2018年09月30日(日)
デニーさん、よかった! [沖縄]

2013年おきなわマラソン
ヨメさんが見つけてくれたネットの開票速報は、まず離島から。そこで、自民系が強いと思っていた久米島が2200対1500でデニーさんがリード。それと支持政党別投票先で、公明党支持者の32%がデニーさんに投票。
この2点でデニーさんが勝てるかもしれないと思った。
その数分後にデニーさんに当確。
私の分析、「沖縄の創価学会員の20〜30%が上からの指令に逆らってデニーさんに投票すれば、デニーさんに勝ち目はある」は正しかった。
デニーさん、うちの娘が住む名護市に新米軍基地を絶対に作らせないでください。
ああよかった、よかった。ほっとした。
■玉城氏39万票で過去最多 沖縄県知事選 得票数確定
当396632 玉城デニー 無新
316458 佐喜真 淳 無新
3638 兼島 俊 無新
3482 渡口 初美 無新
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2018年09月27日(木)
良心に従って [沖縄]

創価学会の三色旗を持って、玉城デニー氏の街頭演説を聴きに来た野原善正さん=2018年9月13日午後6時39分、那覇市の県庁前、伊東聖撮影
◎朝日新聞9月25日朝刊
沖縄 創価学会員の反旗
自公連携でも「辺野古移設おかしい」
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設の是非が争点となっている沖縄県知事選。公明党は、移設を推し進める安倍政権に近い佐喜真(さきま)淳氏(54)を全面支援する。だが、支持母体・創価学会員の中には「移設反対」の意見もあり、党の方針に反旗を翻す人もいる。
告示日の13日、那覇市。「辺野古反対」を貫いた翁長雄志(おながたけし)知事の後継候補・玉城デニー氏(58)の街頭演説を、青、黄、赤の創価学会の三色旗を手に聴き入る男性がいた。浦添市の会社員野原善正さん(58)。「おかしいと感じている学会員が自分の行動を見て声を上げられるよう、あえて三色旗を持ってきた」
24歳で創価学会に入り、熱心に活動してきた。だが安倍政権が2014年7月、集団的自衛権の行使を認める閣議決定をし、公明も容認したことに「おかしい」と感じて公明支持をやめた。学会員の集まりなどのたびに異議を唱え、学会にも抗議したが、相手にされなかった。
沖縄戦の経験から、沖縄の創価学会は伝統的に反戦意識が強いと言われてきた。辺野古移設について、公明県本部は今も「反対」を掲げる。前回知事選では自民が推薦した「移設推進」の仲井真弘多氏を推さず、公明は「自主投票」とした。
だが当選した翁長氏が政権と激しく対立すると、県本部は徐々に自民に接近する。2月の名護市長選では、移設を事実上容認する新顔を党として推薦し、勝利した。今回の知事選は「自公連携」を強化。県本部は佐喜真氏と政策協定を結んだが、辺野古移設に触れていない。
野原さんは言う。「学会も公明党も平和を希求しているはず。辺野古に基地を造ること自体がおかしいのに、学会員を集票マシンとして利用している」

「公明党は自主投票にすべきだ」と訴える創価学会員の住友ヒサ子さん(左)ら=2018年9月22日、那覇市おもろまち、伊藤和行撮影
22日の玉城氏の集会では、那覇市出身の住友ヒサ子さん(65)=東京都新宿区=も三色旗を掲げ、「今の公明党は平和思想に反する。真実を見抜いて投票しましょう」と呼びかけた。県内に住む親戚に玉城氏支持を訴えているという。「辺野古反対と言っておきながら、佐喜真さんに投票するなんてあり得ない」
ただ、公明県議はこうした反発を「ごく少数」と言う。「大半の学会員は、国と対立しすぎた翁長氏に疑問を持ち、党の方針を理解してくれている」。県内の公明票は7万〜8万とされる。
那覇市の会社員知念昌光さん(75)は10日、恩納村の学会施設で創価学会の原田稔会長の話を聞いた。原田会長は平和の尊さを訴えつつ「佐喜真さんを応援しよう」と話したという。知念さんも生活の向上を訴える佐喜真氏を支持する。
辺野古反対。翁長氏の「イデオロギーよりアイデンティティー」という言葉に共感した。だが「普天間が返還されれば、実質的には基地の縮小だ」と自分に言い聞かせているという。(伊東聖、山下龍一、伊藤和行)
----------------------------------------------------------------------------------
■自公連立政権(ウィキペディアより一部抜粋)
自公連立政権(じこうれんりつせいけん)は、日本の政権の一つ。
1999年(平成11年)10月5日から2009年(平成21年)9月16日まで、及び2012年(平成24年)12月26日から現在も継続中の自由民主党と公明党による連立政権である。
◇ ◇ ◇
自民党は1998年(平成10年)7月の第18回参議院議員通常選挙で前回の改選前の61から45に大幅に議席を減らした。この選挙の敗北の責任を取り橋本龍太郎内閣が総辞職し、同月30日に小渕恵三内閣が成立した。8月中旬、元首相の竹下登は創価学会会長の秋谷栄之助と密かに会談を行い、創価学会の協力を取り付けた[1]。
政権運営に行き詰った自民党はまず自由党との連立協議に入り、1998年(平成10年)11月、自自連立の基本合意が首相小渕恵三と小沢一郎自由党代表の間で取り交わされた。同年11月7日、旧公明党系の「新党平和」・「黎明クラブ」・「公明」が合流し、「公明党」を再結成。この際、代表の神崎武法は「自民党の補完勢力にはならない。自公連携、自公連立は考えていない」との考えを表明していた[1]。
詳細は「公明党#沿革」を参照
自民党はこうした不安に配慮した。自民党にとっては、自由党との連立のみでは参議院の過半数には足りず、過半数、さらには安定多数を確保するためには、公明党の議席が必要だった。1998年(平成10年)11月、自民・公明両党は、公明党が主張した地域振興券を補正予算案に盛り込むことで合意。1999年(平成11年)3月には問題発言などで公明党が辞任を求めていた法相の中村正三郎を事実上更迭した。他方、公明党は11月15日投開票の沖縄県知事選挙で従来行っていた革新候補(大田昌秀)の支持を取りやめ、表向き「大田昌秀氏支持を基軸に自主投票」としつつ、実質的に保守(自民)候補の稲嶺恵一を支援し、稲嶺が当選した。
1999年(平成11年)1月14日、自民党と自由党の連立政権が発足。公明党もいまだ名目上は野党ながら、周辺事態法、国旗・国歌法、通信傍受法、住民基本台帳法改正など、政府・与党の重要法案に次々と協力し、与党入りの足場固めをした。同年10月5日、自民党の小渕内閣との自自連立に正式参加。自自公連立政権が誕生した。これ以降森内閣(森喜朗首相)・小泉内閣(小泉純一郎首相)・第1次安倍内閣(安倍晋三首相)・福田康夫内閣(福田康夫首相)・麻生内閣(麻生太郎首相)、そして、自民党が政権を奪還した第2次安倍内閣(→改造)・第3次安倍内閣(→1次改造→2次改造→3次改造)・第4次安倍内閣(安倍晋三首相)においても公明党は自民党との連立政権を維持した。
■公明党の立場
公明党は連立政権内で国務大臣ポストを1人分充てられることが慣例となっている。
公明党は「政権のブレーキ役」を自任する一方、特定秘密保護法の成立などを見ても、自民党が主張する政策・法案の成立に大きく協力しており、「自民党の補完勢力」になっているとの指摘がある[6]。
自公連立政権誕生以来、公明党は自民党と対立しても最後は自民党の主張を大筋で受け入れることが多いため、「下駄の雪」と言われることもあるが、これについて公明党代表の山口那津男は、「公明党の役割を下駄に例えれば、鼻緒の役目を負っていると思う。鼻緒が切れれば、下駄は使い物にならない。単なる下駄の雪というのは極めて実態を見ない言い方だ」と反論している[7][8]。
----------------------------------------------------------------------------------
今さら公明党や創価学会を批判してもしょうがない。
あの党や教団は「自民党にへばりつくしかない」、そういうところなんでしょう。
「信者は洗脳されているもの」と考えて何の不思議もない。ただ、その中に冷静に判断する力を取り戻しておられる方もある。
県内の公明票7〜8万のうちの「ごく少数」とはどれくらいなのだろう。もしそれが2〜3%なら2000票前後。この程度なら、デニーさんの負け。
しかし、もしそれが20〜30%なら20000票前後。このあたりが勝負の別れ目のような気がする。
信者の前に、人間としての良心に賭ける。
どうか、辺野古に100年以上固定されるという巨大要塞を容認するような知事候補には投票しないでください。
お願いです!
--------------------------------------------------------------------------------------
【今日のきく】
今日は寮1に17時間。
家に帰ると、またヨメさんはお疲れで就寝の模様。
代わりにきくちゃんがお散歩のサービス。
これって、サービスなんかなあ・・・。
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 2 )
2018年09月21日(金)
沖縄だけに押し付け [沖縄]

政治学者・白井聡さん
◎朝日新聞9月19日朝刊
戦後の日本 あり方を問う
ドキュメンタリー映画「国家主義の誘惑」監督・出演者に聞く
沖縄や憲法、天皇制、日米関係のあり方を問うドキュメンタリー映画「国家主義の誘惑」が、全国で上映されている。沖縄県知事選や自民党総裁選を控え、映画を制作した渡辺謙一さん(67)と、映画に出演した政治学者の白井聡さん(41)に聞いた。
――映画で「戦後日本は海兵隊としてのアメリカはないことにして、ディズニーランドとしてのアメリカだけを享受し消費する体制を作った」という白井さんのコメントが印象的です。
白井 米国の両義性を本土の日本人が実感していたのはベトナム戦争までで、今は沖縄だけに押しつけている。沖縄は「構成的外部」。平和国家・日本の外にあるように見えて、実は戦後体制を成り立たせるのに不可欠。この平和国家は、米国の戦争のお手伝いを一生懸命やっている。この矛盾が押し込められている場所が沖縄だ。
渡辺 映画でミュージシャンの喜納昌吉(きなしょうきち)さんが「沖縄の本土復帰は美しかったけれども、実際は憲法9条の恩恵も受けていない」と言う。なぜ今、辺野古が問題なのか。なぜ沖縄だけが中央政権に対して反旗を翻しているのかが問われている。
白井 「海兵隊としてのアメリカ」に、本土側も直面せざるをえなくなってきた。最近、対日貿易赤字をめぐり、トランプ大統領が「真珠湾を忘れていないぞ」と安倍晋三首相に迫ったと報じられ、日本の外交当局は「米国の大統領が日本に不満を持つはずがない」と必死に打ち消しているようだが、第三者的に見れば滑稽の極みだ。
――近著「国体論 菊と星条旗」(集英社新書)で、「対米従属」の問題を掘り下げていますね。
白井 戦前は天皇が日本国民を愛してくれたように、戦後は米国が日本を愛してくれるという幻想のもとに、天皇の上に米国が載った形で「国体」が再編された。沖縄の占領状態を長期間継続させることを天皇が米側にひそかに依頼したとされる1947年の「沖縄メッセージ」も重要な要素として含まれる。
――「戦後の国体」はいつまで続くのでしょうか。
白井 1868年の明治維新から1945年の敗戦までが77年。それから2022年までが同じく77年。「国体」が形成され、いったんは相対的に安定し、そのあと崩壊して社会全体をぶちこわす。このプロセスが二度繰り返されるとすれば、その過程の終わりとして考えることができるのではないか。
渡辺 日米関係だけで物事は考えられない。地政学的にロシアや中国とも関係してくる。米ロ中という軍事大国のすきまにある島国が日本。競り合うのではなく、生き延びるために個性を強める方が大事だろう。そもそも同盟は対等であるはずなのに日米は対等でなく、戦後も別の形で不平等が継続している。明治人は不平等条約解消になぜあれほどこだわったのか、歴史をさかのぼって考えてほしい。(聞き手 核と人類取材センター・田井中雅人)
◇
映画は第七芸術劇場(06・6302・2073)などで上映中。
◇
わたなべ・けんいち 1951年生まれ。映像作家、映画監督。「天皇と軍隊」など多数。
しらい・さとし 1977年生まれ。京都精華大学専任講師。著書に「永続敗戦論 戦後日本の核心」など。

監督・渡辺謙一さん
---------------------------------------------------------------------------------
「大変な思いをしている沖縄を自分が語れるか…。内地だと皮膚感覚で問題を感じられない。無知を恥じているんですよ。中に入ってみると、相当な苦しみがあるんですよね」とおっしゃった樹木希林さんはえらいと思う。
私も同じ。
ただ沖縄が好きというだけで、知ったかぶりをしてはいけない。
しかし、沖縄が他府県と明らかにちがうのは米軍基地の多さ。それすら分かっていない本土の人間は情けない。
私は、高校の授業に「沖縄学」を入れてほしいと思っている思っている。まずは、現状を知ること。そこからですね。
ウーマンラッシュアワーの村本さんもえらいと思っている。沖縄の現状を知り、自分なりに感じたことを発信されている。こういう人は応援したい。
----------------------------------------------------------------------------------

ライブで漫才などについて語る村本大輔さん=3日、那覇市牧志の桜坂劇場
◎琉球新報2018年1月4日
ウーマン村本が沖縄で明かした 「THE MANZAI」沖縄ネタの裏話
お笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔さんが3日夜、単独ライブ「ウーマンラッシュアワー村本の大演説〜時は来た…すべての戌どもに村本が吠えて噛みつく2018in沖縄…」を那覇市の桜坂劇場で開いた。現代日本の風刺や漫才への思いを語り、会場の約300人は笑い、拍手を送った。
ライブの冒頭、自身が出演した討論番組で、大学教授から「無知を恥じなさい」と叱責(しっせき)された一幕を紹介。村本さんは「無知であるからこそいろいろ知ることができる」と反論し、こぶしを突き上げた。
昨年末に全国放送の番組で、被災地や沖縄を漫才のネタにしたことや周囲の反応などにも触れた。「(沖縄などをネタにして)『重い』などと言われたが、漫才は社会で『空気』のような存在の人に色を付ける役割がある。辺野古にいる人々にもお笑いで色を付けたい」と思いを語った。
宜野湾市からライブに訪れた木村浩子さん(80)は「自分の言いたいことを全部言ってくれてよかったし、おもしろかった」と話した。
■村本大輔さん一問一答/簡単にレッテル貼るな
お笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」の村本大輔さんと県内報道各社の主な質疑応答は次の通り。
―沖縄と本土の意識のギャップを埋めたい。どう考えるか。
「(ニュースで)辺野古とかで座り込みをしている人たちが(警察に)捕まえられている映像を見た。なぜこんなことになるのかと(疑問に)思った。なぜ基地を置くのか。なぜ沖縄にいっぱい集中しているのか」
「僕は基地賛成でも反対でもないけど、もし賛成、反対どちらでも泣いている人がいたら、同じ日本なら『どうしたの』『教えてよ』ぐらいは言えよと思う」
―漫才で基地問題を発信するのに勇気が必要だったか。
「勇気というよりも、下手に語ったと思われる失礼さや、傷つけたらどうしようという方が強かったかもしれない。思ったことは漫才で言いたいと思った」
「無関心な人を傷つけたいんじゃない。沖縄の若い無関心の人に言いたい。無関心、無知は恥じゃない。無知は最大の武器だと思う。無知はこれからまだ知らない本を読める楽しさがいっぱいある。自分は思い込んでいないという思い込みが一番怖い」
「(「THE MANZAI」のネタについては)ケーキに問題を混ぜて食べさせてあげないと(視聴者が)口に入れてくれない。僕が知っている範囲で分かりやすくかみ砕いた。ちょっとの角度が広いものになる。漫才のすごいところだ」
―辺野古で座り込む人々の話を聞いて何を感じた。
「それぞれの思いを背負っていることが分かった。(座り込み運動を)『金をもらっている朝鮮人がバイトで行っている』と決めつけた方が簡単に語りやすい。例えば1人、地元のばあさんがいたらその声までレッテルを貼ってしまう。でも、ベッド、ソファの上でネットだけで情報を見て、親指一つで世の中を決めつけている人間が、差別にさらされながらあそこ(辺野古)で自分の思いを語っている人間を否定する権利なんて何一つない」
「フランスでは革命があった。ストライキやデモが当たり前。日本では声を上げると『やばいやつだ』というレッテルを貼られる。簡単にレッテルを貼るな。辺野古(基地建設)に賛成している人とはまだ話していないから話したい」
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2018年06月24日(日)
今帰仁でまったり [沖縄]
私が寝ている間に、真樹が名護までパンを買いに行ってくれた。
朝からかわいいパンが食べられて、ほっこり。
朝からがっついているのはぺんちゃん。
私が近くにいても、ほとんど気にしなくなった。
私は名護のJAへ。
お目当ては、おいしいおいしいミニマンゴー。
いつもの年に比べると、大きなマンゴーはたくさんあったがミニマンゴーは少なかった。その中でも慎重に選んで買ってきた。
こんな暑い時期に交通量調査。
炎天下で帽子もかぶらず・・・。だいじょうぶなんでしょうか。
お昼は、コンビニのざるそばとコーヒー牛乳にした。
これを食べた後に体重を測ると57.0kg。ということは、昨日のゴール後は56kg台ですね。
バイト仲間のKさんとお掃除のKさん、それに家用の3つ買った。前はもうちょい安かったのに、ちょっと高くなってました。
家に帰ると、はんちゃんが変なところに隠れていた。
ぺんちゃんは私を気にずくつろいでいた。
真樹をバイト先のカフェまで迎えに行き、いったん家に帰る。
ぺんちゃん、真樹が抱っこしたら大暴れ。
はんちゃんは押し入れの隅でくつろいでいた。
それにしても、顔と足が反対にねじれているような・・・。
真樹を本部町のコンビニまで送り、私はここらで夕食が食べられそうなところを探す。
ところが水族館に行く道から外れた旧中心部は、閑散としていた。
商店街のお店もほとんど閉まっており、広場でミニコンサートをやっておられたところも人影まばらだった。
ひっそりと歩いていたネコちゃん。
懐かしい感じの写真館が、以前の隆盛を物語っているようだった。
ここには食べるところはない。
仕方ないし戻ろう。
真樹の家の近くには食堂「マリー」さんがあるのだが、昨日今日と臨時休業。
一度も入ったことのないラーメン屋さんがあったので、そこに入ってみることにした。
まだできたばかりのお店のようで、メニュー表には「みそ・しょうゆ・塩」の3種類のラーメンが書いてあるだけだった。飲み物のメニュー表もなかったが、オリオンビールのポスターが貼ってあったので、ビ−ルはあるみたい。ただし、私はこの後名護に買い物に行く予定だったのでビールはやめておいた。
チャーシューがたっぷり入ったしょうゆラーメン(600円)、おいしかった。
食べ終わった後、名護にお買い物。
居間の敷物が冬物なので暑い。真樹が夏らしい涼しい敷物を欲しがっていた。
それと、自転車の空気入れね。
買い物から帰ってくると、なんかはんぺんがにゃーにゃー鳴くと思ったら、晩ごはんをせがんでいるのだった。
おとなしいはんちゃんは、いつもぺんちゃんに自分の分も食べられてしまう。そうならないように気を付けてやるのが難しかった。
今日は、はんちゃんもまあまあ食べられたかな。
敷物を新しいのに変えると、ネコちゃんら大喜び。
すりすりすり・・・。
ごろんごろんごろん・・・。
「いや、はんちゃんも喜んでくれてるやん! よかった、よかった。」
2ひきで、新しい敷物の上を駆け回っていた。
爪ひっかけ遊びもしてたね。いろいろ工夫しますね。
10時までのバイトが終わり、真樹を迎えに。
真樹も帰ってきたら、ネコちゃんらといっしよにごろんごろん。
はんちゃんはまた隠れてしまったね。
真樹が約束の一番高いビールを買ってくれた。
今日は胃の調子も元に戻ったし、真樹との長い長いゆんたくを・・・。
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2018年04月23日(月)
ライカムでもおーきな祭 [沖縄]
「島ぜんぶでおーきな祭」のイベントが沖縄市のライカムでも開催されている。真樹の大好きな「ミキ」も出演するということが分かり、バイトが終わり次第ライカムに向かうことにした。(4月22日)
そのイベントは、「ライカムスペシャルネタステージ」。
出演者はトロサーモン、ゆりやんデトリィバァ、ミキ、ジャルジャル、ロバートと書かれていた。
18時から、5Fステージ「スカイ」で。
真樹のバイトが少し早く上がらせてもらえたので、楽々間に合うと思っていた。ところが、高速を沖縄北ICで出たので渋滞。到着は6時5分くらいになってしまった。
それまで雨が降っていたので、会場も3Fに変わっていた。
私らが到着したときには、3Fにすごい人だかり。後ろ姿でロバートと分かった。
とりあえず舞台が見られる4Fまで移動。かなり離れたところだったので、声はよく聞き取れなかった。
それでもロバートのあとにジャルジャル、最終とりにミキが登場。ミキは沖縄でも大人気だった。真樹もミキが見られたので満足。私は、お目当てのゆりやんレトリィバァが終わっていてガッカリ。

ミキのネタが終わり、吉本新喜劇から、すち子さん、川畑さん、松浦さん、諸見里さんの4人がごあいさつに。ミキとこの4人とで、舞台上がすごく華やかになった。写真撮影は禁止だったのだが、上の写真のままの姿でごあいさつに来られていた。
真樹は「生のすち子さんを初めてみた」と喜んでいた。
桜坂劇場のように、最後に撮影タイムを設定してくださったらみんなにもっと喜んでもらえたのに。
すべてが終わったところで写真を撮らせてもらった。
私たちがいた4Fから見た舞台はこんな感じ。
少しでも見られてよかった。
このイベントは、思っていたより早く始まり早く終わったようだ。
「お腹減ったし食べに行こうか。」
レストラン・フードコート案内版の前でひと思案。
「牛タンかな。」
「真樹もそう思っててん。」
考えが一致したので「炭焼き牛たん 仙台・なとり」さんへ。
真樹は「たんなかとろろ丼」(1300円+税)。
私は「たんなか4枚定食」(1550円+税)。
「たんなか」と「たんもと」があって、たんもとのほうが高かった。私らは安いたんなかにしたので、ちょっとかたかったかな。でも味は良かった。
真樹が「このごろ全然服を買ってへん」ということで、お店を見て回ることにした。けっきょく、いつものお気に入りの「earth」へ。
「かあちゃんにも服こうたらんなんなあ」と私。
「5月に沖縄に来るときの服を買ったげたら」と真樹。
シースールーのかわいいのが見つかったのでそれを買った。
「かあちゃんはこれだけで着るかもしれん。中にタンクトップとか着なあかんてゆうといてや。」
「ほんまや!」
牛たんとearthで5000円を超えたので、急いで抽選会へ。
しかし、「今日の抽選は終了しました」と。21時までって書いてあったのに・・・。残念!
家に帰ってきたのは9時20分くらい。
ネコちゃんらはまた隠れてました。
ぺんちゃんは板の裏。
はんちゃんはベッドの下。
でも「ごはんだよー」と言ったら、ゆっくりと出てきた。
ぺんちゃんはいいとこばかりの早食い。
はんちゃんはそのあとゆっくりと。
このあと、私のカメラを使って真樹が撮影。
----------------------------------------------------------------------------------
---------------------------------------------------------------------------------------
真樹の家でも「おーきな(ネコ)祭」でした。
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2018年04月19日(木)
朝帰りからの沖縄 [沖縄]
詳しいことは書けないが、昨日の睡眠時間は1時間半ほど。あー、体だるだる。
バイト先から家に戻ったのが朝7時ごろ。10時過ぎには沖縄に向けて出発したかったので、余裕は3時間。私は相変わらず、この時点でまだ何も旅の用意をしていなかった。
それでも5日間きくとは会えなくなるので、まずはきくのお散歩へ。
「オッサンおらんけど、オバサンと仲良くね。」
きくはかしこいので、だいたい私がゆうてることは理解している。
大急ぎで旅の準備。
今回は「古宇利島ハーフ」参加が目的なので、ランシャツランパン、ゲーター、ソックス、シューズ、これさえ忘れなかったらだいじょうぶ。
国際会館駅まで、ヨメさんときくに送ってもらうことにした。
私の旅行カバンをにおぐきく。
やっぱり、この顔を見ると何にも分かってへんのかなあ。
地下鉄から阪急に乗り換え三宮へ。
神戸空港のレストランは高いところばかりなので、三宮で食べることにした。
「やよい軒」があったので、そこで「彩定食」(790円)を。ごはんもお代わりして、満腹。
四条烏丸から三宮まで620円と超安いのに、ポートライナーの330円は高すぎる。200円が適正料金ですね。
神戸空港からはソラシド。
時間通りに出て、ちょっとだけ遅れて那覇空港着。
ちょうど今日から、「島ぜんぶでおーきな祭 ー第10回沖縄国際映画祭ー」が始まる。たくさんの吉本芸人さんが沖縄入りしているはずだ。
今日は真樹のバイトがお休みで、空港まで迎えに来てくれた。
そのついでに、「映画祭」を開催している桜坂劇場へ。
見たい映画の発券時刻までまだだいぶあったので、お向かいの公園へ。
みんな元気そうでよかった。
桜坂劇場では、「ハーフバリ 王の凱旋」「ガチ王」「人魚のこころ」の3本上映。私たちは、ノンスタイル石田さんが脚本を書いた「人魚のこころ」を見ることにした。石田さんと監督の舞台挨拶もあるらしいので、それが楽しみ。
18時10分から発券で、その40分も前に様子を見に行った。すると他の2本のところにはそこそこの列になっていたのに、「人魚のこころ」は若い女性お二人だけ。
まあお客が少ないということは、いい位置で見られるということなので良しとしましょう。
列に並んでいる間に、ジャングルポケット・斉藤さん、品川庄司の品川さん、ダイノジの大谷さんなどが前を通って劇場に入って行かれた。(写真は品川さん。)
映画券をもらい、開場まであと40分あったのでごはんを食べに。
すぐ近くの花笠食堂さんへ。
私はグルクン定食(1100円)。ちょっと高いが、グルクンはなかなか食べられないのでこれにした。
真樹はそば定食(750円)。
沖縄そばにカレーが付いていた。
よく話しかけてくださった、若くてきれいなおねえさんと記念写真。
ブログに載せてもいいと言ってくださった。
そしてまた桜坂劇場へ。
18時50分開場、19時10分開始。
桜坂劇場Cホールはほぼ満席になった。
「人魚のこころ」
■作品解説
石垣島で撮影されていた映画「人魚のこころ」。
主演の女優・沖本は、追加撮影の為に再び石垣島へやってきた。 そこへこっそりプレゼントを持ってやって来た沖本の彼氏・縄井。
マスコミから逃れるように石垣島を楽しもうとしていたが、 実は彼らの行動を追っている奴らがいた。
ホテルの外から部屋の様子をうかがう石塚
映画撮影スタッフを名乗る荒木
その仲間の松垣
隣から怒ってくる謎の外国人
石垣島で巻き起こる不思議なコメディー!
■キャスト
奥仲麻琴、今井隆文、猪塚健太、石田明、こうすけ(初恋タロー)、ジェロ
■監督・作品データ
監督 Takeshi Jac Kosaka
製作国 日本
製作年 2017
コピーライト © YOSHIMOTO KOGYO
あまり期待はしていなかった割にはおもしろかった。
最後の舞台挨拶で石田さんが言っておられたが、「自分と仲のいい人ばかりに出てもらった映画」らしい。たしかにそんな雰囲気は出ていた。
一番最後の場面をもうちょい工夫してもらったら、もっと良くなったような気がする。
「ノンスタイルのユニークなほうです」から始まる舞台挨拶は最高におもしろかった。映画よりこっちのほうが値打ちがある。
「本当はもっと短かったはずなのに、みんながアドリブ出しまくり、監督がそれをカットせず全部使ったので長くなった」とのこと。
また、「石垣の空は急変するので、撮影が途切れ途切れになり大変だった」らしい。
もちろん上映中、舞台挨拶中も撮影禁止なのだが、すべての最後に観客からの撮影タイムが設定してあった。これはうれしい。
最後の最後に、石田さんが「今撮られた写真はあちこちに拡散してください。ノンスタイル・石田と三谷幸喜監督と紹介してくださいね。」
ちがいます、Kosaka監督です!
映画が終わり、私の運転で真樹の家まで。
いつもウロウロしているという黒犬君に初めて会った。
真樹の飼い猫「はんとぺん」は、予想通りベッドの下などに隠れてしまった。
土間のおふろに入らせてもらって、そのあとは楽しいゆんたく。
友だちがみんな遠くに行ってしまってさびしくなっていた真樹の生活も、だいぶ安定してきたようだ。
「もうちょい収入が増えたら、ゆうことないのになあ」と私。
「それは、沖縄ではむずかしいわ」と真樹。
この先、どうしていくんでしょうね。
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
【 過去の記事へ 】




















































































