2009年07月11日(土)
2009神奈川反核平和マラソン [ランニング]
「ビッ、ビッ、ビッ、美人!」
期待してなかっただけに、美人コンビの参加に心躍りました。
私的には、「綾瀬のオグシオコンビ!」。
実際は、「ルミサユコンビ」でした。(ルミさんとサユリさん)
「反核平和マラソン」も平和運動のひとつ。
平和運動に関わるとき、いつも思うのは「同じメンバーでグルグル回しているだけではダメ」ということ。常に新しい人を取り入れる努力をしなくては。
ちょっとお話させていただいたが、この美人コンビはマラソン大会に出られるのはこれが初めてとのこと。どういういきさつでこの大会を知られたのかはお聞きしなかったが、この大会を選ばれたとはお目が高い。
「私が初めて出たマラソン大会は、神奈川反核平和マラソンです」と胸を張って言ってくださいね。
さて、話は当日朝に戻り・・・。
朝3時45分に起きるつもりが30分寝坊。4時15分に起き、あわてて京都を出発。新名神から東名に入り厚木ICから相模原をめざす・・・つもりが東名静岡・清水間事故のため通行止め。急遽、中央道回り八王子ICへ。
10時スタートの20分前、ギリギリセーフ。あわてて着替えて、スタート前のセレモニーと記念撮影。
相模原市役所の担当課の方のごあいさつ。
共産党の議員さんのごあいさつ。
神奈川反核平和マラソン実行委員長さんのごあいさつ。
このお二人が、今日の運営の主力でした。
10時、相模原市役所をスタート。
6区間37.2kmのAコースは、本日のメイン。(ほかに、15.0kmのBコース、15.9kmのCコースがある。)
今日37km走って明日ハーフのレースはきついようにも思ったが、どうせ遠くに来るのだから「走ってまえー」という感じ。
ただ走るだけじゃなく、できるだけたくさん写真を撮ろう。
さっそく、歩道上にかわったモニュメントが。道路を挟んだ反対側には赤いのも。ひょっとして、現代の風神雷神?
2台のサポートカーが要所要所で給水のサポート。
長身の佐藤さん。
私のことを聞いてくださっていたようだ。(京都からの参加者があり、「ランナーズ・9の会」のメンバーであることなど。)
佐藤さんは、「ランナーズ・9の会」の神奈川県の世話役をしておられるらしい。京都ランナーズの冨田会長のこともよくご存知だった。
8月6日〜8日の「広島〜長崎反核平和マラソン」への参加をすごく勧められた。佐藤さんは、夜行バスで広島入りし参加されるとのこと。うーん、筋金入りです。
今日の参加は、スタート時19名(うち女性2名)。
そのうち私も含め「ランナーズ・9の会」のユニフォームが7名。ほかにユニフォームを着てこなかった会のメンバーが2名ということで、19名中約半数が「9の会」ということになる。
座間市の「核兵器廃絶平和宣言都市」のモニュメント。
座間市役所までで、16.5km(3区終了)。2時間13分。
市役所前で、記念撮影。
セレモニーも含め、ここでおよそ13分休けい。
ここでおもしろかったこと。
市役所の担当課の方にここからのスターターをお願いしたのだが、ことごとく不発。結局5、6回目だっただろうか、突然でっかい「バーン!!!」
これは、なんのモニュメントやったっけ?
こんな細い歩道も走ります。
踏み切りにかかってしまうことも。
これは、確か小田急電車。
海老名市役所到着。トータル21.8km、3時間11分。
座間市役所からは5.3km、35分。
そろそろスタートしようかというとき、「ここから参加される予定の女性が二人・・・、どこ行かれたのかなあ。さっきまで、そこにおられたんですが・・・。」
それぞれの地点の設定時刻より早め早めに行動していたので、それにあわせて少しゆっくり準備をされていたようだ。これは、しかたないですね。
しかし、急いで近づいてこられたお二人を見て・・・、「ビッ、ビッ、ビッ、美人!」。
今度は、ピストルがちゃんと鳴りました。
ここでは、およそ14分の休けい。
海老名・綾瀬間は、小刻みなアップダウンあり。
かなり広い道路の横も走ったり。
綾瀬市役所到着。トータル26.4km、4時間5分。
海老名・綾瀬間4.6km、31分。
美人コンビはここで帰られるとのことだったので、記念にいっしょに写真に入っていただくようお願いした。
快くOKしてくださったのだが、ここでおじゃま虫。「ランナーズ・9の会」のSayShoeさん。
「私も・・・」
もう、横取りなんやから。
このオッサンどうしの美人争奪戦は、とりあえず年上のSayShoeさんに譲り・・・。最後にやっと撮っていただけました。
ありがとうございました。いい思い出になりました。
綾瀬市役所でも、セレモニーを含め12分ほど休けい。
この近くにコンビニがあると聞いていたので食べ物を補給しようと思ったが、少し離れているようだったので断念。かなりおなかがへってきた。
10時スタート15時40分ゴール予定なので、ちょっと食べ物を用意してほしいなあと思った。
でもよく考えたら、20人分くらいの給食分、自分で持って来たらよかった。たとえば、バナナ20本とか・・・。
もし来年も参加できるようでしたら、必ずなんか「食べ物のさし入れ」持ってきます。何でもかんでもひとまかせじゃなく、気がついた者が実行。(ですよね!)
ここで、美人コンビとお別れ。
お二人からひと言ずつごあいさつがあった。
かわいいお顔ばっかり見ていたので、話された内容はおぼえてませーん。たぶん、「初めてマラソン大会に参加させてもらったが、楽しく走れました」という内容だったと思う。
今日の参加者は、若い女性が敬遠するであろう「脂ぎったオッサン」は皆無。誤解を恐れず表現すると、「マラソン界の紳士・淑女+枯れ枝系集団」です。もちろん私は後者です。
こんな若くてかわいい方が参加していただくと、枯れ枝からも芽が出て花が咲くかも・・・。
とにかくご一緒できてうれしかったです。ぜひ来年も参加してくださいね。
美人コンビに見送られ、綾瀬市役所をスタート。
しばらく走ると、長い長い鉄条網。(これが、米軍厚木基地?)
「写真撮ってもだいじょうぶですかね。」
「中に入るとえらい事になるけれど、外から撮るのは全然だいじょうぶ。」
「これは撮っとかんとね。子どもに見せなあかん。」
「奥のほうに戦闘機が見えるでしょう。あれも撮らないと。」
「あー、ほんま。ここから飛び立つんですね。」
「京都は米軍基地がないから、こんなん見たことない人ばっかりです。学校からも、こういうとこに見学に行かなあかんね。」
ここのエイドで、バナナとドーナツが登場。
私が腹をへらしているのを見かねたスタッフさんが、わざわざ買いに行ってくださったらしい。ありがとうございました。生き返りました。
ほとんどが幹線道路の横の歩道を走っているので、殺風景。ちょっと排気ガスのきついところもあった。
でも、こんなかわいい花の横も走りました。
もうすぐゴールというところで、ブログのライバル(?)SayShoeさんをパチリ!
ゴール大和市役所到着は、午後3時33分。
綾瀬市役所から10.8km、1時間16分。スタートより37.2km、5時間33分。よう、走りました。
さすがに最後のほうは足が上がらなくなった。
ただ、主催者サイドが、最後までランナーの「走りたい」という意思を尊重してくださっていたのがうれしかった。
去年私が参加させていただいたある県の「反核平和マラソン」ではそうではなかった。ここと同じく「1km6分ペースで走ります」とうたわれていたにもかかわらず、当初の通過設定タイムから無理があり、「はじめに車への収容ありか」とガックリきた。(私は自分で予定していた距離の3分の1しか走れなかった。あとは、車に収容。)
もちろんこの神奈川でも似たような場面があったが、必ず本人の意思を確かめてくださっていた。
私も「走れますか」と何度も聞かれたが、はじめから全区間完走するつもりだったので、「だいじょうぶです」とこたえ走らせてもらった。
もちろん「反核平和」はすごく大事なことだが、これはあくまでも「マラソン」。(私的には、前後2対8くらいに思っています。) そこを忘れてしまったら、参加者が広がることはありえない。
その点、今日の主催者さんの運営方法には敬意を表します。
最後の最後に、大和市役所前で記念撮影。
その前に、「遠く京都からわざわざ参加してくださった藤井さんからひと言」。
「京都の藤井です。今日は、37.2km全部走らせていただきました。ありがとうございました。
実は京都も『反核平和マラソン』をやっているんですが、毎年6月の第3日曜で、その日は仕事と重なり一度も参加できていません。それで、ネットで調べたら、ここの大会が私の行ける日に行われることが分かり参加させてもらいました。
ちょっと宣伝になるんですけど・・・。
うちのヨメさんが、『ランニング用品専門店・京都キャロット』をやっています。それで、私はヨメさんに食わしてもらっています。こうして走れるのも、ヨメさんのおかげ・・・。ですので、ぜひ『京都キャロット』をよろしくお願いします。
憲法9条を守ることもすごく大切なことですが、私はもうひとつ気になっていることがあります。それは、「学校から言論の自由がなくなっている」ということです。
東京都三鷹市の高校の校長だった土肥先生。この先生は、教育委員会からの「職員会議での挙手・採決の禁止」という通達に、たった一人で異議を唱えられた校長です。それで、今年の3月退職され、講師の採用試験を受けられました。97パーセントが合格する試験に不合格。これは異議を唱えたことに対する報復。ということで、今、都教委を提訴されています。
私は、この土肥先生を応援しています。
この問題にも、ぜひみなさん、関心を持ってください。
実は、私も小学校の教師をしてたんですが、18年前にやめました。『日の丸・君が代』の強制にどうしても納得がいかなかったんです。結局何もできなかったんですが、『やめる』ということで自分なりのけじめをつけたつもりです。
そして、その後18年間、ずっとヨメさんにメシを食わせてもらっているという状態です。ですから、『京都キャロット』がつぶれるとえらい事になります。みなさん、ほんとうによろしくお願いします。
今日は、ありがとうございました。」
「ひと言」のはずが、えらい長くなってしまった。
私が納得いかんのは、「強制」。それがうまく伝えられんかったな。
私が考えた名文句。(迷文句?)
「戦争の強制はもってのほかだが、平和の強制もまっぴらごめん」
何事も自分の頭で考え、自分で判断したいです。
着替え終わって、市役所敷地にある「大和市平和都市宣言」のモニュメントの写真を撮りに行った。
そこには先客が・・・。
さっきまでいっしょに走っていた小沢さんだった。
小沢さんは相模原の方だったので、帰りの電車をごいっしょさせてもらった。
二人で小田急「つるま」駅に向かうとき、米軍戦闘機が轟音とともに低空飛行。私がビックリしていると、小沢さんが、「神奈川では、こんな風景は日常」と。
ほんとに、京都に住んでいるとこんなことをまったく知らない。
高校の修学旅行は、外国ではなく沖縄。
中学の修学旅行は、ディズニーランドもいいけど、帰りに厚木基地見学。
これで、どうでしょう。
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2009年06月30日(火)
永年会員表彰 [ランニング]
「藤井さんに、お渡ししなくてはならないものがあるんです。」
おとつい、京都ランナーズの例会で、粟津さんに呼び止められた。
「えっ、なにかもらえるんですか。」
それは、京都ランナーズの永年会員賞の表彰状と記念の盾だった。
私は、「26年の永きにわたり京都ランナーズ会員としてクラブの発展に貢献されました」らしい。
26年かー。私が走り始めたのが26歳の時からなので、そのあとすぐ入会させてもらったようだ。しかし、当時の記憶がほとんどない。やはり手続きをお願いしたのは、冨田良一さん(現会長)だったのだろうか。
今や、会員?15。クラブができて35年。そのうちの26年だから、超古参会員になってしまった。
しかし、よーく考えてみると、私はクラブの発展に貢献したことはない。ヒンシュクをかったことはたびたびあると思うのだが、役に立った記憶がない。ただ、26年間、年会費を滞りなく支払い続けていただけのことである。表彰なんて「めんぼくない」とは、こんな時に使うんですかね。
私に冠をつけるとすれば、「京都ランナーズでもっとも役立たずの古参会員・藤井」。
これで、どうでしよう。
「うまい!」
ちなみに、ヨメさんも23年永年会員賞をいただきました。ヨメさんは、もう20年近く例会に参加していないはず。年に一度、「京都ロードレース」の準備に行く程度です。私の年会費を払う時に、ヨメさんの分もついでに払っているだけ。
最近、ヨメさんと話の合いそうな若い人も増えてきたようだし、またボチボチ例会にも来たらいいのにね。ちょっと扱いにくいおばちゃんかもしれんけど、若手の会員さん、うちのヨメさんもさそたってねー。
そうそうそう言えば、こないだの例会で、京都ランナーズの若手の細井勝博さんから話しかけられた。その日の例会の担当役員として来ておられた。
「藤井さん、ブログ、毎日毎日、よう続いてますね。すごいですね。」
「あっ、ありがとうございます。読んでくれてはるん?」
「ええ、全部読ませてもらってます。平日は犬の写真で、日曜はマラソン大会という感じですよね。」
うれしー。
前にもちょっと書いたが、京都ランナーズ会員で私と同年代は極めて少ない。すぐ思いつくのは、北出吉弘さん、谷角裕之さん、矢瀧玲子さん、プラス最近知り合った川橋豊さんくらい。どうゆうわけか、私より10歳くらい上と10歳くらい下の人が多い。(たぶん、細井さんも10歳くらい下。)
この二つのかたまりの架け橋になるのが自分の役目かなーと思っているんですが、どうでしょう。
話変わって・・・。
今日の夜の、私と廉の会話。
「廉、橘高校は皆既日食見に行かはるらしいで。新聞に書いてあるわー。」
「へー、ええなあ。だいぶお金かかるんやろなあ。働いてたら、行くんやけどなあ。」
「46年ぶりやで。かあちゃんが生まれる前の年やん。値打ちあるでー。こないだ、新聞に安いツアー出とったで。行こか。」
「うーん、次はいつ?」
「2035年らしいわ。26年後や。パオパオ、もう生きてへんし。」
「そんなことないやろ。何歳?」
「えーと、79歳。もう、死んどるわ。なー、ますみちゃん。」
「死んどる、死んどる。」と、ヨメさん。
「パオパオなあ、おかちゃん(母)が死んだ65までは生きたいと思ってんにゃけど、そこ過ぎたらもう死んでもええかなあと思ってんねん。そやし、次の皆既日食は、無理! 65まで、あと12年かー。と言うことは、きくより先に死ぬちゅうことかー。」
なんか、話が変な方向に・・・。
もう、この世から消え去るときの準備しとかなあかんのかねえ・・・。
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2009年06月28日(日)
京都ランナーズ例会・6月第4日曜 [ランニング]
久しぶりの、京都ランナーズ例会。
今日も30℃を超えそうな暑さだったが、そのわりには参加者が多いような気がした。
すぐに目についたのが、小学生の男の子二人。こんな元気な子たちが参加してくれるだけで、例会が活気付く。
「ブログに写真載せさせてもらっていいですか。」とお母さんにお聞きすると、すぐOKが出た。(ただし、名前ははずかしいようなので、イニシャルで紹介させていただきます。)
?818は、O・F君。?321が、そのお母さん。
?428は、N・T君。そのななめ後ろがお母さん。
「写真撮るし、一番前に並んでやー。」とお願いすると、ちゃんと一番前の真ん中に並んでくれました。
(ちょっと、緊張してるかな?)
スタートのピストルは、(恒例の?)スカ。
ピストル音を、半分ビビッて半分期待していたあの二人は、ずっこけたやろうね。
でも、すごく元気よく飛び出してくれました。
かなりのスピードだったので、シャッターチャンスをのがす。N君は撮れたけど、O君撮れへんかったー。ごめんね。
スタートから13秒後、いきなり、「パーン」。子どもたち、またずっこけてへんかなー、心配。
さて、話は元に戻り・・・。
御所内でのアップにも、たくさんの方が参加されていた。その年齢構成も幅広く、ランニングクラブとしては理想的。
中村彦四郎さんのリードでいろいろ体を動かしてみたが、そのたんびに「あいたたたー」。やっぱり、昨日の30.9kmがこたえてます。
そのとき目に付いたのが、小学生の男の子二人。
女の子は以前からよく来てくれていたが、男の子はめずらしい。二人とも細身ではなくしっかりした体のように見えたので、今後が楽しみ。走るのがいやにならんように、続けていってやー。
参加者は多かったのだが、ほとんどが1周。2周走らなもったいないことないかい。
「京都ランナーズ新ユニフォーム」のモデルは、吉田出さん。
橋爪さんの着られている旧ユニフォームは、もうレディスくらいしか残っていないそうです。
今日は、新入会員さんがお二人。
まずお一人目、波多健二さん。ランナーとしては、かなり大がらな方でした。この後、御所2周を私とデッドヒートになろうとは・・・。
もう一人は、蘆田怜さん。
前回の私の例会のブログ(4/12)に登場してもらった、蘆田君のお姉さんだそうです。姉弟とも早い。
今日は私らの3分後の後発スタートだったのに、2kmくらいですっと抜かれてしまった。
すかっぺのピストルで飛びだした一団は早く、気がつくと、私と中村彦四郎さんと保坂さんが最下位グループ。
今出川に入る第1コーナー付近で、やっと最下位脱出。
烏丸通りに入る第2コーナーまで、そのまま。
丸太町に入る第3コーナーの手前で、やっと「アンパンマン1号」こと杉原さんに追いつく。
「うまそうな肉に、やっと追いつきましたでー。」
「よかったら、一口どうぞ。」
受け答えが、ほんまにアンパンマンやがな。
よっしゃー、これで、今日は杉原さんに先着できるな、しめしめ。
寺町通りに入る第4コーナーを曲がったら、残りは700m弱。楽勝、楽勝。
と思ったら、大まちがい。
残り200mくらい?
大外急襲。でっかい肉のかたまりが、ふっ飛んでいった。
「なんじゃー、ありゃー。」
「杉原さん、やってくれよんねー。写真撮っときますわ。」
いつもの満面の笑みやね。
けっきょく、杉原さん20分04秒、私20分14秒。200mで10秒も差がついたか。
この写真撮ってる間(約30秒)に、後続の2人に抜かれてもたー。
気を取り直して、再スタート。
2周目は、抜かれてしまった保坂さんの水色のTシャツを目標に追っていったが、差は縮まらず。
2周目のゴールは、40分36秒。(2周目は、20分22秒)
でも、写真撮ってたわりには2周目がんばった。
ちなみに、小学生の0君18分28秒、N君19分09秒。O君のお母さん20分46秒。
お母さん、はやっ! お名前の中に、「早」という文字が入っていました。
「お母さん、ぜひ、京都ランナーズへ!」 (もう、入ってくれてはんのかな。)
私のすぐ後ろに、新入会員・波多さんがゴール。波多さんのおかげで、私も最後までがんばって走れました。ありがとうございました。
まだ後ろに誰かいたはず・・・、と思いながらカメラを持ち待っていると、反対側からかわいいワンちゃんが。
「すんません。ワンちゃんの写真、撮らせてもらいました。」
「ありがとうございます。」
「柴犬ですよね。お名前は?」
「かえでです。」
「かえでちゃん、かわいい名前やねー。歳は?」
「いやー、もう年寄りで、15歳こえてます。」
「そうですか。左目白内障みたいですね。」
「たぶん、もう両方見えていないと思います。散歩中もよく電柱にぶつかったりするんです。しっかりロープもってないと・・・。」
「でも、足腰はしっかりしてるみたいですやん。」
「いやあ、よくふらついてます。」
そういや、さっき、「かえでちゃん」って呼んだら、私の手にぶつかってしもたね。
目が見えへんでも、やさしい飼い主さんがしっかり世話してくれてはります。また、会いたいなあ。例会、のぞきにきてね。
かわいいので、もう一枚、パチリ!
帰るちょっと前、鈴木善永さんが話しかけてこられた。
「ぼくもね、『ランナーズ・9の会』入ってるんですよ。」
「えー、そうなんですか。知らんかったー。なんていう名前で?」
「えっ、名前って?」
「名簿はみんなニックネームで書いてあるでしょう。」
「そうでしたっけ。全然おぼえてないなあ。」
「入らはったんは、いつごろですか。」
「去年の『反核平和マラソン』で尾方さんに会って、そのときです。」
「そうですか、そしたら300番台やね。ボクが390番やから。帰ったら、調べてみよう。」
家に帰って「ランナーズ・9の会」のホームページで調べたら・・・。これじゃないでしょうか。
※ 367・京都・「ZEN」さん
京都で走っています。いろんな大会で「9の会」のランシャツ姿を見かけます。私も「9の会」に参加できて嬉しいです。9条の心が全世界に広がることを夢みています。
鈴木さんの話によると、今年の京都反核平和マラソンでは、「ランナーズ・9の会」のユニフォームがすごく多かったそうだ。これからも、ぼちぼちでも増やしていきたいですね。
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2009年06月27日(土)
第28回六甲マリンパークマラソン [ランニング]
今日はブラブラ走ったので、写真がいっぱいになった。セレクトするのもめんどくさいので、全部公開。説明は最小限にしますので、全部見てくださいね。
六甲ライナー「マリンパーク駅」の南へ徒歩5分。
受付の時、私に近づいてこられた方があった。
「私・・・、シューズ・・・、京都キャロットで買いました・・・。」
身振り手振りで何とかわかった。そういえば、昨日、「京都キャロット・産大前店」に来ておられたような・・・。いやいや、まちがいない。岐阜の石田求さんでした。
聴覚障害がある方なので心配だったが、ちゃんとうちの店にたどりつかれてよかった。
私のブログの常連さん・三宅さんと3人で、パチリ!
もうこれで、今日この大会に来てよかったと思った。
4周走り終わって、本部で給水させてもらおうと思ったとき・・・。
「わー。」
「おー。」
「こられてたんですかー。」
「いやー、今日は、正装ですやん。」
私のライバルのぼり馬こと「くのいち・あやの」さん。
この6月、3回目。不思議なご縁です。やっぱりこのスタイルが似合ってますね。
「藤井さん、ゆっくり行かれるんでしたらいっしょに走りませんか。」
「いやー、ボクは写真撮らんならんし、急に立ち止まったりするし、あきませんわー。」
(こんなかわいい女性からのおさそいを辞退するなんて、ああもったいない。)
「くのいちあやの」さんは、甲賀流か伊賀流かそれとも・・・と思っていたが、いまだ正体不明。しかし、大会スタッフである官浪さんと原さんが彼女の事を話されていたので、「はぐれくのいち」ではないらしい。今後が期待される、有力「くのいち」である事はまちがいない。(意味不明でしょうか。)
ネコちゃんにエサをあげておられたご夫婦と、ちょっとだけしゃべらせてもらった。
「この公園、ネコちゃん、たくさんいますね。」
「そうでしょう。私たち、避妊手術をしてもらって増えないようにしてるんですけど・・・。」
「そうなんですかー。手術代もたいへんでしょう。」
「一度には無理なんで、グループで積み立てて、順番にしてるんです。」
「それはいいことですね。うちの姉もおんなじようなことしてますわ。なんか、安く手術してくださる先生がおられるみたいで・・・。」
さっきから、何でこんなにネコちゃんが出てきてんのかなと思ったら、このご夫婦を待ってたんやね。自転車のかごにいっぱいエサを積んで・・・。
カメラを向けても逃げるネコちゃんが少ないのは、こういうわけがあったんや。
私は4周(20.6Km)を走る予定が、結局6周(30.9km)。
1周、31分43秒。
2周、1時間04分55秒。(33分12秒)
3周、1時間40分07秒。(35分11秒)
4周、2時間15分33秒。(35分26秒)
5周、2時間57分27秒。(41分54秒、休憩5分含む)
6周、3時間34分06秒。(36分38秒)
まあ、よう走りました。
この大会は、3月、6月、9月、12月と、年4回あるらしい。また、スケジュールが合えばぜひ参加したい。
(主催者さんの話によると、冬は六甲山が見事に見え、この前の海の色も鮮やかに変わるそうである。ということは、12月がおすすめですね。)
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2009年06月19日(金)
四万十川へ [ランニング]

「みかた」のうちのテント前でヨメさんに撮ってもらった
「四万十川ウルトラマラソン」の仮申し込みの締め切りが迫ってきた。
完全抽選らしいので当たるかどうかわからないが、一応申し込むことにした。
私の大目標は、「練習なしでウルトラ完走」である。この大目標のために、時々「ムラムラ」と練習したくなる心を抑えるのがたいへん・・・。(「完走」より「練習なし」に重点が置かれています。前にある人にこの話をしたら、完璧に「ヘンタイ」を見る目で見られました。)
そのためには、レースを積み重ね積み重ねて、それを次のレースの練習とみなすしかない。
毎年9月中旬の「丹後100km」を目標にしていたのだが、今までのレースローテーションではどうも完走は無理のようだ。(第1回大会より8年連続関門アウト継続中。最高85kmどまり。)この際「丹後100km]を練習にして、その1ヶ月後の「四万十川」を本命の目標にするという作戦はどうだろうか。
先日の「みかた」で、わかちゃん(若林順子さん)から「四万十川」のことをちょっと教えてもらった。(わかちゃんは、数年前、見事「四万十川」を完走。)
コースは、前半に500mほど上って下り、40km過ぎからは小さなアップダウンがあるだけらしい。制限時間は「丹後」と同じ14時間だが、わかちゃんいわく、「丹後よりずっと走りやすいですよー」。
この言葉で、「申し込んでみよう」と思った。
今月発売号の「ランナーズ」(8月号)から、「若ちゃんの関西通信局」という企画がスタートした。4ページにわたり、関西のランニング情報が楽しくくわしく紹介されている。「ええぞ、わかちゃん!」
(「ランナーズ・8月号、32ページへGO!)
私が練習なしでウルトラ100kmを完走したあかつきには、ぜひ「シリーズ・関西のけったいなランナー」の第1号として記事にしてください。(と言っても、こんなコーナーはありませんが・・・。)
でも、こんな練習もしてへんいい加減なランナーには、抽選の神様もほほえんではくれへんのかなあ・・・。
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2009年05月26日(火)
練習なしでウルトラ完走? [ランニング]
5/17、「鯖街道ウルトラマラソン」76kmを制限時間内に完走することができた。
一応、私が日々唱えている「練習なしでウルトラ完走」が実現できたわけだ。今年2月の初めまでは、沖縄での10kmレース優勝めざして色気を出して、ちょっと(3週間)練習してしまった。しかしそのあとは、土日のレース・例会以外一切走っていない。(ということに、なんの意味があるのか?)
このコースでも、山の中の上り坂は全部歩いたが、下りと平坦地はすべて走った。25km過ぎくらいに一回、花背峠からの下りに入ったあたり(57kmくらい)でもう一回、気がフーとなった。これは明らかに練習不足から来るもの。
レース中に倒れるのは、50代男性が圧倒的に多い。こんな山の中では、AEDもあるはずもないし・・・。
しかし、そのまま走り続けているうちに、この世に戻ってきた。特にその「フー」に対して何も対処していないのに、なんとかなりました。ゆっくりゆっくり、自分の好きなものを思い浮かべながら走ったんがよかったんかな。
「きく」が出てきて、「えり」が出てきて、驚く事に45年ほど前に飼っていた「ワン子」までが・・・。三途の川は、もうすぐそこやったのかも。
この前も書いたが完走できた一番の要因は、制限時間がゆるかったこと。
やっぱり、100km14時間制限とかだと、今の私には無理。 「100km16時間制限のレースを 15時間で完走」あたりが、現実的なような気がする。
二番目の要因は、天候。スタートからゴールまで雨が降り続けていた。しかし、この時期の雨は「恵みの雨」。ほとんど給水の必要性を感じなかった。
気温の方も終始15℃くらいだったようで、走りやすかった。これが、晴れて気温が上がっておれば、三途の川を渡っていた可能性も・・・。
三番目の要因は、何回も勝手に話題に出して申し訳ないが、賀茂川パートナーズのお二人にお会いできたこと。
走りながら、何回も何回もお二人のことを思い浮かべた。何であの二人が何事もないかのように「ふつう」に走ってはんのに、こっちが弱音はける? そんなことしてられん、という気持ちをずっと持ち続けて走ることができた。
9月に、私が現在8年連続関門アウトを続けている「丹後ウルトラ100km」がある。
「鯖街道」の結果から見て、今の私には完走は無理。キッパリ! かといって、今更自分のモットーをねじ曲げて練習する気はさらさらない。
「努力しないで完走してこそ価値がある」
まじめな方からは非難ゴーゴーだと思うが、私は私のスタイルを追及します。
持てる力を100%有効に使えたら、完走の可能性はゼロではないと思う。自己分析をしっかりし、いろいろな条件を味方にすること。そうすれば、その先に100kmウルトラのゴールは見えてくるだろうか。
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