パオパオだより

2016年04月28日(木)

誰でも変人になれると保証するのが憲法だ [時事]

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久しぶりにいい新聞記事を見つけた。
 どこかから丸ごと取れないかとさがしてみたがなかった。仕方ない。ポツポツと手打ちで・・・。

◎京都新聞4月28日朝刊 

 憲法考 第1部 萎縮する表現 (1)「公」の圧力

   「面倒に関わりたくない」

 安保法の審議で国会が紛糾した昨年、全国の大学で法の違憲性を訴える有志の会が結成された。強行採決で国会が幕引きした3ヵ月後、ある地方議会で追及が始まった。
 「即時活動停止を求めたい」。
 昨年12月の津市議会本議会。保守系市議が語気を強めた。追求したのは私立三重短期大の教員が有志の会をつくり、法の廃止を求める市民団体の事務局を学内において短大の電話番号などを連絡先ににした行為。市議は、公立私立を問わず学校や、公務員に対して政治的中立と政治活動禁止を定めた教育基本法す人事院規則違反と述べた。「教授は罷免や」。議場にやじが飛んだ。
 有志の会を呼び掛けた一人で、研究室に市民団体の事務局を置いたのが三重短大教授の三宅裕一郎(43)。9条と安全保障を専門にする憲法学者だ。培った知見を基に「安保法=違憲」と考え、平和主義尊重を訴える集会で法の矛盾や市民生活への影響を訴えた。
 学長の東福寺寺一郎は、教員の活動は研究活動の一環で、憲法が保障する学問の自由に照らして政治的中立に抵触しないと報告した。すると3月議会で別の市議が学長の不信任動議を提出。市も教員の活動や施設利用を調査する委員会の設置を決めた。市議たちの言葉は激しさを増した。「団体に呼ばれて同じ主張を講演したのは団体の支持そのもの」「拡声器で法反対を主張するのが市民や学生の求める教職員なのか」

   「中立」が一人歩き

 有志の会メンバーが市民向け学習会を開くたび、短大に「公共財産で政治活動をしてもいいのか」などと電話がかかる。教員30人の内26人が有志の会に賛同したが、市議の追及後、「面倒に関わりたくない」という雰囲気が出始めたと三宅は感じている。何より大学人の政治的発言への偏見が市民や学生に広がるのを懸念する。「社会科学の領域に無色透明の言説と実学的貢献だけが求められるなら、政府の見解しか残らなくなる。なのに『中立』の言葉が一人歩きして特定の言論を制約するマジックワードになっている」
 表現への介入、異論に対する不寛容がコトバの萎縮を広げている。自民党はテレビ局に「公平中立な」選挙報道の要請を強め、総務省の高市早苗は局の電波停止にまで言及した。安保法論議が高まった昨年来、兵庫県姫路市の広場や立教大など各地で政権を批判する集会への会場使用拒否が出始めた。気に入らない意見を集中攻撃する「炎上」がネットにあふれ、近年はイルカ漁や靖国神社を取り上げた映画の中止が相次いだ。
 自民党が4年前に公表した改憲草案は、表現の自由の制約要件を、現憲法の「公共の福祉」に代えて「公益及び公の秩序」とした。「公益」に対しては、恣意的な解釈によって今より表現規制が可能になる危険性を多くの法律家が指摘する。

   権力に好都合

 「僕も違法行為ということになるんでしょうか」
 京都大で安保法反対の有志の会を立ち上げた一人で京大人分科学研究所准教授の藤原辰史(39)は苦笑する。三宅同様、法の違憲性を問う市民集会に参加し、法反対を訴える。会結成の動機の一つは作家百田尚樹の「沖縄2紙はつぶさないといけない」発言だった。「優れた言論や芸術は現実を越えようとするカウンター(抵抗)にある。後世に残る表現は御用学者や御用芸術家から生まれない」
 藤原の専門は農業史。特にナチスドイツの食料事情を研究してきた。近著「ナチスのキッチン」は、食料時給や兵士養成を目的に残飯利用などを国民に強要した食料政策を追跡した。
 ごみ箱まであさって順守を確かめるやり方に市民の多くがナチス党員に文句を言ったが、不平をこぼす人への弾圧はまれだった。半面、ナチスは社会的な意見表明を徹底的に取り締まった結果、無関心が社会を覆い、ドイツは粛々と第2次大戦に突入した。「日本もかつて検閲があったが、検閲より恐ろしいのが自己検閲。自分に関係ないならリスク負うより黙っておく自制が権力に最も好都合だ。今は威嚇を使って自分で自分の言葉を刈り込ませる」

   “臆病者”を守る

 京都大学教授毛利透(49)はなぜ民主主義に表現の自由が不可欠か問い続ける憲法学者だ。誰も聞いていない街頭演説、捨てられるビラを配る行為は無意味にも見える。ナノに、政党紙配布事件最高裁判決が「精神的自由は民主主義を基礎付ける重要な権利」「(公務員の政治行為禁止は)必要やむ終えない限度に範囲が画されるべき」と明確に述べたように、なぜ憲法学説は表現の自由に優越的地位を与えるのか。その説明に毛利が重視するのが「萎縮効果論」だ。
 毛利は政治哲学者アーレントの論を援用する。政治的意見を公にする人は、見返りもないのに社会の矛盾に耐えられず異議を申し立てる“変人”。脅されれば引っ込む臆病でもある。だが臆病者こそ真の勇気を持てる。多分この勇気があっても世界は変わらない。でもそれがないと世界が変わることはない。
 民主主義の根幹は臆病者同士でより良い社会を目指して議論をする不断の営みにある。だが、「公益」に酔ってあるべき社会の“かたち”が前もって決められる恐れがある点に改憲草案の問題点を見る。
 「臆病者の勇気をくじいてはならない。誰でも変人になれると保障するのが憲法だ」
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 あー、ポツポツ手打ち終了。
 きっとへんな変換してるんでしょうね。

 「誰でも変態になれると保障するのが憲法だ」なーんてね。

 これは誤変換ではなく、私の思いです。

Posted by パオパオ   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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