2009年09月24日(木)
第9回丹後100kmウルトラマラソン・続き [ランニング]
のっけからこんなことを言うのもなんですが、もうブログを書く気が全然わいてきません。おとといから、私の中で「なだれ現象」が起こっています。
「今まで何のために走ってたんかなー。」
「走るのもやめて、ブログもやめて、一からやりなおすか。」
「西表島で散髪屋さんができたらなあ。」
(これ、まったく意味不明だと思います。今日「西表やまねこ診療所」という本を読み、私の大好きな西表島には散髪屋さんがないことが判明。この歳から理容師学校に行き、国家資格を取り、西表島で開業。
この話をヨメさんにしたら、「アンタは不器用やから、無理!」
真樹は「ひとのゆめを笑う人はあかんねんでー」と言ってくれた。)
昨日の夜、一人でウォンウォン泣いた。
夜11時半からの、滝川クリステルさんの「ニュースジャパン」。
「命の現場?最後の声」
ガス室で息絶える犬たちの一部始終が放映された。(絶命の最後の声も聞きました。)
「あかんてー」
熊本市は行政の努力によって殺処分0を実現。お金と時間をかければできるんや。ダム建設中止でういたお金のうちのちょっとでも、こちらにまわしてもらえないでしょうか。
あっ、そうそう、忘れてました。
トップの写真は「奇跡の写真」。
「丹後100km」のほぼ中間点、「丹後あじわいの郷」で私を待っていてくれたますみちゃんとのツーショット。レース中の私を応援してくれたのは、たぶん20年ぶりくらい。まさに奇跡です。
ヨメさんが、しょーもない私を今のところ捨てずに仮面夫婦を続けてくれているのは、先に書いた雑種犬猫にメロメロなところも理由のひとつ。雑種犬猫に関しては夫婦で意見が対立したことがない。でも、これだけではこの先もたんわな。
えーと、続きは10kmすぎからでしたよねえ。
おーっと、その前に大事なことが抜けている。
5時ちょうど、まだ5kmも進んでいない真っ暗な中、ヨメさんからメールが来た。
前の日の夜、「愛してるとかゆう応援メッセージ書いてくれへんかなあ」と言ったとき無視したのをちょっとは悪いと思ったんかな。
「がんばってとは、いいませんよ。帰らなあかんし、ほどほどに。でもちょっとは自慢やから、キャロットのオッサン走ってたやろっていうのは。すこしだけがんばって」
暗闇でメールを見るのは苦労した。返事をしようと思ったが、もともと視力の悪い私には無理。明るくなってからにしょうっと。
「ありがとね、ますみちゃん!」
あかん、もう書くのがいやになったので、ここで中断。
SANKAIKANを出たところで、「賀茂川パートナーズ」のお二人とばったり。
「あっ、斉藤さん。『鯖街道』での斉藤さんのことブログに書かせてもらいました。すごく評判よかったです。」
「ありがとうございます。」
「また、今日のことも書かはんのかな。」と、伴走の山下さん。
「もちろん、書かしてもらいます。ほな、写真撮りまっせ―、(パチリ)。」
ここで、思っていたとおり「賀茂パー」のお二人に抜かれ、置いていかれてしまった。
今度、「賀茂パー」について走ろうかしらん。それが完走への近道やったりして・・・。(本末転倒か、伴走もさせてもらったことないのに)
ここのことは、どんなことがあっても書き忘れてはならない。
「毎年、ありがとうございます。こちらの梨を食べるのが楽しみで楽しみで・・・。すごくおいしいんで、楽しみにしながら走って来てるんです。」
「いやあ、どういたしまして。」
「あのー、ナニ農園とお読みしたらいいんですか?」
「ああ、カワバタです。さんずいに湖畔の畔と書いてハタと読むんです。家が川のそばなもんで、こんな名字になったみたいです。」
「そうなんですか。(でも、まてよ。ここら辺に川なんか見当たらんかったけど・・・)」
「あっ、うちはもともと豊岡の出なんやけどね。」
これで納得。豊岡には「円山川」という大きな川がある。
「インターネットで宣伝しときます。久美浜町箱石のカワバタ農園さんをよろしくって。」
「ああ、ありがとう。」
そんな話をしながらも、ご夫婦お二人の梨の皮をむく手は休む間がなかった。ほんとうにありがとうございます。
私の計算では、ここはスタートより33.3km地点。100kmのちょうど3分の1に当たるところ。
私は、毎年この梨を楽しみにして走っています。ここの梨をいただくと、私的第1関門クリアという感じです。
(カワバタさんのハタの字、ネットで見つかったんですが、私のブログに入れると「?」になってしまいます。残念!)
9時27分、七竜峠への上りにさしかかったところで、やっとヨメさんにメールの返信をした。
「いとしこいしのますみちゃん」
メールありがとう。
今、36kmくらいです。
スタートから足が痛かったのですが、ここまでは歩かず来れました。もうすぐ峠への上りなので、ちょっと歩きます。
そうや、これも書いとかなあかん。
七竜峠のエイドで。
エイド係の女性が、「坂道きつかったでしょう」と話しかけてこられた。
「きつかったです。おおかた、歩きました。行きしはここのエイドもものすごい人だかりやったのに、帰りはまばらで心細なってきました。」
この会話を横で聞かれていた増田明美さん。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。あなたの後ろには、まだ5人はいます。」
「えー、(ヒザ、ガクガク)」
あの増田明美さんが、こんな「いっちょかみ」のおもしろい方だとは知らなかった。(関東の方に「いっちょかみ」の意味、わかってもらえるかなあ。)
これで私の遠慮が一挙にとれ、例の「28年目の告白」(9/20の記事)に。
毎年毎年、ここで「しそジュース」エイドをしてくださっている方がある。どなたかは存じませんが、ほんとうにおいしく元気づけられます。どうもありがとうございました。
浅茂川漁港エイドでは、毎回ファイテンさんのマーサージを楽しみにしていたが、今年はロングタイツなのであきらめた。
おうどんを「サッ」と食べてすぐスタートしようと思ったが、ここでまたまた増田明美さんに出会った。本日三回目。
大会スタッフの樺山さんといっしょだったので、「樺山さん、いっしょに写真撮りましょ。」
「じゃあ、私がシャッター押しましょう。」と増田さん。
「ほんなら、お願いします。」と私も気楽たらしいことを。大会ゲストととして来られている方に、なんちゅうことを頼んでるんでしょう。
けっきょく、別の方にお願いしスリーショットに。
「第1関門の制限時間が、かなりビミョーになってきました。」
「まだまだ、いけますよ。あきらめずに!」と増田さん。
ここまでののペースは、過去の大会に比べ一番遅いことは分かっていた。しかし、各エイドでの休けいを最小限(1分程度)にしていたので、まだ関門突破の可能性は残っている。こんなに休けいせずに走り続けたのは初めてだ。
浅茂川漁港を出てしばらく行くと、コース変更の矢印。
「な、なに! そうか、昨日の説明会で言ってはったんは、ここのことかー。しもたー。」
走路員の方に聞いてみた。
「こっちに行くということは、アイスキャンディー屋さんの前は通らへんのですか。」
若い走路員さんは、「ちょっと、わかりません。」
その横におられたやや年配の走路員さん、「ああ、垣中さんのこと。今年は通らへんよ。」
「えー! ガックリー!」
あそこのアイスキャンディーが、私的第2関門やったのにー。
一番最初はうちのお客さんである出場ランナーからわけていただき、それ以来やみつきになっていた。ほんまに、うまいんです。地元網野では、超有名アイス屋さんです。
コース変更で、同じような景色が続く八丁浜海岸沿いをとぼとぼと走る。遠くにサーフィンをしている若者の姿が。
あー、ガックリ。ここらでどっと疲れが出てきた。なんとか、来年は「垣中さんコース」を復活してもらえないだろうか。
これもおもしろいから書いとこ。
アイスキャンディーを楽しみにしていたのが食べられず、のどがカラカラ。めちゃくちゃ炭酸系のジュースが飲みたくなってきた。
自動販売機があったので、デカビタ購入。
ところが、手がべたべたで、なんぼ回してもすべってあけられへん。ランシャツで巻いて回してみたが、やっぱりダメ。
ほかのランナーに頼んでみようと思ったが、もうこの辺走っているほとんどが60kmの部の上位のランナー。とても、「ジュースあけてもらえません?」と頼めるふんいきではない。
くっそー、こうなったら歯であけるしかない。私のさし歯の強度が心配だったが、上下の歯ではさみ回してみた。「ギリギリギリ・・・」と変な音がしたが、なんとかあいた。(歯もだいじょうぶだったみたい。)
このジュースのうまかったことったらありゃしない。
ゲップも出て、気持ちよく「丹後あじわいの郷」をめざすことができた。
50km地点で、ヨメさんに電話。
「そうか、もうちょっとやな。ほんな、待ってるわ。」
ヨメさんの声がいやにやさしく聞こえたのは、気のせいだったんでしようか。
50km地点で、7時間をちょっと過ぎていた。コツコツ作った貯金を全部使ってしまったということ。このあと気を抜いてしまうと、即「関門収容」が待っている。
しばらく進むと、「丹後あじわいの郷」の建物が見えてきた。これで、今日の最低目標「ヨメさんが待っているところまで」は、何とかクリア。
サブゲート前にいました、いとしこいしのますみちゃん。
「もう、へろへろかー」とか言ってたな。
「足がいとうてなー」と私。
園内をぐるっと周り、またサブゲートへ。
旗を持って走路員をされていた方にお願いし、「仲良し夫婦」の写真を撮ってもらった。
「第1関門、もう無理やわ。」
そう言った私の言葉を聞いておられたその走路員さんが、「残り4km弱で25分ちょっとありますから行けますよ」。ヨメさんも、「行けるんちゃうん」。
もうかなり冷静な計算ができなくなっていた私は、この言葉で「歩かんときっちり走ったら、ひょっとしたら間に合うかも・・・」と思ってしまった。
「丹後あじわいの郷」の坂を下りきり平地に入ったところでスピードアップ。
しかし、そこで右足にキョーレツなこぶらがえり。
「あきゃん、めっちゃ痛い。もう一歩も動けん。」
ほんまに1cmも動けんようにになってしもた。これは、じっとしておくしかない。もし、そのとき収容の役員さんの車が通ったら乗せてもらっていたと思う。
「今年は、これにて終了」
その場で、どれくらい棒立ちしていたのだろう。すごい長い時間に感じたが、実際は2分か3分くらいかな。そのあとそうろりとなら歩けたので、ちょびちょび進んでみた。
一回こぶらがえりがおこるとすぐまたおこる不安があったが、超スロージョグペースなら走れるようにもなった。
収容車も来んこっちゃし、とりあえず第1関門めざすかー。
第1関門「弥栄庁舎」に着いたのは、12時29分。制限時間を14分もオーバーしていた。
それでも、なぜか悔しさはない。
1週間前の右足の激痛から、よくここまで盛り返せたものだ。
自己最低記録を更新(65km→56km)してしまったが、今まで9回のうち一番がんばった大会と言ってもいい。
「ますみちゃん、○○タイツも○○シューズも○○テープも○○胃薬も、効いたんだかどうだか。ひとつだけ確実に効いたんは、ますみちゃんの愛情やね。」
「あほらし。」
そう言いながらも、ヨメさんはちょっとは笑っているような気がした。
Posted by パオパオ トラックバック ( 0 ) コメント ( 2 )
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コメント
まっちゃん、すまんねー、心配してもろて。
今回の件で落ち込んでいるのは実は私だけで、娘もヨメさんもけっこうケロッとしていて、それはよろこんでいいんだかどうか・・・。
でも「なだれ現象」って、ほんとにありますね。
「死ぬまで走ったんどー」と思ってたはずやのに、今は「何でそんなこと思い続けてたんかなー」という感じ。
でもなあ・・・。
私から走ること取ったら何残る?
前に「フル4時間超えたらマラソンはやめる」と宣言し、超えてしまった後しばらく走らなかったんです。そしたらそのとき、うちのお客さんから非難(?)ごうごう。「なんで、走らへんの?」
わしゃ、プロか。
うーん、ある意味プロかもね。
さて、これから私の運命やいかに・・・。このままの生活を続けるか、はたまた西表島の散髪屋さんをめざすか。(わけわからん!)
話は変わりますが、あやのさん、かわいい方でしょ。また、忍者っぽいいでたちで来られたのかな。あの姿、私はめっちゃ気に入ってます。
ゆめさき舎にいける日を楽しみにしています。甘っちょろい私に、厳しい現実を教えてくださいね。
最近、芋焼酎を飲みながら一日の最後にこのブログを見てから寝ることにしています。22日からの葛藤が身に沁みてわかるようで心痛みながら100%共感しています。どうか少し休憩してでもパオパオだよりとランを続けてください。
そうそう、今週の月曜日、またまた友人に誘われて5人で30km走の合同練習した時にたたらぎダム湖、ざんこくマラソンのブログで写真を撮られていた「藤本綾乃さん」と一緒でした。「パオパオさんによろしく」とのことでした。とにかくファンは応援しています。元気を出してくださいね。