2013年07月22日(月)
投票ラン [ランニング]
昨日のこと。
京都走ろう会例会から戻り、参院選の投票へ。
ヨメさんと廉は、私が沖縄に行っている間に期日前投票をすませていた。私一人で、市原野小学校の投票所まで。どうせ行くなら走って行こう。
うちから北へまっすぐ。
「小町寺」前で1.3km。
市原野小学校着。ちょうど2km。
投票所になっていた体育館は校内の迷路の先にあった。
京都選挙区の投票をし、続けて比例区の投票。
家の近くまで戻ると、ご近所のネコちゃんが出迎えてくれた。
玄関ではきくのお出迎え。
京都走ろう会でいろいろ合わせて6.1km。そして、この投票ランの往復で4km。全部で10.1km走ったことになるが、左アキレス腱は「ズキン!」とはならなかった。痛いことは痛いが、だんだんましになっているような気もする。
夜はずっと選挙開票速報。
私が投票したお二人はともに当選。国会議員選挙に関しては、私が投票した候補者が落選し続けていだけに本当にうれしかった。沖縄選挙区の糸数慶子さんも、3万票以上の差をつけて当選された。「平和の一議席」が守れて、本当によかった。
夜の1時過ぎまで開票速報を見た。そこで一番思ったことは、「極端」。
多くの人が少し前のことをすっかり忘れている。「もうこりごり」と思ったはずの政党にまた投票してしまう。「もうこりごり」と思った政党がそんな極端によくなるものか。何十万人何百万人もの人が極端な投票行動に出るというのが恐ろしかった。
ぶれずに、じっくり物事を考える人が増えてほしいと思う。(「お前こそがんばれよ」と言われそうですが・・・。)
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2013年07月21日(日)
京都走ろう会例会〜ヨメさんのサービス〜 [ランニング]
「ぶっさいくな写真、載せんといてや!」
「そんなんないて、どの写真もかわいいでー。」
この会話、今までなんべんくり返してるでしょうかねえ・・・。
昨日の夜の会話も、今までなんべんもくり返してきたもの。
「明日の京都走ろう会、行かへん?」
「私は仕事がいそがしいねん。」
「そらその通り。でもすぐ帰ったら間に合うんちゃうん。」
「何でそんなしんどい目までして行かなあかんねんな。」
「走ってるますみちゃんはかわいいし・・・。」
「私はいつもかわいい!」
そして、今日の朝。
「ちょっと走ったら、頭の痛いのも治るかもなあ。」
「えっ、走ろう会行く?」
「何がそんなにうれしいん?」
「ますみちゃんがいっしょに来てくれたらうれしい。」
「そんなにうれしいんかいな・・・。」
ということで、ヨメさんのサービス(?)で二人そろって京都走ろう会例会に参加。
出雲路橋の近くの駐車場に車を入れ、受付へ。
もう9時40分くらいだったので、2kmだけアップ。
たぶん、もう30℃くらいになっているはず。
参加者は20名を超している模様。
いつもどおり八田さんの準備運動。今日は特に時間をかけておられたように感じた。仕上げの縄跳びでみんなフラフラ。でも、これで初めから飛ばしすぎる人はなくなる。みんなの体を気遣った八田さんの作戦だったかも。
ヨメさんは早く帰らなくてはならないので3.1km。
私も左アキレス腱の痛みがあるので3.1kmにしておいた。
10時20分ごろ、東岸の1.6kmと3.1km、西岸の5kmが一斉スタート。
私はアキレス腱の痛みが出る前にできるだけ早くゴールしたかったが、やはり準備運動の縄跳びが効いていた。どちらかというとスロースタート。
1km地点はちょうど4分くらい。それでもいい感じで走れていた。
北山大橋を渡って、西詰めの塚本さんをパチリ。
ここで6分半。
「よっしゃー、これはゴール13分切れる。」
足の痛みも出ず、気持ちよくゴール。
3.1km、12分46秒。この暑さの中、これで走れたら十分。
さて、ヨメさんの走ってる写真を撮りに行かねば。
私の次は柴田さん。
いつもの「賀茂川パートナーズ」さん。
さすがに今日はいつもより少ないように見えた。
ベテラン・阿加井さん。
上野さんと保坂さん。
今日はいつもよりゆっくりめ。
おー、そのあとにヨメさん。
全体の6番目に帰って来たじゃーありませんか。
南に向かって走っているので、まぶしくて目がちっこい。
今日は「サロマレーサーST2」で走ったらしい。
ちょっと大きめだが、走り心地はまあまだったらしい。
ゴールは、19分12秒。
この時期にこのタイムで走れたら上出来。
ヨメさんのすぐあとに、ゼッケン1番・佐藤さん。
いつも変わらぬきれいなフォームです。
続いて5kmトップの北出さん。見事に20分切り。
「3年後の60歳までに北出さんに一回でも勝つ」という目標はかなりきつい。
スタート前の会話。
「北出さん、昨日のやぶはらで表彰式行かんと帰らはったでしょう。」
「はい。朝会場まで行くときに道をまちがったりして、もう疲れてしまって。」
「入賞の賞品もらいに行ってはらへんかったみたいやし、うちのヨメさんに『北出の家内です』ゆうてもらいに行きゆうとったんですよ。今日ここで会えるんやったら、ほんまにそうしたらよかったですね。」
短距離出身の堀田さん。今やこの5kmコースを20分ちょうど。腕上げすぎ。
もう帰らないと「京都キャロット」の開店の11時に間に合わない。
役員のみなさんにごあいさつし、駐車場へ。
今日は珍しく、三輪さん(幹事長)も走られていた。
走っておられる三輪さんにもごあいさつして、これにて失礼。
急いで帰って、開店11時ぎりぎりセーフ。
ヨメさんは快調に走れ気分もよくなったらしい。しかし、日焼けで顔がひりひり。夏に走るのはいろいろと難しい。
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2013年07月14日(日)
ストップ! [ランニング]
ついにストップが出た。
金土と2日続けて「あいおわ治療院」の高橋大輔似の先生に診てもらった。そして帰り際、恐る恐る聞いてみた。
「長い距離は走らないほうがいいですよね。」
「長い距離というか、短い距離も当分走らないほうがいいです。」
この先生は、基本「できるだけ走りながら治す」という方針。その先生が「当分走らないほうがいい」と言われるのは、よっぽど私の足の具合が悪いようだ。
今日は「反核平和マラソン兵庫」で24km。そのあと沖縄に行って、先月走りきれなかった分の16kmを火曜日に走ろうと思っていた。
潔く両方断念します。
「反核平和マラソン」は最初と最後の3kmだけをチョロチョロと走り、間はJRでワープ。沖縄は、歩けそうだったらちょっとだけでも歩こうかな。
去年入賞した「やぶはら高原マラソン」(7月20日)は、定員オーバーで申し込みできなかった。でも今の足の状態を考えるとかえってよかった。
次は7月28日の「大文字山ランニング」。
それまでに足が治りますように。
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2013年07月09日(火)
第46回9の日平和ラン [ランニング]
今週、バイト先の寮長・寮母さんご夫妻が本格的なお休みをとられる。この2ヶ月、本来休みの日なのに私たち新しい「応援さん」が仕事を覚えるようにと付いていてくださった。私は不安なことだらけだったので、細かいことを聞いておきたかった。
「今日は9の日やし、ちようどええな。」
5時過ぎ、バスと地下鉄でバイト先の寮へ。寮長さんにいろいろなことをお聞きした。これだけ聞いておけば、一人でもだいじょうぶ。
帰りは、できれば9km以上走りたい。でも、左アキレス腱がねえ・・・。本当は、選挙期間中である今こそ「平和・憲法九条」ののぼりを背負って走りたかったのだが。
6時半ごろ、二条駅の北にある寮をスタート。
千本通りを北へ。千本丸太町を右折。
千本丸太町を曲がったすぐのところに中古バイク屋さん。ヨメさんは見たいやろうなあ。
丸太町通りに選挙事務所を構えるある候補のところに寄り道。京都選挙区で唯一、憲法九条を守ると明言されている候補。今日は丹後に遊説なのでお留守。今の私が出せる最大の寄付金をことづけてきた。
何でもかんでも変えたらうまいこと行くちゅうもんとちゃう。今持っているものを十分生かせているかどうかを考えるのが先だろう。
「憲法9条を生かした平和外交」
これはいい。抹殺することではなく生かすことを考えよう。
烏丸丸太町から烏丸通りを北上。
今日は、足腰の神さんに念入りに故障回復をお願いしておいた。
今日のぼりを背負っていたら、かなりたくさんの人に見てもらえたのになあ。ただし、地下鉄の出入り口あたりでは危なかったかも。
烏丸今出川を右折。
まだ4kmくらいしか走っていないのに、左アキレス腱がしみしみと痛み出してきた。
加茂大橋を渡り、叡電・出町柳駅へ。
ここまで約5.5km。
電車の時間までまだだいぶあったので一駅分だけでも走ろうかなとも思ったが、だいたそうゆうときに故障が悪化する。目標の9kmには全然足らないが、これで終了。
最初に乗った電車は修学院止まり。そこで乗り換え、家に着いたのは8時前。
ちょっと物足りないような・・・。
でもこの足ですから。
今回は腹八分目ということで・・・。
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2013年06月29日(土)
第42回勝手に国労応援ラン [ランニング]
元国労でJR不採用となり、その後ずっと国労闘争団で闘っておられた中野勇人さんといっしょに「サロマ」に出たのは3年前。私は69km地点で収容。中野さんはゆうゆう10数回目の完走をされた。
ここしばらくはお会いする機会がなく、特別連絡を取り合っているわけでもないのだが、私は「勝手に」国労応援ランを続けている。
明日は、第28回サロマ湖100kmウルトラ。もちろん、北見にご自宅がある中野さんは今年も参加される。中野さんにとって「サロマ」は、地元の運動会の長距離種目みたいなもんでしょうか。
明日は、また今までとはちがった新たな気持ちで参加されることと思う。
じっくり楽しんで、いろいろなことをかみしめながら走ってください。
◇ ◇ ◇
※中野さんのブログ「国鉄闘争」より (2012年12月16日)
「新たな人生の1ページ」
以前、ブログで高知県に引っ越した理由は後ほどと記載していましたが、ようやく解禁となりました。
昨日、高知県平和運動センターの第19回定期大会が開催され、事務局長に就任いたしました。
昨年(2011年)、JRへの雇用断念という結果で、国鉄闘争は終決という形となりました。
しかし、このような終決の仕方では納得できないとして、月1回の政府の約束不履行責任を追及する国会前アピール行動を続けてきました。
同時に「国鉄闘争の総括、財産をどのように継承していくのか」と思い悩んできました。
結果として、今年3月、国鉄闘争支援四国共闘会議を発展的に解散し、国鉄闘争センター四国を発足させ、その中で運動を引き継いでいくことにしました。
(後半部分略)
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中野さんの「サロマ」に向けての景気付けに、派手な応援ランができたらよかったんですが・・・。なんせ、足がまだガタガタで。
自宅から一番行きやすいJRの駅といえば、やっぱり京都駅。バスと地下鉄を乗り継いで5時過ぎに着。
(山陰本線・上夜久野駅の続きは来月に。)
今日は一駅分だけ。
JR奈良線の次の駅は東福寺。
まずは、京都駅北口から塩小路通を東へ。すぐに塩小路橋に。
西岸の木立の中も走ってみたかったが、東岸に渡る。
塩小路橋からJRの鉄橋を見ると、電車が停まったまま。
しばらく東岸を南下すると、奥に踏切が見えた。
ここは、京阪電車の踏み切りだった。
その先には立派な神社。
そして、JR東福寺駅。
というか、JRと京阪の東福寺駅がひっついていた。
ここまで13分。1.7kmくらいでしょうか。
さあ、ここからちがう道をとおって京都駅に戻るか。それとも・・・。
そのあたりをうろうろしていると、亀岡のスーパーランナー・農添さんにバッタリ。農添さんは、私が左京区から走ってきたと思われたようで驚いておられた。たぶん、職場がこのお近くなんでしょうね。JRで亀岡まで帰られるんでしょう。
足はまだ痛くはなっていなかったが、ちょっと心配になってきて京阪→叡電で帰ることにした。しかし、電車に乗ってから「応援ランがたった1.7kmではなあ・・・」と思い始めた。
叡電の京都精華大前までの切符を買ってしまったが、宝ヶ池駅で下車。ここから自宅までちょうど4kmくらい。ゆっくりなら、足もだいじょうぶだろう。
キロ6分ちょっとのペースでゆっくりと。ふくらはぎはもうだいじょうぶそうだが、左足のアキレス腱がじりじりと痛む。当分速く走るのはやめよう。
4kmを約25分。
今日は、店往復1.3km+JR一駅分1.7km+帰宅ラン4kmで合計7km。
自宅前で自分撮り。
ご近所では、「働かず、犬の散歩とジョギングばっかりしている人」として有名になっているかも。もちろん、夜にヨメさんから怒られました。
「明日はしっかり働くぞ!」
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【今日のきく】
今年も本格的に暑くなってきた。きくも熱中症にならないように気をつけなくてはいけない。
冬はいいけど、夏は毛皮は暑いやろねえ。
でも、どこが涼しいかはよく分かっている。
今のところは、しんどくなったりはしていない。
散歩コースにある梅の木の下で、パチリ。
前は梅もかじったりしていたが、もうおいしくないことが分かったみたい。かしこいきくちゃんです。
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2013年06月24日(月)
一人沖縄平和ラン・続き [ランニング]
ホテルチュラ琉球を出ると、真ん前が沖縄県庁。
予定通りの8時出発のつもりが、のぼりを背中にセットするのに手間どった。
それに人通りがなく、スタートの写真が頼める人がいない。
やっと坂を上がってこられた方があった。写真をお願いするとこころよく引き受けてくださった。
「すいません、写真お願いできますか。」
「9の会の方ですか。私も福岡9の会に入っています。毎月9の日には、駅前などで平和をアピールする活動を続けています。」
「えー、そうなんですか。それはいい人にお会いできました。私も、毎月9の日には9km走ってアピールしています。」
福岡から慰霊式に参加された方たちだった。
がっちり握手をかわし、8時12分、県庁前をスタート。
58号線に出ると、いきなり観光バスのドライバーさんがクラクション。窓を開け、こちらに向かって手を振ってくださっている。
「(えー、沖縄では見ず知らずの私にもこんなに歓迎してくださるのか)」とうれしくなった。がぜん走る気がわいてきた。
今回初めて会ったワンちゃん。暑いのに笑ってます。
飼い主さんから、「がんばってください!」
この地名は写真に撮っておかなくては。
「じっちゃく」、絶対読めません。
8時40分、キャンプ・キンザー前通過。
この辺りにあった教会前で呼び止められた。
「あなたは、どうゆうつもりでそんなことをしてるんですか。」
「憲法九条をまもって、平和な世の中にしたいと思ってます。」
「私は元自衛官なんすが・・・」
このあと長々と続いたお話は、どこでもよく聞く「攻めてきたらどうするんですか」から始まるもの。特に反論はしなかった。
「大事なことは、一方的な考えを押し付けるのではなく、私も含めてみんなが憲法のことをしっかり勉強することだと思います。そしてじっくりじっくり話し合うことですね。それでも憲法を変えたいという人が圧倒的に多いのなら仕方ないと思います」とだけ言っておいた。
私は涼しい内に少しでも進んでおきたかったのに、まだまだ食い下がる元自衛官クリスチャン。あなたが手に持っている聖書には、「戦争」についてどう書いてあるんでしょうね。
「攻められたら死ぬんです」、これが私の結論だが、そんなことを言うともっともっと話が長くなったでしょうね。
走りながらならいくらでもお話しさせていただくが、私は先を急ぐんです。ここで長話をしたため、調子よかった走りのリズムまで狂ってしまったような気がした。
嘉数高台を目指すのは三度目。いつも迷うのだが、今回はだいじょうぶ。
しかし、このちょっと手前でGPS腕時計が早くもバッテリー切れ。充電がしっかりできていなかったようだ。これではただの重たい腕時計。あーあ。(よって、以後の距離は推定です。)
私の父のいとこで、うちの本家の跡継ぎだった藤井勘六さんは、ここで戦死したとされている。父と勘六さんの出征先が入れ替わっていたら、私はこの世に存在しない。
9時40分、嘉数高台到着。(スタートから11.5kmくらい。)
予定より30分遅れ。
「京都の塔」の前でお祈り。
この日はたくさんの人が来られるのかと思ったら、ひっそりしていた。
嘉数高台から見る普天間米軍基地。
さすがに今日は静かだった。
2頭立てでお散歩。
白いチャーリーと、きくそっくりのきゅうたろう。きゅうたろうは怖がりで、ほえてほえて。
飼い主さんが私の体をすごく心配してくださった。気温はそう変わらなくても日差しのきつさが全然ちがうとのこと。
「明日、熱を持って大変なことになりますよ。」
この飼い主さんに58号線への近道を教えてもらった。
10時5分、嘉数高台をスタート。
坂道を降りる途中、「ワンワンワン」の大合唱。
いっぱいワンちゃんを飼ってられるお家だった。
「おお、ここがあの有名なアクターズスクール!」
えーっと、この基地は・・・。たくさんあって、なかなか名前を覚えられない。
ここも基地。
ここは6年前、真樹とヨメさんとで泊まった「ビーチタワー沖縄」。いいホテルだった。
このあたりで、南行き車線の車から声をかけながら手を振る女性あり。
「パオパオさ〜ん!」
えっ、まさか。どなた?
この先のマグドナルド前で、その女性が水を持って待機してくださっていた。その車の運転席にはご主人が。
「ご苦労様です。いつもブログを見させてもらってます。今日走られると書いてあったので、少しでもサポートできればと思って来ました。」
「いやー・・・。それはそれは・・・。」
「うちはパオパオさんのところと反対で、娘が京都の大学に通ってるんです。その娘からも応援に行くように言われていて・・・。」
「わざわざ来てくだっさったんですね。こんなうれしいことがあるとは・・・。」
読谷村のTさんご夫妻。この後もずっと気づかってくださり、先回りして私を励ましてくださった。
58号線の東側はずっと基地。そのため民家はなく、ジュースの自動販売機もない。でも、私は意地で基地側ばかり走っていた。
Tさんから頂いた水のおいしかったこと。嘉数高台でジュースを飲んだ後は何も飲んでいなかったので、本当においしかった。
遠くから「アイス」の看板が見えた。
オジイなら買うのはやめ、オバアなら買おうと決めて近づいていていった。そしたらなんと、若いおねえちゃん。
「買う買う、絶対買う。」
でも、その若いおねえちゃんは完全にビビッていた。そら、車しか通らんとこに落武者みたいなんが現れたらビビるわな。
値段聞いてんのに、返事が聞こえへん。そんなこわかったんかなあ。(200円でした。)
おねえちゃんに写真を頼もうと思ったが、これ以上ビビらすのはかわいそう。何とか自分撮り。
「あー、のぼりが・・・。」
2回目で成功。
でも写真を見てうなずく。おねえちゃんがビビるのも無理もない。こりゃ、現代の落武者そのもの。
またまた、何もない道路が続く。
ここは、カデナマリーン・シーサイドレストラン。
ここは、嘉手納米軍基地。
このスポーツ用品店は、嘉手納小学校にも入っておられるようだ。古我知先生は、まだ嘉手納小学校におられるのかな。
嘉手納町と読谷村の境、比謝川。(スタートから26kmくらいか。)
この川の河口あたりが、1945年4月1日に米軍が上陸した場所。
行ってみたかったが、この時点で12時10分。予定より30分も遅れているのでスルーすることに。
読谷村は、紅いもが有名らしい。
ずっとついてくださっていたTさんご夫妻に、「米軍上陸の地」スルーを告げると、「この先にファミリーマートがありますから、そこで休まれたらいいですよ」と教えていただいた。
しかし、ここらあたりから地獄。
足が急におかしくなってきた。「来るぞ来るぞ」と思っていたら、やっぱり来ましたコブラがえり。すぐ治まるかと思ったら、なんのなんの。立ってもいられない、座ることもできない。中途半端な格好で、「ウー、ウー」と唸るのみ。
ここで笑うに笑えん話。
私が痛みに耐え忍んでいるとき、その少し前にあるバス停にいた若いおねえさんがスタスタと。「おー、これは心配して来てくれたんや。」よかったー。
ところが、そのおねえさんから発せられた言葉。「リュウキュウムラハ、ドッチ。コッチ?コッチ?」
ずっこけたかったけど、笑いたかったけど、どっちもでけんかった。もちろん、そのアジア系のおねえさんには「リュウキュウムラ」を教えてあげましたよ、ひきつった顔で。
そして、前半のハイライト(?)
いったん治まったコブラがえりは何度もぶり返す。
やっと目標のファミマが見えてきたのに、本当にもう1mmも動けなくなってしまった。両足が変な形に固まって、すごい痛み。そして、カッチンカッチンに。
その時、その坂を下って来る青年。さっきのことがあるので期待はしていなかった。というより、もうなんの余裕もなかった。
「水を飲んでください。脱水症状になってませんか。」
「これを首に巻いてください。ひんやりして、気持ちいいですよ。」
「こむらがえりですか。塩分不足ですね。ちょっと待っててください。」
痛さ辛さでまともな返事ができなかった。しかし、その青年はファミマに走っていきすぐに戻ってきてくださった。
「これをどうぞ。」
手渡されたのは「塩分チャージタブレット」。
ああ、この方はいったい・・・。
「今日走られるとブログに書かれてたので応援に来ました。」
ああ、こんな私のために・・・。
うるま市の小橋川さん。
「一度パオパオさんに会いたかったんで」と言われたときは、ちょっと泣きかけました。本当にありがとうございました。
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ファミマまでの1kmに30分以上かかってしまった。ここで、Tさんご夫妻とはぐれてしまった。無理もない。1kmに30分もかかってしまったのだから。
ファミマで休けいしながらいろいろなことを考えた。
この足の具合では、絶対にコブラがえりがぶり返す。大事に至る前にバスに乗ったほうがいい。しかし、ずっと声をかけ続けてくださったTさんご夫妻にお礼も言えていない。それに、今まで応援してくださった方と同じようにこの先で私を待ってくださっている方があるかもしれない。
結論→ちょっとずつでも前に進む。
ファミマで休けいしたのは1時間以上。
午後2時6分、やっと重い腰を上げた。
ファミマでおにぎりを買い、お茶やジュースもいっぱい飲みお腹ポンポン。
首には小橋川さんにいただいたクールタイをまいて。
それからは、ちょっと走ってはぎょうさん歩き、ちょっと走ってはぎょうさん歩きのくりかえし。とにかく、「恐怖の足固め」に陥ってしまわないように気をつけて。
沖ハムのかわいいブーちゃんに力をもらい・・・。
名護まで37km。
ということは、なんやかんやで35kmくらいは来たんかな。
足の具合はよくならず、20%走り、80%歩きという状態。
さっき追い抜いて行ったバイクの女の子が、少し先で停まっている。ミラーで私を見ている。追いついた私に話しかけてきた。
「写真、撮らせてもらっていいですか。」
「ああ、どうぞどうぞ。」
「どうしてそんなことをされてるんですか。」
「憲法九条をまもって、平和をまもりたいねん。」
「あっ、今日は終戦記念日だから?」
「そうそう。沖縄県庁から名護市役所まで行くつもりやねん。名護に娘がいるし。名桜大学行っとるんやわ。」
「えっ、私も名桜大学なんです。」
「そっかー、それはそれは。何年?」
「2年です。」
「実家がこっちのほうなん?」
「いえ、今日は北谷まで買い物に。実家は広島です。」
「そっかー、こっちも写真撮らせてもらってええか。お名前は?」
「○○まこです。」
ちょっと真樹に似たまこちゃんとしゃべって、またちょっと元気が出てきた。
しかし、ずっと同じような景色が続く。
海が見えるとほっとする。
この写真なんか、まるで絵のよう。
「おんなの駅」におとこは入りにくい、というわけでもないが休けいなし。とにかくのぼりを外すのがめんどくさくて。
さっきからスピードが落ちているため、なかなか名護までの距離が減っていかない。そのため、休けいはなしでひたすら進む。
私の「猫センサー」がピピッと反応。
いやま、かえらしいネコちゃんじゃありませんか。
あんも、あんもか。
オッサンは、がんばって走っとるどー。応援してくれよー。
バイパスを通ったら、歩道部分はまだ工事中で立ち入り禁止。お構いなしで入ったら、風がきつくて下に落ちそうだった。こわかった。
ここらで、宅配便のドライバーさんから電話。
「荷物、お届けに行ってよろしいですか。」
「えー、今日の朝に出したのに、もう届くんですか。娘に連絡しときます。」
4時5分、ムーンビーチ前到着。(スタートから40kmくらい?)
当初の予定では1時半到着だったので、なんと2時間半遅れ。もし待っていてくださった方がありましたら、本当にごめんなさい。
私がずっと心がけたこと。
足が固まってしまった時以外は絶対に笑顔。
走ったり歩いたりして進んでいるときは必ず顔を上げる。
これがよかったのか、多くの方がクラクションで応援してくださった。また、信号待ちの車からは何人もの方から「がんばってください」と声をかけていただいた。
慰霊式からの帰りと思われるご婦人からは、ジュースの差し入れもいただいた。
これではそう簡単にやめるわけにはいかん。今まで長年走ってきたのは、こうゆうときにくじけないためだ。
「ベテランランナーの意地見せたろかい!」
恩納村のパラセーリングのお店。
真樹とパラセーリングしたのは何年前やったっけ。
ここは米軍基地ではなく自衛隊基地。
民家が全然ないところで、水を持った方がひょっこり。
「水を飲んでください。」
その時頭がだいぶボーっとしていたので、すぐには状況が飲み込めなかった。
「朝宜野湾あたりの58号線で見かけて、さっき家に帰ってきたらまた走ってるのを見たんで水を持ってきました。」
一日に二回私を見られて、急いで水を取りに帰ってくださったようだ。
よかったー。バスで中抜きせんでよかったー。
キンキンに冷えたお水のおいしかったこと。
平良さんとおっしゃるその方は、午前中に慰霊式に出かけられ私と出会い、帰りの車からまた私を見られたそうだ。少しお話もさせていただき、心も体もだいぶほぐれました。
この仮ガードレール、ええやん、笑うやん。
恩納村万座毛のあたりは58号線のバイパスが通っている。こっちに入ったほうが距離的には短縮されるのだが、何もなく殺風景。
このバイパスに入ったところで、コブラがえりのぶり返し。
「いざとなったらバスに・・・。」
ひっひっひー。
バスはバイパスは通らない。
これはなんとしても旧道との合流点まで行くしかない。
まっすぐなバイパスは退屈だった。それでも多くの方がクラクションで応援してくださった。
フーフー言いながらも、やっと合流点へ。
夕方近くになると、多少は気温も下がったようだ。
あんまり海がきれいなので、一枚パチリ。
そしたら、こちらに向かって「ワンワン!」
右下隅に写っていた黒ラプちゃん。
きくも海に連れてきてやりたいなあ。
やっと目の前にバス停発見。
「よっしゃ、こっからバスに乗ろうっと、もう6時20分やし。」
ところが無情にも、その横をバスが・・・。
バス停にいったん停まってくれたら何とかなったが、客がいないと判断しビューンと。
「次は30分後か。しゃーないな。ちょっとでも先に行くか。」
6時35分、真樹からメール。
「今日、晩ごはん 作ったほうがいいですか?
あとなん時くらいに どこに迎えにいったらいいのー?」
すぐに電話。
「晩ごはんは、いっしょにどっか食べに行こう。7時に市役所は無理やし、もうすぐバスに乗る。バスは7時20分くらいに市役所に着くと思うし、そこに迎えに来てくれる?」
みゆきビーチ前のバス停、6時52分というのがあったのでそれに乗ることにした。
もうバスが来るという頃、比嘉増美さんから電話。
「迎えに行きます。」
ぼちぼち歩いていると、小学校の塀に立派な絵がかいてあった。
そのちょっと先で、比嘉さんに拾ってもらう。
助手席にはダンナさんも乗っておられた。
「最後だけでもいっしょに走らせてもらおうと思って・・・。」
待ってくださっていたのに申し訳ありません。できることなら、来年再チャレンジということで・・・。
いつもいつもすいません。
比嘉さんは、普段から真樹のことも気にかけてくださって。
比嘉さんのお迎えがあったので、名護市役所前の真樹のお出迎えはカット。また、次のお楽しみやね。
でも部屋で迎えてくれた真樹は、ニコニコしてすごくかわいかった。きっと、このごろ充実してるんやろうね。
晩ごはんは別のところを予定していたのだが、真樹の友だちがバイトしているということで「和風亭」へ。
友達のH・Aちゃんは、小顔でスマート。「真樹の正反対やなあ」と言ったら真樹はちょっとおこっていた。
9時でH・Aちゃんのバイトが終わり、私たちの席に来てくれた。すごくかわいくて楽しいH・Aちゃん。私が今日沖縄県庁から走ってきた話も、しっかり聞いてくれていた。いい友だちができて、本当によかったね。
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