パオパオだより

2009年08月21日(金)

いろいろな人と [雑感]

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 8月16日は、いろいろなことがあった。
 午前中は「京都走ろう会例会」、午後は「別所小・花一中閉校式」、夜は「別所地蔵盆」。この一日で、いろいろな人としゃべった。

 まず、ヨメさん。
 「春美ちゃんに地蔵盆で会って聞いてみたんやけど、真樹にハガキくれたんは春美さんとちゃうんやて。」
 「えー、あの『美』のはんこは、てっきり春美さんやと思ってたわ。ほな、あれはだれやねん。」
 全然思いつかなかったが、「頭にキラリン!」
 「灯台下暗し」ですか。「美」がつくお母さんで、男の子しかいないない人がいました。あのー、ブログ友達のみきさんではないでしようか。(また、ちがってたりして・・・。)

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 廉と。
 「こんな日に模試なんて、きついよな。お盆の日に、センター試験の2日分を1日でやってしまうなんなてなあ。」
 「閉校式に来てはった先生らとしゃべりたかったなあ。」
 夜8時、模試終了。会場だった立命大衣笠キャンパスから自転車で市原の家へ(大文字見物の人ごみをかきわけ)。 
 そこから私の車で別所に帰ったが、9時を過ぎていて、地蔵盆も片付けモード。閉校式にも出られず、地蔵盆にも間に合わず、かわいそう。
 廉は、会場に残っていた子たちとトランプをしてねばっていた。

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 地蔵盆の後片付けでは、閉校式実行委員長を務めてくれた藤井宗明さんたちともしゃべった。
 やはり、一番の話題は「真柴先生」。宗明さんは、小1のとき、おじいさんがなくなりお父さんは大けがということで、学校に行きたくなかったこともあったらしい。自分ではほとんど忘れていたが、真柴先生と話しているうちにいろいろと思い出したとのこと。
 そのとき、やさしい真柴先生が担任でよかったね。

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 話は戻って、8月16日の午前、「京都走ろう会例会」でのこと。

 塚本政琉さんと。
 「なんやまた、京都ランナーズの合宿行くのに滋賀県まで走ったそうやな。元気やな。」
 「そうですねん。去年道に迷ってえらいことになってしもたさかい、今年はJR大津駅までにしときました。去年の半分以下ですわ。」
 「何人来てた?」
 「15人くらいですか・・・。ずっといたのは、10人くらいですかねえ。」
 「そらさびしいなあ。その人数やったら、もうやめなあかんのとちゃうか。」
 「そんなこと言わんと。来年は20人めざして増やしましょうや。まず、塚本さんも来てもうて・・・。」
 「わしゃ、あかん。そんな、走れん。」
 「そんなこと言わんと。・・・そうそう、松若さんとこないだちょっとしゃべったんですけどね、ほんまは合宿も行きたいんですって。でもいろいろ事情があって、あきらめてはるらしいですわ。そうゆう人をなんとかして呼ばなあかんね。」
 「そやなあ。むずかしいけどなあ。」

 松若さん、行きしJR大津駅まで走ってつきあってくれたら、あとのお世話はさしてもらいまっせー。この条件でどうですか?

 松山健治さんと。
 「藤井さん、ほんまに元気やねえ。故障とかないんですか。」
 「あるようなないような…。朝ね、布団から起き上がれへんのですわ。」
 「それは、レースの翌朝とか?」
 「いや、ほとんど毎朝。そんで、起きたら、今度は階段がゆっくりでないと下りられませんねん。」
 「えー。」
 「腰痛はずっと続いてます。治りません。それでも、ごまかしごまかしだましだましで、なんとかウルトラ100km完走をめざしてますねん。」
 松山さんは、ぽかーん。笑っていいような悪いような複雑な表情。

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 8月16日の午後、私のいなかで行われた「閉校式」で。

 小学校時代1年上の冨士子さんと。
 「こうじ君、お兄さんとはえらいちがいやなあ。お兄さん、貫禄出てきやはって近寄りがたいわー。」
 「そうやろ。そらほら、長男と末っ子の差は大きいでー。」
 「ほんまやね。」
 「そや、今日のこともブログに書くし見てねー。ボクのブログね、ジャンルにわけたら『キョーサイブログ』やねん。」
 「キョーサイ?」
 「そう。恐れる妻やん。」
 「えっ、こうじ君って、恐妻家なん?」
 「そらそうやん。ヨメさんに食わしてもうてんにゃもん。恐いに決まってるやん。」

 4歳下の美智子ちゃん(北京五輪柔道金メダリスト・石井慧選手の母)と。
 「こうじさん、去年はいろいろとありがとうございました。」
 「いやいや、こちらこそ。よう連れて行ってくれはった。ええ体験になりました。」
 「あれから今日でちょうど1年やね。早いもんやわ。」
 「ほんまやね。この1年、いろいろありましたね。」
 「うん。でも、本人は(格闘技の)デビュー戦めざしてがんばってるみたいよ。」
 「髪の毛が薄くなったんちゃうかってうわさされてますけど・・・。」
 「なんかね、あれはプロテインの影響とかいろいろあるみたい。外国人選手に毛が薄い人が多いのも、そんなん関係あるんですって。本人、まったく気にしてません。」

 小中いっしょだった和佐男ちゃんと。
 「こうちゃん、産大前の店にはおらへんの?」 
 「うん。あこはバイトさんに任せっきりやねん。ボクは、犬のエサやりと猫のエサやりが一日の主な仕事やなあ。それちゃんとやったら、ボクもエサもらえんねん。」
 「はあ?」

 小学校の同級生・あきちゃんと。
 「私ら、1年は中川先生で・・・、2年が木村先生やったなあ。」
 「2年どころか、3年もやで。」
 「木村先生て、おもしろい先生やったなあ。私ら、ほとんど勉強教えてもうてへんやん。」
 「そうや。授業中に下宿に帰ってしまわはって、『こうちゃん、学級委員やし見てきー』ゆわれて、行ったがなー。部屋で休けいしてはったな。」
 私の一番好きな木村先生の話題が出るとは。うれしー。

 小中いっしょだった和幸ちゃんと。
 「こうちゃん、去年はせっかく計画してくれたクラス会、行けへんかってごめんなー。準備とか連絡とかたいへんやったやろう。」
 「いや、それもなかなかおもろかったで。来年は、名古屋から由紀ちゃん呼んでクラス会するさかい、その時は絶対来てやー。」

 小中いっしょで、たぶん私の初恋のことちゃんと。
 「ことちゃんとこのお母さんて、戦死したお兄さんいやはったんやな。」
 「ああ、与一さんやろう。」
 「うちのおじいさんといっしょに写ってる写真見たんやけど、めちゃくちゃ男前やがな。」
 「そうやろう。その上にももう一人男前なお兄さんがいやはったんやで。病気で死なはったんやけど・・・。」
 「そうかー。ことちゃんとこって、お母さんが家継いではるから、男の兄弟がいやはらへんとばっかり思ってたわ。昔の人って、戦死したり病死した人たくさんいやはるもんなー。卒業の時、入学した人数のままゆうことはなかったらしいで。」

 中学校の同級生・幸博君(大原百井町)と。
 「お父さん、4月に亡くならはったんやね。去年の5月、「とり幸」でクラス会させてもらったときは元気にしてはったのに・・・。『また、来まっさー』って言ってたのに残念やわ。」
 「ほんまや。親父にはいろいろ苦労かけたわ。『運転免許取れー』ゆうてくれたんも親父でな、『無理やー』ゆうたら、『6ヶ月もあんにゃさかい、やってみー』ってゆうてくれてなあ。何回も学科試験落ちたけど、何とか6ヶ月以内に運転免許取れたわ。よう、取らしてくれたちゅうもんや。」
 「ほんまに、ええお父さんやったで。」
 「ほんでー、中古賀先生はブルガリアから帰ってくるんかいな。」 
 「おっ、この閉校式には間に合わへんかったんやけどな、8月の末には帰って来やはるらしいで。」
 「そっかー。ほんなら、帰ってきやはったら連絡してくれはるようにゆうといてな。」
 「おっ、わかった。」
 中古賀先生、先生が帰ってくるのん楽しみにして待ってるやついまっせー。電話だけでもしたってね。

 真樹と。
 「真樹、真樹の担任やった先生、閉校式に来てはったか。」
 「うん、M先生以外は全員。」
 「そうかー、そんなたくさん。先生らとしゃべった?」
 「うん、ちょっとだけな。でも、植田先生(保健室の先生)にだけは、今の真樹のことゆっといた。」

 真樹にとっては、担任だった先生より保健室の先生のほうが信頼できるようだ。
 閉校式会場内で先生のテーブルをチラッと見たが、あちこちから声をかけられている先生もおられれば、一人ポツンと座っておられた先生もあった。同じ先生という仕事をしておられたのに、こんなに差が出るとは・・・。
 私のそばでは、「○○先生は嫌いやった」とか言っている者もいた。そんな思い出しかなかったら、お互いに不幸ですね。
 私は幸運にも嫌いな先生が一人もいない。いつも先生を観察し、それなりに楽しんでいたように思う。周りに何もないいなか育ちなので、学校が娯楽の場所であったように思う。同級生も小中9年間あまり変化がないので、新しい先生が来るたびに異常といってもいいくらい興味を示していた。
 この閉校式に来られてなかった先生の中にも、会いたい先生はいっぱいいる。そういう意味では幸せもんです。
 そこで、廉や真樹がお世話になった先生方を思い起こすと・・・。そんな風に思える先生が・・・、どうなんやろう。

 「学校にいるのが楽しくて楽しくてたまらん」というような先生に、最近お会いしていないような気がします。 

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