2010年12月11日(土)
インターバルちゅうヤツ [ランニング]
これからはスピードを磨く。
それにはインターバルトレーニングちゅうのが必要。
父が息子にトレーニング方法を教えるという話はよく聞くが、うちは反対。現役陸上競技部の息子からいろいろ教えてもらえる。「お得!」
夕方6時過ぎ、宝ヶ池へ。
ここは1周1500mなので、1000m思いっきり走って500mジョギングでつなぐ。それを5周。廉もよくやっているらしい。
廉は1000mを3分10秒台。私は生まれて初めてのインターバルなので、4分20秒くらいでかんにんしてもらおう。
まず1周1500mジョグ。約8分。
さて、最初の1000m。
足上りましぇん。
でも、4分20秒。まあまあやん。
500mジョグ、4分41秒。
帰ってから廉にゆったら、これ遅すぎるらしい。
2周目。
意気込んでスタート。
また、4分20秒。
自分では1周目よりは早く行けたように思ったのに・・・。
500mジョグ、4分30秒。
3周目。
やっと、4分18秒。
途中でゆっくりジョギングの男性を抜いた。
後ろから「ハアハア」言いながら迫ってくるオッサンはこわかったやろなー。
500mジョグ、4分25秒。
4周目。
4分19秒。ここらが今日の限界かなあ。
500mジョグ、4分45秒。
もう、バテバテ。
ワンちゃんに会ったけど、声をかける元気なし。
最後の5周目。
何とか今日のベストタイムを!
4分16秒。
ちょっとだけちょっとだけ縮められた。
500mジョグ、4分23秒。
最後に、逆方向に500m往復ジョグ。約7分。
1.5+1.5×5+1=10
本日の練習、ちょうど10km。
足元がはっきり見えないところを飛ばすのはこわい。今度は明るい時に走りたい。
家に帰って、廉に報告。
「それで精一杯の速さ?」
「そうやけど・・・。これからはやなる、ちゅうねん!」
今日1回で終わらないように続けんとな。廉にほめてもらえるまではな。
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2010年12月09日(木)
第15回9の日平和ラン [ランニング]
毎月9日は、「9の日平和ラン」の日。
今日こそ明るいうちに走ろうと思っていたが、午後からあいにくの雨。
今日は夜9時から、スペシャルドラマ「にせ医者と呼ばれて〜沖縄・最後の医介輔〜」がある。戦後の沖縄で、医師免許を持たない医師として活動した「医介輔」を描くドラマ。主人公の宮前は、私の父と同じ元衛生兵。これは見なくては・・・。
今日のばんごはんで、「まっちゃん味噌」デビュー。
兵庫・ゆめさき舎のまっちゃんのおにいさんが、手塩にかけてつくってくださったお味噌。私の無理なお願いを聞いてもらって、先日いただいてきた。
「このお味噌、たたらぎダム湖マラソンの時に売ってはるお味噌とよう似てるやんなあ。あのお味噌がいっちゃんおいしいもんなあ」と私。
「と言うよりも、アンタのお母さんのお味噌に似てるんちゃうん」とヨメさん。
ああ、そうか。1年前にゆめさき舎でお味噌汁をいただいたとき、なぜかなつかしいような気がしたのはそうゆうことやったんか。
ごはんを食べている途中で雨がやみ、ドラマが始まるまでまだ少し時間があった。
「Go!」
本当は9km走りたいとこやけど、時間がないので今日は5km。
家から「コーナン・岩倉店」の往復。
食後15分で走り出したので、いつものお腹ゴロゴロにならないか心配だった。でも、「まっちゃん味噌」の効果か、走り出してもだいじょうぶだった。
同志社の横を過ぎると、もうすぐ「コーナン」。
「コーナン・岩倉店」前で2.5km。13分57秒。
しっかり走れている。
去年までFIATの販売店だったところが、今は「京の一滴」というお店になっている。何のお店なんやろ。
家のちょっと手前で犬連れの美人に遭遇。
よーく見たら・・・、よーく見んでもヨメさんときく。
写真を撮ろうとしても、どんどんどんどんこっちに近づいてくるので無理。とっさにシャッターを押したら、亡霊写真みたい。
今度はじょうずに撮れたかな。
おー、きくの目がビッカピカ。
帰りの2.5kmは14分半くらい。
合計5kmで28分半。
人とほとんど合わなかったので、憲法9条のアピールランとしてはほとんど効果なし。でも、こうして続けていけばまたちょびちょびと効果が・・・。
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2010年12月06日(月)
第23回龍神温泉木の郷マラソン・続き [ランニング]
ゴール後、近くにおられた大会スタッフさんにお願いして「親子記念写真」。
3人で同じレースを走ることは、今後もあるのだろうか。
さあ、レースは残り5km。
ヨメさんにバイクが付きっ切り。最後尾でもないのにバイクに付かれるのはどうなんやろう。私ならイヤ。離れてほしい。
15km地点、1時間50分16秒。
この5kmは36分くらい。下りなので、またいいペースに戻っている。
徐々にヨメさんの姿が近づいているようにも見える。
ひょっとして追いつこうとたくらんでているのだろうか。
たまに通る車には、こうしてパトカーや白バイが先導している。これができるなら、1.5kmの往復(約3km)の短縮など必要なかったのでは・・・。
残り2km地点(約16km)で、1時間59分09秒。
残り1km(約17km)、2時間6分20秒。
この橋を渡るとゴールが見える。
「龍神温泉」と言う割には、龍の応援看板などがなかったなあ。
私は、真樹とヨメさんのゴール写真を撮らなくてはならないので一足先にゴール。
私のゴール後すぐに二人の姿が。
真樹は、2時間14分ちょうどでゴール。
このままのペースであと3km走れるとしたら、ハーフ2時間37分くらい。
「しっかり走れたね。」
その10秒ほどあとに、ヨメさんが。
笑顔でゴールテープが切れてよかったね。
同じ色のゼッケンをつけた3人の貴重な写真。
2時間ちょっとの間、3人がそれぞれどんなことを考えながら走っていたのか。3人が見える位置にいただけに、それを想像してみるとおもしろい。
無料入浴券があったので、最初は少し離れたところの元湯に行こうと思っていた。しかし、ゴールすると移動がめんどくさくなった。結局、すぐ前の「季楽里・龍神」の温泉に入ることに。
ここで事件が・・・。
去年のこの大会のレポートに「前日と当日のお湯の質が明らかにちがっていた」というものがあった。それを読んでもよく意味が分からなかった。
温泉に入場すると、湯船には誰もつかっていない。洗い場にいる人からは「アー」とか「オー」という叫び声。
「なんじゃー、こりゃー!」
私も湯船に入ろうとして分かった。「水風呂です。」
露天風呂のほうには人がたくさんいたのでそこに入った。ここは水風呂ではなかった。
洗い場に行くと、やっぱり横の人が「オー」と言いながら頭を洗っている。「お湯が出ません!」
結局、私も「オー」とか「ヒー」とか叫びながら、体と頭を洗った。体はまだしも、頭を水で洗うのはきついどー。
会場前で、日向ぼっこをしながらの昼食。このあたたかさなら冷たいお弁当でもだいじょうぶ。
真樹が、ハーフ一般女子30歳未満の部で6位入賞。
「こんなタイムで入賞なんてはずかしい・・・」と言っていたが、そんなことはない。ハーフ最年少(高1)として、最後までしっかり走ったんやから。胸はって行こう。
距離は3km短縮になってしまったけど、それは主催者のミスやから。1ヶ月前の「丹波」での借りを、ここ「龍神温泉」で返せたね。
さあ、次の目標は?
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2010年12月05日(日)
第23回龍神温泉木の郷マラソン [ランニング]
真樹といっしょに走れるのも、これが最後かもしれない。
そう思って、走路員をしておられるスタッフさんにお願いして「父娘2ショット」写真を撮ってもらった。
私は、昨日アドベンチャーワールドで買ったパンダのぼうしをかぶり・・・。せっかくハゲかくしのためにかぶったのに、パンダに見えませんよね。
さて、話は朝に戻り・・・。
宿泊先は、スタートゴール地点である「季楽里・龍神」。
受付もゆっくりでき、スタートまで何も急ぐことはない。
ハーフ、10km、5kmに、3km小学生、3kmファミリーの部もあるのにエントリー総数684名。たぶん昨年と同じ規模のようです。マラソンブームで、自然と参加者が増えている大会が多い中ではこれはめずらしい。
大会会場をうろうろしていると、私の肩をポンとたたく人あり。滋賀の「天女の羽衣ウルトラ」の実行委員長の南部さん。
「今日は出店じゃなく、走りに来られたんですか。藤井さんも奥さんも同じハーフの名簿に載ってたんで・・・。」
「そうなんですよ。11月3日の『丹波』で、ヨメさんと娘がハーフ完走する予定やったんですけど、関門規制が前の年より20分も短くなってしもて、あかんかったんですわ。それで急きょこっちに申し込んで・・・。そしたら、おとつい『3km程度短縮になりました』っていうハガキでしょ。ガックリですわ。」
「私、高野山側から車で来たんですけど、確かに山側を削ってる感じでしたね。ここは競技というより、温泉に入りに来てる人が多いから・・・。」
「なるほど。それで抗議する人が少ないんや。ハガキを受け取った後、電話でクレームを言ったら、『あなたが初めてです』って言われましたわ。『ハーフ完走するぞ!』と意気込んでたヨメさんと娘がかわいそうで・・・。」
会場では、地元の特産品やおみやげ物を販売しておられた。
日が出るまでは冷え込んでいたが、お日さんのあたるところはポカポカ陽気。
ヨメさんは音楽を聴きながら走るらしい。これも「サロマ50km対策」。
11月の「日置川」でよくお会いする森本さん。
「京都キャロットの藤井です」と声をかけさせてもらうと、「うちの息子も京都にいるんです」とのこと。
ヨメさんは、サトイモなどを買っていた。
スタート前にこんなに余裕のあるのは初めてかも。
真樹の精神集中?
距離が3km短くなったと言っとき、「それでも走る」と言ってくれてよかった。私なら、やる気がガクンと落ちてしまう。ゴールした後、勝手にもう3km走ってしまうかも・・・。
「こうじさん、かわいいワンちゃん!」
ヨメさんが教えてくれた。
飼い主さんは私よりちょっと年上の男性。ハーフのゼッケンをつけておられた。
「ごま・メス・10歳くらい」
レースの間置いていかれるのかと心配だったが、しばらくすると奥さんが来られた。
「ごまちゃんは、柴犬ですか。」
「いや、紀州犬です。」
「おー、そうなんですか。紀州犬っていったら白いのんというイメージがありますけど、こんなガラもいるんですね。」
「そう、ごまガラ。」
母と娘、何を語らう。
どうも、腕時計の使い方について話あっているようだ。
私のいでたちは・・・。
京都キャロットの黄色のランシャツランパン。ゆっくり走るので、ランシャツの中に長ソデTシャツ(あざいお市マラソンの参加賞)。ふくらはぎのゲイターに5本指ソックス。シューズはサロマレーサーST。これにプラス、パンダ帽子。
ヨメさんこんな感じ。
ちょっと着すぎのような気もするが・・・。
せっかくなんで、パンダ帽子のアップ。これ、525円は安い。
10時ちょうど、ハーフの部がスタート。
「エントリー241名で、約220名がスタート」とアナウンスされていた。
「少な!」
この人数では、うちの家族3人がポツンと置いていかれる可能性大。
スタート直後から、真樹は軽快な走り。
一方ヨメさんは、ずっと痛めている腰が最近ますますひどくなっているらしい。そのため控えめなスタート。
スタートして橋を渡ると、一旦南側を小さく周回。これが約2km。
スタート地点の「季楽里・龍神」はお日さんが当ってあったかかったが、この部分はちょうど日陰で寒かった。
体があったまっていないとついつい飛ばしてしまうものだが、真樹もヨメさんもしっかり自分のペースが作れている。
人家のあるところを通ると、つないでないワンちゃん。
走っている私をフシギそうに見ていた。
1kmほど行ったところで大きな橋を渡って、今度は北上。
早くも上り坂。
うん?
ヨメさんの後ろに白バイということは、早くも最後尾?
大きな神社の横を通り抜けると、また来た道路へ。
真樹は1ヶ月前に「丹波」で14km走っただけで、そのあともほとんど走っていない。それにしては、安定したいいフォームで走っている。「天性か?」
4km地点付近になるのだろうか、強烈な上り坂。
さすがの真樹もちょっと歩き。
急な上り坂もあったのに、5km33分55秒。
キロ7分を切るペースやからえらいもんです。
ヨメさんの後ろにたくさんランナーが・・・。
これは私らの20分後にスタートした10kmの部の人たち。
ヨメさんはやっぱり暑くなってきたようで、上着を脱いで腰に巻きつけていた。
10kmの部の折り返し手前(ハーフの6kmくらい)もきつい上り坂。でも、大勢の人と走っているとそんなに苦でもない。
おっと、ついさっき「キャロットさん、がんばってください」と声をかけてくださった美人ランナーさん。もう10kmの折り返しから帰ってこられたんですね。
もうちょっとしゃべりたかったけど、スピードが・・・。
また、どこかで。
ここからは下りなので真樹を一人行かせて、ヨメさんを待つ。
まあまあの笑顔で走っているので、腰のほうはだいじょうぶなんでしょう。
ヨメさんに気を取られているすきに、次々とハーフの折り返し地点から帰ってきたランナーが。
上の写真の方は、たぶん女子全体の1位の方です。男子と混ぜてもかなり上位であったような・・・。走りがきれい。
「あっ、写真撮らせてもらいます。京都キャロットでーす。」
去年の「日置川」でお会いした廣田さん。「京都キャロット」で分かってもらえたかなあ。「花村さんの友だちです」のほうがよかったかなあ。
そのすぐ後に森本さん。
廣田さんと森本さんの力は均衡しているようです。
どこまでも続く上り坂。
あれ?
ずいぶん離れていたはずのヨメさんが、ちょっと迫ってきているような・・・。
真樹よ、ここらでヤングパワーを見せつけたれー。
給水所は残念ながら水だけ。スポーツドリンクとバナナくらいは置いてほしいなあ。
まだまだ上り坂は続く。
でも、この時期にしてはとても穏やかな天気で、雨も風もない抜群のコンディション。ありがたや、ありがたや。
真樹も一番きつい上り以外はほとんど走っている。
ヨメさんはほとんどの坂を歩かず走ったそうだが、この折り返し地点手前だけは歩いたそうだ。
折り返しで、真樹とヨメさんとの差は20mもないくらい。
真樹のランニングフォームは崩れていない。
10kmの標識が見つけられなかったが、たぶんここらで10km。1時間14分。この5kmが40分くらい。
残りゴールまで8kmほど。「しっかり!」
道路工事で片側通行のためにハーフの距離短縮になったのだが、車はほとんど通らない。時々猛スピードで走り去る車が数台。この数人のために220人のランナーがしんぼうって、なんかおかしくありません?
この大会は、「車が優先、ランナーはすみっこ走っとけ」ていう大会なんでしょうか。
真樹が下りに入ってからがんばったせいか、ヨメさんとは50m以上離れたようだ。
ズームで撮ると、なぜか笑っている。
「何も笑ってへん。生まれつきこんな顔や!」と言われそう。
折り返しの時、自分の後ろにもう一人ランナーが走っているのが分かって余裕が出てきたのかもしれない。
上り坂に入る手前(13km地点付近)で、優しそうな走路役員さん発見。
「すいません。娘と二人走っているとこ、撮ってもらえませんか。」
「ほれ、真樹、走ってるかっこして・・・。」
真樹はちょっとイヤやったかも・・・。
(注)後半に続く。
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2010年12月03日(金)
龍神温泉マラソンに、「喝!」 [ランニング]
人の悪口は言うのも書くのもイヤ。
どんなに腹が立つことがあっても、それを言ったり書いたりするとますます気分が悪くなるだけ。でも、こんなこと、走りだして30年近くになるが初めて。あまりにもひどい。
今日、龍神温泉木の郷マラソン大会実行委員会からハガキが届いた。
「火曜日に受付票が届いたばかりなのに、大会直前にナニ?」と不審に思った。
そのハガキの内容は以下のとおり。
「はー? なにー、今ごろ。『ハーフの部が3km程度短縮」って!」
これ、あさってのレースの話ですよ。
悪天候などの天変地異によるコース短縮は今までに経験しているが、「1週間ほど前から道路工事が行われて」コースが短縮など聞いたこともない。
町内会の運動会なら、直前に距離が短縮されようと何の問題もない。しかし、全国から参加者を募集している大会がこんな対応でいいのだろうか。昨年のハーフの参加者が200名にも満たない規模らしいが、だからと言ってこんな町内会の運動会のような対応で許されるのだろうか。
うちの事情を説明すると・・・。
11月3日の「丹波ロードレース」のハーフに挑戦した母娘は、関門が去年より20分も厳しくなったこともあり14kmで収容。
そのあと、娘に再挑戦する気があるかたずねると、「関門規制のない大会なら・・・」と。そこでヨメさんが、それほど遠くない場所で、うちの仕事のない日に行われるハーフの大会をしらみつぶしに調べてみた。そこで行き当たったのが「龍神温泉木の郷マラソン」だった。
関門については記されてなかったので電話で問い合わせてみると、「関門規制なし」とのこと。
「決定!」
ここは交通の便が悪いところなので、私は送迎役を命じられた。それプラス、「どうせ行くなら、最後尾になる可能性の高い真樹といっしょに走ったら」と。
私、ヨメさん、真樹の3人が同じレースを走るのは我が家史上初めてかも。折り返しコースなので、どんな展開になろうとヨメさん真樹の写真がいっぱい撮れるぞー。
真樹にとっても、目標を持って何かに挑戦することなどめったにないことだし。そのがんばっている姿を間近でみられるなんて・・・。
「ハーフマラソンのゴールを娘といっしょに迎えられる父」
いいねえ。
・・・という感じでした。
「ハーフの部の距離が3kmほど短くなる」というこんな大事なことを出発する前日に届くハガキで知らせるなんて。そんなに多くの参加者でもないので、少なくとも直接電話を入れて説明すべきでしょう。
これでは納得できないので、大会実行委員会に電話を入れた。(お知らせのハガキには、電話連絡先さえ書いてないんですよ。)
以後のやり取りは、思い出しただけでムカムカするので省略。
分かったことは、道路工事は災害復旧の緊急工事ではないこと。ハーフの距離になるようにコース変更の努力をされたふしが見られないこと。参加者へのおわびは、今日届いたハガキで済ませようとしておられること。などなど。
今から考えると、ランネットの大会レポートで、他の項目は評価が高いのに「距離表示」の評価が極端に低かった。ここをしっかり見ておけばよかった。この大会は過去22回も実施されているのに、距離表示に「1」の評価が出ている。今まで改善されなかったのだろうか。こんな大会は要注意。この大会は、以前からコースの距離にはいいかげんであったということだ。
「ハーフマラソンをどうにかこうにか完走できたー」と笑顔で言う真樹の姿を見たかった。もう、それはありえない。約18kmですから。ガックリにもほどがある。
でも、このガックリが、町内会の運動会の感覚しかない主催者には分かってもらえないんでしょうね。
もう、よっぽど行くのをやめようと思ったが、真樹は「それでも行きたい」と言う。それがせめてもの救いです。
気を取り直して、約18kmのレースに行ってきまーす。
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2010年11月24日(水)
第11回勝手に国労応援ラン [ランニング]
毎月24日は、「勝手に国労応援ラン」の日。
今日は、まだ足を踏み入れていない大阪府入りをめざす。目的地は、JR島本駅。「京都ー島本」駅間距離は16kmくらいのようだが、走っていくとなると20kmは超えるだろう。
今日もいつものごとく出だしが遅れてしまった。4時スタートでは、どこまで行けることやら・・・。
オレンジのアピールゼッケンをつけ、「平和・憲法九条」のミニのぼりを持って、河原町七条をスタート。
京都駅に寄ろうかとも思ったが、時間がないので七条通りをまっすぐ西に進むことにした。
通りを挟んだ北側に、新しく統合してできた小学校。
この近辺に東本願寺、西本願寺があるので、仏具店や法衣店がたくさんある。
うちの叔母さん(父の妹)の家も、西本願寺近くの法衣店。
西本願寺は立派なお寺なので、新設「京都マラソン」のコースに入れてもらえたらうれしいんですけど・・・。
もうすぐ「京都水族館」ができる梅小路公園。こんな静かでいいフンイキの公園なのに、建設反対の多い水族館が出来てしまうんですね。
私の最後の願いは、「どうか、『京都』という名前だけは使わないでほしい。『京都水族館』は京都の恥。できることなら、『オリックス水族館』と名乗ってほしい。」
西大路七条を左折、西大路通りを南下。
西大路駅到着まで約30分。
これは、4km近くあるはず。
トレーニングウェアの上下を着てスタートしたが、日のあたっているうちは暑かった。しかし、厚着をしたほうがスピードを抑えられるので長く走るにはこれでいい。
国道171号線に入り久世橋へ。
渋滞している車に乗った人が私のゼッケンを見てくれている。これ、けっこういいアピールになってます。
せっかくなんで、桂川の上流の風景を一枚パチリ。
2008年10月18日に新規開業した、JR桂川駅。
西大路駅から桂川駅までは3.5kmくらいか。
まだ開業から2年なので、どこもピカピカ。
ここから線路東側沿いの道を南下。向日町駅をめざす。
国道からだいぶ入った細い道路だったので、のどかな風景。ワンちゃんの散歩もたくさんしておられた。
タイミングがピッタリあった黒犬君。
「写真撮らせてください。お名前は?」
「くーちゃんです。」
「歳は?」
「14歳です。」
「すごい、元気な14歳やー。」
自分とこのワンちゃんの名前に「ちゃん」をつけて紹介。これは大事大事にされているにちがいない。全身黒いのに口の周りだけ白。歳はとってるけど、元気いっぱい。
このワンちゃんに会えただけでも今日のアピールランは成功と言える。うれしくなってきた。
走っていると、道沿いの住宅から車イスつきのワンちゃんが道路に出てきた。
「あっ、車イスですね。」
「そうなんです。後ろ足が動かなくて。」
「でもすごく元気そうじゃないですか。」
「はい、元気ですよ。」
「写真、撮らせてくださいね。ワンちゃんのお名前は?」
「レオです。」
「レオちゃん、こっち向いて。」
「レオ。写真撮ってくれはるって。ダメですね。前向きませんね。」
「犬って、カメラ嫌いなん多いですよね。うちのんもカメラ向けたら上手に横向きますわ。」
飼い主さんの女性が協力してくださって、やっといい写真が撮れました。
その先のJRの車庫のようなところにネコちゃん発見。
まだ子ネコ。カメラを向けたら逃げられるかと思ったが、しっかり撮らせてくれた。
たぶん野良猫。
たいへんやろうけど、何とか生き延びてくれよ。
もうだいぶ走ったのに、向日町駅がわからない。
どう考えても、もう通り過ぎている。いったいどこにあったんやろ。
ここらあたりから迷走が始まる。あたりは、もう真っ暗。
走れども走れども・・・。
というか、自分が今どこを走っているのかさっぱり分からん。とりあえず、明りがたくさんある方をめざして走ることにした。
どこをどう走ったのか分からないが、桂川駅を出て44分後に長岡京駅到着。この間、6kmはあるはず。
初めて来るJR長岡京駅。まわりには大きなビルもあり、けっこう都会。
駅前の噴水を写真に撮ろうと思ったが、ちょうど水の出ていないときを撮ってしまったようだ。きれいだったのに、残念。
ここらあたりの土地勘がまったくない。
次にめざすはJR山崎駅だが、線路沿いの道がないので国道171号線をめざすことにした。東へ東へと進むと名神高速道にぶつかった。その手前が国道171号線。
右折してなんかするとすぐ、「大山崎町」の標識。
「おー、これは駅もすぐ近くやろう」と思ったのが大まちがい。行けども行けども線路らしきものに行きあたらない。
不安になって、コンビニのおねえさんに道を教えてもらった。しかし、そのコンビニからも駅まではかなりあった。
やっと着いたと思ったら、そこは阪急・大山崎駅。JR山崎駅は、ここからまだ西へ。
道路を横断しようとしてバイクにひかれかけた。もう、だいぶ集中力が低下している。
このとき、JR島本駅行きは断念した。これ以上走るのは危ない。車にひかれるかも。
やっと到着、JR山崎駅。
長岡京駅から駅間4kmらしいが、52分もかかったので7kmほど走っているはず。えらい遠回りをしたもんだ。
次の島本駅まで行けば「大阪府突入」といえるのだが、猛無理。ここでJRに乗り京都駅に帰ることにする。
駅の中の通路。
このポスターを見るのも好き。
各駅停車京都駅行き。18時46分発。
アピールゼッケンをはずそうかと思ったが、予定の島本駅まで行けなかったこともあるし、付けたまま電車に乗ることにした。はずかしかった。でも、普通にしてたらええか。何人かの人がゼッケンに書いてある字を見てくださっていた。
電車に乗っていたのは15分ほど。
2時間半もかけて走っていったのに、電車って速いね。
「京都ー山崎」駅間距離は、14.1km。でも2時間半かかったということは、20kmほど走ったはずだ。
足は棒。でも、心地よい疲労感が残った。今まで通ったこともない道もいっぱい走れたし。今日も走ってよかった。
◎国労闘争団・中野勇人さんのおたより「南の国から・四国常駐記?10(2004.11.10)」より
シリーズ国鉄闘争!=体験談=
( 国労攻撃の目的は闘う組合潰し、改憲への道)
1990年4月政府・事業団当局は、「働く意志のない者」というあらたなレッテルを貼り、二度目の首切りを強行しました。私たちは、全国に36の闘争団を結成して不当な解雇を撤回させ、地元JRに復帰するまで闘い抜く決意をかためました。
闘争団の体制は、団員が働いたお金を一旦団に全て入れ、それを団で認めあった個々人の生活費、事務所経費・闘争費にプールする組織的自活体制でスタートしました。 それぞれの団が、生活費も闘争費も自ら稼ぎ出さなければなりません。 ││ 最初の頃は、失業保険給付中に体制を整えるため、なりふりかまわず仕事を探し、││見つけたのが漁師のバイトでした。漁師でさえもきついという、湖からホタテの稚貝││が入っている5段重ねの網を上げる仕事内容でした。
それでなくても3年間仕事を与えられず身体は鈍りきっていたので、その日の内にバイトに行った仲間から「身体がもたない、明日から違うバイトを探そう、このバイトでなくても良いのでは」と弱音も出ましたが、話し合いをする中で、ここで辞めてしまえば「やはり、国鉄職員は働かない」、「怠け者だから首を切られて当然」ということを認めてしまうことになるのではと思い直し、どうしても無理と思う人は交代│をして、働き続けることにしました。2週間余りのバイトでしたが、網を毎日上げる││ため、爪を何枚もはがしながら、「マスコミの宣伝がいかにデタラメであったか、証││明するために」と頑張り続けた仲間もいます。
私も翌日から働きました。たしかに身体はきつかったですが、ご飯や酒も美味しいし、久しぶりに労働の喜びを感じたのを覚えています。│
これ以降、土建業、郵便の冬期バイクでの配達、芋・玉葱選果場でラインから流れ
てくる20Kg入りの玉葱を毎日千箱以上持つ積込作業、電気の屋内配線の仕事、12時間、朝と夜の交代で機械が故障するまで休めない温泉ボーリングの仕事で栃木へ行ったり、様々な仕事をしてきました。
何処へ行っても「国鉄職員は!」と言われないように人の倍、体を動かしてきました。これは、団員全てに言えることです。│
今では、何処に行っても国労さんがいなければ仕事がまわらないと言われるようになっていますが、本当に社会的に認められるには、いわれなき不当解雇を撤回し、政府・JRに謝罪をさせて、自ら貼られたレッテルを剥がすしかありません。
次回へ…
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