2016年01月20日(水)
雪の朝に [雑感]
今日は大雪。
ヨメさんがバスに乗れるかどうかが心配で、見に行った。
20分ほど待って、やっとバスが来た。
学校にはギリギリ間に合ったらしい。
やっと冬らしくなりましたなあ。
今日、ガードマンのバイトを入れてなくてよかった。
今日は走る予定だったが、この雪ではねえ。
明日も、丸一日寮の管理代行のバイトなので走れない。4日間完全休養って長すぎるような気もするが、肉離れの養生にはいいのかも。
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2016年01月01日(金)
平和ですてきな一年になりますように! [雑感]
2015年から2016年に変わるころ、やっと年賀状ができました。
今回も目がチカチカする、虫眼鏡がないとなんのこっちゃら分からないすばらしい(?)年賀状になりました。
どうしても「平和」という言葉が入れたくて、「平和ですてきな一年になりますように!」という一文を入れました。
朝起きたら、ニューイヤー駅伝を見ながら年賀状書こうっと!
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2015年12月04日(金)
あやしい管理代行 [雑感]
どう見てもあやしい寮の管理代行は私です。
丸一日、管理室に缶詰。なんかおもしろいことはないかなあと思いながらの一日。なかなか時間はすぎていかない。
食堂の鏡を使って自撮り。あぶない人にしか見えませんね。
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2015年11月05日(木)
自家中毒 [雑感]
今日は寮の管理代行。
寮に着くと、「マスクをしてください」のメモ。
どうも、私のセキが気になる寮生がいるらしい。
「じゃかましいわい! セキもでけんのかい!」と言いたかったが、そこは良識あるジジイです。朝の6時半から夜の11時すぎまで約17時間、マスクつけっぱなし。
マスクの中に自分の息がこもって、むーん。頭クラクラ。
これがほんまの「自家中毒」ってか。
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2015年10月27日(火)
朝昼同食 [雑感]
今日は寮の管理代行のバイト。
10月に代られた新寮長・寮母さんは、寮の1階に住んでおられる。そのため、宿直をしなくてよいということになった。朝6時半から夜の11時過ぎまで。約17時間の勤務。家を6時に出て、帰ってくるのが12時前になるので、宿直がなくなったと言ってもあまり楽になったとは言えない。
ただ、お昼ごはんの取りおきが復活。しばらくコンビニの弁当などを買っていたので、これは助かる。500〜700円の節約になる。
朝と昼が同じ。写真を見比べてみても「まちがいさがし」にさえならない。気を使ってくれはって、みかんが増えているだけですね。
広い食堂で一人の昼食。
私がちょうど食べているときに、寮長寮母さんが出かけていかれた。
夜は片付けられていたテレビを引っ張り出し、日本シリーズを見ながらのばんごはん。
「哲人の3連発」、しびれたなあ。
「もうこれで満足。あと2連敗でソフトバンクの優勝でええで」と家に帰ってから廉に言うと、「神宮での胴上げは阻止せなあかんやろ」とのこと。そら、そうや。あと1勝はしてもらわんなん。
って、ヤクルトの優勝願ってへんのんかい!
ヤクルトファンはおとなしすぎるやろー。
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2015年10月22日(木)
まだまだ生きていく人と仕舞い支度をする人と [雑感]
◎朝日新聞10月18日朝刊・政治断簡
理屈はわかる でも「心」がある
編集委員 前田直人
アベノミクスの新「3本の矢」の中にある「介護離職ゼロ」が気がかりだ。施設や介護人材を増やして、家族の介護のために仕事をやめないで済む社会をめざすという。
「団塊ジュニア世代が大量離職する事態となれば、経済社会は成り立たなくなる」からだと、安倍晋三首相は記者会見で言っていた。
働き手が減ったら経済が困る、という理屈はわかる。介護にあたる家族の負担は、軽くしなければならない。
でも、そんなに竹を割ったようにいくのだろうか。
*
仕事帰りに立ち寄ったバーで、介護派遣サービスの事業所を近くで営む女性と知り合った。日本ALS(筋萎縮性側索硬化症)協会理事の川口有美子さん(52)である。
彼女のお母さんは全身の筋力を失うALSを患い、8年前に亡くなった。12年近くつきっきりで在宅介護した経験から、いまは重度障害者の介護を支える活動に走り回る。
ゆっくりお話を聞きたいと思って、改めて喫茶店に足を運んでもらった。
話題はおのずと介護経験の回想に。「だれにも迷惑をかけずに逝く」という願いは、なかなかかなわないという現実についてだった。
「呼吸器をつけずに死にたい」。川口さんのお母さんはそう言っていた。けれど病が進行し、いよいよ呼吸が苦しくなった母が口にした言葉は「助けて」。川口さんは「じゃ、呼吸器つけるのね」と言うと、「うん」と応じた。
「死ぬのは怖くないけど、家族との別れは耐えられない」と母は言ったという。
詳しいことは川口さんの著書「逝かない身体」(医学書院)に譲るが、呼吸器をつけてからが長い。ずっと付き添いが必要で、お金もかかる。だから保険や税金で負担を軽くし、家族や地域、医療機関が支えるしくみがある。
お母さんも元気なころ、祖母の介護経験を生かして認知症介護の支援活動をしていた。「税金は本当に困っている人のために使うべきだ」と支援制度の不備について自治体に直訴する姿も見た。
その思いを継ぐ川口さんに「いまの政治をみて、何か心配はないですか?」と聞くと、即答が返ってきた。
「もう心配だらけですよ」
*
心配とは、経済成長重視や社会保障費抑制の流れのなかで、弱い人たちにしわ寄せがいくこと。そして、お年寄りの命や家族の絆を軽く考える風潮が広がることだという。
「『弱ったら死ねばいい』なんて思わないでほしい。そう簡単に死ねないし、在宅介護で親をみとりたい人も多い。団塊の世代は一生懸命日本の高度成長を支えてきたのに、死ぬときには厄介払いされるの?」。そんな川口さんの心配を杞憂(きゆう)と言い切ることは、私にはできなかった。
成長力を追い求めるアベノミクス論議をみていると、人間が「労働力」に置き換えられ、「人の心」をつい見失いがちになる。弱きを助けるという基本が抜け落ちないように、きめ細かく見ていかなければならないと思う。
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今日も寮の管理代行のバイトで、恒例の朝日新聞チェック。
この文中の「助けて」は重い。
まだまだ生きていく人と仕舞い支度をする人と、そのテーマは重い重い。
ちょっと話を軽くします。
最近の私は、このさき生きていくことに興味がどんどんなくなりつつある。いつどう死ぬかばかり気になる。平均寿命にはまだまだ余裕があるのだが、これはどうしたことか。いつ死ぬか分らんので、「多少ぜいたくなことでも生きてるうちに・・・」と思ってしまう。
こんな私に反して、うちのヨメさんはまだまだ生きるつもり。「炎の鍼灸師」目指して燃えに燃えている。燃え尽きてしまわんかと心配なくらい。その目的達成のためには「細く長く質素に」生きていかなくてはならない。
最近二人の会話がかみ合わないのは、このあたりが原因なのではないだろうか。
かくいう私も、いざという場面になったら「助けて」とすがってしまうんでしょうね。ああ、かっこわる。
以上、軽い話でした。
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