2017年06月16日(金)
なんぼ聞いても分からん [病院]
「2回も手術したのに、また入院て? そんな元気やのに?」
私の病気のことを気にしてくださっている方に、一生懸命説明しても分かってはもらえない。
第一、この私自身が今までの経緯をしっかり理解できているか。どっこも痛くもないのに喉元を切る手術を2回もして、次は厚さ1mの壁に囲まれた部屋に監禁て・・・。
もうええ。すんでしまったこと、予約したことはもうええやろ。ごちゃごちゃゆうてもしゃーない。
ただ一つだけどうしても分からんことがある。これは人に説明しても、「なんぼ聞いても分からん」と言われる。
「放射性ヨードを服用して甲状腺由来の癌細胞を破壊する」まではなんとなく分かる。しかし、「その放射性ヨードは、甲状腺由来の細胞以外の細胞に悪影響を及ぼさないのか。」
今日は京大病院2回目。
入院スケジュールは前回に決まったが、その治療に関する細かい説明は今日。
一番最初に、今までずっと理解できなかったこの疑問について質問した。
結論。
「そうゆうもんです。」
とは言われなかったと思うが、私にはそうしか聞こえなかった。医学の知識のないもんに説明すんのは大変や。
私も、また聞かれることがあっても「そうゆうもんらしいですわ」としか言えんわ。
あとは、7月9日、10日と2日連続で打つお尻への注射(タイロゲン)が心配。
「痛くないですか。」
「そんなに痛くないと思いますよ。」
でもちょっとニタッとされていた。
痛いんやわ、絶対。
入院2週間前からは「ヨード制限食」に入る。
その指導も栄養士さんからあった。
日本人の食生活では、1日に500〜3000マイクログラムの大量のヨードを摂取している。それに対して、治療で服用するヨードは10マイクログラム程度。つまりヨードを含んだ食品を断ち、ヨードが枯渇している状態にしておかないと治療の効果がないということ。
ここまでは分かりやすい。
ところが私は胆のう炎患者。
ヨード制限食は大雑把に言うと、和食全滅洋食まあまあ。胆のう炎のほうは、洋食全滅和食まあまあ。どうせえちゅうねん!
ヨードを含まない食品の代表は肉。それにどこへ行ってもかならず出てくるのがたまご。これ両方胆のう炎に悪いヤツですやん。
こんな話から始まり、栄養士さんと二人で「これはあかん、これはいける」と延々と。この「食べてもよさそうなもん探し」はけっこうおもしろかった。
いざとなったら「ごはんとうめぼし」で4日間という手もある。(アイソトープ治療は、うまくいけば7月11日から3泊4日で終了。)
ただし、着色料が使ってあるうめぼしはヨードが入っていてあかんらしい。
あー、6月27日からえらいこっちゃ。
今のうちに食いたいもん食とこ。
「胆のう炎に効く薬はない」と言われていたが、ネットで調べると「ブスコパン」という薬が出てきた。効くかどうかは分からんけど、気休めでもないよりはまし。
「効く、効く・・・」と暗示するしかない。
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【今日のきく】
明日から、私は真樹に帰ってきてもらって「北栄町すいかながいも」に出張。ヨメさんは問屋さんに手伝ってもらい「神鍋高原」へ。うちにとっての大口大会の日程が重なってしまい、数年前からこういうことになっている。
準備に大いそがしで、きくはずっとほったらかし。
わざと暑いところに行って、ハーハーいっていた。
「明日廉が帰ってきてくれるし、いっぱい遊んでもらいやー。」
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【RUN】
日が長い。
午後6時半でも日が当たっている。
いつもの5kmを速めに。
4分42、4分46、4分52、4分40、4分45で23分46秒。
そこそこ走れた。
あさっては「北栄町」3km60歳以上の部ですいかねらい。
去年の入賞は11分。(松本一之さんの話によると、ちょっと短いらしい。)
去年出ていたら可能性十分だったが、申し込みが遅れてしまい不参加。
今年は病気の影響でスピードダウン必至。
でもねらいたい。
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2017年06月14日(水)
かもしれない [病院]
今日は寮1(二条)17時間。
朝6時前、家を出るときの気温が14℃。
「さぶっ!」
寮の裏に車を停めると、いつものシューちゃん。
でも、いつものおねえさんではなく年配の男性。
「シューちゃんですよね。」
「あっ、知ってられましたか。」
「はい、いつも会えるのが楽しみで。いつもは奥さんが散歩されてますよね。」
「はい。」
シューちゃんは、いつものシューちゃんステップをやってくれた。
さわやかな朝。
昨日の30km走の疲れがまったくない。どこも痛くなく、気色悪いくらい。
よく考えてみると、一人で30km走などしたことが今まであっただろうか。記憶にないなあ。もともと練習嫌いやから。
ゆっくりと気持ちに余裕を持って走ったら、30kmもしんどくないんやねえ。初めて分かった。これからもこんな練習してみよう。一人でいろんなことを考えながら走れてええわ。
さて、本題の「かもしれない」。
ああ恐ろし。
誰にも内緒にしておきたいんやけど・・・。
胆のう炎再発「かもしれない」。
日曜夜の腹痛は、右わき腹下ではなくみぞおち。また、以前の胆のう炎の時はカチカチの胆のうが触って分かった。今回はそれもない。だから、胃炎のひどいやつかと思っていた。
去年8月に3回胆のうが痛くなって「切るしかない」と言われたのだが、甲状腺腫瘍治療優先でモラトリアム。卵の黄身やマヨネーズ、脂っこいものなどを控えれば、急に痛くなることもないとも言われていた。「甲状腺の治療が一区切りつけば手術しましょうね」ということだった。
たしかに、その後食べ物に気を付けていたので同じところが痛くなったことは一度もない。10ヶ月近くも。
それがやね、アイソトープ治療の日程が決まったこの時期に再発かー。
もうこれはなんとかごまかすしかない。7月を逃したら、次は10月しか空いてへんとおっしゃっていた。その10月ももう詰まってしもたかもしれんし・・・。
日曜の夜、お腹が痛いと言っていた私に「胆のう炎かも知れんで」とヨメさんが言った。「痛い場所がちがうし、普通の胃炎やわ」と言い返していた。
でも・・・。
昨日の夜、またお腹が痛くなった。日曜の夜と同じでみぞおちあたり。
また食欲がなく、おそがけから晩ごはんを食べて寝た。寝るまではそれ程でもなかったのに、ふとんに入って横になると急に痛くなってきた。そのへんも日曜の夜といっしょ。
ただし今回は長引かず、2時間ほどでストンと痛みがなくなった。なんじゃらほいという感じ。
ヨメさんが言っていたように、「胆のう炎の痛みがみぞおちのほうに来てるだけ」だったのかもしれない。
京大病院放射線科の担当医師がおっしゃっていた。「アイソトープ治療室に入ってから胆のう炎の発作が起こったらどうしましょう。」
鞍馬口医療センターのI医師がおっしゃっていた。「アイソトープ治療が始まるまで、絶対に体調を崩さないように。」
えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。
でも今さらどうしようもない。
これからは暗示ですね。
「お前は胆のう炎ちゃうぞー、お前は胆のう炎ちゃうぞ―・・・。」
寮の裏にひそんでいたネコちゃんに、「何とかなりませんかなねえ」と相談。
いやいや「こっちが助けてほしいわ」という顔して見てたなあ。
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2017年06月12日(月)
老化、+5 [病院]
またまたダウン。
昨日の夜寝る前から、急にお腹が痛くなった。
晩ごはんが遅くなり、少しにしておけばよかったのにけっこう食べたのが悪かったのかもしれない。それに寝る前にも喉が渇いてジュース類をがぶ飲みしてしまったし。
お腹いたには新ビオフェルミンといつも言われているので、飲んで寝たのだがなにも変わらず。私が痛かったのはみぞおちあたりなので胃らしい。新ビオフェルミンは腸の薬らしい。そら効かんわな。
それでも、胆のう炎の時みたいに一睡もできないということはなかった。まあ半分くらいは寝られた。
胆のう炎は朝起きたらだいたい痛みは治まっていたが、今回の胃痛は痛いまま。
今日はちょうど、鞍馬口医療センターで経過観察。
「この一週間ほど、きつい頭痛になったり腹痛になったり。今日もお腹が痛くてしょうがないんです」と相談した。
いろいろと診てくださったあと、「甲状腺手術の後に頭痛や腹痛という例は聞いたことがないですね。特にどこかが悪いというのは見られません。心配でしたら内科を受診されますか。」
「でも今日は月曜やし混んでますよね。」
待つのもしんどいので、自力で治すことにした。
ずっと寝といたら、なんとかなるやろう。
前回は4週間分の薬を処方してもらったが、今回は7月の入院の都合もあり6週間分。こんなぎょうさんの薬、どうすんねんという感じ。
「手術をきっかけに一挙に老化が進んだらかなんなあ」と思っていたが、どうもその「かなんなあ」に突き進んでいるようだ。
わたくし的には、一挙に5歳ほど老け込んでしまった感じがする。
抗わなくては。
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2017年05月19日(金)
京大病院へ [病院]
「ますみちゃん、チューせろ。」
「はあ?」
「ますみちゃん、チューせろって。次入院したら、退院後20日間チューとかもっとエロいこともしたらあかんらしいわ。そやし、今のうち。チューせろ。」
「気持ち悪いちゅうねん。蹴り入れんでー!」
口より先にその短い足が飛んできた。
しかしその前蹴りは空振り。よかったー、命拾い・・・。
(病院帰りにいきなりセクハラ。これで「つかみ」はOKかな?)
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「鞍馬口」のI医師の紹介状を持って京大病院へ。
京都一ともいえる大病院でビビったが、工事車両出入り口にわが社のガードマンが3名。あの緑の制服を見つけるとちょっとホッとする。知っている人だったので声を掛けたかったが、予約していた時刻ギリギリだったのでスルー。
京大病院は中央ロビーの吹き抜けが特徴。10年ほど前に来院の記録が残っていると言われたが、まったく記憶から飛んでいた。
帰ってからヨメさんに話すと、「嚥下障害の時に行ったはず」とのこと。私の記憶では、近くのクリニックから第一日赤の嚥下外来を紹介してもらったと思っていたが、その中間に京大病院も行ったようだ。10年ほど前のことも覚えていないとは、ボケボケです。そう言えばこの「大きな吹き抜け」、なんか見覚えあります。
がん系の患者は別棟へ。
その名が「積貞棟」。
「はあ? はあ?」と何度も聞きなおした。「積貞」って何。なんと分かりにくい。「がんセンター」とかでいいと思いますが・・・。
まずは看護師さんによる問診。
この方がまた美人で賢そうで。
私の前後は私より年配の男性だったが、「何をえらそうにぬかしとんじゃー」と言いたくなるような態度。病気でイライラしておられるのかもしれないが、そんな言い方はないやろうと思った。あんなストレスのたまる仕事はないど。給料倍もらわなやってられんなあと思った。
私はできるだけおとなしく。とりあえず、入院の希望時期だけを伝えておいた。
しばらくして診察室へ。
「積貞1号やてー」と思いつつ。
放射線科のK先生は若くて細身の方。お医者さんはやや太めの落ち着いた方というイメージが強かったので、ちょっと肩透かしかな。それでもすごく話しやすくてよかった。
私が「病人ブログ」から仕入れていた知識は、すべてまちがいではなかった。
K医師が心配されていたのは、私の胆のう炎。アイソトープ治療室に入る前も入ってからも、ヨードが含まれない洋食系ばかりになる。それが原因で胆のうが暴れたら、もうどうしようもない。アイソトープ治療室は、医師も看護師も入ってはいけない。放射能防護服をどっかから借りて来てもらって救出してもらわなくては。そして緊急手術・・・してもらえませんよね。
けっきょく、「その時の食べ物を考えていきましょう」という結論になった。
「入院の日程なんですが、たまたま7月の初めに1人分だけ空いています。それを逃すと、次は10月まで待ってもらうことになるんですが・・・。低分化癌ということですので、できるだけ早い治療をお勧めします。」
おー、私の希望にドンピシャ。7月第3週は、毎年「やぶはら高原マラソン」に出張販売に行っていた。しかし、今年は去年の山崩れのために中止。これで出張販売は、8月中旬の「ひろしまクロカン」「三瓶高原クロカン」までない。
6月27日からヨード系食品(コンブ・ワカメなど)を制限。
7月9日にタイロゲン(体の中でつくられる甲状腺刺激ホルモン(TSH)と同じ働きをする薬剤)注射。
7月10日に入院。タイロゲン注射2回目。
7月11日「監禁部屋」に入り、放射性ヨードカプセル内服。
7月13日残留放射線測定。
7月14日退院予定(放射線量が高い場合はこの2、3日後)。
この日程で行くと、6月23日「沖縄慰霊の日」の「一人沖縄平和ラン」は何の食事制限もなく挑戦できる。
また、「監禁部屋」もうまくいけば4日間で済む。
何もかもうまくいけばいいのになあ・・・。
とにかく早く普通の生活に戻れるよう、体調を整えて行かなくては。
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2017年05月16日(火)
がん共済と医療共済 [病院]
今日は朝から、また鞍馬口医療センターへ。
京大病院への紹介状をもらうのと、保険金請求のための入院手術証明書をもらいに。
その続きで市原野農協へ行き、がん共済と医療共済の保険金請求の手続きをしてきた。
この保険は、父がずっとかけ続けてくれていたものを引き継いだもの。農協の共済保険は他社と比べると割高で、両方合わせて月12000円ほどの掛け金(掛け捨て)を払い続けるのはきつかった。年間にしたら約14万ですから。
それでもこのおかげで、一回目の入院手術代も何とかなったし、今回の二回目の分も何とか払えそう。おとちゃんのおかげです。(実際には入院手術のほかに、通院の分もけっこうかかっているのだが・・・。)
ただしこれらの保険は、手術にはたくさん保険金が支払われるのだが、私が次に入院する「アイソトープ治療」には適用されないだろう。一日数千円の入院費用のみの支払いに終わると思われる。実際は莫大な費用が掛かる治療なのに。
そんな治療にも適用される保険にしとけよって話だったんでしょうね。もう遅い!
この「アイソトープ治療」も一回で済んだら万々歳なんやけど、そうはうまいこと行かんにゃろねえ。ああ、いやになる。
昨日、ブログ「今日も”LOOKING GOOD!”」の更新が1ヶ月以上途絶えていた有田さんにメール。心配していたが、ただヒザの故障で走れていないだけのことということらしい。有田さんのブログは「自分が参加したフルマラソン大会のレポート」に徹しておられるので、ほかのことは書かれない。私のような何のジャンルかよう分からんブログとはちがう。
それはそれで安心した。早く治して、また楽しいレポート書いてくださいね。
「ランナーズ9の会」のTシャツの追加注文をお願いされていた。2月に見積もりを上げてもらっていたのだが、会には伝えず放置したままだった。それも昨日やっとメールした。
今後は私の病気のこともあって責任が持てないので、どなたかに係を代わってもらえるようにお願いした。
また、ガードマンの会社のM課長にもメール。「声が出ないので、当分復帰は難しい。治療も継続中」と。本心は、行けるならものなら週1回でも行きたい。お金もないし。
でも、このしわがれ声では仕事にならん。急にフラッとくる可能性もありそうだし・・・。当分自重。
あと、連絡しとかなあかんとこってなかったかいなあ。
このごろ物忘れがひどいもんで・・・。
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【RUN】
ご近所のおうちが解体されていた。
走る時間はあるのに、なぜか気が乗らない。
楽しく走れたのは、先週の京都走ろう会例会くらい。
なんでかなあ。
でもそんなこと言ってられん。
4時すぎから、また十王堂橋往復5kmコースへ。
今まで3回ひかれかけた「魔の交差点」。
横断歩道のある見通しのいい交差点なので、普通に渡ろうとして、左の細い道から出てくる車にひかれかける。そちらには家は少ないので、ナンバープレートを控えて置いたらすぐ容疑者は分かりそう。
私にはその一角の住民が、常識のない人たちの集まりとしか思えない。あまりにひどい。
ヨメさんにそのことを言うと、「一回ひかれたらええのに」とか言う。「そうでもせんと、なおらんで」と。そんなにうまいことひかれますかいな。
うちらへんはいなかなもんで、一日車をとめても400円。
5分19、5分08、5分12、5分11、4分59で25分50秒。
最後の1km、ちょっとだけがんばった。
スピードを抑制するために長ジャージで走ったが、この程度のスピードならあんまり関係ないな。短いやつで走ったらよかった。
明日は早朝から17時間バイトで夜12時前に帰り、次の日は朝6時半に家を出て24時間バイト。これで、水木連続2日走れない。(今週はバイト日が変則。)金曜日も朝帰りやし、走る元気が残っているかどうか。
なかなか波に乗れませんなあ。
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【今日のきく】
病院から帰ると、きくが家にいてビックリ。
出社拒否らしい。
どうしたんかなあ、具合でも悪いんかなあと心配。
よくよく観察したが、けっきょく何かをすねていただけやったみたい。
何か分らんけど・・・。
「心配させんなよ!」
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2017年05月15日(月)
次の段階 [病院]
今日は退院後初の経過観察。
診察室に入るとI医師が、「179ですか」と。
私のバッグに貼ってある番号に反応してくださった。
「はい、宮古島のマラソン大会でもらった荷物入れです。その時のゼッケン番号です。」
3年前に真樹と走った「宮古島マラソン」。いい思い出なので、ゲン担ぎみたいに病院に行くときのカバン代わりに使っている。
そんな細かいところに気付かれる?医師。なかなかやりますなあ。
血液検査の結果は良好。カルシウムも安定して取り入れられているらしい。
摘出部分の病理検査の結果は、むむむ。
右甲状腺には、小さな乳頭癌が「いっぱーい」やて。
左リンパ節は除去した21節中5節に乳頭癌。
がんがんがんがん、がんがんがんがん、やかましいやっちゃ。
これで甲状腺全摘がほぼ完了。
これからずっと、甲状腺が出していたはずの薬を飲み続ける。今日、薬局で28日分を出してもらうと1830円。1か月分で2000円、年間24000円ですか。痛いねー。
入院手術費の100170円も払ってきた。痛いのは痛いが、本当にかかった費用は85万円以上。
私のモットーは「感謝も恩返しもしない生き方」だが、この75万円の借りは何らかの形で返したいと思う。もうこれ以上、無駄な医療費を使わないようにすることが一番だろうか。
収入なし、財産なしとなると、残る道は「献体」だけかなあ。しかし、それはちょっと・・・。
次の段階は、アイソトープ治療。いつも私が言っている「監禁部屋」。
I医師のお話では、鞍馬口医療センターは京都府立病院の系統なので府立病院を紹介するとおっしゃっていた。ところが今日は、「府立はいっぱいなようなので京大病院に紹介状を書きます」とのこと。
ふふーん、それはいっぱいじゃなくて、府立病院にいろいろな問題が起こったからかも・・・。新聞沙汰にもなったし・・・。
まあ私は選んだりできる立場でもないだろうし、I医師にお任せします。
今日また「アイソトープ治療」ブログを読んだ。なんぼ検索しても女の人ばっかり。男の甲状腺癌はめずらしく、いたとしてもブログを書くような人じゃないんでしょうね。
今日読んだブログでは、「放射性ヨウ素のカプセルを飲んだ後はつわりのよう」で何も食べられないとか。無理に食べても戻すとか。マヨネーズをつけたら何とか食べられるとか。
ああ「つわり」なんてどうしても分からんし、胆のう炎の最大の敵はマヨネーズやし。そんなことを考えるだけで憂鬱になる。
まあそれよりも一番ビビるのは、「アイソトープ治療」は一回で終わらないことが多いという事実。
「何べん監禁されたら治るんじゃー」とうなりたくなってしまうでしょうね。
体から出る放射能にやられるため、パソコンは持ち込めないみたい。
そら、退屈やぞー。
さて、次の段階はどうなっていくんでしょう。不安!
検査から診察、そのあと次の病院の予約まで間、けっこう待ち時間があった。
病院の南側の公園は、公のものではなく、病院の私有地だそうだ。だから、時計が8時間も遅れているのに誰もなおさないのだろうか。その公園で、今日の診察のことを思い出していた。
「傷口のテープにかぶれてしまったので、もう貼っていません。」
「もう、いいでしょう。」
「口を大きく開いたとき、左下が大きく開かないんですけど・・・。」
「あ・い・う・え・おって、言ってみてください。」
「あ・い・う・え・お。」
「うーん、だいじょうぶです。気にするほどではありません。」
「首が左に曲げにくいんですが・・・。」
「手術の時に左の胸鎖乳突筋をグイッと引っ張ってますから、しばらくは首が動かしにくくなります。だんだん動くようになりますから・・・。」
「先週の火曜日にしんどくなって、熱を測ったら38℃だったんです。」
「えー・・・、それはどういうことでしょうね。ちょっと考えにくい・・・。その時来ていただいてたらよかったのに、今言われても・・・。」
「もう熱もないので、だいじょうぶだと思います。」
このやりとりをあとでヨメさんに話すと、「この歳で生きとるだけでもありがたいと思えちゅうことやろう」と。
ありがたいと思おうっと。
公演の横を、ものすごくゆっくり散歩するかわいいワンちゃん発見。写真を撮らせてもらおうかなあと思ってちょっと尾行。
するとそのワンちゃん、ちょっとした段差でコテンと転んでしまう。そしてすぐ起き上がれない。飼い主さんは助けるでもなく、じっと立ち上がるのを待っておられる。
ワンちゃんは、「起き上がるのってどうやったっけ」みたいにおもむろに起き上がる。しかし、またちょっとした段差でコテン。その繰り返しだった。
あのお散歩は時間かかるやろうなあと思った。ワンちゃんと飼い主さんの間にすごくいい空気が漂っていて、声はかけられずじまいだった。
病院にはあまり来たくはないが、このワンちゃんにはまた会いたいです。
病院の北側の紫明通りの中州には、緑豊かな公園がある。
入院中にここまで来られていたら、少しは気も晴れたかもしれない。しかし、今回は手術後の7日間はほとんど寝たきりだった。
次の入院は「監禁の孤独」にどこまで耐えられるか。
歳食うてから、次々と試練が襲ってきますなあ・・・。
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