2016年10月11日(火)
退院ですが・・・ [病院]
今日はむずかしい。
どこまで書いていいものやら・・・。
私は何事もお気楽に考えているので、だれがどう思おうとお構いなし。家族にしても、ヨメさんからはとっくの昔に相手にされていないし、廉は結婚してしっかり仕事もしているし・・・。心配なのは真樹。ヨメさんによると、「こんなしょーもないパオパオでも、真樹はそんなにいやじゃないらしいわ」とのこと。
私の評価する「パオパオないがしろ率」は、ヨメ90、廉70、きく50、真樹30パーセントという感じかな。今でも私をもっとも相手にしてくれているのが、遠く沖縄で暮らしている真樹です。
真樹は、この「パオパオだより」も読んでいると前に言っていたし。いらぬ心配はかけたくない。
でも多くの方が心配してくださっているので、簡潔に書いておきます。
「今日で治療は終わり」と期待していましたが、甲状腺腫瘍の病理検査の結果が(悪いほうに)出て、さらに治療が続くとのこと。「こんなに元気やのになんで?」と言いたいところですが・・・。
昨日の夜、ヨメさんときくちゃんに送ってもらい病院へ。
門限の8時を5分ほど過ぎたら、詰所から携帯に電話がかかってきた。「少しくらいなら遅れてもだいじょうぶですよ」とおっしゃっていたのになあ。
あとで分かったのだが、担当医が病理検査の結果を伝えるために、私の帰りを待っていてくださったようだ。
夜は、私の大好きな「豚の水炊き」を腹いっぱい食べてきた。その満足感からか、いつもよりはよく寝られたような気がした。
そして退院日の朝・・・。
「やっぱり、パンかい!」
でも、いつもの食パンよりはおいしかった。
「禁断のゆでたまご」も食べたったー。長いこと食べてへんしええやろ。
「今日でこの景色も終わりか・・・」と感慨にふけりながら、富岡多恵子の「逆髪」を読む。入院後半は病院と家を行ったり来たりで、けっきょく83ページまでしか読めなかった。
富岡多恵子の文体が好き。途中2、3回息継ぎしないと窒息しそうな文体が好き。好きな作家の小説を読みだしたら、私がよく陥る「幽体離脱」現象(目は文字を追っているのに頭はちがうことを考えている)が起こりにくい。もう一人の大好きな作家、故・倉橋由美子の文体もそう。この二人が、ちょうど私の20歳上の同い年だったとは知らなかった。
入院2冊目は中途半端になってしまったが、これで読書癖がついたはずなので、これからは家でも読書するようにしていきたい。
9時すぎから、最後の診察。
抜糸してもらって、「お疲れ様でしたー」と言ってもらってめでたく退院と思い込んでいた。しかし、診察室に入ると明らかにいつもと雰囲気がちがう。
いつも明るく高い声で応対してくださるI医師(女性)が、低く抑えた声で「えー、お伝えしなくてはならないことがあります」。
「はい、お願いします。」
「病理検査の結果が出ました。昨日お伝えしようと思っていたのですが、私のいるときには戻ってこられなくて・・・。」
昨日って祝日で休みのはずやのに、待ってくれてはったんですね。申し訳ない。私はそのころ「豚の水炊き」をたらふく食べていました。
検査結果の話は省略(真樹が心配するので)。キーワードは「低分化」です。興味のある方は調べてみてください。
抜糸が終わり、手術あとの上にテープをはってもらい終了。
もう手術前と同じ生活をしていいそうです。念のために「マラソンしてるんですけど、また走っていいですか」とお聞きすると、「どうぞどうぞ、好きなものを食べて、好きなことをしてくださってけっこうですよ」。
うーん、そのおこたえはかえって不安・・・。
別の病院での検査の予約を取ってもらうのに、またずいぶんと時間がかかった。病室で待っている間はまた読書。本を読んでいると心が落ち着く。
その間、何人もの看護師さんがあいさつに来てくださった。みなさん「お気の毒に」オーラを出しておられて、こちらが恐縮してしまった。
「私もう60すぎてますねん。自分のやりたい放題やってきたので、なんにも気の毒な事はないんですよ」と言えばよかったかな。
詰所にあいさつして、下の会計でお支払い(57600+食費4320で61920円)。
地下鉄と京都バスを乗り継いで、11時40分我が家到着。
玄関にきくがお迎えに来てくれたが、ちょっと元気がないような気がした。
ヨメさんがいつもお愛想で言ってくれている。
「きくはオッサンがおらんと全然おもしろないらしい。オバサンではあかんにゃてー。」
「きくちゃん、またいっぱいいっぱい遊んだるから・・・。」
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【今日のきく】
帰ってきて、さっそくおちゃんぽ。
「きくちゃん、ハロウィンやてー」と言いつつ、よそ様のお庭で記念撮影。
「スキあらば走れ!」じゃなくて、「スキあらばきくのおちゃんぽ!」やね。
ヨメさんを迎えに行ったあと、コンビニのお寿司。
きくといっしょに写真を撮ろうとしたら、ワサビをバクッ。
「きくちゃん、それは食べられへん。」
きくがかわいそうだったので、私の食べられない玉子をあげた。
「きくちゃん、かしこうしとくにゃでー。また晩におちゃんぼも行ったるから・・・。」
ああ、かわいい見返りきく。
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【RUN】
行くぜー、今日は5km。
いつもの十王堂橋往復。
5分39、5分13、5分19、5分09、5分04で26分24秒。
喉はまだ詰まった感じが続いているが、まあまあ走れている。
帰ってきたら、廉から電話の着信歴。こちらからかけたら、心配しているとのこと。
「心配いらんでー。今5km走って帰ってきたとこや」と言うと笑っていた。
パオパオごときに煩わされんでええぞー。
夜には真樹からメール。
「心配すんな。パオパオは『沖縄100キロ』がんばるから、応援頼む。忘年会のお誘いは断って、こっち来てやー」と返事しておいた。
走り終わって、水炊きの準備をし、きくとヨメさんのお迎え。
お迎えゆうても、車じゃなくて歩き。それでもきくはけっこう喜んでくれていた。ヨメさんもうっとしがらずに喜んでくれよー。
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2016年10月09日(日)
一泊朝食付き [病院]
病院のベッドは、家の布団に比べるとやっぱり寝にくい。ベッド自体はいいベッドだが、カーテンで仕切られている一画であるのと、部屋のドアが開けっぱなしなのがまずい。私のような鈍感な人間でも、1時間ごとくらいに目が覚める。そしていつも、明け方の2時間くらいはぐっすり眠るというパターン。でも今日また自宅泊なので、病院に泊まるのはあと一回だけになった。
昨日の夜に戻って、体温と血圧を測定。朝起きて、また体温と血圧を測定。それ以外は何もなし。一泊朝食付きでまた家に戻る。病院に戻らなあかんかった理由って、なんなんでしょうね。
朝食はまたパンでガックリ。
観光客の泊まるホテル不足らしいが、病院の空きベッドに泊まらせるちゅうんはどうでしょうねえ。管理は行き届いているので、無届民泊よりはよっぽどましなような気がしますが・・・。患者がいやがるか。
病室からの見晴らしは抜群。
天守閣が見えるのは伏見桃山城ですね。
これは、清水の八坂の塔かな。
これはたぶん、将軍塚青龍殿ですね。
4人部屋の窓側と廊下側とが同じ料金というのが合点いかん。自分が窓側にしてもらってて言うのもなんですが、絶対見晴らしのいい方の料金を高くせんと。
私は9日間やからいいけど、十字じん帯損傷で入院している人は1か月もおらんなんらしい。それでずっと廊下側やったら、きーくるうかも。
8時45分、詰所に寄ってから1階へ。
この時間やのにひっそりしてると思ったら、今日は土曜日で診察なし。待合で少し待ってから外に出ようと思ったが、そういう雰囲気ではなかったのですぐに出た。
昨日とはうって変わって、風が冷たくなっていた。
約束の9時に、ヨメさんがきく連れで。
きくがえらい元気がないと思ったら、急ブレーキを踏んだ時に顔面を強打したらしい。
「すまんなあ、きくちゃん。オッサンのお迎えのために・・・。」
その代わり、帰ってコーヒー飲んだ後に長い長い「おちゃんぽサービス」。
雄たけび(?)をあげるきくは、ワニにしか見えん。
このごろよく会うまことちゃん。きくもまあまあきらいじゃないみたい。
あとでヨメさんに聞いたら、2時間前にヨメさんが散歩に行ったときも会ったそうな。早くも今日2回目? それとも散歩時間が2時間超?
まあうちも暇なときは一日に4、5回行ったりすることもあるし・・・。
きくは不満がたまっていたのか、公園に着くと大暴れ。
「ガウガウガウ」が止まらない。
でも、元気なことが分かってよかった。
これからも、できるだけたくさんお散歩に行けるようにしような。
今日もヨメさんときくは、11時から「京都キャロット」に出勤。
一人さびしくお昼ごはん。
「晩ごはんはええのん作ってやー。」
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2016年10月08日(土)
優良患者 [病院]
外泊届は、今日の20時に戻るように記入した。それが一応の門限だと言われたもので。
ヨメさんに送ってもらい、病院の6階に戻ったのは19時55分。まあなんて模範患者のような・・・。
部屋に入ると姉からの置手紙。
「廣司へ
3:15頃来たのでですが、不在の為帰ります。
みかんとヨーグルトなどを持ってきました。
食べてください。 みき江」
急いでホールに行き、姉に電話。
「こうじです。今日来てくれたんやな。ありがとう。昨日先生から外泊していいって言われて、家に帰っとってん。そんでまた今、病院に戻ってきたとこ。」
「ああ、そうやったん。看護師さんに聞いても、『トイレかお風呂に行ってられるんでしょうかねえ』言われて・・・。」
「なんでやねん、ちゃんと届けだして外泊しとるっちゅうねん。」
「そらそうやわなあ。勝手に帰ったら行方不明でえらいことになるもんなあ。」
「ほんまやで。ちょっとええかげんやなあ。みかんやらヨーグルトやら、今から食べさせてもらうわ。おおきに。今日病院に泊まって、また明日の朝家に帰るねん。連泊があかんちゅうことで、病院と家と行ったり来たり。そやし、もう病院来てもうてもおらんことのほうが多いと思うわ。」
「そうか、分かった。ほんならまた、店にでも行かせてもらうわ。」
「はい、ありがとう。」
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朝のお散歩を、きく・ヨメ・パオパオで。
夜は時々あるのだが、朝にこのトリオで散歩に出かけることはまずない。とにかく、はようきくちゃんに私のことを思い出してもらいたいんです。
せっかくヨメさんの専門学校が休みなのに、うちのバイトさんもずっと休みで一家団欒ができず。
ヨメさんは11時から「京都キャロット」へ。私はお昼、一人さびしく食べることに。
昨日「スーパーなかむら」で買った240円が半額の120円になっていた鯛。これはうまかった。
そうそう、「スーパーなかむら」では、お守りと金平糖をくださった謎の絶世美人さんに遭遇。何べんも何べんも「足あるか」と聞かれた。
病院から一時外出してスーパーに行き、そこであんなふうに会う確率ってすごい低いはず。ご縁があるんですねえ。
昼からはお買い物。
沖縄で親しくしていただいた、リゾートホテル・ベルパライソの★の砂さんの娘さんの誕生祝い。明日でもう4歳ですね。
だいぶ時間をかけて選んだが、けっきょく自分の好きな本にした。新実南吉の「てぶくろをかいに」。
うちの廉は、新実南吉の「うた時計」に出てくる廉少年から名付けたという解説付き。ついでに真樹やヨメさんや私の近況も付け加えておいた。
沖縄で拾われたごんちゃんが、環境が大きくちがう土地で元気にしているかが心配。ほんまにほんまにごんちゃんに会いたいわー。
おまけとして、うちのかわいいかわいいにせシェパード・きくの写真も入れておいた。これはもらってもしゃーないかなあ。
きくといっしょに北郵便局へ。
レターパックライト(360円)にきっちり入ってよかった。
明日が娘さんの誕生日なんで、明日に届いたらいいのにな。
店に戻っても、きくは店に入りたがらない。車に乗って帰りたがる。
「きくちゃん、ちゃんとお仕事しやな。」
私が店にいるときに、私の大好きなご夫婦ランナー・中島徹・寛子さんがご来店。ダンナさんが大阪マラソンに当たり、新しいシューズを買いに来られたようだ。
うちの店は不便なところで、中島さん宅は市の南部。暗くなってあたりも見えにくくなってきたので、「便利のいいところまで送らせてもらいます」と申し出た。ところが奥様のほうが固辞される。あとでよく聞いてみると、病院から一時帰宅している私の運転を不安に思われていたようだ。そらそうです。逆の立場やったら私も考える。
そのあと車の中でも面白い会話があったのだが、それはここには書けんなあ。一つ言えることは、「奥さん、めっちゃおもろいやん。」
またもや、晩ごはんも一人さびしく。
そこらにあったもんを急いで食べて。
お風呂に入ったあと、ヨメさんに病院まで送ってもらった。
今日は私の高校の同窓会。
同級生の誰かが、このブログを見てくれたらうれしいんやけど・・・。
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2016年10月07日(金)
まさかまさかの・・・ [病院]
「なに、なに、どしたん。なんで・・・。」
「不良患者で退場!」
「えっ、もう退院したってこと。」
「なんでやねん。先生がな、『もう何もすることがないんで外泊しますか』ってゆってくれはってん。」
ヨメさんをビックリさせようと、きくと散歩しながらバス待ち。こんな日に限って、ヨメさんはいつもより30分以上遅い13時44分着のバスで。不審がるきくとぎょうさん散歩しましたわ。
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昨夜、「日輪の翼」(382ページ)読了。
紀州・熊野の路地(被差別部落)の立ち退きによる施設行きを拒んだ7人のオバらが、4人の若衆とともに改造冷凍トレーラーで全国の聖地を回る物語。読みごたえがあったが、エロい場面が私には想像できなくて困った。その方面は勉強不足です。もう一度演劇を見て、もう一度この本を読んでみたいと思った。
今回の入院は読書合宿のつもりで来たので、まずは目標の第一冊目が読了できてよかった。
朝6時に起きると、ちょうど日の出の時刻。日輪さんを写真に撮ろうとしたが、東向きは病室ばかり。「すんまへんな」と言って入っていくわけにもいかず。南向きの窓から辛うじて撮ることができた。
このあとすぐ、ナリケンに「22歳の誕生日おめでとう」のメール。
ナリケンは今、鞍馬口病院の斜め向かいに住んでいるそうだ。返信メールは公開しないが、その中に「心の支え」という言葉が使ってありほろっとした。私のメールは、変なオッサンからの迷惑メールではないってことやね。よかった。
今日からおかゆではなく普通食と聞いていたので期待していた。
「パパパ、パンやん!」
ガックリでした。
今日の診察は9時半から。
首から出る血を受けているドレーンを外してくださった。
「もうこれで、抜糸して退院するまで何もすることはありません。病院にいても退屈なので、外泊しますか?」
「えっ、いいんですか。」
前に同窓会断念の記事を書いたとき、たなさんという方が「入院中でも、外出届出せば院外に出られることがあります。 一度担当医に聞いてみては? 何でも諦めないで!」とコメントを入れてくださった。
でもその時は、「たった9日間の入院やのに途中で外泊はないやろう」とヨメさんと話し合っていた。二人ともほとんど入院したことないから、分からんかった。
今日の昼食後自宅泊。土曜の夜8時に病院に戻る。
日曜の朝食後自宅泊。月曜の夜8時に病院に戻る。
火曜の朝診察で、抜糸、退院。
外泊の連泊がダメということで、ややこしいスケジュールになった。
昼食にやっと普通のごはん。
「おなつかしゅうございます・・・。あっ、また玉子のおかず!」
12時すぎ、久しぶりのパジャマ以外の服を着て病院出発。
地下鉄鞍馬口駅から国際会館駅。そこから京都バスで地球研前。
1時ごろ家に着き、きくちゃんを呼んだ。
「きくちゃん、きくちゃん・・・。」
「えーっと、どなたでしたっけ。どこかでお見かけしたような・・・。」
「きくちゃん、おちゃんぽ。もうすぐオバサン帰ってくるし、お迎えにいこ。」
きくは「おちゃんぽ」と「オバサン」に反応し、重い腰を上げてくれた。
最初しっぽが下がっていたが、歩き出したら思い出したようで「しっぽ、ピン!」
地球研前ではネコちゃんも出迎えてくれた。でも、ガリガリやね。だいじょうぶかな。
13時12分、18分、24分着からは降りて来ず。次は44分着なので、今日は「京都キャロット」1時半の開店時刻に遅れるようだ。実習やゆうとったからな。
「しゃーないわ、きくちゃん。そこらぐるぐるおちゃんぽしょー。」
「はーはーはー・・・。」
13時44分。
「きくちゃん、オバサン乗っとるー。行けー。」
「なに、なに、どしたん。なんで・・・。」
きくはしっぽぶんぶんぶーん。
「時間おそなってるし、車で店まで送っていくわ。きくはもういっぱい散歩したし。」
店に連れていくと、きくは物陰から私を見ていた。
あれは完全には思い出しとらんな。晩にへこらしたるしかないか・・・。
家に戻って久しぶりのシャワー。
黒い汁が出るかと思ったら、それほどでもなかった。
火曜絶食、木金おかゆだったので、体重が60kg切り。こらええわ。おかゆダイエットやねえ。でもなんか、力が入らん。今晩は久しぶりに愛妻の手料理を・・・。
私の大好きな茶碗蒸し、ほんとは玉子料理なので胆のう炎にはよくないが、今日は特別に作ってもらった。おいしかった。
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高校同窓会の件は、世話人をしてくれている河原君のメルアドが分かり連絡。そしたらさっそく返信あり。
◇ ◇ ◇
藤井さん
ご連絡ありがとうございます。
明日の積木の会はご欠席とのこと承知いたしました。
明日の会場では、返信はがきや返信メールを閲覧できるようにファイルして開示いたしますので、藤井さんからのメールもプリントアウトして掲載させていただきます。
また、お問い合わせのあった大道さんについては、下鴨中出身の方に聞いてみます。
何か情報があれば、改めてご連絡いたします。
ご入院中とのこと、どうぞお大事になさってください。藤井さんの一日も早いご回復をお祈り申し上げます。
◇ ◇ ◇
さすがです。60過ぎたら、こんなしっかりしてはるんですね。私など、同い年なのにとてもとても。河原君、どうもありがとう。4年後の次回同窓会は、必ず出席させてもらいますから。
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【今日のきく】
今日の夜は、ひさしぶりのきく・ヨメ・パオパオ。
きくもヨメさんもむこう向いてますけど・・・。
みんなでコンビニへ。
きくちゃんはうれしくてうれしくて、すごく張り切ってました。
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2016年10月06日(木)
新聞中毒 [病院]
今日の朝、ヨメさんが専門学校に行く前にこの3日分の新聞を持ってきてくれた。
毎日新聞と京都新聞の2紙の朝刊夕刊をそろえて持ってきてくれた。さぞ重かったろうに。
ヨメさんからは、ずっと前から「新聞は1紙にし」ときつく言われている。しかし、私が「文化的なもの」に触れる機会は新聞くらいしかない。そこは聞き入れず、毎月8000円の新聞代を払い続けている。ひとからやめろと言われてやめられないところは、「中毒」の一種と言っていいのかもしれない。
久しぶりの新聞にうれしくなって、2時間ほど新聞を読み続けた。すると、麻薬の急激な大量投与と同じようなものか頭がクラクラしてきた。禁断症状が出てからの大量投与に注意・・・てか?
今日は「日輪の翼」を読了する予定が、活字拒否反応。まあ次から次と用事あったので、次第に元に戻りますかねえ。
昨日は5分がゆだったが、今日は全がゆ。
胆のう炎にタブーの玉子のおかずだったが、いらんこと言っておかず減らされたらかなんのでそのまま食べた。
これで腹持ちはよくなるかなあ。
今日は10時半から診察。
先生がいきなり、「痛くて動かせないひじを奥さんがマッサージしてくださったって、なんていい奥さんなんでしょうと評判になっています」とおっしゃった。
「そうでしょう、いいヨメですにゃわ。」
夜中に無意識のうちに首元をかいていたようで、赤く腫れあがっていた。薬を塗ってもらい、そこにガーゼも当ててもらった。
それと、これも無意識のうちだが首の下のチューブも夜中に引っ張っていた。我ながら「なにすんねん」という感じ。ちょっと、不良患者になりかけています。
お昼前に兄夫婦、昼すぎには多鶴子姉も来てくれた。昨日の午後にはみき江姉も来てくれたし・・。私は、姉や兄に対して今まで何もしてこなかったのに。ええか、末っ子やし。
そうそう、洛北高校第23回卒業生同窓会の掲示板がなおっていた。メールしとこ。
◇ ◇ ◇
1の10、2の1、3の1だった藤井です。今回の参加予定者の中に洛北高校のダスティンホフマンこと坂井田君と3年の時に仲良くしてくれた古屋君の名前があったので、ぜひとも参加したいと思っていました。ところが胆のう炎の疑いでCTスキャンを撮った時に、甲状腺腫瘍が見つかりおととい(10月4日)に手術してもらいました。現在鞍馬口病院に入院中で、同窓会には参加できません。
先の二人に会えないのも残念ですが、もう一人気になっている人がいます。1年の時、友だちがいない私に仲良くしてくれた大道(だいどう)君。途中から高校に来なくなったので、卒業生名簿にはないと思います。下鴨中出身なので、誰か大道君のことを知っていたら教えてほしいです。
現在の私についてはブログ「パオパオだより」を見てください。http://blog.kyoto-carrot.com/
◇ ◇ ◇
それから、明日10月7日は真樹の元同級生ナリケンの誕生日。明日の朝、忘れんようにメールしよう。よう考えたら、ナリケンの大学、私の入院している病院の北隣やん。会いに行きたいねえ。
も一つ。元ベルパライソの★の砂さんの娘さん・あーちゃんの誕生日が10月9日。今年も絵本をプレゼントしようと思ってたのに、入院騒動で準備できず。退院したら一番にそれをしよう。
世話になった兄弟へのお礼はあとでええかなあ・・・。
少したってからもう一度同窓会掲示板を見ると、早くも迷惑メールが7000以上の大荒れ。これで私のメールも消えてしまうんでしようね。幹事をしてくれている河原君の個人のメルアドも書いてあったのに、そっちに送ればよかった。そのメルアドも今は消えている。あーあ。
昨日の夜、「日輪の翼」はけっきょく262ページまで読んだ。
今日は活字中毒に陥りもうダメと思っていたが、現時点(夜8時前)で300ページ超え。あと80ページ、読んでしまいますかねえ。
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2016年10月05日(水)
記憶をたどって [病院]
昨日の午後1時20分ごろ、手術室の待合へ。
しばらくして麻酔担当の方が来られた。
「昨日説明させていただいた○○です。よろしくお願いします。まず、お名前を言っていただけますか。」
「ふじいこうじです。」
「あれ!?」
そう言って、その方は急いで出て行かれた。
「そういや、今のでっかい女の人、見たことないなあ・・・。」
しばらくして見覚えのある小柄な女性が入ってこられた。 「担当の○○です。」
「へー、さっきのことはなかったことにしようちゅうわけか。下手したら、甲状腺腫瘍とちごて心臓取られとったかもしれんなあ。」
そうそう、これが私の「めったに起こらん悪い事がよう起こる」ちゅうやつです。ああ、心臓取られんかってよかった。
13年前の全身麻酔は「3、2、1、ハイ」という感じで眠りに落ちたが、今回は「そろそろ眠くなってきましたか」「そうですね、ちょっと」とか会話ができるくらいだった。またやり方がちがうんでしょうね。
このあと全身麻酔が覚める8時すぎまで、当たり前だが記憶なし。夢も見ないので、死んでいるのと変わらんのかもしれん。
目が覚めたら、姉とヨメさんがいた。
ヨメさんが夕方からくるので、姉には帰ってもらおうと思っていたがそれを言うのを忘れていた。そんな遅くまで、ほんまにすいません。
ヨメさんは10時前までいてくれた。
一番に話したのは、「早く回復して目標持ってがんばらなあかんし、12月18日の『沖縄100キロ』申し込んだわ。真樹が応援に来てくれるし。」
「そんなことはどうでもええ」とヨメさんは一蹴。
実はほかにもいっぱい話したはずだがほとんど覚えていない。麻酔のせいちゅうことにしとこー。
手術室から戻って一番痛かったのは、メスを入れた首ではなく左ひじ。首はテープぐるぐる巻きで、軽く絞められてる感があったがそれほど気にならなかった。ところが左ひじがちょっと動かすだけで痛む。これは手術中窮屈な姿勢をとり続けていたからだそうだ。こんなこともあるんですね。
さっそく、ゴールドフィンガー・ますみさんのマッサージ。すると、あーら不思議。痛みがみるみる取れていった。持つべきものはゴールドフィンガー、もとえ、愛情あふれるヨメさんです。
また心配していた左ひざも痛まなかった。よかったよかったと思っていたら、今度は腰。私は横を向かないと寝付けない。ところが、手術後は真上を向いたままで寝返りも打てない。腰に強烈な痛みが出て、まったく寝られなかった。どんな痛みかというと、100キロウルトラの90すぎからの痛みのような・・・。(あっ、たいてい90キロ手前で収容されてたことを忘れてた。)4時すぎにやっと右に向くことができ、2時間ほどだけ眠ることができた。
7時半すぎに朝ごはん。
私は5分がゆ。この匂いでゲーが出そうになった。しばらく待つとそれもなおってきたので、なんとか食べることができた。
私が首から下げているのはドレーンというものらしい。
「ドレーンという液が体から出てるんですか。」
「いえ、この入れ物をドレーンというんです。」
「ほなら、出ている液は?」
「血液です。」
「ガーン!」
なんや赤いもんが入れ物いっぱいにたまっとると思ったら、ちーですか。わしゃ、首からちーぶらさげて歩いとるんですか。ああ、おそろし。
12時からお昼ごはん。
今度はゲーにならず、おいしくいただけた。
お昼前と言われていた診察は午後1時半ごろに。
クビぐるぐる巻きのテープを外してもらったら、かなりかぶれていたようだ。私、こう見えて肌弱いんです。
はりなおしてもらったテープは薄くて透明。首の切ったとこがよう分かりますねえ。
首の下から出ているチューブは血液を流しとるもの。ああ、おそろしおそろし。
2時すぎにヨメさんが来てくれた。
かわいい花を持ってきてくれたのだが、入院説明書に「お花などはご遠慮ください」と書いてあった。せっかく持ってきてくれたのにちゃんとゆわんかってごめんね。
雨が降ったりやんだりの変な天気。
ヨメさんは、「きくちゃんのお散歩、どうしょうかなー」と言いながら帰って行った。もう、きくちゃんは私のことを忘れているでしょうね。前の公園に連れてきてほしいけど、土日ともバイトさんは来れないそうだ。ヨメさんが店にずっとおらなあかんし、きくちゃん連れて来れへんやん。ああ、残念。
6時すぎに晩ごはん。
大嫌いな野菜ジュース、しんぼうして飲みました。その代わりお口直しに地下の高いコーヒーを買いに行ったら、100円玉がコロコロと自販機の下へ。あーあ。
「日輪の翼」は昨日の手術前に177ページまで、今日の晩ごはんまでに222ページまで読めた。手術後は、本を読む元気もないかもしれんと心配だったがだいじょうぶ。明日からヒマみたいなので、残り160ページ一気に読んでしまいたいねえ。
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