2008年11月22日(土)
いい夫婦の日 [家族]
今日、11月22日は「いい夫婦の日」らしい。
さて、いい夫婦とは・・・。
日本に4000万組の夫婦がいるとして、うちの夫婦はいい方から3000万位くらいに入るのだろうか。(無理ですか?)
「パオパオだより」をすみずみまで見ていただいている方ならお気づきでしょうか。
「パオパオだより」は、最初はポツンポツンと書いていたのだが、5月9日から今日まで毎日書き続けている。その中でただ1日だけ途切れた日がある。
それは、8月20日。実は、この日が私たちの結婚記念日である。
この日は、「ますみちゃん23年しんぼうばっかり」という題で書くつもりだった。
8月13日、北京オリンピック応援ツアーに行く前日、ヨメさんに服をプレゼントした。私が初めて自分ひとりで買いに行ったものだ。もちろん、その服を着たヨメさんをトップ写真にしようと思っていた。
感謝の言葉を書いた手紙を添えて渡したのだが、それももう捨ててしまったらしい。
それよりなによりも、そんなブログを書けるような状態ではなかったのだ。
毒嫁診断計というものがあるとしたら、その時のヨメさんの毒嫁度は10(限界)を越えてしまっていた。自分のしたいことばかりしている私に対して、完全にあいそをつかしてしまったのである。
そのあと、ヨメさんの毒嫁度はエスカレート。完全に診断計の針は振り切れてしまった。
「ますみちゃん、今日はしゃべってもいい?」
最近はお伺いを立ててからでないと、しゃべる事も困難になってしまった。
「いい夫婦」になりたいなあ。
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2008年11月21日(金)
三宅誠孝さんは元気です! [私の好きな人]
ドキドキ、ドキドキ。
今日、三宅誠孝さんのお見舞いに言った。
ヨメさんが、高石ともやさんから聞いた話。
「三宅誠孝さんは、腎臓の具合が悪くなり、京大病院に入院している。」
ドキドキ、ドキドキ。
どんな理由であれ、今度入院した時は危ないのでは・・・。去年8月までの命と宣告され、それをもう1年3ヶ月もオーバーランしてるんやから。いつお迎えが来てもフシギではない。
ドキドキ、ドキドキ。
カナートでシュークリームを買い、京大病院へ。
受付で、「三宅誠孝さん」の病室をたずねる。
「三宅誠孝さんという方は、おられません。」
「1週間前におられたのなら、もう退院されたのかもしれませんね。」
いっしょについてきてくださった守衛さんが、そうおっしゃった。
まさかまさか、まさか最悪の事態っていうことはないですよね。
ドキドキ、ドキドキ。
私の姉夫婦が何か知っているかもしれない。
上賀茂の姉夫婦の家へ。
「三宅誠孝さんの家、知らん?」
「家は知らんけど、電話番号やったら分かる。電話してみー。」
ドキドキ、ドキドキ。
「プルルー、プルルー。はい、三宅です。」
「あっ、すいません。京都ランナーズの藤井です。みやけ・せい・こう、さんですよね。」(よかったー、本人や。)
「ともやさんから、三宅さんが入院してはるって聞いて、さっき京大病院行ってきたんです。そしたら、おられませんって言われて・・・。」
「いやあ、それはありがとうございます。私が入院していたのは第二日赤で、それもこないだ退院したんです。」
「えー、そうやったんですか。」
「それもあっち(ガン)の方じゃなくて、腎臓を悪くしまして、39度の熱が出て2週間入院してたんです。」
「でも、今はお元気そうで、ホッとしました。」
「そうなんです。やっと落ち着きました。早くしっかり直して、ともやさんのマネージャーの仕事せんならんと思ってるんですけどねえ。」
「そんな、無理したらあきませんて。」
(「仕事」という言葉を聞いて、絶句。「まだまだくたばってたまるか」という強い意志を感じました。)
「三宅さん、私のブログに三宅さんのことも書いていて、それを今日渡して見てもらおうと思ってたんですよ。それ、また郵送しますわ。
それといっしょにお手紙も書いてたんですよ。『12月30日に、うちのいなかで餅つきをするので、来てください』って書いてたんですけど。」
「それはそれは、ありがとうございます。実は、うちも12月30日に餅つきするんですよ。私はもういいかなと思ってるんですけど、孫がよろこぶからねえ。日が重なってしまいましたね。」
「それは残念。これからどんどん寒くなりますし、くれぐれも無理はされないように。また、調子よくなったら、京都ランナーズにも顔出してくださいね。
今日は、三宅さんのお元気そうな声を聞かせてもらって、ほんまによかったです。もう、心配で、心配で・・・。」
「気を使ってもらって、すいませんねえ。ほんとうに、ありがとうございます。」
「ブログ、プリントアウトしたやつ郵送します。また、読んでください。早く元気になってくださいね。」
三宅誠孝さんとしゃべっているうちに、ずーっと続いていた「ドキドキ」がやっとおさまった。私が想像していたよりずっとお元気そうだった。よかった。
三宅誠孝さんのお見舞いに持っていく予定だったシュークリームは、姉夫婦の家に。いつも来ている孫二人(小学生の男の子)が、パクパクと食べてくれるだろう。
三宅誠孝さんは、長年、京都市会議員(左京区選出)として活躍された方。議員さんだったのですが、とても気さくで、あれもこれも何でもがんばる普通の人という印象。手話もできはるんですよ。現在、72歳かな? 今、議員さんであっても全然おかしくない歳です。
私は人を尊敬したことなどないのですが、どうしてもと言われれば、一番に三宅誠孝さんを思い浮かべます。
だから、まだまだ死んでもらったら困ります。
「三宅誠孝さん。どうか、生きて、生きて、生き抜いてください。」
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2008年11月20日(木)
高石ともやさんと家族 [私の好きな人]
今日の京都新聞朝刊を見てビックリ。
1面左の部分、〜命ときめく日に 第1部 病から始まった 第3部 高石ともやさんと家族 「妻を、母を、自分が支える」〜
自宅でギターを抱えた高石ともやさんの写真。横には大きく「みんなが少し生き方変えた」の大きな文字。
月刊誌「ランナーズ」を読んでおられた方なら、今年の春まで連載されていた「てるえさんへの手紙」をおぼえておられるでしょう。(くわしくは、私の3/18のブログを見てください。)
末期の大腸がんと診断された奥様を、家族みんなで支えていく決意を手紙にされていた。しかし、それは決意というよりは、自然な家族の姿、自然な高石ともやさんの姿勢が感じられた。
今回の京都新聞の連載は、それをもう少しくわしく書かれているようだ。
1面に続き3面へ。
両手を広げ、笑顔満面の奥様の写真。1993年、アメリカ横断マラソンの時のものだ。
そして、その横に「完治むずかしいけれど、負けず、引き分けくらいで」の文字。
びっくらこいたー。
私のブログをしっかり呼んでいただいている方なら、お分かりでしょう。6月10日の記事を見てください。
☆
みかた残酷マラソンで高石ともやさんがゴールした時、私の背中に付けた応援メッセージの「のぼり」をあらためて見てもらいに行った。
「ともやさん、さっき三宅誠孝さんにもゆってたんですけど、『ガンに負けるな』はちょっとあかんかったかなあ。『負けるな』じゃなくて、『ガンと引き分けよう』くらいがよかったですかねえ。」
「そうそう、勝とうなんて思ったらダメ。『引き分け』、いいねえ。」
「サッカーでよう言いますやん。『アウェイは引き分けで十分』って。ガンはアウェイやと思わなあかんのかもね。走りながらね、そんなこと考えとったんですわ。」
☆
この話をした時、高石ともやさんは、「引き分け」という言葉にすごく感心しておられた。それをずっとおぼえてくれてはったんや。
私は得意と言えるようななことほとんどないのだが、言葉に関することはちょっと自信がある。いろいろ考えていると、突然頭にひらめくことがある。「ガンと引き分け」という言葉も、みかたのきつい坂を上ったり下ったりしている時にひらめいた。
あの時は、マネージャー役を務められていた三宅誠孝さんもいっしょ。
先日、うちの店にお買い物にこられた高石さんのお話によると、三宅さんは体調をくずし入院されているらしい。(三宅誠孝さんについては、4/13のブログを見てください。)
三宅さんは、ガンで去年の8月までの命と宣告された。しかし、それから1年3ヶ月、まだまだねばっておられる。
そう簡単に死んでもらったら、私も困る。もっともっといろんなことを教えてもらいたい。
とりあえず、明日、病院にお見舞いに行こう。いやがられても、このブログをプリントアウトしたものだけでも渡してこよう。
「三宅誠孝さん、ガンと引き分けましょう」
「高石てるえさんも、ガンと引き分けましょう」
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2008年11月19日(水)
「ジャック」〜シリーズご近所犬6〜 [わんこ・にゃんこ]
今日水曜は、京都キャロットの定休日。
真樹はテスト前なので部活がなく、早く帰ってくる。
きくといっしょに迎えに行こう。
真樹は、日曜から少し具合が悪くなり、部活をお休み。月、火は学校自体を休んでしまった。
しかし、今日は気分一新で学校に行った。よかった。長く休めば休むほど行きづらくなるからね。(今回もまた、私は役に立たず。ただ黙って見ているだけ。その代わり、ヨメさんがいろいろと・・・。)
4時過ぎに帰ってくるだろうと思い、そのちょっと前、きくといっしょに南へ向かった。
ところが、中学生の制服姿に全然会わない。6時間目が終わってもすぐ帰れへんにゃなあ。
しゃーないし、ちょっと通学路をはずれ岩倉幡枝の八幡橋方面へ。
そうや、この近くにかわいい子犬君がいる。一週間ほど前、ポカポカした日に庭に出しておられた。いっしょにおられた奥様にお聞きすると、まだ6ヶ月の子犬。かわいいガラだが、雑種だそうだ。
「うちの犬は、犬同士のルールが全然分かってなくてダメなんです。」と言うと、「うちも、まだ子犬だから何も分かってません。なかよくしてくださいね。」
「雑種を飼っている人に悪い人はいない」。
これは我が家の家訓(?)です。おうちはまっさらの大きなピカピカの家ですが、雑種を飼っておられるだけでいいご家族だと思ってしまいます。
前にお話させていただいた時はカメラを持っていなかったので、今日パチリ。いきなり写真を撮られたジャック君、ちょっと怒っていました。その様子を見ていたきくも、ちょっとやきもちを焼いたのか「ふぇんふぇん」言うし。
そこから家に帰っても、まだ真樹は帰っていない。もう一周するか。
二周目は北陵高校のグランドへ。部活の子らの動きに見とれてしまう。1年半後には、うちの子もこのグランドを走り回っているのかな。
昨日から急に寒くなったが、元気な高校生の姿を見ていると寒さも忘れる。
長代川の横の散歩道を歩いて帰ると、田んぼのあぜにいつものワンちゃん。このあたりの田んぼや畑をしにこられている農家のワンちゃんだ。(たぶん、静原の方だと思う。)
家に帰ると、もう真樹は帰っていた。
いろいろと心配していたが、真樹はいつもの元気な真樹に戻っていた。ちょっと一安心。
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2008年11月18日(火)
きくの左手 [わんこ・にゃんこ]
昨日の夜から、きくの左手が変。
きちっと下につけられない。
今日火曜は、京都キャロット産大前店のバイトさんがお休みの日。きくは、今日もヨメさんのお供で産大前店へ。
「いらっしゃいませ」とレジ台に手をついてごあいさつしようとするが、片手。左手は痛くて、つくことができません。
一つよくなったと思ったら、また次から次と。
お母さんが歳いってからできた一人っ子として生まれたきくちゃんやから、ほかの犬より弱いんかな。
心配させんなよなあ、きくちゃん!
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2008年11月17日(月)
京都走ろう会創立35周年記念式(11/16) [ランニング]
会場を出る時、思わず聞いてしまった。
「上坂(こうさか)さん、上坂さんて、いったい何者なんですか。」
なんて、失礼な質問。こんな失礼な質問に、どう答えれば・・・。
しかし、こう聞かずにはいられないほど、今日の上坂さんはインパクトがあった。(出席者のほとんどがそう思っておられると思う。)
ちょっと堅苦しい記念式が終了し、祝賀会もたけなわ。
カラオケのコーナーで、希望者に挙手してもらった。多くの男性陣にまじり、唯一の女性の希望者が上坂さんだった。
何人かの男性が歌われたあと、いよいよ上坂さんの登場。歌われたのは、あの「天城越え」。素晴らしい歌声。私もとなりの席の河田さんと、「うまいですねえ」と感心していた。
ところがどっこい。途中から、何やらあやしげな空気が・・・。聞いている人たちは、唖然。そして、爆笑。
これ以上は書けません。ぜひ、上坂さんとご一緒できるまたの機会をお楽しみに。
上坂さんは、私のブログの実質初めての記事である2月17日の「京都走ろう会例会」に登場されています。そこでは、「京都走ろう会一の美人ランナー」と紹介しています。そういうイメージだったので、よけい今日のはじけぶりにはビックリしました。
こんな楽しい人が、京都走ろう会におられたなんて・・・。
さて、話を元に戻して・・・。
記念式が午後5時から、それに続いて5時半から祝賀会。ダラダラとした説明は不必要と判断し、写真を並べてその場のふんいきを見てもらうことにします。
受賞者の方々を見ながら考えた。いったい私は、何年目。
私の会員番号687から考えると、25年表彰を受けられた塚本さんや松岡さんのちょっと後である。ということは、24年目くらいか。
ただし、ここ10数年は、年に1、2回しか顔を出せないため会費を払っていない。(今年は払いました。)
だから、私は何年たっても表彰対象外であると思う。
それでも今年は10回以上出席できるので、「カムバック賞」というのはどうでしょう。(って、自分勝手なアイデアです。)
鴨川賞(年間出席回数上位者)についてですが、実際の最多出席者は会員番号1の佐藤光一さんです。ななななな、なんと24回皆勤賞。
この賞は3回までしか受賞できないので、表彰対象外になったそうです。ちょっと気の毒なような気もしますが、ご本人が表彰されるために出席されているわけではないことがよく分かります。
そのほかにも、23回の井上さん、20回の田中さんと津田さん、19回の村瀬さんと吉田出さん、18回の三輪さんと吉田康彦さん、17回の阿加井さんなど、そうそうたるメンバーが対象外になっています。(いわゆる殿堂入りですか)
こんな出席率の高いメンバーが続出するランニングクラブも、めずらしいのでは。
これでは、私の出席10回など「へのつっぱりにもなりません。」
カラオケの後は、ビンゴゲーム。
京都キャロットからも、少しだけ賞品を提供させていただきました。(ベンチコート、ディバッグ、スポーツタオル、ソックスなど)
全員にもれなく当たるようでしたが、やはり早くビンゴになった人はうれしそう。
私がもらった袋には、栓抜き、タオル、子供用Tシャツ、ハンドソープ、ボールペンが入っていました。
最後に司会の松山さんが、何人かの人にスピーチをお願いされた。
私のとなりにすわっておられた河田さん。「これから、若い人にもどんどん入ってもらえる走ろう会にしましょう。」
私が何回も、「プロの目から見て、この料理はどうですか。」と聞いても、「何ゆうてんにゃなー。ワシはしろうとやから・・・。」と笑っておられた。
西院で「おふくろ」のお店をされてもう33年。その前には中華料理店に10年勤めておられたそうだ。どこが、しろうとなんですか。
帰り際、何回も何回も、「今日は、藤井さんとしゃべれてよかったわ。」とおっしゃってくださった。私もうれしかったです。
それにしても、なんて若い73歳なこと。
栄光の会員番号1、佐藤光一さん。
福知山出身で、中学までは野球をやっておられたそうだ。ただ、胸に打球を受け、高校では野球ができなかったらしい。
そのくやしさを60年近く胸に秘められてたんですね。
こちらも、元気さみなぎる73歳です。
上坂久子さん。
歌のインパクトが強すぎて、何を話されたのかまったくおぼえていません。すいません。
京都走ろう会の中では超貴重な若手。私よりはるか年下です。
私のおとなりにすわられていた岩田徹さん。
2年前、甥と姪がレースに出るのを応援に行き、それがきっかけでご本人も走り始められたそうだ。
私のブログも見てくださっているとのこと。
「練習なしでレースばっかり出ていると書いてありましたけど、本当に本当なんですか。」
「本当に本当です。こないだ10月まで走った日数かぞえてみたら、たったの55日でした。」
「先生もやってられたんですよね。」
「ええ、もうだいぶ前の話です。子どもが生まれる前にやめたから、もう17年以上も前のことです。」
そこまで読まれてる方は、「パオパオだより」のツウですな。
たぶん、私の一回り上だと思います。ひつじ年?
長谷川正治さん。
大将軍で牛乳屋さんをやっておられます。以前は、京都走ろう会にもジュースを持ってきておられて、走ったあとにそれを飲むのを楽しみにしていたのに・・・。
脳梗塞で5回倒れられたそうだ。その割にはしっかりしゃべっておられた。ただ、ヒザにきておりもう走れないとおっしゃっていた。
お会いするごとに、うちの子のことを聞いてくださる。大きくなった廉や真樹の姿を見てもらいたいものだ。
もう一度走ってほしいな、82歳の長谷川さん。
今日の参加者の中で、会員番号が一番大きい山本誉さん。(889)
最近入会されたようですが、末永くよろしくお願いします。
まだ40代。あと40年は走れます。
閉会のごあいさつは、塚本政琉副会長。
ちょっと緊張されていたようで、真剣なお顔を見ていると笑ってしまいそうになった。
あのー、副会長さんということは、次期会長候補でしょうか?
塚本さんといえば、京都走ろう会でも京都ランナーズでも宴会担当というイメージが強くて・・・。あまりかしこまった役はにあわないかも・・・。イヤ、でも今日はかっこよかったです。
忘れてましたが、私も松山さんから指名していただき、ちょっとだけしゃべらせていただきました。
京都キャロットのホームページの中で「パオパオだより」というブログを書き、その中で京都走ろう会のことも書かせてもらっていること。
今日の例会のことも途中まで書いたものをプリントアウトしてきたので、紹介させてもらった。
「今日はお久しぶりにお会いできた酉脇節子さんのお写真をトップに使わさせていただきました。
前回は、吉田出さんのきれいなランニングフォームを載せました。
その前は、私のブログに初めてコメントを入れてくださった大西紘夫さんのお写真をトップに載せました。
あっ、それから今日のこの会で撮らせてもらった写真も載せる予定ですので、もしご都合の悪い方がありましたらゆってください。
何でもほめることをモットーに書いていますので、またよかったら見てください。」
閉会し、会場を出ようとする時、声をかけられた。
「さっき言っておられたブログですけど、どう検索したら見られますか。」
「あっ、山本ほまれ(誉)と書いてたかしさん。ありがとうございます。『京都キャロット』で検索してもらって、そこに『雑用係のブログ』というコーナーがありますので、それでお願いします。」
夜、さっそく、山本さんからのコメントが入っていた。京都走ろう会は年齢層が高いので、ブログはほとんど見てもらえないと思っていたが、こんな人ともお知り合いになれてよかった。年齢的にもまあまあ私と近いですし、また声をかけてくださいね。
いろんなところに顔を出し、いろんな人とおしゃべりして、損なことは何もない。今日も参加して、本当によかった。
(おまけ)
一番最初の質問に、私が期待する答え。
「○○さん、あなたはいったい何者ですか?」
「へへへー、私はちょっとしたくせもの(曲者)です。」
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