パオパオだより

2013年11月28日(木)

秘密保護法案にNOを! [時事]

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プラカードを手に特定秘密保護法案への反対を訴える岸野さん(27日午後3時、京都市東山区・四条大橋東詰)

◎京都新聞11月28日朝刊

   秘密保護法案反対 京から
          監視社会の恐怖訴え   紛争地取材、写真家の僧侶

 「まだ諦めていません。法案にNOを」。強行採決で衆院を通過し、27日に参院で審議入りした特定秘密保護法案に反対するため、世界の紛争地を取材してきた写真家の僧侶が、京都市内の繁華街で訴えを続けている。

■繁華街でプラカード「言論の自由奪うな」

 左京区の専修寺副住職の岸野亮哉(りょうさい)さん(38)。紅葉が見頃を迎え、人出でにぎわう東山区の四条大橋東詰に23日から立っている。プラカードを手に「この姿を撮影してツイッターやフェイスブックで広めてください」と声をからす。

 岸野さんは、スリランカやイラク、ミャンマーなどの紛争地に十数回入った。そこでは市民が自由にものを言えない監視社会が広がっていた。記者への不当な拘束、過度な規制による盗聴を気にしながらの取材。それでも現地の人々は「ありのままを伝えてほしい」と、危険を顧みず協力してくれた。「言論の自由が奪われた国で、事実を伝えることがどれほど貴重で、どれほど困難なことか」

 特定秘密保護法案は情報を漏らした公務員だけでなく、それを「教唆」や「扇動」した市民も処罰すると規定している。「秘密漏えいを防ぐだけなら現行法で対応可能なのに、なぜ市民まで処罰の対象にするのか」と岸野さん。「外敵から国を守るために必要というが、紛争地で聞いた言葉と全く同じだ」と危機感を募らせる。

 戦前の日本では、多くの仏教教団が戦争に協力し、反戦を唱えた僧侶は僧籍を剥奪された。「あの過った歴史を絶対に繰り返してはならない。平和な世に生まれた僧侶の信念として、法案に反対したい」と、今日も立つ。
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 岸野さんといえば、私が入らせてもらっている「静市九条の会」にもお話に来てもらった方だ。「九条の会」の集まりはたいてい日曜で、「京都キャロット」の出張販売と重なる。だから、その時も出席できなかったけれど。

 「平和な世に生まれた僧侶の信念として・・・」
 京都には、岸野さんのようなお坊さんがまだまだたくさんおられる。自分が今できることを探し、それを実行しておられる姿はすばらしい。

 先日、義兄が少し話してくれた。
 「こないだ地下鉄・北山駅前で、秘密保護法案反対のビラ配りしたんや。ところが消費税増税反対のビラとは大ちがいで、ほとんど誰も受けとってくれへんねん。まだ法案通ってへんのに、もう『そういうことにはかかわらんほうがええ』ちゅう空気になっとる。今反対しいひんかったら、ほんまにこんなビラを読むことさえできんようになるかもしれんのに・・・。」
 「とりあえず、あなたが投票した議員さんに秘密保護法の説明してもらってくださいってゆうてんねん。そんなことをしてもらうために議員になってもうたんかちゅうことやな。ちゃんと説明できん議員には、次は絶対入れたらあかん。」
 少しずつだが、ビラを受け取ったり、話を聞いてくれる人が増えてきているらしい。

 どの世論調査でも秘密保護法案反対が圧倒的に多いのに、国会では逆に圧倒的多数で通過してしまう。これでいいはずがない。私もなにかしなくては・・・。
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【RUN】

 今日も昼前からバイト。
 よって、私の苦手な朝練。朝練と言っても、9時過ぎからですけど・・・。

 もうすぐ12月。街路樹の葉っぱももうだいぶ落ちてしまった。
 「今年もあと1か月か…。」

 十王堂橋往復5km。26分13秒。
 やっぱり、肩が気になるなあ。
 1kmプラスして、今日は6km。

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【今日のきく】

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 私が走りに出るとき、きくが廉の部屋からのそっと出てきた。
 「オバサンには散歩につれて行ってもうたけど、オッサンはないんか。」
 「あー、分かった分かった。帰ってきたら行くから。」

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 走って帰ってきたら、家を出る時刻までもう30分ほどしかない。
 「いそげー!」

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 でも、きくはゆっくりゆっくり。

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 ぐるっと回って帰ろうとすると・・・。

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 「こんなちょっとの散歩ではやってられん。ガウガウ!」

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 笑ってるように見えますが、「もっと、あそばんかい!」と怒ってる顔です。
 「あー、かわいい。」

 

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天皇の政治利用 [時事]

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「昭和天皇と違って、今上天皇は揶揄の対象にもならない。親近感に支えられた権威だからです」     =早坂元興撮影

◎朝日新聞11月27日朝刊・今こそ政治を話そう

   内なる天皇制     映画監督・作家、森達也さん

 戦後約70年が経ち、天皇陛下に対する私たちの意識は変わったと思っていたが、違った。久々に耳にした「不敬」は、私たちは変わったというよりは、天皇についてただ考えなく、語らなくなっているだけなのだと教えてくれる。だから語ってもらおう。かつて憲法1条=天皇をテーマにドキュメンタリーを撮ろうとした、森達也さんに。

 ――園遊会で山本太郎参院議員が天皇陛下に手紙を渡した件は、参院議長が厳重注意し、落着しました。

 「『常識を欠くもので、極めて遺憾』と。しかし常識というのはとても恣意(しい)的な言葉です。何のルールを侵したのか明示されないまま、ペナルティーが与えられる。極めて日本的なやり方ですっきりしませんね。そもそも手紙を渡すことがどうして『政治利用』になるのでしょう。強いて言うなら『政治利用未遂』だし、それ以前に、利用するとかされるとか、それこそ天皇に失礼じゃないですか。僕だったら『私はモノじゃない』と言いたくなります」

 「騒動後に社会とメディアにあふれた言葉は『政治利用』だけではなく、『非礼』や『失礼』、そして『不敬』でした。この国の『内なる天皇制』はこれほどに強固だったのかと感じ入りました」

 ――どういうことですか。

 「大学の授業で、学生たちに山本さんの行為をどう思うかを聞くと、一様に『失礼だ』『不敬だ』との答えが返ってきました。その表情は真剣です。『天皇がとても困っているように見えた』とか『手紙を片手で渡すなど失礼だ』などと発言する学生もいました。でも『例えば学生が学長に、あるいは社員が社長に手紙を渡すことは非礼なのか?』と聞くと『それは違います』と。『ではなぜ天皇に対しては非礼になるのか?』と重ねて聞けば、『確かになぜでしょうね』ときょとんとしている。彼らは平成生まれです。なのに天皇はタブーに囲まれた特権的な存在だという意識をいつの間にか内面化している。これが『内なる天皇制』です。今の若い世代は権威に従順で空気に感染しやすいので、自然とそうなってしまったのでしょう」

 ――とはいえ歴史を踏まえれば、天皇の政治利用は許されません。

 「そうですね。しかし天皇制の歴史は、時の政治権力に利用され続けてきた歴史ともいえる。その究極がアジア太平洋戦争です。政治利用のリスクを本当に退けたいなら、戦後、天皇制を手放すべきでした。しかしアメリカは日本の占領統治を円滑に進めるために、天皇制を残したほうがいいと考えた。そのために昭和天皇は戦争に積極的ではなく、軍部に利用されただけだという『物語』を強調しました。その副産物がA級戦犯で、天皇制を守るためにA級戦犯に責任を背負わせた。だから昭和天皇も今上天皇も、A級戦犯が合祀(ごうし)されて以来、靖国神社を訪れたことはありません」

 「ところが自民党の歴代首相は靖国神社参拝に意欲を見せ、その一方で改憲して天皇を国家元首にしようと。これほど倒錯した政治利用はありませんが、自民党も国民も気づいていない。そのレベルで戦後を過ごしてきたからこそ、山本さんの件では表層的な批判が宙を舞い、『内なる天皇制』や皇室タブーがさらに強化され、本質的な議論がますますしづらくなったと思います」

 「今年4月に政府が主催した『主権回復の日』を祝う式典への天皇、皇后の出席が政治利用だと指摘されました。天皇、皇后が退席する際、会場から『天皇陛下万歳』の声がかかり、安倍晋三首相や麻生太郎副総理も万歳したことも批判された。でも話はそこにとどまりません。その後にアップされた政府のインターネットテレビの動画をみると、なぜか『天皇陛下』の音声だけが消えています。数秒間無音になって、唐突に『万歳』が聞こえてくる。意図的かどうかは別にして、これこそ非礼でしょう。少なくとも万歳三唱の際の天皇の表情は、山本さんから手紙を渡された時よりも困惑しているように僕には見えました」

     ■     ■

 ――原発反対の一点で支持され、国会議員になった山本さんが、その原発問題について天皇に「直訴」する。戦後の民主主義とはいったいなんだったのでしょうか。

 「民主主義や主権在民という言葉がむなしく響きます。結局は与えられたままになっているということです。その理由の一つは、やはり天皇制にあると思います。統治者と被統治者という緊張関係があるからこそ、被統治者の権利への意識が覚醒し、民主主義は実体化する。しかし日本では、天皇制がその緊張関係に対する緩衝材のような役割を果たしてきました。為政者にとってはとても都合の良いシステムです」

 ――山本さんの弁明は「この胸の内を、苦悩を、理解してくれるのはこの方しか居ない、との身勝手な敬愛の念と想(おも)いが溢(あふ)れ、お手紙をしたためてしまいました」でした。

 「まるで一昔前の恋文ですね。でも考えてみれば、山本さんほど直情径行ではないにせよ、天皇に対する信頼がいま、僕も含め、左派リベラルの間で深まっていると思います」

 「きっかけのひとつが、2001年の天皇誕生日に先立って記者会見し『桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています』と語ったことです。さらに10年にも、やはり桓武天皇に触れながら『多くの国から渡来人が移住し、我が国の文化や技術の発展に大きく寄与してきました』と。最初の発言は小泉政権下。日韓関係が冷え込んでいました。2度目の発言は、尖閣諸島沖で中国漁船による衝突問題が起きた1カ月後です」

 「04年の園遊会では、当時東京都教育委員だった棋士の米長邦雄氏が『日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事』と発言したのに対して、『やはり、強制になるということではないことが望ましい』と応じた。快哉(かいさい)を叫んだ左は多かったと思います。明らかに天皇は一定の意思を示していて、追い詰められるばかりの左にとって最後の希望のような存在になってしまっている。倒錯しています。でも白状すると、その心性は僕にもあります」

     ■     ■

 ――権力や権威に常に懐疑の目を向けてきた森さんが、天皇にそんな思いを抱いているとは意外です。

 「直感でしかないけれど、人格高潔で信頼できる方だと好感を持っています。そしてそういう自分の心情も含めて、危なっかしいなあとも思います。天皇への依存感情が生まれているわけですから。戦後約70年かけて、また戻ってきちゃったなと」

 「政治家も官僚も経営者も私利私欲でしか動いてないが、天皇だけは違う。真に国民のことを考えてくれている。そんな国民からの高い好感と信頼が今の天皇の権威になっていると思います。昭和天皇は遠い存在でした。遠くて見えないことが、権威の源泉になっていた。しかし今上天皇からは肉声が聞こえるし、表情もうかがえる。だから右だけではなく左も自分たちに都合よく天皇の言動を解釈し、もてはやす。いわば平成の神格化です。天皇は本来、ここまで近しい存在になってはいけなかったのかもしれませんね」

 「そもそも人間は象徴にはなり得ません。ひとりひとり個性があるからです。表情や発言に感情がにじんでしまうことがある。寿命があるから代替わりもする。象徴天皇制は、どんなキャラクターの人が天皇になるかによってその相貌(そうぼう)が変わる、実はとても不安定な制度です」

 「天皇が『現人神(あらひとがみ)』のままでは占領統治がうまくいかないと考えたアメリカの意向を受け、昭和天皇は『人間宣言』をし、象徴天皇となった。ここで捩(よじ)れてしまったのです」

     ■     ■

 ――ただ、天皇への思い入れが薄い若い世代が増えれば、状況はずいぶん変わってくるでしょう。

 「僕もそう思っていましたが、今回、それは違うと気づいた。老若男女を問わず日本人は好きなんですね、『万世一系』という大きな物語が。日本は世界に例をみない特別な国なんだという、インスタントな自己肯定感を与えてくれますから」

 「天皇制は、選民思想を誘発します。この国の近代化の原動力の一つは、他のアジア諸国への蔑視であり優越感で、敗戦後もその感情は持続しました。だからこそ原爆を二つ落とされ、首都は焼け野原になって無条件降伏をしたのに、二十数年後には世界第2位の経済大国になった。確かにこれはミラクルです。しかしGDP(国内総生産)は中国に抜かれ、近代化のシンボルである原発で事故が起き、日本は今後間違いなく、ダウンサイジングの時代に入ります。でも、認めたくないんですよ。アジアの中のワン・オブ・ゼムになってしまうことを。ひそかに醸成してきたアジアへの優越感情をどうにも中和できない。その『現実』と『感情』の軋(きし)みが今、ヘイトスピーチや、『万世一系』神話の主役である天皇への好感と期待として表れているのではないでしょうか」

 「結局、戦後約70年をかけてもなお、僕たちは天皇制とどう向き合うべきか、きちんとした答えを出せていない。山本さんの軽率な行動は図らずも、このことを明らかにしてくれました」(聞き手・高橋純子)

     *

 もりたつや 56年生まれ。明治大学特任教授。98年、オウム真理教のドキュメンタリー映画「A」を発表。著書に「死刑」「A3」など。
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 昨日バイト先で見た朝日新聞・オピニオン欄に、興味深い記事があった。
 山本太郎参院議員の天皇陛下への手紙から始まる「政治利用」論争。正直、私自身はどう反応していいのやら戸惑っていた。私にとっては、「ホテルの食材偽装」も「天皇の政治利用」も同じくらいの遠さ。「そんなん、食べたこともないし、おうたこともないし・・・。」
 山本議員を処分するといっても、「どの法律で?」ということになる。これから新しい法律を作るにしても、どれも憲法違反になりそう。まさか、山本議員を罰するために憲法改正? それはないわな。

 森達也さんの分析については、何度か首をひねってしまう箇所もあったが概ねうなずけるものだった。
 4000字分ほどのインタビュー。朝日新聞デジタルは有料なので、「これを手打ちはしんどいなあ」と思っていた。「でもまるまる3時間ほどはヒマやし、やってみるかー」と思いながらも、一応どこかに出ていないか探してみた。ありましたー。( 無断でパクラせていただきました。)


 その記事にはこんな見出しもあった。

 若者に醸成された強いタブー意識 左派にも依存感情
 戦後70年経てなお答え出せぬ僕たち 「手紙」で見えた

 「若者に醸成された強いタブー意識」 
 今22歳の我が息子・廉もそんな感じのところがある。「山本太郎の字、めちゃくちゃ下手やったな」とコメント。「関心はそこ?」と思ってしまった。

 「左派にも依存感情」 
 私は左派ではないが、9年前の米長氏への天皇の言葉「強制になるということではないことが望ましい」は自分の心のお守りのように思っている。

 「戦後70年経てなお答え出せぬ僕たち」
 私の答えは、「皇室の民営化」です。小泉さんや橋下さんは「何でもかんでも民営化論者」なのに、「皇室の民営化」だけは一言も言わない。やはりタブーなんでしょうか。
 生まれながらに自分の運命が決められている「お世継ぎ」は、憲法で保障されている基本的人権があると言えるのか。最小限「皇室離脱の自由」くらいは認めるべきだと思う。
 ただし、日本国憲法第1章 天皇(第1条ー第8条)との関係がむずかしい。でも集団的自衛権の憲法解釈みたいに、コソコソとやる手もあるみたいだし・・・。
 独立採算性をとっているらしいイギリス王室は、どうなんでしょう。エリザベスさんの息子は、王室を継がないみたいなことも言われていますが。そもそも、エリザベスさんに手紙を渡すこと自体が失礼とも思えないし・・・。

 「『手紙』で見えた」
 私には、今までさんざん天皇を政治利用してきた議員が、「ポッと出の山本、お前はへっこんどれ」と言ってるように見えた。「わしらの既得特権領域に入ってくんな」という感じ。
 何もせん議員より、批判はあってもいろいろ動いてみる議員の方がましなような気がする。今回の「手紙問題」で、ふだんあまり考えることのない天皇制について考えた人は多かったのではないだろうか。

※ 「今上天皇」のことをずっと「こんじょうてんのう」だと思っていた。変換したら「根性天皇」になってしまった。正しい読み方が分かって「きんじょうてんのう」と打って変換したら、「金城天皇」。「おきなわか!」と突っ込みたくなってしまった。

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2013年11月26日(火)

なぜ安倍晋三首相の趣味をやるのか [時事]

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◎毎日新聞11月25日夕刊

   文太さん「悪法反対」
          戦争透けて見える

 俳優の菅原文太さん(80)が24日までに、共同通信の取材に応じ、特定秘密保護法案について「異様な感じで受け止めた。先の戦争の片りんが影絵のように透けて見える」と強い危機感を示した。「あの不幸な時代を繰り返してはならない」と強調し「(法案は)改憲への布石では」と警鐘を鳴らした菅原さん。「悪法に反対するため、国民一人一人の力を結集しないといけない」と呼びかけた。

 法案には「今の日本にそんなものがいるんだろうか」と疑問を呈する。法案では、公務員以外も情報の入手や漏えいの教唆などで処罰される可能性がある。「防衛省や外務省の一部の人たちには必要かもしれないけど、一般の国民は・・・」と首をひねった。

 安倍政権が法制定の先に見据えるのは憲法改正だと見る。「9条が最終的な狙いなのか」として「俺は断固反対。9条があるから戦後70年、ほぼ平和にきたんだ」と意義を訴えた。

 菅原さんは戦時中に少年時代を過ごした。「大人たちが自由にしゃべれなかったのを覚えている」。灯火管制で電灯が黒い布で覆われ、ちゃぶ台の上が小さく丸く照らされていた場面も脳裏に深く刻まれている。

 戦地にいた父は終戦の2年後に「よれよれになって帰ってきた」。やはり戦地に送られてきた叔父は、生死も分からないままだ。

 「そんな時代が再び来たらいけないということは、戦争をちらっとでもかじった人はみんな考えるはずなんだけど、今の政治家にはほとんど(経験者が)いないのかな」と危惧する。

 「国際協調に基づく積極的平和主義」を唱え、集団的自衛権行使容認の道を探る安倍晋三首相。「愛想よくほほ笑みながら、言葉巧みに美しい約束を繰り出すが、俺たちはきれいな明かりに誘導されて炎に飛び込んで死ぬガのようにはなりたくないね」と苦笑いした。
 
 戦争反対への強い意志と今の時代への憂慮をゆっくり、しかし力強く語った菅原さんは、こう締めくくった。

 「また不幸な時代を日本国民が迎えてしまうのか。単なる杞憂じゃなく、危ない時代になっている。主義、思想は関係ない。右も左もともに闘う。是は是、非は非でいかないと道を間違える」
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◎毎日新聞10月24日朝刊

   秘密保護法「戦争の準備」
          知る権利 侵害懸念  村上・元行革担当相が批判

 安全保障に関する国家機密の漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法案について、自民党衆院議員の村上誠一郎元行革担当相(61)が毎日新聞の取材に「財政、外交、エネルギー政策など先にやるべきことがあるのに、なぜ安倍晋三首相の趣味をやるのか」と述べ、今国会での成立を目指す安倍内閣の姿勢を痛烈に批判した。25日の閣議決定を前に、法案に身内から強い反発が出た形だ。

 村上氏は特定秘密保護法案と国家安全保障会議(日本版NSC)設置法案について「戦争のために準備をするのか。もっと平和を考えなければいけない」と懸念を表明。さらに「(特定秘密保護法案には)報道・取材の自由への配慮を明記したが、努力規定止まりだ。本当に国民の知るべき情報が隠されないか、私も自信がない。報道は萎縮する。基本的人権の根幹に関わる問題だ」と、国民の「知る権利」が侵害を受ける危険性に言及した。

 村上氏は22日、自民党総務会を途中退席して法案了承に反対の意向を示した。村上氏は「党総務会は官邸の意向を振りかざし、熟議のないまま進んでいる。慎重な上にも慎重にしなければいけない」と合意を急いだ党運営を批判。退席者が自分一人だったことには「小選挙区制では党が公認、カネ、人事の権限を握る。政治家の良心として言わねばならないことも言えなくなっている」と話した。衆院本会議での採決については「懸念する点が解消される修正があるかどうかだ」と審議を見守る考えを示した。

 村上氏は衆院政治倫理審査会長。愛媛2区選出で当選9回。新人時代の1986年11月、谷垣禎一氏(現法相)、大島理森氏(元党幹事長)ら自民党中堅・若手国会議員12人の一員として、中曽根康弘内閣の国家秘密法案への懸念を示す意見書を出した。【青島顕】
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 今日、特定秘密保護法案が衆議院を通過した。

 原発の問題など、もっと緊急に取り組まなくてはならないことが山ほどあるだろうに。自民党でただ一人造反した村上議員が言われるように、「なぜ今、安倍晋三首相の趣味をやるのか」と思っている人は多いと思う。

 連立与党である自民党・公明党に加え、野党・みんなの党も賛成。(修正案に合意していた維新はなぜか退席。)

 1999年に成立した国旗国家法案のときも、自民党単独ではなく公明党ほか他の政党、議員の協力で成立した。私はそれまで公明党に特別な意識がなかったが、それ以来「自民党の補完勢力」としての価値しかない政党と思うようになった。
 今回も連立与党である公明党は「自民党補完勢力」一番手。二番手争いとして、みんなの党と日本維新の会が競っていたが「みんなの党の勝ちー!」

 自民党プラスかくれ自民党みたいな政党がほとんどという今の国会は、これで正常と言えるんでしょうか。
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【RUN】

 今日はゆっくり5+1。
 5kmは28分43秒。

 左ヒザの痛みはとれたが、今度は腰の右側。
 あいおわ治療院の高橋大輔似の先生によると、この腰の痛みは肩の痛みから来ているらしい。次々とあちこち痛くなるもんですね。

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2013年11月21日(木)

自分の問題としての秘密保護法 [時事]

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◎京都新聞11月19日朝刊

   こう見る 特定秘密保護法案
          住民の基地監視に圧力     龍谷大教授 松島泰勝さん

 特定秘密保護法案は、憲法の定める「知る権利」を揺るがす危険な法案だ。特に在日米軍基地の74%が集中する沖縄にとって、重大な問題をはらんでいる。

 沖縄は長い間、「軍事上の秘密」の犠牲になってきた。戦時中は当時の軍事保護法の特別地域に指定され、多くの沖縄の人々がスパイ容疑で日本軍に虐殺された。中には、沖縄の言葉を話しただけで疑いをかけられたケースもあった。何が機密なのかはっきりしないまま罰せられる恐ろしさを県民は知っており、自分の問題として捉えている。

 法案の第1条に「我が国及び国民の安全の確保に資する」目的とあるが、沖縄にとって基地は安全に資するどころか命や生活を脅かす存在だ。基地の外でも状況は同じで、2004年に米軍ヘリが沖縄国際大に墜落したときは、日本の警察は現場に近寄れず治外法権状態だった。日常的に「機密の塊」に接して暮らすことを強いられる中で、地元メディアや市民、研究者はさまざまな手だてを講じて基地の実態や訓練の情報の入手を試みている。

 04年にキャンプ・ハンセンで戦闘訓練施設の建設が始まった際、周辺住民がやぐらを組んで監視活動を行ったが、地元紙の取材に対し、内閣情報調査室は「軍事情報の不正取得になり得る」との見解を示した。事故が続いた新型輸送機オスプレイの配備計画も地元紙が1992年に報じたが、国は否定し続けた。今回の法案の条文や国会答弁を見ていると、こうしたことも安全保障上問題があると処罰の対象になりかねない。

 いま沖縄は、米軍普天間飛行場の県内移設に対し、県知事をはじめ保守層も含む幅広い県民が反発している。政府が従来とってきた「アメとムチ」の政策はもう通用しない。だからこの法案は、沖縄の反基地の動きをターゲットにした圧力だと受け止められている。

 近年、日米防衛協力強化の影響が沖縄以外でも目立つ。高島市で先月、オスプレイ飛行訓練が行われ、京丹後市では米軍レーダー基地計画が進む。周辺の住民がこれらの情報を知りたいと思うのは当然だ。悪用する目的でなく、家族や地域を守るための活動までが敵視されるのは絶対におかしい。       (聞き手・道又隆弘)

■ まつしま・やすかつ 1963年沖縄県生まれ。専門は島嶼(とうしょ)経済論。著書に「沖縄島嶼経済史」「琉球独立への道」など。

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 消費税増税法案に比べると、秘密保護法案はどうもピンとこなかった。方や、すべての物の値段を一気に値上げするという法案。一方は、国家機密をどうたらこうたら・・・もう分からん。物の値上げは身近で実感しやすいが、国家機密ってそんなもんと私らがかするかい?
 でも、松島先生の解説は分かりやすかった。私がこないだの日曜日に行った「高江ヘリパッド座り込み」の座り込み、パトロール、脚立からの視察など、この法案にひっかけようと思えば簡単にひっかけられそうだ。
 こう思えば、少しは自分の問題として考えることができた。

 そうか、この法案は「国が庶民にいちゃもんをつけ、逮捕拘束する」ための法案なんや。そうですよね、法案を通したい議員さんたち。

 「沖縄には、日本が抱える問題のほとんどすべてが凝縮されている」と、45年ほど前に私の姉が教えてくれた。今、その言葉がほんまやなあと思える。
 これからも、もっともっと沖縄のことを勉強したい。

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【今日のきく】

 今日も昼前から、寮の管理人代理のバイト。

 「走るヒマがないなあ」と思っていたら、銀行に行く用事ができた。
 「往復で1kmくらいしかないけど、なんにも走らんよりはましか。」

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 「きく、行くで!」

 ついさっきヨメさんとの長い散歩から帰ってきたばかりのきくは、「喜んで!」

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 「においかぐ時間が多すぎるで。走った気がせんわ。」

 まあ、きくがちょっと喜んでくれたからいいとしましょうか。

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2013年10月08日(火)

百田尚樹氏の「9条教」発言 [時事]

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◎百田尚樹氏のツイッターより(下から順に)

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 19時間
9条教の冗談をツイートしたら本気で怒りのリプライを送ってくる人が何人もいた。あのツイートは義和団の信徒たちが義和拳教の教えさえ守れば鉄砲の弾に当たらないと信じて列強と戦った話の流れで書いたギャグなのになあ。教えを信ずれば弾にも当たらないというのは、9条さえ守ればというのに似てる。

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 10月6日
すごくいいことを思いついた!もし他国が日本に攻めてきたら、9条教の信者を前線に送り出す。そして他国の軍隊の前に立ち、「こっちには9条があるぞ!立ち去れ!」と叫んでもらう。もし、9条の威力が本物なら、そこで戦争は終わる。世界は奇跡を目の当たりにして、人類の歴史は変わる。

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 10月6日
現実にいましたね、そういう弁護士の方が。しかし9条信者は教えを守って殉教するような気もしますね。洗脳は本当に恐ろしいです。 RT @mayu_yumy: 死刑反対の弁護士が身内を殺害されて意見が百八十度変わる的な…?でも、それでも彼らは変わらないと思います

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 10月6日
9条を守れと主張する人は、「私たちの息子を戦場に送り込んでいいのか!」と言う。「私たちの娘が他国の軍人たちに強姦されていいのか!」という発想もしてもらいたいな。

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 10月6日
憲法9条死守の護憲派が考えを改めるのは、日本が他国に攻められて多くの同胞を殺されたときかもしれない。しかし、それでは遅い!

百田尚樹 ‏@hyakutanaoki 10月6日
かつて清朝末期、義和団の信徒たちが支那全土で暴れまわった事件があった。義和拳教を信ずれば鉄砲の弾にも当たらないと信じて、前時代的な武器で列強の近代軍隊と戦った。これ何かに似ているなと思ったら、憲法9条とそっくりだ。憲法9条さえ唱えていれば、外国の軍隊などに攻められることはない!
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 今日、ヨメさんから百田尚樹氏のツイッターの話を聞いた。調べてみると、上記のようにつぶやいておられた。

 「9条教」とはうまい表現だ。私のように「憲法9条さえ守ったらそれ以外のことは何とかなる」と信じているものは、「9条教」の信者と言ってもいいだろう。
 でも信者と言うからには教祖がいなければならないし、その宗教団体的なグループとは何?
 私はどんな政治団体にも所属していない。強いて言えば「ランナーズ9の会」に入れてもらっているが、この団体はなんやかんや理由をつけては楽しく走ろうというグループである。会長もおらず、会則も会費もない。

 私ら「憲法9条を何が何でも守る派」をやせ我慢派と言うならば、「憲法9条を絶対変える派」はビビリンチョ派と言ってもいいのではないだろうか。あの人たちの口ぐせはいつも「攻めてきたらどうする」。そんなに毎日毎日ビビリながら生活しておられるのだろうか。

 妄想的な仮想敵を作り上げ、そこをボロクソに言い立てて注目を集める手法は、本家・大阪でももうあきられてきた。作家の仕事をしておられるのなら、もっと斬新な発言をしてほしいですね。

 ただ、「憲法9条を何が何でも守る派」の本質をうまく表現されているという面もある。私たちは武力で他国の人々を押さえつけるではなく、粘り強い対話で戦争のむなしさ、平和の大切さを説いていきたいと思っている。

 「その対話の最中に弾に当たって死んだとしても、果てしない殺し合いを続けるよりはずっといいじゃないですか。」

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【RUN】

 今日もほとんど昨日とおんなじパターン。
 店往復1.3kmのあと、十王堂橋往復5km。今日はゆっくり29分05秒。仕事も何もしてないのに、なぜか体が重かった。でも、最後の1kmが気持ちよく走れたのでよかった。 
 エルちゃんコース1kmダウンジョグをして、今日は合計7.3km。

 そのあと続けて「たんぼやり投げ」。
 昨日の30投でヒジが痛むかと思ったがだいじょうぶだった。今日は20投くらいにしておこうと思いつつスタート。19投目に自分でも納得のいくスローができた。ところが仕上げのつもりで投げた20投目が左スライド。これで終わるわけにはいかん。けっきょく、あと8投。まあ、腕が痛くならへんかったからいいか。

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【今日のきく】

 今日じゃなくて昨日の夜のこと。
 きくは毎晩ヨメさんとちょっとだけいっしょに寝て、そのあと階段を降りて行き真樹のベッドで朝までスヤスヤ。
 ところが、昨日はなぜか私のふとんへ。

 「きくちゃんたら・・・。フェイントかまして、すぐどっか行くつもりやろ。」
 「なにをおっしゃるパオパオさん。今日はここに寝かせていただきます。」
 「またまた・・・。」

 いやまほんまに、きくは私のふとんでスヤスヤ。
 ちょっと心配になってきくをなでると、「つめたい!」
 「きくちゃん!」
 「むにゃむにゃ・・・。」
 
 犬はぐっすり眠ると体温が下がるのでしょうか。

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廉のベッドの下でくつろぐ今日のきく

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2013年08月27日(火)

○○で世界に反核を問う [時事]

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◎毎日新聞8月26日夕刊・特集ワイド
     今、平和を語る:直木賞作家・作詩家、なかにし礼さん

 ◇歌で世界に反核を問う 
          人としての倫理、取り戻せ


 直木賞作家でヒットメーカーの作詩家、なかにし礼さん(74)は「核兵器に反対する歌」を用意している。旧満州(現中国東北部)で生まれ、6歳から8歳にかけて棄民を体験したという、なかにしさんに平和国家の在るべき姿を聞いた。

 −−反核の歌の題名は「リメンバーヒロシマナガサキ」です。

 なかにし 「リメンバーヒロシマ」でもなければ「リメンバーナガサキ」でもありません。「リメンバーヒロシマナガサキ」のフレーズによって初めて核兵器廃絶のアピールになり、思想になるのです。核兵器に反対することは、戦争に反対することであり、さらに突き詰めれば戦争の放棄を掲げた憲法9条を守る姿勢を通すことにつながります。東京電力福島第1原子力発電所の大事故によって安全神話が幻想であったことを知ってしまった以上、原発の再稼働と新設についても反対の立場をとらざるをえない。

 −−反核を前面に打ち出されたのは。

 なかにし 戦争に反対する小説は書いてきましたが、スローガンにはしていません。だから、そろそろ言うべきことを言っておこうと思っていたところに、オペラ歌手の佐藤しのぶさんが背中を押してくれたのです。アメリカのオバマ大統領のノーベル平和賞受賞が決まった2カ月後、正確には2009年12月16日のことでした。彼女から、核兵器に反対する歌を書いてほしい、と頼まれたのです。思想を明確にしている歌なので、メーカーやスポンサーなどから圧力がかかって歌手生命に影響することになるかもしれない、と懸念を伝えました。すると彼女は、歌手として、人間としての責任を果たしたいと強い決意を示したのです。こうして歌作りにかかりました。人間に倫理観があれば、誰かがやらねばならない仕事だから、これは私にとって使命なのです。

 −−楽曲も決まり録音も済ませていたところ、11年3月11日に東日本大震災が起き、福島第1原発では放射性物質が放出される大事故となりました。それでCDの発売を延期しました。

 なかにし 日本は福島の原発事故で原爆を落とされた被害者の立場から、放射性物質をまき散らす加害者の立場にいると思ったのです。しかし今は、こう考えます。日本人こそが、核の恐ろしさと悲しみと罪の意識を知っているのだから、核をなくすために世界に向けて訴えなくてはならない。つまり「リメンバーヒロシマナガサキ」を歌うことが、世界に向けて取るべき態度だと思い至ったのです。

 −−今後の予定は。

 なかにし 素晴らしい楽曲で、平和を愛する心が楽譜の一つ一つに息づいています。海外向けも用意して、10月ごろに公表する予定です。特定の政治運動に加担することなく、歌が自由に独り歩きし、気に入ってくれた世界中の若者に口ずさんでほしいのです。

 −−なかにしさんを駆り立てた倫理について。

 なかにし 人間が生きていくうえで最も大事だと思うのですが、残念ながら今の日本では、倫理という言葉が死んでいます。たとえば、原発は倫理の問題としてばかりでなく、今や人間はもちろん自然界の生命全体の命をおびやかす存在となっております。原発ゼロをめざすのが当然でしょう。それが可能なのに、やろうとしない。そこに倫理観の欠如があるのです。

 また憲法というのは時代の大きな変わり目に成立したり改正したりするものです。今は変えたいと思う人々の都合が先行している。今やまさに戦後民主主義は危機的状況にあります。なんとしても第9条は守り抜かなければなりません。

 −−ところで満州では過酷な体験をされました。<死体はみんな、汽車の窓から捨てるのである。軍人も民間人も子供も赤ん坊も、死体に区別はなかった>(エッセー「翔べ! わが想いよ」=文春文庫)。自伝的小説「赤い月」(文春文庫)には次の一文があります。<ソ連軍が参戦するや、居留民を置き去りにしていち早く逃げた関東軍と軍属や満鉄。敗戦後、外地の居留民は現地に定着せしめるべしと言った外務省。引揚げ費用を出さなかった日本政府のことなどをいやがうえにも思い出した。そして残留孤児の問題。日本という国は国家自体がすでに悲しむ心を失ってしまっているのではないかと公平は思った>(公平は著者の分身)

 なかにし 1906(明治39)年にアメリカで排日の移民問題が発生した時、移民たちは日本国に見捨てられた。以来、国が私たちを守ってこなかった事実は、歴史が示しているではないですか。満州はみんな棄民にされ、沖縄は切り捨てられました。福島では大勢の人たちが避難している。今も昔も「悲しむ心」が権力側には欠けているのです。「悲しむ心」を失った権力者を厳しくとがめる勇気を持ちたいものです。

 −−国家とは。

 なかにし 国民一人一人によって成り立っているものであり、国民から政府がその運営をまかされているにすぎない。政府イコール国家だと、政府は言いたがりますが、不遜ですね。政府は国家を運営する巨大な事務局にすぎないのです。国家とか国益という言葉を持ち出す人には警戒したい。

 −−この国の針路について。

 なかにし 誇りを持てと言われても、正しい歴史認識を持とうとしない国の国民は誇りを持てません。この点は、アウシュビッツの懺悔(ざんげ)を続けているドイツとは大違いです。

 戦争を放棄した世界でも特殊な国。いいじゃないですか。特殊であることにこそ、日本人は誇りを持つべきです。間違っても、戦争のできる普通の国になろうとしてはならないと思います。<聞き手・専門編集委員 広岩近広>=次回は9月30日掲載予定

==============

 リメンバーヒロシマナガサキ
                作詩・なかにし礼

リメンバー

この地球を宇宙から眺めたら

美しい青い星だ

国境は引かれていない

今もどこかで 戦争は続いている

悲しみと山のような

屍(しかばね)が折り重なって

戦争と核兵器のない

平和の実現を願うものは集まれ!

リメンバーヒロシマナガサキ

過ちは繰り返さない

リメンバーヒロシマナガサキ

人間に叡智(えいち)と愛があるなら

遠くとも核なき世界を

めざして手をつなぎ

みんな歩き始めよう!

リメンバーヒロシマナガサキ

沈黙にさよならしよう

リメンバーヒロシマナガサキ

行動と勇気で生まれかわろう

==============

 ■人物略歴

 ◇なかにし・れい

 1938年中国黒竜江省(旧満州)牡丹江市生まれ。立教大学文学部仏文科を卒業と同時に作詩家として活動を始め、日本レコード大賞、ゴールデンアロー音楽賞など多くの音楽賞を受賞。2000年に「長崎ぶらぶら節」で直木賞を受賞、近著は「生きる力 心でがんに克(か)つ」(講談社)。著書多数。サンデー毎日でエッセー「花咲く大地に接吻(くちづけ)を」を連載中。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「アンタのやってることは、何の足しにもならん。」

  これがうちのヨメさんの口癖だ。

 「今までなーんにもしてこんかったくせに、今さら平和がどうたらこうたら・・・。若いときから続けてるんならまだしも、あきれてものが言えんわ。
 それに、『京都キャロット』にそんな変なもんが関わってると思われたら商売にも影響する。どうしてもしたかったら、すべての縁を切ってからにして。」

 えー、これを解説しますと・・・。
 「○○運動というたぐいは、生活に余裕のある人がすること。アンタみたいに仕事のでけへん人間は、そんなことより1円でも稼ぐことを考えるべし。」

 なかなかいいとこ突いてます。
 ただし、私はなかにし礼さんが歌を通して反核平和を訴えたかったのと同じように、走ってそれがしたかっただけ。それぞれがそれぞれの得意分野をうまく使えば、平和運動もまた楽しい。

 第一、なかにし礼さんのような著名人なら影響力は大きいが、名もなきパオパオごときが「平和・憲法九条」ののぼりを背負って走ったくらいで誰が何を思うものか。まあ、「ご苦労さんなこっちゃ」くらいで終わりでしょう。

 今日、奥様を亡くされ悲しみにふけられているだろう走友・Tさんに手紙を出した。「気が向いたら、いっしょに走りませんか」と。
 私がだれかを励ましたいと思うとき、何ができるか。いくら考えても、走ることくらいしか思いつかない。いや、走ることならいくらでも・・・。

 私が走ることで少しでも喜んでくださる方があれば、何とかしてこれからも走り続けたい。
 頼むし、「すべての縁」は切らんといて〜〜〜。

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2013年08月02日(金)

やせがまんの国で9条を背負って生きていく [時事]

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◎朝日新聞7月25日朝刊・あすを探る

   9条の国、誇り高き痩せ我慢     森 達也

 アメリカでは銃の誤射や乱射事件が起きるたびに、銃規制についての議論が高まるが、結局は尻すぼみとなってまた事件が起きる。
 昨年12月にコネティカット州の小学校で児童ら26人が殺害されたとき、全米ライフル協会(NRA)の副会長は記者会見で、「銃を所持した悪人の行為を止められるのは、銃を持った善人だけだ」と述べて銃規制に反対し、アメリカ全土では銃の売り上げが急増したという。

 アメリカの銃社会をテーマとしたドキュメンタリー映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』でマイケル・ムーアは、黒人や先住民族を加虐してきた建国の歴史があるからこそ、アメリカ市民は銃を手放せないのだと主張した。報復が怖いからだ。つまり銃を手もとに置く人は勇敢なのではない。臆病なのだ。
 こうしてアメリカの正義が発動し、正当防衛の概念が拡大する。丸腰の高校生を射殺した自警団男性の正当防衛が認められて、無罪評決になったことは記憶に新しい。

 NRAの主張に同意する日本人は少ないだろう。頭の回路がどうかしていると思う人もいるはずだ。でも実のところこの思想と論理は、世界のスタンダードでもある。
 核兵器や軍隊の存在理由だ。
 我が国の軍隊は、他国に侵略する意図などない。でも悪い国が軍隊を持っている。だから攻められたときのために、国家は軍隊を常備しなくてはならない。つまり抑止力。理屈はNRAとまったく変わらない。
 こうして誤射や過剰防衛が起き、それをきっかけに戦争が始まる。人類はそんな歴史を繰り返している。

 しかし第2次世界大戦後にこの国は、新しい憲法で武力放棄を宣言した。その憲法が公布される前の衆院本会議で共産党の野坂参三議員が、「侵略の戦争は正しくないが自国を守るための戦争は正しいのでは?」との趣旨で質問し、これに対して吉田茂首相は、「正当防衛や国家の防衛権による戦争を認めるということが結局は戦争を誘発する」との趣旨で答弁した。記録ではこのとき議事堂では、与野党を超えた議員の大きな拍手が響いたという。

 もちろん日本の背後には、世界最強の軍隊と大きな核の傘を持つアメリカがいた。だから不安や恐怖を押し殺して痩せ我慢ができた。極論すれば憲法9条の1項は、すべての国に共通する理念でもある。でも現行憲法には、軍事力と交戦権を放棄することを宣言した2項がある。アメリカに軍事的に庇護される国は数多いが、ここまでラディカルな宣言をした国はない。

 その後に冷戦の時代が幕を開ける。ご近所はすべて銃を持っている。でも暴力に対して暴力の抑止は成り立たない。自衛の意識が戦争を起こすのだ。だから我が家は銃を持たないと決めた。アメリカからは何度も改正を要求されながらも、結果として日本は9条を60余年間にわたって守り抜いた。いろいろ妥協もしたけれど直接的な戦争には一度も参加せず、国民総生産(GNP)世界第2位を達成した。

 改憲派は平和ボケなどと嘲笑するけれど、9条は抑止論にとらわれた世界への、とてもラディカルな提言となっている。スペインのグランカナリア島には、9条の碑が設置されている。戦争地域ではよく、「日本は9条の国だ」と話しかけられる。世界に対して日本は、身をもって稀有な実例を示し続けている。

 この街から銃が消える日はまだ遠い。でもこの精神だけは手放さない。誰もが銃を持たない社会。その実現のために、我が家は街で最初に銃を捨てる宣言をした。怖いけれど高望みを維持し続けてきた。
 自衛隊を軍隊にして誇りを取り戻そうと言う人がいる。意味がわからない。他の国と同じで何が誇らしいのだろう。不安と闘いながら世界に理念を示し続けたこの国に生まれたことを僕は何よりも誇りに思う。


( もり・たつや 1956年生まれ。映画監督・作家。明治大特任教授。近著に『虚実亭日乗』)

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 今日も昨日と同じ、寮の管理人代理のバイト。午前10時45分に家を出て、帰ってくるのは夜の12時前。また昼すぎの3時間ほどがヒマ。
 先週の朝日新聞にすごくいい記事があったのだが、朝日新聞のデジタル版は有料でコピーできない。「せっかく多くの人に紹介しようと思ってんのに、ケチか!」とぼやきながら、「今日は指一本の長文手打ちに挑戦してみるか」とまで思っていた。でもいろいろ探していると・・・、ありました。ある人のブログに全文紹介。無断転載させていただきました。

 何度読んでも、たいへんわかりやすいいい主張だ。
 
 「この街から銃が消える日はまだ遠い。でもこの精神だけは手放さない。誰もが銃を持たない社会。その実現のために、我が家は街で最初に銃を捨てる宣言をした。怖いけれど高望みを維持し続けてきた。」

 私が「平和・憲法九条」のぼりランをしているとき、「何をしているの?」とよく聞かれる。これからはこう答えよう。

 「誰もが武器を持たない社会を実現するために、怖くてもやせがまんする人を増やそうと思って!」

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