2019年02月03日(日)
京都走ろう会例会〜上門選手の応援よろしく〜 [ランニング]
「今日の別大マラソンに、うちの近所の子が出ますねん。大塚製薬の上門大祐君ちゅうんですけど、応援よろしくお願いします。」
「ああ、京産大のエースやった子やね。もう、MGCの出場権も取ってる・・・」と松山会長。さすが物知りです。
「MGC出場権取ってるんで、今日は優勝狙いやと思います。」
「分かった、応援するわ」と平田邦子さん。
みなさんが集まっているゴール付近でお願いしておいたので、たくさん応援してくださったらいいのになあ。
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今日はアップを多めにしたかったので、早めに会場着。
まずは一人で、3.1kmコースを16分24秒。
今日は10kmを走ってみようと思うのだが、くみやま5km・22分半の倍で45分は甘いでしょうね。まだちょっと「おまた」が痛いし・・・。
準備体操の前に、なにやら告知。京都トヨタの方だそうだ。
私は全然聞いてなかったのだが、まあ「トヨタはランナーを応援しています」みたいなものかな。告知されていた女性も一日会員として走られるようで、こういう方は無下にしてはいけません。
三輪さんの準備運動が終わったあと、堂本さんの準備運動。
私は体が硬すぎて、どれもほとんどできなかった。
そして、この体操でもうクタクタ。
これくらいの状態にしてからスタートするのがいいんでしょうかねえ。
10kmの部は10人以上。(写真に間に合わなかった人もおられます。)
どれくらい走れるか試してみたかったので、スタートから飛ばした。
すると、最初の1kmが4分09秒。ええやん!
でも、すぐにペースが落ちていきましたけど。
丸太町橋折り返し点で、前に4人。
ここは約2.45km。10分37秒。
折り返したら、また更にペースが落ちて行った。
みなさんの写真を撮らせてもらって気分転換。
出雲路橋に戻り、約4.9km。22分28秒(11分50秒)。
御薗橋折り返しで、約7.45km。34分52秒(12分23秒)。
残りを11分で走ったら、ギリギリ45分台か。
がんばろー。
わき目もふらず、ただひたすらに・・・。
ゴールは46分20秒(11分27秒)。
20秒もオーバーか。
でも、股関節疲労骨折の割にはきれいに走れたような気がする。
「速さよりきれいなフォーム」を心がけよう。
別大マラソンを見なあかんので、きょうは早引き。
みなさま、さようなら。
今日はこんなウェアで。
シューズはアディゼロジャパン。
ちょっと「おまた」の痛みが悪化したような気がするが、気のせいですね。
だいじょうぶ。
前半 4:09 4:24 4:38 4:48 4:51 で22分53秒。
後半 4:51 4:51 4:40 4:35 4:28 で23分26秒。
明日の診察で、指示を守らず走ったことがばれませんように。
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先ほど、結果が出ました。
【第68回別大毎日マラソン結果】
(1)ラクーアヒ(モロッコ) 2時間08分35秒
(2)ゴダナ(エチオピア) 2時間09分04秒
(3)アダネ(エチオピア) 2時間09分11秒
(4)二岡康平(中電工) 2時間09分15秒
(5)橋本峻(GMOアスリーツ)2時間09分29秒
(6)岩田勇治(MHPS) 2時間09分30秒
(7)兼実省伍(中国電力) 2時間10分18秒
(8)園田隼(黒崎播磨) 2時間10分39秒
(9)モクゴブ(南アフリカ) 2時間10分42秒
(10)大崎翔也(中電工) 2時間10分48秒
残念ながら、上門大祐選手は終盤に失速。
2時間15分49秒で22位に終わりました。
応援してくださったみなさん、ありがとうございました。
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【今日のきく】
今日はイレギュラーで、。寮2のバイトから日曜朝帰り。
いつものように早朝きく散歩。
またうまく写真が撮れませんでした。
きくちゃん、ちょっと寝ぼけ顔かな。
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2019年02月01日(金)
自在ラン [ランニング]
今日から2月。
2月と言えば「京都マラソン」、・・・じゃないんですよねー。
去年抽選に当たり、「サブ3.5」目指してがんばっていたのに、直前に胆のう炎の発作で入院してDNS。なんか、京都マラソンとはご縁がないんですかねえ。
ということで、今年は「おきなわマラソン」にエントリー。2月17日までに、私の「おまた」の具合はよくなるんでしょうか。
今日、今年の名護ハーフマラソンの入賞者のタイムを見てみた。60〜64歳男子の部の優勝者は1時間34分07秒。去年2位の私のタイムは1時間34分01秒。もし今年順調に出場できていたら、いい勝負になっていたのにねえ。
午後4時過ぎ、自宅スタート。
今日は、どこをどう走るかを決めずに走り出した。
まずは宝が池コンクリトラックへ。
3km、17分08秒。
走ってみると、ちょっと股関節が痛い。これは、昨日のリハビリの筋肉補強運動とバイクこぎのせいやねえ。でも、もうそんなことゆってられん。
さあここを起点にして、自在に走りましょう。
休けいを挟まず、そのまま続けて。
どこをどう走るか。
まずは宝が池公園の東口まで。
起点より0.7km。
ここで折り返し。
いこいの森前で約1.2km。
宝が池に出て、1.7km。
今日は右回りで。
駐車場の横を通り、外へ。
きつね坂は、気温6℃。
球技場前で6km(起点より3km)、34分56秒(17分47秒)。
ここで折り返し。
上り下りの変化があって、走っていて楽しい。
宝が池に戻って、右回りの続き。
あっ、また会えたねー。
口の周りが黒い「権蔵ネコ」。
分かれ道から憩いの森前へ。
橋を渡ってコンクリトラックへ。
起点に戻り8.45km(5.45km)、49分35秒(32分26秒)。
さすがに疲れたので、一回休けい。
たくさん着込んできたが、ほとんど汗もかかなかった。
家まで3km、18分31秒。
ダウンジョグというには速く走り過ぎたので、そこからまたゆっくり1kmプラス。
これで、8.45+3+1で約12.5km。
ちょっと「おまた」が痛んだが、これくらいのペース(キロ6分)と距離(10kmちょっと)までなら許容範囲でしょうか。
今日のシューズは「ヌーサFF」。具合よろしい。
ソックスもナイキの厚めのもので走ってみたが、練習には文句なし。(夏は暑いかも。)くるぶしもかくれるのがいい。
次の練習も、このシューズとソックスの組み合わせで行きましょうかねえ。
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【今日のきく】
恒例、町内の野菜自販機帰り。
きくが、いかにも番犬のように付き添っているのがいいね。
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2019年01月29日(火)
第109回勝手に国労応援ラン [ランニング]
元国労の中野勇人さんを応援するために始めた「勝手に国労応援ラン」だが、今や「辺野古新基地埋立強行阻止アピールラン」の様相を呈してきた。
京都府丹後地域に建設された米軍レーダー基地反対のジャンバーなのだが、これは「辺野古新基地反対」でも十分使えますね。
今日は地下鉄・北山駅まで走って、そこから京都駅まで地下鉄。京都駅から自宅まで走ってくるという予定で行こう。合わせて14kmちょっとですね。
右肩の激痛がどうなるかと心配だった。痛みが続くようなら病院に行かねばと思っていた。
しかし昨日の夜バイトから帰り、ゆっくりとおふろに入り、おいしい干柿とケーキを食べ、ヨメさんにマッサージをしてもらって寝ると・・・。
あーら不思議、朝起きると腕が上がる。完全にではないが、痛みがだいぶまし。やっぱりヨメさんはゴールドフィンガ―やったんか・・・。
今日は、とあるところで買った5本指ソックスを履いて走る。3足980円(税込み)。
高いのんから安いのんまで、いろいろと履いてみるのも研修みたいなもんです。
このソックスは、なんといってもくるぶしが隠れるのがいい。それだけで、不思議な安心感(安定感)が生まれるように感じる。
午後2時50分ごろ、自宅出発。
まちがっても速く走ってはいけないので、シューズはゲルカヤノで。
まずは地下鉄・北山駅まで。
雪化粧した比叡山がきれい。
このごろ見かけなかった黒犬君が庭に出ていた。
元気そうでよかった。
前より太ってる?
圓通寺裏の急坂を下りていくと、なんとまたまた姉に遭遇。
「なんか、ここでよう会うなあ」と、時計を止めて立ち話。
玉本なるみ京都市議たちがクイーンの物まねをされた話で盛り上がった。
「ほんまに歌わはったん?」
「歌わはったで、適当やったけどな。それより、カツラ付けたりヒゲ付けたりで大笑いやったわ。」
北山駅到着。
3km、19分。
ここから地下鉄で京都駅まで、約16分。
今日駅前に上がると、けっこうな北風。
お決まりの京都タワーとツーショット。
そして3時40ころ、北風に向かってスタート。
ガードマンとして何回も行かせてもらった東本願寺。
修行僧の菅笠は、やっぱりかなり大きめですね。
私のトレイルランでは負荷がきつかったので、もっと小さくしたいのだが、それではあかんちゅうこっちゃね。
足腰の守護神「護王神社」。
一応、拝んどきました。さい銭なし。
同社大の先で5km。
今回は赤信号で時計を止めていないので、1kmごとのラップがまちまち。赤信号で1分以上止まっていたところもある。
7:33 7:58 9:04 6:39 7:12 で5km、38分28秒。
お腹が痛くなってきたので、烏丸鞍馬口のスーパーのトイレを借りた。ここだけ時計を止めて。
烏丸通りのどんつきで右折して鴨川へ。
川に沿った部分には、ずっとビニールシートがかぶせてあった。改良工事をされてるみたいですね。
柊野交番まで来ると、あとは家まで2km。
ただし、そこそこの上り坂。
この先のゴルフ場前あたりで10km。
この5kmは、ほとんど赤信号に引っかからず走りやすかった。
6:40 7:18 6:45 6:40 7:00 で10km、1時間12分08秒。
「京都キャロット」前を通過。
お客様が来ておられるのかなあ。
自宅到着、11.36km、1時間22分。
股関節も右肩も痛みが悪化しなくてよかった。このスピードでゆっくり走る分には問題なし。
町内を体操しながらゆっくりジョグ。
これで最初の3kmと合わせて、合計15km。
まあ当分はこれくらいのスビードと距離を目安に、リハビリランをしていきましょう。
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【今日のきく】
今日はあまり散歩できていなかったので、夜のお散歩は多めに。
このごろショートカットして帰ろうとすると、「かなん」と意思表示する。もうかなりの年寄り犬だと思うのだが、なんでこんなにお散歩が好きなんやろう。
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2019年01月22日(火)
ランニング再開 [ランニング]
鞍馬口医療センター・整形外科の小西真奈美似医師から、「痛みが引いたら、軽いジョギングからしてもらっていいです」と言われている。
正直、痛みは完全には引いていない。でも、もうええやろ。痛みが出だして1か月以上たってんにゃから。
「わしゃー、こう見えてもけっこう気が短いんじゃー。」
いきなり思いっきりは無理だが、せめてキロ4分45秒前後までもっていきたい。
宝が池公園まで3km走って、そこで5kmをキロ4分45秒ペースで23分45秒。また3km走って帰る。今は、これがちょうどいい練習だと思う。
午後3時過ぎ、いつもの宝が池コンクリトラックまで、3km16分53秒。
ここで5kmを走ろうと思っていたのだが、小学生が野球をしていた。
「これは危ないし、池の周りを走るか。」
「京都チャリティ・ファンラン」の2.5kmコースを2周すればいい。
コンクリトラックから300mほど走って、憩いの森前へ。
砂利や土の道だが、故障中にはかえってこういうところのほうがいいかもしれない。
「京都チャリティ・ファンラン」は池を右回りだが、私は普段はたいてい左回り。今日も左回りで。
4:34 4:46 4:46 4:50 4:37で、5km23分35秒。
3〜4kmがだいぶペースダウンしたので、最後の1kmが心配になったがよく持ち直した。
着地の衝撃が「おまた」に響く。しかし、くしゃみした時に爆弾炸裂という痛みにまではならない。
5kmまでなら、そこそこ走れるということが分かった。
今日は久しぶりに軽量シューズで。
気分明るく走り出したかったので、明るいカラーのアディゼロジャパン。短い距離を速く走りたいときには最適。
脱いだウインドブレーカーのところまで300m。
そして、そこから家まで3km20分09秒。
このごろストライド計算に凝っている。
最初の3kmは、ピッチ172でストライド102cm。
次の5kmは、ピッチ185でストライド115cm。
最後の3kmは、ピッチ166でストライド90cm。
股関節炎(恥骨炎?)のためには小股走りがいいのだろうが、それではタイムは縮まらん。筋力鍛えて、ダイナミックな走りがしたいなあ・・・。
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【今日のきく】
いつもの、野菜販売機からの帰り。
「きくちゃん」と呼んでも知らんぷり。
今回の知らんぷりは長いなあ。
それでも、夜のお散歩は大喜びで出てくるきく。
「知らんオッサンとでも、散歩は喜んでいくちゅうこっちゃなー・・・。」
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2019年01月20日(日)
第60回名護ハーフマラソン [ランニング]
9時10分のスタート時はカンカン照り。
スタートしてしばらくすると曇り空に。
10時半ころ、ちょうど中間点を過ぎたあたりからポツポツと雨。
呉我交差点を左折し、13km地点を過ぎたあたりから次第に本降りに。
そして伊差川の急坂を上り切り、まっすぐな58号線を下るころにはまるで嵐。
真樹は、中間過ぎから右ヒザが痛み出した。大雨の中、何度も立ち止まり屈伸したりしていた。ウェアはずぶぬれで、風もあり、かなり体も冷えてきた。
「無理したらあかんで。痛かったらやめてもいいし。」
「だいじょうぶ、右ヒザが痛いだけで、ほかは元気やし。」
そう言いながらも、痛みで何度も立ち止まったり歩いたり。
計算してみると、ゴール関門2時間50分はとうてい無理。
しかし、残り1.5km付近の真樹のアパート前を通過して復活。
「カーテンを閉めてきたのに開いていた。はんとぺんが応援してくれたんかもしれん。」
陸上競技場に入ったら、あと400m弱。
「真樹、がんばったら2時間50分以内にゴールできるぞー。」
真樹は痛い足を引きずるようにしてゴールへ。
「やったー、真樹。2時間50分ちょうどや。ようがんばったなあ。」
そして、記録証発行所へ。
いただいた記録証は「2時間50分01秒」。
ファファファファファーン・・・。
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真樹のアパートから名護市陸上競技場までは、歩いて10分ほど。
車を置く場所をさがしたりしなくていいので、朝もゆっくりできる。
はんとぺんも、朝から元気に動き回っている。
「はんちゃん、ぺんちゃん。」
前はそう呼んだだけで逃げ回っていたが、もうだいぶ慣れてきたようだ。
「がんばって走ってくるしなー。」
競技場に着くと、すぐに「21世紀の森ランクラブ」の集合場所へ。
今年も「海洋博公園トリムマラソン」と日が重なり、比嘉増美たちはそちらに行かれたそうだ。
荷物を置かせてもらい、私は体育館のトイレへ。こちらのトイレはすいていていい。ちょっとしたウォーミングアップにもなるし。
ススムさんのいない開会式は初めて。
ススムさんは市長あいさつのあと、すぐにハーフに出場されていた。これがないと、やっぱり盛り上がりに欠ける。
9時に、10kmの部がスタート。
本当ならこちらに出たいくらいなのだが、10kmは部門別表彰がない。あくまで、名護「ハーフマラソン」やから仕方ないか。
10kmの最後尾には、先頭にフラッグをもった警察官の団体。掛け声とともに集団走を行っている30人近くの黒装束。ちょっと違和感があった。
10kmは競技場内を約2周してから外へ。そのため、先頭集団は遅いランナーをかき分けて進まなければならない。見ていて気の毒だった。
さて、私たちのハーフ。
真樹の友だちのあすかちゃんも来ていたので、スタート前の写真を撮ってもらった。
「こんなカンカン照りでは、日に焼けてえらいこっちゃなー」とか言っていた。
9時10分、ハーフの部がスタート。
2500名ほどのほぼ最後尾からスタートしたので、スタートラインを通過したのは2分12秒。ただその先も詰まっていて、なかなか走り出せなかった。
最初の1kmは10分15秒。スタートラインからは8分03秒なので、いいペースで走れている。
ゴール関門が2時間50分ということは、キロ8分以内なら貯金、8分を超えると借金ということになる。
「帽子忘れたし、日に焼けるで―」と言っていたのだが、しばらく走ると曇ってきた。
ラッキー! これで少しは涼しくなるかも。
とりあえず、5km手前の上り坂までは歩かず走り続けるという作戦。できれば、それまでにちょっと貯金を作っておきたい。
4km手前の「ヒンプンガジュマル」。
ここで立ち止まって写真を撮ってもらっているランナーもいた。
真樹を撮ろうとして失敗。
肝心の顔が写っていない。
撮り直しの一枚。
「ヒンプンガジュマル」と「金太郎さん」が写り込んでいる。
急坂も歩かずそのまま5km地点へ。
2:12 8:03 7:18 7:11 7:15 7:16で、5km39分17秒(37分05秒)。
スタートラインまでの時間を含めても43秒の貯金。あの坂をしっかり上ったのが大きい。
曇っきたので、心配していたほど気温は上がっていない。
しかし湿度が高く、走っているとすごく蒸し暑かった。
私設シャワーを浴びていくランナーも多し。
9km過ぎでちょっと歩き。
楽しみにしていたコスモス畑は、ほとんど咲いていなかった。
7:46 7:18 7:05 7:24 7:50で、10km1時間16分43秒(37分26秒)。
おー、貯金が3分以上。
これで制限時間内完走が見えてきた。
10kmを過ぎると、羽地内海に出る。
天気の悪い時は、向い風がビュンビュン吹いて前に進めない。、しかし、今年はほぼ無風。景色もよく、走りやすかった。
しかし11kmあたりから、雨がポツポツ。
呉我の交差点を左折し、13km地点を過ぎたあたりから次第にきつい雨になってきた。
そしてそのあたりから、真樹の右ヒザに異変。
「右足が、ヒザから取れそうなんやけど・・・。」
白塗りの顔で太鼓をたたいての応援。
雨の中、ありがとうございました。元気が出ました。
7:25 7:56 8:11 7:22 8:11で、15km1時間55分51秒(39分08秒)。
何回か立ち止まったり歩いたりしたのに、貯金が4分以上。
真樹のヒザの具合が心配だが、ここまで来れば、なんとか制限時間内完走を目指したい。
このコース最大の難関、伊差川交差点過ぎの急な上り坂。
この1kmは12分くらいかかるのではと心配していたが、歩く時間を最小限にとどめた結果9分27秒。
「この峠に、いつも玉城さんご夫婦が応援に来てくださってたなあ」と思いつつ。ここを越えると、あとはゴールまでずっと下りなのでがんばろうと思った。
しかしヒザを痛めた場合は、下りのほうがきつい。
それに、雨の勢いが増してきた。
真樹は何度も立ち停まる。
「無理せんときな。やめてもええで。」
「だいじょうぶ。」
全身ずぶぬれになり、風も吹いていたので体がガチガチに凍えてきた。真樹を励ましたかったが、自分自身の股関節(恥骨?)がまたしくしくと痛んできた。
応援に出てくれていた少年たちもずぶぬれ。
いつもなら気持ちよく下って行ける58号線が、地獄の行進の様相に。
それまではキロ9分を超えてしまっていたので、もう制限時間内ゴールはとうてい無理だと思っていた。
しかし真樹のアパート前を通り、「はんぺんが応援してくれてるかもしれん」という話をしてから真樹は復活。
ここで残りの距離と時間の計算をきっちりとしたらよかったのだが、私自身にその余裕がなくなっていた。もうあとは、真樹が持っている力に任せるしかない。
9:27 8:14 8:40 9:34 9:27で、20km2時間41分16秒(45分25秒)。
あと1.1kmを8分44秒以内で。
この時点でキロ9分超ペースになっていたので、ほぼ絶望的。
しかし、ここから真樹はがんばった。
残り1kmから数十人をごぼう抜き。
陸上競技場に入ったら、残り400m弱。
「真樹、全部走ったらギリギリ間に合う。」
二人でゴールラインになだれ込み。
「真樹、ちょうど2時間50分や。ようがんばったなあ。」
真樹がなだれ込んだ先には、大学時代の同級生・まどかちゃんが。
まどかちゃんにお願いして、写真を撮ってもらった。
二人ともびしょぬれで、髪の毛がぺったんこー。
でも、がんばって走り切ったので笑顔です。
「車とって来たるから、待っとき」と真樹に言ったのだが、また「だいじょうぶ。」
弱音をはかない真樹が、すごく頼もしく見えた。
そんならということで、二人でブラブラと帰っていった。
すると、途中にかわいい黒いワンちゃん。
「写真撮らせてやー」と言っても、無視してシッコをしていた。
お昼を食べに出るのも大変なので、コンビニで何かを買って帰ることにした。
お母さん食堂のラーメンがおいしかったので、それを2つ。それと肉まん2つとジュース。
「777円になります。」
「おう、すごい!」
700円以上だと抽選ができて、それもジュースが当たった。
雨でずぶぬれでつらかったけど、かわいいワンちゃんには会えるし、コンビニでは777円と抽選が当たりやし・・・。
よかったー。
家に着き、私がシャワーを浴びている間に、真樹がラーメンを作ってくれていた。
「具なしラーメンやで―。」
二人でフーフーして食べて、おいしかったね。
冷えた体体があったまった。
落ち着いたら、はんぺんタイム。
すぐ捕まってしまうのはぺんちゃん。
「真樹はすごいがんばって走ったよー。」
「知らん、知らん。」
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2019年01月18日(金)
元山さんハンスト応援ラン [ランニング]
ネットでルート検索したら、うるま市石川→うるま市役所→沖縄市役所→宜野湾市役所は23〜24km。辺野古の県民投票に参加しないとする本島の3市をアピールランできたら、ハンガーストライキ決行中の元山さんの応援になると思いチャレンジした。ところが何回も道をまちがえ、ゴールは29.64km。
せめて走っているときだけでも、(水も含めて)無補給で行こうと決めていたので4時間超えはきつかった。
「めっちゃハードなランニングになってしもたやん!」
宜野湾市役所に到着した時、元山さんはテント内で休憩中。
そら水と塩だけで、夜も寝袋で寝てはるんやから無理もない。「会えへんのは残念やけど、もう帰ろう」と思ったとき。テントから元山さんが出て来られた。
迷惑とは思いいつ、「元山さん」と声をかけた。
「はい」と返事されこちらを向かれたのだが、もちろん元気はなく、顔が赤かったのが気になった。断食は青白い顔というイメージだったので、すでに体のどこかがおかしくなってきているのかもしれない。(さすがにお写真は遠慮させていただきました。)
「これを背負って走ってきました。」(背中の「平和・憲法九条」ののぼりを指さして)
「すごい」と元山さん。
「がんばってくださいね」と私。
ああ、ここで痛恨のミス。
ここは「がんばりましょうね〜」と言おうと、ずっと心に決めてきたところなのに。最後の最後のワンチャンスに、自分でオチ付けてどうすんねーん。
宜野湾までの道中で、うれしいハプニングもあった
「えっ、あれはひょっとして・・・」
「藤井さん、お久しぶり。」
「あっ、やっぱり。」
京都キャロット通販のお客様であり、「おきなわマラソン」で何度もご一緒させていただいている宮里哲哉さん。今日は「おきなわマラソン」の試走として、お仲間と走られていたとのこと。連絡もしていないのに、こんなところ(うるま市具志川)でお会いできるとは。ご縁があるんですねえ。
長時間のアピールランは、しんどいけれど必ずいいこともある。だから、つらくても続けられるんです。
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朝起きると、またはんとぺんは真樹のベッドの下に隠れてしまった。
でもすぐに出てきた。
前はベッドの下か押し入れの服の後ろに隠れたままだったので、だいぶ慣れてきたのかもしれない。
今朝はめずらしくトースト。
真樹がドリップ式のコーヒーをいれてくれた。すごくおいしかった。
すぐ近くの名護バスターミナルから、うるま市方面に行く77番というバスがある。それに乗ってうるま市の入り口にあたる「石川の駅・めんそーれ」前(赤崎)で降りて、うるま市役所、沖縄市役所、宜野湾市役所を巡る。
昨日沖縄にしてはちょっと寒かったので、長そでシャツの上に「ランナーズ9の会」のTシャツト長トレパンで。シューズはゲルカヤノ。アピールランは遅ければ遅いほどいいので、これでバッチリ。
痛み止めの薬を飲むかどうかで迷った。昨日もだいじょうぶだったので、なしで行くことにした。
9時30分名護バスターミナル発のバスに乗車。
バスは辺野古のキャンプ・シュワブ前を通過。
今日も反対運動お構いなしに、どんどん土砂が投入されている。
10時40分、赤崎着。
Tシャツの前後に、「私の投票権を奪わないで」のチラシを安全ピンでとめる。まあ正確には「私の・・・」ではないけれど。代弁させてもらっているということで。
背中にはいつもの「平和・憲法九条」ののぼり。改良に改良を重ねた結果、今はこののぼりを背負うことは何の負担にも感じない。
10時55分、「石川の駅・めんそーれ」前をスタート。
あちこちでこの看板を見た。
沖縄県民として県民投票に参加したいのに、「うるま、沖縄、宜野湾、宮古島、石垣」の5つの市はそれを認めない。この5つの市でも、県民投票に賛成が圧倒しているのに。
昨日は寒かったのに、今日はいい天気。
ちょっと走ると汗が出てきた。
今日は、せめてゴールまではなにも補給なしで行こうと決めてきた。
そしたら、もう喉がカラカラ。
後ろ姿も撮っておきましょう。
なかなか目立って、いい感じ。
横から、「ウォン、ウォン」と控えめに吠えるワンちゃんあり。
「かわいいし、写真撮らせてねー。」
かわいいワンちゃんに会えると、めっちゃ力がわいてくるんですよねえ。
しばらく進んだところで、紺色上下のランニング集団に遭遇。
「あっ、これは・・・。」
まさかまさかの宮里哲哉さん(私の知り合い中一番のおっとこまえ)。
二人でセルフタイマーで写真を撮ったのだが、撮り終わったと思って握手する寸前の写真になった。これはこれでいい写真ですね。
ここはうるま市なので、たぶんキャンプ・コートニー。
すぐ近くに闘牛場があるみたい。
この交差点を左折するとうるま市役所。
迷わずうるま市役所に到着。
ここまでちょうど9km、1時間09分。
市役所前に人はなし。
中にも入りたかったが、こののぼりを背負っていたら「威力業務妨害」になるかも。
市役所前で写真だけ撮って、次にめざすは沖縄市役所。
隣接しているホール前では、なにやらイベントをされていた。
ちょっと立ち寄ったのだが、誰からも声をかけてもらえず。目立つかっこうしてるんですけどねえ。
「県民投票実現」の車が停まっていたので、私の進む道が合っているのか聞いてみた。すると私は全然ちがう方向に走っていた。
ここは共産党の地区委員会。すごく親切にしていただいて、声をかけてみてよかった。
うるま市役所にUターン。約1.5kmのロス。
そこから南西にまっすぐ。
コザ十字路の大イラスト。
これは見ごたえがある。
ここもまっすぐ。
なかむらみお県議の事務所前。
本土復帰の年に生まれた社民党の県議。
「沖縄市の県民投票実現まで、がんばりましょうね〜」
アーチスト系?
ゆっくり見せてもらいたいけど、先に進まなければ。
「沖縄こどもの国」(動物園)のゲート。
ここで、道がまちがっているのではないかと思い始めた。
この先を歩いていている方に、「沖縄市役所へ行きたいんですが、この道で合っていますか」と聞いてみた。
「もうだいぶ通り越していますよ。」
あちゃー。さっきの大きい交差点を東に曲がらなくてはならなかった。
Uターンして、また1.5kmほどロス。
着きましたー。
広島カープの旗がいっぱい。ここがキャンプ地なんですね。
沖縄市役所到着、19.9km、2時間48分。
うるま市役所から沖縄市役所はルート検索では7.7kmだったのに、11kmほど走ってしまっている。
股関節炎がおとなしくしてくれているからいいものの、一つまちがえれば途中でくたばっていたかも。
沖縄市役所はうるま市役所とちがい人がたくさん。ガードマンさんも3人立たれていた。
沖縄市は人口が14万超、有権者数が11万人。こんな大きな市が「県民投票不参加」では話にならない。県民投票に賛成が76%、反対が18%と不参加表明の5市の中でも一番賛成の率が高いというのに・・・。
さっき直進してしまった交差点まで戻り、今度は直進。
次にめざすは、元山仁士郎さんがハンガーストライキ決行中の宜野湾市役所。
ライカム前を通り・・・。
ここからちょっときつめの下り。小西真奈美似の担当医師から、「下りは走らないように」と言われていたのを思い出した。たしかに、下りを走ると「おまた」がしくしくと痛む。この下りは超ゆっくりで。
キャンプ・フォスター前を通過。
宜野湾市突入。
あと市役所までは5kmくらい。
しかしまた迷走。普天間で左折しなくてはならなかったのに直進。
だいぶ進んでからおかしいなあと思い、通行されている女性に聞いてみた。
「このまま進むと伊佐に行ってしまいますよ。だいぶ戻って丘の上をめざしてください。」
伊佐と言われてもどこのことかさっぱり。とりあえずは戻る。
ちょうど小学校の下校時間。
「9の会って、何ですか」と聞いてくる男子あり。
「憲法九条を守って、戦争しない国にしましょうという会。分かる?」
「はい。どこへ行かれるんですか。」
「宜野湾市役所前で水と塩だけでがんばっておられる元山さんという青年がいて、その人に水を届けに行くんや。」
「そうなんですか。がんばってください。」
県民投票の話はややこしいのでしなかったが、その青年が「戦争しない国にするためにがんばっている」と理解してくれたようである。
後ろから追いついてきたクラスメイトが、私に向かって「その水をください」と言ってきた。しかし私が説明する前に、さっきの質問男子がその子をたしなめてくれた。「それは大事な人に届ける水」と。
ありがとう。しっかり話を聞いてくれて。
宜野湾市役所は本当に丘の上にあった。
その姿がなかなか見えないものだから、最後はフラフラ。
水分も取っていないので、ツバが渇いて固まって唇が白くなっていたと思う。
こんな変な顔で元山さんには会えないと思い、残ったツバで唇をベロベロ。ちょっとはましな顔になったか知らん。
宜野湾市役所到着。
29.64km、4時間17分。
沖縄市役所から宜野湾市役所までは、ルート検索では8km。しかし、実際は10kmほど走ってしまった。
2時ごろ到着を予定していたのに、3回にわたる道まちがいで3時を大幅に過ぎてしまった。
元山さんが見当たらなかったので、テントにおられた女性にカンパのお金をお渡しした。つぎに署名。県外からもたくさん応援来られていることが分かった。
大事に持って来た水をお渡ししようと思うと、「もう使い切れないほどたまってしまったので、持ち帰っていただいています」とのこと。ガックリ。もちろん「おいしい水で乾杯」も実現せず。
「名刺代わりに年賀状を持ってきました。一等の30万円が当たるかもしれませんので。」
これは何とか受け取っていただいた。
「さあ帰るか」と思ったとき、一人の女性が話しかけて来られた。
「あなた、さっき市役所に向けて歩いておられましたね。声をかけようと思ったんですけど、ちょうど車が停められないところだったんで通り過ぎたんです。でも必ずここで会えるだろうと思っていました。」
沖縄指定無形文化財「びん型」保持者である西平幸子さん。ちゃんと見ていてくださったんですね。
「それはそれはありがとうございます。私は京都のものなんですが、娘が名護に住んでいまして、名護から石川までバスに乗って、そこからうるま市役所、沖縄市役所に寄って、宜野湾市役所まで走ってきました。だいぶ道をまちがったので30kmくらいになりました。少しでも県民投票実現のアピールになればと思って。」
「それはご苦労様でした。きっと力になりますよ。」
「それよりも元山さんの体調が心配ですね。」
「自分が言いだして署名を集めて県民投票が実現したのに、参加しない市が出るとは思ってなかったんでしょう。それで、すごく責任を感じているんです。どんなことをしても、署名してくださった方々を裏切ってはならないと。」
「そうですよね。県議会で決まった県民投票が、各市議会の判断で不参加が可能になるなんて、どう考えてもおかしいですよね。」
ちょうど私たちの横に知念ウシさんがおられた。
西平さんが「いっしょに写真撮ってもらったら」とおっしゃったのでお願いした。その言い出しっぺの西平さんんが写真に入ろうとしないので、私が無理やり腕を引っ張った。
いい写真でしょ。
知念ウシさんをご存知でない方には、この記事を紹介するのがいいかなあ。
◇ ◇ ◇
◎沖縄タイムス2010年4月16日、「基地の島」オキナワと私(9)
平等のない平和あり得ない 知念ウシ
沖縄と日本の不平等について発言してきた。原風景は小学生のころ。復帰直後の学校で配布された社会科教科書に沖縄は掲載されていなかった。郷土の歴史で学んだのは、本土復帰直前に屋良朝苗主席が復帰建白書をたずさえ上京したが、それを待たずに国会決議されたという沖縄と日本の関係だ。
「東京の大学に進学し、日本という常識では語れない沖縄の存在を実感した。むしろ世界の植民地の問題とつながり、集中する軍事基地の存在は、その状況を具体的にして象徴的に現している」
2000年の息子の出産をきっかけに、あらためて基地を考えた。反基地グループ「カマドゥ小たちの集い」にかかわる。基地問題に関わる中で多くの本土の人から「沖縄の人はどうしてもっと闘わないのか」「もっと問題意識を持つべきだ」と言われることに違和感を持った。「このままでは、確実にわが子に基地を押し付けることになる。だがなぜ沖縄だけががんばらないといけないのか。そこに基地問題は沖縄の問題という本土側と沖縄側の意識がある。常に沖縄だけが問われ、本土の人は決して自分の問題としては引き受けない」
「沖縄は先輩の時代からずっと闘ってきた。今でも連日、基地問題に関する集会やシンポジウムに大勢の県民が足を運ぶ。そういう人たちの多くが、ある意味で家庭生活も犠牲にして基地問題を考えてきた。なぜ沖縄だけが闘い続けなければならないのか」
だから普天間飛行場の移設問題は「本土移転」がふさわしいと考える。「移設先に名指しされた本土は嫌だという。だがそれで終わってほしくない。沖縄だってずっと嫌だと言ってきた。本土の反米軍基地基地運動で基地は沖縄へ移され、結果本土の運動はほとんど無くなった。今や基地撤去を唱えても多くの国民は関心を示さない」
「本土に移転すれば大騒ぎになるというがそれこそチャンスだ。みんなで議論すればいい。その時に初めて米軍の駐留がなぜ必要か、必要ならばどの程度なのかを考えるようになり、軍縮が始まりうる」
普天間飛行場の本土移転は可能だと確信する。
「沖縄は基地はいらないと決めている。基地が必要ならば本土が自ら持つのが当然だ。それが平等だし、平等のない平和はあり得ない。疲弊した地方空港など本土側も米軍基地を受け入れたいのは、橋下大阪府知事だけではないはずだ。本土が、沖縄に押し込んで保ってきた基地を、必要なら自分で持て、と粘り強く言い続けることが重要だ。それが東アジアの平和の一歩にもつながる」(聞き手=政経部・黒島美奈子、)
◇ ◇ ◇
そして、今度こそ本当に帰ろうとしたときに元山さんがテントから出て来られた。
とても話しかけられそうな雰囲気ではなかったが、4時間以上のアピールランをしてきたこともあって、ちょっとだけでも声をかけさせてもらいたかった。
私の声かけ、「平和・憲法九条」ののぼりも元山さんの記憶には残らなかっただろうと思われる。かなり意識がもうろうとされているように見えた。
いっしょに「がんばりましょうね〜」。
そう言葉にはできなかったが、心はずっといっしょですからね。
(市役所に向かわれる後ろ姿だけ撮らせてもらおうと思ったが、たまたま人と重なってしまいちょっとだけ。)
Posted by パオパオ パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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