パオパオだより

2009年04月13日(月)

サッカー少年・レンピョウ [家族]

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 昨日、京都ランナーズの例会のあと、紫野高校に向かった。
 廉がサッカーの練習試合に出るかもしれない。

 高校に入るとき、親としては陸上部に入ってほしかった。でも、本人は団体競技をしたかったらしい。いなかの中学校で、学年二人しかいなかったのだから無理もない。
 ただし、サッカーが特別得意であったわけではない。陸上部に入っておれば、長距離では抜きん出ていただろうに。残念ながら、サッカーではレギュラーへの道はほど遠かったようだ。

 あと数ヶ月で引退。
 2年間、公式戦にも出してもらえないのに、よく休まずに、よくやめずにがんばったものだ。その姿は、しっかりと見てやりたい。

 11時半ころ、紫高のグランドに着くと、目の前に廉がいた。練習試合に出してもらっている。すぐに、ヨメさんに電話。
 「廉、試合に出してもうてんでー。」
 「そっかー。それやったら、すぐ行くわー。」

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 ヨメさんが到着する直前に、前半が終了してしまった。後半も続けて出してもらえるのだろうか。

 試合のほうは、去年見たときよりずっとスピード感がありおもしろかった。廉も確実に力をつけている。
 ただし、廉は小さい! どう見ても、「サッカー少年」。
 廉は、悲しいことに、まだ私の身長を抜かせていない。私の子ども時代よりずっと食糧事情はいいであろうに。なんで? 試合に出ている子の中でも、小さくて見つけやすかった。

 ヨメさんが到着した後半は、サイドチェンジで正反対の場所に行ってしまった。私達が見ていた場所から一番遠いところ。
 でも、愚痴は言うまい。出してもうてるだけで、けっこうけっこう。

 後半は疲れてきたのか、相手チームに攻め続けられていた。ここぞ、ディフェンダーの廉の活躍しどころだ。
 しかし、私の横で、「レンピョちゃん! レンピョちゃん!」と、ヨメさんがやかましい。

 廉が生まれたとき、香港の映画スター・ユンピョウが活躍していた。それをまねて、廉のことを、よく「レンピョウ」と呼んでいたものだ。ヨメさんは、17歳になっている廉に、まだこの呼び方をしている。知らん人が聞いたら、気色悪いどー。

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 廉は、「大学入ったら、陸上部に入ろっかなー。」とか言っている。
 ただし、これで喜ぶのは禁物。廉は、親が喜ぶようなことをわざと言うようなところがある。
 どうすんのかなー。
 かあちゃんに、「レンピョちゃん!」と呼ばれんようになる日は、いつ?

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2009年04月09日(木)

久しぶりにおじいさん(父・善一)と [家族]

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私の父と兄夫婦が住む家 (別所の北の端から2軒目)

 昨日の夜、約2か月ぶりにいなかの家に帰った。

 ところが、市原交差点の道路掲示板に「花背峠・夜間通行止」の文字。
 「あちゃー、早くもとんぼがえりかー」
 ガードマンのおっちゃんが立ってはったので聞いてみた。
 「通行止めは10時からやから、まだ間に合う、だいじょうぶ。」
 ぎりぎりセーフだった。

 昨日帰ったのは、長くしゃべっていないおじいさん(私の父)に会うためだ。
 父は、深泥ヶ池近くに住んでいる私の姉夫婦の家にはよく行っているらしい。だから、父の様子は姉から間接的に聞いてはいる。今年の冬はちょっと元気がなかったらしい。たまには、しゃべりに帰らんとね。
 それに、うちのバイトさんから預かっているバレンタインデーのチョコ、まだおじいさんに渡してへん。ヨメさんと真樹からの分も。おじいさん、おこっとるで、きっと。
 
 暖かくなったとはいえ、夜10時前の花背峠は7℃だった。昼間は暖かいが、朝晩はまだまだ。
 修理の終わったうちのおふろに初めて入った。いなかのおふろは、今のおふろの1.5倍くらいの大きさ。足を思いっきり伸ばしてゆっくり入ることができた。 

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山にはこぼせ(こぶし)の花が

 そして、今日の朝。
 うちの家から300m北のおじいさんの家に行った。

 うちの家は、いなかでは「かんろくのいんきよ」と呼ばれている。別所下の町の「かんろくのおもや(本家)」のとなり。
 しかし、13年ほど前、道路の拡幅計画にかかり、家は取り壊しになった。おじいさんは、300m北のうちのたんぼだったところに家を新築。それ以来、私の兄夫婦と同居している。

 道路工事が終わり、狭い土地が残った。
 ちょうどそのころ、うちの廉が小学校に入る前。都会のせせこましいところではなく、いなかの伸び伸びしたところで育てたかった。
 そこで、ちょっと無理をして、私たちも家を新築。廉が中学校を卒業するまでの9年間、そこに住んでいた。

 ここら界隈で、「藤井善一」を知らない人はいない。私も父のおかげでどれだけ大きな顔をさせてもらったか分からない。うちの子らも、私の父をはじめ地域の方々のあたたかい目で育てられた。(こんなときに、「はぐくまれた」という言葉を使うのでしょうか。)
 今では、夏休み冬休みにちょこちょこっと帰る程度。でも、子どもたちにとっても、そこは今でも大事な場所ではないだろうか。

 12年前の餅まき(上棟式)の日(1997年6月)。私の兄が写真を撮ってくれていた。なつかしい写真を公開。

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「かんろくのおもや」のとなりに家を新築 

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家は道路から橋を渡った向こう

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お世話になった「ダイセイ産工」さんの社長さんと

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餅まき

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大勢の方が来てくださいました

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廉・5歳

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真樹・2歳

 朝9時過ぎにおじいさんの家に行くと、おじいさんは家の前の草むしりをしていた。
 チョコと日本平のみやげのまんじゅうを置いて帰ろうとしたら、「茶でも飲むか」。そこから1時間半ほどしゃべった。
 おじいさんは心配したほどもなく、意外と元気だった。

 おじいさんの話は大きく分けて三つ。
 ?別所界隈の最近の話題(特に、自分が長年かかわった「花背山の家」の話題)、?近所の方でなくなった方、病気になった方の情報、?旅行の話。
 私はどの話も好きである。
 「だれだれが死んだ」という話はちょっとつらいが、それ以外はどれも楽しそうに話してくれる。歳をとって一番大切なものは、「話し相手」ですね。

 そろそろ帰らなくてはならなくなったとき、「おじいさん、ゆっとかなあかんことがあんねん」と、私がきりだした。おじいさんは、一瞬真顔に。
 私はオチャラケで父を喜ばせるのが役目。父にまじめな話などしたことがない。
 唯一の例外は、1991年3月31日。次の日の新聞に、教職員異動退職の報が出る。私は父に話もせず、その日(退職)を迎えようとしていた。しかし「それはないわな」と思い返し、前日の夜、2ヶ月前母を亡くしいなかで一人暮らしをしていた父に会いに行った。
 そのときも、父は「そうかー」と言って、何事もなかったかのように話し続けていた。私の父は、どんなことがあっても私の味方です。

 「実はなー、真樹がなー、・・・(以下都合により省略)」
 「そうかー、そんなもん、何ぼでもあるこっちゃ。・・・はー、そら、よかったな。まあ、いろんなことがあるわい。」
 (このあたりの会話、なんのことかよく分からないと思いますが、ブログに書くのはここらが限界。お察しください。)

 私の父は、私の家族のつよーい味方でもあります。孫のことも、いつも心強く見守ってくれています。
 おとちゃん、まだまだ死んでもろたら困るでー。

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12年前の父・当時75歳(右はし)

 せめて、月に1回でもしゃべりに帰ろう。

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花背峠の北側の道路わきには残雪が

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2009年04月08日(水)

バド! [家族]

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 超久しぶりの家族ネタ。
 真樹の学校がお昼までだったので、午後、ヨメさんと真樹が買い物に出かけた。100円ショップに行ったついでに、バドミントンセットを買って来た。

 うちのまん前の公園に家族勢ぞろい。(もちろん、きくも入っています。)

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 最初、真樹とかあちゃんがやっているときは、きくが落ちてきた羽根を拾って大喜び。けっこう、じゃまをしていた。

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 途中から廉も参加。
 廉対真樹になると、力が余っているのか、羽根が枝に引っかかったり、隣のおうちに入りそうになったり。

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 家族4人+1ぴきで、こんなのんびり遊ぶのはいつ以来でしょう。

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 きくは公園に落ちているどんぐりをボリボリ。
 「食べたらあかん!」
 怒られたら、今度はなにを思ったか、急にグルグル走り出した。
 きくも、みんなにかまってもらってうれしかったんかな?

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ヨメさんはきくのことをプチハイエナと呼んでいた (目、ちっちゃ!)

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2009年03月19日(木)

「EVERGREEN」 [家族]

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 「EVERGREEN」  〜映画「カフーを待ちわびて」挿入歌〜

 か細く白い指が 
 その種を植えた
 百年後の誰かが 
 幸せであるように

 時を越えて 愛し合う 
 比翼の鳥 空へ向かって   
 そう、羽ばたいていく筈なのに
 わたしたちは 飛べずに 
 運命に弄ばれている
 もう、楽にさせて

 愛を 叫び続けるから ずっと
 愛を 隠さずにいるから きっと
 永久に 消えないで
 そして 神様が
 決めた゛ふたり゛だってこと 知るよ
 何度 別れを告げただろう ずっと
 忘れられずにいるのだろう きっと
 二度と 離さない
 大切な人よ
 これほどに愛したことはないから


 やさしくて 激しくて
 胸は 疼くのに
 こんな思いをしてまで
 恋をするのだろう

 時を越えて 惹かれ合う
 連理の枝 空へ伸びていく
 そう、わたしたちも 同じで
 土に戻り 星となる
 何度だって 巡り会えると
 ねえ、約束して

 愛を 歌い続けるから ずっと
 愛を 守り続けるから きっと
 永久に 消えないで
 大切な人よ
 幸せになるために 生まれてきたの

 魂が覚えているよ
 花は散り往くけど
 Love、 ever last
 This is evergreen
 百年後のあなたへ
 種を植え 花が咲き
 また 巡り会えるように


 愛を 叫び続けるから ずっと
 愛を 繋ぎ続けるから きっと
 永久は ここにある
 そして 神様が
 決めた゛ふたり゛だってこと 知るよ
 何度命が果てようと ずっと
 忘れらずにいるのだろう きっと
 二度と 離さない
 大切な人よ
 幸せを 教えてくれた人よ

 ( 比翼の鳥→中国の空想上の鳥で、雌雄各一目一翼、常に一体となって飛ぶというもの。男女の契りが深いことの喩えに用いる。  
  連理の枝→連理とは、一本の木の枝が他の木の枝と相連なって、一本の木のように木目が同じになること。転じて、夫婦また男女が仲睦まじい様子。) 


☆今日、真樹が、1月7日以来登校しました。(今日が、学校の最終日です。)

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2009年03月06日(金)

5日遅れのハッピーバースディ [家族]

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 3月1日、ヨメさんの誕生日だったが、篠山マラソンだったので「ハッピーバースディ」ができなかった。翌日ケーキを買って帰ろうと思ったら、ヨメさんが小さなひな祭りケーキを買ってしまっていた。

 そして今日。廉が誕生日プレゼントを買いに行くと言ったので、そのついでにバースディケーキも買った。やっぱり誕生日のお祝いは丸いケーキでないとね。


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 あの祝ってもらうときのなんとも言えん気恥ずかしさ。ケーキを食べる時も、なんか気まずい感じ。あれがいいんですよねー。

 廉は、センスのいいネックレスをプレゼント。
 真樹は、3月1日当日にスケジュール帳とパジャマをプレゼントしていた(さすが)。
 私は1日遅れやったけど、小さな絵本をプレゼント。

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 なんやかんや言いながら、家族みんなから祝ってもらえる眞寿美さんは幸せもんです。(きくからのお祝いはなかったんかな。)

 来年の誕生日も、こうしてみんなでお祝いできたらいいね。

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3月1日は「亀岡COCOS」へ

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パックリー


 
【おまけ】親指だより

 私の足の親指。2日前の写真ではかなり腫れあがっていた。今は、腫れがだいぶひいた。それでもまだズキズキする。
 少しでも、指先のジュクジュクがましになってほしかったので、つめを切り風通しをよくした。新たなバイキンが入る可能性もあったが、そんなこと言ってられません。

 さて・・・、あさって走れるんかなー。

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2009年02月21日(土)

ハッピーセット [家族]

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広告の空いた場所に藤井きくが書いた?

 「廉なあ、やさしいんやでー。真樹のためになあ、『ハッピーセット、キティちゃんでお願いします』って大声でゆってくれてん。」
 「そんなん、ゆうてへん!」(プンプン)

 今日の昼、ヨメさんが外出。徳島から里帰りしてきた親友くーちゃんとランチ。
 以前は、我が家で「くーちゃん」と言えばこの久美子さんのことだったが、今ではすっかり西表の犬の「クーちゃん」が勝ってしまっている。
 それでも、ヨメさんにとっては大事な大事な友達だ。去年の暮れ以来、話すこともずいぶんたまっているようだった。

 仕方なくお昼ごはんは自分らで。もちろん作るのはめんどくさいので外食。真樹もさそったがのってこなかった。
 私と廉はラーメン屋さんへ。
 帰りに真樹に何かこうていったろと思ったが、朝パン食べてたし・・・。そうそう、岩倉にマグドナルドがあった。
 ドライブスルーで買おうと思ったが、けっこう車が並んでいた。

 「廉が買ってこうか。」
 「うん、たのむわ。ハッピーセットでええやろ。」 
 「えー。それはちょっと・・・。」

 後で聞いて分かったのだが、ハッピーセットは小学生以下の子供向きのセットらしい。お子様ランチを注文するようなもの? 男子高校生にはちょっと・・・。

 車に戻ってきた廉。
 「けっこうはずかしかったわ。」
 それでも、ドラゴンボールじゃなく、ちゃんとキティちゃんのおまけをもらってくるとこは、さすが。

 家に帰って、廉がハッピーセットを真樹に渡した。
 その時私が言ったのが・・・。
 「廉なあ、やさしいんやでー。真樹のためになあ、『ハッピーセット、キティちゃんでお願いします』って大声で言ってくれてん。」

 それまでちょっと不機嫌そうだった真樹の顔が、ふにゃっとほころんだ。
 中学生にとってはしょうもなさそうなキティちゃんの手鏡も、一応見てくれていた。

 その時の廉とパオパオ。
 「ホッ!」

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