2009年07月31日(金)
「精神」 [映画]
◎毎日新聞京都版 〜映画を語る〜 (7月31日朝刊)
「死にたい」「幻聴が聞こえる」 患者の心の叫び描く ー想田監督の「精神」公開中ー
岡山市の診療所「こらーる岡山」に通う精神病患者の顔を、モザイクなしで赤裸々に映し出した想田和弘監督の「精神」が、下京区・京都シネマで公開中。川崎市議補選に出馬した山内和彦さんの選挙活動を追った「選挙」に続く、想田監督の?観察映画"第2弾だ。「死にたい」「幻聴が聞こえる」――。患者らの切実な心の叫びは、精神病をタブー視し、目を背けてきた我々への警鐘のようだ。「精神科を覆っている見えないカーテンを、カメラの力で取り除いてみたかった」――。想田監督のこの思いを、私たちはどこまで受け止めることができるのだろうか。【小川信】
20代で燃え尽き症候群を経験し、あるテレビ番組の編集で精神的に追い詰められたこともある想田監督が、精神科にカメラを向けようと考えたのは03年の暮れごろ。義母の仕事を通じて面識のあった「こらーる岡山」へ撮影を依頼した。
「カーテンを取り払いたいのにモザイクをかけるのはおかしい」と考えた想田監督。出演は患者同士らで会議を開くなどして決めたが、作品の完成後も感じようが揺れ動いた患者もいたという。「モザイクをかけると、顔が見えなくなって患者が記号化してしまう。差別され、根拠もなく恐れられる原因を、自ら生み出すわけにはいかなかった」と語る。
確かに映し出されているのは、「患者」というレッテルを張ってひとくくりにできる人たちではなく、多様な個性を持ち、様々な表情を見せる人たちだった。過去を語りながら、にこやかに詩や俳句に興じる人たち。自らの壮絶な半生を淡々と語りながらも、子どもからもらった手紙を嬉しそうに紹介する女性――。幾通りもの人生や日常があった。
我々が腫れ物に触るように接してきた精神病を取り巻く本質は何なのか。想田監督は言う。「僕らは傷つけたり迷惑をかけることを恐れ、人間関係が希薄化している。でも、人間は1人じゃ生きていけない。望んで1人になったのに、その孤独に耐えられないでいる」
誰かとつながっていたくて、でも煩わしさからは逃れたいと考える現代人。「こらーる岡山」の人たちは、そのことを私たちに教えてくれているのかもしれない。
この映画を見る人は20人くらいかなあと思っていた。
しかし、どんどんどんどん席が埋まっていき、最終的には入れなかった人までおられたようだ。フシギ!
いったいどんな人がこの映画を見に来られているのだろう。映画の内容より、こちらのほうが気になった。
とか何とか言いながら、かくいう私も「なんで?」と思われる方が多いでしょう。
一般的な(平均的な)感想を書いてもしょうがない。ここは、きわめて私的な映画評を・・・。
直接的な要因は、「実名を出し、モザイクをかけない」という潔さである。人の言葉は、そのときの表情とともに記憶するものである。仮名やモザイクではその印象は半減してしまう。
(ここからは、超私的に)
私は京都のいなか育ちなので、小さい時から精神病患者に会ったことがない。でも、何でもかんでも興味があったので、「狂」という文字が入っている本などはよくこそっと読んでいたものだ。だから、そういう人を避けるというより、興味深く観察するほうだったかもしれない。
私が初めて精神病患者に会ったのは、大学時代。府立病院の地下のパン屋さんでアルバイトをしていたときのこと。
当時も今と変わらずなーんも考えてへん人間だったので、患者さんが店に来られても気づかなかった。雇い主のオバちゃんから、「あの人ちょっと変わってるやろ。精神科にかかってはんねん。」と言われるまでは。
それでも、そういう人たちと関わることは全然いやではなかった。このころから、お気楽だったんですねえ。
そして、運命の日。
いつものように牛乳の三角パックを自動販売機に補充しているとき、ものすごい美人の看護学生が私のまわりをうろうろしていた。とんでもない美人だったので、私は無視するしかなかったのだが・・・。それでもいやに近づいてくる。
しゃーないなあ。私はその彼女をおちょくるように、変な顔をして下から見上げた。
そしたら、彼女の目から大粒の涙がボロボロ・・・。
走り去る彼女を追う私。
なんやよう分からんかったけど、その場をとりなし店に戻る。
雇い主のオバちゃんが、「藤井君、あの子となんかあったんか。」
「いやー、さっぱり分かりませんねん。なんちゅうたって、初対面ですもん。なんか、ボクとしゃべりたかったんですって。変わってますよねー。」
そして、その後、その子は何度も店に来るようになり、私の空いている時間にデートのようなこともするようになった。
いろいろ話してやっと分かった。その学年ナンバーワンの美人と言ってもいい彼女は、看護学校卒業を控えて悩みに悩んでいた。ご両親が教師であり(お父さんは校長)、兄と妹も親の期待通りの進路(教職)を進んでいる。そして自分ひとり京都の看護学校へ進んだが、中途半端な状態が続いている。また、高校時代に好きだった彼氏が忘れられない。
そんないろいろなことが複合的にのしかかってきて、おかしくなって精神科に通うようになっていた。
彼女は、私の話をいつも一生懸命聞いていた。何でもかんでも、「それで、ええんちゃうん」という私がフシギでしょうがなかったらしい。彼女の口癖は、「そんなふうに考えられたらいいね」だった。
しかし、会うたびに不安定で、話している途中突然「プィ」と怒り出して、私が気を使って着せたジャンバーをそのまま着て帰ってしまったこともあった。(そうや、あれは冬のことやったんや。)
ある日。
「これ、もらってね。」
彼女が大事にしていた手帳に張っていた自分の写真を、突然ピリッと破って私にくれた。(まるで、映画のワンシーンのように。)
その後、彼女は富山の実家へ。
お別れの記念に、あの写真をくれたんやね。あの写真どこへいってしもたんかなー。
彼女が実家に帰ってだいぶたってから、彼女に会いにいったことがある。
びっくりした。
学年ナンバーワンだったはずの彼女は、2倍くらいにふくれていた。全然覇気がなく、ほとんど話もできなかった。今思えば、あれは薬の副作用だったんでしょうね。
雨の日本海沿いの道をドライブし、途中でいっしょにラーメンを食べ、家に送り届けた。それ以来、会っていない。
あれから30年ほどがたつ。
この映画を見て心配になった。
今、精神病の一番の症状は「自殺願望」だそうだ。
この映画の一番の印象は、映画の終わりに「追悼」としてそれまで出ておられた3人の方のお写真が出たことだ。1年ほどの間に亡くなられた。これは、たぶん自殺でしょう。
精神病に対して私が勝手にイメージしていたのは、やせ細った芥川龍之介。でも、今は、薬の副作用で太ってしまった自殺願望の強すぎる人たちである。
彼女は私の一歳下。まさか、自殺なんてしてないよな。
生きとってくれー!
Posted by パオパオ トラックバック ( 0 ) コメント ( 2 )
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コメント
M見さん、はっきり目に見えないものって人々の心を惑わしますね。「心の病」と言われても・・・と思うこともしばしば。
私が彼女と付き合っていたときは、「薬いっぱい飲まんなんし、たいへんやなあ」くらいにしか思っていませんでした。
私のように何事に対してものらりくらりとかわしているような人間は、「心の病」にならないような気がしますが・・・。
映画「精神」を見て彼女を思い出し、それに付随するさまざまなことも記憶によみがえってきました。30年ほど前、私はなぜか女の人に関わりを持つことが多かった。たぶん、それは、若い男の人が少ない病院というところでバイトをしていたからだと思います。ある意味、その時が私の黄金時代だったかも・・・。
それにしても、看護学校ナンバーワン美人と私がいっしょに歩いているところを目撃した人は、納得がいかんかったでしょうね。
最近『心の病』を患っている人が増えているみたいですね。
実際に精神疾患にかかり、自ら命をたってしまった人と会ったことがあります。
知り合いの知り合いなので、親しくしていた人ではなかったのですが、その人は、耐え切れないくらいのショックを経験し、それを乗り越えようと器の許容範囲を超えるまで頑張った人でした。
『うつ病』や『パニック症候群』と診断されて、長期にわたり薬を服用している人は何人か知り合いがいます。
原因は何なのか・・・。
その人の性格?大脳新皮質が発達しすぎたから?ストレス社会のせい?ぜいたく病・・・?
色々世間で言われていますが、『精神疾患』は誰にでもかかる可能性のあるもので、特別な疾患ではないということらしいですね。