2017年07月07日(金)
別所の自慢 [雑感]

◎毎日新聞7月7日朝刊・キョウトスコープ
祇園祭のチマキザサ 危機
コンコンチキチン、コンチキチン−−。7月に入り祇園祭が始まると京都は祭り一色。山鉾(やまほこ)巡行を前にした宵山(よいやま)宵々山では子供たちが「チマキいりませんかーっ」とかわいらしい声をからす。これまでおなじみの光景で、今年も来年も再来年もずっと続くと私たちは信じて疑わないが、実はその裏側で重大な変化が起きているという。しかもそれは祭りに限らず、京料理や和菓子など伝統文化全般にかかわってくるというから深刻だ。はたして何が起きているのか?【榊原雅晴】
京大・東口さん「祭りの持続 」を懸念
祇園祭の厄よけチマキなどに使うササは長らく京都市左京区の花脊(はなせ)別所町や大原百井町などの森林で採集されてきた。農家の軒先で天日干しされ、100枚ずつ束にして上賀茂・深泥池(みぞろがいけ)付近の農家に出荷。そこで乾燥したササをお湯に浸して戻し、稲ワラを包んでい草で結び、厄よけチマキとして山鉾町に納められた。農家にとっては大事な副業であり、1世帯当たり年100万円ほどの貴重な収入源になっていたという。
だが供給源となっていた洛北の山林で2004年から07年にかけササが一斉に花を咲かせ、枯れるという異変が起きた。ササの一斉開花・枯れ死自体は数十年に一度は起きる自然現象で、従来なら10年ほどで回復するはず。ところが今回はシカが新芽を食べる食害が追い打ちをかけた。人間の背丈ほどのササが茂っていたところの多くが、今も地面がむき出した状態。祇園祭で使われるササは今では長野や青森など他県産などに置き換わってしまったのだ。
ことは祭りに限らない。京都で毎年消費されるササは約1000万枚と推定されるが、うち祭りでの使用は約200万枚。残りは京料理を飾ったり、生麩(ふ)や和菓子の材料に広く利用されてきた。洛北のササは香りが良く、葉裏に毛がなく加工しやすいことから上物とされ、江戸時代の地誌「雍州府志(ようしゅうふし)」は「他産地のものは使用に耐えない」としている。京都の伝統文化を支える重要な脇役だったのだ。
この危機に市民グループなどから再生運動の機運が広がっている。2013年には産地や山鉾町、大学、行政の関係者や市民が加わった「チマキザサ再生委員会」が発足。花脊で採集されたササを鉾町の小学校で育ててもらう里親制度の推進や、シカ防止柵の設置などを進めている。
子供のころから南観音山で囃子(はやし)方を続け、現在、京都大農学研究科博士課程で「チマキザサの持続的利用」を研究している委員会メンバーの東口涼(ひがしぐちりょう)さん(28)は「今の状況が続けば過疎や高齢化が進む産地でササの採集・加工の技術が失われてしまう」と懸念。「ササだけでなく、祇園祭に必要な松やワラなどの植物資源も京都で賄うのが難しくなっている。よそから持ってくればよいという考えで、祭りを持続的に守っていけるだろうか。ササ葉1枚の値段は3、4円。厄よけチマキは一つ1000円とか500円で売っている。受益者である鉾町の人びとが適切な負担をし、産地を支える仕組みを考えるべきだ」と訴えている。
〔京都版〕
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私のふるさと京都市左京区花背別所町は、京都市内に住んでいる方でも知らない方が多い。そんな人には、「鞍馬から北に行き、峠を越えたところです」と言うとだいたい分かってもらえる。
ただし、それは「花背」としての認識で「別所」としては認識されていないことが多い。
私も含め、別所の住人は自分が「花背」の住人という認識がない。別所の住人にとっての「花背」は、花背大布施町、花背八桝町、花背原地町の総称で、「花背別所町」はその名の通り別の所である。
前者三町で一つの小中学校区(八桝小学校・花背第二中学校)になっており、別所町は単独で小中学校区(別所小学校・花背第一中学校)になっていた。これだけでも別所町が別の所だったことが理解できる。(別所から一番近い花背大布施町まで5kmある。)
左京区の花背峠以北は、旧小学校区ごとに別所(別所小)・花背(八桝小)・広河原(堰源小)・久多(久多小)の4地区に分けるのが普通である。
まあそれはいいとして・・・。
別所の自慢は、京都市内なのにスキー場があったこと。私が小さい時は、スキー場の雪が見えなくなるくらいたくさんのお客様が来られたこともある。これは私の小さい時からの自慢だった。ただ、その名前が「花背スキー場」というのが気に食わんかった。「別所スキー場やろが」といつも思ってましたけど・・・。
そんなスキー場も、だいぶ前に閉鎖されてしまいました。
でも、もう一つ自慢できるものがあることを忘れていた。
「別所の笹」。
26年前に亡くなった私のおかちゃんも、「笹取り」にはすごくこだわっていた。胃がんの手術のあと一旦退院した時、父と一緒に一度だけ笹取りに行った。その思い出を胸に旅立って行った。
「笹取りなんか行かんかったら、もうちょっと長生きできたのに」という人もいる。でも、私はおかちゃんがしたかったことをさせてあげて本当によかったと思っている。
「道喜のちまき」とかゆうてありがたがっているけど、ちまきの笹は京都の山奥の別所で取ってるんですよ。
私の七夕のお願いは、「別所がなくなりませんように」です。
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【今日のきく】
今日は寮2(出町)17時間。
朝出て行くときのきくちゃん。
階段の下の板間で、まったく動きません。
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【今日の制限食】
(朝食)
きゅうりの塩もみでお茶漬け。
(昼食)
昆布の何とかとみそ汁アウト。たまごも胆のう炎にはあかんのやけど、そんなことゆうてたら食べるもんがない。これで何とかしのいだ。
(夕食)
私の大好きなちらし寿司、アウト中のアウト。昆布だしでごはんを炊かれるということで、ごはんももらえない。
仕方ないのでコンビニへ。
いろいろ調べて、チンジャオロース丼(498円)、しっとりカステラ(216円)、シュガーマーガリンスナック(90円)、カルピスソーダ(129円)。全部で933円(税込)になってしまった。痛い!
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2017年06月29日(木)
脳みそ沸騰 [雑感]
「藤井さんみたいに体を鍛えてる人は暑さに強いように見えるけど、脳みそ沸騰してますよ。脳みそは鍛えられへんからね。」
「えっ?」
今日は寮1(二条)17時間。
朝、パソコンで食材発注するために管理人室に来られた料理長のSさんが、そう私に言われた。沖縄に行ったことは話していないのによく知っておられた。
「しゃべりのおばちゃんから、みんな聞いたでー。写真も見せてもろたわ。Tシャツ半ズボンで、旗担いで走ってたがな。病気に負けんとがんばってはりますやん。普通は気力が衰えてしもて、何にもでけへんようになる人が多いちゅうのに。」
「いやいやいや。仕事もせんと遊びちゃちゃくってるって、ヨメさんにめちゃくちゃ怒られてますねん。」
「手術のちょっとあとに、そこまでできる人はなかなかいませんよ。ようがんばらはったと思いますけどね。」
「そう言ってもらえるとうれしいです。自分で自分を励まそうと思って・・・。これがボクのリハビリですわ。」
「また沖縄行かはるんでしょ。」
「あかんてー、当分は。ヨメさん恐いちゅうねん。」
「またまたー。」
それにしても、「脳みそ沸騰」とはよく言ったもんだ。
今まで何回も暑い沖縄を走ったから、私の脳みそは沸騰してしもて使いもんにならんちゅうことやね。最近ボケがきついのはそのせいやったんか・・・。
「体は鍛えられども脳みそは無理」てか。
※「しゃべりのおばちゃん」とは管理代行仲間のK.Mさんのこと。
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【今日の制限食】
今日は朝6時すぎから夜11時すぎまでの仕事なので、三食とも寮で。
(朝食)
豚肉と野菜の中華炒め、オニオンスープ。
このほかにさんま甘露煮があったがこれはダメ。
(昼食)
朝の残り物なので、基本朝と同じ。
ごはんがなくなったのか、パンだった。
ジャムが心配だったが、増粘安定剤は入っていないみたい。
(夕食)
夏野菜カレー、サラダ、マンゴー。
カレーはだいじょうぶ。サラダはツナサラダだったのでアウトだったが、S料理長が「藤井さん用のサラダ用意しとくわ」と言ってお豆さんのサラダになった。
ありがとうございます。安心してゆっくりと食べられました。
おとといの寮2の料理長さんもそうだったが、食事制限の私にすごく親切。
「何でも聞いてや、何でもゆうてや」と言ってくださる。
これで、今日も家から用意してきた缶詰などを食べずにすんだ。
最初は「食べるもんないしどうしょ」と不安だらけだったが、なんとかなりそうですね。ほんまにありがたい、ありがたい。
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【今日のきく】
今日はアクシデントがあり、家に帰ったのは夜12時すぎ。
きくも一番雨のきつい時、ヨメさんに散歩に連れて行ってもらったようだ。それでだいぶ疲れたみたい。
私がふろから上がると、バスマットに転がっていた。
私もきくもヨメさんもみんなお疲れ。
「お互い、たいへんやねー。」
※今日は休み時間をうまく使って、中途半端になっていた沖縄ブログがだいぶ書けた。
よかったら見てください。
6月22日 ポケットWifi忘れたー
ダブルブッキング
6月23日 一人沖縄平和ラン・2017
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2017年05月24日(水)
末っ子はビビりんちょ [雑感]
◎ごはん部とらなびさんの「弟の日」より(一部抜粋)
弟君たちの性質
末っ子の「弟」
あまえんぼうです。特に異性の兄姉、姉がいる場合はその傾向が強くなります。
しかもこの甘えん坊はただ甘えるのではなく異性に対する甘え上手なため、とてもモテます。タラシです。
基本的に甘やかされて育つため、自分の興味のあることしかしません。(これが長じて、才能が開花することもあります)
世の中のお姉さん方(特に長女)、気を付けましょう。
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今日は寮1(二条)17時間。
あと3日で手術から1カ月。もうすぐ激しい運動をしてもいいんですよね。
(「もうしとるんちゃうんかい!」とのツッコミ、ありがとうございます。)
5月4日、退院の日のおもしろかったことを思い出した。
入院前に五百田達成さんの「きょうだい型」の本を読んでいたので、顔を合わせる看護師さんたちの「きょうだい型」を勝手に予想して楽しんでいた。
9日間の入院で、お世話していただいた看護師さんは10人以上おられた気がする。その中で強く印象に残っているのは4名。4名ともお若い方だった。
Aさん 一番最初に来られた方。若いのに落ち着きが感じられる。
Bさん 声やしぐさがかわいい。仕事仲間からもかわいがられている。
Cさん 例の「楽ですか」発言の方。仕事はしっかり。
Dさん 最も話しやすそうな方。しかし私には話しかけて来られなかった。
この4名が印象に残ったのは、「きょうだいしまい型」の4つのタイプが全部そろっているのではないかと思ったから。
Aさん 長子
Bさん 末っ子
Cさん 一人っ子
Dさん 中間子
退院するまでにそれを確かめたいと思っていたが、なんせ末っ子はビビりんちょなもんで・・・。自分の娘くらいの歳の子にも上手に話せませんのやわ。
退院の日、たまたま朝の検診に来られたのがDさん。もう、この人に聞くしかないと決心し・・・。
「すいません、きょうだい型教えてもらえませんか。」
「えっ?」
「あのー、きょうだいの何番目とかゆうの。ちょっと興味がありまして・・・。」
今まで一切私語を交わしていない患者から、いきなりこれでは「えっ?」になりますね。
「私は3人姉妹の真ん中です。」
「やったー、当たったー!」
「どうして分かったんですか。」
「きょうだい型の研究している人が本を出されていて、その部分を過大評価したらあかんと思うんですけど、けっこう当たってるなあと思うところもあってね。
中間子は調整型で、どんな人とも合わせるように努力するって書いてありました。看護師さん(Dさん)を見ていたら、そんなところがあるなあと思って。」
「えっ、そうなんですか。ほかにはどんなことが書いてありました?」
「中間子は、他人の評価を気にするんですって。きょうだいの真ん中で注目されることが少なかったから、ずっと褒めてもらいたい、評価してもらいたいという思いがあるみたいですよ。」
「そうなんですか・・・。」
このあと、Dさんのほうから姉との関係、妹との関係の話が続いて行った。その本も読んでみたいとまでおっしゃったので、「立ち読みで十分です」と答えておいた。
Dさんは同室の患者さんとはすごくしゃべっておられた方なので、私が何にもしゃべらないのを不思議に思っておられたのかも。退院の日に、今までしゃべったこともない看護師さんと話し込んでしまい・・・。
さて、この話のオチ。
「藤井さんの血圧、上が178です!」
「わっ、私の人生最高値です。」
退院日だというのに、末っ子のビビりんちょはこんなことくらいで血圧がぐーんと上がってしまうんでしょうか。一番しゃべりやすいDさんでこれやから、かわいいかわいい(と思われる)Bさんとしゃべったら血圧200超えかー。ああ体に悪い!
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【今日のきく】
朝6時前、私が家を出ていくときのきく。
これは私をブロックしてるんじゃなくて、やさしく見送ってくれているんですよね。
いや、そうでもないか。
この目つきだと・・・。
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2017年05月17日(水)
老化か? [雑感]
今日は寮1(二条)17時間。
朝、シューちゃんに会えると思っていたのに会えなかった。
6時45分ころ、非常階段のカギを開けに行くと、下の道にシューちゃんと飼い主さん。南のほうから戻ってくるところだった。上から「シューちゃん!」と呼びかけたかったところだが、このしわがれ声ではねえ・・・。残念!
シューちゃんの飼い主さん(女性)は、いつも大きなビニール袋を持って散歩しておられる。○ンコ袋にしては大きすぎひんかと思っていたら、今日やっと分かった。散歩中にゴミを拾ってられた。えらいわ。そんな人に飼われているから、シューちゃんは犬柄もよく長生きなんですね。うちのきくもそう言われたいなあ。
このごろずっと体がだるい。何もしていないのに疲れている。朝起きた時からスッキリしていない。
これが手術の影響ならまだいいのだが、手術をきっかけに一挙に老け込んだような気がしてならない。
頭がぼけてきたのはしょうがないとしても、手術前までは走る方は健在。この歳になっても、まだ毎年5km20分は切っていたし、フルも3時間40分で走れたらそんなに「老人」でもない。
でも今はとても無理なような気がする。おもろない。ワクワク感が全然ない。
毎日薬を飲み続け、ほどほどに生きていく余生ってどうなんでしょうね。バーンと爆発する方がおもしろいような・・・。爆発してみたいねえ。
ぜいたくでしょうか。
ヤクルト・由規投手、2083日ぶりの巨人戦勝利。
苦労人大松選手、フェンス最上段に当たる2点2塁打。もうちょいでホームラン。
今日はこれでいいや。
老けんようにきーつけよーっと。
ちょっと寝て、明日また朝が早い。
シャキンと起きられたらなあ・・・。
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【今日のきく】
ペロペロペロ・・・。
ちょっとしか残ってへんなあ。
ペロペロペロ・・・。
舌、長いやろー。
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2017年05月15日(月)
沖縄復帰・葵祭・あんも [雑感]
◎琉球新報5月14日
沖縄の負担度、本土の209倍
15日で沖縄が日本に復帰して45年の節目を迎える。復帰を機に、米軍基地の負担から解放されると多くの県民は期待したが、今もなお広大な米軍基地が横たわり続けている。米軍に起因する事件・事故も後を絶たず、何人もの県民が尊厳や命を奪われてきた。一方、復帰後沖縄に駐屯し始めた自衛隊は近年「島嶼(とうしょ)防衛」を理由に存在感を高めている。政府は多くの県民の民意を無視し、名護市辺野古への新基地建設も強行した。「基地なき島」を望んだ県民の思いとは裏腹に沖縄は、国防の最前線としての負担を強いられ続けている。
県内の米軍基地の面積は2017年1月時点で1万8822ヘクタール。復帰時の2万8660ヘクタールから約34%の返還にとどまる。返還面積の最大は昨年末(16年12月)の北部訓練場の過半(約4千ヘクタール)。一度に返された面積としては最大で、これが全体の返還面積を一気に押し上げた。
日米両政府は、これらの数字を引用し「沖縄の負担軽減」とアピールする。しかしもともと県内の米軍基地の多くは県民から「銃剣とブルドーザー」で無理やり奪い取った土地だ。さらに多くの基地の返還は代替施設の建設(移設)や既存基地の統合・機能強化がセットになっている。返還面積の数字ほどの負担軽減感があるとは言い難い。
東村と国頭村にまたがる米軍北部訓練場には、昨年末の過半返還の条件として、新たにヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)が東村高江の集落を囲む形で6カ所建設された。一方、伊江島補助飛行場では、強襲揚陸艦の甲板を模した着陸帯「LHDデッキ」の拡張工事が進み、海兵隊ステルス戦闘機F35と垂直離着陸輸送機オスプレイの離着陸訓練という負担が加わる。国土面積のわずか0・6%である沖縄に在日米軍専用施設の7割超が集中し、過度に負担を強いる構図は変わっていない。
人口当たりの米軍負担率も本土とは桁違いの高さだ。日本に駐留する米兵数を人口千人当たりで割った場合、本土在住者は米兵0・086人を負担しているが、沖縄は県民千人当たり17・99人を負担し、負担率は約209倍となる。
米軍の日々の訓練も県民の暮らしを脅かし続けている。午後10時以降の夜間飛行の常態化や嘉手納基地への外来機飛来、パラシュート降下訓練やつり下げ訓練があり、部品落下事故や流弾事故も相次いでいる。米軍が「運用上の必要性」を盾に、わが物顔で沖縄の陸、空、海を動き回る状況は、復帰後45年を経ても改善されていない。
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※また新聞記事のコピーですけど、すごく分かりやすいのでぜひ読んでくださいね。
病院の診察室前のロビーでテレビを見ていた。
NHKの「あさイチ」。
「なんで南沙織の残念な息子が出てるんやろう」と不思議だった。私の高校生時代、アイドルと言えば天地真理と南沙織。そんなに人気があったのに、息子はちと残念な印象。
しばらく見ていてやっと分かった。「ばあちゃんが、ばあちゃんが」と何度も言っていたのは、南沙織のお母さんのこと。
正直、南沙織の息子にはいい印象はなかったが、まあ一生懸命沖縄の基地問題をレポートしていた。がんばれ!
今まで何度も書いたがもう一度。
「東京に米軍基地を!」
普天間の代替地は東京に。それが唯一の解決策だ。
受益者負担の原則で、人口が最も多い東京に、米軍基地の恩恵も被害も受け入れていただきましょう。
私は国政選挙の一票の格差是正に反対。都会の人に選ばれた議員だらけになったら、米軍基地も原発も絶対に都会に設置されることはない。しわよせはすべていなかに。
「米軍基地・原発を東京に誘致する会」ってないのかな。
あれば、ぜひ会員になりたいと思う。
今日5月15日は葵祭。
上賀茂神社まで走って見に行こうかなと思ったが、その元気はなかった。
上賀茂小学校教師時代、一度だけ子どもたちを連れて見に行ったことがある。30年近く前のこと。
今は授業を勝手に変更して、教師一人で40人の子どもらを連れて行くことなど不可能なんでしょうね。
ああ、なつかしい。

2011年4月14日
あんもが死んで、今日で6年。
もうじき地獄であんもに会えるかなあと思ってたのに、先延ばしになったわ。
もうちょい待っててね。

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【今日のきく】
夕方のお散歩。
久しぶりにかわいいきくの写真が撮れた。
今日の夜もバス停まで、オバサンお迎え。
しっぽフリフリというより、おけつブリブリ。
ものすごくうれしそうにしていたので、オバサンに行くと思ったら・・・。
後ろにいた女子高生にアタック。女子高生はめっちゃビビッていた。
オバサン平謝り。
「きくちゃん、アンタにはオッサンが入っとるんか。ええかげんにしいや!」
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2017年04月14日(金)
アルパカ牧場対○○○○牧場 [雑感]
◎日経4月14日夕刊・瀬戸際の知恵(5)
アルパカ 村に笑顔生む
訪問客増え 生活に張り
まだ1メートルを超える積雪が残る3月末、新潟県長岡市の旧山古志村にある牧場の畜舎で、20頭のアルパカが春の訪れを待っていた。
2004年10月23日夕刻に発生した新潟県中越地震で、村民全員は村外避難を余儀なくされ、全域で避難指示が解除されるまで約2年半かかった。人口が減る中、復興の一助になればと、米国在住の日本人女性が3頭を寄贈し、09年春に村に到着した。活用を担ったのは元村職員の青木勝さん(67)だ。
青木さんは「都会の長岡に移住するのではなく、山古志の自分の集落で暮らしたいという思いの村人の人生をより豊かにする」と考えた。愛くるしいアルパカで住民の笑顔をつくる。牧場の入場料は無料にした。
たとえ100円でも有料だと「駐車場はないのか」「土産物はないのか」と文句が出るかもしれないが、無料ならば「アルパカに会えますか」と立ち寄る人の態度が異なると予想したためだ。思惑が的中したのか、気軽にアルパカを見に来られる観光スポットとして人気を集め、いまや休日には1日1千人超の客が牧場を訪れる。入場無料を聞きつけ、近隣の特養施設からもアルパカによる「癒やし」を求めて訪問が相次ぐ。
アルパカが呼び水となって増えた村外からの訪問者は住民の生活に張り合いを与えた。変化は住民が設置する小規模の野菜販売所に表れた。以前なら「見た目が悪い」と敬遠されていた野菜だが、今では鮮度の良さを理由に購入する人が多いという。
仲間3人と野菜や山菜を販売する女性(74)は「以前は自宅で食べるだけの野菜作りだったが、今では売るものだからなるべく良いものをつくろうと思う」とほほ笑む。
青木さんは11年に役所を退職し、発足した「株式会社山越アルパカ村」の社長に就いた。アルパカはウシ目ラクダ科。牛を長年飼育してきた村の住民には飼育しやすい動物だ。牧場が開場する5〜11月、近くの住民5人が交代で清掃や餌やりを担当。1日1時間ほど働けば年末には1人10万円程度の収入になる。
繁殖にも取り組み、今や60頭に増えた。各地の動物園などへの販売や長期間のリース、イベントでの貸し出しなど事業は牧場運営だけにとどまらないが、青木さんは「アルパカで地域の若者を3人くらい雇用するくらいの規模がいい」と話し、事業を拡大させるつもりはないという。
最近、農林水産業では生産から加工、販売の一体化を組み合わせる「6次産業化」が注目されているが、青木さんは「その必要はない」と言い切る。「山古志で楽しく暮らしていける糧があればいい。暮らしの農業は0次」
全村避難で一時、無人となった集落は無料で会えるアルパカによって長い歴史を刻んできた生活・文化を守りつつ、新たな魅力を創り始めた。
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今日は寮2(出町)24時間。
ここは朝日新聞のほかに日本経済新聞も取っている。日経は株関係のページが半分くらいという印象。株持ってへん我々はどこ読んだらいいの状態。
そんな日経だが、夕刊はまだおもしろい記事が多いと言える。
「シリーズ・瀬戸際の知恵」もおもしろい。
今日は、あの地震で大被害を受けた山古志村の知恵。
そうかー、アルパカ牧場かー、やられたなー。
先日長崎の真柴先生宅を訪問させてもらった時、一番の話題は別所の将来のことだった。私のふるさと・花背別所町は、真柴先生にとっても社会人のスタートとなった地である。
「こうじ君の学年はすごく多かったよね。」
「はい、12人いました。僕らが最後の二けた学年です。そのあとは最高で7人です。真柴先生の1年目は、1年3人と2年7人の複式で、3年が僕らで12人でした。」
「別所小学校はなくなってしまったけど、別所に小学生はいるんでしょ。」
「それがね、うちの兄の孫と姉の孫と、あと一家庭だけなんですよ。みんなで3、4人やったと思います。」
「えー、そんなに少なくなったの―。」
「じいさんばあさんばっかりで、若い人がほとんどいませんから。」
「この先、別所がにぎやかになることはもうないのかなあ・・・。」
私には夢がある。
それは私の大好きなハイエナと遊べる「ハイエナ牧場」を別所に作ること。
そんなことを思っているうちに、山古志村に「アルパカ牧場」を作られてしまった。新聞記事によると、けっこううまくいっているみたい。
いろいろ調べてみると、アルパカは性格も穏やかで飼育しやすい動物のようだ。ハイエナはそうはいかんわな。「小さい子もいっしょに遊べる」、・・・無理やろな。
山古志村のアルパカ牧場は販売もしていると書いてある。別所のじいさんばあさんらも牛を育てた経験のある人が多いので、山古志村からアルパカを仕入れて「別所アルパカ牧場」をするのもいいかも知れない。
いやー、でも夢の「ハイエナ牧場」も捨てがたい。
ハイエナ、ずっと見てても全然あきないんですよ。
「東のアルパカ、西のハイエナ」、無理かなあ・・・。
【追加】
今日、真柴先生からメールをいただいた。
◇ ◇ ◇
こんにちは。
ぶじ走ることできましたか?
子どもさんお元気でしたか。
来てくれてありがとう。
◇ ◇ ◇
シンプルやけどうれしいお言葉。
すぐに返事。
◇ ◇ ◇
こうじです。
メールありがとうございます。
マラソンは1位1位2位と3種目走り切りました。
翌日娘が働くレストランにも行きました。
また手紙書きます。
◇ ◇ ◇
ショートメールなので、字数制限がありもどかしい。
出会ったときは、大学出たての22歳の新採教師と小3のぼんず。でも、今はほとんど違和感のないのジジとババです。
「来てくれてありがとう」の言葉は本当にうれしい。この先もお付き合いできれば・・・。
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