2008年12月24日(水)
仮面夫婦? [家族]
この二人の笑顔を見て・・・。
ふつう、仲良しだと思いますよねえ。
昨日、「万博クロスカントリー」での出店が終了し、後かたづけも終わった時、真樹に撮ってもらった写真です。(真樹が撮ってくれているから、こんな笑顔になるんですね。)
2008年の出張販売もこれで終わり。店の仕事はまだ残っているけど、私のできることはこれでもうほとんど終わり。一年間、お疲れ様でした。
よく撮れているので、これを年賀状用に使おうかな。
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2008年12月19日(金)
1年前・・・ [家族]
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2008年12月18日(木)
2年前・・・ [家族]
昨日、部屋を整理していると、行方不明になっていたSDカードが見つかった。
その中には、ちょうど2年前の「びわ湖クロスカントリー」の写真があった。真樹がまだ小6の時で、1000mを3分58秒で走った時のものだ。
ちっちゃくてかわいい。でも、顔は必死。
29人の出場で15位だった。ゴールしたあと、ほめてほめてしたことをよーくおぼえている。
あのころは、出られる大会は何でも出てたよなあ。いやがりもせずに。
「ぜったい、いや!」って言ってるけど、また走ってくれへんかなー。
☆昨日のブログを読んで、すぐにメールを送っていただいたH.Yさん。ありがとうございました。読んでいただいてたんですね。
「涙が出ました」というお言葉、いつか真樹に言ってあげます。遠くで心配してくださっている人もいることを、しっかり伝えようと思います。
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2008年12月17日(水)
娘は黙ってユニフォームをたたんだ [家族]
昨日の朝、ついに娘が決心した。
中学入学以来、1年半以上続けてきたバスケットボール部を退部する。
生活の90%くらいのウェートがあった部活。悩みはかなり前からあったようだが、ここ何日かはそれがピークに達していた。
そして昨日の朝、黙ったまま、「15」の番号のついたユニフォームを、ゆっくりゆっくりきちんとたたんだ。まるで、なにかをかみしめているかのように。折り目がつくくらいていねいに。
私も妻も、ただそれを黙って見ているだけだった。
むきになっていると思うくらい絶対に休まず行き続けた部活。その最後がこれではあまりにかわいそうすぎて、かけてあげられる言葉が見つからなかった。
(このユニフォームを着てコートを走りまわっている姿を、一度も見てやれへんかったね。ゴメン。)
去年4月、学年一人だけの小さな山の学校から学年250人の大規模校に入学。
ものおじするのかと思っていたが、自分でバスケ部に入ることを決め、すぐ友だちもできた。
女子バスケ部は、その学年だけで20人を越えていた。練習場所が確保できないせいか、毎日毎日ただ走るだけの練習。それでもまったく腐らず、毎日が楽しそうだった。
「ふーん、うちの子にはこんな力があったんや」と感心した。
それにはわけがあった。
「先生言わはったんやけどな、女子バスケ部はうまい人を試合に出すんじゃなくて、休まずまじめに練習する人を出してくれはんにゃって。」
これは、入部してから何度も何度もくり返し私たちに言っていた。
そうか、その言葉を信じてたから、ボールもさわらせてもらえないただ走るだけの練習も続けられたんやね。
中1の時は、これでよかった。
しかし、中2になり対外試合が増えると状況は一変。レギュラーとそのほかがはっきりと分かれてしまった。それは休まず練習したとかどうかは関係なく・・・。
うちの子にとっては、信じていたことがなだれをうって崩れてしまったのである。
そしてだんだん、レギュラーでない子たちの中からもはじき飛ばされる子が・・・。1人ヘリ、2人へり・・・。
そんな中でもうちの子は、「負けるもんかー」と必死でしがみついていたにちがいない。
自分の娘の言葉だけを信じ、ものを言うのはおかしいかもしれない。でも、最初に先生が言ってくださった言葉がどれほどうちの子の力になっていたことか。また、現実はそうでないと分かった時のうちの子の落胆ぶりは・・・。
どこかに行きちがいがあったとは思うが、実際にうちの子は悩みに悩み、どうしようもないところまで来てしまった。
私も、父親として何もしてやれることがない。
昨日、学校を休んでいる娘に、「応援メッセージ書いてきた」と手紙を渡すのが精いっぱいだった。
「 まきへ
真樹、1年半以上も、休まず ようがんばったね。本当にえらい。いやなことにもくじけず ここまでこれたね。それはきっと たのしいこともいっぱいあったから。真樹は たのしいことを見つけるのがうまい。いい思い出は、これからも大切に。
ここらで、ちょっと ひと休み。
ゆっくり考えてから、また新しい気持ちで動きだそう。パオパオもかあちゃんも、必ず真樹を応援するよ。
真樹、しっかり!
P.S きくもれんも、まきをおうえんしてるよ。
パオパオより 」
これからどうなるのか分からない。でも、下を向かず、しっかり前を見ような!
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2008年12月16日(火)
ワンコイン誕プレ(12月14日生まれ) [家族]
おととい、私の誕生日だった。
「ほしいもんあったら、言ってな。」
「びわ湖クロカン」の帰り、寄った店でお買い物をしている時、真樹が言ってくれた。おぼえていてくれたのは、真樹だけだった。
最初、あったかそうなコート風のものがあったのでそれにしようかと試着してみた。「暑すぎる!」
ジャンパーコレクター(?)の私としては、やはり薄くてあたたかいジャンパーに目が行ってしまう。
オレンジ一色で、えりが白。こんな色はなかなかない。薄くて着やすい。決定!
値段は、980円! やすっ!
真樹は、もちろん自分ひとりで払うつもりだったが、横からニヤニヤした毒嫁が・・・。
「これ、二人からのプレゼントっていうことにしとこか。980÷2で、490円ずつな。」
ああおそろしや。私の誕プレ(誕生日プレゼント)は、ワンコイン(500円玉)以下でした。トホホ。
ちょっと悪いと思ったのか、昨日ケーキを買ってきてくれた。
誰も歌ってくれないので、一人で「ハッピィバースディ・トゥー・<ミー> 」を歌う。
そのあと、注目されない中、6本のろうそくを吹き消す。一斉に立ち上るろうそくのけむり。ああ、このけむりといっしょにあっちに上って行けたらなあ・・・、いやいやまだまだこっちでがんばらにゃー。
(真樹の愛情がたっぷりこもった)+(ヨメさんの愛憎がたっぷりこもった)誕生日プレゼントは、すごく着やすい。よかった。
ありがとね。とりあえず、来年の誕生日までしっかり生きます。
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2008年12月11日(木)
おじいさん(父・善一)の誕生日(12月5日生まれ) [家族]
私の父は、1921年(大正10年)12月5日生まれ。今年で87歳になる。
11年前、私たち家族がいなか(花背別所町)に帰ってから、毎年この時期にささやかな誕生日会をしてきた。(もちろん、ヨメさんの発案です。)
去年の4月に市原に引っ越したが、去年からは父にこっちに出てきてもらい誕生日会をしている。
今年も去年と同じ、「東華菜館・洛北店」(ノートルダム小学校西向い)。うちや姉夫婦の家から近く、お料理もおいしいのでここにした。店自体も落ち着いたいいふんいきで、従業員さんも感じがよい。
水曜日がうちの定休日なので、誕生日は少し過ぎてしまったが、昨日(12/10)父に出てきてもらった。
6時半、父と姉が店に到着。たぶん、深泥ヶ池の家から歩いてきたのだろう。姉の夫・恵藤さんは少し遅れるとのこと。
誕生日会を始めることに。
初めのあいさつと乾杯の音頭は、今日のスポンサーである京都キャロット代表・藤井眞寿美さん。
今年は早めに料理の注文をしておいたので、次々と運ばれてきた。味はややうすめで、父には物足りないかもしれないが、どれもおいしい。
恵藤さんも到着し、にぎやかに。
私は4人兄弟姉妹の末っ子で、一番上の姉のだんなさんが恵藤さんである。
私より一回りほど年上だが、いつも明るく話題豊富で、その場を盛り上げてくれる。そして、何でもおいしそうにパクパク食べてもらえるのもいい。
私の父が、よく姉夫婦のうちにおじゃましているのもうなづける。本当に頼りがいのあるおにいさんだ。
父の話は、どうしても戦争のことになる。
「田母神ゆうのんが問題になっとるやろ。あんなもん、おじいさんの時代やったら、銃殺や。」
「銃殺!?」
「おお、国のゆうことに逆らうようなもんはみんな銃殺。おじいさんらの隊でも、二人銃殺になったわ。家族には、『戦死』ゆうことになっとるけどな。」
私も初めて聞く話でびっくりしたが、廉や真樹はどうなんやろ。こんな貴重な話、なかなか聞けへんぞ。おじいさんが元気なうちに、ようよう聞いときや。
一番最後に、買ってきて用意しておいたケーキを出し、ろうそくに火をつけた。そして「ハッピィバースディ」の歌を歌おうと思ったら、その前におじいさんは一瞬のうちに火を吹き消してしまった。
「おじいさん、早すぎるって!」
「はははー」
喜んでもらえたかな。
一番楽しいはずの青春時代は戦争に翻弄され、その後は農家の長男として家を守り、地域の人の役に立つよう地道に努力してきた。私の父は、そんな人です。
同じ人が、同じ理由で何回も何回も表彰されるのを見るたびに思います。なんで?
うちの父も立派に生きているのに、なんで何にも表彰されへんのかなあ。よう分からんね。
それから、うちのヨメさんに言わせると・・・、
「おじいさんはダンディで品があるのに、なんでアンタは似んかったかなあ・・・。」といつも嘆いています。確かになあ・・・。(自分でも、そう思う。)
なかやかやと言いながら何から何まで準備してくれた眞寿美様さま、どうもありがとう。おじいさんは、まだまだ長生きします。これからも、どうぞよろしくお願いします。
【おまけ】私たちのテーブルのお世話をしてくださった、劉藤(りゅうとう)さん。記念に一枚写真を撮らせていただきました。
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