パオパオだより

2008年09月12日(金)

石井美智子さん [石井慧選手関連]

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石井慧選手祝勝パーティーで拍手をする石井美智子さん(2008.8.15)

 「石井美智子様様という題で、ブログ書きます。」
 「いやっ、絶対書かんといてね。」

 石井慧選手応援ツアーから帰る時、私と石井美智子さんとの間にこんなやりとりがあった。
 確かに、石井美智子さんは現役の高校教師やし、少しでも誤解されるようなことはこちらも書けない。それは分かります。

 ただ、今日の朝のフジテレビ「とくダネ」(関西ローカルではなく、全国放送)に、石井美智子さんが写っていた。大阪市役所内で話されている内容も放送されていた。
 「息子は大阪人なので、人を笑わせようとしていろんなことを言っているようです。大学を卒業したら、もう少し落ち着くのでは。」と言っておられた。
 ちゃんと顔を出して発言しておられたし、これなら私のブログで少し紹介してもだいじょうぶでしょう。

 と言うか、今日の私のブログのリンク元を見ると、「石井慧 母」とか、「石井美智子」というのが急増している。これは、多分「特ダネ」での放送のせいだと思う。

 さしさわりのない範囲で・・・。
 前にも何回か書いたが、石井美智子さんと私は同郷。京都市の北のはし、鞍馬からまだ一つ峠を越えたところ、左京区花脊別所町の出身です。
 美智子さんの兄と私が同級生。美智子さんは、私の4歳下。ただいなかの学校は人数が少なく、小中併設校だったこともあり、4つ下でもよく知っている。
 当時の美智子さんの印象は、4つも下やのにでかい。めちゃくちゃ元気。それくらいです。

 私が中学を卒業してから、一度も会ったこともなく話したこともありませんでした。
 それが昨年の冬、私たちの母校(別所小・花一中)が閉校になることが決定。当時私がその学校のPTAの広報役員をしていた関係で、卒業生である石井美智子さんにPTAだよリへの寄稿をお願いしました。
 その時の私は、PTA仲間(美智子さんの1つ上・藤井宗明さん)から教えてもらうまで、美智子さんがその前年柔道日本一になった石井慧選手のお母さんだということさえ知りませんでした。知っていたのは、高校の体育の先生をしているということくらいです。
 電話で話をさせてもらった時、「えらいまた低い声やなあ。この声やったら、高校生、ようゆうことききよんで。」と思いました。
 美智子さんは、学校がいそがしい時期であったにもかかわらず、すごくいい原稿を送ってきてくれました。(その一部は、私の4/30のブログで紹介しています。)

 そこからおよそ一年がたち・・・。
 今年4月29日の柔道全日本選手権で、石井慧選手が優勝。北京オリンピック100kg超級、日本代表決定。
 「ぜひ、北京での活躍が見たい。」
 そこから、私の「お願い、連れて行ってください。」が始まりました。

 5月、久しぶりに電話させてもらった。
 「慧くんの応援に行きたいんですけど・・・。」
 「ありがとうございます。後援会の応援ツアーに入れないか聞いてみます。」
 そして、その週のうちにOKの返事をいただいた。仕事が早い!
 美智子さんにとっては、私のツアー参加はまったく想定外であったはず。にもかかわらず、すばやく対応してくださった。7月には、お仕事中に足を骨折され入院されていた。その入院先からも、メールでツアーの連絡をいただいた。お手間をかけてしまいました。
 「石井美智子様様」・・・は、書いたらあかんかったね。でも、私が北京オリンピックに行けたのは、本当に石井美智子さんのおかげです。

 ここで一つおもしろいこと。
 美智子さんが電話連絡してくださる時、どういうわけか私はいつも高速道路運転中。仕方なしにヨメさんが電話に出ていたのだが、あのこわいものなしのヨメさんが美智子さんの低音にかなりびびっていた。

 私も、私の中学卒業以来会ってないので、声からはどんな人になっているのか想像できなかった。
 8月、関空で37年ぶりに会った時、なぜかちょっとほっとした。お姉さんの豊栄さんと兄の修平君はどちらかと言うとお母さん似(まるいほっぺ)だが、美智子さんはお父さん似(すずしい目)やなあとその時思った。

 石井慧選手が金メダルを取った夜、一つだけ聞いてみた。
 「よう、選手のお母さんが、『心配で心配で試合の様子は見れませんでした。』って言ってはりますやん。美智子さんはどうやったんですか。」
 「私はずっと慧に向かってどなり続けてました。」
 (そうか、それであんなドスのきいた声に・・・。納得。)

 確か美智子さんが中学生の時に亡くなられたお父さん、2年前に亡くなられたお母さん。石井慧選手にとってはおじいさんとあばあさんになるのだが、きっとお二人が空の上から慧君にパワーを送っていたのだろう。
 そして、別所からは「ひーばあちゃん」のパワーが。「もう、二度と来んなー」じゃなくて、「またいつか、あそびに来てやー」って。
 
 いろんな人が、いろんなところで応援している。世界に羽ばたいて行っても、そんな人たちのことを忘れないでね、慧君!

(注)「ひーばあちゃん」が分からない人は、9/5のブログを見てください。

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