背負う息子を家族一丸で応援する。
◎石井慧さん、北京オリンピック出場おめでとうございます。
私は、あなたのお母さんと同郷(京都市左京区花背別所町)の藤井廣司というものです。お母さんの兄(あなたのおじさん、藤井修平君)と小中で同級生でした。
あなたのお母さんに聞いたところ、あなたの小さい頃、よく別所に遊びに来ていたとか。私たちのふるさと別所に少しでも関係のある人がオリンピックに出場なんて、こんなうれしいことはありません。
直接応援はできないかもしれないけれど、遠くからあなたのことを応援します。
北京では、まわりの雑音に惑わされず、自分の持ち味を十分に発揮してきてください。そしてなによりも、オリンピックを楽しんで来てください。
うれし涙が見られることを願っています。
☆石井慧選手のお母さん・石井美智子さん(旧姓・藤井)に、昨年2月、母校である別所小・花一中PTAだよりの原稿をお願いしました。その中で、息子さん・慧君について書かれている所を紹介します。
別所の皆さんご無沙汰しています。私は平治の益蔵の娘の美智子です。今回の別所小・花背第一中の統廃合の話を聞き、ただ残念に思うとともにさまざまな思い出を創ってくれたあの校舎やグランド、小中学校の先生方に感謝したいと思います。
(略)
父亡き後、女手一つで私達三人を育てるために自分を犠牲にし働き続けた母が昨年3月に亡くなった時には、一番大切な宝物がなくなった様な気持ちになり無気力状態になってしまいました。人間として女性として母として尊敬できる人がこの世にいないのは淋しい限りです。
今回の母の死から立ち直るきっかけを創ってくれたのは、息子の頑張る姿でした。息子も20才(大学2年生)なりましたが、小さい頃は休みになると花背のひーばあちゃんの所に行くのが楽しみで、一人で出町柳から京都バスに乗って行く程大好きな場所でした。田んぼ、畑、お宮さん、花背の山、花背の川で息子がいきいきと遊んでいる姿が今も思い出されます。そのたびに上ノ町の皆さんにはご迷惑をかけましたが暖かく見守っていただいたと感謝しています。
柔道の試合が間近だったため、母の告別式にも参列できず、私や姉にあやまっていましたが、母の死から一ヵ月後の全日本柔道選手権で優勝してくれた時には、今まで落ち込んでいた気持ちをふるい立たせ頑張れと言っている様に感じました。
死のまぎわまで孫である私の息子の事を気にかけ、「親として精一杯のことをしたらなあかん」と言ってくれた事・・・母が生きていれば一番によろこんでくれたことと思います。
(略)
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2008年04月29日(火)
第11回京都鴨川ゆっくりラン [ランニング]
スタートし、最初の折り返し(約1.5km)が8分オーバー。いつもより1分ほど遅い。かなり暑いし、今日は、20km1時間40分以上かかるのかなあ。ちょっといやーな感じ。
しかし、折り返してしばらくすると、紺のおそろいを着たグループを発見。すごく元気な女子高生? どうも、クラブの練習の一環として参加しているようだ。
すれちがいざま、「どこの軍団ですか?」と声をかけた。
ほとんど無表情な子の中で、ひとりだけ反応してくれた。「同志社です。」
一瞬すれちがっただけだが、私には、その返事をしてくれた子が一番かわいく見えた。
こんなちょっとしたことで、気分転換に成功。
この後は、徐々にスピードアップ。
ゴールで時計を見ると、とっくにあきらめていた1時間35分台どころか、1時間34分58秒。どうなってんにゃろ。
今日は、私の好きな雑種犬には全然会えへんかったけど、女子高生パワーをおすそわけしてもらってがんばれたのかな。
さて、話は元に戻ります。
9時40分、北大路橋東詰南側のスタート地点に着くと、ものすごいにぎわい。これはすごい参加者数。晴れてよかった。雨だと、この人数分の荷物を置く場所を確保するだけでもたいへんだ。
あちらにもこちらにもよく知った顔。
角南さんは、受付のお手伝い。外峯さんに、松田さんと、京都ランナーズの女性主力メンバーが勢ぞろい。
粟津さん、見っけ。
「粟津さん、ブログに書いときましたし。『一回見てみたい粟津さんのブチ切れ』って。」
「そうですか。そしたら、近々ブチ切れさしてもらいます。」って、そんな優しい声で宣言してもらってもなあ。
意外とユーモアのわかる人で、よかった。粟津さんも、私と同じ20km。
角南さんも、20km。気軽に走るには、この距離が一番適当なのかな。
スタート直後は、ちっちゃい子がちょろちょろして、ちょっと走りづらかった。
それに、暑さ。太陽ガンガン照り。風が少しあったのが救いだった。
ちょうど対角の北大路橋西詰北側では、「花咲かマラソン」もスタート。あちらもかなりの参加者数。こちら側にも渡ってくるので、河川敷は混みごみになるかも。
「花咲か」のほうも、ちっちゃな子の参加が多かった。いいことやね。
この大会の特徴は、往復コース。
何回も何回も、同じ人と顔をあわせる。そして、多くの人がすれちがいざま声をかけあう。
私も、たくさんの人に声をかけてもらった。けっこう意味のあることを言ってくださっているのだが、一瞬なのでうまく聞き取れない。すいません。
私の返事は、全部「スッ!」
これは、「ありがとうございまスッ!」の略です。どうか、ご理解を。
走り終わった後、もう少し写真を撮ろうとコースを北上した。
そこで太田さんに会い、話をすることができた。
「今日、全部で260人になったわ。ものすご増えたんやけど、何が理由やろ。藤井さん、どう思う?」
「そら、やっぱり気軽に出られるしとちゃいますか。当日受付してもらえるし、500円やし、車の心配なしで走れるし。」
「そやなあ。だいだい出てくれてはる人の半分は、初心者の人やわ。そうゆう人に喜んでもらえたら、ええな。」
「だいぶ口コミで広まったんやと思いますよ。こんな気軽に出られる大会あるわー、ゆう感じで。」
「そら、ありがたいことや。わしの兄貴、ウルトラやっとんにゃけど、『ここ走りにこんか』ゆうたら、短すぎてかなんやて。70歳過ぎてんのに、100とか200ばっかり出とる。」
「そらまた、すごいお兄さんですね。」
「わしもな、高血圧でドクターストップかかっとんにゃけど、どうしても走りとうてなあ。その兄貴が、『どっちみち死ぬんやったら、好きなことしてたらええがな』ゆうてくれて。こないだも、『ほら、まだ死んどらんやろ』やて。」
「でも、無理したらあきませんでー。今日かて暑いし、倒れんように気つけんと。」
「そや。わしのことより、出てくれてはる人が倒れたらえらいこっちゃし、こうやって見回ってんねん。」
後は、さっきの女子高生グループに、ブログに写真を載せてもいいかを聞くこと。
12時10分過ぎくらい、声をかけ合いながら走りすぎる集団が。やっと、ゴールやね。(彼女たちも、20kmでした。)
「ブログに、写真載せてもいいですか?」「はい。」
「どこのクラブですか。」
「同志社中高スキー部です。」
「ああ、スキー部なん。クロカンの子もいるの?」
「全員、クロカンです。」
「そうなん。うちの子、今高校生なんやけど、中学の時クロカンやっててん。一応、ジュニアオリンピックも出たんやで。まあ、男はだれでも出れるんやけど。」
「いや、そんなことないですよ。」
「同志社、最近がんばってるやん。前は、光華ばっかりやったけど。確か、今年3位くらいに入ってたよね。」
「はい。」
(これからも、がんばってね。)
さあ、最後に山嵜さんの写真撮らにゃー。
マイペースでいい走りやった。今日はお昼ごはんを持ってきて、時間いっぱいまで走るらしい。
最後まで、しっかりね。
大会を開催していただいた太田さん、水戸さん、矢瀧さん、いろいろとありがとうございました。少人数でもこんないい大会ができることがよくわかりました。これからも、このトロイカ体制で、末永く大会を継続していってください。私も可能な限り参加しようと思っています。
いい大会なので他の人にも言いたいのですが、少人数で運営されているようなので、これ以上増えてもいいのか心配です。
私でも何か協力できそうなことがあれば、遠慮なく言ってくださいね。
(余談1・・矢瀧さんと私と川橋さんとでしやべっていたら、この3人が同い年であることが判明した。3人でお互いに「わこ見えるー」と言いあっていた。さて、3人のうち、誰が一番わこ見える?)
(余談2・・太田さんと話して、けっこう私と共通点があることがわかった。どんなに暑くてもぼうしをかぶらないこと。朝早いスタートのレースはにが手なこと。歳のはなれた兄がいることなど。ひょっとして、太田さんも「末っ子のあまえた」かな?)
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2008年04月27日(日)
京都ランナーズ例会(4月第4日曜)+「反核平和マラソン」のお知らせ [ランニング]
今日の主役は、醒泉ランナーズの3人です。
醒泉ランナーズは、醒泉小学校を練習場所にしている小・中学生のランニングクラブです。
いろいろな大会でよく上位入賞しているので、名前は知っていました。でも、醒泉小の子どもたちのクラブだとばかり思っていました。それにしては人数が多いと思っていたら、練習場所が醒泉小なだけで、クラブ員はいろいろな地域の子だそうです。
代表の川橋さんに話が聞けました。
現在、クラブ員は60名以上。
練習場所の醒泉小は街中の学校なのでグランドが狭く、練習方法もさまざまな工夫をしているとのこと。
たとえば「インターバル鬼ごっこ」。
周回コースで、つかまらなかったら休憩。つかまったらもう一周。子どもたちは、これを楽しんでやっている。
小中学生だけで、クラブ員60名はすごい。
きっと、「楽しく走る」をモットーにしておられる川橋さんの運営方針が支持されているのでしょう。
川橋さんご自身もかなり速いランナーですが、3年前の木津川マラソンの時、スタート後3km地点の車止めに右足をぶつけてしまい、骨折。そのまま、残り18kmを走ってしまったそうです。その場での治療もしてもらえず、その後は思い切り足を上げるのがむずかしくなったそうです。
しかし、元気いっぱいな子どもたちから多くのパワーをもらっておられるようで、私はいつもうらやましく見せてもらっています。
京都ランナーズにも、次々とニューフェイスを送り込んでこられる。醒泉ランナーズは、ランニング界の「虎の穴?」。
富田さんは、今日、京都ランナーズに入会。
名前の紹介があった後、「自己紹介をどうぞ」って、そんな無茶な。困ってはった。
こういう時は、もう少し具体的な指示を。
「名前と、学校名と、これからの目標があったら言ってください。」
これくらい言ったげんと。
おっちゃんばっかりのクラブやけど、これからもよろしくね。
お母さん方がおられたので、声をかけた。
「ブログを書いてる者ですけど、娘さんたちの写真、載せさせてもらってもいいですか。」
「ありがとうございます。」
「お名前も、いいですか。」
「もうあっちこちに出てるし、いいですよ。」
小6のお母さんは若い。子どもたちもフレッシュだが、お母さんもフレッシュ。
「走ってはるとこの写真も撮らしてもらいます。」と言ったのはよかったが、醒泉てめっちゃ早いのん忘れてた。
ま、とりあえずスタートの写真を撮っておいてと。
「バーン」
あっ、やっぱり。写真撮るどころの話やない。飛び出して行きよった。
せめて後姿でもと思って挑戦したが、あかん。早すぎる。
この最初のドタバタで、自分のペースは完全に狂ってしまった。しんどい。体が重い。
前回は御所の一般公開だったので、人出が多くすごく走りにくかった。しかし、今日は人出も少なく走りやすかったのに、肝心のこっちのコンディションが・・・。
2kmも行かないうちに、「つかの間の先行さしてもらいます。」の声とともに、すっと抜いていく人あり。
出たな、またもやアンパンマン。
「杉原さん、このごろ調子いいですやん。コンスタントに18分台でしょう。体重別レースがあったら、絶対優勝ですね。」
「いえいえ。」
「なんちゅうたって、フォームがきれいですもん。」
「そうですか。」
なんか、楽そうに走ってはんな。肉20kg背負って走ってるようには思えんな。(私と杉原さんの体重差はちょうど20kg。)
結局、その差は広がっていくばかり。20秒以上の差をつけられてしまった。
ゴール前、杉原さんが後ろを振り返った。ちょっと私のこと、意識してくれてるのかなあ。
例の醒泉ランナーズの3人は、はるかかなた。最初以外は全然見えませんでした。
元気な小学生の走る姿は、バンビちゃんやね。見ているだけでほれぼれするもんね。
1周目の丸太町通りで、「ゴー、ゴー、ゴー」の声。
自転車に乗り、右手を高く突き上げて、そう応援してくれた人は、本物のヤンキーお嬢さん二人連れ。写真撮らせてもらったらよかった。呼び止めるのは、「プリーズ、ウェイト、フォーミー」でよかったんかいな。でもその後の「写真撮らせてもらっていいですか。」の言い方がわからん。簡単な会話はできるようにしとかんと、自分が損やね。
結局ゴールは、39分21秒。たぶん、自己ワーストタイム。ずいぶんかかりました。
醒泉の二人は、富田さんが16分22秒、西川さんが 17分36秒。立派なもんです。これからも、走りに来てね。
私も追っかけてダウンに行ったら、わずか男4人でさびしくやっておられた。
粟津さんは、ウォーミングアップの時もダウンも両方任されていて大変。ただ、あの優しすぎる口調はなごむね。
「一回見てみたい、粟津さんのブチ切れ。」
こんなことは、ありえないんでしょうね。
梨木神社に戻ると、音もなく近づく曲者(?)が。
「藤井さん、読ませてもらいました。」
「あっ、荘司さん。ありがとうございます。」
(よかった。忍者じゃなかった。京都ランナーズ副会長さんでした。)
「藤井さん。藤井さんがあんなふざけた人とは思いませんでした。」
「えっ、ふざけすぎですか?」 (ひょっとして、なんかおこってはる?)
「そうやね。(にこにこ) あんなに、犬好きなんですか。」
「へへへ、そうなんです、雑種限定ですけど。上等な犬とかお座敷犬はちょっとにが手なんですけど、まあそれも歳とってたらOKです。」
「冨田会長にプリントアウトしてもらったのを読ませてもらったんやけど、犬だらけで・・・。」
「ああー、篠山マラソンのでしょう。もう、雑種見つけたら、写真撮りたくなって。いつも、うちの子に言われてるんです。犬の写真撮ってへんかったら、もうちょっと早くゴールできたのにってね。なーんもわかっとらん。これがあるから励みになって、がんばれるのにね。」
まじめな荘司さんは、「よう、わからん」の表情。でも、たぶんおこってはるのではないと思う。
最後に冨田会長。
「藤井さん、相変わらず長文で、がんばってはんね。」
ここから始まり、私のブログのいい所、少し気をつけたほうがいい所などをくわしくアドバイスしてくださった。しっかり読んでくれてはる。いろいろなご指摘もありがたかった。言いにくいようなことも言ってもらえるのは、25年以上の長いおつきあいがあるからですね。
冨田さんは、私のちょうど一まわり上。走り始めたころの私を知ってくれてはる貴重な存在です。実の兄よりよく理解してもらってるかも知れません。
大所帯のクラブのまとめ役は、ほんとうにたいへんだと思う。私のように、口ばっかりで動かん人間も多いし。
その冨田さんから、依頼があった。
「反核平和マラソン」の宣伝をしてほしいと。
「まかしとき」と言いたいところだったが、実は今まで仕事と重なり、一回も参加したことがない。おもしろく書けたらよかったんやけど・・・。
しかたがないので、主催者さんの要項をそのまま掲載します。
皆さん、ぜひ参加してください。
第27回 京都網の目・反核平和マラソン大会
参加者
募集中
反核・平和をもとめるみなさんへ!
ノーモア・ヒロシマ!ノーモア・ナガサキ!ノーモア・ヒバクシャ!
私たちはこのスローガンをかかげ、核兵器のない、戦争のない世界と
日本を願い、毎年、反核・平和マラソン大会に取りくんできました。
私たちは日常のスポーツ活動を通じて人間とその社会の進歩に寄与していく、そのようなスポーツにこめられた「スポーツ精神」を大切にするとともに「スポーツは平和とともに」のスローガンをかかげ、核兵器の廃絶・被爆者援護・戦争反対をアピールしながら「反核平和マラソン大会」を実施します。
スポーツを愛する人はもちろん、日頃あまりスポーツに縁のない人も1区間2キロ〜6キ而のコースがあります。各自の力に応じて走ってみませんか?あなたの参加を心から歓迎します。
主催 京都綱の目・反核平和マラソン実行委員会
主管 新日本スポーツ連盟京都府連盟・反核平和マラソン実行委員会
(京都ランナーズ)
◆日時 2008年6月15日(日) 9:15スタート(大山崎町役場前)
受付け 8:30 開会式 9:OO
◆コース・発着時間(予定)
第1区間 大山崎町役場前〜長岡京市役所前〜向日市役所前 (6.2?)AM9:15〜10:15
2 向日市役所前〜JR向日町駅前〜吉祥院運動公園 (4.7?) AM10:25〜11:05
3 吉祥院運動公園〜JR西大路駅前〜西大路三条公園 (5.2?) AM11:15〜12:00
4
西大路三条公園〜国際平和ミュージアム前〜立命館大学衣笠キャンパス(3.6?)
PM.12:10〜12:40
5
立命館大学衣笠キャンパス〜北区図書館〜京都市障害者スポーツセンター前(6.0?)
PM1:10〜2:10
6 京都市障害者スポーツセンター前〜出町柳 (2.0?)PM2:20〜2:40
7 出町柳〜京都市役所 (2.1?)PM2:50〜3:10
閉会式 京都市役所 PM.3:30〜4:00
☆閉会後に軽食を取りながら反省会をします。(実費)
◆参加資格 平和のために走ってみようと思う人。(個人でもチームでも可)
主旨に賛同する成人18才以上
◆参加費 1区間〜2区間を走る方1000円
3区間以上走る方1500円
(記念品としてタオル。被爆者へのカンパ、傷害保険代を含んでいます。)
*表彰など一切ありません。
◆参加方法 個人またはチームの希望する区間を申込書に記入し、参加費とともに申し込んでください。(下記いずれかの方法で)
●事務所に持参(毎週水曜日の午後8時〜9時) ●現金書留
●定額小為替→郵便局で発行(安く送金できます)
※なお、どうしても事前申し込みができない場合は当日でも受け付けます。
◆走る方法 ・参加者全員が1列で歩道上を走り、赤信号では止まります。
・リーダーの指示により1km7〜8分のスピードで走ります。
◆参加上の注意 (例)前後に付ける
核兵器ノー!
ノーモア・ヒロシマ!
ノーモア・ナガサキ!
ノーモア・ヒバクシャ!
反核ランナーズ
○ゼッケンは実行委員会でも用意しますが、反核平和を
訴えて走るという主旨を理解していただき、手作りの
ゼッケンまたは参加Tシャツを着用して、アピールし
ながら楽しく走りましょう。
○各地点到着予定時間の30分前には集合し、各自十分
に準備運動をしてください。
○荷物の運搬と中継点での給水・軽食は主催者で用意し
ます。
○応急手当以外の責任は負えませんのでご了承ください。
○途中で走れなくなった場合は、伴走車に同乗することも
可能です。
○反核Tシャツは一着1,000円で販売しています。
○世界から核兵器をなくすためのアピール署名にご協力ください。
◆申込・問合せ
〒615-O054京都市右京区西院月双町83-1
新日本スポーツ連盟京都反核平和マラソン大会実行委員会 075-315-9710(夕方以降のみ)
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2008年04月26日(土)
第9回岐阜〜根尾淡墨桜マラソン [ランニング]
「ねおちゃん」
なんてかわいい響きなんでしょう。
私たち夫婦の二人目の子どもが生まれる時、この名前が有力候補だった。
「ねお」は、もちろんフランス語の「ネオ(新しい)」から思いついたもの。初めての子は緊張して育てるけれど、二人目はついついほったらかしになりそう。そうならないように、新しい気持ちで接していけるようにとの思いもあった。
それに「ねお」なら、男でも女でもいけそうだし。
ただ困ったことがあった。「ねお」にうまく当てはまる漢字が思いつかない。それで、結局、第二候補の「真樹」になった。真っすぐな樹も、いいやんね。
その後、岐阜県に「根尾」という所があり、宇野千代さんがそこの淡墨桜について書かれていることを知った。そうか、「根尾」ねえ。男の子ならこれでもよかったか。でもうちは女の子やったからね。ちょっと重過ぎる感じ。
この根尾淡墨桜をめざして走る大会があることを知った時は、いつか走りに行きたいと思っていた。
33kmをゆっくり走り、ゴールには淡墨桜の古木が待っている。なんか、ロマンチック。
今年はうまくスケジュールが合ったので、参加申し込みをした。
朝4時20分、起床。
4時半に家を出、栗東ICへ。会場の長良橋に着いたのは、6時50分ごろ。余裕や。
受付をし、着替え、カメラの準備をしている時、えらいことに気づいた。デジカメのSDカードを忘れてきてしまった。
ブログに載せられへんやん、とがっくりきた時、思い出しました。古いSDカードが、カメラケースに入っていたはず。ありました。
ただ、満杯に撮ってあったので、なんか消さんと撮れへん。前の写真を見てると、またいろんなことが思い出され・・・。
はっと気がつくと、8時前。スタート地点を見ると、あんなにたくさんの人がいたはずなのに、今はまばら。少し前の方に目をやると、大勢のランナーがすでにスタートしている。えらいこっちゃ。あわててスタート地点へ。
「そろそろ最終グループのスタートです。」
よかった。ぎりぎりセーフ。
スタート前の写真を役員さんに頼んで撮ってもらっている時、こちらに近づいてくる人あり。
「いっしょに写真に入らせて。」
この会の副会長・河本さんでした。女性にこんなこと言われたの、初めてかな。
8時9分、最終グループスタート。
どこからかパラパラと集まり、結局20人近くの集団に。
こんな会話をしながら走っている人が。
「ここ、高橋尚子記念ロードって言うんですよね。すごく広くて走りやすいんですけど、ここで高橋尚子が練習してたんですか?」
「いや、たぶんそれはないでしょう。ここができてから一度走りには来たみたいですけど。」
「なんとかロードって、そんなものが多いんですかねえ。」
堤に、きくちゃん・・・じゃなくて、シェパード発見。
これは、さいさきいいね。
「写真、撮らせてもらっていいですか。」と近づくと、そのでかいシェパードが後ずさり。
「こわがりなんですね。」と言うと、「そうなんでよ。」
「ワンちゃんのお名前は?」 「かれんです。」
「何歳ですか。」 「まだ、1歳なんです。」
「だから、こわがりなんかな。かれんちゃん、ごめんね。」
河川敷から大通りに上がり、信号待ちをしている時、同時スタートした若い女性から声をかけられた。
「(私のナンバーカードを見て)、京都からですか。私も京都からなんですよ。」
個人情報がどうのこうのとうるさいが、ナンバーカードに市町村名と名前が書いてあるからこそ初対面でも話ができる。これくらいはいいと思うけど。
彼女はこの後、私を含む6人グループの先頭に立ち引っ張って行ってくれた。
スタートから、この時期にしては寒かった(途中の温度計は14℃)のだが、小雨まで降りだして来た。
ちょっといやな感じがしたが、暑いよりはずっとまし。
平坦な道がずっと続き、初めてゆるやかな坂を上って下りた所に第一エイドがあった。
10.7km地点。9時29分。
自分では、キロ6分くらいのペースかなと思っていたが、実際は7分以上かかっていた。
うーん、でもこれがいいんやろね。
京都ランナーズの角南さんが言ってたLSDの真髄、「血液が体のすみずみまで行きわたる」とまでは実感でけんかったけど、とりあえず楽。
さっき声をかけてくれた彼女のおかげやね。ずっと一人で先頭走ってくれてたけど、しんどなかったかな。
とかなんとか言いながら、知らん間に抜いてしもとった。ええかげんなおっさんや。
6分休憩、9時35分出発。
第2エイドは、19.6km地点。10時30分。
ここで給水を担当してくださった年配の女性のお話。
「後6kmがんばれば、草もちが待ってるからね。そこまでがんばって。ゴールしたら、今度はバーベキューが待ってるから。」
何? バーベキューって? 33km走った後で肉は食えんぞ。ソーメン食べたい。(これは、ゴール後、バイキングのまちがいであることが判明しました。よかった。)
4分休憩、10時34分出発。
ここからは、頭の中は「草もち、草もち」。
ゆるやかなアップダウンが何か所があったが、草もちが待っていると思うと楽しくて楽しくて。
第3エイドは、25.8km地点。11時15分。
なんとおいしそうな、草もち!
「今日の朝、つきたてのおもちです。」
あっという間に食べてしまった。もう一個ほしかったけど、一人一個って言ってはったしな。しゃーないな。
ここを、11時20分出発。
この後、急に草もちパワーが炸裂したのか、スピードアップしてしまった。残り7kmで、30人くらい抜いたと思う。でも、これがあかんのやね。これではLSDにならん。とわかっちゃいるけど、とまりません。
おそろしや、草もちパワー。
私のパワーの源・雑種犬には会えんかったけど、もちっちゅうのも効くなあ。
最後の最後の急な坂もスイスイスイ。
すごく楽な気持ちでゴール。
12時4分。
3時間55分かかったのか。
ゴール地点の有名な淡墨桜の古木は、元気に枝を広げていた。ただし、花のほうはだいぶ前に散ってしまったそうだ。今年は例年より早かったらしい。これはちょっと、残念。
ゴールで缶ビールをもらったが、できたらおつまみも・・・、なんてぜいたくですよね。。
ゴール地点から昼食会場「ホテル四季彩館」まで、バスで送迎。
温泉は混んでますと言われたが、ほとんどの人が先に温泉に入った。確かに混んではいたが、男の人は洗うのが早い。洗い場の横で5人待ちだったが、あっという間に順番が回ってきた。たぶん、女の人だとこうはいかないだろう。なーんでかな?
最後にたくさん抜いたのが効いたのか、私が温泉を出るころ、次々とランナーが入ってこられた。
「うすずみ温泉」の廊下に淡墨桜の紙芝居がはってあった。驚いたことに、版画である。なかなか味わい深い。売ってあったら買おうと思ったが、よく考えたら、小学生の作品を売り物にはせんわな。興味のある方は、一見の価値あり。
温泉から向かいの昼食会場に入ると、もうゴール写真が出来上がっていた。プロが撮った写真は、さすがにきれい。全員分が、無料で用意されていた。これは、うれしい。
昼食会場で2はい目のごはんを食べている時、前半を引っ張ってくれた京美人さんがお向かいにすわられた。
「(デジカメの写真を見せて)、あのー、第1エイドで撮った写真に写ってるんですけど、ブログに載せてもいいですか。」
「はい。ありがとうございます。」
「お名前を、(載せてもいいですかと言おうとしたら)」
「伊藤千尋です。」
「ブログに載せてもいいですか。」
「はい。」
さっぱりして、気持ちいい。体育会系?
「今日、後ろを走らせてもらって思ったんですけど、何かほかのスポーツをやってはったんですか。(私は、バレーボールのイメージだった。)」
「ええ、ずっとテニスばっかりしてたんです。でも去年は一回もテニスはせず、走ってばかりでした。」
「キャロットさん、ランニング用品店なのに今日はお仕事大丈夫なんですか。」
「さぼって、走りに来てるんです。まあ、いてもあんまり役に立たんてヨメさんに言われてるんですけど。」
「そうなんですか。来週もどこか走りに行かれるんですか。」
「はい。来週は、出張販売で金沢の『マラソンに挑戦する会』に行って、ついでにフル走って来ます。」
「あっ、それ、私も出ようかなと思ってたんです。でも、武庫川のユリカモメと重なって、結局そっちにしました。じゃー、毎週走ってられるんですね。」
「はい。レースばっかりね。間の平日は一切走っていません。」
「えっ?」
「私の目標は、『練習せずにウルトラ完走』なんです。」
あーあ、せっかく盛り上がりかけていた話が、これでしぼんでしまった。やっぱり、あきれてはったなあ。
食後、バスでスタート地点まで。バスの中で人員点呼をされていたのが会長さんだった。最後の最後まで、ありがとうございます。
この大会は、私が知っている100以上の大会の中でまちがいなく?1です。
自分の思い通りのペースで走り続けることができる。
コースも変化があり、あきずに楽しく走れる。
33kmというビミョーな距離も気にいりました。
ゴール後に、弁当ではなくバイキングの食事付き、温泉付き、ゴールの写真付き、チャーターバスでの送迎付き。これで、参加費5000円は安い。
役員さんはやや高齢の方が多いように感じましたが、細かい所までしっかり心くばりがされていました。
スケジュールが合えば、ぜひ来年も出たい。
ただ心配なことが一つ。今年の約200人が受け入れの限界ではないだろうか。口コミでこの大会のよさが広まると、運営に支障がでてくるのでは?
ひとにこの大会のよさを話したい。でもそれは迷惑なことかも。
うーん、ジレンマ。
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2008年04月22日(火)
「ちょび 」 〜シリーズ・ご近所犬3〜 [わんこ・にゃんこ]
家の前を通ると、ほえまくる犬がいる。
このワンちゃんも、去年12月、長代川沿いの道路工事が始まり、散歩コースを変えてから知り合った。
すごいいきおいでほえだすので最初はびびったが、慣れてくるとほえられない時はちょっと心配になる。
ずっと前からブログに載せようと思っていたが、名前を聞くチャンスがなく、のびのびになっていた。
今日、きくの散歩の時、ちょうど飼い主さんが家の前に出ておられた。
めちゃほえ犬の名前は「ちょび」、11歳のオス。
「ちょび」ってまたかえらしい名前なこと。ちょび髭から取らはったんかな。犬の名前って、飼い主さんの思いがこもってることが多いからね。もうちょっとくわしく聞いたらよかった。
「わこ見えますやん。」と言ったら、飼い主さんはすごくうれしそうだった。
「近所に同じ歳くらいの犬ぎょうさんおるけど、みなだいぶ弱っとる。」
「10歳すぎたら、だいぶねえ。」
「ちょびは、もう元気すぎて。散歩行って帰ってきたら、こっちがへとへと。引っぱりよるから、腰が痛とうて。」
「どれくらい散歩に行ってはるんですか。」
「いつも、1時間くらいやね。」
「1時間も!」 (そら、腰、痛なるはずや。)
ちょびちゃん、幸せもんや。おっちゃんに1時間も散歩させてもうて。
また来るから、元気いっぱいほえてや。
これで、うちのきくがきたる犬会議員選挙に立候補したおりには、岩倉幡枝地区から3票ゲット! (ぷー、ぽち、ちょび)
激しい票読みの日々は続く・・・。
<追悼>
ちょびの飼い主さんと別れた後、いつもの帰り道で悲しい知らせを聞いた。
「花背造園」さんの日なたぼっこネコが、死んじゃった。前を通る新しい道で、車にひかれたそうだ。
何すんねー。あほー。
いつも通るたんびに、気持ちよさそうに日なたぼっこしとったのに。
シリーズご近所猫1は、絶対このニャンコちゃんに登場してもらおうと思ってたのに。
このあたりをよく通る人なら知っていると思うが、岩倉幡枝から鞍馬街道に抜ける道は以前は細くてぐねぐねだった。たぶん、田んぼのあぜ道を広げただけのものだったのだろう。それが2年ほど前、まっすぐになり、幅も広げられた。
それまでは離合もたいへんだったのに、今では車がビュンビュンとばす道路になってしまった。
猫とお年寄りは似ている。
新しい道ができました。便利になりましたよ。車がスピード出して通りますが、うまくよけてくださいね。よけるのに失敗したらひかれます。「でも、そんなのかんけーねー」
ゆっくり日なたぼっこ。それより、道路です。
お年寄りや猫が安心してくらせる街。それより、道路です。
みんないそがしいふりをして、ゆっくり動くものが見えなくなってしまった。
「花背造園」のおばちゃんの悲しそうな顔が忘れられません。
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